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119 ユートピア sage 2010/03/19(金) 14:50:25 ID:ADzmBW6j



心のオアシス〜4〜







今日は色々なことがあった。軽い溜息を吐きながら、川嶋亜美はそう思う。
高須竜児との初めてのデートだった。心の底から楽しみにしていて、まるで遠足前日の小学生のように、前の夜はよく眠れなかったほどだ。しかしそのデートは、ナンパしてきた二人の男に台無しにされた。
待ち合わせ時間より若干早めに来てしまい、亜美は一人で竜児を待っていた。そんな亜美に、声をかけてきた男が二人。その二人は自分たちの思い通りに行かないことに腹を立て、最後には強引に亜美を連れて行こうとした。
その連れて行かれる途中で竜児が来てくれなかったら、と思うだけで、亜美は恐怖で身体が震えてくる。
助けられた直後の亜美は、恐怖と不安と緊張、それらに解放された安堵から涙が止まらなかった。そんな亜美を慰めて、竜児が亜美を家に送っていった。


そして、今に至る。
夕食も食べ終わり、一日で一番幸せに浸れるお風呂も済ませ、今は自分の部屋のベットでくつろいでいる。そんな亜美に、電話がかかってきた。
電子的な機械音を鳴り響かせる携帯電話。
その携帯を手に取り、開いて、ディスプレイに表示された名前を見る。

「あっ」

表示された名前に少し驚いて、同時に頬を仄かに赤くする。
おずおずといった仕草で通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。

「も、もしもし?」


緊張しているのが声を聞いただけで分かる。亜美本人にも自分の声が震えているのに気づいているが、どうにもならないので諦めることにした。

『おう、川嶋か?今、時間いいか?』

亜美に電話してきたのは、竜児だった。
亜美には何故竜児が自分に電話してきたのか理由は分からないが、かけてくれたこと自体は凄く嬉しく、自然と口が笑みの形を作る。

「別に忙しくはないわよ。何もやることが無かった分、暇だったしね」

『そうか、ならよかった』

「で、何で電話してきたの?」

『あー、まあ。その、だな……』

「?」

なんとも歯切れの悪い竜児に、亜美は首を傾げる。

「なに、あたしに言いにくいことなの?」

「いや、まあ……」

そこで竜児は一端言葉を切り、少しの間沈黙する。
そして、恐る恐るといった感じで亜美に問いかけた。

「……昼のことなんだが、あれから大丈夫か?」

「え?」

「ほら、あんなことがあった後だから、不安に思ってねえかな、と思ったんだが」

「…………」


竜児の言葉を聞いて、胸に温かい何かが広がっていくのを、亜美は感じていた。
この感じは、今でも鮮明に思い出せる。
竜児や北村、大河に実乃梨がいる大橋高校に転校することになった大本の原因。モデルの亜美をしつこく付け回していたストーカー。そのストーカーを撃退したあと、素の自分を散々見せたにもかかわらず、今まで通り普通に接してくれた竜児。
そして竜児の家で御馳走になった、亜美のとって思い出の蜂蜜入りのホットミルク。
それを飲んでいる時に感じたものを、亜美は再び感じていた。

「……?どうした川嶋?やっぱりなんかあったのか?」

何も言わない亜美を疑問に思ったのか、竜児がそう聞いてきた。

「え?う、ううん、何でもないよ」

「そうか?ならいいんだが。あ、そうそう―――――」

そこから先は、たわいもない会話がしばらく続いた。
その会話も、竜児が亜美の不安を少しでも取ってやろうとしているのだと、亜美は気づいていた。
気づいていたのと同時に、その竜児の素の優しさが堪らなくうれしかった。
他の男子では、こんな感情は抱かない。まあ、亜美が竜児のことが好きだということは大いに関係しているのだが、それを抜きにしても竜児の優しさは亜美にとって素直にうれしいものだ。
打算も損得勘定も下心もない、心の底から相手のことを心配しているということが分かる優しさ。声の質や言動から、『相手の弱っている心に付け込む』という計算的な感情がまったく感じられなかった。
それが、竜児のいいことでもあり、また悪いことでもある。

「……っと、つい話しこんじまったな。じゃあ川嶋、そろそろ切るけどいいか?」

「うん、大丈夫だよ。高須くんのおかげで不安も恐怖感もなくなった。本当にありがとう」

「いや、礼を言われるほどでもねえぞ。じゃ、今日はぐっすり寝るんだぞ?」

「うん、分かったよ。おやすみ、高須くん」

「おう、おやすみ。また明日な」


その竜児の声が最後となり、あとは『ツー、ツー』という単調な機械音に変わった。
余韻としてその音を少し聞いてから、携帯を耳から放し、通話終了のボタンを押す。

「はぁぁぁ……」

肺の中の空気をすべて出してしまうような長く深いため息をつきながら、亜美は枕に顔を埋めた。
照れと恥ずかしさと緊張を紛らわそうとしたのだが、逆に枕によって顔の熱さを余計に自覚してしまい、更に顔が熱くなる。

「我ながら情けない。いつものクールで大人な亜美ちゃんはどこ行ったのよ……」

枕から顔を上げ、両手を頬に添えながら、亜美は言った。さながら、世間一般の恋する乙女のように。
普段クールでどこか達観しているような亜美をここまで変えてしまったのが、他ならない竜児だ。
亜美だけではない。
大河も、実乃梨も、竜児に出会って大きく変わった。
竜児には、他者を変えるほどの底知れない魅力がある。その魅力に亜美は気づき、惹かれ、好きになった。

「なら、チビトラも実乃梨ちゃんも当然……」

竜児の魅力に気づいている。大河は北村に惹かれているので真意は分からないが、実乃梨は確実に竜児に惹かれていると確信している。
証拠は無いが、根拠ならある。
それは、

「女の勘、なんだけどね」

遥か昔から女性にだけ備わっている、何故か高確率で当たる第六感であった。

「だけど、例え高須くんの気持ちがあたしに向いていないからって、諦める気は毛頭無いんだけどね」

恋仇の顔を思い浮かべながら、不敵な笑みを零す亜美。負ける気はさらさら無いとでもいうような、そんな笑みだ。
方法は既に考え済み。後は実行に移すのみだった。
しかし、それも効果的とは言えない。大胆な行動に出るのではなく、ただただ単純に距離を縮めていくだけだからだ。
亜美には竜児の気持ちを自分に向かせる自信は無かった。
だが、先程の発言通り、亜美は諦める選択は絶対に選ばない。それはひとえに、竜児への想いゆえ。ありのままの素の自分を受け入れてくれる竜児と結ばれ、経験したことがないような幸せな日々を噛みしめるため。
そのために、亜美は本気になる。頑張ったらかっこ悪いとかみっともないとか、そんな体裁や世間体や外聞なんか関係ない。
一直線に、愚直に、亜美は走り出す。輝ける景色が待っているであろう未来へ向けて。

「んじゃ、今日はもう寝よっと。動き出すのは明日からでいいし」

そう言いながら、部屋の電気を消してベットの中に潜っていく亜美。
かけ布団を首元まで持ってきて体を覆い、目を閉じる。
昼間のことが原因の肉体的精神的疲労と、竜児との会話による安心感が、簡単に亜美を眠りの世界へ誘う。
こうして、亜美の一日は終わりを告げた。




 ◇ ◇ ◇




「…………」

竜児は自室のベットに横になっていた。
予定していた亜美との電話を終え、あとは寝るだけである。
しかし、竜児は寝る前に考え事をしていた。見慣れた天井の模様を眺めながら、思考を流していく。
考えるのは、亜美のことだった。勿論今日の様なことがあったのだから心配になるのは当たり前なのだが、それとは少し違う。心配や懸念は先ほどの亜美との会話で消えている。
なら竜児は何を考えているのか。
それは、亜美自身と自分のことだった。
あの時、亜美が男二人に連れて行かれそうになった瞬間に感じた怒り。その怒りの源泉が竜児には分からなかった。友達が無理矢理連れて行かれそうになったのだ、怒ることは至極当然ではある。だが、その怒りの源が分からなかった。
未だに気持ちの悪いモヤモヤが胸の中に残留している。

「あー、もう!分からんものは分からん!考えるのはやめて、とっとと寝よう」

ついには考えるのを放棄して、夜なので迷惑にならないような声量で叫んでから目を閉じた。
胸のモヤモヤで寝つきが悪いと心配したが、意外と図太いのかすぐに眠気が襲ってくる。それに抗わずに、竜児は眠りの世界に旅立った。

竜児には知る由もないが、胸のモヤモヤの原因は、亜美が他の男に連れて行かれそうになった事への嫉妬心と独占欲からくるモノだった。
勿論心配する感情もある。正確に言うと胸中の大部分を占めたのは亜美への心配と男たちへの怒りだった。そして竜児は心の隅で、亜美が他の男に取られる、と思ってしまったのだ。その事への嫉妬心と、亜美への独占欲。その二つの感情が竜児にはあったのだ。
今の竜児に自覚は皆無だ。
そんな竜児が自身の気持ちに気づくのは、もう少し先の話である。


124 ユートピア sage 2010/03/19(金) 14:54:55 ID:ADzmBW6j
以上で終了です。
一応、次回完結します。なるべく早く完結できるように頑張ります。
では、今回はこの辺りで。自分の稚拙な作品を読んでいただき、ありがとうございました。

118 ユートピア sage 2010/03/19(金) 14:49:38 ID:ADzmBW6j
お久しぶりです、ユートピアです。と言っても大部分の人が忘れていると思いますが……長い間作品投下しなかったですからね。
なので、久しぶりに作品投下したいと思います。
カップリング:竜児×亜美
題名「心のオアシス〜4〜」
ぶっちゃけ、繋ぎの回なので話の展開的には何もありませんし、物量も少ないです。
注意事項は特にないですが、続き物なので保管庫で1〜3を見ておいた方が話に入れます。
では、次のスレから投下します。

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