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46 Happyeverafter-7 sage 2010/04/06(火) 05:40:18 ID:lj1cHGE3



Happy ever after 第7回




「うん、そうなんだ。ありがとうママ。ドラマの評判もいいみたいでホッとしちゃった。
 そう、あのシーンが一番評価高かったんだってね」
川嶋亜美は自室から電話を掛けていた。相手は母親。
亜美にとって母は感謝すべき親であり、尊敬すべき役者であり、何でも話せる同性だった。
楽しげな声が響く。

「ううん、自信なんか全然。撮ってる時はNGばっかり。本当大変だった。
 監督に見限られたかと思っちゃった。

 そうでもないよ。なる様になるかな、なんて。

 強くなった?。そんなことないと思うけど。そうかな、ありがとう。

 え、ママの所にあのレストランから謝罪の電話?。
あれは急に押しかけた私たちが悪いのに。
 うん。予約もせずに行っちゃったんだ。入れる訳ないのにね、ふふ。

 彼氏?、……違うんだ。

 あそこからも電話が?、そりゃ二人で行ったけど、でも単なる見学程度で……。

 そんなんじゃない。ママだって言ってたじゃない。恋愛は芸の肥やしだから沢山しろって。

 騙されてなんかいない!。
ごめん……。でも本当貢いてでなんかいない。
そうだけど、でもあれは私が貰ったお金じゃない。

 違うって、そんな事ない。

 だから高須くんはそんな人じゃない。あんな人いない。

 なんでよ、こっちに居ていいって言ってくれてたのに。わからず屋!!」

亜美は携帯を切り,テーブルに叩きつけた。


         ******


高須竜児はちょっとした違和感を感じていた。
体調が悪いわけでもない。 まわりの環境が変わった訳でもない。
それが何処から来て、何が原因なのか、彼自身よく解かっていなかった。

大橋高校での学生生活は相変わらず騒がしく、賑やかで、
櫛枝実乃梨はところせましと走り回り、ついで、逢坂 大河が騒動を巻き起こす。
それは楽しくも、やっぱり日常で、平和だった。
その平和たる日常の一風景だからこそかもしれない。
「そういやメールこねーな」なんて思ってしまうのは、
暇すぎるからだろうか等とも考えてしまう。


普段の日々であれば誰かからのメールはついぞ途切れること無く、竜児の携帯に運ばれて来た。
勉強を教えろとか、一緒に帰ろうとかそんな誘いの用件ばかりだけではなく、
何気ない、伝える必要性なんか感じられない言葉のハギレがなんとなしに送られてきた。
メールが来たなら竜児も返信する。そんなやり取りを頻繁に二人は行っていた。
もちろん、そんな事は挨拶をされた時、それを返す程度にあたりまえで普通の事。
その程度のやりとり。だからこそ、時には竜児からも送る。
ただ、ここ二、三日、そのメールが来ない。メールをしても返信がない。
だから違和感を憶えるのかもしれない。

メールだけでなく、よくある偶然が起きてない事が理由かもしれない。
登下校時に何故か頻繁に鉢合わせしたり、自動販売機の前で出くわしたり、
友達に会いに竜児のいる教室に来た亜美と会話を交わしたりと、
彼女が仕事で学校を休んでいる時以外、クラスが別だというのに接触の機会が多い。
だが、そんな偶然が今週に限ってない。そんな事が原因かもしれない。

既に社会に出てる彼女は時間に追われる事が多いのだが、最近は、この七月、八月は、
大きな仕事は入っていないとの事で、比較的OFFの日が多く、竜児を誘うことも多かった。
大河がヒマチー復活だと囃し立て、亜美が逆上し、レクリエーションしていたのが、
昨日の事のように鮮明に竜児には思い出された。あの時くらった木刀の一撃は強烈だった。

だが、ここ数日、亜美と会っていない。それは不自然な事に竜児には思えた。

やけに喉が渇く。ここ数日の違和感の一つ。
喉が渇くから缶コーヒーを買いに行く事が増えた。
そして、自販機の前で時間をかけてコーヒーを飲み干す。
喉が渇いている時はゆっくりと飲む方がいいらしい。
すぐに飲み下さす、口内に水分を感じさせる事で、乾きの感覚を少量の水分で
なくす事が出来る。竜児のおばさん豆知識がそういっていた。
それなのに何故だとも思っていた。
いつもより自販機スペースにいる時間を増やしているというのにまったく会えていない。

だから、たまたま、廊下で会った香椎 奈々子に亜美の事を尋ねてしまったのは、
竜児にとって自然な事だった。

「高須くん。亜美ちゃんと会えなくて心配なの?。
そうね。いいわ。放課後、ストバで話しましょ」
香椎 奈々子は、いつのまにか貫禄をもつ女になっていた。いや、初めからかもしれない。
大橋高校一直観力が高い、本能の男、春田浩次が初対面から、唯一、様づけした女は一味違った。


         ******


放課後のストバ、そのBOX席。そこは竜児にとって地獄のようだった。
煉獄の炎に焼かれるダンテのような気持ち。目の前には二人のウィルギリウス。
二年次のクラスメートである女の子二人。香椎奈々子と木原麻耶。
伝説の2−C。そのヒエラルギーの最上位、最強スリートップのうち、二人との同席。
誰もが羨むプチハーレム状態なのだが、本人は代わって欲しい位だった。
なぜなら、根掘り葉掘りと亜美との事を聞かれるという拷問の真っ最中だったから。


「それで、それで、高須くんは普段、亜美ちゃんと何処に遊び行ったりしてるの?」
麻耶が自分の事のように楽しげに聞いてくる。

「遊びというか、あいつの暇潰しに付き合わされているだけだ。
 喫茶店だったり、ゲーセンだったり、あと買い物の荷物持ちとかか。
 都合良く使われてるだけだろ」
「買い物とかって駅前の?」
「それもあるが、最近は撮影所の近くが多いか]
「ふ〜ん、そうなんだ」
「ああ、 撮影の合間とかの時間持て余しるらしくてな。 暇な時間が嫌らしい。
この前なんか三十分しか時間ないてのに呼び出しやがった。
やっぱり芸能界じゃ友達いないのか?。なんか心配だが」
麻耶は隣の同級生に耳打ちするように、ニヤニヤと
「奈々子、奈々子。亜美ちゃんの待ち時間の使い方って」
「そうね。お芝居のイメージ確認とか、勉強とか、それに現場の人との付き合い。
、全然時間足りないって言ってたね」
「なんだ、目の前で内緒話って、なんか感じ悪いぞ」と苦情を告げる竜児に
「女の子同士の会話です。聞かないで下さい」と麻耶は犬を追い払うように、手を揺らす。

そして奈々子が
「大丈夫だと思うよ。同年代の役者さんもいるみだいだし」
「そうか?、あいつ外面いいだけに、自分出すの苦手だろ」
「そうかな。亜美ちゃん。大橋高校に来てよかったって」
「そうだよ。亜美ちゃん。高須くんに感謝してるってさ」

二人の息つく間もない攻勢に、竜児は守り一辺倒。
だまってると余計に話がおかしくなると、自分を奮い立たせる。
「なんだよそれ。なんか話繋がってないだろ。まあ友達がいるならいいが。
 どっちにしろ、俺は時間つぶしに付き合ってるだけだって」

そんな竜児を木原麻耶と香椎 奈々子は顔を見合わせて笑う。
ニヤニヤと、「全部解かってるよ。解かってるんだよ」と言ってる顔だ、
そう竜児には見えた。観た事がある顔なのだ。
近所のおばさん連中が朝の井戸端会議で浮かべてる笑顔そのままだ。
何故か無性に弁明したくなる衝動に駆られる。

「違うんだ。お前たちが想像してるような事とかじゃなくだな」
「高須くんは私たちがどういう想像してると思ってるの?」
竜児は絶句した。そんな事言える訳もない。が香椎 奈々子の見透かした目が彼を促す。
その目に反抗したい一心で反論しようとするが
「だから、べたべたとか、イチャイチャとかなんて、アイツとはしてーねって」
しどろもどろになりながらも何とか否定。それが精一杯。

「どう思う?。奈々子」
「目指す理想が高いんじゃないかな。部屋の中、二人きりで何時間も名前呼び合うとかは
 イチャイチャってレベルじゃないって事だもの」
「そうか、すごいね。夜の公園で抱き合う程度、ベタベタとは言わないくらい、
 仲いいんだもんね」
「どこまで話してるんだ、あいつは」
「だって私達親友だもん」


と言いつつ、ほとんど二人は亜美自身から情報を情報を引き出せていなかった。
亜美と麻耶と奈々子、三人でスドバでダベッている時も、そう言った話題になると言葉を濁す。
可愛い子を演じる女の計算された発言でもなければ、
ハッキリと鋭い意見を告げる大人の川嶋亜美でもない。
必要以上に照れ、話をそらし、ちょっと嬉しがり、なにより
二人で過ごした時間を、思い出を彼女たちだけの大事にしたがっている少女になってしまう。
亜美との友情を確信している二人だけに、それは喜ばしくも、少し寂しい。
だからこの追求にも力が入っててしまう。
何か出来事があったらしい日や、その次の日はちょっとだけ亜美の様子もおかしく、
断片が僅かに溢れてくる。だが、そこが限界。
それ以上は二人にも教えてもらえていない。
その小さな情報から竜児を囃し立て、徹底的に攻める事にした。
今日は竜児の意思を確認するにも、二人がどういった事をしてるのかを知る事も
ちょっとした意地悪をするにしても、とてもいい機会だった。

「いやそれは成り行きというか。それと一緒に帰るて事は別もので。
 そうだ。ほらあいつ、寂しいの嫌いだろ。
 周りにチヤホヤされてないと我慢出来ないタイプ……ってだけでもねーが。
 というかお前たちと帰れない時とかはだな。しかたなく一緒に……。
 いない事はないにしても、あいつ友達少ないだろ」 

「そうなんだよね。亜美ちゃんと最近一緒に帰れないんだ。
 なんでも下校の時、別な誰かと帰ってるみたい。
 私達よりも大事みたいなんだ。嫉妬しちゃうな。ね、高須くん」
「ぐ」

「最近は割りと寂しくないそうよ。よかったよね。ね、高須くん」
「ぬ」

亜美の親友たちは、自分たちの妬みも含め、竜児をからかい続けた。
奈々子に代わって、今度は麻耶が発言。
「亜美ちゃん。すごく嬉しそうだよ。この頃。とっても綺麗だし」
「嬉しそうって言われてもな?、まぁ俺をからかってる時は面白がってるが。
 なにかにつけてちょっかい掛けてくるし。悪戯好きなだけだろ。
 そうかと思えば、勝手にむっとするし、へそ曲げるし。なんなんだあれは?」
「ふふ、麻耶ちゃん。私たちと一緒の時でもそこまでハイテンションじゃないよね」
「なんか、もうね。それで、それで、高須くんは亜美ちゃんのどの辺が好き?」

真綿で首を絞められるとはこの事かと竜児は思う。息をするのも苦しい。顔が熱い。
「す、好きってなんだよ。べ、別に俺は」
「えー、亜美ちゃんがあそこまで尽くしてるんだよ。
 元モデルで、女優がだよ。超綺麗で、スーパースタイルよくて、そんな子がわざわざさ」
「そうか?。そんな飛びぬけてるわけでもねーだろ。
 櫛枝だってスタイルいいし、大河だって綺麗って言えば綺麗だ。」

ここで他の女をほめ出すかと、二人はうんざりと、
「……ね、ねぇ、奈々子…」
「マルオくんの親友だけあって天然。ほとんど暴力」
「あー、もう、マルオ!!」


と麻耶は、子供がいやいやをするように体を左右にふる。そして、キッと竜児を睨んで

「じゃあさ、亜美ちゃんに魅力感じない?。亜美ちゃんの事どうでもいいって思ってる?」
「そ、そりゃ、どうでもいいとまでは思ちゃいない。
 損な性格で、腹黒って自分で言ってる割りには、要領がいいわけじゃねーし。
 口悪いが、結局はうじうじと後悔するし。むしろ心配というかだな」

麻耶はまだ、納得しない様子で、不満顔を作り、
「ふーん。そんな損な性格な亜美ちゃんは嫌?、性格変えた方がいいと思う?」
「変えれるもんじゃねし、それが川嶋だろ?。それに俺は嫌だなんて言って無え。
 というか。何というかだ。それが……、あいつのいいとこじゃねーかとは思う」

麻耶は一転、頬を緩ませ、隣の奈々子に溢れる感情を分けあう。
「ねぇ、奈々子♪」
「うん、いいと思うよ」
「本当、いいよね。あー、もう、マルオ!!」
と麻耶が体をねじる。その隣で奈々子は紅茶を一口飲むと、静かに竜児に問いかけた。
「じゃ、最後の確認。高須くんは亜美ちゃんの味方?」
「なんで俺が川嶋の敵になるんだ?」
「みんなが亜美ちゃんの敵になっても、味方でいてくれる?。応援してくれる?
ずっと見ててあげれる?」
「考えるまでもないだろ?。なんでそんな事聞くんだ?」

竜児は問いの真意をつかめず問い返す。が、奈々子はその問いに答えず、満足した様子で
「うん。YESかな?」
そうして亜美ちゃんに会わせてあげるからここで待ってて、と言い残し、
麻耶と奈々子は二人でスドバを離れた。

話に取り残された上に、自分自身も取り残された竜児は、
痒いところにまったく手が届かないといった風で一人、コーヒーを飲み続けた。


         ******


喫茶店のBOX席で一人、睨みを利かせながら、コーヒーをすする、
森田まさのりが描く不良高校生のような状態になっている竜児に一人の女が声を掛けた。
「高須竜児くん、相席いいかしら」

年のころは30代くらいか、だがスタイルに崩れた様子が微塵もなく、
むしろ、一目で抜群なプロポーションである事が解かる肢体が服の上からでも解かる。
その上に、経験を経た、熟成された美しさが感じれらる。
竜児の周りにはいない感じのそんな女性。
こんな人に相席を求められる理由がさっぱり解からないと竜児。
そもそも、見覚えが無い。間違いなく初対面だ。
どう言葉を返せばいいかと、女性を見つめたまま言葉を捜していると、
女性は掛けていたサングラスを少し外し、竜児に視線を返す。
前言撤回。見覚えがあった。心配性の、それゆえに心配になる同級生だ。
「……か、川嶋?」

「あら、高校生でも、一発で解かるなんて、私の認知度も伊達じゃないわね。
 初めまして高須竜児くん。娘がお世話になってます」
「……のお母さん!」


女性は竜児の反応に口角を上げると
「あら、現役女優の私を目の前にして、私の中に亜美を見たの?。
 へー、それは残念だけど、それも面白いわ」
サングラスを完全に取ると、美しい、計算された笑顔を浮かべた。
「改めましてこんにちは、竜児くん。川嶋安奈と申します」


川嶋安奈は三十代で子供、つまり、川嶋生んでるだよな。歳が止まってる?
そんな事あるはず無えって、
と思いながら、自分の周りにも化物がいる事に気づいた。泰子だ。
高校生の息子がいながら、自他共に認める?永遠の二十三歳。
ウチの母親も化物だった。この世界には化物はたくさんいるらしい。

川嶋安奈は竜児の前の席に当然のように座ると、リラックスした様子で話掛けて来た。
「亜美から竜児くんの事は聞いてるわ。本当、お世話になってるみたいね」
「い、いえ、フォローされてるのはいつも俺たちの方で」
「そんな事ないでしょ。あの子、子供だから」
「確かにそんな所もありますけど、川嶋はいつも精一杯やってて」
「あれ、子供って所、肯定しちゃうんだ。へー、しかも、亜美は精一杯か」
と安奈は楽しそうに感想を口にする。

竜児は少し焦りながら、
「俺、変な事言っちゃいました?」
「ううん、違うのよ。あの子が、今の学校では自分は『大人だ、なんて言われててる』
 って言っていたから。見得張ってるなと思って、可笑しかったのよ。
 なるほどね、竜児くんは子供に見えるのか、なるほど」

と安奈はコロコロと笑って、何度か、うんうんと頷き、そして、
「ところで、竜児くん。木原麻耶さん知ってる。
 亜美の大切な友達て聞いたから、ちょっとご挨拶しないとと思ったんだけど。
 ご両親から、ここに来てるって聞いたんだけど、居ないみたいよね」
「さっきまでここに居たんですが、直ぐに戻ってくるってどこかに行きました。
 川嶋のおばさんは木原の家に行ってたんですが?」

「川嶋安奈♪」
にっこりとした女優の笑顔が返ってきた。

「?、おばさんは木原の家に…」
「安奈♪」
再びの、だが迫力を増した笑顔が、竜児に言葉の訂正を要求していた。

「えーと、安奈さん、でいいですか」
「あら?、竜児くん、なにか質問?。いいわよ。なんでも答えちゃう」
今、やっと竜児の言葉が聞こえたかのように返す。

「いえ、木原の家になんで行ったのかなって」
「ちょっとした用事よ」
と一旦、竜児の質問を中断させ、安奈は静かに竜児の顔を凝視する。
心を読むように観察を行い、その後、声のトーンを少しだけ落とし、
「竜児くん、もしかして亜美が私と喧嘩して家出した事しらないのかな?」
「川嶋が家出!、親子喧嘩で」
竜児は今にも立ち上がらんといった勢いで、両手をテーブルに付く。
そんな竜児の勢いを流すように、安奈はウェイターを呼ぶとエスプレッソを頼む。
そうして対面者を座らせ、落ち着かせ、観察を続けた。
本当の事を言ってるか、その心の内では実際にどんな感情が渦巻いているか、
それを計るように再び竜児の目を見つめる。そして十分な間をおいて口を開いた。



「恥ずかしながら……ね。正しくは実家じゃなく、部屋借りてた叔父の家からの逃亡。
 現在行方不明で捜索中って所。……ねぇ、竜児くん。亜美から連絡なかったの?。本当に」
竜児の目を覗き込む。連絡が無かったの?、にアクセントを聞かせ、問いかける。

「……はい。ありませんでした」
竜児は安奈の視線に耐えられなかったからか、今、初めて事実を知った事に耐えられなかったのか、
目を伏せた。
動物同士の、自然界での雌雄を決する第一回目の対決が終わった。
「ふーん、そう」
安奈はゆっくりと笑った。
安奈の笑顔は今までとは種類が違った。星一つ無い夜空に浮かぶ三日月のような笑みだった。

「いい目してるわね。竜児くん。私好みよ。 私、あの子と趣味同じだから♪」
「え?」
「なんでもな〜い」

一転。安奈の笑顔の種類が元に戻る。純粋に楽しそうな笑顔に戻る。
竜児は既視感を感じた、あの悪戯娘にからかわれているかのように。
そうだ。あいつは何でと、気づいたときには考えた疑問がそのまま口から出ていた。

「川嶋となんで喧嘩したんですか?」
「川嶋って誰?。私の事?。安奈わかんな〜い」
「えーと、亜…、う、あ、亜美の事です」
からかわれている事を承知で聞く、恥も外聞も取るに足りなかった。
今は亜美の現状を確認する事が重要だった。

「亜美から直接聞かなくていいの?」
安奈は席に運ばれてきた、エスプレッソをゆっくりと口に運ぶ。、

「理由、教えて頂かなくていいです」
恥も外聞も、ましてや自分の事など、どうでもよかった。
だがそう問われてしまっては、
竜児はそれ以上聞くことが出来なかった。

そんな返答を聞き、それまで口元に持っていったコーヒーカップをゆっくりと
テーブルに置く安奈。カップで隠れていた口元はやはり笑いを形どっていた。
その口元が動き、言葉をつむぐ。

「ねぇ、竜児くん。芸能人って、よく星に例えられるじゃない?
 ほら、スター誕生とか、なんて、あれ映画の題名よね。あれ、あれれ、通じなかった?
 解からないの?。え、もしかしてジェネレーションギャプ?、歳なの!、そうなの?」

竜児の無反応に、咳払いを一つ入れ、
「話を戻すわね。芸能人は夢を売る商売、輝ける存在じゃないといけないの。
 恒星みたいな。太陽みたいな子が相応しい。でもあの娘はそうじゃない。」

そこまで話すと、少し遠い目をして、そして視線を戻し、静かに続ける。
「だって、あの子は月だから。
 星は星でも月なのよ。自分から輝ける性質じゃない。
 別にあの子に魅力がないって訳じゃないの。
 ただ引っ込み思案で、大切なものの前じゃ一歩引いてしまう臆病者で言い分け上手。
 優しい子だけど芸能界向きじゃない」


安奈は視線を変える。別の席で楽しそうにしている幼い女の子とその母親、そんな親子を見つめ、
「でもね、あの子、ママみたいになりたいって言ってくれたの。
 小さい時にママと競演するって言ってくれてたの。
 親馬鹿な私はね。あの子を助けてあげたいのよ。
 だから、モデルになった時いろいろと教えた。弱い心を守る鎧を、処世術も教え込んだ」
そして竜児を見つめなおし
「私は一人の母親としてあの子が心配なの、ただそれだけ。解かってくれる竜児くん」
その言葉が何故か泰子の声で竜児には聞こえた気がした。
「なんとなく解かる気がします」

「といっても、弱気になってメイクさんみたいに、主役のサポート役の方が
 自分にあってるんじゃないかなんて言い出した事もあって、
 母親としての自信がなくなる事もあるんだけど」
「はは、メイクさんとかにも興味があるって話、俺も聞いた事もあります」
「へー、そう。もう二度と弱音は吐かないって言ってたのに。
 そう、竜児くんには話したんだ。へー、なるほどなるほど」
「あ、えーと、やっぱりまずかったですか?」
「全然♪、それどころかお礼言うわ、ありがとう」
困惑した気持ちになる竜児に対し、上機嫌な安奈。

「御礼についてに、もう一つお願いさせて。もし、あの子の居場所が解かったら教えてくれない?。
 出来れば、とりなしてくれると嬉しいわ。
 私の携帯番号教えてあげる。プライベートナンバーなんて普通教えないのだけど、
 君は特別。私、あなたの事気に入っちゃった」
安奈は携帯NOを伝えると、そのまま伝票を持って立ち上がった。

「ごめんなさいね。スケジュールが詰まってるから直ぐに現場に行かないといけないの。
 なにかあったら連絡頂戴」
竜児が呼び止めようとしたが、自分の携帯が着信を告げた為、そちらに視線を移す。
その間に彼女はスドバを出て、外で待たせていた高級外車の後部座席に体を滑り込ませた。


車の運転席から声がした。「奥様、どうでしたか?」と
付き人兼ドライバーである男が声を掛けてくる。

「想像してた子とは違ったけど、私、気に入っちゃった。亜美は運のいい子」
安奈は後部座席の中央に腰を落とすとタバコを取り出す。
「こんなに気に入ったのは、去年、亜美に付きまとったストーカーの子ぶりね」


車のエンジンが静かに回る。ゆっくりと動き出す。
「本当、あのストーカーはヒットだったわね。本格的な狂信ファンに付きまとわれる前に
 あの程度の子が現れて。予防注射に丁度よかった」

車体は流れるように街路をゆく、ゆったりと、滑るように。
「ねぇ、亜美のスケジュールってどうだっけ」
「ご指示の通り、九月までは大きな仕事は入っておりません」
と即座に運転席から返答が帰ってくる。

「たく、あの野郎のせいで。
 次のドラマの役くれる交換条件があんまり露出するなって、話題性がある時期だってのに。
 まったく何が、だからこそ価値がある、だ。偉そうに言いやがって。
 お前のドラマで、手前のキャスティング能力をアピリたいだけだろ。
 監督の能力、証明するなら撮りとか演出でしろっての。
 まあいいわ、亜美は元々、演技派で売るつもり、安売りするつもりはないから」

安奈はタバコに火を付ける。
「そうだ、ストカーくんの後処理は万全なの?」
大きく吸う。
「簡単な仕事でした」との答えに満足気に頷くと、紫煙を吐く。
「そうだったわね。あなたがちょっと話に行っただけで、死ぬまで口外しないって、
 念書も書いてくれたんでしょ。楽しそう♪。私も一緒に行けばよかった」
安奈は窓の外を眺め、加速する景色を眺める。

「高須竜児くんか。あの子も役に立ってくれると良いけど。
 見た目と違って、素直そうで、頭もよさそうだから手間も掛からなそうだし、
 亜美へのいい薬になる事も期待できちゃいそう」
彼女の生業は女優業、庶民のイメージは大切にしないといけない。
だが、車内では本性を隠す必要もない。

「変なやつに垂らしこまれる前のいい予防注射。本当、亜美は運がいい子」
車が高速に乗る。ギアが入る。エンジンが高速回転に入った。
アクセルが強く踏まれ、轟音が響く。
街中のように、周りの目を気にしてパワーを抑える必要などない。ここからが本領発揮だ。


         ******


竜児の携帯に掛けて来たのは木原麻耶だった。
麻耶は告げた。川嶋亜美が家出している事を。
そして、二つの重大な事を。



亜美は麻耶の家に匿われていた。
つい先ほどまで。
だが、竜児たちとスドバにいる間に、川嶋安奈が来て、麻耶の両親を説得。
娘を連れ戻そうとした。亜美は裏口から逃走。いまどこにいるか解からない。
これが一つ目。

二つ目は、
香椎 奈々子に親から電話があった事。内容は、
亜美を連れ戻す事に協力するようにとの連絡だった。
川嶋安奈は既に奈々子の親を篭絡していた。
避難場所としての、奈々子の自宅という退路は潰されていた。

そして、
「高須くんのお母さんはまだ説得されてないよね?」
との悲痛な、祈りのような麻耶の言葉。
その言葉に押され、竜児は弁財天国に走った。


お好み焼屋、弁財天国。
お好み焼きを売る店にしてはポップな看板、外観。それでいて純和風な店住まい。
しかし店内に流れる曲は名曲「お好み焼きは地球を救う」
カオスでRIMIXなデコレーション。だが、意外と繁盛していた。

「あれーどうしたの竜ちゃん、お好み焼き食べる」
朗らかな声が店の戸をあけた竜児を迎えた。竜児の母親、泰子だった。
泰子は竜児が店に入ってきたのを見つけると、カウンターから走ってきた。
あまりにも急ぎすぎて、途中で転びそうになり、お客に助けられる始末。
「泰子、大丈夫かよ」
「大丈夫だ〜よ。これでも立派な店長さんなんだから」と胸を張る。
息子は呆れ顔で母がこの店のTOPで大丈夫なのかと 不安にかられる。

だが、それは身内からの視線、高須泰子はお好み焼き屋弁財天国の大黒柱だった。
その人柄から、お店の暖かい雰囲気を作り出し、
店長を助けようとする従業員たちを一致団結させ、
泰子自身のファンという固定客を多数作り、
あっというまに新規参入した飲食店を軌道に乗せていた。
簡単に出せる結果ではない、賞賛されるべきものだ。
彼女はなるべくして、新規店舗の店長に選ばれたのだ。

だが、家族内で正当な評価を行う事はなかなかに難しいものだ。
近すぎる距離は過小評価に繋がったり、過大な期待をよせてしまうものなのだ。
彼が風邪を引いた時に、逢坂 大河に告げた言葉と同じように、
近すぎる距離が正確な判断を妨げる事などよくある話だ。
それと同じように、竜児は母親への正当な評価を出来ずにいた。


「竜ちゃんどうしたの?。血相かえて」

そうだ。最初に聞く事がある。川嶋安奈が来ていないか確認しなければいけない。
相手は川嶋亜美に輪を掛けた、年季の入った2重人格。
駆け引き等出来ない泰子など、あっというまに取り込まれているかもしれないとの
危惧があった。そんな恐怖を抱えたまま問いを発する。

「そうだ。泰子、もしかして来たか?、川嶋安奈さん」
「それで急いで来たの?。竜ちゃん、川嶋安奈ちゃん好きだもんね。
 普段ドラマとか見ないのに、安奈ちゃんが出るやつ見てたし、
 出演ドラマのタイトル、空で言えるし」
「そんな事はいい。それに最近は見てない」
「そうだよね。去年の夏くらいから見なくなったよね。なんでかな?。
 そうだ。ちゃんとお土産にサインもらっておいたよ。褒めて褒めて」
とカウンターの奥にあるサイン色紙を従業員Bさん(新婚)に持ってきてもらう。
しかし、宛名は「弁財天国へ」であったし。「美味しかったです」まで入っている。
営業用でしかなかったが。

「それはいい。それよりだ。あの人、安奈さんは川嶋の事。
 あ、亜美の事なにか言ってたか?」
「亜美ちゃんでしょ〜、何回かうちにつれて来てくれた事あるよね。
 それで、安奈ちゃんの娘さん。家出しちゃたんだって、すごく心配してたよ」

マイペースで話続ける泰子。その表情からは説得されたのか、されてないのかさっぱり解からない。
答えを急かそうと、竜児が口早に続ける。

「なんか言ってなかったか?」
「うん。もし居場所が解かったら教えて下さいって」
「それだけか?、他には。例えば、俺が余計な事しないように釘を刺したとか」
「えーとね。もし亜美ちゃんが助けを求めてきて、竜ちゃんが庇っちゃったりすると
 未成年者略取なんたらかんたら罪になって、お上に御用されるから駄目って言ってた」

竜児は釈明をするように
「俺は悪い事をしようとしてる訳じゃない」
「竜ちゃんが警察さんのお世話になる訳ないもん。そんな簡単な事、やっちゃん、解かってるよ」

竜児は安奈に泰子が説得されたなかった事を神様に感謝した。
意外と自分の母親は芯があると再評価。これなら簡単と、
「泰子、相談がある。俺の友達をウチに泊めてもいいか?。えーと、川嶋の事なんだが。
 違う。そうじゃない。安奈さんではない。どんな大きなお友達だ。
 だ、だから亜美の方なんだ、もしだ。もし見つかったらだが……、
 う、うちに泊めてやってもいいか」

そこで泰子は表情を大きく動かし、不思議そうに
「なんで〜?」
「いや、なんでって言われても…」
「亜美ちゃん、お母さんと喧嘩しただけでがんしょ?」

軽い口調だが、泰子のはっきりとした言葉が本質に切り込んでくる。
逃げをゆるさない意思が潜んでる気がした。
そして、その言葉が正論である事を認めないわけにはいかなかった。
竜児は今一度冷静に考えてみようとした。


言われてみれば親子喧嘩なんてよくある話だ。
そして安奈が子供思いである事はスドバでの振舞いから間違いないだろう。
川嶋安奈が忙しい身で動き回っているのはそれだけ必死だからかもしれない。
親子喧嘩程度で、川嶋亜美に逃げ場所を作って溝を深めていいものだろうか。

全ての推測が自分の行動に否定的な答えを導き出そうとしているように竜児には思えてきた。
普通だったらだ。だが当事者はあの川嶋亜美だ。
だから、亜美の事を考えてみた。

なんで川嶋はこんな事をしたんだ?
あいつは、普段のあいつは夢みたいな事や自分の都合だけじゃ動かない。
確実な方法を選択する奴だ。無論、周りの都合を考えた上で行動に移すだろう。
それこそ、親と喧嘩して、一生家に戻らないとか、
そんな一時逃れのような行動なんかは現実的じゃないと一笑に付す気がする。

なのに、なのにだ。その川嶋が家出をした。
それなりの理由がある気がする。それはきっとあいつに聞いてみないと解からない。
だから、川嶋亜美が逃げ出したこと自体に意味があるはずだ。
そして、今の川嶋は逃げ場所なんてない。既に母親が奪っている。

迷子のように途方に暮れている川嶋亜美が竜児の脳裏に浮かんだ。
そんな中なのに……。

そんな中なのに自分に何も言わない事、連絡が来ない事に憤りを、
やるせなさを竜児は覚えた。
それでも懸命に考える。川嶋亜美の事を、助けを求め無い強がりの事を。
あいつが助けを求め無いならどうすればいいかと

「泰子。川嶋亜美はお節介焼きなんだ。あいつは人が傷つく事が本当は嫌いなんだ。
 そういう奴を見ると、誰も助けないとしても、気づかないなら自分だけはって。
 手をさし伸ばさずには居られない奴なんだ。それがたとえ自分を傷つける事だとしても。
 それなのに、自分が傷ついてるところはみせたがらない。
 あいつが姿を消す時は、きっと泣いてる。隠れて、人に見られない所で、一人で」
 竜児は気持ちを固め、はっきりと言葉をつげる。

「竜ちゃんは亜美ちゃんを泣かせたくないって事?」
「泣かせないなんて事、俺に出来るとは思えない。
 あいつが泣いてるのを気づいて無かった。俺自身が泣かせた事もある。
 けれど、一人で泣くなんて事は間違ってると思うし、
 隠れてなんて、独り切りなんて、それを話さねぇなんて事にすげー腹が立つ。
 あいつが泣くなら、俺はそこに居たい
俺は対等でいたい。あいつとだけは俺は対等でありたい」

そう言い切った竜児を泰子は、腕白な男の子を見守る母親の表情をして見つめる
「なら、やっちゃんから言うことないよ。やっちゃんも駆け落ちしちゃた身だもん。
 でも、その事、ちゃんと大河ちゃんに言った?」
「な、なんで大河が出てくるんだ?。だいたい大河と川嶋は友達だから、大河が嫌がる訳は…」
「駄目だよ〜。みんないろいろ考えてるんだから」
「た、大河が嫌がる事は俺はしない。しないが……
 亜美は、川嶋はいつもすまし顔で、意地張りで、助けなんて求め無い。
 でも実際は違う、だからあいつにだって助けは必要だと思う。多分。
 大河も解かってくれると思うし。友達を助ける事を悲しむやつだとは思わない」


泰子は「そっか」と言って、少しさびしそうに
「それが今の竜ちゃんの答えなら、何も言わないよ。
 でも、先に大河ちゃんに直接話してからじゃないと駄目」
「いや、川嶋をまだ見つけてもいないし、あいつが家に来るって決まった訳でも」
「駄目。じゃないと亜美ちゃんは泊めていいけど、竜ちゃんは泊めてあげない」
ニコニコとしていたが、まったく譲る気配がない目を泰子はしていた。
竜児は諦める。この状態の泰子を論破する事は不可能な事は今までの人生で知り尽くしてる。
そんな状態になったらテコでも動かない。理屈は通じない。
高須泰子は、一度決めたらそれを貫き通す強い女なのだから。


         ******


竜児は大河のマンションを訪れていた。インターホーンを押し、大河が出てくるのを待つ。
別に合鍵で入っても良かったが、着替え中だのそう言ったハプニングに巻き込まれる余裕はなかった。
なにより、ワンクッションが欲しかった。
しばらくして、インタホーンが受信に切り替わる音がした。

「大河、俺だ」
「なによ。今日の夕飯早いわね。私、まだお腹へっちゃいないわよ」
「川嶋が家出した。母親と喧嘩したらしい」
「ばかちーが家出!、ちょっと待ってて、私も探す。
 でも、なんで?。あいつは上手くやってける奴だと思ってたのに」
「理由は解からん。大河、それでもし、あいつが見つかったら、うちに泊めようと思うんだが」
大河の息を呑む音が竜児には聞こえた気がした。
少しの間の後、大河の声のトーンと、テンションが落ちた声が聞こえてくる。

「…………ちょっと待ってよ。天下の女優様でしょ。
 誰にでも好かれてるし、助けてくれる人は沢山いるでしょ。なんで竜児が」
「どうしたんだ大河。お前だって川嶋の事解かるだろう」
「…………」

答えは返ってこない。時間を惜しむ気はある。それと同じくらい、竜児は大河を急かす気が無い。
大河は大切なやつだ。そしていい奴だ。答えてくれる。
だから竜児は何も言わず、大河の言葉を待った。

そうして、竜児は逢坂 大河に残酷な時間を強制していた。
数十秒の無言の時間が、大河にとっては長い時間が流れ、言葉が返ってきた。
それは竜児にとっては予想外な言葉だった。

「…私は竜児にとって何?」
「なんで、そんな話を?」
「答えて」

不意打ちの言葉だっただけに、心に浮かんだ、日常の言葉をそのまま返す。
その意味を深く考えることも無く。

「お前は大事な家族だ」
しかし、深く考えたら、また違った答えが出るかもしれない言葉。
身近なだけに出てしまった言葉。

「じゃあ、ばかちーは?」
「川嶋は………………」


竜児は言葉を返せない。よく解からない。迷いがあるのだ。
今でも、普段の生活でも迷っている。
去年の十二月から、川嶋亜美を見る目が変わってから、迷い込んでいる。
自分の気持ち以外にも、川嶋亜美の立場、彼女の将来の事もあるからだ。だが、
竜児は理屈でものを考えるのを止めた。そんな事で答えが出るはずはない気がした。
だから、大河の時と同様、心の中から、答えが出てくる事を待ち、

「………………川嶋は」
そして、初めて川島亜美とキスをした時のように、何か掴んで、
それを口にしようとした。その時、

「黙れ駄犬!、あそこはあんたの家なんだから、勝手にすればいい」
威勢のいい罵倒に思わず礼の言葉を竜児は返す。

「大河すまん。ありがとな」
「うるさい。死んでしまえ!」

竜児は苦笑いで川嶋亜美を探しに走り出した。


         ******


走りながら、仲間たちに電話を掛ける。
木原麻耶と香椎 奈々子はまだ見つけていない事を竜児に報告した。
そして、他のみんなにも協力を求めようという話になった。

能登久光と春田浩次は快く協力を告げ、夕方の街に走り出した。
櫛枝実乃梨は驚きを声一杯で表現した後、電話口の竜児に、
力強く、優しく、必ず見つかるよとエールを伝えた。
北村祐作は…、家出の事を既に知ってる事を竜児に話した。
事前に相談があったと言った。そして、川嶋亜美の人柄を竜児に改めて語った。

竜児も理性では解かってるつもりだった。
あいつがどういう奴かなんて今更説明される事なんかじゃない。
とさえ思う。だが、
「川嶋の奴。北村に相談したくせに、なんで俺に話さねぇ」
自分でも理不尽だと思う不満を抱え、自分を小さいと思いつつ、竜児は足を速める。

そういった事、すべてへの腹いせに、
まずはあの場所を自分一人で探してやろうと彼は決めた。


下校時刻を過ぎた学校。高須竜児はフェンスを乗り越え、グランドを横切り、
鍵が掛からない壊れた科学室の窓から別連校舎に侵入した。
校舎に入ると、走るのを止め、歩きに切り替える。階段を登り、二階に上がる。
生徒が全て帰った後の校舎、まして教員室もない別連となれば、
もの音も少なく、静まりかえっている。ただ、モーター音と、竜児自身の足音が響くのみ。
そのモーター音が導くままに歩みを続け、目的の場所に着く。

人影は見えない。だが、吃驚させないように早めに声を掛ける。
これで誰もいなかったら間抜け以外のなにものでもないが、

「よう」
「よっ」

直ぐに、自動販売機の隙間から声があがり、か細い右手があがるのが見えた。
そのまま歩みを止めず、自販機の前へ。
ゆっくりとコインを入れ、コーヒーを選択。排出口に転がり出たコーヒーを屈んで手に取る。
プルトップを引いて、そのまま一口。これで一分経過。準備の時間はとれたはずだ。
そして、静かに、隙間に佇むお姫様にのぞむ。
だが、彼女の方はまったく慌てた様子もなく、まるで、
いつもの休み時間に顔を合わせた時のようにこちらを見上げていた。だから竜児は
「驚かないんだな」
「ここで、私を見つける奴がいるとしたら、高須くんだと思ってたから」
「そうか」

川嶋亜美が平静である事を確認すると、竜児は自販機の反対側、
彼女に体面するようにして、壁に背中を預け、座った。
竜児が座るのまって亜美が話し掛けて来た。

「高須くんは、良くここだって解かったね」
「川嶋が逃げ出して、居場所を無くしてるとしたら、ここだと思った」
「そっか」

亜美は竜児を見つめ続ける。
その青みがかった、サラりとした髪。綺麗な耳。小さめの鼻。
女の子の様に細く、繊細な眉毛。
三白眼、凶悪とみんなから評されるが、実は亜美のお気に入りの目。目元。
彼の人生の中で、その周りからの視線から何度も自分で噛み締めたであろう唇。
今も亜美に残る、その熱い感触。
意外と広い肩。安心できた胸元。
記憶に焼き付けるようにしっかりと時間を掛けて。
そして缶入り紅茶を口に運び、カラカラに乾いた口の中を湿らせ、
用意しておいた台詞をさらりと言う為に、声が出やすいよう喉を潤した。
「あ〜あ、年貢の納め時かな。高須くんは私を連れ戻しに来たの?」
そして少し笑う。つくり笑顔で。



「違げぇよ。家出したのは安奈さんに聞いた。が、そこに連れ戻すつもりはない」
亜美が目を見開く。

「そうなんだ」
「ああ」
竜児は静かな目で亜美を見つめる。
亜美は目を細めて目の前の竜児を見る。

「ねぇ、高須くんは家出の理由知ってるの?」
「いや理由は知らない」
「知りたい?理由」
「知りたい。お前が話してくれるなら」
「じゃ、教えない」
「そうかよ」
「そうよ」
亜美は笑った。目を細めたまま。眩しそうに、愛しそうに。
そして今度は本心からの笑顔で。

そんな亜美に対し、竜児はぶっきらぼうに告げる。
「川嶋、行く場所無いんだろ」
「麻耶ちゃんとか、奈々子の家とか行くつもり」
「お前は息吸うように嘘つくのな。そこから逃げてきたんだろ」
「じゃあ、仕事場で出来た友達の所」
「なんで、今、ここに隠れてるんだよ」
「なら祐作のところだって」

その言葉に、竜児は奥歯を噛み締め、目じりをあげる。
が、手を握り締める事で気持ちを抑える。
「北村の両親と、安奈さん達は仲いいんだろ」
「別に私が行く場所なんてどうでもいいでしょ。そこらのホテルだっていいし」

竜児はまた湧き上がった怒気を、唾と一緒に飲み込み、覚悟を決める。
「なぁ川嶋」
 竜児はさらに一呼吸、そして
「ウチに来いよ」

そんな言葉に亜美は大慌てで、
「え?、何言ってるの。そんな事。なんで。意味解かって言ってる?」
「あぁ、解かってる。いや、さっき解かった気がする」
「チビトラはどうするのよ。あの娘の気持ち考えてあげた?」
「ちゃんと大河にも許可を取った。好きにすればいいって言ってくれた」
「高須くん、好きにすれば良いって意味、取り違えてるよ。絶対」
「大河はお前の友達で。お前は大河の友達だろ。大丈夫だ。あいつは嫌がらない」
「だからよ!。そんな事私に出来るわけないじゃん」

やっぱり俺に頼らないのかと、竜児は思った。
頑なな亜美の態度に、納めていたはずの怒気がこみあげる。もう限界だった。
何度もそれを押さえる事が出来るほど竜児は大人ではなかった。
青年ですらない。彼はただのまっすぐな少年だ。



もしここが下駄箱だったら、靴を無理やりにでも奪って、放り投げていただろう。
そして、絶対に彼女を逃がさない。
ここは下駄箱ではなかったから、靴の変わりに強い口調で、怒りを言葉にして放り投げる。

「ならこれは俺の我侭だ。ウチに来い!。
 今回の件だって、なんで俺に話し一つしねぇ。それで今度は行く場所もないのに
 どこかに行っちまう。そんな事、俺自身が許せねぇ」

「……なんで、そんなに怒るのよ」
「悪りかよ。俺も自分が器の小さい奴だとは思う。それでもだ」
「だって……」
「だってじゃねぇ。いいからウチに来いよ。川嶋」

亜美は竜児の剣幕に押されてしまう。もちろん苛立はある。
なんて無責任な事をいうのだろうという反感。
周りを見渡して、みんなが何を考えてるか推察して、その上で我慢してる自分。
その自分を否定され、壊されるような感覚。
自分の欲望のままなんて褒められる事じゃないのにと。

ただ、そんな不満など取るに足りない位に大きな感情が沸いてくるのを感じていた。
実感があるのだ。高須竜児の気持ちが、今は自分ひとりに向けられているというたしかな感触。
怒ってくれているとい事。自分の為にと思ってくれている事。彼の元に来いと言ってくれた事。
それを驚くくらい強い感情で表現してくれている。

彼女も大人ではないのだ
そんな仮面を被っているだけの、いや、偽りの仮面を被らないと世界と相対せない、
臆病なただの少女でしかない。
そしてここは逃げ帰る道も、転校先もない。この場を取り繕う言い分け等ない。
つまり逃げなくてもいい。
反して、目の前に差し伸ばされる強い感情が篭った手。

だから。亜美は心の中でいつも助けを求めている手を、
だがいざという時は縮こまってしまう、そんな手をただ自然と伸ばしていた。

「……本当いいの?。私、重いよ」
「お前を軽い女だとは思ってない」

「黒いよ。いろいろやな事考えるよ」
「そんな事とうに承知してる。人の言葉をそのまま聞かねえで、勝手に裏読んで、
 深読みして。その割りに、自分の気持ちは素直に言えない。
 素直じゃ無え、純真なんて欠片も無え」

「な、なによそれ。言いたい放題」
「大丈夫だ。それぐらい解かってるつもりだ」
「私の事勝手に決めて」
「だから、うちに来い」

それでも亜美はまだ、おずおずと
「でも私、タイガーと喧嘩しちゃうかも知れないよ」
「だから、大河が嫌がる事なんか……」

「ちがう。そうじゃないんだ。私、嫉妬深いよ。多分。
 高須くんとタイガーがじゃれあってるのみたら、喧嘩売っちゃうかもしれないよ」
「いや、それは…」



「私だって最近、そんな気持ち知ったんだもの。それでもいい?」
「な、いや、それは。……仲良くして欲しい」
竜児はとても困った。二人の仲が悪くなるのは絶対に嫌だった。
大河は大切だし、亜美だって大切だ。
学校での、甘噛みでかみ合うような子犬と猫科(猛獣だが)のじゃれあいなら、
笑ってみてられるのだが、本気の争い等みたくもない。
困り果てて、亜美の表情を盗みる。

いつの間にかニヤニヤと笑っていた。
いたずらっ子で、いじめっ子の笑い方だった。いつもの川嶋亜美の表情に戻っていた。
だから竜児はホッとして、亜美はそんな竜児を見て、悪戯ぽく、
「じゃ、亜美ちゃんも可愛がってくれたら善処してあげる」
「……俺も善処する」
生傷の数は、これから倍だなと彼は覚悟した。

そして、二人は無言になった。
互いの缶ジュースを空になるまで、ただ向き合ったまま、時を過ごした。
亜美はすこしづつ、口を濡らす程度にしか紅茶を口にせず。
竜児はコーヒーをほとんど口にせず、そんな亜美を静かに眺めていた。

嫌な時間ではなかった。

そんなゆったりとした時間もいつしか終わる。亜美は紅茶を飲み終わる。
勢い良く、未練なく立ち上がる。そして、竜児に手を差し出し、
「行こう」
と言った。


「川嶋、うちに行く前に電話していいか」
「いいけど。麻耶ちゃんたち?、それともタイガー?」
「まずは安奈さんに許可を取る」
「正気?、了解してくれるとでも思ってるの。私連れ戻されるかもしれないんだよ」

亜美は慌てる。そんな事をしたら、元の木阿弥ではないだろうか。
さっきまで、竜児に連れ戻されるなら、それも仕方ないとも思っていた。
だが、状況が違う。希望を見つけ直したばかりだと言うのに。
そんな様子見て、感じて、その上で竜児はきっぱりと告げる
「簡単じゃないのは解かる。だが、言う必要がある。これは大河に許可を取ったのと同じだ
 と思う」
「……なら、いいよ」
その言葉を告げられた以上、亜美に反論する力は無かった。
断罪されるのは仕方がないと、昔も、そして今も思っている。


「あ、竜児くん。誰かと思っちゃった。早速電話くれるなんて、うれしいよ。
 それで何のよう?これでも忙しい身なんだけどな」

「川嶋、ではなく。あ、亜美の居場所が解かりました」

「あれ、意外。素直に教えてくれるんだ。私の人を見る目も鈍ったかな。
 意味解からない事いってごめんなさい。
 すぐに迎えに行かせるから、場所教えてくれる」

「安奈さん、それでお願いがあるんですが。亜美の安全は俺が責任を持ちます。
 うちで預かります。ですから、あいつの気がすむまで、このままでいさせてくれませんか?」

「何言ってるのかな?、亜美は大切な時期だって言わなかったけ」

「大切な時期だからなんです。あいつはちゃんと考えるやつです。
 だから、家出した理由はわかりませんが、自分で決めた方がいいと思うんです」

「ねぇ、理由知らないのにそんな解かったような事言うの?。
 あ、そうか。亜美から教えてもらったんでしょ。
 で、知らない振りしてそう言うこと言ってる。そういう訳ね」

「いえ、知らないし聞いてません。偉そうな事言ってすみません。
 だけど、あいつは頑張るやつで、無理するから、だから、無理させたくないって言うか」

「…あんた、何言ってるか解かってる?。
 あの娘は女優として大切な時期なのよ。盛ってる雄犬に任せられるとでも思ってるの」
「それは、俺が責任もって」

「それが信用ならねーって言ってるんだよ!。
 ねぇ竜児くん。学校と同じで友達が多い人って、すごく自由が利くの。
 私が友達に相談したら、お母さんのお好み焼き屋大変でしょうね」

「俺は何の力もないです。だからお願いする事しか出来ません」

「やっぱり、最初に思った通り馬鹿な男だったみたいね。
 お母さんのお店の話したの聞いてる?」

「お願いします。許してもらえませんか」
一途な言葉が響く、
「…………」
安奈は一瞬言葉を失い、次の瞬間

「許すわけないでしょ。一生後悔するがいいわ」
といって一方的に電話を切った。

電話をかけている横で終始、心配そうな顔をしていた亜美が声をかける。
「ママ、どうだって」
「許さんと、一生後悔しろと、で電話を切られた」


情けなさそうな顔で返す竜児を見て、その答えを聞いて、
亜美は背中を前に曲げるほど大きく笑い、
「そりゃ、そうでしょう。そんな無茶」
そして気が済むまで笑ったかと思うと、竜児を正面から見据え。
「でも、吃驚した。うちのお母さんに真正面から立て付くなんて。
 TV局のお偉方でもしないよ。そんな事」
「そ、そうなのか?、俺は本当の安奈さんの怖さを知らないから言えただけだろ」
「もし、ママと改めて話す機会が出来ても、尻尾を巻いて逃げるって事?」
「いや、もう一回、お願いしてみる」 

「ほら。やっぱり高須くんは凄いよ。私は直ぐに諦めて、ママに説得されるじゃないかって
 怖がって逃げだしたっていうのに。最後まで抵抗して。
 なんか、私も逃げずに戦える気がする。
 臆病チワワの前で、吼えてくれたかっこいい雄犬のおかげでさ」
亜美は面白そうに、楽しそうに続ける。竜児は対応に困った様子で
「俺の所為で、親子喧嘩は勘弁してくれよ」
「ふふ、私はタイガーみたいな武闘派じゃないって」

そう言いながらも、亜美には打算があった。
後二ヶ月は亜美が表舞台に出なくてもどうとでもなるのだ。
次のドラマ撮影まで、大きな仕事はない。
逆にここで、大騒ぎを起こして、ゴシップネタにでもなる事の方が致命傷だ。
脅しはあったとしても、変に大きな動きをする事はないだろう。
相手が川嶋安奈である以上、その間、事務所も、仕事先も押さえてくれる事は信用出来る。

だた、その間なにか出来るとは思っていなかった。先までは。
だが、今この時が嬉しかったし、なんとか出来るという
根拠もない希望もめずらしく胸の中にある。この一秒を精一杯生きなくてはいけない。
だから彼女は口を開く。

「それよりさ、竜児♪」
「なんだよ。川嶋。ネコなで声だして。大体、竜児って」
「川嶋じゃなくて、亜・美・ち・ゃ・ん♪、譲歩しても亜美」
「ど、どうしたんだ、急に」
「ママとの電話の時、亜美って言ってくれてたよね。あれ結構、普通な感じだったよ」
「いや、あれは安奈さんが、そう呼べって」
「じゃ、親公認って事で、私も当然、OKだしてるし」
「て、そういう事じゃねえだろ。あれはお前のお母さんも川嶋だから」
「ごちゃごちゃ五月蝿いって。ほら、早く竜児の家に行こうよ」
と竜児の手を亜美は取る。そして続ける。

「ママとはとりあえずほとぼりが冷めてから話してみる。だからその間は、
 ……いいんだよね」
亜美は最後の言葉を、彼を見つめながら、少し心配そうに言った。
竜児は表情を見られる事を嫌い、顔を背けながらも
「言ったろ。俺の家に来いって」

亜美はふわりとした笑顔を浮かべ
「ありがとう。また好きになっちゃた。やっぱり絶対諦めない。
 ねぇ、竜児。落としてみせるよ。きっとね」

と宣言したのだった。



END



69 Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E sage 2010/04/06(火) 07:15:07 ID:lj1cHGE3
以上でメインのお話終わりです。
亜美様の出番が少なかったので、追加的な話も作ったんですが
連投規制に巻き込まれそうなので、もうちょい後に投下させて頂きます。
支援で投下に付き合っていただいた方ありがとうございました。感謝です。


45 Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E sage 2010/04/06(火) 05:38:59 ID:lj1cHGE3
おはようございます 規制が解けていたのでSS投下させ頂きます。
概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第7回
方向性 :ちわドラ。

とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
1話1話は独立した話です。
過去の連作で使ったネタ、伏線を所々、使ってるので初見の方は解かり辛い所があると思います。

連作としての流れとかも考えているつもりなので、
まとめサイト様で保管して頂いている過去のも読んで頂けるとありがたいです。

注意:本SSで若干、大河が損な役回りに回っています。

主な登場キャラ:竜児、亜美、川嶋安奈
作中の時期:高校3年の7月
長さ :20レスぐらい

このページへのコメント

面白かった。原作でも亜美がヒロインな気がして来て

Posted by 携帯読み手 2010年04月08日(木) 21:18:42

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