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8 M☆Gアフター6(マシュマロ篇) ◆9VH6xuHQDo sage 2010/03/16(火) 02:11:04 ID:0d3brV4U




 何もしなくても時間というやつは無情にも川の流れのように過ぎ去っていくもので、高須家
の居間の壁にひっそりと引っ掛けてある掛け時計の針は気付けば午前四時を廻っていた。

「おうっ、もうこんな時間か。そろそろ泰子が帰ってくるな……」
 日付はバレンタインデー翌日の月曜日。唯一日射しが零れるキッチンの小さな窓もまだ黒く
塗りつぶされていて、家の中だというのに吐く息は白く、吸う空気は冷たく、パーカーにジャ
ージを穿いただけの竜児の眠気は寒さで吹き飛び、五感は研ぎ澄まされていく。
 だから、という事ではないのだが、昨晩、恋人の櫛枝実乃梨を家まで送って家宅した後も竜
児は寝るに眠れず、キッチンやらトイレやら風呂場やらの水回りの掃除をついさっきまでこな
してしまい、夜明け前であるこんな時間にも関わらず、居間のちゃぶ台の前に座り込み、実乃
梨から別れ際に渡された謎のDVDのケースを開ける事もなく手の中でクルクル回しながら、
頭の中でもクルクルある考えを巡らせているのであった。

 ……竜児の頭を占領しているその案件は、実乃梨とのバレンタインデーの甘い秘め事ではな
く、同級生でお隣さんの女子、逢坂大河の転校の事であった。
「引っ越すったって……突然過ぎるよな。しかし送別会に草野球でいいのかよ」

 大河の引越しは今週の日曜日。それを知った昨日の夜、じゃあ土曜日にクラスのみんな集め
て送別会でもするかという話になったのだが、それより先に竜児は、贔屓にしているカフェ、
須藤コーヒースタンドバー、通称スドバのオーナーに懇願され、週末の土曜日に草野球をする
約束をしてしまっていた。北村と大河にその旨を打ち明けると、その草野球大会が大河の送別
会を兼ねる、という事で話がまとまったのだが、もっと良い対処方法はなかったのかと、考え
あぐねていたのだ。

「……まあ、考えたら切りねえな。よしっ、少しでも寝るか」
 乾燥した空気に水分を吸い取られ、カサカサになっている唇をひと舐め。竜児は冷めきった
緑茶の残りをグイッと飲み干し、あぐらを解いて片膝を立てる。と同時、玄関からガチャリと
解錠音が静かな居間に鋭く響いた。

「竜ちゃん、たらいま〜。ありゃりゃ〜? 起きれたのぉ〜☆」
 錆びた鉄の扉が軋む音と共に、母親の泰子がご帰還。居間に入るなり畳の上にバタッ! と、
竜児の膝元へヘッドスライディング。その拍子にミニスカートがフルオープンしてしまい、泰
子の白く、丸く、そしてでかい尻がペロンとご開帳! と、あいなるのだ。
「おうっ、泰子お帰り。てか、なんかいつもより酒くせえぞ……どれくらい呑んだんだ?」
 オンナ臭さと酒臭さがミックスされた、泰子独特のパフュームが竜児の鼻腔に充填されてい
く。一部のマニアにはたまらないのだろうが、実の息子にとっては違う意味でたまらない。
「んっふ〜、え〜っとお、ん〜……これっくらーい☆」
 と、泰子は寝そべったまま頭の上に両手で大きな輪を作る。まるで伸びたカエルのような格
好をする母親に、竜児は頭の上に両手で大きなバッテンを作る。
「だらしねえ! いくら家ん中だっていっても、もう少しちゃんとしろ! あーあー、もうし
 ょうがねえな。ったくほら、部屋まで運んでやっから。立てるか?」
 竜児はひざまずき、自分の肩に泰子の腕を廻すと、ゆるーいデコルテのカットソーから高低
差二十センチオーバーを誇る泰子のFカップの谷間が出現。健全な実の息子である竜児はそん
な凶乳なんぞに動揺する事無く凶眼を光らせモクモクと介抱するのだが、その凶乳の持ち主、
泰子が甘い声を漏らす。
「ふにゃ〜……ひぃっ、く……竜ちゃんってばぁ、やしゃし〜んだぁ〜☆ムチュ〜〜ッ」
 泰子の酒臭い唇が、竜児の頬を襲う。全身に鳥肌が勃つ竜児。虚ろな三白眼も更にギラリと
輝きを増し、胴体にタコのようにまとわりつく泰子の四肢をひっぺがす。
「おうっ、ちょっとやめっ……おう泰子、おとなしくしろって! おうっ!」
 するとちゃぶ台の上に置いた実乃梨から貰ったDVDのケースが、ガチャっと音を立て、畳
の上に落ちた。
 その尖った音に、泰子はちょっぴり理性を取り戻す。



「ふえ〜? なあにこりぇ? 映画〜?」
 泰子は畳に落ちたDVDを拾い上げて蛍光灯にかざす。そのDVDのラベルには実乃梨直筆
で『りゅうぢくんへ』と可愛らしい文字が踊っていた。まだ指先がおぼつかない泰子から竜児
はDVDをスパッと取り戻す。
「違えよ。今日実乃梨から貰ったんだ。実は今度の土曜日にスドバの須藤さんと草野球する事
 になったんだが、昨日の別れ際に実乃梨がこのDVDを観てトレーニングしろって渡されたん
 だ……まだ観てねえんだけどな」
 それを聞いて泰子は童顔フェイス全開でクネクネおねだりモード。自動的に凶乳もタップン
タップン自己主張する。

「みのりんちゃんが〜? ふえ〜、やっちゃんもこのDVD観た〜い☆」
 ドタバタと地団駄を踏む泰子。酔っ払いが暴れるもんだから肩を貸す竜児はバランスを崩し
て泰子と一緒に畳の上に雪崩式に倒れ込んでしまった。まずい。これ以上騒ぐと一階の大家さ
んが起きてしまう……仕方ねえ、己の母親だけにワガママ聞いてやるか……というダジャレも
思い浮かんだのだが、それは置いといて、竜児は承諾、折れるのである。

「あーもーわかった。……観たらちゃんとメイク落としてから寝るんだぞ。どれ、待ってろ」
 竜児は立ち上がり、DVDデッキを操作する。そして泰子の隣に戻ると同時、DVDの再生
が始まりテレビの液晶画面がパッと、明るくなる。

 そして竜児の視線は画面に釘付け。そこには衝撃的なシーンが映しだされていた。スピーカ
ーからは深夜にしては結構な音量で、こんな声が流れ始めるのだ。

『やあ、諸君! みのりんズ・ブートキャンプへようこそ! 今日は基本プログラムだ アー
 ユーレディー?』

 なっ……と漏らし、そのまま絶句する竜児。無駄にデカい高須家のテレビ画面の中ではタン
クトップ&ショートパンツ姿の愛しの彼女、実乃梨が?溂とした掛け声と共に軽快なテンポに
乗り、足踏みをしていたのだ。そして画面の中の彼女は拳を振り上げた後、スクワットを始め
る。

『全身の筋肉に血を巡らせるんだっ! まずはこのままスクワーット。ワンッ、トゥッ! 声
 が小さ〜いっ! ファイヴッ、スクウィ──ッズ! セブッ、エイッ、ワンモッセッ!』

 ……明らかにこれは数年前に流行った黒人のおじさんによる短期集中型レジスタンストレー
ニング……のパクリだ。画面に映る実乃梨の跳ねる髪、飛び散る汗、揺れ動くバスト……こん
な動画、健全な青少年としてはトレーニング以外の用途に使い兼ねない。ハッキリ言って、エ
ロティック。しかし泰子は違う印象を受けたようだった。

「わあ〜! みのりんちゃんカッコイイ〜! やっちゃんも〜っ☆いっしょにとれーにんぐ!」
「……やめろ泰子。なんか、それ違っ……まあいい、もうこれ位でいいだろ? 泰子、寝るん
だ」
 えー! と駄々をこねる泰子の意見を振り切り、竜児はリモコンをテレビに向け強制終了。
だいたいこれ以上流すと竜児の下半身がトレーニングされてしまう。すると泰子は、何かを思
いついたようで、人差し指をピンッと天井に向ける。

「じゃあ竜ちゃ〜んっ! やっちゃんもぉ、後で竜ちゃんの為に野球☆必勝☆祈願のお守り!
 作ってあげるね? 朝にはお部屋のテーブルにおいとくからぁ〜、ガッコー行く前にお財布
 に入れて持っていって〜? ね☆」
 キラン☆とウインクする泰子。自分がマザコンなのではないかと軽く自戒している竜児だっ
たが、お守りというからには素直に泰子の好意を承認する。
「お守り? 分かった泰子、ありがとうな。てか、早く寝ろよ。俺はもう寝るぞ」

 そして互いの部屋に引っ込み布団に入るのだが、しばらく竜児は、さっきの実乃梨のとれー
にんぐDVDを脳内再生。……こそこそと何かのトレーニングを始めてしまうのである。

***



「おっはよー高っちゃ〜ん。なぁにそれ〜、お守り〜?」
 朝のホームルーム前。竜児が登校し、2ーCの教室に入り自席に着くと、アホの匂いをプン
プンさせた春田浩次が、ドスンッと、竜児の背中に覆い被さって&ぶら下がってきたのだ。そ
の春田が指摘したのは、竜児の手の平の上でこねらせていた今朝、泰子から貰った小さく折り
畳んだ包み紙で、そこには『お守まもり☆』と泰子のかわいい文字で書いてあるのだが、とり
あえず春田は誤字である『おまもまもり』を『おまもり』と、正しく読んでしまうのである。
つまり泰子と春田は同レベルという事なのか……。

「ああ、泰……母親がな。土曜日に野球やるって言ったらお守り作ってくれたんだ。そうだ春
 田、その野球の事なんだが、お前も……っおうっ! なんだよ能登、いきなり登場すんなよ!」
 春田のヘラヘラした顔面をグイッと押し退け、能登久光が黒ブチ眼鏡をキラリと光らせなが
ら唐突に割って入ってきた。竜児の持ってるお守りに、能登は瞑らなカワウソ眼を接近させる。
「俺が登場したくらいでそんなに驚かないでくれる? なんか凹んじゃうよ俺。それよりさ、
 高須。このお守りの中身って、もしかしてアレ、じゃないかな。その……アレ」
 眉間に深すぎる縦じわを寄せまくり、能登がお守りを指差してミステリアス発言。別にお守
りの中身など気にしていなかった竜児だったのだが、その意味深な発言に食指を動かすのだ。
「お守りの中身だと? なんだ能登。何か知ってんのか?」
 すると能登は何故か周囲をキョロキョロ確認してから竜児に耳打ちしようと顔を近付けてき
た。能登の鼻息がくすぐったくて竜児は少しよけ、距離をとる。
「アレだよアレ。ヒントはね、勝負事には、効くっていうアレ……昔からよくあるじゃん。高
 須、分かった?」
「さっぱりだ。なんだよ能登、そんなもったいぶるような事なのか? まあいい、それより能
 登、春田もいるし、丁度いい。お前たちに話す事あるんだ。今週の土曜日、頼みがあるんだ
 が……おうっ?」
 竜児は肩を叩かれ、振り返ると、そこには職員室から戻って来たばかりのクラス委員、北村
佑作がいた。
「おはよう高須、その件なんだが、俺に言わせてくれないか?」
 北村の神妙な顔つきに、竜児たちは揃って口を噤む。そして北村は踵を返し、そそくさと教
壇の前に立ち、パンパンと手を鳴らしてクラスの注目を集めるのだった。朝のざわつく教室に
いる連中は北村に気付くと、ピタリと話すのをやめる。

「ああ、すまないみんな。大事な話があるんだ。今朝のホームルームには恋ヶ窪先生は諸事情
 により来られない。逢坂もだ。その諸事情、なんだが……」
 北村は、ただでさえその生真面目な面を、さらに深刻な色を深め、唇を真一文字にして二度
ほどグルリと教室を見渡した。諸事情をうすうす理解している竜児は胸をグッと押さえると、
北村と一瞬、目が合い、そして北村は頷き、重い口を開く。
「今、先生と逢坂が姿を見せないのは、来賓室に逢坂のお母様がいらっしゃっていて、急遽、
 三者面談をしているんだ。実は逢坂が家の事情で引越しなくてはいけなくなって……今週限
 りでこの学校を辞める事になった」
 言い切った。すると、ええええ〜〜〜っっ!!! うっそ〜〜〜!! 悲鳴に近い声が一斉
にあがる。驚きすぎて声も出せずに凍り付くヤツもいた。そんな中、凛と真正面を見据える北
村の態度は立派で、唇を噛み締める竜児。しかしよく見れば北村の頬には一筋、熱いものが流
れていて眼鏡もうっすら曇らせている……だが北村は、そのハキハキした口調を崩さなかった。
「それでだな! 今週の土曜日、大橋の土手沿いのグラウンドで逢坂の送別会兼、草野球大会
 を開催する事になった。突然でなんなんだが、是非奮ってご参加頂きたい! 以上だ! み
 んなよろしく頼むっ!」
 深々とクラスメートたちに頭を下げる北村。シーンと静まり返る教室。その中で、イの一番
に立ち上がったのは反射神経だけはクラスで一番の春田だった。
「もちろんいく〜〜〜!!! でもなんで野球なの?」
 そして能登。
「いいじゃん別にそんな事! 俺も野球大会に行くよっ! タイガー恐いけど、なんだかんだ
 言って仲良かったし!」
 さらに木原。
「ねえ、あたしも別にいいんだけどさ、あたし野球ってあまり知らなんだけど」


 すると実乃梨。
「ふっふっふ……麻耶ちゃん、私のことをお忘れですかい? まっかせなさ〜い! 歩くルー
 ルブックと呼ばれた私が今日からみっちり、みんながメジャーのアンパイヤ級になるまで野
 球のルールを叩き込んでやんよ!」
 で、竜児。
「……いや、草野球だろ? とりあえず最低限のルールだけ覚えてもらえばいいだろ」
 香椎は、
「そうだね。遊びなんだし。みんなで楽しめたらいいんじゃないかな?」
「んじゃあ、今日の昼休みにでもみんなにレクチャーすんよ。あ、竜児くんは、スタメンなん
 だから、放課後も軽く練習しようよ」
 実乃梨は竜児に指でウェーブを作り、カモンの仕草。竜児は吸い寄せられるように席を立つ。
「練習? ……ああそうだな。お前からトレーニングDVD貰ったしな。……ちなみに実乃梨。
 あのDVD俺以外に公開するんじゃないぞ。その……刺激が強すぎる」
 えー! ソフト部の連中に渡そうと思ってたのに〜! それは絶対ダメだ! 俺が没収する!
と、竜児と実乃梨が周囲の呆れた目を省みず、イチャイチャ騒ぎ始めると、大河の転校を知り、
呆然自失としていた亜美はやっと現状復帰したようで、可憐な唇を開く。
「……で祐作っ。その野球大会ってのに、高須くん以外にいったい誰が出場するわけ?」
 そんな幼馴染の質問に北村は銀縁眼鏡に手をやり、 
「いい質問だ亜美! 安心してくれ、実はもう決めている! ピッチャーは、スドバのオーナ
 ー須藤氏にやってもらうんだが、早速他のメンバーを発表するぞ!」
 最前列のやつらに唾を盛大に撒き散らし、大声で答えた。さらに注目っ! と北村は委員長
ヅラを全開にしてよく通る声を張り上げ、2−Cのスタメンを黒板に板書きしていく。

「キャッチャー! 時代遅れの鉄腕コメディアン! 櫛枝!」
「いやー、軟球とか久っしぶりでござるよっ! 燃えて……きた───っ!!」
「ファースト! 短距離走と追試のプロフェッショナル! 春田!」
「あはは〜☆面白そ〜。で、ふぁ〜すとって何すんの?」
「セカンド! 奇跡の暴言製造機! 逢坂!」 
「おい北村、お前がそんなこと言っちゃだめだろ……」
「ショート! マニア受けする眼鏡マン! 能登!」
「てか大先生! 出場してもいいけど、俺の事フォローしてよ! セカンドのベースカバーだ
 けでいいよね?」
「レフト! おしゃれ好きな最終おしゃべり兵器! 木原!」
「ねえまるお〜! 能登はどうでもいいから、あたしの事フォローしてよねえ! てかマジな
 んであたしがやんの? 超意味分かんないんだけど」
「センター! 地球にやさしい顔だけ破壊神! 高須!」
「……なんか外野の両翼が頼りなさそうで、すっげえ守備範囲が広くなる気がするんだが……」
「ライト! 消極的な美少女鉄仮面! 亜美!」
「どーせあたしは、頭数合わせなんだろうから何もしなくていいのよね?」
「そしてサード! 炎のストリッパー! ……いや、ストッパー北村! つまり俺だ!」
 ……それは訂正しなくても良い気がしたのだが、竜児は口にチャック。黙って席に戻るので
ある。指名された面々は、特に異論はないようで、北村法案は無事にクラスメートたちの間を
通過したようだった。

「よし! ありがとうみんな! 来月はもう終業式だ。この最高のクラス、2−Cでのイベント
 も多分これで最後だっ! 最初で最後の野球大会。よろしく頼んだぞ!」

 オーッ! と、北村の放った掛け声に2ーCの教室は勝ちどきのような喚声が湧き上がる。
そうやって大河の送別プロジェクトはめでたくクラス全員の賛同を得られたようで、丁度ホー
ムルームもタイムアップぎりぎりになったその時、竜児はふとお守りの事を思い出す。席に戻
らず竜児の机の横に突っ立ったままだった能登に話し掛ける。
「……そうだ能登、さっきのお守りの中身の話なんだが。教えろよ」
 竜児は一度ポケットにしまったお守りを取り出し能登に突き出し問いただす。能登は驚いた
ように眼鏡の下の瞑らで小さな瞳をユラユラ揺らした。
「ええっ高須、いまさら? タイガーの事ですっかり忘れてたよそんな事! だからアレだっ
 てアレ。毛っ!」
「毛? こん中にか?」
 アングリ開口する竜児。このシーンを写真に撮って見知らぬ人が見れば、バイオのゾンビ犬
がカワウソを喰らうように見えるかも知れないがもちろんそうではない。唖然としているのだ。


「そーそー、勝負事する時にさ、アンダー? 大事なところ? その……アソコの毛をお守り
 にするんだよ。間違いないね。エヘン」
 毛……竜児はリピートし、怪光線が出ちゃうほどお守りを凝視。手は微妙にバイブオン。
「こ……この紙の中に泰子のマン……ヘアーがぁ? ふおおおおっっ!! どどどどうしよう
 能登! 俺さっきから素手で触っちまってたよ! でも捨てるに捨てられねえよっ!」
 ガタガタウルサい竜児に対し、所詮、他人事の能登はクールに対応。
「どうしようったって、持っていればいんじゃない? 捨てたらお母さん可哀想じゃん」
「だってよ! 何が悲しくて泰子のイン……ヘアーなんか持ってなくちゃいけねえんだ!」
 竜児が熱くなるほど能登は冷めていく。そんで竜児を黙らせるべく痛恨の一撃。

「差別するなってば。だって高須。もしその中身が櫛枝氏の毛なら平気なんでしょ?」
「おうっ? ……ぉぅ……そうだな……」
 実乃梨の名を出されるとなにも言えなくなる竜児。ライフがゼロになる。そしてその会話を
ちょっと離れた席からレーダーで捕捉し、思わず股間を押さえる女子がいたことなど、知る由
もない。

***

「太陽が乾いている……」
「なんだ実乃梨、喉乾いたのかよ。ほら、水筒に焙じ茶入ってるぞ。飲むか?」
 試合当日、土曜日の朝。竜児は、修学旅行にも持っていったボストンバッグを待ち合わせ場
所である公園で広げ、水筒を取り出し、既にユニフォーム姿に着替えている実乃梨に手渡した。
「おおこれはっ、ブリタで濾過された高須家自慢の焙じ茶ではないかー! んじゃー頂っきま
 ーす……って違うよ竜児くん! そんな乾いた雰囲気だなーって事だよ。かくいう私も意味
 分かんないんだけどさ」
「意味分かんない事言うんじゃねえよ実乃梨。まあ空気は乾燥しているけどな……おうっ!
 やめ……な、なにすんだ実乃梨っ! 男はリップクリームなんて塗らねえんだよ!」
「んーにゃっ! だみだこりゃ。前から思ってたんだけど、竜児くんの唇ってカサカサじゃん
 か。ほれほれ神妙にしろ〜いっ! オラオラオラオラオラオラオラオラ……オルアアア!!」
 嫌がって暴れて反り返ったものの、唇に塗り絵のようにグニグニとリップクリームを塗りた
くられ屈辱感にさいなまれる竜児だったが、すぐさま実乃梨も自分の唇にそのリップクリーム
を塗るのを見て、ポワンとしておとなしくなってしまう竜児なのであった。そして実乃梨は、
リップクリームをスポーツバッグにしまうのだが、代わりに小さく折り畳んだ、かわいらしい
柄の包み紙を取り出した。
「……竜児くんこれあげる。お守りっ!」
「おうっ、サンキューな! 俺知ってるぞ。これ髪の毛入ってんだろ? 泰子からも貰ったん
 だ。ほら」
 と言って、ポケットから例の『お守まもり』を取り出した。すると実乃梨の顔は、急激に真
紅に染まる。
「髪の毛? この中身って髪の毛なの? なんでなんでどうして?」
「ち、違うのか? 実は月曜日に能登が変な毛が入ってるって言うから、家に帰ってすぐ、泰
 子に問いただしたら、ただの髪の毛だって……も、もしかしたらお前の、お守りの中身は……」
 真っ赤な実乃梨は、今度は真っ青になる。信号機のようだ。
「ギャース!! な、なんでもないっす! やっぱイイ! イイや、忘れて? だってお守り
 二つもいらないもんね? っぶねー!!!」
 実乃梨は大至急お守りをバッグに戻そうとするが、竜児はその手を取って引き止める。
「せっかく作ってくれたんならくれよお守り! いや、欲しい! 死ぬまで大事にするから!」
 頼む! と、竜児も負けずに真っ赤になって懇願する。と、信号機実乃梨は再び赤に変わる。
「ほ、ほんと? 竜児くん迷惑じゃない?」  
 実乃梨は、今にも泣きそうな瞳で竜児を見つめる。そして竜児はお守りをそっと受け取り、
「迷惑なわけあるかよ。実乃梨、ありがとうな」
 二人はこのままチューでもしそうなくらいに見つめ合うのだ。そこに駆け寄る影二つ……。

「みっのり〜ん! おっはよ〜! だっこ〜〜〜っっ!」
「うおっしゃああっ、大河ーっ! ユニフォーム似合ってんじゃねーかー! バッチこーい!」
 ガシッと抱き合う実乃梨と大河。竜児も一緒だった北村とハイタッチする。
「おはよう北村。なんだお前もユニフォームに着替てんのかよ。てっきりお前の事だから球場
 で裸晒しながら着替ると思ってたんだがな。想定外だ」


「その手があったか! いやいや何言ってるんだ高須。勝手に人の事を変態扱いするんじゃな
 い。まあ高須がどうしても俺の肉体を見たいのなら、やぶさかではないがな。はっはっは!」
 と笑い声を上げる北村だが、キラリと光る銀縁眼鏡の奥の目は、残念そうにひくついていた。
「……そんな趣味、俺にはねえよ。まあ今日は大河の送別会だ。北村、気合入れて頑張ろうぜ」
「そうだな。勝って、笑って、逢坂を見送ろう! ではいざ参ろう、出陣!」
 そういって右手をすらりと上げ、北村はグラウンドがある土手へと颯爽と歩き始めたのだが、
実はさっき竜児は北村の唇がカサカサに乾いていたのを見つけてしまい、気になっているのだ
った。

***

 気持ちいい青空の下、試合時刻の十五分前。土手のグラウンドには2−Cの連中が既に半数
近く集まってくれていて、今日の主役である大河の周りにみんなが輪になって固まっていた。
 その輪の端っこのほうで亜美はじめ美少女トリオはキャンキャンと甲高い声を上げ、エール
の交換をしている。
「きゃあああ、亜美ちゃんユニフォーム姿チョー可愛いーッ! なんでも似合っちゃうんだー?
 さっすがモデル!」
「えー? やだあ麻耶そんなことないってー。麻耶だってぇ、元気少女〜って感じですっごく
 似合ってるよ?」
 そんな様子に熱く視線を注いでいた竜児。実は北村のカサカサ唇から今度は、亜美の腰辺り
が気になっていたのだ。堪らず竜児は口を出した。
「どうでもいいが川嶋……なんでお前のユニフォーム。ベルトがシャネルなんだよ」
 亜美が着ているシンプルなデザインのユニフォームの丁度ヘソの辺りで、チャンピオンベル
トのようにシャネルのロゴマークがギラギラと光り輝いていた……ミスマッチにもほどがある。
そんな竜児の指摘に亜美は舌を出して可愛く頭をポカリ。しまった嵌められた。誰かの指摘を
亜美は待っていたのであろう。この目立ちたがり女は確信犯だ。
「あは? 高須くんバ・レ・た? だってー! ソフト部に貸して貰ったユニフォームにベル
 ト付いて無くってぇ! あたしこれしか持って無かったんだも〜ん! あ、高須くん今、天
 然って思わなかった? 思ったでしょ〜? もー、全然違うのに〜! やだなー?」
 本当だ〜! すっごーいっと言う声を浴び、上機嫌になる現役人気モデル。しかしその歓喜
は束の間、悲劇に変わるのであった。
「ばかちーは天然でも天然ハゲでしょ? あーっ、今日でしばらくお別れだっていうのにあん
 た結局最後までばかちーね。威嚇よね」
 亜美の甘ったるい声を聞きつけ、人の輪の中から大河が躍り出るなり毒舌を吐いた。亜美は
可憐な面は一気にひん曲がり、暴言製造機を指弾する。
「ハゲてねえよクソチビ! 誰のために野球なんかすると思ってんのよ! 今日が最後だって
 んなら、あんたも少しくらいしおらしくしろっての!」
 暴言製造機はお互い様か。大河は腰に手を当て、薄い胸を精一杯張る。
「ふん? わかったわばかちー。あんた今日はいつにもなく可愛いいわね。……ハゲが」
「だからハゲてねーよ!」
「ハゲろ!」
「ハゲるか!」
 身長差をものもせず、大河は亜美とがっぷりよつ。いつもの醜い小競り合いが開幕したのだ
が、そんな宿敵同士に虹の架け橋となる仲裁の女神が降臨するのだ。
「こらー、試合前なんだから仲間割れするんじゃなーい! これ大河! あーみんの髪の毛引
 っ張らない! あーみんも大河の耳、引っ張っちゃダメ! もーっ! 今日の試合は大河の
 事がメインだけど、それだけじゃなくって、みんなのスドバのコーヒー無料サービス権もか
 かってんだから仲良くやっておくれやす〜!」
 と、実乃梨がレフリーよろしく二人の間を取り直す。しかしその内容を耳にしたスドバの須
藤氏が慌てて口を挟んで訂正してきた。
「あれ? 高須くんの彼女さん? みんなって約束した覚えないんだけど……」
 口髭を燻らせながら、須藤氏の眼鏡の下は困り顔。だが申し訳ないが、言い出しっぺの竜児
としても、ここは譲れないのだ。
「ここまできて何言ってんすか須藤さん。去年の雪辱晴らすんすよね? ウチのクラスのみん
 な、須藤さんの為にこうして集まってくれてんすよ? プライド無いんすか? 試合に勝っ
 たらクラス全員に、一ヶ月間一杯無料サービスしてくださいって!」
 多少のウソが混ざっているのだが、どうやら竜児の一言は、須藤氏のウイークポイントを的
確に衝いたようだった。


「ううっ、スカイツリーより高い私のプライドが揺れ動く……わかった高須くん。クラス全員
 は勘弁だけど、出場した選手だけというのならなんとか承知するよ。それでいいよね?」
 すると、そんな交換条件を今まで知らなかった能登は俄然奮起して、眼鏡の下の小さな瞳を
目一杯見開く。
「マジでスドバのコーヒー無料なの? マジで? いやったー俺、頑張っちゃうよ俺! も〜
 こんなグッドニュース聞いて木原ってばなにボーっとしてんのよ! もっと気合入れろって!
 無料だよ?」
 中腰にして、亜美のシャネルを羨ましいげに覗き込んでいた木原だったが、バシッと、肩を
軽く叩かれ、振り向き様に眉を吊り上げ、セクハラ男子を撃退するのだ。
「ってーな! 誰かと思ったら能登かよ! ウザ! つーか何? 気合い? なんであたしが
 あんたにそんなこと言われなくちゃなんないわけ? だいたいあたしはタイガーの為に野球
 やるんだからっ、知らねーっての! ねー奈々子?」
 するとお嬢様系純情ワンピに着飾る香椎が、木原に同意。能登に同情。
「私は応援だけだからなんだけど、そうよね麻耶。今日はタイガーがメインヒロインよね。で
 も能登くんさ? 試合中、麻耶のサポート、よろしく頼むわね?」
 ニッコリ首を傾げ、微笑む香椎。その魅惑的な素振りにデレデレ蕩けてしまう能登なのであ
るが、それに浸る間もなくツンツン木原にビシビシ容赦ないローキックを喰らってしまうので
だった。……そこへ相手チームに挨拶していた北村が戻ってきた。

「おーいみんな、集合だー! 始めるぞ!」
 ほーいだのへーいだの緩んだ返事が飛び交い、やがてホームベース前にずらずらと選手集合。
竜児がベンチの裏へ目をやると、いつの間にか応援のクラスメートたちもほぼ全員集まってき
ていた。もうすぐ始まる。大河と一緒にやる、最初で最後の野球の試合が。

 ──そして、プレイボールの声が二月の澄んだ空に響く。

***

「うお〜しっ! 俺も打つぞ〜」
 既に試合は三回裏、竜児たちのスドバチームの攻撃。この回の打順は春田からで、春田はヘ
ルメットからはみ出したロン毛を気にしながらバッターボックスへと入っていく。それを竜児
は三塁側のコーチャーズボックスから眺めていた。
「おいアホ毛! 死んでもいいから塁にでろ!」
 と吠えるのは、ネクストバッターズサークル内で次に打順を控える今日の主役、大河。その
大河に春田は振り向き様に、イエ〜ス☆とウインク。それをダイレクトに受け止めてしまった
大河は本気でゲエッ! と、吐き気をもよおし口を抑え、崩れ落ちてしまった。
 そして主役を撃沈したのにも気付かず、バッターボックスに入った春田は上段にバットを高
々と構えた。そこで球審の声がグラウンドに響く。
「プレイッ!」
 それを受け、ピッチャーがサインを確認し、第一球振りかぶって、投げた。

 カキン!
「大ほ〜むら〜ん☆」
 快音と共に春田が打ち上げたボールは、放物線を描いて遠くへ伸びていくのだが、惜しくも
打球は大きく右にフックしてファールラインを割り、土手を乗り越えてしまう。
「ホームランじゃねえっ、大ファールだ! けど春田、惜しかったな! よし、俺がボール取
 ってくる!」
 タイミングが合っていたら確実にホームランだったろう。アホの底力を垣間見て、感心しな
がら土手へと駆け出す竜児。グラウンドでは予備のボールでプレイは続行されていく。

 土手の斜面を駆け上がり、上まで辿り着いた竜児は、春田が打ったと思われるボールを手に
しているアラフォーと見受けられる淡い栗色の髪をアップにした女性とばったり鉢合わせにな
る。互いの目線が合い、竜児は帽子を取り一礼。顔を上げると女性の虹彩、瞳はグレーだった。
「あ、あの……すいません! そのボール、俺たちの……おうっ、怪我無かったっすか?」
 よくみれば女性は妊婦だった。日本人離れした端整な顔の下には、お腹のふくらみがぽっこ
り目立っていた。その大きさから、いつ産まれてもおかしくない、臨月を迎えているのであろ
う。
「ううっ……ショックで、子供が産まれそうだわ……」



 ひーっ! と、バンザイする竜児に、嘘よ。をクールにあしらう女性。竜児はずっこけそう
になる。しかし……悪い事してないのに叱られているこの感じ。女性の嬲るように歪む唇……
どこかで体感したような……勘違い、だろうか?
「そこの草むらに落ちたのを拾っただけだから、私にボールは当たってないわ。平気よ。出産
 もしないわ。これ、あなたのよね? はい、受け取りなさい」
 ペコペコ頭を下げ、竜児は川臭い土手には不釣合いなマタニティドレスを纏う女性からボー
ルを受け取るのだが、美しいがどこか底知れないその女性に興味を惹かれてしまい、なんとな
く話かけてしまうのだった。

「ありがとうございます。あの、野球。お好きなんすか?」
 すると女性は竜児の胸中を探るように大きなグレーの目を凝らす。辺りはいつの間にか川の
臭いから女性の香水の香りにすり替わっていた。
「ええ、ちょっとね。あなたは野球好きなの?」 
「いや、その……実は友達が転校するんで、今日は送別会を兼ねて、クラスメート全員集めて
 野球大会しているんです。そう、今ちょうど、バッターボックスに入ろうとしている女の子
 がそうなんですが」
 土手から見下ろしたグラウンドでは、顔面にデッドボールを受けた春田のケツに、思い切り
ケリを入れてる大河の姿があった。ベンチからの笑い声がここまで聞こえる。
「あらそう。みんな楽しそうね。あの娘……別れを惜しんでくれる仲間がたくさんいて、なん
 というか……幸せなのね」
 女性はしばらく大河を眺めているうちに、次第に冷たい表情へ血が通っていくように竜児に
は見えた。もしかしたら今日の草野球大会に出ている誰かの知り合いだろうか……そう勘ぐる。

「あいつ……初めて会った時は周りのやつらに威嚇しまくっていて、あんな感じに笑う事なん
 て全く無かったんですが、二年生になってからいい友達に巡り合えて、たくさんの仲間が出
 来て、丸くなったっつーか、優しくなったっつーか。すっごい変わったんです」
 何故だか竜児の舌は滑らかになっていた。土手の上に吹く風に巻き上げられた、頬にかかる
髪を耳まで掻き上げ、女性は熱弁を振るう竜児にまた視線を合わせた。
「……あなたもあの娘のいい友達なの?」
 ドキリとする。竜児にとって、大河はどんな存在だろうか。少し考え、竜児は答えた。

「いいかどうかはあいつに聞かねえと解りませんが、そうっすね。はい、大切な友達です。仲
 間なんです。だから転校すんのはすっげえ淋しいすけど、そんな事言って、あいつに心配さ
 せたくないんです。あいつの覚悟を無駄にしたくないです」
 渡されたボールを固く握り、竜児は自分に言い聞かせるようにそう呟く。やがて香水の匂い
に竜児の鼻が慣れたと感じたその時、女性の口元からふうんと、漏れる。

「……そう。大切な友達、ね。……これは、考え直す必要あるようだわね……」
 女性は視線を宙に泳がせ、思慮深い、儚い表情に変わる。それはまるで女神のように神秘的
に見え、見蕩れそうになるのだが、女性の言葉の意味が気になり、竜児は女性に問うた。
「あの……考え直すって、何をすか?」
 すると女性は慌てたように虚空をぼやりと見ていた焦点を竜児の顔へと合わせる。
「あ、いえこっちの話。……あなたお名前は?」
 不思議とこの女性に見つめられると、竜児は饒舌になっていく。
「高須竜児……すけど」
「そう、高須くん。多分だけど、私の予見では、高須くんはまたすぐにあの娘と逢える気がす
るわ。きっとすぐね。あんなに気持ちのいい友達がたくさんいるんだもの……あの娘の親も考
え直すと思うわ。親は子供に一番幸せな環境で、幸せになって欲しいものですもの……それに
親の都合でこれ以上娘に嫌われたくないしね」
 そう言って妊婦の女性は新しい命が宿る大きなお腹をさすった。そして竜児。
「そうっすかね。その予見が本当ならクラスのみんなも喜ぶと思います。もちろん俺も、そし
 て、あいつの彼氏も……」
 ふと見たグラウンドでは北村がベンチから、ここまでこだまするほど大河に大声援を送って
いた。大河はそれに照れたのか、真っ赤になって、ど真ん中に飛び込むボールを見送ってしま
っていた。……ったく、と声を漏らした竜児だったが、いつの間にか女性が真横に並び立って
いるのに気付く。


「高須くん。試合頑張ってね。あと、大河によろしく言っておいてね。さようなら」
「は、はい。ありがとうございました! 失礼します!」
 女性は土手を降りて、河川沿いに路駐した漆黒のポルシェへと向っていった。その後ろ姿を
暫く見送り、竜児も反対側の土手を下っていく。そしてグラウンドに戻りながら、不思議な事
に気付いた。そういえば、なんであの女性は大河の名前を知っていたんだろう……竜児はハッ
と閃き、振り返るが当然女性は土手の上には居らず、そのかわりさっきのポルシェが低いエキ
ゾースト音を轟かせ、去っていく音が聞こえた。

***

 九回裏。スドバチームの攻撃。点差は僅か一点。
「うおおっ、なんだこの燃え展開! 熱すぎるっ!」
 ベンチに戻り、興奮する実乃梨をなんとか落ち着かせようとする竜児。
「しかしだな。確かに一点差なんだが、三十対二十九だと、あんまり緊張感ねえよな、実乃梨」
 その横でやっと最終回になり、ベンチで思い切りリラックスするのは亜美。逆転すればもう
亜美の出番はない。
「ぶっちゃけ、延長戦とか面倒臭いからチャチャっと得点入れてサヨナラ勝ちしようよ。って
 ことで麻耶〜、ヨロシクね?」
「えー! ヨロシクしないで亜美ちゃん! 無理無理だって! あのオッサンマジなんだもん!
 怖えーし!」
 この回、先頭打者の木原は、亜美にプレッシャーを掛けられ、絵に書いたように動揺してし
まう。それを見たリーサルウェポン香椎が遂に動きだした。 
「仕方ないなー麻耶。私が手伝ってあげる。とりあえずバッターボックスにいってらっしゃい」
 すると、しなやかに香椎はバックネット裏へ移動。熱いなぁ……と呟きながら肩に掛けたボレ
ロをはらりと脱ぎさり、抜群の破壊力を誇る胸の谷間を群衆に露わにする。そしてその思惑通り、
香椎山脈に気を取られてしまった相手チームのピッチャーは、木原以下、そのまま三人連続フォ
アボールを出してしまい、仲間のブーイングの嵐を受けつつ、ノックアウトされマウンドを降り
てしまうのだった。

 そしてこの時に、バッターボックスへと向うのは、実乃梨だ。

***

「ノーアウトフルベース、しかもサヨナラのチャ〜ンス! うおーい大河〜っ! 私がここで
 一発打って試合決めっからよ? しかとその麗しき瞳に焼きつけるがよいぞっ! てか、こ
 こで決めなきゃ女が廃るっての! マジで!」
 大きくバットを振りかぶる実乃梨。ソフトボールと比べてスイングのタイミングが遅い野球
に実乃梨はやっと、馴れて来たところであった。そしてマウンド上には交代のピッチャーが投
球態勢に入っている。

 バシっ!
 捕球音。実乃梨は初球の内角寄りのストライクを見逃した。そして確信する。この試合は勝
ったと。次も詰まらそうとして同じコースに投げてくるだろう。実は得意のインコースを出力
全開でフルスイングして、センターオーバーのヒットを狙う。私なら出来る。そう言い聞かせ、
バットのグリップを捻るように握りこんだ。そして、放たれた第二球。

 キン!!
 その打球は実乃梨の予想と違い、ぐんぐん飛距離が伸び、センターの頭上を遥かに超えて、
大橋の川に着水。目線で打球を追っていた塁審がこっちへ向き直り、全力で腕をグルグル回し、
グラウンドにいる全員に、グランドスラムだということを伝えていたのだった。

 ***




「高須くんありがとーっ! 約束通りコーヒーサービスするから、みんなと毎日でも店に来て
 おくれ!」
 試合が終わってからすでに小一時間過ぎていたが、興奮冷めやらぬ須藤氏は、すでに相手チ
ームも解散しているのにも関わらず、土手を散歩している全く関係ないオバちゃんにまで握手
をして大喜びしているのである。
 2ーCの連中も喜びを分かち合い、胴上げなんかもして騒いでいたのだが、主役の大河がお
腹空いたというので、みんなでファミレスへ移動していて、もうグラウンドには須藤氏待ちだ
った竜児と実乃梨の二人きりになっていた。
 とりあえず須藤氏の約束の確認も出来た事だし、竜児も実乃梨を連れてファミレスに行こう
としたのだが、今日のMVPである実乃梨は、ペタンとベンチに座り込んだのだった。

「いなくなちゃうんだね、大河……あいつの前じゃ言わないけど。私、本当は嫌だよ」
 実乃梨はヒザを抱え、顔を伏せた。竜児はその隣に座る。
「……大河は、どっか行っちまうけど、必ず帰って来る。その為に、ずっと俺たちと一緒にい
 る為に転校したんだ……実乃梨、分るよな?」
 そう言い聞かせたのは自分自身のためにも。実乃梨はダルマさんが転んだで鬼になった子の
ように、そのまま顔を見せなかった。
「うん、分かってる。もちろん分かってるんだけどさ……あのね、竜児くん。大河ってさ、私
 にとって、素の自分を曝け出せる、唯一の存在だったんだよ。きっと大河もそうだったんだ
 と思う……私たちってなんていうか……特殊でしょ?」
 否定も肯定もしにくい台詞。しかし竜児は黙って頷く。頭を上げ、再び顔を見せた実乃梨は、
焦点が定まってなく、視線は虚ろ。親指の爪を噛みながら、言葉を続けた。
「だからさ。大河と北村くんの事、信用してない訳じゃないけど、このままどっか行っちまう
 んじゃないかと心配なんだよね。その……私は貴方がいてくれるから、平気なんだけれども」
 途中で竜児を気遣い、実乃梨はわずかに頬を染めそんな事を言う。竜児はそんな実乃梨の頭
を撫でた。
「なあ実乃梨。大河にとってもお前は唯一無二の存在だろ。今までの自分に自信を持て。俺だ
 って悲しくねえ訳じゃねえけど、お前が側にいてくれてるし、なんてったって大河には今、
 北村がいる。だからみんな、きっと平気だ」
 頭に乗せられた竜児の手を取り実乃梨は竜児を見上げた。
「んっ、そだね……ありがとう。私も強くなんなきゃね。大河みたいに」
 実乃梨の大きな瞳に映りこむ竜児の姿が揺らいでいた。繋いだ手に力をこめる。
「ああ、……だな」
 そして将来の伴侶に選んだ彼女はゆっくり立ち上がる。二人は見つめ合い、どちらともなく、
唇を合わせていた。チュッ……と、湿る音。今日の竜児の唇はリップクリームのおかげで潤ん
でいた。そしてその唇は、愛しい存在を確認するように絡みあう。
 昼下がりの土手沿いのグラウンド。誰かに見られても……知らねえ、止まらねえ。そして、
なぜか胸を掻きむしるような衝動に駆られる。気付けば竜児の手は実乃梨の柔らかくて、熱い、
胸に触れていたが……実乃梨は抵抗しなかった。
 チュパッ……離れた唇に、光る糸。

「実乃梨……愛してる」
「うん……私も。グスッ……竜児くん」
 未来は判らない。だからこそ、今のこの感情を大切にしたい。刹那主義だと吐き捨てられる
かも知れない。だけど……竜児はしたいがままを実乃梨へぶつけたのだ。それが許されるであ
ろう竜児の唯一の存在、実乃梨へ。

「実乃梨、そろそろ、俺たちもみんなの所へ行こうか」
「もう少し。泣いたってバレちゃう」
 手を繋ぎ、二人は大橋へと目をやる。そこでは何故か須藤氏が、犬にお尻を噛まれていた。


 ──そうして、今日が終わり、次の日。大河はこの町からいなくなった。



──To be continued……




18 ◆9VH6xuHQDo sage 2010/03/16(火) 02:27:17 ID:0d3brV4U

以上になります。お読み頂いた方有り難うございました。
次回、スレをお借りさせて頂くときは、職人様のお邪魔にならなければ来月
完結編である続き、M☆Gアフター6(鳳凰篇)を、投下させて頂きたく存じます。
失礼いたします。

7 ◆9VH6xuHQDo sage 2010/03/16(火) 02:09:39 ID:0d3brV4U
>1スレ立てご苦労様です。

先月投下させて頂いた。M☆Gアフター6(チョコレート篇)の続きです。

題名 * M☆Gアフター6(マシュマロ篇)
時期 * 二年生の二月。
設定 * 竜×実付き合って八ヶ月。
物量 * 十レスになります。
注意 * 原作とカップリングが違うので、みの☆ゴン未読ですと不快かもしれません。
     今回はエロなしです。次回M☆Gアフター6(鳳凰篇)で描写する予定です。

宜しくお願い申し上げます。

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