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182 HappyEverAfter10 sage New! 2010/10/26(火) 23:04:17 ID:csYI4LeL




Happy ever after 第10回




林間を通ってくる山風は清廉で、涼しげな感じがするのは雰囲気に流されているからだろうか?。
街中にいると敵意すら感じる強い日差しも、木漏れ日ともなれば、温かく降り注ぐ恩恵にすら感じられる。

騙されるのは好きではないが、あえて嘘に乗るのも時には悪くない。
ただ、自然の中に身をおいて、風の音に耳を澄まし、一緒にを歩く奴らの存在を感じる。
何と言い表せばいいだろうか、既存の言葉に頼れば、連帯感?、一体感?、それとも気持ちの共有とでも言えばいいのか。
見るもの、聞くもの、感じる空気、湧き上がる気持ちが自分だけでなく、共にしている仲間たちも同じように感じているような気分になる。
そんな事がある訳がない事は知っている。自分の気持ちすら解らない時があるというのに、ましてや他人の心が解るわけが無い。
それはまやかしや、妄想、思い込みの類なのだろう。けれど、
それを楽しまない事こそ嘘だと川嶋亜美には思えた。

夏休みといえば、いつものメンバーで旅行だろうと、彼女の幼馴染がある日、高須竜児に提案してきた。
その提案を参加予定者達五名一人として、反論の余地は無いと思われたが、櫛枝実乃梨の予定が合わなかった。
体育大学進学に向けた準備。学費の捻出の為の労働。自らに課した厳しいトレーニングノルマ。
そんな事を理由に彼女は再三の辞退を申し出ていた。
しかし、大河がせがみ、竜児が誘い、北村が完璧なスケジューリングを行い、僅か、一泊二日ではあるが、
夏休みの終盤に五人の旅行が実現した。

打ち合わせと言う名のファミレスだらだら喋ろうの会で、亜美は初めから旅行先を海にする事を主張した。
夏とはつまりギラギラな太陽で、めくるめく浜辺なのだ。彼女の武器を、キュートな水着で、ビューティな体をアピール出来るのだ。
祭りの、縁日での失敗を取り戻すことに必死なのだ。

なにより、去年の夏の海は彼女の大切な思い出で、あのような事に出会えるならもう一度とも思うし、
あの様なシチュエーションに次に臨む事があるとするなら、なにかを変えてみたいとも思っていた。

だが、北村は山を主張。逢坂大河は山は疲れる、かと言って海は泳げないからどうでもいいと言う。
ただ遊びに行く事は乗り気ではある彼女は高須竜児に丸投げして、「何処でもいいけど、私が楽しめる所にして」と
何気に厳しい注文をしていた。
山1票、海一票、棄権票1、櫛枝実乃梨は欠席していた為、決定権は高須竜児に託された。


「高須くんはもちろん、海がいいよね」
亜美は誘導に掛かる。彼もあの夏の事を大事に思っていれくれれば、海を選ぶはずという計算、いや淡い期待があった。
が、竜児は現生徒会長の方に顔を向けると、なにやら無言で会話をして、
「北村の言うとおり、山でいいだろ」
と言った。これに憤慨して亜美は
「なんでよ。そうやって私の言う事はいつも無視してさ」
「無視なんかしてねぇが」と困ったように頭をかき、
「前、北村と話してたんだが、お前、修学旅行の時、学校居なかったろ。それって、ちょっと寂しいと言うかだな。
 て、お前を寂しい奴って言ってるんじゃ無くてだな。むくれるなって。何て言うんだ。俺達も何か物足りないと言うか。
 今は夏で、スキーなんか出来ないが、雰囲気だけでもだな…」
その後、「私が居なくって寂しかったんだ?」などとそれを武器にして、散々、高須竜児を亜美はおもちゃにしたものの、
そんな気遣いを見せられては、行く先が山になる事を拒否する事など彼女には出来なかった。

そうした訳で、今、彼女たちは山にいる。
男、二人が先導して、道を確認しペースをコントロールしながら歩き、かしまし三人娘はガヤガヤとはしゃぎながら、その後を歩く。
こうみんなで歩くと、山も悪いものじゃないと亜美は思うようになっていた。
つい、職業柄から人の目に敏感な彼女だが街の喧騒から離れた自然の中では、他人を意識する必要性を感じなかった。
それはそれで、彼女の自尊心をいたく傷つけたが、年相応にはしゃぐ彼女を銀幕での若手女優の姿と同一視出来なかったという理由もある。
何より、訪れた人は自然に接したくて来ている。時折、すれ違う登山客も挨拶程度のふれあいはしても、
困っているのでなければ必要以上に干渉してくる事もなく、自分達のペースで歩いている。

だから、彼女たちも自分たちの速度で、山に触れながら、仲間たちと歩くだけでよかった。
自然の中を進むだけでいいのだ。
他に娯楽がある訳でもなく、仕事に追われる訳でもなく、自らにプレッシャーを課す必要もなく、
ただ二日間、自然の中を気心知れた人たちと歩く事を楽しめばいい。

ゆったりとした時間だった。
高須家に居候をはじめた当初、亜美はゆったり時間つかう事に焦燥感を感じていた。
子供時代から、モデルとして業界に籍を置く彼女は時間に追われる事、時間が無いのが日常だった。
片付けなければいけないスケジュールは山ほどあった。
母にも言われた、成功する為には生き急ぐ位で丁度いい、立ち止まる暇などない。
ストーカー騒ぎで仕事が少なくなった時は時間に追わる事はなかったが、無為に過ぎる時間に恐怖すら感じた。
業界からも、雑誌読者からも、いわゆる記号としてのみんなから、忘れられるのではないか。
女優として、ある程度のネームヴァリューを得た今でも時間を使う事に一抹の不安を感じる。
だから、自分で選んだと言え、高須家で過ごす時間に罪の意識を感じる事もあった。
だが、竜児に教わっての受験勉強、家事や畑仕事、そんな他愛の無い一日の過ごし方に喜びも感じていた。
そんな毎日が日常となり、大橋高校にいる事に馴染んだ自分のように、高須家の生活に安らぎを覚える自分に戸惑いも感じていた。

いつのまにか成功というもの自体がよく解らなくなった。
やはり、”みんな”ではなくてもよかったのかもしれない。

ゆったりとした時間は、今や、彼女の敵ではなく、神様がくれた贈り物だった。
ましてや、山にいる彼女は焦って歩む速度を上げても予約したロッジに少し早く着くだけだ。
どうしても急がないと辿り着けない目的地があるならともかく、一人、追い抜いて、孤独に先を急いでも仕方が無い。
下手したら食事の準備や、ロッジの掃除を一人でしなければいけない。そんな貧乏くじを引く必要はない。
第一、あいつの楽しみを奪うのは可愛そうだ。
同じ道を歩いているのだ。なら、一緒に歩く事を楽しもう。今はゆったりした時間をすごせばいい。

そんな事を考えながら、先頭のおばさん男の背中を見ていたら、無性にからかいたくなり、亜美は歩を少しだけ早めた。
あいつの隣は居心地がよさそうだ。
「どうよ。高須くん。念願の山の感想は」
「ああ。自然はいいな。涼やかで、植物がたくさんあって。みろよ、あの実、食えるんだぜ」
「そりゃ楽しいよね。私が海行きたいって行ったのに。押しきって山だもの」
「だからな修学旅行の代わりに……」
「そうだよね。亜美ちゃんが映画撮影で頑張ってる間、みんな楽しく修学旅行。私だけすごく可愛そう」
「なら今回、楽しめよ」
「じゃ、高須くんが楽しませてよ。そうだ、修学旅行どんな事があったの?」
などと竜児に思い出話をせがんだ。せがみながら、自分も2-Cの一員として、旅行に出かけたらどんな事が起きただろうと考えていた。
別にスキーがしたいなんて思ってたわけではない。そんな事、個人でいくらだってやれる。
ましてや、団体指定のかっこ悪いスキーウェアなんて着るのは真っ平ごめんだ。
スキー自体には羨ましさ等、微塵もない。

だだ、旅行という事にかこつけて、劇的な変化が起きたかもしれないのでは、なんていう願望はもっていた。
一晩同じ部屋に泊まる事で、お気楽なガールズトークなんかをして、櫛枝実乃梨とのギクシャクした関係を改善出来たかもしれない。
それにだ。たとえば、もし仮にでの話だが、何かの偶然で、例えば、冬山で遭難でもしたとしたら、
その時、高須竜児は慌ててくれたのだろうか?。万が一の事かもしれないが、助けに来てくれたかもしれない?
そして、二人きりにでもなったとしたら、そんな極限状態であれば、もっと早く、もっと素直にいろいろな思いを告げられたのかもしれない。
なんて少女チックな想像で一人遊んでみたりもする。
そんなこと故にちょっと惜しいことをしたかなとも思う。が、後悔した所で、高校二年に戻れる事などない。
もし、大橋高校に転校した時からやり直せたらどうなるだろうかなんて、そんな話も興味はあるが、それはまた別な話。
今、山に来ている自分は、自分にしか出来ない事をするだけだ。

そう、だから、今、高須竜児を精一杯、
からかう。
全身全霊を掛けて、全ての能力を使って、竜児と言葉遊びをする事に決めた。
いつのまにか、北村祐作は後列グループに下がり、逢坂 大河と櫛枝実乃梨の接待に回っていた。

軽口を叩きながら、ただ歩く。いろいろな話をしながら二人は道を行く。
雨でも降ってしまえば、川底に沈んでしまいそうなか細い橋なら手を引かれて越えてみたり、
胸まである程の丈の雑草が道まで入っているような細い山道では、先頭に出て両手で草を分けて進む奴の背中を追いかけたり。
そんな背中をクスリ笑いをしながら亜美は眺め、後ろに従った。
後ろを歩くだけではない。時には隣を歩いたり、前を歩いたり、話しをしながら山道を行く。
竜児もいろいろな表情をした。楽しそうにもしてくれた。亜美のからかいにふて腐れたような顔もした。
そして、当然のように優しい顔もしてくれるし、心配もしてくれる。
今の亜美は寂しいなんて思うことは一欠けらもなかった。


そうやって、彼らは散策を楽しんだ。今回の旅はハイキングが主目的。
ゆるりと道中を楽しみ、本日宿泊予定の小さな県営ロッジに着いた時には午後二時を回っていた。
昼食は途中の休憩エリアで取っていたため食事には早すぎた。
「さて、どうすっか」と竜児。
荷物を部屋におくと、ラウンジに集合しなおし、これからの指針を確認する。

「まずは掃除から始めないと、前の人もいつ来たか解らないし」
面倒くさそうにしながらも、やらなくてはいけない事はとっとと済まさないとと、美味しいものは最後に食べる派の川嶋亜美が提案する。
その提案に竜児はニヤリと歯を見せて笑った。
けれど反論の元気な声がすぐさまあがる。
「えー、こんな大自然が目の前にあるんだよ。来る途中に大きな湖もあったし。掃除なんか後、後!」
と好物から食べ始めるの一番な櫛枝実乃梨。彼女はそう告げると、まっすぐに走り出した。目指すはあの青い水辺だ。
「そうだな、掃除はその後だ」
「み、みのりん。私も」
実乃梨の意見に賛成と、北村、大河が遅れるものかと走り出す。
亜美も実乃梨の意見に心が動き、
「私も行くけど、高須くんは?」
「う、ああ」
竜児は、掃除の魅力と湖面の魅力、仲間たちとの馬鹿騒ぎとの間でどれかを選らばなければならない。その運命に苦悶の表情を見せる。
高校最後の夏休みだ。もう二度と帰ってこない。
湖は青春ぽいし、櫛枝たちと騒ぐのは捨てがたい。大河がはしゃぎすぎてドジをしないか心配だ。今年の夏は親友の北村とあまり時間を共にしていない。
だがしかし、
このロッジを掃除出来るのは人生で一度きりかもしれないのだ!。
神様、俺になんて残酷な選択をせまるのだろう。掃除すべきか、しないべきかそれが問題だ。
と悩む。しかし、決めなくてはいけないのだ。だから、竜児は……

笑い声が響く湖。ウインドサーフィンをする男もいれば、水際でスカートをすこしだけ上げて、水の感覚をたのしむ女の子もいる。
湖面ではレンタル用の足こぎボートが何艘も漂う。そんな中で一艘だけ、郡を抜いたスピードで駈けるボートがあった。
その虎を形どったボートは水しぶきをあげ、目的もなく、ただ、そのエネルギーを発散することだけを目的に湖を行く。
右に大河、左に実乃梨が乗り、息をあったコンビネーションで船を漕ぐ、同乗しているバイク乗りの北村祐作でさえ、未体験の速度に顔色を変えていた。
そのボートから喜び一杯の笑い声がばら蒔かれていた。
ボートは疲れを知らず、何十分も湖面を往復した。


同時刻、同じように顔色を変えている男がいた。目をむき出すようにして、僅かな埃も見逃さないと、
竜児は床を雑巾で丹念に拭いていた。
そして、ふと、思い出したように顔をあげて、
「なんで、残って掃除してるんだ。お前は?」
「何よ、邪魔だって言うの?」
床から見上げる竜児の眼の前にはデニムのホットパンツからスラリと伸びた生足があった。
先ほどまでの、日焼け避けを意識した登山ルックとはうって変わって、ブルーベルのカットソーにデニムパンツと
軽装に着替えた亜美がそこに居た。窓を拭いていた女優はその手を止め、文句を言った。
目の前のおみ足をありがたがる事もなく竜児は
「そうじゃねぇが、みんな遊びにいってるんだぞ。お前も行けばよかったろ」
「高須くんは行かないじゃん」
「別にいいだろ。俺は掃除が好きなんだ」
「なんで掃除がそんなに好きなのさ、高須くんは」
亜美は窓を拭く手を休め、呆れ顔をした。

「今日、泊まるとこだ。それが礼儀だ。それに少しでも綺麗な所にお前だって泊まりたいだろ」
「でもさ。来て早々することないんじゃない。泊まるのだってだった一日だよ。寝室だけ綺麗にしてさ。
 共有スペースなんて管理人がしてくれるって。そんな事に時間使うなら遊びに行くのが正解だと思うな。
 湖には沢山、楽しい事あるのに。実乃梨ちゃんとか」
亜美はそういうと竜児がピカピカに磨き上げた床に胡坐をかいて座り込む。中断した掃除を続行しない宣言だ。
「けど、到着したら、まずはする事があるだろ。遊ぶのはする事を終えてからだ」
そんな竜児はもう一頑張りと掃除を再開。床を磨き上げる。二度拭きを開始する。
「硬いよね。相変わらず。でも来て早々なんてさ。実乃梨ちゃんの意見の方が正解だと思うな」
「だからお前も行けばいいじゃねぇか」
「なんかさ、時々、綺麗なもの見ても物足りない時があるんだよね。
 それに、一人だけ損する奴がいるのってイライラするって言うか、気持ち悪いっていうか」
亜美は胡坐をかいたまま、体を前後に揺らし子供のような仕草で会話を続ける。
「俺は掃除するの損なんて思った事ないぞ」
「偽善者」
「偽善者じゃねぇよ。もっとも、善人だとも思ってないがな。
 湖へ行きたいやつが行く。掃除したいやつがする。それでもいいだろう」
「善人は意識的にしないから善人であって、意図的に行動するやつは偽善者か」
「何か言ったか?」
「別に何にも」
竜児は床のほとんどを磨き上げ、向きを変える。残りはある障害物が邪魔になって拭けない箇所だけだ。
その障害がある、亜美が座るエリアに目を向ける。

「そういうのって高須くんはさみしくないの?」
亜美は体を揺らすのを止め、少し真剣な面持ちとなり、問う。
「何がだ?」
「みんなが楽しそうにしてるのに、自分だけ感じる事が違うとか。
 掃除しようって言ってるのに、誰も賛成してくれないとか」
「そういう時もあるだろ。みんな考える事が違うんだから」
「でもさ、なんで上辺しか見てくれないんだろう、気づいてくれないんだろうとか思わない?」


竜児は亜美の近くまで、拭き終わると、その真下に取り掛かる前に一旦停止、顔を上げて質問に答える。
「俺はその気づけない奴の方だからかもしれないが、そう思った事はない。だがな、
 その見れない奴でも、本当は見たいんじゃねぇかと思う。見える奴や、努力してやっと見えるようになった奴がいて、
 そいつが見てる景色があるなら、俺はそれがどういうものか見たいと思う」
「そういうのって見えるようになるもの?」
「わからん。だが、諦めるの早いだろ。やってみねぇとな」
「そっか」
そういうと竜児は少し長話になるがと掃除を一旦諦め、床に腰を付ける。
「後な、見える奴の話は解らないが、見て欲しい奴の話なら解る」
「なにそれ?」
「俺はホラーもののDVDとか時々観たりするんだが、あれは話が怖いのと見た目が怖いやつの両方がある」
「あるけど、それが?」
「見た目で脅かす奴の中には外見は醜悪だが中身は善人で、それをわかって貰うために努力するなんて話もある。
「それで」
「ああいうのを観ると思うんだ。生まれつきのものは変えようがない事だってあるが、それでも理解してもらえる事もある。
 周りもちゃんと見ることを努力してくれる」
「しょせん作り物の話、嘘で出来てる」
「お前も言ってたろ。嘘をなんで信じるのか。それはそこに信じたいものが含まれてるからじゃないかって。
 そういう話を信じたいと思う奴がいてくれるなら、努力する価値はあるんじゃねぇか?」
「高須くんってやっぱりお子様だよね」
「なんとでも言え」

そう言って竜児は亜美をどいたどいたと立ち上がらせると、彼女がさっきまで座っていた床を拭き出す。
亜美の体温を残した床に少しドキマギを感じてしまうが、それでも、話は真剣にする。
「ところで、さっきの話だが、偽善者がいたとして、それの何が悪いんだ?」
「褒められはしないよね。結果から逆算して、見返りを見越して、演技で行動してる。嘘つきだから」
亜美は壁に持たれると、自らを笑うような笑みを浮かべる。
「善人だか偽善者だろうが、いい事をする事には変わらないと思うんだが」
竜児は亜美に目を向ける事無く、ひたすら床を磨く。
「結果はそうかもしれないけど、過程は違う」
「いいことをされる側にとっては同じだろ。むしろ、考えた上でそういう行動が取れる奴はすごいと思う」
全ての床を拭き終わり、満足げに頷くと竜児は顔を上げる。
「ふ〜ん。それはいかにも、善人の発想だこと。高須くん」
亜美は半分あきれたように、残り半分は感心したように笑いかける。
「考えすぎの、偽悪者の発言だな。川嶋」
竜児は亜美をからかうように、包み込むように、一笑に付す。大丈夫だと。心配なんかする必要ないんだと。

亜美はそんな竜児の表情に、言葉に釣られるように、引き寄せられるように彼のいる方に足を運んだ。
そっと、手を竜児の頬に添える。すこし腰を屈めて竜児を覗き込むように顔を寄せる。長い髪が垂れ、竜児の耳に触れる。
「川嶋……」
「あのさ…」


その時、ドアが勢い良く開いた。赤髪の少女が元気良く入ってきた。
「高須くん、あーみん、ごめんね。二人だけ働かせて」


亜美はステップバック、壁際に跳ねる様に戻る。竜児も素早く立ち上がると後ろに飛び下がる。二人で実乃梨を振り返る。
「櫛枝!」「実乃梨ちゃん!?」
「いや、湖を満喫しちまった。すまんね。なんか山登ってたらテンション上がっちゃって、居ても立ってもいられなくなっちまった」
「ま、満喫してた割りには早かったんだね」
「うん。でも水の上を十二分に走り回ったんだ。たまには水面を爆走するのも乙だよね。そのまま走って帰ってきちまった」
「そ、そうなんだ」

「みのりん、速すぎ」
数分遅れて、汗まみれの逢坂 大河と、その大河のペースに付き合って走ってきた北村祐作が到着する。
「悪いな高須、俺達だけ遊んで来てしまって」
「そうだよね。ごめんね。高須くん達だけ掃除させてちゃって」
と実乃梨はぺこりと頭を下げる。そんな実乃梨を亜美は
「いいんだって、実乃梨ちゃん。なんでも、竜児は好きでやってるんだってさ。だから感謝なんかする必要ないんだって」
「そうだ。俺は好きでやってるんだから気にするな」
そんな二人の言葉に実乃梨は頭を上げると
「そうかい。そう言ってくれるならお礼はしないよ。じゃ、あーみんにだけ、あーみんありがとね」
「別に私は…、そりゃ、遊ぶ事より掃除が好きって言う変態じゃないけど」
「みのりん、こいつも別の意味で好きでやってるんだから、お礼なんかしなくていいのよ。あー、やらしい。やらしい」
「ちび、お前は少しくらい感謝しろっての」
「自分の得の為でしょ、これだから偽善者は」
「!!」
「まあまあ、逢坂に亜美もせっかくの旅行なんだ、大騒ぎするのは別な事でしないか?。それに高須、まだ仕事残ってるんだろ」
「若干な」
「それなら、遅ればせながら私達も手伝うよ」
「なにがあるんだ?」
「寝室は女子部屋がまだ掃除してない。それから夕食の支度だ。蒔も買ってこないといけない」
「蒔きは力仕事だから俺が引き受けよう。で、夕食の支度だが、悪いが、これは高須に頼みたい。
 女子は掃除の残り終わらせて、終わったら高須の手伝い。これでいいか?」
とリーダー気質溢れる北村祐作が分担を指示する。
「竜児、メニューは何?。私、うどん餃子がいい」と食いしん坊虎
「逢坂、なんだそれは?」
「なんていうの?、餃子の具炒めて、後からうんどを焼いて…、それでね、えーと」
と大河が答えるが、途中で止まる。頭の中のイメージはしっかりしてるのだが、どう言葉で表現すればいいか解らない。
そこで、亜美が助け舟を出す。
「餃子の皮の代わりにうどんを見立てる感じかな。うどんは焼いて固める。結構簡単なんだ」
「お、亜美も作れるのか」
「まぁ、あれぐらい簡単な料理ぐらいならさ」
当然と亜美は返す。最近はヘビーローテーションの品目なのだ。
手間も掛からないし、残り物を具として使えば、冷蔵庫の整理にもなる。作れば大河が喜ぶ。
いいこと尽くめだと思っていた。


「家庭科実習でさえ、木原と香椎にまかせきりのお前がな」
幼馴染の成長振りに感慨深げに北村はうなずき、
「それは興味あるなが、楽しみだ」
と北村は竜児を見るが、竜児は楽しみにしてくれて嬉しいのだがと言った上で否定の言葉を告げる。
「残念ながらうどんは持ってきてない。持ってきてるのはカレーの材料だけだ」
「カレー?、せっかくのキャンプなのに、あんた手抜きすぎよ」
「外で支度するの面倒いから、仕方ないんじゃない。明らかに手抜きだけど」
と高須家食卓を共にする大河と亜美は不満気な様子を隠そうともしない。
二人とも高須竜児に対する食の要求は高い。
その分、美味しいと思った時は大げさな程褒めるし、殆どの食事で美味しいと思ってしまう二人ではあったのだが、

「手抜き、手抜きってお前らな」
あからさまな非難に、竜児は言い返そうとするが、先に親友が援護射撃をしてくれた。
「いいじゃないか。俺達のキャンプの夕食と言えば、ズバリ、高須のカレーだろう」
「き、北村」
期待してくれる人がいるのはやはり嬉しい。前回よりも素晴らしいものを作ってやると竜児は誓う。なにせ、今回は
「おお、まかせろ。高須特性スパイスを今回は持ってきてる。長年の組み合わせの試行錯誤の結果から選び抜いたブレンドだ」
絶対に美味いと言わせてやると誓うが早速、水を掛けられる。
「いつもの味、飽きた」と大河
「たしかに、感動はもうないかも」と亜美
日常の贅沢に慣れきって、ありがたみを失った、現代病患者めと竜児は苦虫を噛み潰す。
「そういうなよ。お二人さん。櫛枝はこの日をどれだけ待ち望んだか。ソロモンよ。私は帰ってきた」
と今度は櫛枝実乃梨は素早くフォローを入れる。そして、竜児を満面の笑みで振り仰ぎ、
「私は高須くんのカレー大好きだよ」
竜児は感激が沸いてくるのを感じていた。
やはり、櫛枝実乃梨は違った。我が家の女どもと違って優しすぎる。これこそが、THE 女の子 というものだろう。
そして、昔の自分に出来ることなら忠告してやりたいと思った。
人間、一番大事なのは性格だ。笑顔だ。やはり櫛枝は素晴らしい。
性悪で、意地の悪いニヤリ笑いをする女なぞ、手が掛かるだけだ。
嬉しそうな竜児。ジト目で不満げに睨む亜美。
そんな事にまったく気づかない彼は感謝の意を示そうと、
「まかせろ。お前のためにスペシャリテな一品を作ってやる、て、いてぇな、川嶋。つねるんじゃね。何しやがるんだ」
「え?、高須くんが夢見がちにならないように躾けてるだけじゃん」
「意味わかんねぇよ」
「解ってないから躾けてるのよ」

そう言って亜美は「掃除、掃除」と言いながら、部屋を出て行き、「あーみん私もいくぜ」と実乃梨が後に続き、
「みのりん」と大河が追いかけた。


         ******


「竜児、私は甘いのじゃないと食べられないからね」
「私は辛口がいいの!」

掃除を終えた大河と亜美は竜児の手伝いと調理場に来ていた。しかし、手伝う事そっちのけでカレーの味について揉めていた。
北村祐作は調理用の蒔を置いていった後、残り分でキャンプファイヤーの準備を行っており、実乃梨もそのサポートでここにはいない。

「ねぇ、竜児!」
あえて、二人の争いに我関せずと決め込んで、料理に集中しているのは竜児。カレー鍋の中身をかき混ぜていた。
彼女たちの喧嘩は所詮、動物の子供のような甘噛みのじゃれあいに過ぎない事を知っている。
むしろ、「仲いいよな、いつもながら」と笑っていられるようになった。
夏休み中、毎日のように繰り返されるその光景は、もはや竜児の日常だ。

「聞いてるの?、駄犬」
「わかってるよ。お前用は別鍋で作ってる。その端の鍋だ」
既に織り込み済みなのだ。大河のカレーは甘口、これはいまや高須家の常識だった。
「ならばよし」
大河は満足した様子で頷くと邪悪な笑いを亜美にして、「みのりんの手伝いに行こう♪」と勝ち逃げを決め込んだ。
亜美はほぞを噛んで、大河を見送ると、その敗北感を抗議に変え、竜児にぶつける。

「またタイガーだけ特別扱いして。甘やかすのもいい加減にした方がいいよ」
「それくらいいいだろ。ベースは同じだ。少しのミルクとケチャップを加えるだけで甘めに仕上げられるんだ。そんな手間じゃ無い」
「ケチャプなんてどこにあるのよ。牛乳は?」
「持ってきてる。ミルクはココナッツミルクを粉末状にしたやつがある。タイのカレーでも良く使われてるやつだ」
「わざわざ、チビのためだけにそんなものもってきたの?。呆れた。本当、タイガーは特別なんだね」
「そういう訳じゃねえって。一人だけ特別扱いなんかしてねぇよ、大河が辛いの駄目なのはわかってるんだから、気使うのは当たり前だろ」
「どうだか。あのさ、そういうの特別扱いされない他の女の子に嫌われるよ。実乃梨ちゃんでもさすがにうんざりするんじゃない?」
「今日はやけに櫛枝の事で突っかかるな」
「知らないわよ」
と亜美はファッション雑誌でのモデル顔が嘘のように、頬をぷくりと膨らまして、子供のように機嫌の悪さを示す。

「呼んだ?」
「おおう」「わぁあ」
櫛枝実乃梨が大きな木材をもって、いつのまにか彼らを覗き込んでいる。


「実乃梨ちゃんって、なんでいつも気配ないの?、突然出てくるし」
「そうかい?。それはね、高須くんとあーみんの会話が気になるからさ。なんて、冗談。なんかタイミングなのかな」
そう言うと、竜児の手元の鍋に気づき、
「こ、これが高須くんのカレー。光り輝いてみえるでよ。私はこのカレーを一年待っていたんだ!」と絶叫先生。
「なんだよ。おおげさな」
実乃梨はかぶりを振って、真剣な面持ちで
「そんな事ないよ。本当、美味しかったんだ。もうガツーン頂いたて感じでさ。超辛くて、超美味しくって。
 実乃梨はあの夜、食べた以上のカレーなんて今まで食べた事ないし、これから先、食べる事もないと思ってた」
「そういってもらえると嬉しいが」
「そのカレーをまた食べれるかと思うと。生きててよかったと!と感激しております。
 て、もう待てないから、味見させてくんろ?」
「ああ、味見がてらたのむ」
とお玉で混ぜていた鍋から小皿にルーをすくうと、櫛枝に渡す。実乃梨はそれを吐息でふー、ふーと冷ますと
その健康的な、血色のよく、柔らかそうな唇を皿につけ、すする。
「ど、どうだ?」
「美味しい。美味しいけど、高須くんちょっと味変わった?。痛いような。熱いような、びっくりするような刺激があったような……、
 あはは、ちょっと思い出補正で美化してたのかな?。ううん、これは、これでね、すごく美味しいんだよ」
と櫛枝実乃梨は馬鹿笑いを始める。
そこに同調するように亜美は口だけで「そっか」と笑って、
「実乃梨ちゃんは竜児特性スパイス知らないものね。
 海行った時は市販のルーで作った奴で、実は竜児の好みのやつじゃない急造だったみたいなんだ。これが高須竜児の本当の味なんだよね」
「そうなのかい?。なるほど、そういわれると大事に食べないといけないよね」
と実乃梨は謎が解けたように、うんうんと頷く。そこに竜児が自慢げに注釈を入れた。
「安心しろ。これをベースにして、別鍋で櫛枝専用カレー、辛口SPを作る予定だ。これに高須スパイスコレクションから、
 レットでホットなチリペッパー等、数々の辛味スパイスを加える。必ず、お前を唸らせてやる」
「本当!。すげーや。高須くん。やっぱり、期待を裏切らない男だぜ。夕飯、楽しみにさせてもらうね」
実乃梨はまた笑うが、今度は馬鹿笑いでなく、目を輝かせるように笑う。そんな表情を見て竜児も楽しげに
「おう。びっくりさせてやるからな」
「うん、じゃ、むこうでキャンプファイヤーの準備の続きしてるね」
と蒔きを持ち直し、移動を再開。スタスタとその場を去っていく。

竜児は「スパイスがいろいろあると融通が利くからいいよな」と自分の調味料コレクションの品揃えに満足した。
そして、先ほどの自分の言葉が嘘じゃない事の証明にもなったと、
「な」と残っていた少女に同意を求めた。帰ってきたのは痛覚だった。
「痛ぇて。だから、なんで抓るんだよ」
「なにが、「な」よ。馬鹿じゃないの?。意味わからねーし」
「だから、大河だけ特別扱いしてないって事だ。あいつだけ別鍋って訳じゃない。ちゃんと櫛枝だってそうだ」
「そう言う意味じゃないての。まったく」
と亜美はつねるのを止める。だが、指は離さない。彼のシャツをすこしだけ摘むようにして、上目遣いで聞いてみる。
「で、亜美ちゃん専用はどんな味なの?」


とそこで、蒔きがまた竜児の近くを通る。亜美は素早く指を離す。今度の配送人は男だった。
「よう、高須。もう少しでカレーが出来上がるみたいじゃないか」
「おう。もうすぐだ。ちょっと待ってろ。でお前はどうした?」
「蒔きが足りないと逢坂がな。どうせなら派手にやろうと」
「そんなに使って大丈夫か。せめて明日の朝、湯沸かす分くらいは残して欲しいのだが」
「さすがに残るだろう。だが、キャンプファイヤーの時、蒔きが無くなってお開きてのは侘しいすぎる。
 念のために持っていくだけだ」
「はたして止まるのか。大河と櫛枝の乗りが」
「俺の乗りも忘れるなよ」
「止める気はねぇのか」
竜児のあきれた表情に北村は笑顔を浮かべる。祭りはとことん、中途半端は愚の骨頂、彼の信望する前生徒会長も言っていた。
口には出さないが、それが彼の親友や幼馴染の後押しになればとも考えていた。

「逢坂と櫛枝に聞いたんだが、今日のカレー。かなり気合の入った出来みたいじゃないか。
 しかも、各人ごとでスパイスを変えてるなんて、高円寺マキト級だな」
「悪い、お前は俺達と同じレギュラーだ。だが、レギュラーは長年の研鑽のはてに行き着いたブレンドだ。楽しみにしてくれ」
「そうなのか?。だがそれも美味そうだな。なら俺も期待して腹をすかせることにするよ」
「おう、キャンプファイヤーの方頼んだぞ。大河と櫛枝、暴走させるなよ」
と去っていく北村の背中に釘を刺す。そして、改めて亜美の方に向き直り、
「悪い。なんの話だっけ?」
「たく、だから、亜美ちゃん専用カレーの味の話。まさか、祐作と同じって訳じゃないわよね」
「そうだが?」
亜美は大きく憤慨。子供のように拳を握り、「もう」と両手を上から下に振り下ろして、体で異議を唱える。
「ちょっと待ってよ。なんで、実乃梨ちゃんもタイガーも特別性で、私が祐作と同じその他なのよ」
「北村だけじゃなく、俺もそのルーだ。と言うか、それが高須カレーの標準の味だ。辛口だし、この前の夕飯でお前も超辛口より好みだって言ってたろ?」
「そういう意味じゃなく。あー、もう、はっきり言わないとわかんないの?。私は扱いの事を言ってるの
 なんで私だけベーシックで、他の子はスペシャルなのよ」
「だから北村もだぞ」
「祐作はどうでもいい!」
「お前がなにを怒ってるのかよくは解らんが、大河みたいに甘口じゃなきゃ食べられない奴や、櫛枝みたいに喉が焼けるくらいの辛さが大好きだとか、
 各人の好みはあるだろうし、その味覚が俺と合わないからと言って、文句を言う気もねぇ。
 それくらいの手間で好みになるて言うなら、味くらい調える。ちょっとしたスパイス一つで喜んでくれるならお安い御用だ」
亜美は不満の目で睨む。文句を言うのも馬鹿らしくなった。なんでこいつは解かってくれないんだろうと思う。鈍さ、ここに頂点に至りだ。
私だってそのスパイスが一つまみ欲しいって言ってるだけなのだ。一言だけでいい。私も入れて欲しい……
そういった億劫を胸に抱え、亜美はふて腐れた。


彼女の思いも知らず、竜児は自分がいいと信じてる事を話し続ける。
「そりゃ俺だってベーシックを食って欲しいって気持ちはある。俺自身が一番いいと思ってる味だからこそベーシックなんだ。
 料理を始めてから、今までいろいろスパイスを組み合わせて辿り着いた味で、けっこう苦労したし、工夫もした。
 だからどうしたって話しなんだが…」
そこで、亜美を覗き込む。
唐変木。
亜美は思った。けれどその遣唐使が持ち帰った変な木のような奴の声が少し弱くなった気もした。なにかを求めるような目をしている。
こいつでも、こんな顔、する時があるんだ。と亜美はみとれる。竜児は気づかずに先を続けた。

「料理するようになったお前なら解るだろ。美味いもん食べてもらいたいって料理して、それで、我ながら美味く出来たってものが作れた時。
 それを笑顔で食べてもらるたなら、すげぇ嬉しい。
 なんて言うんだ、自分が褒められた気になるというか、相手と気持ちが通じたというかだな。
 だから一番いいと思ったものを食ってもらいたいとは思う。やっぱり駄目かお前も、この味」
と最後にははっきり解るくらい自信無く聞いてきた。が、すぐに竜児は頭をふって、両手にスパイスを持つと
「ええい。解った。お前の好きな味、どうすればいい。好み言ってくれ。川嶋スペシャル作ってやる。飛び切り美味い奴な」
と頭を切り替える。
自信はあるだけにショックはあるが、自分が間違ってるなら直すしかない。
大河も駄目。みのりの好みも違うと来て、今度は亜美も今の味が駄目だと言うなら、きっとそうなのだろう。
特に亜美の味付けを竜児は解っているだけに信用度も高い。ちゃんと上達してる。真面目に取り組んでる奴の意見だ。
そうだとしたら、真剣に味の見直しを考えないといけない。
やっぱりこいつにも美味いと言って欲しい。亜美の喜ぶ顔はどうしたって見たかった。
それに、亜美ばかりにだけ自分の好みを押し付けるのは理不尽な行為だとは解ってはいた。

けれど亜美は
「……も、もういい。あーもう。なんか、もういいや。わ、私もキャンプファイヤーの手伝いしてくるから」
と言って、顔を背けると、逃げるようにその場を立ち去った。

一人残された竜児は
「なんだってんだ。そりゃ」
と不完全燃焼のまま、スパイスを両手に持ち、それを追加するか、しないか、亜美好みの味について悩み続けた。


         ******


そうして、大きな火を囲んで、高須竜児のカレーは振舞われた。
実乃梨は愛くるしい唇を腫れさせてまで、カレーをかき込み、辛いといっては叫び。
「怖いも憂鬱もふっとんだ」と親指を立てて竜児を称えた。
北村も竜児のカレーを絶賛し、大河も食べ慣れたと言いながら、美味しいとスプーンを動かす。
「高須くん、やっぱり、あんた最高さ!」
「まあ、竜児のカレーはそれなりに食べられるわよね。お代わり!」
「はえーな。だが、カレーは沢山作ってある。というか、食わねーと、明日の朝食もカレーだし、
 下山時は各自MYタッパーでお持ち帰りだ。だから食え〜、残さず食え。」
「そうなのか、じゃ、俺もだ。」
「よし、よこせ、たっぷりよそってやる」
竜児は料理の醍醐味ってこういう事だよなと幸せを感じていた。
そして、すぐに気持ちが落ちてしまう。亜美の反応が無かった。
やはり怒ってるのだろうかと気になっている。

「川嶋、ほら水」
「え、ああ、ありがとう」
「もしかして美味くないか?」
「そんな事ないけど、どうして?」
「いや、お前だけ何も言ってくれねぇし。お前の好み考えて、結局、今の味しか思いつかなくて、特別カレー作ってやれなかった。だから怒ってるんだろ」
「不正解。あんなつまらない事で、感情使う程、亜美ちゃん暇じゃねーし」と軽く笑った後、
目線をそらして、
「それはそれで特別だしさ」と言って、空を見上げ、
「たださ」
少し真剣な表情を浮かべる。
「ただ?」
「味わって食べてるだけ。こんな星の下でさ、外でご飯食べてる。それなのに寂しくなくて。
 夏なのに、火囲んで。わざわざ、苦労して山のぼって、ご飯食べて、寝て、帰るだけなのに。
 なんだろう。もったいない気がしてさ」
「いくらだって自分で作ればいい。山だって、登ろうと思えば何時だって来られる。
 自分じゃねぇな。俺達で、何度だって、こういうこと出来るだろ」
「そうなのかな?」
「俺が保障する」
亜美は安心したように口元を和らげ、目元から力を抜いて、そっと竜児をみると
「じゃあ、お代わり」
「おう」
竜児は満足げに皿を受け取りと、カレーを足しに行く。空になった皿を見て、やっと竜児も安心できた。

亜美は手持ちぶたさになり、周りを見る。
大河が北村祐作と楽しそうに話しながら、そして、お行儀の悪いことに、カレーを食べ続けている様子が目に入った。
目線は北村に行っていて、スプーンに行ってない。それでいて、スプーンにはいっぱいのルーを乗せている。
明らかにルーが垂れる。あれでは服を汚してしまう。

「ほら、チビ虎、食い散らかすんじゃねーての。ちゃんと見て食えよ」
「うっさいなー、ばかちーは」
「カレーが服についたらどうすんのよ。洗うの大変じゃない。うちに帰るまで洗えないんだから染みになるての」
「付かないように食べてる」
「嘘つくな」
「だいたい、付いたところでばかちーに迷惑掛ける訳じゃないんだし」
「誰が洗濯すると思ってるのよ」
「竜児!」
「あたしよ、あたし。キャンプ帰ってから高須くんは弁財天に出ず張りだから、私がするの」
「なら、私のだけしなくていいから」
「そんな訳に行くかての、素直に聞け。ただ気をつければいいだけだろ、チビすけ」
そんな様子をみていた実乃梨が優しく笑い。
「あはは、あーみん。なんかお母さんみたいだね」
「みのりん、気持ち悪いこと言わないで」
「ごめん、ごめん。でも、なんかそう見えちゃったんだ。
 高須くんがパパ役で、あーみんがママ役、大河が子供役て感じ。じゃあ、私はどこだ」
そう行って、実乃梨はおどけて、左右を見渡すように大きく首をふる。
「大河のお姉さん役だ。おー愛しの妹よ!」
と大声で叫ぶと、大河の頭を抱えるようにして体を振る。
「みのりん。重い。カレー落としちゃう」
「すまない、妹よ。危ないからカレーは私がたべちゃる」
「あー、駄目だよ、私の、みのりん」
「あま〜い。あま〜いけど美味〜い!」
「櫛枝、すると俺はどうなるんだ?。お前達の兄貴か?、もしかして、弟なのか?」
「うんにゃ、北村くんは近所の叔父さん。箒もって、いつも朝の挨拶してくれるの」
「レレレ、それは寂しいぞ。俺も仲間にいれてくれ」
「駄目なのだ」
「遊ぶのはいいが、カレーこぼすなよ。て、綺麗になくなってるな。そうだ。そろそろお茶でもするか
 美味いハーブティ飲ませてやる。嫌な奴はコーヒーだ。インスタントだから味は知らない」
竜児はそう言うと席を立ち、焚き火で熱していた薬缶を手に取る。
「ハーブティでいいやつ手上げろ。大河、櫛枝、北村、それに…川嶋?、いらないのか?」
亜美は一人、下を向いていた。竜児の問いかけに反応して顔を上げる。やけに明るい、可愛い亜美ちゃんといった表情を見せる。


「うん、いいや」
「お前はコーヒーか?。エスプレッソに戻すのか?」
亜美は首をふって、否定を表すと
「て言うか、お茶自体いらないかな。なんか急に、生理中みたいな気分になっちゃった。
 ごめん。先に休ませてもらう」
「大丈夫かよ。連れて行ってやろうか?」
「ううん。いい。一人の方がいいや」
そう行って、立ち上がると、一人、ロッジの方へ歩き出す。その背中に
「あーみん。大丈夫?。私のタンポン使う?。私には丁度いいんだ。すごくジャストフィットで快適なんだ」
竜児が固まる。
「けど大河は大きすて、痛いって言うんだ」
「みのりん。言わないで」
実乃梨ちゃんはおもむろに何かを取り出し、手でつかんでゆらゆらと揺らしながら、
「これなんだけど、あ、そうか、あーみんは小さすぎるかもって言ってたっけ?。あれ、それって香椎さん?。あーみんナプキン派だっけ?」
「大声で言わなくていいから!」
さすがに亜美は振り返りで制止すると、また歩き出した。
「亜美のやつ大丈夫そうじゃないか。なあ、高須」
北村は竜児を振り返る。だが目つき悪は櫛枝実乃梨の手からぶらぶらする物体を凝視していた。
「櫛枝の大きさ、大河には大きすぎる…、川嶋には…小さいぃ!」
「エロ犬、口にだすんじゃねー」
大河が殴った。


         ******


「それ蒔きを集めろ。火にくべろ。ほら、大河も一緒にやるよ」
「うん、みのりん」
「さぁ唱えるんだ。クフアヤム ブルグトム ブグトラグルン ブルグトム アイ! アイ! ハスタァァァァ!」
「アイ! アイ! ハスター」

竜児は頬を摩りながら、火に蒔きを放り込み、元気にはしゃぐ二人を見ながらお茶をすする。
そうしながら、なんとなく頬を触り続ける。別に痛い訳ではない。大河が手加減をしてくれたのか実際は腫れてもいない。
「さて、これからどうする?。高須」
「あいつら見てるだけで飽きないから、このままでいいんじゃねぇか?」
「ああ、そうだな」
北村祐作も楽しげに火の前の女の子二人を見る。
「しかし、あいつら何やってるんだ」
「櫛枝はホラー好きだからな」
「そんなもんか」
そんな風にボーっと眺めてると、実乃梨たち邪教信仰者ごっこに飽きたのか、竜児たちのところに戻って来た。北村が出迎える。
「なかなか、上手く行かないもんだね。なにも来ないや」
「相手は大物だからな」
「みのりん、ベントラ、ベントラの方がよかったかな」
「そうだね。私も今年こそは見れるようになりたいと思ってるんだけど」


とよく解らない会話をしていたが、竜児はついていけなかったので、いい突込みができねぇなと思っていると
「高須くん、つまらない?。やっぱり心配」
「そうじゃないが…」
「なら、ダンスでもしようか?、えーとなんだっけ?。定番のみんなで踊るやつ。
 あ、解った。ハリケーンミキサーだ」
「オクラホマ・ミキサーな」
「あ、そうそう、それ。でも、オクラホマ・ミキサーとハリケーンミキサーって似てるよね」
「ミキサーだけだけどな」
「そうなんだけど、どっちも大技ぽくない。フィニッシュホールドて感じだもん。決めるべきときに叫ぶととかっこいいと思うんだ。
 私、やろうかな。今度から三振取りに行く時、両手広げて叫ぶの。オクラホマ・ミキサーって。
 なんか魔球ぽくね?」
「それがボールになると寂しくないか?」
「そうか、じゃ、ハリケーンミキサーの方を開発するよ。すごくダンスフルなフォークダンスみたいな感じしない?」
 スピンがたくさん入ってるんだよ。3回転半ジャンプぐらいするやつ」
「それは最早やフォークダンスじゃない」
そこで、実乃梨は言葉を止めると、口調を変え、まじめな口調で、強いまなざしで火を見つめながら
「高須くん。あーみんは大丈夫だと思うよ。でも、心配なら、そうちゃんと表現してあげる方がいいと思う。
 だって、あーみん、ああいう娘だし」
「ああ、解ってる」
「そうか。そうだよね。高須くんならあーみんを解ってくれる。よし、大河、踊るよ。ハリケーンミキサーだ」
「まって、みのりん」
「ほら〜、高い高い高い!、高い高い高い!」
ギュンギュンと大河は、
「みのりん、目が回る」

本当に櫛枝実乃梨は太陽みたいな、エネルギッシュな奴だなと、過去に恋した少女を見つめる。
今は胸の痛みも、高鳴りも薄れたが、それでも、あいつを見るたび、元気になると思った。
そして、今を思う。空を見上げる。
今夜は雲一つない満天の星空だった。人工の光も少ない山中だ。沢山の星たちが良く見える。
その中の一番地球の傍の、自分にもっとも近い星を竜児は飽くことなく見つめた。


         ******


朝は訪れる。明日を望むものも、望まぬものにも均等に。
その日、高須竜児は思わぬほど早く目を覚ました。まだ朝の五時にもなっていないだろうか。
昨晩の夜は仲間たちとの大騒ぎ、街中では見られないほどの星の下で時間をすごした。
けれど足りていなかった。その空が美しければ、美しいほど、充足するには何かが欠けいているような気がした。
そのせいだろうか、眠りは浅く、夢と現の狭間にたゆたうように時を過ごし、気がつけば、いつの間にか朝だった。
二度寝をするという行為は、竜児にとってMOTTAINAIというジャンルに入ってるしまうもので、
そんな人生の贅沢を自ら放棄してしまっている貧乏性は身支度を整える。

さて、何をしようか
ふと、部屋の窓から外の様子を覗くと、すでに弱い日差しが照らし、朝の澄んだ空気を山全て行き渡らせる様なゆるやかな風が流れていた。
あの中を歩いてみると気持ちよさそうだという誘惑に駆られ、一人、外に出る準備を始めた。


ロッジの外に出て、軽く息を吸う。早朝の山の冷たく、濃い酸素が肺と脳に行き渡る。
目が冴えてく事を感じた。見渡せば周りは薄く霧が立ち込めて、幻想的な気分にさせられる。
少し先にある林は霧が強めでより、その雰囲気が強い。
それならば、と一人、林の方に足を踏み出す。きっと、話の種になる。
「けれど、やはり話だけてのはMOTTAINAIな」
と残念に思いながら歩く、すると、人影らしきものが見えた。どうやら、その人物もこちらを見つけたらしく、小さく手を振っているようだった。
目を凝らして、前を見る。

「川嶋?」
「高須くん、おはよう」
「おう。朝、早いんだな。どうしたんだ?」
「あれ、メール見てくれてないの?。てっきり私は」
そう言って、深いため息をついたかと思うと、今度は深呼吸を亜美はする。
「別にいいや。大した事書いてないし。来てくれたなら」
そう言いながらも亜美は携帯を取り出しメール確認。
「本当だ。返信もくれてない。チェックくらい、まめにしてよね」
怒り顔を作ってみせる。竜児が素直に「すまん」と言うので、
「なら、埋め合わせして」
「メール見るのが少し遅れたくらいでだな」
「亜美ちゃん様のありがたいメール、そんな事言うのは高須くんくらいだっての」
「そうかい。そりゃありがとうな」
「もう。すまないとか全然思ってないじゃん」
その言葉に竜児は反省、ふざけるのをやめて、
「たしかにそうだな。悪い。で、何をすればいいんだ?。あまり無茶な要求は駄目だぞ」
そこで、やっと怒った顔を亜美は解いて、
「思い出作り」
冗談にしては乙女チックな要求が帰ってきたことに竜児は少し驚く。もしかしたら、めずらしくも素直な言葉なのだろうかと考える。
「何て言った?」
「何度も言わせないで」
と口早な返事。その反応でめずらしい方だと判断した竜児は、
「おう。で何すればいいんだ。お姫様」
「取り合えず、散歩しない?。王子様」
望むところだった。


         ******


夏の強い日差しも朝はやはり控えめで、目を凝らせば、まだ星の光の残滓が見えるのではないかという程に空気は透明で澄んでいた。


「で調子はどうだ?」
「一晩あったから何だかすっきりしちゃった。今は調子いいよ」
「そりゃ良かった」
「おかけでロッジの外にいた高須くんに会えた」
「おう。早起きは三文の得だな」
「ふ〜ん。なんか自信たっぷり、さも、自分は価値があるんだぜって発言。感じ悪い」
「ん?、いやお前の事ではなく、俺が……、て、何でもない」
と竜児は口を濁す。どうしても、キザな台詞や気の利いた言葉を使う事には抵抗がある。
「よく解らないけど、ま、いいや。それで?、私が居なくなった後、どうだった?。
 もしかして、なし崩しでお開きとかになっちゃて無いよね」
「おう。櫛枝の提案でダンス大会だ。オクラホマ・ミキサーだか、ハリケーンミキサーだか知らんが」
「そっか。よかった。さすが実乃梨ちゃんだね」
「ああ、櫛枝はいつも元気だな」
「ねぇ?。高須くんは踊った?、実乃梨ちゃんと」
竜児は笑って
「いや、言っとくが俺は北村としか踊ってないぞ。櫛枝が大河と踊れって言ってたけど、あんな高速回転、俺には出来ないからな」
「実乃梨ちゃんは強いね。ちょっと前までは、全部なかった事にしてずるいと思ってたけど、それでも、それを押し通すのは強い」
「何の話だ?」
「実乃梨ちゃんは太陽だなと思って」
「そう言えば、そんな事お前言ってたな」
「そうよ。そっか、昨日の晩は楽しかったんだ。よかった」
「ああ、楽しかったよ」
そうでも言わないとお前、心配するだろ なんて言葉は心の中だけに留める。
竜児は、こいつにも昨日の晩の分くらいは楽しんで欲しいと思い。
「あっちの林、なんかいい感じなんだ。行ってみないか」と亜美を誘った。

朝靄の中を二人で歩く。林に向けて足を進める。
歩くといのは一人でする事と、二人でする場合とこうも意味あいが違うのかと竜児は実感していた。
確かに一人の方が効率がいい場合もある。一人でしか行けない場所もたくさんある。
しかし、同じように二人でないと行けない場所、歩いていられない場所もあるのではないかと思った。

水を含んだ空気が揺れる。朝の霧は熱を保持しておらず、蒸し暑さを感じさせない。
特に今年の夏は暑い日が続いていただけに、そんな湿り気は優しく体を包んだ。
それは木々、葉や花も一緒なのだろうか?。
霧に包まれシルエットしかみえないそれは柔らかに今を楽しんでいるように見える。
曲がりくねった枝。その先にはさらに細かな枝が派生し、豊かな葉が静かな風に揺れる。
昼の虫たちの合唱が今は無く、鳥たちの互いを呼び合う鳴き声が耳に優しい。

そんな林の中を歩いた。木々の隙間を抜けて、藪を避けて散策をする。
時々、ポツリと言葉をつなぐ。だが、その程度、ただ感想を言い合うだけ。
あの木は形がカッコいいとか、獣道があるねとか、今鳴いてる鳥の名前なんだろうとか
会話と迄はいかない呟き程度、ただ、朝早く起きて、林を歩くだけ。だがそれだけで満ち足りた気分になれた。
そんな時間を二人は過ごし、半時程たっただろうか、亜美が髪に気にする仕草が増えた気がした。竜児は問いかける。
「どうした?」
「少し髪濡れちゃって」
朝露のせいか、亜美の長く艶豊な髪はしっとりと濡れ、前髪のいくつかが額に張り付き、それを細い指先でよけていた。
その姿に竜児は数瞬、目を奪われる。


プールや海、最近では風呂上りの亜美に、同じ様子を見ていたが、
このように、改めて彼女を見つめる時、ドキリと心臓が胸を打つ。
いつまで立っても慣れないなと、自分を笑うことでペースを戻し、
ポケットから竜児はハンカチを取り出した。そうして髪をぬぐう。

「んぅ」
「髪拭いてやるから」
「子供じゃないんだからいいって。なんか手くすぐったい」
「いいから、動くなって」
「もう、ん、耳はいや」
「わりぃ」
竜児は反射的に亜美の頭から手を離す。だが亜美は目を伏せながらも
「嘘、冗談。別にいいよ」
「あ、ああ」
竜児は再び、長い髪をすく様に、ぬぐっていく。亜美は目を閉じ、声が出ないよう強く口を結ぶ。
彼は川嶋亜美が我慢している事を解っていたが、その手止める事を出来なかった。

亜美の髪の中に手を差し込む事。その柔らかな感触。なによりその体温をいつまでも感じていたいと思ってしまった。
しかし、霧程度の水分と言っても、亜美の長い髪は豊かで、ハンカチは小さすぎた。
ハンカチは水分を含み、ただそれを薄く亜美の髪に広げているだけにすぎなくなっている事に気づく。
「すまない。髪、濡れたままだな。ロッジに戻って乾かすか?」
「え、それは……、なんかヤダな」
「けど、体が冷えちまう」
「それなら、少し先にログハウスがあるみたいよ。そこで一旦休憩してからにしない?」
亜美は媚びるような、初めて出会った時に被っていた猫のような表情で、
「それに、なんだか、亜美ちゃん疲れちゃった。病み上がりだし」
と甘えてくる。病み上がりの自覚があるならセーブしろよ。子供め。と竜児は思ったが、
その人間を無闇につれ回してしまっているのは自分である事を思い出し、苦い顔をすると、
「解った。案内してくれ」と亜美を促した。

亜美は携帯を取り出し操作をする。竜児はそんな彼女を見て、やっぱり調子悪そうじゃないかと思った。
時折だが、苦しそうに見えたし、寒さのせいか、指が震えている。
だが、制止しても聞く奴じゃない。それに、暴虐無人の我侭女の代名詞たる川嶋亜美だが、
その実、本当にしたい事は隠して、我慢する女だという事を竜児は知っている。
自分の前では我慢なんかしないで欲しい。自分の前では素直になって欲しいなんて男の願望みたいなものもある。
キャンプの時くらい、無理させてもいいだろ。帰ったら、家でゆっくりさせればいい。
そう思って、気づかない振りをする。
小屋までの道も亜美が案内すると言ったわりには、迷っている様子だったが、それに対しても何も言わない事にした。

長い距離ではなかったが、多少時間を掛けログハウスにつく。それは小屋というには多少広く、十八畳ほど。
土木作業用の道具がしまい込まれていた。この山を管理する人間の物置になっているようだった。
雑然さが大橋高校の体躯倉庫をなにやら連想させる。
竜児はそのちらかり具合から、掃除したい衝動に駆られていた。
掃除するならどこから手出すのがいいだろうか等といつもの癖で頭の中でシュミレーションしてしまう。
が、それより重要な事に思いをはせる。おもむろにTシャツを脱ぐ。
竜児は上半身裸のまま、亜美に近づく。


上腕二頭筋も、胸筋も、腹筋も、そこは高校三年生の男の子、兼、働き者で、バランスの取れた食事を推奨してるおばさん男。それなりについている。
亜美は、別に男の上半身程度で驚くほど、純真じゃありません。という気概はあるものの、それはそれ。
やはり、気になる奴のそれはちょっと違って。
密室で二人になるなり、おもむろに服を脱いで近づいてくる目つきの悪い男によって、胸の鼓動を早くなってしまった事を感じた。
適当な単語を思いつく事が出来ず、半分口をあけたまま何も喋れず、両手の手を握ったり、開いたりと気持ちを揺らしていた。

そんな亜美に対し、竜児は脱いだTシャツを渡す。
「なに?、これは?」
「Tシャツだ」
「そういう意味じゃなくて、私にどうしろって言うのよ」
「お前が嫌じゃなかったら、適当にそれで拭けよ。汗はかいて無いし、着てからそう時間もたってないから大丈夫だとは思う」
「いやじゃないけど、そういうのではなくて」
と亜美はシャツをくしゃりと握り締めて、不満げな表情。竜児は良く理解できないといった顔つき。

亜美は「もう」と言い放つと、竜児のシャツを置いて、おもむろに上着を脱ぎだす。シャツまで脱ぎ、下着を露にする。
現れたのは赤いハーフカットのブラだった。隠れずにいる胸の上側、その白さに思わず目が行き、急いで目を逸らす。
「馬鹿、なに脱いでるんだ」
「だって、湿気含んじゃってなんか気持ち悪いんだもん。それに、竜児だって脱いでる」
「ならTシャツ返せ。着る」
「返せな〜い♪」
亜美は手元のシャツを用具が詰まれた部屋の隅に投げ込む。
「お前な」と竜児は亜美の方向に再び、視線を向け、また急いで外す。
「あれ?、もしかして竜児、欲情しちゃった?」
「そんな訳あるか」
竜児の発言にプライドを傷つけられた亜美は竜児を少し睨んだ後、靴を脱ぎ、
「うわ、水溜り足突っ込んじゃったから、中までペチョペチョ」とワザとらしく言いながら靴下を脱ぎだす。
長い足を片足ずつ上げ、ゆっくりと靴下を下ろしていく半裸の亜美。
スカートがめくれてチラチラと露になる太もも、張りのあるふくろはぎ、体を支えているとは思えないほどキュと締まった足首。細く長い足の指。
親指から、小指まで。その部位は男の自分とはまったく違う作りに見えてしまう。
直視は出来ないものの、つい、目の端で見、目を離せずにいた。

「竜児。何見てるのかな?」
「悪い」
亜美はクスと笑い。
「いいのに、しっかりガン見して」
「見れるか!」
「なんでさ。現実の亜美ちゃんもOK出してるのに」亜美は不思議そうに、そしてちょっと考えて、
「これだけ露骨にサインだしてるのに、まだ不足してるって事?」と強めの口調で言う。
「お前、無理してるじゃねぇか。なんか意地はってるていうか、そうじゃねぇな。よく解らないが、とにかく普通じゃない」
竜児のそんなまとまりのない言葉に、亜美は急に声を大きくして反論する。
「私の普通って何よ。だって、無理しなきゃいけない時だってあるもの。そうしなきゃいけないの」
「そういう事はなし崩しにする事じゃなくてだな」
「思い出作りしようって言ったじゃん」
「それは結果だ。それを作る事を目的にする事自体が不自然だ」
「だって時間ないんだもの。旅行も今日で終わりだし」
「悪ふざけはやめろって」
「私は真剣。どんな時だって本気だった」
そう行って、言葉通りの一本気な目をしたかと思うと、それが嘘にように、また、しなをつくり、胸に手をやり、
「ねぇこのブラどう?。男の子からも可愛いと思ってくれる?。ショーツはこれとおそろいだけど、もっと可愛いんだ」
そうして、スカートに手を掛け、下着が見えるか、見えないかというギリギリの位置まで自らの手でまくる。


服を脱ぐ姿というものは、どうして扇情的で、男の劣情を誘うものなのだろうか。亜美はゆるやかに服を脱ぎだす。
亜美はウエストのホックを外し、スルリと腰から外す。それを足の下に落としていく。
赤の小さめのショーツが姿を現した。後ろはヒップを覆い隠すというより、豊かな膨らみを強調し、その半分以上を晒し、引き上げるように逆三角形を描く。
正面はウエスト部がハーフレースでくまれ、素肌が透けて見える。レッグのエッジ鋭く股間を露骨に鋭角を刻む。
竜児ははたして、これを可愛いと表現するセンスをどの男が持っているのだろうかと疑問を持つ。
可愛げ等なにもない、むしろ対極だ。強敵で、厳しく男の弱みを付いてくる。欲望がむくむくと沸いてくるのを認めざる終えなかった。
彼は健全な高校三年生男子だ。
好奇心はもちろんあるし、衝動だってある。ましてや、恋だってする。
目の前で、そんな感情が真っ先に向いてしまう気になる女が服を脱いでいる。
彼女の意思で、その先の目的の為に、自らの手で服を脱ぎ捨てる。
その事の意味合い。目の前で、そんな姿を晒す彼女の決意を想像する。
自分は何もしないと言うのに、あの臆病ものにさせるのかよという男の矜持もある。それだけに…

「川嶋、服、着ろよ」
彼女のプライドを砕く事なのかもしれない。人に偉そうな事を言って自分に嘘をついてるだけだろう。本当は彼だってしたいのだから。
一言で言えば、責任を取りたくないだけのヘタレ男だ。
たが、浪漫をもって言い換えれば、惚れた女の前で格好をつけたい男の意地みたいなものだった。
けれど、亜美は竜児の言葉を無視して
「早くしないとタイガー来ちゃうよ」
「そういう問題じゃない。こういう事はちゃんとした流れでだな」
「…ねぇ、竜児。もっと見てよ。 私、今、すごくドキドキしてる。竜児が私をそうさせてるんだよ」
もちろん、彼だって心臓の鼓動が自分でも聞こえる。開放してくれと叫んでいる。
それにもまして自由を求める叫びをあげているのは下半身。はちきれんばかりにパンパンだ。
自分でも説得力がないような気がしていた。だが、彼も意地を張る。

「俺だってドキドキしている。けど、それにしたって、こういう場所じゃないだろ。だから服きてくれ」
「それは駄目、それ以外なら聞いてあげる。いいんだよ。竜児がしたい事、なんでもね」
亜美は譲歩しない。それどころか、片目を閉じて、開いて、竜児を誘う。
竜児は軽く硬直。頭のうしろが痺れてくるよう感じが強くなっていく。男の意地にも限界はある。

だが脳髄は急制動。体に電流が走る。慣れ親しんだ声がしたのだ。
「ばかちー!。ここにいるの?」
小屋の外で声がした。強く驚く。
「な、大河!?」
竜児は大声を上げそうになり、けれど、今の現状に思い至り、なんとか、その声をかみ殺す。
「りゅ、竜児〜。どうしよう!」
だが、亜美が大声で、慌てたかのように叫ぶ。
「ば、馬鹿」と竜児が静止しようとするが、同時に
「朝ぱらから人呼び出すんじゃないわよ。調子悪いってのに、一人でうろついてるからこういう事になるのよ」
そう愚痴りながら外の人間が小屋に入ってくる。そして硬直。


亜美は首を少しひねり、顔を多少、後ろに向けて大河の方を見ると、ワザとらしく
「竜児。竜児。どうしよう」

硬直していた大河は少しづつ金縛りが解けていくように、だんだんと体を震えさせる。
そして髪を坂立てるような勢いで、竜児を睨むと
「竜児!。あ、あんたこんなところで一体なにしてんのよ」
「これは違うんだ」
「ばかちーが珍しくメールで助け求めるから、緊急事態だと思って急いで来てみれば」
亜美は舌をだして、テヘっと笑い。
「そうだっけ?。亜美ちゃんわかんな〜い」
「竜児も竜児よ。ばかちーが体調悪いっていてるのに、朝からべったらべったら」
「それは…、そうなんだが……」
確かに昨晩の亜美の体調を考えれば、自分の都合で散歩に連れ出した事は攻められてもしようがないと竜児。
「逢坂さん。竜児は私の為を思ってしてくれてるの?。怒らないで」
そう言って、完全に逢坂 大河に振り返ると亜美は下着姿の肢体を誇示するようにして
「私も一汗かけば直る気がするんだ。高須くんが体で介抱してくれるっていうし」
大河は震えながらも、亜美の事は無視して、怒鳴りつけように
「竜児!」
「違う。それは嘘だ」

必死で竜児はつげる。信じて欲しい大河の目を見て語る。が、すぐに視線が遮られる。
亜美が視線の間に入ったのだ。大河に背中を見せ、後ろ手でブラのホックを外す。そして、そのまま地面に下着を投げ捨てる。
竜児はその行為に驚き、口を封じられる。そんな姿を見ながら亜美は笑顔のまま
「ねぇ、竜児。続きしよ」と甘くねだる。そしてまた、大河の方を振り向き
「逢坂さんも見学してく?。竜児と私のsex」
「川嶋。お前なに言ってる」
「いつもしてる事じゃない」と振り向きもせず竜児には告げ、続けて、
「チビ。あんたがご飯食べてる家で、あんたが居ない時にたくさんしてた」
「竜児!、あの部屋でそんな事!?」
「大河、嘘だ」
「嘘じゃないわ。男と女が二人きりだもの、する事なんか決まってる。どうせあんたもしてたんでしょ。
 でもね。あんたが竜児と作った時間、塗りつぶすように沢山SEXしてやった。何回もした。
 あそこの匂いはもう、私と竜児の汗と愛液の臭いが染み付いてる」
大河は顔を蒼白にして、口をわなわなと震わせるが、言葉が出てこない。亜美は完全に振り返ると強く睨む。
「何?。ぶるぶる震えちゃって、ネンネ気取りで。それとも認めたくない?。あんた以外とそういう事する竜児を。
 ここで何してたか見せてやるから、しっかり目見開いて現実を見ろよ。
 見られた方がこっちも燃えるかもしれねぇし」
ケラケラと笑う。

大河はきびすを返し、乱暴にドアを開くと、外に飛び出す。小屋に残った女は笑い声のボリュームを上げる。
「……うふふっ、くくく……、キャハハハハハハハ!
 高須くん、見たぁ?、今のタイガーの悔しそうな顔、すっげーいい気味。マジで超おかしい〜」


         ******


逢坂 大河はただ走った。来る時と同じように全速力で走った。来た道を走った。
今はあの小屋から一刻も離れたかった。
林を抜け、そこで途方にくれる。どこにいけばいいのだろう。道で立ち止まる。
しばらくして、足はいつのまにか、ロッジに向かっていた。いろいろな事で頭が一杯だった。
今は、櫛枝実乃梨に話をしたかった。


「大河。おはようさん。朝はやいね。散歩かい?」
「みのりん?」
「私かい?、私は日課のランニングをしに行こうかと。て、どうした?、目赤くして」
「みのりん、みのりん」
大河は実乃梨に飛びつく。その勢いに実乃梨は数歩下がるが、上手く力を殺し、それを受け止める。
優しく大河の頭に手を置き。「どうしたんだい?」
大河は溢れる衝動を抑えきれない様子で、呼吸を乱しながら言葉を吐き出す。
「竜児が、竜児が」
「高須くん?」
「……ばかちーと…」
そこまで言って大河は傍としゃべるのを止める。
実乃梨は目をゆっくりと閉じると、深く息を一つした。そして瞼を開いて、いつもの櫛枝実乃梨を取り戻し、そのまま大河を受け止める。
しばらくして、大河は静かに喋りだす。

「あのね。竜児とばかちーが裸で、二人でいて」
「うん」
「前から、竜児のうちでそういう事してたらしくて」
「うん」
「でも、あの家はやっちゃんと竜児と不細鳥と、私の4人家族の家で」
「うん」
「ばかちーは竜児の事好きだから仕方ないのかな?」
「そうだね。それは…」
実乃梨は困ったように、言葉を捜す。だが、大河は返答を待たずに、思いの丈をぶつける。

「私ね。ばかちーをうちに居候させていいかって、竜児に聞かれて、すぐに答えられなかったの」
「うん」
「それはね。ばかちーが竜児の事好きだって知ってたから」
大河の右手が強く、実乃梨のシャツの端を掴む。

「冬休みの肝試しの時、ばかちーが竜児に言ったの
 全部一度チャラにして、自分も初めから見て欲しいって、ちゃんと恋愛対象としてみて欲しいって。
 泣きそうな目で竜児を見て、あのばかちーが懇願するみたいに」
「そうなんだ。そんな前から」
「ううん、もっと前から解ってた気がするの。ばかちーが転校してきて、あのストーカー退治の日、
 みのりんには誰もいないって言ったけど、竜児のうちに、二人がいて。
 竜児はあたしの事を好きになるのかって、すがりつくような顔でばかちーが。
 あいつがああいう顔するのはいつも竜児だけ。
 それなのに。ううん、それだからばかちーをばかちー呼ばわりして、竜児から遠ざけようとして」
大河の表情自体が何かを訴えかけるような顔つきになっていた。だから実乃梨は静かに確認した。
「大河は高須くんがまだ…好きなんだよね」
櫛枝みのりは微笑を抱えて言った。



         ******


「大河!」
「ちびトラのあの顔、最高。もしかして泣いてたんじゃないの?」
その声に竜児はドアに向けていた視線を、亜美に戻す。
「川嶋。お前、なんてことしやがった!」
「単なる悪戯じゃん」とニヤリと亜美は笑う。
「今回は悪趣味すぎる。笑えない」
「怒ってるの?。これくらいの事で」
「ああ、これは怒らないといけない事だ」
「なら怒れば?。器の小さなやつ」
亜美はふんと顔を逸らし、相手に気づかれないよう、体を固くする。竜児は強い口調で、叱り付ける。

「こんなことしちゃ駄目だろ」

亜美は素面に戻り、ぽかんとした後。
「なにその、小学生を叱るみたいな言い方」
「こういう事はもうするなって事だ。悪い事は悪いってはっきり言う。どんな理由があってもな。で、言えよ」
「意味解んねえ」
「なにかあるんだろ?。お前のことだ。どうせまどろこしい、無駄に考えちまった理由」
「そんなのない!。て言うか、大河いいの?、追いかけなくって」
「そうだ。大河だ!」
「あの娘、どうせ一人でベソかいてるよ。いい気味だけど、お父さんは慰めにいかなくていいの?」
「おう。そうだ。じゃ行くぞ」

彼は無造作に掴む。彼女は自分の手をみる。
「て、なんて私の手掴んでるのよ」
「一緒に謝ってやるから。お前らがいくら仲良くたってな、やっていい事と悪い事がある」
「高須くんだけをあの子は待ってるの。私は行かない」
「当事者のお前が行かなくてどうする」
「私はどうだっていいんだって。言っとくけど私は絶対にいかないから」
亜美が腕を引くので、彼は諦めて、手を離すと
「しょうがねぇな。なら、お前が落ち着くまで待つ。その後、大河の所に二人で行く」
しばらくの間、無言のまま、二人は意地張り合い。持久戦が続く。

「川嶋、取り合えず服着ろよ。風邪引いちまう」
最初に折れてしまうのは、やはり竜児だった。
亜美も今の状況を再確認。いそいで胸を腕で隠した後、少しだけ思案し、腕を下ろす。
逆に胸を張って、軽い口調を心がけて
「ねぇ。高須くん。続きする?。高須くんの好きな事していいって話。あれは本当だから」
様子を伺うようにしながら、問いかける。だが、竜児は乱暴な口調で、少し攻撃的に。
「いいから、服きろ」
亜美は明るい様子で、
「そりゃそうか。そうだよね。そんな気になんかなんないか。ほら、いいよ、早くタイガーのとこ、戻りなよ」
「だから俺一人でどうする、一緒に行くぞ」
亜美はやっと、気持ちの動揺を押させる事に成功する。そして馬鹿にするように
「まだわかんないの?、ちびをからかう道具になってくれてありがとう。さようなら。
 もう用済みだから。とっとと朝ご飯の支度でもしに戻ってくれないかな。邪魔だから」
とスカートを履く。竜児をまったく相手をしていない事を示すように、裸の胸はさらしたままで隠そうともしない。


「だから、下手な芝居をするのはやめろって」
「何、本当の私は違うとでも言いたいの?。これが私の本性、文句ある?。高須くんって女の子に夢持ちすぎ。てか勝手に決め付けてるだけじゃん。キモ」
「そう言う訳じゃねぇが、いきなり変わりすぎだろ。そんなんじゃ、いくら俺でも気づく」
「私はね、あんたを落とすって宣言したのに事ある毎に邪魔するタイガーが憎らしくて仕方なかったの。だから、仕返しした。それだけ」
「お前がそんな事で仕返しなんかするかよ。だいたい、大河が邪魔?。なんでそんな事する必要がある」
亜美は竜児を真剣な顔で見つめ、
「あの娘、高須くんの事、好きだよ」
竜児はまた川嶋の考えすぎたと、
「あいつは北村を好きなんだ。俺と共同戦線だって張ってた」
「そりゃまあ、残酷な事で。本当、高須くんらしいよ」
「残酷?、俺が?」
「そう。だから実乃梨ちゃんとの恋にも協力させたり出来る。そうだ。謝っとく。実乃梨ちゃんと高須くんが上手く行かなかったのも私のせいだから」
「……どういう事だ?」

「私ね。去年、海行ったとき、気づいちゃったの。高須くんは実乃梨ちゃんが好きで、タイガーは高須くんが好き、で異分子が一人。
 異分子はね。自分が中心じゃなきゃ満足出来ない、どうしようもない性悪でさ。 
 輪に入りたくって、誰も気づかないなら私だけはって、そう自分まで騙して、チビに肩入れした。
 単にチビに自己投影したかっただけなのにね。
 そうして、タイガーの味方する振りして、実乃梨ちゃんとあんたの間に亀裂をいれた」
亜美はシニカルに、唇を吊り上げ、自分に皮肉を告げるように告げる。
「なにをしたてんだ?」
「タイガーがあの生徒会長の所、殴りこみに行った時、覚えてる?。あの時、実乃梨ちゃんに言ってやったんだ。
 罪悪感は無くなった?って」
「それがどうして俺と櫛枝が上手くいかない理由になる?」
まったく理解出来ないと竜児。
「あの頃ね。実乃梨ちゃん、高須くんの事、もう好きだったんだよ。高須くんもてるから。
「俺がもてる訳ないだろ」

亜美は完全に竜児の言葉を無視して続ける。
「でも、タイガーの事も大事で板ばさみになってた。で、実乃梨ちゃんもタイガーの高須くんへの気持ちも感じていた。私と同じくらい。
 ただね。あの時、タイガーが祐作を少しでも本気で好きなら、高須くんに好意を寄せても許されるんじゃないかと思ってたと思うんだよね」
「お前の想像に過ぎないだろ、現に俺は振られた」
「だって高須くんは馬鹿。なのに私は頭いいもの。全部観えてる。解ってる上で、釘を刺したんだ。罪悪感は無くなった?って。
 あの子を裏切るつもりなのかって?、許される訳ねぇーだろって。最低でしょ。私。
 結果、実乃梨ちゃんはイブに高須くんを振ることになる」
「それは櫛枝の気持ちに俺が足りてなかっただけで、お前が責任を感じる必要なんてない」
「……邪魔ものの実乃梨ちゃんを排除した後、黙ってても、タイガーと竜児の仲は進展するはずだった。
 けど、ここで正体を現したのは黒幕の亜美ちゃん。チビの味方をするなんて気取ってて、
 その実は一からやり直せないかと狙ってた。チャンスと見るや建前を放り投げたんだ。酷いよね。
 で、弱ってた竜児の心に忍び込んで、色仕掛けで、唇奪って、印象付けた。
 有利を確信してから、ライバルの前で宣戦布告。まさに計画通り」
「嘘だろ。本当にそう思って行動したてのか?」
「そう、本当。でも、そこまでしても、竜児が不甲斐ないものだから、不安な亜美ちゃんは、竜児の家に、同棲決め込んで、
 高須家とタイガーのほんわか家族を切り裂いた。そこまでもしても、なんだか勝算が得られなくって
 で、留めとばかりに今日、ちびを呼び出して、秘め事を見せ付ける。そういう策略。残念ながら最後だけ未遂だけど」
「信じられないな」
「惜しかったね。もう少しタイガーがくるの遅かったら、いろいろ出来たのに。
 最後に何でもさせてあげるつもりだったのに。思い出作りに」


そう言って、髪を掻き揚げて、気持ちを整えると。竜児の目をしっかり見て亜美は
「以上、これが計画のすべて。今日で終わりだから高須くんに教えてあげる。
 上手く行き過ぎて、興ざめしちゃった。よく考えたら竜児、亜美ちゃんと釣り合う程、スペック高くないし」
亜美はしつこく繰り返す
「惜しかったね。もう少しタイガーが来るの遅かったら、いろいろ出来たのに。
 最後くらい、何でもさせてあげるつもりだったのに」

そんな川嶋亜美の言葉を聴いて竜児は


         ******


「大河は高須くんがまだ…好きなんだよね」
大河ははっと、実乃梨の顔を見る。そして今、やっと思い出したかのように、おずおずと
「みのりんは?」
「私は」
実乃梨は困った様子で何とかそう言うと、ついで、自分の両頬を手の平でピシャリと叩き、気合をいれ、続ける。
「人に聞いて、自分が嘘をついたらどうしようもないね。私も好きだったのかもしれない」
その言葉を聴き、大河は天から降りてきた蜘蛛の糸を掴むような表情ですがり付く。
「竜児も!、竜児もみのりんの事が好きな…、好きだったの……」
徐々に声は力を失っていくが、それでも続ける。
「もし、みのりんがまだ竜児を好きなら………」
だが、実乃梨が妨げる。

「大河、あの時はね。私も高須くんとだったら、一緒に幽霊を見れるんじゃないかと思った。
 けど、ある人からの言葉を聴いてね。そうじゃないかな。自分で決めた事だもの。
 私は一番大事なものを選ばなければいけない時、その一つを胸を張って口に出すって決めてた。
 だからね。考えたんだ。考えて、それで。
 高須くんに酷い事をした。高須くんの気持ちを聞く事すら否定した。
 真正面から受け止めて、受け入れるでもなく、拒否するでもなく。傲慢に高須くんの気持ちを無視した。
 だから、もうないんだ」
そう、さびしそうに告げる。それでも大河は諦めることをせず。、
「そんな事ない。やり直せない事なんてない」
「駄目なんだよ。だって私、今も後悔してない。
 後悔しないって決めた。誰かに悪い事をしても、自分の罪を認めて、それでも、それをする。
 別な選択を出来るようになるとしたら、たぶん、それは私が何か変わらないといけない。でも、私は変わってない」
そう自分に言い聞かせるように言うと、今度は表情を和らげて続ける。
「大河はどうなんだい?。大河の気持ちは大河自身と、高須くん以外は止める権利なんて誰も持ってないんだよ」
「私は、私は……」

大河は俯くきながらも答える。
「私は大好きなみのりんが竜児の事好きで。竜児が、私の好きな竜児もがみのりんの事好きなら、幸せになって欲しいと思った。
 あの時はそう思った。誰がなんと言おうとそれは嘘じゃない」
最後の言葉ははっきりと、声を大きくして、顔をあげて、実乃梨に強く言う。そして、また、顔を俯き、小さい声で続ける。
「ばかちーは、性格悪くって、馬鹿チワワで、でも、そんな悪い奴でもなくって
 それなのに、あいつが転校するって聞いて、ちょっとだけホッとして、でも、やっぱり寂しくって」
「うん」
「竜児がね。ばかちーが転校してから、すごく勉強するようになったの。イベントも積極的になって、相変わらず私に優しくって。
 でも、なんか嫌だったの。時々、寂しそうな顔して、休み時間によく居なくなって。心配になって探した。
 探したら、自販機の近くで、壁にもたれて、自販機の隙間、ずっと見てた」
「……」
「ばかちーが帰ってきて、私、嬉しかったの。本当に嬉しかった。でも、なんか怖くて
 竜児に色目使うばかちーが嫌いで、相変わらずお節介なばかちーが好きで
 ばかちーと楽しそうに話す竜児が嫌いで、元気になった竜児が好きで」
「大河……」
「だから、ばかちーが竜児の家に住むことになって嫌だったの。
 でも、ばかちーはやっぱりいい奴で」


櫛枝実乃梨は優しげな声で、だが、はっきりと、諭すように言葉を返す。
「大河、あーみんの事、抜きに考えないと駄目だよ。後で後悔する事が解ってるのにしないのは駄目なんだ」
だが、大河も反論する。柔らかな笑顔を持って。
「ううん。いいの。だって、今の竜児は、昔みたいに楽しそうに笑うから。
 竜児がばかちーの事好きで、やな奴だけど、嫌いじゃない、いい奴なばかちーが竜児の事好きなら、
 あいつらも幸せになって欲しいと思う」
実乃梨は胸に貯めていた何かを、深い吐息と一緒に吐き出すと
「もしかしたら、私たちは椅子取りゲームみたいな事をしてたんじゃないかと思うんだ」
「椅子取りゲーム?」
「うん。その逆みたいな感じ。座る席は一つしかなくて、大河と私とあーみんと三人で周りを歩いて、
 ふざけながら、おしゃべりしながら。みんなで椅子を軸に歩いてた。
 でも。お先にどうぞって言っちゃうんだ。だって、みんなそこに座りたい事わかってるんだもの。
 けど、周りを踊っているのも楽しくって、誰かが座ったらゲームがお仕舞いな事も知ってて、
 自分だけではなくみんながこのゲームを終わらせたくないと思ってるていう甘えもあって、いつまでも一緒に居られたらと思ってさ」

そして、実乃梨は空を見上げて。
「多分、高須くんに告白をさせなかったのも、私の未練だったんだろうね。
 あの暖かい関係を壊したくなかった。
 だから、こんな偉そうな事言っても、あーみんが高須くんを落とすなんていった時は、動揺しちまったよ。
 スキャンダールなんて…。寒いギャグだったろ」
顔を下げ、笑顔のまま、大河を正面から見て。
「そうなんだよね。あーみんは動いた。
 ちゃんと、私たちの事を考えてくれた上で、それでも、欲しいものを欲しいと言って、自分を傷つけながらも叫び続けて、
 それを高須くんもちゃんと受け止めてる。仕方ないよね。祝福してあげないと」
そして、大河を離し、前を向いて歩き出す。大河もそれに従う。実乃梨は続ける。
「もしさ、もしもの話だけど、あーみんが動く前に、私が高須くんを受け入れたとしたら、
 あーみんも祝福しれくれたと思うんだ。きっと大河も」
「当たり前」
「そうだね。でも、今日みたいに、大河は影でベソかくよ。きっと。それでも、大丈夫って笑顔を見せてくれたと思うんだ。
 もしかしたら、私たちを安心させる為に、北村くんと一芝居打ったりしてさ」
「ベソなんかかかない」
「それはね。大河が高須くんに告白しても同じだよ。私は親友の事を心から祝福するし、きっとあーみんもしてくれる」
そして、一旦言葉を止めて、少し、無言で歩いて。そして、言い聞かせるように
「ただね。最初に動いたのはあーみんだったんだ。仕方ないよね。祝福してあげないと」
そして、一つ、深呼吸。
「ねぇ、大河、夏は、夏はさ、暑くて、心も汗をかいちゃうよね」


         ******


「たく、どこで捻じ曲がったら、そんなひねた考え方になるんだよ。お前は」
竜児は心底呆れたという顔をした。
「なにがよ」
「何もかもだ。お前がどう悪知恵を働かそうが、上手く行った試しなんて禄にないだろう」
「ま、また馬鹿にして」
「そりゃそうだろ、ばかちーなんだからな。大河の人物評はさすがだよ。
 なんで一人で背負い込む。お前が悪戯しかけようが、心配しようが、相手だって、ちゃんと考えて行動する。
 お前の話が仮にそうだとしても、お前だけの責任なんかじゃねぇ」



「私は責任なんか感じてない!。ちゃんと話聞いてる?」
「じゃあ、なんで態々、自分の悪行なんか説明するんだ。安い悪役の最後じゃねぇんだから」
「そ、それは、とにかく、私は高須くんを嫌いになったの。だから言ってる」
「嫌いになった理由、話せよ」
「嫌いだから、嫌い」
「急に嫌いだとか言われて、はい、そうですかと引き下がる程、大人なんかじゃねぇよ。いいから話せ」
「…」
「ほら、嘘じゃねぇか」
「…馬鹿だから、高須くんは馬鹿だから嫌い!」
「ガキかよ。睨むな。悪かった。ちゃんと頭つかうようにする。他にあるのかよ」
「そうやって人の気持ちなんか知ろうとしない所!。どうせ、ままごとみたいな関係の中、
 子供役の気持ちとか。その輪に入れなかった奴とかの事なんか考えた事なんかないんでしょ」
亜美は睨み続けた。困ったような、悪戯をして叱られている子供のような目で、それでも竜児を睨む。

「クリスマスの忠告な。ちゃんと考えたさ。なんでお前を泣かせる事になったか考えた。そんな思いはもうさせない」
「また同じ事がおきてるじゃない。私が今度はそういう事してる」
「たまたま言葉が重なっただけだ。お前の考えすぎだ」
「高須くんが考えてないだけ」
「違うだろ。俺は偽者みたいな関係であいまいにしていた訳じゃない。
 ましてや、大河を子役にして利用して、お前との関係を俺は作ってるつもりはねぇし。距離を保とうと自分を偽ってる訳じゃない。
 お前だって大河を利用してる訳じゃねえ。大河だって、子供役で我慢してる訳でもない。
 大河がカレーこぼしそうになって、お前がフォローした。いつもの事だ。別に不自然な事じゃない。そんなのお前自身も解ってるだろ」
「実乃梨ちゃん」
「櫛枝があの時のお前のポジションにいるとでも言うのかよ。言っとくが、俺はあいつに振られてる」
「だから、私がそう細工をしたからで、実乃梨ちゃんは今でも高須くんの事が」
「そうだとしても、今の俺は櫛枝より好きな奴がいる。
 軽薄かもしれない。振られた位であっさり、好きな奴を変えるお調子者に見えるかもしれない。自分で勝手をしてるのも解る。だが、そうなんだ」
「なによ!。好きなんて一度も言ってくれない癖に」
「好きなんだよ!。川嶋亜美が」

亜美は数歩下がった。竜児から距離をとり、腕で胸を必死に隠し、縮こまる。
「嘘。違う。どうせ私に、仲間外れだった私に同情して、そういう事言ってるだけ」
竜児は強く右足の一歩を踏み込む。
「同情?。違う!。同情なんかで俺はキスなんてしない!」
亜美はまた下がる。下がるが、目を見開いて、精一杯、立ち向かおうと上体を前に倒す。
「……ふん、童貞男が色仕掛けに引っかかっただけじゃない」
「俺はあの時、お前に魅かれてる自分に気づいた。キスした時に好きになった訳でもない。
 いつからかなんて解らない。そういう風に、お前が俺を好きになるなんて思えなかったし、俺もお前が恋愛対象にしていいなんて思ってなかった
 だが、そんな理屈抜きで気づいた。俺は、本当の川嶋亜美ってやつを、俺のクラスメイトだった川嶋亜美をいつのまにか好きになちまってた」
「だって、嘘、だって、私が転校したのに追いかけてもくれなかったのに」
「それは謝る。正直、自信がなかった」
「ほら私が好きだって本当には思ってない。あやふやだったて事じゃない」


「好きだって事は疑いようがなかったよ。お前が転校した後、痛感した。自信がないってのは。女優のお前と、単なる高校生の俺との差だ。
 女優としての大事な時期で、初めての映画撮影。それに俺が邪魔していいのか。お前はそれだけで一杯一杯になるんじゃねぇか。
 足引っ張るんじゃねぇか。あの時ほど、お前のはるか後ろを歩く俺を不甲斐なく思った事はなかった」
「そんな事……、そうだよ、その通り。当たり前じゃん。だから言ったじゃん。高須くんと私は釣り合わないって」
「だがな、今は違う」
「なによ。もう追いついたつもりでいるの?。偉そうに」
「あの時の考え方が子供だった。足りてねぇ。不甲斐ねぇ。
 当たり前だ。お前みたいに努力してきた訳じゃない。今更、焦ったって努力してない過去は変わらない。
 それなら、これから努力すればいいだけだ。欲しいなら、頑張ればいい。
 いい男じゃねぇえ。足ひっぱるだけだ。だからどうした。
 今、足引っ張ったて、大事な時に手ひっぱれるようになればいいんだと解った。
 俺のせいで、お前が本来、辿り着ける場所に行けないとしても、別な幸せを俺がやれればいい。
 そもそも能力とか、釣り合いなんか関係ない。お前と対等になるのに、そんな事、絶対条件じゃなかった。
 お前に惚れられる男になって、お前を幸せに出来ればそれでいい」
「…な、なによ〜、そ、その空手形。なんの保障もない」
「そうだな。俺を信じられるか、信じられないかだ」

亜美は失敗をした。泣きそうになっている自分を見つけてしまった。それに耐えようとする。けれど、
「し、信じない。だって、だって、タイガーは、実乃梨ちゃんは」
竜児も今にも泣きそうっている亜美を見つけた。まるで、苛めているような気分になる。

けどな…。
竜児は少し困った顔をして、頭を掻くと
「なあ、多分、今から言う事は脅しかもしれねぇ。いや、完全な脅しだな。
 お前の気持ちを知ったつもりになった傲慢が、川嶋亜美の足元をみて、その上で言うんだが」
そして、表情を引き締め、怯える亜美に話しかける。
「お前が転校してから考えた事がある。大橋高校を卒業したらしようとした事で、お前が戻って来た事でやめようと思った事だ」
「脅迫するんだ。最低な男だね。もしかしてモノマネDVDの事?、残念ながらあれは返してもらってる。もしかしてダビングでもしてた?」
「イタリアに行って、料理人として修行してみようと思ってた」

亜美は抑えていた涙がどこかに行ってしまうほど驚く。
「なに…突飛な事言ってるのよ」
竜児は淡々と続ける。
「泰子に庇われて、大河に依存して、北村や能登、春田。木原に香椎。櫛枝。仲間たちに気使われて、
 そんなんだから、お前の孤独に気づいてやれなくて、一人にさせてちまったんだと思った。
 だから、俺自身も言葉も通じない異国で、自分で食い扶持を稼がなきゃいけない世界で、
 異分子から初めて、それを乗り越えたいと思った。お前が通った道を、自分で通ってみたかった。
 なにより、お前を忘れたくなかった」
亜美はキッと竜児を睨む。いやな予感がした。だがそれをあえて無視して懸命に睨む。
「は、そんなんしたとしても、私がなびく訳ないじゃん。料理人程度が一流女優と対等だとでも思ってるの?」
「そんな事は思ってない。ただ男としての中身の話だ。お前が帰ってきて、初めて俺の家で蜂蜜金柑飲んだ日に言ったこと、覚えてるか?
 あれ、まんざら思いつきではないんだぜ」


「で、それのどこが脅しなのよ」
「ここからだ。もし、お前が俺を振ったら、明日にでも実行しようと思う」
「!」
嫌な予感はどうしてこうもあたるのだろうか。自分でも血の気が引くのを感じた。
「ああ、本気だ」
「泰子さんはどうするの。置いていくつもり?」
「説得する。俺には自分の代わりに大学出て欲しいみたいだから、苦労はするだろうが、
 あいつも駆け落ちしたくらいだ、理由話せば理解してくれると思う」
「私との約束は?、大学行くってやつ」
「あれは守れない。すまない」
「嘘つき!。最低!。余計嫌いになる」
「悪い。が、曲げるつもりはない」

体の芯から振るえが来る。亜美は止めようとしたが、どうしても止まらない。止めないといけないのに。
「ねぇ。タイガーは?。あの娘、一人になんて出来るの?。あの生活無能力者を?」
「言いすぎだ」 と竜児は笑い。
「手乗りタイガーは伊達じゃねぇ。あいつはすごい奴だよ。この前だってお前に隠れて料理教えて欲しいって言ったんだぜ。
 お前が偉そうに料理作るのが気に入らないだと。ばかちーだけ任せる訳にはいかないて」
そして笑いを止めて
「万が一、あいつのピンチの時には地球の裏側からでも助けに行く。
 けどなお前とか櫛枝とかが近くに居てやれるだろ。俺は心配してない」
「高須くんが傍にいなきゃ意味ない。大河と付き合えばいいじゃん」
「決めた事だ」

亜美は睨み続ける。けれど、やはり振るえが止まらない。それどころか、止まったと思った涙が沸いてくるのを感じた。
次から次と、封じたと思った感情が沸いてくる。
「だって、そんな事したって、私が高須くんに惚れるなんて事、絶対に無い」
「一度あった事は二度あるさ。それで駄目なら、また男を上げる手を考える」

「何年も、遠くにいたら、私、別な男作ってるかもしれない」
「なら、その男から奪い取る」

「そもそも、高須くんの事なんか忘れてるに決まってる」
「会う度に思い出させてやる」

「しつこい!」
「そうだな。お前が言ったようにストーカーの才能があるらしい」

亜美は震えた。駄目だと思う。怖いのにまったく反対の感情も沸いてくる。こんなはずじゃない。いろいろな気持ちが漏れてきている。
「も、もし、もしさ、私が高須くんを振らなかったら」
「お前のそばにいる」
「最低、お、脅しってそういう事?」


「ああ、最低な男だ」
亜美は涙を一粒流した。一度壊れた堰は止まらない。ぽろぽろと次々に涙が流れ始める。亜美は両手で、指で懸命に、何度も何度も目をこするが止まらない。
「でぇも、あたしにはどうしようもなくてえ」
「俺がどうにかしてやる」

川嶋亜美は追い詰められていた。
夜を徹して考えたはずだ。なにが正しくて、何が間違っているのか。
世界はどういうふうに出来ているべきなのか、確信があったはずなのだ。
だが、まったく解らなくなっていた
本当に正しいことなどあるのだろうか。未来は初めから、出会いの時から既に決まっているものなのか?
混乱と願望。現実的な自分と空想的な自分が入り混じって何一つ確かなものが解らなくなっていた。

今、どういう表情をつくるのが効果的なのか解らない。どんな台詞を吐けば、相手に通じるのか浮かばない。
どうしようもなくなって、それでも、自分の中でたしかなものを、大切なものを探した。
そうだ。大切な言葉があった。忘れないと誓った夜に貰った言葉だ。

つらくなった時はまっすぐに表現すればいい。

「やなの、やーなの。どうしようもないの。泣き叫べば救ってもらえるなんて都合のいいことなんかある訳ない」
「泣き叫べよ。文句言えよ。苦しいって言えよ。俺の前では今みたいにしろ。俺がなんとかしてやる」
「実乃梨ちゃんとギクシャクしたままなのも、それなのに、いつまで立っても自信無くて、実乃梨ちゃんを牽制しちゃう私もやなの。
 タイガーから高須くんを奪うのもや。あの子を救うと決めたのに、一番、裏切ってる自分がや。
 高須くんを私の知らない女に取られるのも絶対に嫌。
 タイガーとか、実乃梨ちゃんなら許せるかもとも思った。それでも、高須くんと一緒にいすぎて、もう我慢なんか出来なくなって、
 そんな嫌な女の今の私もヤダ」
亜美は泣いて、叫んで、苦しいと言った。
「高須くんとなんか出会わなければよかった。こんな寂しいなんて思うことなんて今までなかった。
 自分が嫌な女なんて事、初めから解ってたはずなのに。タイガーに嫉妬したり、実乃梨ちゃんに皮肉いったりする性悪な自分が嫌。
 そんな性格ブスな女でいて、高須くんに嫌われたくない。今を壊したくないの!。このままじゃいつかそうなる。だから先に手を打とをと思ったのに。
 でも、それもやだ。高須くんが変な事いうから、これじゃ駄目なのに。解ってるのに。
 もう全部がいやで、今がいやなの。だけど、そのどれも無くしたくないの。それなのに、高須くんは自分からいなくなるなんて意地悪言って」
後は言葉にならない恨み言をいい、亜美はただ泣きじゃくった。

「俺程度じゃ、救ってやれないかもしれないが。話聞いてやる。一緒に悩んでやる。いや、悩ませろ。
 お前を不幸になんかさせない。お前を逃がしもしない。俺ならお前を幸せに出来る」
そう言って竜児は亜美を抱きこむ。
「無責任。全然説得力ない」
亜美は抵抗する事なく竜児の腕に身をゆだねるも、素直な返事をせず。文句を言う。
泣き顔でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、竜児を見つめる。
「俺の人生をかけて幸せにしてやる。俺の残りの人生全てやる。だから……。
 嫁に来いよ。川嶋」

亜美が何か言いかけようとしたが、竜児は亜美の唇をふさいで、喋らせなくした。



         ******


大河、櫛枝、北村の前、三人が朝食の準備を終えた頃、竜児と亜美が現れる。
二人の元に三人が心配げに集まる。
実乃梨達は竜児達がなにかあった事は気づいていたが三人の誰もがあえて問いただす事はしなかった。
竜児のシャツはしわくちゃで、亜美の目は真っ赤に充血し、まぶたもはれている。
なにより、二人の手、指はしっかりと繋がれていた。
竜児の親指の隣に亜美の親指、亜美の薬指の隣に竜児の薬指。五指が全てしっかり、互いの指を離すまいと求めていた。

開口一番、竜児は大河に謝罪する。
「大河、すまん」
そして亜美も。
「タイガー。ごめん。あれは全部嘘。高須くんとした事なんかない」
「ふん。あんた達が乳くりあってようが、どうでもいいけど」
と大河はそっぽをむくが、それでも受け入れる。

続けて亜美は実乃梨に向き直る。
「……実乃梨ちゃん。罪悪感…なんだけど、ごめんなさい。私、計算尽くで言ったのかもしれない」
「うんにゃ、あーみんはそんな奴じゃないよ。それに私は自分の事は自分で決めてる」
実乃梨は正面から受け止めて、微動たりともしない。
亜美は前を向いていた顔をやっとといった感じで、顔を下げる。そして、「頑張ったな」と握ってくる指に全てを預け、
誰へとでもなく「ありがとう」と告げた。

そして、竜児も
「川嶋があんな悪い冗談をしちまったのも、俺がはっきりしなかったからなんだと思う。
 だから、みんなにも報告する。俺は、俺達は、俺と川嶋は付き合うことにした」
「スキャンダール パート!!」
「……」
「それはよかった。というか高須。お前達はまだ付き合ってるつもりじゃなかったのか?」
実乃梨は大げさにアクションを取り、大河は少しだけ俯く。北村はニコニコと喜ぶ。

「みんなには本当、いろいろと迷惑掛けた。すまない。このとおりだ」
と竜児は頭を下げる。それを北村は即座に止めようとする。
「大げさだな高須は。俺達は祝福はしても、迷惑がかかったなんて思うわけないだろ。なぁ、逢坂 、櫛枝」
と後ろの二人を振り返り、同意を求める。
大河は「う、うん」と同意をしめすが、櫛枝実乃梨は違った。

「甘〜い。甘いよ。北村くん。MAXコーヒーより甘い」
「ど、どうしたんだ。櫛枝」
北村祐作の問いを右手の平を見せることで制止すると、実乃梨は竜児を見て
「高須くんがこういってるんだもの。すっきりさせてないと駄目。いいよね。高須くん」
「お、おう」
竜児に拒否の選択権などあろうはずもない。だが、次の瞬間、後悔の念が湧き上がる。
櫛枝実乃梨はいつもの部活での、マウンド姿のように肩を回す。
過去、彼女の投手姿を竜児は何度も理由をつけて覗きに行った。
その楽しそうな顔、輝く汗。男の自分でも驚くほどの速い球。目の奥に焼きついている光景だ。
その急速は竜児が遠くから盗みする事しか出来なかった1年生、友人として、近くで過ごした2年。そして現在の3年。
確実に速くなっている。有名体育大の推薦を勝ち取った彼女のウィンドミル投法は並ではない。



「ちょっと、歯食いしばってくれるかな?」
そう言って、セットポジションを取る。
「櫛枝、お前それって」
「頬に一発、きついのいくよ」
思わず、竜児は後退する。
逆に隣の女が一歩前に出ようとする。同時に指先から緊張が伝わってきた。
竜児は思わず、笑った。
女優の顔で大事なんだろ。そう思うと、勇気が出た。どんな奴にも負けない気がした。
強く手を引いて、彼女が一歩進みでる事を阻止する。
彼氏なんだ。惚れた女にいい所みせるチャンスだしな。竜児は足を踏ん張り。亜美が巻き込まれないように手を離す。
「おう!。やってくれ」と叫ぶ。
「じゃ、約束どおりいくよ。おしおきだべー」
「ド、ドクロベイ様?」北村と大河が驚く、櫛枝実乃梨が力強く動きだした。

ゆっくりと上体を倒し、溜めを作る。十分に力を溜めた事を確信し、竜児をまっすぐに見つめる。竜児と目があった瞬間!。
身体を起こし、利き足を後ろから前に一歩、少し遅れて後足からワンステップでジャンプ。両足を地面から離し身体ごと前へ跳躍した。
後から出した左足から着地し、そこを軸として体全体の運動エネルギーをそのまま前方にもって行く。
利き足で最後の一歩を踏み、同時に利き腕を下からぐるりとアッパー上に回転。跳躍力、体重、遠心力の合算の力の塊だ。

通常は真下に腕が通った時点でボールにエネルギーを預け、キャッチャーに送るのだが。今回は全てのエネルギーを竜児の頬にぶつける。
男、一人がぶっとぶには余りある力だった。衝撃が体を襲い、遅れて痛覚が悲鳴を上げる。うめき声を反射的にあげる。
瞬間、竜児の意思は亜美を探した。心配そうな顔をしてたり、怯えていなければいいがと、亜美を見る。
それは杞憂に終わった。
彼女は強い目をして、瞬き一つするものかと、竜児を見つめていた。自分の男と一緒に戦っている女の目だ。
「なんだ、そういうことか」
と思った。自分をわかってくれる人間が一人でもいるなら大丈夫だという意味を竜児は知った。

竜児は格好をつける為、すぐに立ち上がろうとする。なかなか体がいう事を聞かないが、それでも見栄をはろう、膝を立て、手をかけて立ち上がろうとする。
「よし、それでこそ高須くんだ」
実乃梨は嬉そうに行った後、
「さあ、大河」と促す。
竜児はよろよろと立ち上がった。すでに足に来ている。だが、覚悟は硬い。
手乗りタイガーはスポーツ少女の比ではない。そんな事は解っている。だが、他ならぬ逢坂 大河なのだ。
大河を俺が受けないでどうするという気概がある。
けれど、促された本人は乗り気ではなく。
「み、みのりん。でも」
だが、実乃梨が激励する。
「ほら、高須くんの為にも。がんばれ大河」
大河はこぶしを握って、竜児を見る。竜児は大河を感じて、亜美が見ている事を確信して覚悟を決める。
大河に向かって、目で「おう」と応える。
猛虎は走る。竜児の元へ。渾身の力と思いで、竜児の目に映る大河がとんどん大きくなる。
「竜児の馬〜鹿〜!」
その言葉を頭の片隅で聞き、大河の表情に不思議さを感じながら竜児は意識を失った。


         ******


何処までも高い、青い空があった。
竜児は目の前にある空間に目を凝らす。


そこには活動的な力の塊である太陽が浮かぶ。意識しなくても目に飛び込んでくるような存在感がある。
その太陽のあまりにも強い光も目がくらみ、手を目にそえて、ひさしを作る。
雲が見えてきた。大きく白い雲だ。太陽の下、ゆったりと流れている。
そうか、結構、風が吹いてるのか。
気づけば竜児は自分の腫れぼったくなった頬を風が冷やしてくれる事が解ってきた。
そこでやっと鋭い痛みと頬の熱を認識する。舌で口内の奥を撫でてみた。奥歯があった事にホッとする。

気持ちに余裕が出来たからか、いろいろな物が見えてきた。
雲の下で、二羽の鳥が飛ぶのが見えた。高い声で生きる事を謳歌するように鳴いていた。
あの鳥はどういう名前なのだろう等と考える。あいつに教えてやりたいと思った。
こんな気持ちいい空だ。見せてやりたいと思った。
綺麗な物を見て、自分が素晴らしいと思える事を見つけて、一人ではいられない自分にいつのまにかになっていた。
それを共感させたいと思うようになった欲深な自分はきっと昔の高須竜児には戻れない。

そんなとりとめもない思いつきに思考を委ねていると、視界にまた一つ、光を捉えた。
キラキラとした、けれど、太陽のように強い光ではない。
それは月光のような、色の薄く、か細く、弱い光。
つまり透明な、相手に自分の色強制する事もなく、我という熱を抑えた繊細な、優しさに溢れた光。
月や星に見えた光の源は、川嶋亜美の大きな瞳だった。
川嶋亜美が覗き込んでくる。竜児は自分が寝そべっている事に気づいた。
後頭部には柔らかな感触、川嶋亜美に膝を枕にしている事に気づいた。

「川嶋、これって一体」
「気づいた?」
「ああ、だが状況がよく飲み込めない」
「もしかして、また忘れちゃった。もう一回、一からやり直したい?」
亜美は悪戯笑いを浮かべ、竜児に聞いてきた。けれど、竜児は今の自分も気に入っている。
「いやいい。もうその必要はないだろ」
「うん」

なにせ、今の竜児は、キラキラ輝く太陽の下、風に吹かれ、亜美の膝の上で身を休めていられるのだ。
世界の何処をさがしてもこんな贅沢を出来る奴はいないだろうと将来のバカップル候補は思う。
しかし、なんでこんな素晴らしい状況でいるのだろうと疑問を浮かべ

「なあ、川嶋」
「なに?」
「なんで、俺はお前の膝を枕にして、こんな丘で寝てるんだ?」
「罰だって」
「なんだって?」
「実乃梨ちゃんがね。撤収準備とか、掃除とかさせないのが高須くんには一番の罰になるだろうって」
「酷い罰だな」
「そうだね」
竜児は意識がボッーとした感覚の中でなんとなく、頬を亜美の足に摺り寄せてみた。
亜美は一瞬、目を大きくしたが、一回、瞬きをした後、柔らかな目姿にもどり、そっと竜児の頭を撫でた。


「それとね。私も罰ゲーム中。タイガーの発案」
「大河がお前に?」
「江戸時代の拷問で石抱きっていうのがあるんだって。正座して、膝の上に重しを載せるらしんだけどね。どう思う、石さん?」
「足、痺れてないか?」
「大丈夫」
「なんて嘘。痺れてる。けどね、何か痛気持ちいいていうかさ。それにこれは罰だから我慢しないと。せめて祐作たちが呼びに来るまで、このままでいないと」
嘘つきはクスリと笑って、白状する。自分の願望とか。
「そうだな」
「そうだよ」

朝からの快晴は変わることなく、ただ悠然と雲は流れ、空に太陽は輝いている。
けして強すぎる日差しではない。暖かなぬくもりを運ぶ。
風が拭いていたが、突風という訳ではない。さわさわと草花を揺らすのがやっとという程度のそよ風が竜児たちの髪を揺らした。
時折、彼の顔にかかる木の葉はご愛嬌といった所。ふざけながら亜美がその綺麗な指でその度に取り除く。
鳥の声、風の音意外はそこに音はなかった。二人を楽しむ事に会話など必要なかったからだ。
ただ、時間が流れる。亜美はその時間を放棄する事に憐憫を感じたが、あえて静寂を破る事にする。言っておく事があったからだ。

「ねぇ、高須くん」
「なんだ?」
「高須くんは私が嬉しいと幸せ?」
亜美は微笑みながら尋ねる。竜児は照れながらも、真摯に答える。
「お、おう」
「あのさ。高須くんの気持ちを知ったつもりで、
 傲慢に、相手の足元をみて、その上で言うんだけど、言っていい?」
「まっすぐに表現する約束だろ。遠慮なんかするなよ」
竜児は少し緊張気味に亜美の言葉を待つ。亜美は「うん」と言って、空を見上げて
「あのさ。高須くんは残りの人生全部、私にくれるって言ったけど
 私は、残りの人生全部なんて高須くんにあげられないよ」
竜児は身構えていただが、「なんだそんな事かと」緊張を解く。
「ああ、俺は好きで、お前にやるとはいった。けど同じものを要求してる訳じゃない。川嶋の人生だ。好きに使えよ」
と答える。亜美は彼の顔に笑顔を送り、「そうする」と答え、また、目線をそらし

「それで、高須くんが寝てる間、考えたんだけど…。高須くんの人生も私いらない」
竜児はおもわず上体を起こし
「それって、お前!?」

「ううん。そういう意味じゃなくって、なんて言うかな?。これからの高須くんの人生が全て、私の為ってやつが嫌なのかな。
 高須くんは自分の責任で、自分の人生を生きて、自分自身が幸せになる為に、私を嬉しがらせて。
 だって、高須くんが幸せになるには私が嬉しくないと駄目なんでしょ?。」
「ああ、間違いない」
「高須くんの人生全部、私に責任転嫁なんて、そんな甘え許さない」
竜児は驚かせやがってと、再び、亜美の膝に頭を戻し
「厳しいな。川嶋は」
「そうだね。高須くんには厳しいかもね。
 でも、その代わり、私は私自身を幸せにする為、高須くんと一緒にいるから。だから、その責任はとってよね」
「おう、まかせろ」
「うん」
そう言って、二人は風にただ吹かれた。


けれど、すぐに亜美が我慢しきれなくなって
「あのさ。ちょっと上、こっち向いてよ」
竜児が亜美の顔を見上げると、唇があった。驚いて、頭を上げようとするが、それでは壮大なヘットバットをしてしまう。竜児は理性で動作を止める。
と、少し湿り気のある、熱く、やわらかい感触が自分の唇に、亜美の味がする。頬は髪の柔らかな感触。息遣いを耳は捉え、鼻腔は彼女の匂いが満たす。
五感が亜美で一杯になるのを竜児は感じた。
そして、名残惜しくも、一斉に亜美たちは竜児から離れていく、その代わり、亜美の笑顔が視界に現れる。

「高須くんと話してたら、キスしたくなっちゃった」
「お、おう」というのが竜児の精一杯。
「嘘。話してたらじゃなくて、顔みてると、なんかね」
「もしかして」
「ごめん、高須くんが意識戻る前に何度かした」
と舌を出して亜美が謝る。
よく膝枕したまま、そんな事が出来るなと竜児は質問してみる。
「それって、体勢にかなり無理がないか」
「ちょっと、体痛かった」
素直な自白が、竜児の笑いの壷を捕らえ、くくくと笑ってしまう。
「なによ、その馬鹿にした笑い方。怒った。別れてやる」
そう言ってむくれる亜美に竜児は
「なぁ、川嶋、頭少しさげてくれないか」
「なんでよ」
「キスしにくい」
「……はい」

竜児はそっと顔を近づける亜美を求めて、頭を起こして自分の唇を近づける。
ちょっと悪戯心を起こして、近づける。
亜美に感化されちまったかなと思う。が、「まぁ、いいか」と自分に許可を出す。
何度もキスさせたんだ。そのお返しをしないといけない。手を引っ張る事の予行練習だ。

フレンチ流に重ねた唇。亜美はいつも待ちの姿勢。合わさると力を抜いて柔らかく預けてくる。
竜児は不器用に力をこめて重ねる。
亜美は小さく心の中で微笑む。「料理の時と違ってこういう時は不器用なんだよね」と彼氏に暖かな気持ちが沸く。
「口、もごもとしちゃってさ」
すぐにそれが間違いだと気づく。驚きで目を丸くして、されるがままにされてしまう。
竜児は唇を重ねた後、意図的に唇を開いたのだ。ぴったりとくっつけた唇は、竜児の動きにつられ、亜美の口も僅かに開く。
その隙間から舌が進入して来た。

亜美はどういう反応をすればいいか解らない。ゆっくと自分の舌に同質の柔らかく、暖かく、湿った感触を受ける。
驚きから回復するまでもない一瞬で、竜児の唇と舌は亜美からすぐに離れた。
それはディープと言える程のキスなんかではなく、ただ、普通のキスに舌が加わっただけだった。
だが、特別な事をされてしまった事は本能的に解る。その事実が甘い痺れとなって頭を麻痺させる。
そんな熱で浮かされた瞳に竜児のしてやったという笑みが目の前に現れる。

「なまいき」
と文句を言ってみた。反撃をしないといけない。今までのキスとは味が違ったのだから。
鉄の味がしたから。

血の味だ。竜児の口の中はさきほど切れたばかり、まだ塞がっていなかった。これは自分の為に流してくれたものだ。
だからこの血は私のものだ。
亜美は怒った顔をあえて作って、強く唇を寄せた。
そして、竜児に舌を捧げる。口内に入ることを許されたそれは傷口を求め、優しく感謝を込めて舐めた。
其の後は互いに舌と舌を重ね、絡め合う。柔らかい感触と血の味。そして唾液の味。それが身体を高ぶらせ、
休むことなくキスを繰り返した。

そうして、二人は試行錯誤をしながら、笑いながら、夢中になって、なんども舌を唇を、飽きること無く重ね、求め合う。
可愛そうな櫛枝実乃梨が二人を呼びにきて
「パート掘!」
と驚きの叫びをあげるまで、止めることをしなかった。



END




以上で全て投下終了です。お粗末さまでした。
次回でラストです。読んでくださってる方、もう少しお付き合い下さい。
今回が物語のクライマックスのつもりなので、次回の内容はそれなりですが…



181 Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E sage New! 2010/10/26(火) 23:01:29 ID:csYI4LeL
こんばんは。以下SS投下させて頂きます。

概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第10回
方向性 :ちわドラ。

とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
シリーズものなので今回だけだと解らない所があるかもしれません。
まとめサイト様で保管して頂いている過去のも読んで頂けるとありがたいです。

主な登場キャラ:竜児、亜美、大河、実乃梨、北村
作中の時期:高校3年 夏休み
長さ :38レスぐらい

注意:
大河が少し損な役回りに回っている所があります。
実乃梨が少し損な役回りに回っている所があります。
亜美も少し損な役回りに回っている所があります。
 
補足:
なんだかんだあって、劇中では亜美は高須家に居候中。
そんなこんなあって、劇中では高須家の食事当番は竜児と亜美の交代制。

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