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73 M☆Gアフター ◆9VH6xuHQDo sage 2010/06/06(日) 23:38:35 ID:3SGjqYnN




プロローグ



 逢坂大河は焦っていた。
「ああんっ! 無い! 何処にも無い!」
 アレが無い! ……と気付いたのは今朝。ゴールデンウィーク明け、最初の日曜日。この日、
五月の第二日曜日というのは、世間一般的に所謂『母の日』にあたり、大河は母親とお出掛け
する為、着替えようとしたところで、ふと「そういえばアレ。何処しまったっけ」なんてこと
を思い立ってしまい、ちょこっと詮索するつもりが、既に自分の部屋をかれこれ一時間、一旦
探した所も何度も執拗に詮索しているのである。
「どうしよう! ……絶対に無くしちゃいけないモノなのに……何処にもない!」
 考えられる場所は全て詮索していた。にも拘らず、去年、親友に作ってもらったアレが見つ
からない。家中、必死に探したが見つからない。勉強机の引き出しに、押入れ、本棚、箪笥、
キッチン、明け方の街……桜木町……そんな場所にあるはずもないのに……。そんな冗談を思
い浮かべている状況ではない。

「水着はあるのに……」
 そう。アレは常に水着とペアだったのだ。大河が必死に探しているそれは、親友曰く『偽乳
パット』。
 今年の二月に転校しようとした時と、そして三月に大橋町へ戻った時、その二度の引越の時、
『偽乳パット』は、誰かに見つかったら恥ずかし過ぎて、引越業者どころか、誰にも見つから
ないよう、確か……
「はっ!」

 ……想い出した。そうだ、枕の中だ。そう想い出した途端、己の顔面からサーッ……と、
血の気が引くのがわかった。そこへ、「コンコン!」と部屋のドアをノックする音。
「大河、起きてる?」
「……っ!」
 母親だ。しかし声が出ない。

「寝てるの大河? 入るわよ? ……あら、ちょっと貴女、下着姿で何……どうしたの?」
 カーペットの上にペタンと座り込む大河に、母親は歩み寄り、そっと大河の頬を指先でなぞ
ってくる。その行為で、初めて大河は自分の眼から涙が溢れ出ていた事に気付かされたのだ。
「ふええっ、ママ……ゴールデンウィークに処分した枕の中に、大切なものが入ってたのっ!
 私の友達が手作りしてくれた、掛け替えの無い、とってもとっても大事な宝物なの! 私そ
 れをっ! 捨てっ! ふっ……ふえええええええっっっん!!」
 己の頬を流れる涙は、両手で覆っても、止めどなく溢れ続けていく。ひくっ、ひっく、と、
唇から嗚咽も漏れる。……どうしよう。私は友情の結晶を捨ててしまった。これはいつもの
『ドジ』で、済むレベルじゃない。

「大河……落ち着いたら着替えて、朝食食べに階下に降りてらっしゃい。そしたら、宝物につ
 いて、詳しく教えて」

 そう言うと大河の母親は、顔を伏せる大河の前髪辺りに軽くキス。そして香水の匂いだけを
残し、大河の部屋のドアをゆっくりと閉じた。


 ***



 現在時刻は、時計の針が二本とも真上を指している時間帯。現在位置は、都心からちょいと
離れてはいるが、それなりに栄えている大橋駅前。
 そこに隣接する大型娯楽施設『らく〜じゃ』の中にある映画館のエントランスから、高校三
年生の高須竜児は、恋人の櫛枝実乃梨を伴い、屋外へと出てきた。

「うおっ、眩しっ!」
 正午の日射しは、五月晴れという言葉がぴったりなほど快晴で、竜児の三白眼の瞳孔が、飛
び込んできた太陽光線に慣れるまで、暫しの時間が必要だったのだ。

「GUN道……いやいや、なんでもねえっす……ねえ竜児くん、今の映画すっげえ面白かっね
 え? 俺としたことが勢い余って、マングースくんのぬいぐるみ買っちったぜ! ほれ!」
 と、実乃梨は新品なのにツギハギだらけのぬいぐるみを、竜児の顔面にグニッと、押し付け
て来た。
「むぐおおおっ! く、くっつけ過ぎで見えねえよ実乃梨! ペッ……ったく、口になんか入
 ったじゃねえかよっ、もー」
 竜児は口の中をモゴモゴさせ、軽く実乃梨にクレームをつける。そんな竜児の視界の中央に、
ペロリと舌を出す実乃梨の顔が映り込んでくると、さっきのお茶目など、瞬時に無罪放免とな
るのである。何故なら彼女が好きだから。
「ふははー、竜児くんごめんよっ? 私楽しくって、つい調子に乗っちまったのだよ。だって、
 こんな感じでデートするのって超〜久しぶりでしょ? うふふっ、今朝からず〜っと、竜児
 くんと一緒で、超〜楽しい〜!」
 実乃梨は部活で日焼けた頬を真っ赤に染め、竜児に向け、溶けたような表情を浮かべてくる。
それを至近距離で見た竜児は、(俺の事、そんなに好きでいてくれるのか……)と、感動する
も、さらに実乃梨のバストが、竜児の左腕にムニュリと押し付けられるほど、絡まりつくいて
きて、堪らず竜児は、深呼吸して視線を逸らすのだが、己の三白眼に目に映るモノ全てを真っ
赤に染まるほど、充血するのである。キレているのではない、竜児は強靭な意志で己の情欲と
格闘しているのだ。
 死ぬ。萌え死にする。しかし間違っても、それなりにごった返す地元の駅前で、死んでしま
う訳にはいかない。
「そうだな、俺も楽しいぞ。でも、ここんとこ実乃梨、忙しかったし、疲れてるんじゃねえか?
 たまの休日ぐらい、まったりしねえとな」
 眩しい日射しと、眩しい実乃梨。……竜児ももちろん楽しい。三年生になってからというも
の、男女ソフトボール部の部長を務める実乃梨は、新入部員の勧誘やら、先週の大型連休に開
催された春季大会やらと、超多忙で、中々二人きりになる時間が作れなかったからだ。
 実際竜児は寂しい感じもしたのだが、それはお互い様。久しぶりのデートくらい、実乃梨に
思いきり羽を伸ばして欲しかったのだ。
「へーきへーき! 竜児くんとデート出来ただけで、疲れなんかどっかにすっ飛んじまったよ!
 竜児くんこそ、最近部活に託つけて放置プレーしちまってゴメンよ? そうだ! これから
 どうする? 竜児くんのシタイ事しよーよ! ご飯にしますか? お風呂にしますか?
 それとも……実・乃・梨?」
 竜児の耳元で、そんな事を囁いてくる実乃梨に、鳥肌が勃ってしまいほど興奮する竜児は、
非常にデリケートなところも、ゆるーく勃ってしまうのである。
「おうっ! それじゃあっ実乃梨を……って、いやいや。それって今見た映画のパロディじゃ
 ねえか。タイミング的に微妙過ぎて、思わず乗っかりそうになっちまったじゃねえかっ!
 うーん、そうだな。まだ約束の時間にはちょっと早えけど、泰子んとこ行くか? でもまだ
 昼だし、混んでたら迷惑だよな……?」
 実は映画の後、泰子の職場、『弁財天国』に親子で集合し、母の日のプレゼントを渡そうと
いうプランを立てているのである。
「私、泰子さんとこが一番落ち着くかも。もしお昼時でお店が忙しそうだったら、私が助太刀
 すっからよ! 大河も早めに行くって言ってたしね?」
 更に竜児たちは、大河にも声を掛けていた。北村も誘ってみたが、北村の母親が、生命保険
の仕事で夜まで忙しいというので、大河だけ後で、北村と合流する手筈になっている。
「そうだな。大河のやつ食い意地張ってるから、先に始めるか。あいつ焼き上がった途端、一
 人で丸ごと喰っちまうから……おう?」


 すると、竜児たちが歩いている大通りの側道に、一台の漆黒のスポーツカーが急停車する。
そのスポーツカーの女性的でグラマラスな曲線を描くボディライン。腰ぐらいまでしかない低
い車高。迫力ある唸るような排気音。個性的なフォルム……運転免許を持っていない高校生に
もわかる。それはポルシェだった。
 竜児はこのポルシェを見たことがある。以前、大橋の河川敷で行なわれた草野球大会で、大
河の母親と思われるレディーが乗り付けてきた車だ。
 そう竜児が記憶を巡らしていると、ポルシェの左側、運転席側のスモークウィンドウが開く。

「こんにちは、高須くん、櫛枝さん」
 スチャッと、粋にサングラスを外し、コックピットのレディーは、眩しそうにしかめていた
視線を竜児たちに向け、華麗に見定める。
 セレブ。……間違いなく誰もがそう判る、気品と自信に溢れるレディーがそこにいた。やは
り竜児の思惑通り、草野球大会で遭遇した大河の母親と思われるレディーと同一人物であった。
先だって実乃梨にもその一連の経過を話してあり、だから実乃梨はそのレディーが大河の母親
という事を即座に理解していた。
「はじめまして大河のお母さんっ! 私、櫛枝実乃梨です! 今日は宜しくお願いします!」
 キチンとお辞儀をして、いつになく貞淑に振る舞う実乃梨。そして竜児は思う。こういう品
行方正でちゃんとした事も普通に出来る、実乃梨は奥行きの深い人間なのだ……そんなふうに。
「はじめまして櫛枝さん。大河から聞いてます。いつも親しくしてくれてありがとう。今日は
 母の日のパーティにお招き頂いて光栄です。あとで大河と一緒に伺いますね。それと、高須
 くん、先日はどうも」
 大河の母親が言う先日とは、例の草野球大会での事であろう。どうやら正体がバレている事
を承知しているようだ。竜児は上目遣いに頭を下げ、会釈する。と、大河の母親は、嫋やかに
目を細め、深紅の唇の片端を嬲るように吊り上げてくる。それを見た竜児は、まるで心の奥ま
で見透かされているような灰色の瞳に翻弄され、気付けば下げた頭を掻き毟っていた。
 泰子とは違う、未体験の大人の色気。濃厚で、艶やかで、咽せかえるくらい、その表情は、
女っぽかった。
「こんにちは……ご無沙汰しております。あの……今、お一人なんですか? 大河は……?」
 すると大河の母親は、助手席に目をやり「大河」とポツリと口にする。するとポルシェの助
手席から、「うん」聞き慣れたチャーミング声が聞こえてきた。
 その途端、実乃梨が薄暗い助手席目掛けて盛大に呼びかける。
「うおーい大河ー! なんだ、いたのかよー? 隠れてるなんて、ツレねーじゃねーのよー!」
 その直後、右側の助手席が開き、淡いミントグリーンのジャンパースカートを身に纏う、大
河が姿を現した。薔薇色の唇で「みのりん」と呟く大河は、身長百四十センチ前半の、ちっち
ゃくって可愛い、高校三年生なのだ。
「竜児も……。御機嫌うるわしゅう」
 どうも様子がおかしい。珍しくしおらしい態度の大河に、竜児は違和感を覚える。いつもの
透き通るようなミルク色の肌も、なんとなく青みがかかっている。

「おうっ? 大河。ご機嫌うるわしゅう……なあ大河。お前なんか変なもんでも喰ったのか?」
 元来、その美少女っぷりと相反する気性の荒さで、かつて「手乗りタイガー」と恐れられて
いた大河。確かに最近、急激に性格が丸くなり、その凶暴さは影を潜めているのだが、にして
も、何か不自然。しっくりこない。当然実乃梨も気付いていた。
「大河、元気無いじゃん? どした?」
 実乃梨は路上に佇む大河に駆け寄り、優しく頭頂部をナデナデする。が、大河は長い睫毛を
伏せ、視線を足元に落したままノーリアクション。首を傾げる実乃梨。助けを求めるように竜
児と視線を合わせてくる。どうやら眠れる虎、大河の取り扱いに考えあぐねている状態……。
一体、何があったというのか。「お、枝毛発見伝!」と、実乃梨に淡色の髪先をいじられても
やはり微動たりしない。
 実に不可解だ。猛獣の虎の名を彷彿させる大河がどうして……関係ないが、大河は知ってい
るのだろうか? ポルシェは昔、タイガーという戦車を造っていた事を。



 キン! と、透明感ある快音がして、止まっていた時間が動き出す。竜児が音が発した方へ
顔を向けると、その先で大河の母親が、コンパクトながら重厚そうな、黄金色に輝くライター
で、細身のシガレットに火をつけていた。
「うおお、ゴールドライタン……」
 と実乃梨は相変わらず謎のキーワードを口にしていたのだが……。
 フーッ……と、紫煙を勢い良く吐き出してから、改めて大河の母親は語り出した。
「さっき私が小言を言って、大河を落ち込ませてしまったの。二人とも心配かけてゴメンなさ
 い。それと、私たちは用事済ませてからパーティに伺いますから、皆さんのお母様方に、そ
 の旨お伝えください。では後程。大河、行きましょう」
 そして大河の母親は、火を着けたばかりのシガレットを揉み消し、ダッシュボードに置いて
いたレイバン、と書いてある金縁でティアドロップ型のサングラスをカチューシャ代わりに、
額の上に掛け、竜児たちから視線を剥がす。そうしてからやっと、大河は蕾のようなピンクの
唇を震わすように開いたのだ。
 「……みのりん、竜児。またね」
 大河は小さな掌を、小さな顔の横で、小さく振り、母親の乗るポルシェの助手席に小さく収
まった。ポルシェのスモークウインドーを閉じる。その間にもアイドリングし続け、飼い主を
待つ猛獣のように大人しく待機していたポルシェだったのだが、「ブゥオオッ!」と咆哮。
 緩やかに発進し、車の流れに乗るやいなや、滑るように加速し、一瞬で姿を消してしまった。


 ***

 大河は今、母親と電車のガード下を並んで歩いていた。カッカッと、路面を蹴る母親のハイ
ヒールの音が、仄暗いガード下に反響しながら響き渡っている。

 いつも母親が仕事で使うホテルのパーキングにGT3を駐め、駅の反対側に店を構える、竜児
の母親、やっちゃんが店長を務めるお好み焼き屋『弁財天国』に向う途中である。

 母親の目元には、運転中に掛けていたレイバンの度付きのアヴィエイターから、最近お気に
入りの香水、アリュールと銘柄を合わせたのか、フォックスタイプのグッチにすり替わってい
た。
 それを横目に見て大河は、なんとなくグッチ好きの親友の事をほんのり思い出してみた。

 ……ばかちー。あんたなら、こういうときどうする……?

 そんなふうに大河が、氷塊に激突して沈没してしまった豪華客船のように深く深く、意気消
沈している中、隣で颯爽と歩を進める大河の母親は、正面を向いたままクラッチバッグを開き、
漆黒のケータイを取り出した。
「車は後で会社の誰かに取りに来させればいいわね。さて……」
 ケータイの画面が明るく点灯し、母親の眼鏡に映り込む。長いネイルで操作しずらそうに思
える指を器用にスライドさせる母親。ポッ、ポッ、と耳を突くケータイの操作音。
 ナーバスになっている大河には、母親のヒールの音と融合するその音に不快感を覚え、思わ
ず薄い胸を抑えてしまった。「はぁ」なんて音も口から漏れる。

「私です……ええ……そうね……ええ……あら本当? そう、良かった……分かりました。大
 河に伝えておきます。後は首尾よくいつも通りに。ご苦労様」
 通話終了。大河の母親はケータイの電源を落とす。そしてクラッチバッグに放り込むなり、
大河に彫りの深い顔を寄せ、「ねえ大河」と微笑みかけてきた。ぱあっ、と薔薇が咲いたよう
なその笑顔に、撃沈している大河の心は、ちょぴっとだけ海面へ船首を向けるのだが、罪悪感
に胸中を弄られている大河は、そんなニコニコされても、肩を揺すぶられても、「え?」とい
う言葉を漏らすだけで活動限界なのだ。にもかまわず、大河の母親は大河のデコにキスしてき
た……チュ。
 ……これには流石の大河も我に帰り、沈んでいた心が海底より浮上し始める。

「良いニュースよ、大河! あなたが朝探していた枕、ゴミ処理場のリサイクルセンターで見
 つかったかもしれないって、今連絡があったわ! 大河良かったわねえ!」



 耳を疑った。大河の心臓がバネのように跳ねる。驚いた。深海に沈んでいた豪華客船がドカ
ッ! と、目の前で宇宙空間まで、すっ飛んでいっちゃったのを目撃したほど驚いたのだった。
 実際にはそんなの目撃した事は無いけれど。

「ええええええッッ!? ウソ? 本当ママ? ウソじゃなくって、本当に本当なの? やっ
 た! ややや……んっやたー! ありがとうママ! すっごい嬉しい! うわああんっ!!」
 まるで幼かったあの頃と同じように、思わず大河は母親に飛びついた。己の身体を覆う長い
髪も一テンポ遅れて飛び込んでくる。そして母親は、やはり幼かったあの時のように、優しく
大河の頬を撫でてくれたのだ。

「ふふ、まだ枕の中身の『宝物』は未確認だけど、枕は見つかったみたいでよかったわねえ。
 明日、私が中身を確認してみるから、本当に喜ぶのは明日までおあずけだけど、楽しみにな
 さい」
「うんっ! でも良かった〜〜っ! ゴミ処理場で枕見つかって! 一時はどうやってみのり
 んたちに謝ろうかと……」
 無意識にワキワキ動いていた己の指先を抑え、ほんのり濡れていた瞳を拭う大河。母親はシ
ルクで紡がれた馬車柄のハンカチを大河に差し出しながら、大河に問うて来た。
「そうだ、大河。今日一緒にお食事する高須くんと櫛枝さん達の事、もう一度教えてくれるか
 しら? ちゃんとご挨拶するの、私初めてでしょう?」

 興奮冷めやらぬ大河であったが、ふと我に帰り、冷静になる。そういえばキチンと母親を紹
介するのは初めてだった。仲良しなみんなと大好きな母親が仲良くなって欲しい。大河は切に
願う。だから大河は、一生懸命、母親に説明を始めた。
「あのねママ。前にも話したけど、みのりんは私が一年生の時からの友達なの。今でも一緒に
 学校行ったり、屋上でランチ食べたりしているんだよ? 竜児は、二年生の時、一緒のクラ
 スで、みのりんと二年生の時から付き合ってるんだ。三年生になってクラス変わってからも、
 二人とも私と仲良しなの!」
 大河は小さな両手を目一杯広げ、母親にそう説明した。それを、正面を向いたまま「ふうん」
と呟く母親は、なんとなく表情が緩んでいるように見える。大河は説明を続けた。
「竜児のママのやっちゃんは、三月までスナックのママさんだったんだけど、今から行くお好
 み焼き屋の店長さんになったの。みのりんのママは、何回かしか逢った事ないけど……みの
 りんソックリで、面白くって、とっても元気なんだよ? みんなすっごくいい人で、私、大
 好きなんだっ!」

 と、思いの丈を全力で大河は母親へぶつけた。夢中で話していたので気が付かなかったが、
いつの間にか大河は、母親と手を繋いで歩いていたのだった。
「そうなの……そう。とっても逢うの楽しみね。ん、それはそうと、大河。今日は本当、天気
 がいいわねえ」
 そうこうしているうちに二人はガード下を潜り抜け、太陽の光を浴び、母親は手を額に翳す。
そして大河は早速、辺りをキョロキョロと見回した。たしか大河の朧げな記憶では『弁財天国』
は、ガード出てすぐのここら辺だった。大河は目を凝らし、上下左右に焦点を合わせる。

「あ、あそこ! ママお店見つけたよ! っふー、よかったー。迷子にならなかった! ちょ
 っと私、スゴイかも! えへへっ……」
「え? 大河、それってあまりスゴく……いえ。迷わないで辿り着くなんて、とってもスゴイ
 わよね? 大河。やるじゃない?」 
 肩をすくめ、太陽に反射した眼鏡の下で、目を細める母親は、大河を優しく撫でて誉めてく
れた。その心地よく伝わる手の平の感触に、思わず大河は「えへっ」と、声を漏らしてしまう。

 気分を良くした大河は小走りで『弁財天国』の店頭へ駆け寄り、入り口の引き戸を元気一杯
に開けた。


 ガラリ。

「いらっしゃ〜い☆あーっ! 大河ちゃん、久しぶり〜! やーんっ、相変わらずお人形さん
 みたいでカワイーイっ!」
「わーい、やっちゃん久しぶりっ! 今日はママと一緒なの!」
 大河はピョーンと、出迎えてくれたやっちゃんに飛びつくと、やっちゃんは大河をギュウッ
と、キャッチしてくれた。やっちゃんのおっきなオッパイから、柔らかいいい匂いがする……
と、大河は背中に、己の母親の畏まった声を聞いた。
「初めまして、高須くんのお母様。娘がいつもお世話お掛けしておりますようで、有り難うご
 ざいます」
 己の肩越しに見た母親は、やっちゃんに深く会釈。すると大河を抱き上げていたやっちゃん
は、床に大河をリリースすると、大河の母親に奇跡の三十四歳むちむち肌のすっぴん笑顔を輝
かせた。 
「初めまして大河ちゃんのお母さん! 竜ちゃんのお母さんのやっちゃんでーす! うっふー!
 こちらこそっ! 竜ちゃんが大河ちゃんに仲良くしてもらってますぅ! あっ、ここではぁ。
 魅羅乃〜って。呼んでくださいね☆」
 やっちゃんの屈託のない笑顔に、少々圧倒される母親は、眼鏡の奥にあるクールな瞳を不安
定に揺らすのだが、「大河ちゃんのお母さん、こっち〜」と、やっちゃんに促され、やっちゃ
んが座っていたのと、同じテーブル席に腰を下ろす。
 みのりんと竜児は隣の席に座っていて、どうやら大人席と子供席、二卓に分けているようだ。

「大河、早かったじゃん! こっちおいでっ! カモン!」
 みのりんがバンバン叩いた座布団が敷いてある長イスに大河は座ると、テーブルの対面に着
座する竜児は、相変わらず柄の悪い視線をギラギラさせて、やっちゃんにブウたれた。
「なあ泰子。開店した時から思っていたんだが、弁財天国でも毘沙門天国時代と同じ源氏名を
 名乗ってんのってどうかと思うぞ? 折角昼の仕事になっただからもっとその、……爽やか
 な感じにしたらどうだ?」
「あは? 竜ちゃん、だって〜。スナックの常連さんたちも来てくれてるし〜……」
 するとみのりんの頭上でピコ〜ン! と電球が輝いた。でもこういう時のみのりんは決まっ
て、たいしたアイディアを出さないのがデフォルトだ。
「っそーだ、魅羅乃店長! 当て字じゃなくって、カタカナでミラノって、どうすかねえ?
 垢抜けた感じになるんじゃねえかと思うんですけどっ!」
 熱く弁論するみのりんに、竜児は横槍。
「うーん、実乃梨よ。ほとんどの客が魅羅乃って当て字が、どんな漢字なのか知らねえと思う
 ぞ。つか、ミラノって名前だとお好み焼きってよりか、ピザが出てきそうじゃねえか。だい
 たい根本的な解決になってねえ」
 と、正論を返答され、「だ〜め〜か〜」と実乃梨は残念がり、指を鳴らす。隣のテーブルで
は「このお店、ピザ作れるんですか?」と、己の母親がやっちゃんに訊いて、困らせていた。
 その時。

「こーんにちわー! 魅羅乃さーん! うおおっ、既に皆さんお揃いでっ! 俺とした事が遅
 れをとってしまった……しかし俺はこの逆鏡に負けねえ! 盛り上がって、キター!」
 乱入と言っては失礼だが、それに近い感じで入店するなり、個性的過ぎる登場をするアラフ
ォーと見受けられる女性。一目瞭然、みのりんの母親だ。
「ちょっと、お母さん自重! お茶の間じゃねえんだからよ! てか、たとえお茶の間だとし
 てもハッチャケ過ぎだろ、そりゃ? さらに盛り上がってんの、お母さんだけだからよ!」
 真っ青になった顔面を真っ赤に滾らせ、みのりんが自分の母親に突撃。羽交い締めにして捉
えるのだが、みのりんの母親はスルリと技を抜け、娘の背後に回り込み、慣れ立た手付きでみ
のりんの腕を取る。「は、疾い!」「まだまだだな……」とか言いながら……。全く、この親
にしてこの娘あり。だ。


「ど〜も〜、みのりんちゃんのお母さ〜ん、いらっしゃ〜い! そうそう、紹介しますねぇ?
 こちらの方はぁ、大河ちゃんのお母さんでーっす! ホッピー出しといたからぁ。早速、竜
ちゃんに作ってもらって、乾杯しましょーよっ!」
 今の光速バトルをやっちゃんは笑顔でスルー。母親同士が軽く会釈を交わし、子供同士は微
妙に居心地悪そうに、恥ずかしそうに互いの顔を見合わせつつ、各自が席に着いた。
「ったく仕方ねえ……あの、俺。ホッピーすぐお作りしますから」
 淀みないスムースな手付きで竜児は氷をグラスに入れ、焼酎を注ぎ込む。そしてホッピーの
キャップを捻りながら「ここで混ぜねえのがポイントなんだ」と、未成年らしからぬ極意をひ
けらかす竜児。それをちょっとあんた……と思う大河は、隣のみのりんに同意を求めるように
チラ見すると、「ホッピーにレモン入れねえのは、お好み焼きにソース掛けねえのと同義……」
と、こちらも負けじと、トリビアを言い放つのだ。呆れたとばかりに大河はテーブルに肘を立
て、頬杖を突いた。
 そうしているうちに竜児特製ホッピーが完成。竜児はまず、みのりんの母親に差し出す。
「竜ちゃん、ありがとうっ! ……あ、そ〜だ! 大河ちゃんのお母さんさんも、竜ちゃんフ
 ァンクラブに入りませんか? 私が団長なんですけどっ、部員大募集中なんですよ!」
 オホホッっと、裏返した手の平を口にやり、トンでもない提案をして高笑いするみのりんの
母親。己の母親のキャラを十分把握している大河は、それは無い……と、思いながらも事の様
子を見守る……で、当然、真っ先に反旗を翻すのは、みのりんで、
「んだよそれ! 初対面の大河のお母さんに対して失礼でしょ? す、すいません節操のない
 母で……」
 と、みのりんは自分の母親の懐に飛び込み、無理矢理頭をネジ伏せる。しかし、己の母親は、
予想と一八〇度違う反応を示したのだ。
「部員……いいんですか? 私も竜児く……竜ちゃんのファンクラブに入部しても……」
 え、入部すんのかよ……子供達は、サトラレ化。三人頭の中で同じセリフを頭に思い浮かべ
る。でもまあ……確かに大河的には、みのりんと竜児の母親と仲良くしてくれるのは願ったり
叶ったりなんだが。
 ……なんだけど。

「ママ……ちょっと今日のママ、少し違う」
 と、素直に感想を述べる。でも、なるべくネガティブな言葉を使わないように工夫してみた。
すると母親は少しタバコ臭い口先を尖らせ、鼻先がくっ付くくらい顔を寄せてきた。
「そうね。それなりに自覚はあるわ。初めて逢うタイプの方々だし、こういう場所って普段、
 来ないし……いつもと違うものね。非日常的って言うのかしら? でもね、大河……」
 ワザとだろう。母親は顔を上げ、ひと呼吸置いてから、呟く。
「その方が面白いじゃない?」
 するとやっちゃんは腰を半分浮かして、グラスを笑顔の横まで持ち上げて、
「じゃあグラスも回った事だし! カンパ〜イ!」
 チーン! とキレイな音が響き、三人の母親は更に高く、グラスを掲げる。しかし大河の母
親は不思議そうな顔をして、グラスを見回し、クンクン匂いを嗅いだ後、結局ホッピーを口に
しなかった。
「あの、ホッピーって、ビールと違うんですか?」
 すると店長のやっちゃんが身振り手振りで母親に説明してくれる。
「そ〜か〜。ホッピーって、庶民の味だし。知らないですよね〜。ビール味の焼酎なんですよ?
 大河ちゃんのお母さんのお口に合うかな〜? もしかしてお好み焼き食べるのも初めて、な
 んですか〜?」
「そんな事、ありますけど……ホッピー、飲んでみますわ。んんんっっ? なんか薄っ……で
 も美味しいですわ」
 するとみのりんの母親が爆発したように同意する。そんな母親をみのりんはプールの恐い監
視員みたいに腕組みして睨みを効かせている。
「キャー!! ですよねえ? 竜ちゃんが割ってくれたホッピー、絶妙ですよねえ! 私、イ
 ッキ行きます! んぐんぐんぐっ……ぷっふあああっ! このチープなテイストがタマラン
 チ会長!」
「いやー! お母さん昼間っから暴走しないでー!! ってか、実の娘の前でマジで止めろっ
 つーの!」
 と、みのりんは娘の制止に構わず暴走を続ける母親にガッチリ、今度はチキンウイングアー
ムロック。「ギブ? ギブ?」「ン〜……ノウッ!」と、親子で牽制しあっている……いいコ
ンビだ。


 しかし同時に、自己流ながら、バーリトゥードに覚えのある大河は、みのりんの素早いポジ
ショニングを目の当たりにして、もし本気でみのりんと対決する事になったら、私など、瞬殺
させられてしまうであろう……そう本気で思ったりするのだ。
 そんなみのりんは、店内で「すいませ〜ん!」という他の客の呼びかけに気が付いた。
「おっと、こうしちゃいられねえ! 魅羅乃店長、私がホール入りますからっ! 母の日だし、
 母親同士ゆっくりしててください! 竜児くん、ゴメン。私、ちょっちオーダーに行ってく
 るわ」
 実乃梨は竜児にウインク。竜児も手を挙げて応えている。
 そんな気の効くみのりんを彼女にした竜児が大河は少し羨ましい。ていうか、みのりんを彼
女に選んだ竜児の千里眼は、ただ無用にギラギラして周りの人間を威嚇しているだけなんじゃ
なかったのだと感心する。そして竜児は、
「すまねえ実乃梨、少しの間ホール頼むな。おう? お義母さんのグラス、空じゃないっすか!
 イッキ飲みなんかするからっすよ! ペース早いんじゃないっすか?」
「へっへー。竜ちゃん平気っすよー! おかわり!」
 はいっ! と、目つき悪いバーテンダーは、オーダーを受け、ホッピーのおかわりを作り始
める。
「みのりんちゃんのお母さん、いい飲みっぷり! 大河ちゃんのお母さんもおかわりは?」
「ええ?ああ、まだ結構です。でも、あの、このお肉、おいしいですわねえ……」
 大河の母親は、お通しのチャーシューを完食する勢いで食べ始めていた。ホッピーも半分以
上進んでいて、どうやらB級グルメを気に入ったようだ。そんな中、竜児はホッピーを完成さ
せ、みのりんの母親に慎重に渡す。
「ありがとう竜ちゃ〜ん! あっ! お姉ちゃんもお好み焼き持って来てくれて、ありがと!」
 いつの間にかみのりんが具材を持ってきていた。髪を纏め、エプロンまでして完全にバイト
モードに突入している。
「お母さん、ホストクラブじゃねえんだから、竜児くんからもっと放れろって! はい、お待
 たせ! 弁財天国特製、モダン焼きでござるっ! まだまだ持ってくっからよ! 竜児くん、
 焼き係、4649!」
 みのりんは竜児にサムズアップ。竜児も同じようにして忙しそうなみのりんを見送った。
「おう実乃梨! ここは俺に任せろ!」
 そう言って竜児は腕まくり。早速、鉄板に水を弾き、予熱を確認する。そこで当然大河は手
伝わないのだが、話し相手くらいはしてやろうと考えたのだ。
「ねえ竜児、あんたはお店、手伝わないわけ?」
 竜児は器用に鉄板の上にコテで薄く油を敷きながら、大河に小さな瞳だけギロリと向けた。
そして再び視線を落とし、みのりんが持ってきた具材をシャクシャク掻き混ぜ始める。
「ん、俺か? 俺も実は開店当初、一度だけ店を手伝った事あったんだがな。そん時、焼く順
 序を間違ったり、手際が悪いお客さんを見つけちまうと、黙ってらんなくてな。その後は……
 想像通りだ」
 手際よく鉄板の上に焼きそばを落とし、解す竜児。その傍に生地を流し、程よく砕いたキャ
ベツと一緒にスプーンで伸ばし始める。ジュージューと音を立て、香ばしい匂いが辺りに漂う。
「はんっ! あんたらしいわ……あれ? 竜児、ケータイ着信してるわよ。気になるから早く
 出なさいよ」
 竜児は、ヘラでお好み焼きを器用に丸く形を整えながら、鉄板の横で激しく振動しながら微
妙に動くケータイに手を伸ばす。

「日曜日のこんな時間に一体誰だろ……もしもし……おうっ! なんだ、香椎か。どうした?」
 ピクッ! 竜児が口にした、同窓生の名前を聞いた大河の身体全体が耳と化す。
「旨い! もう一杯!」「わっはー! なんかもう酔っぱらっちゃったー!」「おっほほほっ!
可笑しいですわ!」……などと言う隣のテーブルで騒ぐ、酔っ払いの雑音などシャットダウン。
 ……大河は集中して竜児の声だけに聞き耳を立てる……

「おう? ……香椎か。駄目だ、今日はマズいって……ガマンしろよ……ああ、実乃梨と一緒
 なんだよ……だろ? ああ……分かった……俺もやりてえけど……明日、可愛がってやっか
 ら……じゃあな……よしっ」

 ピ! そして竜児は二つ折りのケータイを閉じる。今の会話の内容……大河的にのっぴきな
らない内容。もし浮気だったとしたら……つか浮気だろこれ。

 虎。私はかつてそう呼ばれていた。そして今、己の中の眠れる猛獣が、眼を覚ました。


「ねえ竜児……最近みのりんとイロイロと忙しくて、デートする時間がないとか。言ってたわ
 よねえ……分かっていると思うけど、間違っても、みのりんを泣かせるような事にないよう
 にね」
「な、なんだよ大河いきなり。おっかねえ顔して。そんな事、お前に言われなくったって、わ
 かってるって。てか、そんな事いうなら、俺からも言わせてもらうがな。北村が生徒会長で
 忙しくても、あいつを泣かすような事、するんじゃねえぞ? あいつ、しっかりしてるみて
 えに見えるけど、以外にデリケートなんだからな」
 この浮気野郎は自分の事を棚に上げてそんな事を言う。女をナメんなコラ。
「はあ? 何言ってんの? どの口がんな事言っている訳? そんな事、あんたに言われなく
 ても分かってるわよ、バカ竜児!」
 思い切り竜児の生意気な口を引っ張り上げる。これくらいで済んで有難いと思え。
「痛ってえええっっ! 痛えよ大河! 何すんだよ! 俺の皮膚はそんなに伸びねえんだよ!
 ……ったく、俺だってお前と同じだって! 実乃梨を泣かしたりなんかしねえよ……」
「へえそう? じゃあ、今の電話の内容は……」
 と、大河が糾弾の核心に近付こうとした、その時だった。

「竜ちゃ〜ん! 大河ちゃんと、ケンカしちゃ、らめ〜っ!!」
「おう泰子! らめ〜って、口が回ってねーじゃねえかよ! まだ早えだろ! てか、ケンカ
 なんかしてねえから!」
 やっちゃんが、大河と竜児の中に割って入ってくる。するとみのりんの母親もフォローに入
り……
「でも魅羅乃さーんっ! ケンカするほど仲がイイって言いますしっ! ……拳で語る、友情
 もあるんだぜ?」
 いや、全くフォローになってなかった。そんで、「でもお〜っ……」と、もじもじして指を
くわえるやっちゃんに、大河の母親は少し考えてから口を開いた。

「ツンデレ……? でしたっけ? ウチの大河は、調べてみたら、どうやらそのツンデレらし
 くって。ご子息の竜ちゃんに辛く当たるのは、その為なのではないかと存じますが……」
 すると、やっちゃんの顔色が明るさを急激に取り戻す。
「そっかー! じゃあ、竜ちゃんと大河ちゃんは、ケンカしてもいいんだ〜☆」
 なんとなく脱線してきた話の内容。しかしママ軍団の話題の中心になっている竜児は、さっ
きの小競り合いなど忘れたように、黙々とお好み焼きをクッキング再開。見事にヘラでお好み
焼きをひっくり返し、テーブル脇から「秘伝!」と書かれたソースを取り出した。
 もう少しで完成。なのだが、隣のテーブルでは相変わらず今度はみのりんの母親のトークバ
トルが繰り広げられている。
「私も知ってます! ツンデレって、みんなの前でツンツンしてるけど、二人っきりだとデレ
 デレしちゃうんですよねー? ウチのお姉ちゃんもっ、大河ちゃんの事、べた惚れで〜!
 大河は、ちっちゃくって、可愛くって、ドジっ娘で、萌える〜って! うっふー!」

 イロイロと突っ込みたい内容ではあったが、勢いづく酔っぱらいの戯言に絡めるほど大河の
話術は長けていなかった。てことで、もう少し様子を見る。
「そうです! そうなんですよ! ただ大河ったら、最近ずっとデレモード気味だったので、
 心配していたのですが……今ほど久しぶりに凶暴になってくれて、私、ホッとしましたわ」
「ママなんでホッとしてんのよ! それに私に変な属性付けないでくれるかしら?!」
 堪らず大河は口火を切る。が、眼下の鉄板では。何事も無かったかのようにお好み焼きにカ
ツオ節を撒いていた竜児が腰を浮かしてお好み焼きをハケで切り分けていた。
 ……すっごいソースのいい匂いに、ぐうぅぅぅぅ〜〜ぎゅるるるん……と、お腹が素直に答
える。
「おうっ! モダン焼き、焼けましたよ。あの、小皿回してもらっていいっすか?」
「うおおっ旨そう。食べたらまたホッピー進んじゃうねえっ!」
「有り難うございます。これがモダン焼き……とってもジューシーですわ」
「竜ちゃあん! やっちゃんもホッピーおかわりー☆」
 ……大河はこの会話の流れでやっと理解できた。結局の所、自分たちは、お好み焼きが焼け
るまでの時間つぶしでしかなかったのだ。途中でクッキングに没頭した竜児にはそれが分かっ
ていたのだろう。
 はあっ、と大河は大きくため息をつく。なんか疲れた。モダン焼きだって、そりゃあ美味し
いけど、イロイロと心労が重なった今日一日の精神的ダメージを治癒するにはほど遠いのだ。
そして、竜児になんか問いただそうとした案件も、なんの事だかすっかり忘れちゃったのだ。


「なあ大河……なんかスゲー事になってきてねえか? つか俺達、こいつらのオモチャにされ
 ている気がするぞ……とりあえず、こいつらが酔っぱらって、忘れねえうちに渡しとくか。
 アレ」
 竜児の言うアレとはモチロン、母の日用に三人で手作りしたプレゼントの事であろう。背も
たれに思いきりもたれ掛かっていた大河は、どっこいしょーいちっ! と、重い腰を上げる。

「そうね竜児。あんたにしては良い意見よね。ねーえー、みーのりーん! 竜児がもうプレゼ
 ント渡しちゃおうって!」
 大河が呼びかけた先、お盆を片手にレジ打ちしていたみのりんが、ちょい背伸びして、視線
をこちらに向けて来た。
「……円のお返しになりますっ、お確かめください! ご来店有り難うございました、またお
 越し下さーいっ!! ……って、なになに大河? もうプレゼント渡しちゃう訳?」
 そう言ってみのりんは、軽く汗ばむおデコをキラキラさせ、健康的な白い歯を晒しながら、
小走りに戻って来た。すると竜児はゴソゴソとカバンの中から手のひらサイズの小箱を三個取
り出し、大河とみのりんにそれぞれ一つづつ手渡した。
 それなりに賑わう店内、時間がない実乃梨は早速、プレゼントを母親に贈呈する。

「はい、お母さん。これどうぞ! ……ってか、おめーこっち向けよ! 神妙に受け取れい!」
「昼間っから飲むのって楽しいですよねー! おほほほほ、っほ?……お姉ちゃん何? え?
 プレゼント? うほっ! ありがとー! 開けていいかしら? いいわよね?」
 と返答を待たずに開封するみのりんの母親。ニコニコとする笑顔は本当、みのりんにソック
リだ。
「それ、俺たちが作ったケータイストラップです。よかったら使って下さい。泰子もほら。母
 の日のギフトだ。去年はヘアピンだったからな。今回はちょっと変えてみた」
 竜児もやっちゃんに小箱を差し出す。やっちゃんは、プリプリの頬を両手で挟み、

「や〜ん! やっちゃ……魅羅乃、うれし〜いっ! さっそく付けちゃお〜っと!」
 ワイのワイのと、さらに騒々しくなるテーブル。大河も隣のテーブルでデュポンのライター
で東京と大阪でしか売ってないと言っていたドイツ製のシガレットに火を着ける母親に近寄っ
ていった。

「ママ。プレゼント! 私も作るの手伝ったんだよ? へへっ、こういうの初めてだよね?」
 実際には竜児とみのりんが組み立てて、大河は箱に詰めただけだ。でも自分で言うのもなん
だけど、とっても綺麗に包装出来た。母親は少し驚いたような顔をするが、すぐに溶けたよう
な笑顔に変わる。
「ありがとう大河。なんかもったいなくて使えないわ。あら。それにこれには着けられないし。
 残念」
 と言ってケータイを取り出して宙にかざす。
「あっらー大河ちゃんのお母さんのケータイ、すっごい! アイフォーン?」
「いえ、ドコモなので。まあ、同じようなものですけど……そうだ大河。このケータイ、スト
 ラップ着けられないから、車のキーホルダーに着けるわね?」
 母親は、キーケースから柄の部分が分厚いポルシェのカギを一本抜き出し、大河たちが作っ
たストラップを取り付けた。そして店内の白熱電球にストラップをかざす。
「へえ? キレイね大河。虹色に光っているから、このクリスタル……スワロフスキーね?
 有難く使わせてもらうわ」
 満足そうな瞳を、ストラップから大河に移す。目が合った途端、親子は心から笑いあうのだ
った。

「よおおおおし! プレゼント貰っちまって、否が応でもテンション急上昇ですわコレ!
 つー訳で、もう一回! 乾杯しましょー! カンパ〜イ!」
 ……もう、みのりんの母親を止められる者は何人たりともいなかった。ホールに戻ったみの
りんも遠くで苦笑いしている。やっちゃんも己の母親も、お腹を抱えて笑い転げている……も
しかしたらこの場所が、世界中で一番盛り上がっているんじゃないだろうか……大河はそんな
己の母親の姿を眺めながらそう思い、そして、当惑する。
 大河は今まで何度か母親に同伴してパーティに出席した。政界、財界、芸能界からセレブを
集めた豪華絢爛なパーティだった。そこでの母親も、笑顔を浮かべていたのではあったが、今
目前で展開しているそれとは、明らかに異質なものだった。それはとても、なんていうか……
ぽかぽかしていた。



「なんか私も暑くなってきましたわ……上着脱いで本腰入れちゃおうかしら……」
「イエーイ☆大河ちゃんのお母さんスタイルいい〜っ! 呑みっぷりもいいけど、脱ぎっぷり
 も最高〜!」
 ……でもまあ、物事には限度ってものもある。頭を抱え込む大河。そんなカオス状態の渦中。

「おうっ完璧な出来だっ! 見ろ大河っ! 豚玉と牛玉、焼けたぞっ!」
 なんとこの変態家事マニアは、延々とお好み焼きを量産していたのだ。依然として隣のテー
ブルでは、ママ軍団が井戸端会議どころか、どんちゃん騒ぎを展開しており、大河は自分ひと
りだけおとなしくしているのがアホらしくなってくる。全く、こいつら全員マイペースにもほ
どがある。と、いう訳で、

「もーいいや、私知らない……っ! 喰っったるっ!」
 お酒が飲めない大河は食いに走るのだった。鉄板の上に踊る豚玉、牛玉たちに襲い掛かる。
「おう大河! そんな小っさい口で一気にガッツクんじゃねえ! ギャル曽根かよ!」
「フグっ……! うっさい竜児! 食事中に話し掛けてくんなっ! 黙ってお好み焼き焼いて
 ろ! 変態!」
「変っ! あーあーあー、こいつこぼしやがった……ったくよー! キレイなワンピースがシ
 ミになっちまうじゃねえか! MOTTAINAI!」
 竜児はお好み焼きに手をつけずに黙々と大河のスカートの裾の汚れをとりはじめる。やっぱ
り竜児は変態だ。お好み焼きが、こんなに美味しいのに、熱いうちに食べないなんて、それこ
そMOTTAINAIだろ。本当に、すっごく美味しいのに……。

 それは、大河が美味しいと思う訳は、擬乳パットの件で、朝から何も食べられなかったせい
もあるのだろうが、それだけじゃないだろう。

 それはきっと、ここにいるみんなの笑い声が醸し出す、「幸せ」のスパイスが、タップリと
混入されているからだろう。
 
 ……そんなクサイ事を大河は、思い浮かべていた。


***


 時は過ぎ、日付けは翌日の月曜日、時間は、昼休みである。
 誰もいない屋上への階段を、大河は腕組みしながら、ひとりで昇っていた。大河たちは今日
のように天気のいい日にはきまって、屋上に集合してランチを楽しんでいるのだ。
 しかし今、大河はひとりで悩んでいた。それは決してランチタイムに何食べようかという私
欲的な事ではなく、

「香椎奈々子……」
 思わず口から名前が出てしまった、それは、二年生の時のクラスメートのことである。
 昨日の母の日のパーティーが盛り上がり過ぎて、すっかり忘れてしまっていたのだが、大河
は帰宅してからずっと考えていた。弁財天国で竜児が香椎と電話をしていた。しかもなにやら
妖しい内容の電話を……
「馬鹿竜児め、一体、あの腫れ乳女と何話してたのかしら……やるとか、やりてえとか……」
 呪文のように、大河は妖しいセリフを小声で吐く。屋上への階段をテクテクと、段を進める
度、購買部で勝ち取ったメロンパンとイチゴ牛乳がポリ袋の中でシャカシャカと音を立ててい
た。そんな時。


「水色!」
 突然背後から聞こえたスカイブルー。それは今日、大河が履いているパンツの色だ。誰かに
見られた。慌てて大河はポリ袋でケツを隠す。
「のわあぁぁっ! 誰だ、この異常性癖野郎っ!」
 羞恥心で耳まで熱くした大河は、のぞき魔に全力で振り返る。すると階段の下に、無駄に整
った顔面パーツで、艶やかに笑顔を作る、八頭身の女子が視界に入ってきた。

「亜美ちゃんで〜っす! タイガー、下着見られたくらいで照れちゃって、柄にもなく、カワ
 イ〜んだ! つか、あんた今日一人なの? 珍しいじゃん。佑作は?」 
 サラサラと長い髪を掻き上げながら、川嶋亜美が大河に近づいてくる。己のケツのスカイブ
ルーの目撃者が、宿敵ながら、知り合いだった亜美だったのを知り、胸を撫で下ろす大河なの
だが、とりあえずワザと拗ねるような口調で応えてみた。
「北村くんは今日、ラジオの日だから放送室なの。みのりんは部活のミーティングだって。ば
 かちーこそ、いつも一緒の二人はどうしたのよ?」
 亜美は大河と目線を合わせる為か、大河の立っている手前の段で足を止める。そんな亜美か
ら漂う甘い薫りを大河はちょっぴり心地良く感じてしまい、なんとなく悔しい気がした。

「麻耶は能登くんと一緒に先に屋上行ってるわよ。奈々子は、さっきから探してたんだけど、
 何処にもいないんだよね。ケータイ繋がらねえし……ねえタイガー。あんたどっかで奈々子
 見かけなかった?」
 白く長い指先を口元にあて、亜美が大河に「?」な、視線を送る。しかし大河は亜美の質問
の内容よりも『奈々子』と言うキーワードに、小さな胸が、トクンと跳ねた。

「し、知らない」
 そんな大河の答えにさして期待していなかったのか、亜美は視線を宙に反らす。
「ふーん、そっか。そういえば高須くんもいないじゃん。あ、もしかしてっ、うっふー! 高
 須くんと奈々子っ、超あやし〜! ……なわけねーかっ」
 突然亜美は、ニンマリ妄想し、表情を崩すが、すぐにつまらなそうに紅い唇を尖らす。しか
し大河はそれをスルー出来なかった。
「そんな訳ない! 全然ない! ばかちー冗談でもそんな事いうな! 私、絶対そんなの認め
 ないから!」
 無意識に大きくなってしまった声量に、大河自身驚くのだが、もっと驚いたのは勿論、亜美。
「わ、分かったわよ。何ムキになってんのよタイガー……あんたもしかして何か心当たりでも
 ある訳?」
 思慮深い視線を送る亜美。動揺しているのを悟られないよう、冷静を装う大河だったが、

「……あルゥあっ! ……ない」
「あんたウソつくの下手ねー……ちょっとそれってマジ? 実乃梨ちゃんその事知ってんの?」
 しまった。よりによって一番ゴシップ好きの、一番信用出来ない奴に知られてしまった。大
河は懸命に弁解する。
「みのりんは知らないと思う……ってか、だからっ! 昨日、竜児がおっぱいお化けと、ケー
 タイで話ているとこ見ただけなの! まだ真実は分からないの!」
 叫んだ。その声は階段に共鳴する。
「おっぱいお化けって、あんた……なーんだ。つまんねえの。だいたい、それだけで高須くん
 と奈々子疑るなんて、あんたの了見どんだけ狭いのよ? 電話するくらい普通じゃね? ん
 まあ、ちょっとは不自然だけどさ」
 亜美は長い睫毛を伏せ、思いの外、常識的な意見を宣う。しかし電話の内容を知っている大
河は、やはり納得出来なかった。

「……ばかちー、階段だと声が響くから、屋上行くよ。あんたも、私が聞いた電話の内容聞け
 ば、少しは考えを改めるでしょうよ……」
 そう伏し目がちに答える。亜美の顔色が少し変わっていた。
「本当に? ……分かったわよ。じゃあタイガー。相談乗ってやるから、とっとと屋上行きま
 しょっ」
 そう言って亜美はカモシカのような長い脚で、大河を追い越し、スタスタと階段を登ってい
く。で、大河はさっきの仕返し。

「ピンク! 意外にばかちー、カワイイの履いてんのね。遺憾だわ」
 亜美は、真っ赤な顔で大河に振り向く。
「うっせーよ! モデルがピンクのパンツ履いちゃいけねーのかよ! つか、声響くんなら、
 でっけえ声で、んなこと言うんじゃねーよ! 黙って着いてこいっ!」

 なんだ自分だって恥ずかしいんじゃん……ほくそ笑む大河。なのだが。そうして二人は水色
とピンク色のパンツを全開で晒しながら、誰もいない階段を登っていった。

「あれ? この扉開かないじゃん。鍵掛かってんのかな? 怪力担当、ヨロ」
 亜美は屋上の扉のノブをガシガシするが、ビクともせず、すぐに諦め、一歩引いて、大河に
バトンタッチする。
「怪力って、あんた人の事……んん? 本当だ。こりゃあアカン」
 大河は扉の前で、脚を踏ん張り、ノブが引っこ抜けるほど力を入れるのだが、やはり扉は開
かなかった。どうやら外から鍵が掛かっているようだ。
「タイガーこんな時につまんねー駄洒落言ってんじゃねえよ。ん? 階下から誰か来た?」
「どれ? ……ほああっっ! 竜っ! ムギュッウ!」
 階下にいた二人組を確認するなり、大河は亜美に口を手で塞がれ、屋上の扉のそばにあった
ロッカーの中に放り込まれる。大河は直ぐさま亜美に文句を言おうとするも、亜美もラッシュ
アワーの満員電車よろしく、大河にケツアタック。大河は亜美と一緒に狭いロッカーの中にな
だれ込むように押し込まれてしまった……そして、
 パシャン!
 亜美がロッカーの扉を閉める……そのまま二人は、狭い空間の中でさも抱擁するような格好
になる。亜美は階下に現れた二人組から隠れたのだ。大河は最低限のボリュームで亜美に話し
掛ける。
「ば、ばかちー見た? 今、階段の踊り場に、竜児とエロボディーが一緒にいたぁっ!」
 真っ暗なロッカーの中で亜美の声が響く。
「エロボ……だから奈々子でしょ? 見たわよ。どうやらあんたの話、満更でもなさそうね。
 つか、タイガー黙って……静かに」
 ぎゅうっ、と亜美に抱きしめられ、大河の顔面がマシュマロのように柔らかい亜美の乳に埋
まる。なんかもう大河は、その気持ち良い感触と甘い匂いで、どうにかなりそうになってしま
うのだが……これはみのりんの為、そして自分の為。延いては恋する全ての女の子の為……と、
一念発起。「ケツ揉むなっ」と、亜美に小言を言われるくらいに気を引き締めるのである。

 そして大河は、真っ暗なロッカーの中で意気を潜め、獣のように聴覚を研ぎ澄ました……。

『おうっ? 何か今、音しなかったか? 気のせい、か……』
『誰もいないよ? 高須君。それよりさ、今思ったんだけど、私たちが二人だけでいるの誰か
 に見られたら、マズいんじゃないかな? 私ここにいるから高須くん先に屋上行ったら?」
『そうか? でも実乃梨は部活だし平気だろ? たまたまそこら辺で出くわしたって事にして
 もいいし、マズくもウマくもねえよ』
『違くてさ。亜美ちゃんとタイガーは、実乃梨ちゃんと仲良いでしょ? 人づてに聞いた話っ
 て変に誇張されるし、もしそんなウワサが広まったら、高須君に迷惑掛けちゃうんじゃない
 かな? それにそれが理由で、高須くんに相手してもらえなくなくなっちゃったら私、寂し
 いなあ……我慢出来ないかも。でも高須くん。今日も相手してくれてありがと。さっすが高
 須くん。私、ふふっ……満足しちゃったぁ』
『それはよかったな香椎……ったく、お前すげえよな。普通じゃねえよ。俺だって弱い方じゃ
 ねえのに、まさかこんなに早く……しかも昼休みだってのに二回戦もヤッちまった』
『うふ? 高須君もたいしたものだよ。私相手に十分も持つなんて。二回目は十五分くらい?
 他の人ともシタことあるけど……その人はもっと早かった。私が盛り上がる前に終わっちゃ
 って……でも、高須くんは愉しませてくれる。私たち相性イイ。かもね?』
『そうなのか? そっか。でもいきなり金を挟まれた時は焦ったな。お前いろんなテクニック
 知ってるんだな。俺の玉が速攻で撃沈しちまったよ。香椎のスタイルは『攻め』だよな』
『そんなことないかな『受け』も好きよ? 今日はお昼休みだし、時間もなかったから、高須
 くんの事一気に『攻め』ちゃったけど。時間があるときは、うん。じっくり……するかな』
『俺は遠慮しとく。香椎くれえ熱気ムンムンなオンナ相手に、じっくりなんかされたら精神的
 に持たせる自信がねえ。まあ、どうしてもヤルってんなら、ハンデつけてもらわねえとな。
 そうだ、あの左右にブンブン動かすアレ。アレは無しだ。反則だ。強力過ぎるだろ、ほとん
 ど飛び道具じゃねえか』
『アレ? ああアレね。そう、お父さんが好きなんだ。アレ』
『お父さん? ……そっか。そういえば香椎も片親だったよな。ウチと一緒だ。二人暮らし』
『うん。私が小学校五年生くらいだったかな? その位の年齢って、もうプレイするのに充分
 じゃない? その頃から毎晩……お父さんの相手をしてたんだ。初めてのときはどうしてい
 いか分からなくって、焦っちゃったけど、お父さん優しく教えてくれたな。私、まだ小さか
 ったけど、お父さんに必要なんだと思われて嬉しかったのかもね。再婚しなかったし、やっ
 ぱお互い、寂しかったかも……』
『……ウチは泰子とそういうのはねえけど香椎……気持ちはわかるぞ』
『ありがとう。そういう高須君って、いいよね。実乃梨ちゃんが、羨ましい』
『香椎、お前……』
『いいんだよ高須君、気にしないで。私は高須君が暇な時に相手してくれるだけで充分満たさ
 れているから。でもやっぱり実乃梨ちゃんに悪いなあ。……三人でヤル?』
『なっ……だから俺は遠慮しとくって! だいたい三人でどうやってヤルんだよ? 一人は応
 援でもすんのか? そんなことしたら朝までヤルことになるだろうし、精神的どころか、肉
 体的にも持たせる自信がねえよ! まあいい香椎。じゃあ俺、先に屋上行くからな』

 タッ、タッ、タッ。階段を昇る音が大きくなる。カクカクと震える身体を抑え、ロッカーの
中の大河は、暗さに慣れた眼を見上げると、カタレプシー気味に無表情の亜美が、何度も観た
ファッション雑誌の彼女のように微動たりせず、しかし紅い唇だけは小さく揺れる。

「タイガー、扉の前に高須君来るよ。どうする?」
 そして竜児が屋上の扉のノブをガチャガチャ操作する音が聞こえる。「あれ? 開かねえ」
とか言っている。竜児が今、目の前にいる。……どうしてくれよう。大河が真っ先に思い浮か
んだのは……。

「殺すっっ!!」

 バアンッッ!!!
 大河はロッカーの扉を蹴り跳ばし、フルオープン。ロッカーにあったモップを得物に、大河
は竜児の脳天をカチ割ろうと、モップを上段に振りかぶるのだが……そこにいたのは竜児では
なかった。

「っきゃあああっっっ!! タイガー、何何? それ危ねーってそれ! あれ? 亜美ちゃん
 も一緒に恐い顔して、どうしたの?」
 そこには、サラサラな髪を生やした頭を両手で防御する木原麻耶と、黒縁眼鏡の下に真っ青
な顔を晒た能登久光がフリーズしていた。木原と能登の背後で屋上の扉がブラブラとスイング
しながら開いている。
「あ、あ、あ! わかった扉でしょ? ごめーんタイガー! 今、能登とさー、屋上で二人き
 りだねーっとか言って、冗談で鍵閉めたら、何か知んないけど開かなくなっちゃってねっ?
 ウッソー!って感じになっちゃって、今、能登に思いきり体当たりしてもらったら、やっと
 ……あれ? ウソ? あははははっ! 高須くんが、どうして階段の踊り場で倒れてんの?
 鼻血とか出して、超ウケるんですけどー!」
 腹を抱えて笑う木原の人差し指が示す先、階段の踊り場のタイルの上で、開いた扉に跳ね飛
ばされた竜児が車に轢かれたカエルのように大の字で伸びていた。木原の隣にいた能登は、そ
んなピヨピヨ状態の親友を見てパニクってしまう。
「うわー大丈夫ーっ高須ーっ! 大丈夫ー? 俺、保険室連れて行くよー!」
 能登は大慌てで階段を駆け降り、竜児をおんぶして「死ぬなー!」と加害者にも拘らず、泣
き叫びながら保険室へと消えていった……。

 それを呆然と見送っていた木原が、竜児が倒れた事故現場の足元に小さな木片を見つけ、拾
い上げる。
「あれ? コレって高須くんのポケットから落ちたよねえ。何コレ……将棋の駒? 香? は
 いタイガー、高須くんの遺品。あげる」
「え? ……うん」
 遺品と呼ぶには随分と早計だが、大河は木原から将棋の駒を受け取った。
 ……なんで竜児はこんなものを。それに『香』って何だろう……まさか香椎の『香』ではな
かろうか? そこまで竜児は巨乳の誘惑に溺れてしまったのか……? みのりんだって、そこ
そこおっぱい大きいだろうに……混乱している大河の脳ミソは、そんな余計な勘ぐりもしてし
まうのだ。
 すると、知らぬ間に階下まで降りていた亜美が階段を駆け上がってくる。
「あっれー? まーた奈々子いなくなっちゃった……ねえ、ちょっとタイガー、あんた、ぼー
 っとしちゃって大丈夫?」
「うん……へーき」
 ありがと……と、つい大河は亜美にそんなセリフを漏らしてしまった。それに亜美は、少し
驚いた表情を見せるのだが、軽いため息と、笑顔をこぼした。
「やめてよタイガー、あんたらしくないじゃん。雨降っちゃうよ。まあ、高須くんはKOされ
 ちゃったし、奈々子も見当たらないし……もう確かめようがないわね。奈々子にはあたしが
 帰りにさりげなくに訊いてみるからさ。あんたもまだ高須くんの浮気現場抑えた訳じゃねえ
 んだし、最終的には実乃梨ちゃんに相談してから考えよ。あー、てか、お腹空いちゃったよ
 ねえ? とりあえず屋上でランチしましょ?」
 ね? と、亜美に優しく促され、コクンと頷く大河。えー何それ? と騒ぎ立つ木原を亜美
は軽く笑顔でかわした。

 竜児に天罰が下った。大河の代わりに神様が能登の身体を使って竜児を懲らしめてくれたの
であろう。ひとまずトドメを刺すのを諦め、大河は亜美と木原と一緒に屋上へ出た。

「うわーっ亜美ちゃん! 風が気持ちーねー?」
「そうねー麻耶。でもちょっと強くね?」
「あ、ねえばかちー。あそこ。雲、大っきい」
 大河は風上を指差す。その先の遠くの空には暗雲が立ち籠めていた。



──To be continued……




89 ◆9VH6xuHQDo sage 2010/06/07(月) 00:04:40 ID:3SGjqYnN

以上になります。お読み頂いた方有り難うございました。
次回、スレをお借りさせて頂くときは、職人様のお邪魔にならなければ
なるべく今月中に投下させて頂きたく存じます。
失礼いたします。


72 ◆9VH6xuHQDo sage 2010/06/06(日) 23:37:00 ID:3SGjqYnN
流れ切って申し訳ございません。投下させて頂きます。

内容は先々月投下させて頂いた。M☆Gアフター6の続きです。

題名 * M☆Gアフター8(前編)
時期 * 三年生の五月。第2日曜日。母の日。
設定 * 竜×実付き合って十一ヶ月。
物量 * 十四レスになります。
注意 * 原作とカップリングが違うので、みの☆ゴン未読ですと不快かもしれません。
     また主要キャラの母親が出て来ます。独自の解釈でのキャラ設定なので違和
     感あるかもしれません。今回はエロなしです。次回で描写する予定です。

容量あるので、のんびり目に投下致します。宜しくお願い申し上げます。

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