竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - きすして7(上)


49 きすして7(上) sage 2010/03/17(水) 23:25:27 ID:VIfzVF5c






 ん、あ、あっ… あんっ、

 キシキシとベッドが軋む。
 
「…ぅくっ、あんっ、っああ…」
 大河の小さな身体がぐっと仰け反り、次の瞬間、
「はぅんっ…」
 ぐったりとベッドに沈む。肩をゆらしマシュマロの様なやわらかく慎ましい乳房を震わ
せてがら息をつぐ。竜児は大河の細い腰に手を添えて、ずり上がってしまった大河の身体
を自分の方へと引き寄せた。
「大河…もう、いっちまう」
「…うん、きて。私も…もう…」
 
 ずちゅ… 淫らな音を立てて竜児の固いモノが大河の熱く蕩けた肉を貫く。

 …んあぁっ 

 一番奥を叩かれて大河の視界は白く濁る。竜児が腰を引くと掻き出された蜜がぴったり
と竜児をくわえ込んでいる桃色のヒダをとろとろに濡らす。頭のところが露わになるギリ
ギリまで引き抜き、そして一気に突き入れる。

 …うぐっ、くふっ、あんっ、あっ、んんっ、んあ…

 竜児はペースを上げていく。二人は意識のヒューズを焼き切るように激しく愛し合う。
ぬらっと愛液で光るモノがぐちゅぐちゅと淫らな音を立てて幾度も大河の中を探りかき混
ぜる。

「だ、だめ、…っく… りゅ…」

 ぐんっ、と大河の背中が仰け反る。その動きの所為で深々とつながった部分からさらに
強い刺激が生み出されて意識が飛ぶほどの快感が頭蓋の中で暴れ回る。ひくんひくんと竜
児を締め付け、きて、きて、と催促する。

 うっ… 竜児は低く呻き、腰を一気に沈めて大河の一番深いところまで突き入れた。

 高い喘ぎ声と低い呻きが重なりあう。精液をコンドームの中に吐き出しながら竜児は大
河の中で跳ねて暴れる。
「…くぅっ、あっ…」
 大河の小さな手が竜児の腰を自分の方に引き寄せる。もっと奥に、もっといっぱい、と
でも言いたそうに大河は潤んだ瞳で竜児を見る。はぁはぁと辛そうに息を継ぎながら頬を
上気させて竜児を眇める。

「りゅぅ…、だぃ…て」

 それに応えて竜児は大河の身体を包むように覆い被さり、器用に肘で自分の身体を支え
ながら大河の背中を抱いた。余韻にびくびくと暴れる華奢な身体を抱きすくめると汗で
しっとりと湿った肌と肌が貼り付いて驚くほどの熱が伝わってくる。
 大河も細い腕で竜児の身体を抱きしめる。そうしていると徐々に大河の身体はおとなし
くなり、そして、竜児を抱きしめていた腕から力がぬけて、ぱたんとベッドの上に投げ出
された。竜児は大河を抱く腕をゆるめて身を起こし、ゆっくりと大河の中から引き抜いて
ゴムを外した。


「きつかったか?」
 大河はふるふると首を振る。
「ううん、大丈夫。けど、なんかすごかった」
 それは竜児にとってもそうだった。
「そうか。俺も」
「ふふ、もう一回する?」
「いや、もう無理。できなかないけど、やってるだけになっちまう」
 今のが三回目だった。二回目の後、抱き合ってイチャついていたら盛り上がってしまい
ラウンド3になだれ込んだのだった。
「そうよね。私ももう無理。くたくた」
 試験があったり女の子の日がやってきたり陸郎が来襲したりで三週間ほども間があいた
所為で今晩の二人の行為はまるっきり貪り合うみたいだった。二人が二人ともそんな風に
愛し合いたいと思っていたからこそ、そうなったのだがこんな事は、つまり一晩に三回も
してしまう事は希だった。

「すっかり汗かいちまった」
「私も。ね、お風呂、追い炊きにしといて正解だったでしょ」
「ああ。先に入ってこいよ」
 そう言うと竜児はベッドから降りてドレッサーの引き出しからヘアクリップを取り出し
た。その様子を見ていた大河はおずおずと身体を起こして、腰の下に敷いていた愛液のし
みこんだバスタオルで胸を隠す。
 竜児は部屋の灯りをつけてベッドに戻り、大河の粟栗色の髪をアップに整えた。
「一緒に入ろ。もう、眠いでしょ?」
「まあ、そうだけどよ。狭いだろ?」
「いいわよ。狭くても。つかるだけなんだから」
 大河はベッドから降りて、竜児の手を引いた。


 二人は並んで湯船に浸かった。休息を求める身体にぬるめの湯が心地良い。特別大きな
バスタブでは無いから湯舟の中で裸の身体と身体が触れ合い重なり合う。けれど流石に三
回もした後とあっては二人ともそういう気分にはならなかった。大河は竜児の胸に身体を
あずけて気持ちよさそうに息を漏らした。

「ふーっ、たまんねぇな」
「へへっ。でしょ。やっぱシャワーよりこの方が気持ちいいもん。一緒に入れるしね」
「ま、効率的だな」
「分かってないわね」
 ぷいっと大河はそっぽを向いて竜児にうなじを見せた。
「へ?」
「ホントはさ…」
 横顔を竜児に見せてぽそぽそと話し始める。
「エッチの後って朝起きるまでずぅーっと一緒にいたいのよ。けど、順番にシャワーを使
うと竜児が後でしょ。竜児が出てくるのを待ってるのがさ、結構、寂しいんだよね」

 きゅんとした。

「お前、かわいいな」
 竜児は赤く染まった可愛らしい耳に囁いた。
「ばか」と小さく言って大河はもう一度竜児の胸に身体をあずけた。



「なあ、大河」
「うん?」
「やっぱ、結婚式って挙げるのが普通なんだな」
「奈々子のクリスマスカードのこと?」

 終業式が終わったあと奈々子から渡されたクリスマスプレゼントにメッセージカードが
添えられていて、それには、

『メリー・クリスマス&結婚、おめでとう。
   二人がずっと一緒にいられるように祈ってるよ』と綴られていた。

 二人とも奈々子が祝福してくれた事は素直に嬉しかった。秘密にしてはいるが、でも本
当は親しい友人達には結婚したことを知らせたかったというのが二人の本音でもあるのだ。
しかし、メッセージには続きがあって、

『結婚式には絶対に呼んでね』と。

「ああ。なんか、フツーやるでしょ的な感じだぞ。あの書き方」 
「まあね。普通、やるもんでしょ」
「だよなぁ。川嶋も結婚式を挙げるもんだと思ってんだろうな」
「でしょうね」
 
 むぅ… と、竜児は唸ってしまう。
 大学受験を間近に控えていて式の準備をする暇なんてないのである。少なくとも前期試
験の結果が出る二月下旬まではお勉強と体調管理に努めなければならないのだ。
 それ以前に、結婚したとは言え、高校生、高須竜児は無収入である。それでも夫婦で生
活できるのは二人の母親達が経済的に面倒を見てくれているからだ。賃貸マンションの家
賃は大河の母親が負担しているし、生活費は泰子と大河の母が半分ずつ負担している。こ
れまでの二ヶ月の経験からいけば、それは二人が暮らすには十分な金額ではあったけれど、
結婚式を挙げられるほどの経済的な余裕も蓄えもないのだ。

「でもさ、別にすぐじゃなくてもいいでしょ。竜児が稼いでくれたお金で式を挙げられる
ようになってからでいいじゃない」
「随分先になっちまうぞ」
「五年ぐらいでしょ。五年経ってもまだ二十三だもん」
 それでも今のゆりちゃんより全然若いんだから、へっちゃらよ。なんて言いいながら大
河は微笑んだ。竜児は微笑んで応えたけれど、その表情は冴えなかった。

「ねぇ、竜児。あのさ、サムシング・フォーって知ってる?」
 横顔を見せながら大河は言った。
 竜児は彼女の意図が分からず怪訝な表情。
「サムシング・フォー? フォーって数字の四か?」
「そ、数字の四。F、O、U、R」
 大河は『ちゃぷ』と音をさせて湯の中から広げた右手を出して親指を曲げた。そして、
人差し指から一本づつ指を折り数えながら説明する。
「何か一つ新しいもの。
 何か一つ古いもの。
 何か一つ借りたもの。
 何か一つ青いもの。
 あわせて四つ。だからサムシング・フォー」


 それに何の意味があるのか竜児には全く分からない。
「全然、わかんねぇ」
「だめねぇ」言いながら大河は横目で竜児を見る。
「サムシング・フォーは結婚式のおまじないよ。その四つを花嫁が身に着けると幸せにな
れるっていうおまじないなのよ」
「へぇ、そんなのがあるのか」

 新しい物、古い物、借りた物、青い物。
(Something new, Something old, Something borrowed, Something blue)

『何か一つ古いもの』

 竜児はそのキーワードである出来事を思い出した。
 それはゴールデンウィーク前の事だった。

『やっちゃん、古いアクセサリー持ってない?』

 大河にそんな事を聞かれたのだ。竜児は泰子から園子の指輪を譲り受け、それを大河に
渡した。アクアマリンがはめ込まれた銀色のリングは今も大河のお気に入りだ。

「古いものって泰子の指輪か? ひょっとして」
「うん。あたり」
「当たりって、お前…」
「新しい物はコットンのパジャマ。借りた物はレースの飾りがついたシュシュよ」

 そこまで言われて竜児は確信した。大河は『初めての夜』の事を言っているのだと。
 おいおい、冗談じゃねぇぞ。竜児は心の中で呟く。

「後は青い物なんだけど…」そこまで言って大河は口ごもった。
「青い物だろ。青いもの、青いもの…指輪の石か? でもあれは青っていうより水色だ
もんな」
 竜児は目を閉じてあの夜の大河の姿を必死に思い浮かべる。
「ダメだ。わっかんねぇ」
「でしょうね。青い物は目立たないところにつけなきゃだめなのよね」
「目立たないって言ってもなぁ」
 そこまで言われても分からない。全部、脱がせたんだから目立つも目立たないもねぇよ
な、と竜児は心の中で呟く。
「あのね。正解はショーツの刺繍」
 恥ずかしげにぽそぽそと大河は言った。
「そんなのアリかよ?」
「アリなのよ。あれでサムシング・ブルーはオッケーなの」

 そろってしまった。
 サムシング・フォーが結婚式のおまじないなら、それはつまり、あの日、大河はその決
意を固めて自分のところにやってきたと言うことだ。『ちゃんと、彼女になる』どころの
話ではない。初めて身体を重ねたあの日、大河は妻になる決意をしっかり固めていたのだ。

「てことは。あれは、結婚式だったんだな?」

 大河は竜児に表情を見せずに頷いた。


 ウェディングドレスはコットンで…
 タキシードはリネンで… けれど、

「ったく。全然、気がつかなかった」
 大河は、ふふっ、とはにかんで、
「でしょうね。いいのよ。言わなかったしね。でも竜児はさ、ちゃんと約束してくれた
もんね。ずっと私と一緒にいてくれるって」
「ああ、したさ」
 竜児ははっきりと答えた。
「どんな時でも。楽しい時も、辛い時も、ずっと傍にいてくれるって…」

 それは宣誓以外の何物でもなく…

「約束してくれたもの。
 それだけでね、もう十分よ。
 結婚式って、そういうものでしょ」

 それは確かに結婚式だったのだ。

 大河は身体を捻って、竜児にかるくキスした。
「あがろ。のぼせちゃうわ」
「お、おぅ。そうだな」
 湯船から出た大河の桜色に染まった肌を水滴が滑り落ちていく。
 華奢で小さな裸体は、肩から背中、細い腰からきれいな形のヒップへと連なる美しいラ
インで構成されている。くるりと振り向くと、小さな顔、小振りだけれどきれいに盛り上
がった乳房、滑らかな肌で包まれ無駄のないラインで描き出される胴が露わになる。
 竜児の目は彼女の姿に釘付けになる。何度見ても見飽きない。
 しかし、困った事に、

「ジロジロ見ないでよ、恥ずかしいから。あっち向いてて」

 相変わらず、明るいところでじっくりとは拝ませてもらえないのだった。
 竜児がそっぽを向いている間に大河はそそくさと脱衣所に逃げ込んでショーツとパジャ
マを身につけた。「いいわよ」という大河の声に「おぅ」と応えて竜児は湯舟の栓を抜い
た。
 それから、二人は床につき、ものの数分で大河はすぅすぅと寝息を立て始めた。大河の
寝息を聞きながら竜児は目を瞑ったまま眠れずにいる。

 眠れずに、物思いにふけっている。

『結婚式…か』

 大河は『稼げるようになってからでいいよ』なんて言ってくれているけど、それが本音
じゃないことぐらいは分かる。そんな豪勢な式を挙げるわけじゃないから義母さんに頼め
ばそれぐらいのお金は融通してもらえるだろう。でも、大河はそうしない。


 きっと、俺に金の話をさせたくないのだろう… 竜児はそう思った。

 それでなくても金がかかることばかりなのだ。受験にしろ、大学に通うことにしろ、祖
父母の家への引っ越しも、なにから何まで金がかかる。仕方の無いことだし、それだって
自分で選んだ事なのだ。それなのに、竜児はそれに負い目や罪悪感を感じてしまう。
『ありがたいことだ』で済ませれば良い物を、『俺はダメだな』にしてしまう。どうにも
そのダメっぷりが自分の父親に重なるようで、竜児はそれが情けなくてたまらないのだ。

 大河はそんな自分の気持ちを察して金の話を避けてくれている。竜児はそう思う。

 金の事だけじゃない。結婚して、それを皆に隠して過ごし、受験を間近に控え、そんな
さなかに陸郎が現れて… もう、竜児的にはギリギリだった。
 それを大河に悟られてしまっていることも情けないのだけれど、それでもその心遣いが
竜児には嬉しかった。

 耳を澄ますと安らかな寝息が聞こえてくる。

 もっと、上手く出来たら… もっと、上手に自分と付き合えたら… 
 気を使わせてばっかりで、ごめんな… と、竜児は心の中で呟いた。

『結局、結婚式が挙げられないのは俺の気持ちの問題なんだよな。
 結婚式はアレだけど、指輪はなんとかしてやんねぇとな。それぐらいなら…』

 そこまで考えたところで竜児の意識は眠りに落ちた。

***

 翌日、竜児は家の掃除を大河に任せて泰子のアパートを訪ねた。
 竜児は週に一、二回、泰子のアパートに行き掃除や洗濯をしているのだ。竜児がそんな
ことをしなくても泰子はそれなりに家事をこなせるのだが、それでも竜児は街を離れるま
では泰子の身の回りの世話をしたかったのだ。
 竜児はアパートの外階段を上がり部屋の鍵を開けて中に入った。泰子はまだ寝ているら
しく、部屋の中は物音一つせず、インコちゃんのカゴにも布が掛けられたままになってい
る。

「ったく、もう九時半過ぎだってのに。まあ、しゃあねぇか」
 泰子は根強いファンからのラブコールに応えて今でも月一回ほどのペースで魅羅乃
ちゃんをやっていて、昨夜は毘沙門天国のクリスマスパーティーを手伝っていたはずなの
だ。本業もあるからそんなに遅くなることは無いのだが多少の寝坊はしかたない。それに
今朝は竜児もお寝坊さんで泰子に偉そうに言えた義理じゃ無かったのだ。

 竜児は台所や風呂場を一通り見て回った。洗濯物は溜まっていないし部屋もきれいに保
たれている。気になるところも無くはないが、それは竜児の要求レベルが不必要に高いた
めだ。

 まずは朝飯だな。



 竜児は冷蔵庫を開けて中身をチェック。豆腐発見、冷凍ご飯発見、鮭の切り身に、卵も
ある。マイエプロンを身につけたら準備完了。朝食作りにとりかかる。
 静かだった部屋の中がにわかに賑やかになる。鍋の中で湯が煮立ち、まな板を包丁がた
たく。フライパンの上に落とされた卵が派手な音を立て、グリルの中で炙られた鮭の切り
身がぷつぷつと油の粒を浮かばせる。

「おはよ〜、竜ちゃん。来てたんだ」
 ジャージ姿の泰子が眠そうに目をこすりながら部屋から出てきた。
「おぅ、おはよう。すぐ出来るから顔洗って来いよ」
 竜児は背中を向けたまま言った。同時進行している味噌汁と切り身と目玉焼きから目が
離せない。
「は〜い」ぱたぱたと足音をさせて泰子は洗面所へ。
 電子レンジがピーピーと鳴いてご飯の解凍が終わったことを知らせてくる。

 泰子が居間に戻るとすでに一人分の朝食がちゃぶ台に並べられていて、竜児は鍋やフラ
イパンの後始末をしていた。
「あれ〜、竜ちゃんの分は?」
「ああ、食ってきた。ちょっと寝坊しちまってな」
 泰子は一瞬きょとんとして、それから溶けるように微笑んだ。
「ふふふっ。ラブラブだね。竜ちゃん」
 ぼっ、と燃えるように竜児の顔は赤くなった。
「ばっ、バカ言ってねぇで、さっさと食え」
 竜児はぶっきらぼうに言って泰子に背を向けると鍋を洗い始めた。
 泰子はそんな竜児の背中に微笑んで、「いっただっきま〜す」と明るく言った。


 朝食を済ませた泰子と後片付けを終えた竜児が玄米茶をすすっていると、アパートの前
にトラックが止まる音がした。さすがの安普請、悲しいぐらいに外の音が良く聞こえる。
カンカンと外階段を上がってくる音に、「あっ、宅急便くるんだった」と言うが早いか泰
子は立ち上がり玄関へ向かった。呼び鈴が鳴ると同時にドアを開けると配達員が一抱えも
ある段ボール箱を抱えて立っていた。
「竜ちゃ〜ん、手伝ってぇ」
 泰子に呼ばれて竜児は玄関へ。
「随分でっけぇ荷物だな」
 竜児は表情を強ばらせている配達の青年から段ボールを受け取った。泰子が伝票に印鑑
を突くと、青年は「あ、ありがとうございましたぁ」と言い残し逃げるように去っていっ
た。
「見た目の割にすげぇ軽いな」
 竜児は泰子がすっぽり納まりそうなほどの箱を軽々と抱えて言った。
「これ、何なんだ?」
「えー、竜ちゃん知らないの?」
「知るわけねぇだろ」
「でも、これ、竜ちゃん宛てだよ。大河ちゃんのお母さんから」
「え?」竜児は箱を床に置いて貼り付けられている伝票を見た。
「本当だ。俺宛だ」と竜児は呟く。
 しかし頭の中は疑問符だらけ。荷物を送るなんていう連絡もなかったし、どうして泰子
のところに送ってきたのかも分からなかった。
「開けてみたら? 手紙とか入ってるかもしれないし」
「そうだな。眺めててもしょうがねぇよな」


 竜児はカッターで丁寧に梱包テープを切って箱を開けた。中には真っ白い化粧段ボール
の箱と、見覚えのある文字で『高須竜児様』と書かれた封筒が入っていた。封筒には二枚
の紙が入っていて、一枚は手書きの便箋、もう一枚はプリンターで印刷されたものだった。
竜児は便箋を手にとり広げた。

 ―――――

 竜児君。大河との生活にはもう慣れましたか? なんて、聞くまでもありませんね。
私の方はあなた達がいない生活にちょっと戸惑っていますが、私も主人も息子も元気で
過ごしています。

 まずは先日の陸郎の件について、あなたにお礼と謝罪を。
 ありがとう。大河を守ってくれて。
 これから先、陸郎があなた達に関わってくることはもうないでしょう。

 ―――――

 手紙には陸郎の債務や事業の失敗について調べたことが書かれていて、竜児と大河に害
が及ぶことは無いだろうと書かれていた。
 そこまで読んで竜児は一息ついた。陸郎の失敗は竜児にとって最大の心配事だったのだ
が、それがようやくクリアになったのだ。竜児は冷めかけの玄米茶を一口飲んで、手紙を
読み進めた。

 ―――――

 ここからが本題ですが、あなたにお願いがあってこの荷物を送らせてもらいました。
 卒業式の後、清児さんの所に引っ越すまでに大河と結婚式を挙げて欲しいのです。
 
 そして、皆にあなた達の結婚を祝って貰いたいのです。
 清児さんに、園子さんに、あなたの友人、大河の友人、
 そして泰子さん。皆に祝って貰いたい。
 私も主人も、皆と一緒にあなた達を祝福したい。
 あなた達の夫婦としての門出をみんなで祝福したいのです。

 大学受験を控えて忙しい時期なのは分かっています。二人だけで準備するのは無理で
しょうから私の友人のブライダルコーディネーターに会ってみてください。式場探しや
予約といった事は全て彼女がやってくれます。細かいことは受験が終わってからでも間
に合うでしょう。

 ただ、大河のドレスだけは間に合いそうにないので私の方で準備して送らせてもらいま
した。勝手なことをしてごめんなさいね。クリスマスプレゼントだと思って受け取ってく
ださい。

 ―――――

 竜児は手紙をちゃぶ台に置いて段ボール箱から白い箱を取り出した。白い箱を開け、表
面を覆う白い紙をめくると中身は純白の布地で仕立てられたウェディングドレスだった。

「うわ〜。すごいね」



 横から箱の中をのぞき込んだ泰子が声を上げた。確かに凄い。生地の質感もすごいが飾
りのレースや刺繍といった細工も手が込んでいる。それは触れただけで汚れてしまいそう
なほどに繊細で、竜児はそれを箱から出すこともできず眺めるだけだった。

「いくらするんだよ? これ」
「う〜ん。四十万円ぐらい、かな。良く分かんないけど」
「よ、よ、よ…よんっ」動揺して咽せた。
 一回しか着ないドレスに四十万!
「それぐらい特別なんだよ。一生に一度だもん」
 お古のジャージ姿でドレスを見つめる泰子の瞳が輝いていた。その様子は、純白に輝く
ドレスに込められた、あるいは込められる想いの大きさや重さを竜児に伝えた。
「一生に一度か…」
 小さく言って、竜児は手紙を手に取り読み進める。

 ―――――

 それから、式の費用ですが、これは私の我が侭ですから私が負担します、なんて言うと
竜児君は困ってしまうでしょうね。ですから竜児君が働いて返せるようになるまで私が立
て替えておくという事でどうでしょうか? 勿論、全て私の負担でもかまいません。

 本当に勝手なお願いだと思います。
 でも、結婚式だけはどうしても挙げてもらいたいのです。 
 そして、みんなの前で夫婦として生きていくことを誓って欲しいのです。
 
 どうか、よろしくお願いします。
 
 ―――――

 竜児は便箋を泰子に渡し、同封されていたA4サイズの紙を手に取った。それには義母
の友人であるブライダルコーディネーターのメールアドレスや電話番号、ファックス番号
といった連絡先とウェブサイトのURL、それに彼女の写真が印刷されていた。

 手紙を読み終えた泰子は便箋を竜児に返した。

「どうするの? 竜ちゃん」
「いくらぐらいかかるんだろうな?」
 竜児は便箋に目を落としたままで言った。
「結婚式だけなら三十万円もかからないんじゃないかな」
「式だけでも結構かかるんだよな」

 竜児は表情を曇らせる。竜児が調べた時もそんなものだった。勿論、派手にやればいく
らでも金をかけられることも知っている。

「でも、竜ちゃん。式は挙げようよ。大河ちゃん喜ぶよ」
 泰子はそれが当たり前の事のように、簡単なことのようにさらりと言った。

 竜児は唸った。
 確かに大河は喜ぶだろう。結婚した事実を隠さなければならない大河にとって、結婚式
で友人達に祝福してもらうことは一つの夢だろう。それは分かる。


 義母にとって百万円ぐらいはどうとでもなる事もわかる。
 大河のためだけに仕立てられた特注ドレスがここに有る事も分かっている。
 義母が義母なりに気を遣ってくれていることも分かる。

 分かる。分かっている。分かっているけれど、それでも…

「ったく、これからもっと金がかかるってのに三十万だって大金だろうが。おまけに一回
こっきりのドレスに四十万ってどんな金銭感覚だよ。そりゃ義母さんは金持ちだけどよ、
だからってそれにおんぶに抱っこかよ?」

 義母との金銭感覚のギャップは時に竜児を苛つかせる。百円単位で食費を切り詰めるよ
うな日々や、時給千円程度のバイトのために無茶をして倒れた母親の事をバカにされたよ
うな気分にすらなるのだ。義母には悪気なんて一つも無いのに。

「竜ちゃん…」
 眉根を寄せてひどく悲しそうな表情で泰子は竜児を見ていた。
「あ、いや」
 その表情に竜児は口ごもる。言葉が出てこない。

「ごめんね。竜ちゃん」
 泰子は泣きそうな声で言った。
「やっちゃんが竜ちゃんにお金の心配ばっかりさせてたからだよね」
「いや、そうじゃねぇし」
 竜児がそう言うと、泰子はふるふると首を振った。
「そうだよ。絶対そうだよ」
「違うって」
「違わないもん!」
「そりゃ、金の心配はしてたけどよ、貧乏は泰子のせいじゃねぇだろ」
 悪いのは自分の親父だ。
 竜児には泰子を責めるつもりなど一つもない。なのに、泰子は首を振り、 
「ううん、やっちゃんのせいなんだよ」と辛そうに呟いた。
 
「やっちゃんはね、やっちゃんが納得するためだけに竜ちゃんに辛い思いをさせちゃっ
たんだよ。
 もっと早くお父さんやお母さんに頼っていれば竜ちゃんに辛い思いをさせないで済んだ
のに、私が竜ちゃんを育てるんだって意地になって、意固地になってそれが出来なくて、
やっちゃんは竜ちゃんに辛い思いばっかりさせちゃったんだよ」

「やめてくれ」絞り出すように竜児は言った。そんな話は聞きたくなかった。
「やめない! だって、このままじゃ竜ちゃん、やっちゃんと同じ失敗しちゃう」
 縋り付くような必死さで泰子は言った。
「なんだよ。失敗って」



「やっちゃんは頼らなきゃいけない時に頼らなかったんだよ」
 泰子は諭すような口調で話し始めた。 
「それで一番大切な竜ちゃんを傷つけちゃったんだよ。
 それにね、お父さんもお母さんもやっちゃんに頼りにしてもらいたかったんだよ。なの
に、やっちゃんは怖くて逃げちゃったんだ。そうやって、お父さんもお母さんも傷つけて、
やっちゃんは自分に言い訳ばっかりしながらみんなを傷つけちゃったんだよ。
 やっちゃんにはやっとそれも分かるようになったんだよ」
 泰子はそう言って、すんと洟をすすった。

 女手一つで息子を育てた。育てて見せた。それは半分意地だった。
 無茶だと言われ、堕ろせと言われた。けれど、堕胎なんて、殺す事なんてできなかった。
 そして、幾つもの幸運が重なって、産み、育てることができた。出来てしまったのだ。

 今になって泰子は思うのだ。やはり間違っていたのだと。幾度も、もうダメだ、無理だ
と、諦めかけた事があったのだ。その度に不思議と幸運に恵まれて乗り切ってきたけれど、
本当はその時に親を頼るべきだったのだ。母も父も待っていてくれたのだから。
 そうしていれば、竜児の心をあんなに深く傷つけてしまうこともなかったのだ。
『生まれてこなければよかった』なんていう悲しすぎる思いを抱えさせないで済んだのだ。 

 でも、出来なかった…

 自分以外の誰かが竜児を幸せにしてしまうのが怖かった。そうして竜児に捨てられてし
まうのが怖かったのだ。それが間違いだった。竜児の幸せよりも、自分の幸せを優先して
しまったのだ。『竜ちゃんのことが一番大事!』そう思っていたのに…。

「ねぇ、竜ちゃん。竜ちゃんにとって一番大切な人は誰?」

 泰子はじっと竜児の目を見た。

「…大河に決まってるだろ」
 そうなのだった。いつしか一番大切な人は泰子から大河に変わっていたのだ。

「そうだよね」
 泰子は目を閉じて小さく頷いた。何かを噛みしめるように間を置いて、泰子は瞼を開け
て竜児を見た。そして精一杯の言葉を紡いでいく。
 
「竜ちゃん。その手紙に書いてあることって本当は大河ちゃんの望みなんじゃないかな。
 一緒に過ごした友達に祝福されて、みんなの前で竜ちゃんと一緒に誓うの。夫婦として
一緒に頑張って生きていくって。大河ちゃんは竜ちゃんにみんなの前で誓って貰いたいん
だよ。
 きっとね、大河ちゃんのお母さんは大河ちゃんと一緒にいてそれが分かったんだよ。だ
から引っ越す前に結婚式を挙げて欲しいってお願いしてるんだよ」

 竜児は手元の便箋に目を落とした。
 確かに、そうだろう。この手紙に書かれているのは義母が大河から少しずつ聞き出した
言葉や大河との日常の中でこぼれ出た気持ちの断片を義母がまとめたものなのだろう。



「それにね、大河ちゃんのお母さんにとっては償いの意味もあるんだよ。
 もっと一緒に過ごして、教えてあげたいことがいっぱいあって、でもそれが出来無くっ
て、大河ちゃんを竜ちゃんに託したんだよ。
 きっとね、大河ちゃんのお母さんも、みんなの前で竜ちゃんに誓ってもらいたいんだよ。
『大河ちゃんと一緒に生きていく』って。それを大河ちゃんに聞かせてあげたいんだよ。
そのための竜ちゃんへのお願いなんだよ。大河ちゃんの願いを叶えてあげるために、竜
ちゃんに頼ってもらいたいんだよ」

 義母さんの償い。大河の願いを叶えるためのお願い。その言葉が竜児の心に響く。

「竜ちゃんは大河ちゃんの願いを叶えられるのに、それを諦めようとしてるんだよ。そん
なの絶対ダメだよ。一番大切な人の願いなのに、竜ちゃんが大河ちゃんの願いと天秤に掛
けているモノってそんなに大切なの?」

 俺が天秤に掛けているモノ…

 一つは大切なもの。母親と積み重ねた日々から生まれた価値観。
 もう一つはくだらないもの。安っぽい、本当に安っぽいプライド。
 自分では何も出来ず、頼り、寄生することでしか生きられない自分への憤りや焦り。
 それを認めたくない心の狭さ、弱さ、薄さ … そんなモノ。

「俺は……、俺が何にも出来ねぇのが気に入らないんだ。結局、義母さんやじいちゃんの
助け無しじゃ何にもできねぇ自分が情けなくて嫌なんだ…」
 絞り出すように竜児は言った。
「それから目をそらしたかっただけだ…。情けない話だよな」  
 そう言って竜児は白い箱の前に座り込んだ。

「竜ちゃん。何も出来ないなんて間違いだよ」
 泰子は言った。 
「竜ちゃんが居なかったら、みんな救われなかったんだよ。みんな竜ちゃんに助けて貰っ
たんだよ」
「…俺に?」
「うん、そうだよ」
 泰子は竜児の後ろに座って、竜児の肩を柔らかく抱いた。
「やっちゃんがお父さんたちとやり直せたのも、大河ちゃんのお母さんが大河ちゃんとや
り直せたのも、竜ちゃんのお陰なんだよ。
 ずっと昔に失敗しちゃって、上手くできなくて、ずっと償いたくても償えなかったけど、
竜ちゃんのお陰でみんな償っていくことができるようになったんだよ。
 だから、みんな竜ちゃんのこと大好きなんだよ。一生懸命だから。優しさが溢れちゃっ
てるから。だからみんな竜ちゃんのこと助けてあげたいって思ってる。竜ちゃんにとって
大切なモノを守るためなら、いつだって頼って欲しいって思ってるんだよ。それだって
みんなの願いなんだよ」

「だって、竜ちゃんだって本当はそうでしょ。大河ちゃんの為だったら、ね?」

 ああ、そうか… 確かに、そうだ。そうなのだ。
 自分も知っていたはずなのに、好きな人から頼られることの喜びを、嬉しさを知ってい
たのに、意固地になって自分の事しか見えなくなっていたのだ。
 大河の為なら、自分がそう思うように、泰子もじいちゃんも義母さんも、俺たちの為に
なら、とそう思ってくれているにちがいない。それを意固地になって受け取らないなんて、
逆の立場なら、それは酷く切なく辛い。


 自己否定に沈んでいた竜児の瞳に力が宿る。

 大河の願いを叶えたい。誰かの力を借りてでも。
 自分独りで出来なくてもいいではないか。独りで生きていくことなど出来ないのだから。

 伝えたい想いがある。彼女の心に響かせたい誓いがある。

 その誓いを、これからも世話になる泰子や義母さん、じいちゃんばあちゃんに見届け、
聞き届けて貰いたい。その誓いを、自分達の姿を、一緒に過ごしてきた大切な友人達に
見届けて貰いたい。

 そのために、今の自分をちゃんと受け入れて、お願いしよう。
 助けて欲しい、と。
 それこそが、今の自分に出来るもっとも誠実な振る舞いなのだから。

 竜児は溢れかけた涙を手の甲で拭い、白い箱に納められたドレスを見つめた。
「これ、きっと似合うよな」
「うん。絶対に最高に似合うよ。きっとすっごく綺麗だよ」
 竜児の耳元で泰子は言った。

「じゃあ、みんなに見てもらわなきゃいけないよな」
「うん」
 泰子は竜児の肩をきゅっと抱いた。
「そうだよ。竜ちゃん…」
 そう小さく呟いて、竜児に気付かれないようにそっと下唇を噛みしめた。すっと天井を
仰いで、こぼれ落ちそうな涙を押しとどめた。切なかった…

 竜児の心を傷つけてしまっていたことも、
 その傷が、自分が思っていたよりもずっとずっと深いということも、
 嫁の親に頼ることを後押しすることぐらいしか出来ないことも、全て切なかった。

 けれど、自分が竜児の母親なのだという事実は誇らしかった。

***


 昼下がりの街を竜児と大河は手をつないで歩いている。

 竜児は大河をアパートに呼んでウェディングドレスを見せ、「やっぱり結婚式を挙げよ
う」と言った。「お金はどうするのよ?」と聞く大河に竜児は「そりゃあ、もちろん全部
義母さんに持ってもらうさ」と言って笑って見せた。大河はドレスを見てもさほど驚くそ
ぶりを見せずに「いいって言ったのにホントに完成させちゃうとはね」と呆れ気味に呟き、
随分前に仮縫いまで済ませていたことを竜児に白状した。

 そして二人は泰子に紹介してもらった店に向かっている。その店は泰子の知り合いが経
営しているジュエリーショップで、今も大河の指で輝いている古い指輪のサイズ直しをし
てくれたのもその店だった。

「ねぇ、竜児。ホントに大丈夫なの?」
「何が?」
「指輪に十万円もかけちゃって大丈夫なの、って聞いてるのよ」
「心配すんな。指輪は買うつもりだったから貯金もしてたし。ただし二人分で十万円が上
限な」
「そう…。なら良いんだけど。私はこれでも全然オッケーなんだけどね」
 言いながら左手を顔の前で広げて薬指に嵌めている古い指輪を眺めた。
「けどよ、それ、サムシング・オールドなんだろ?」
「うん」
「じゃあ、結婚指輪は別に必要だろ。それに俺の指輪がねぇ」
 あら? とでも言いたげに大河は竜児の顔をのぞき込む。
「へぇ、竜児、指輪してくれるんだ」
「するだろ」
「男の人って普段はつけないって人が多いみたいだから。まあ、でも、竜児がマリッジ
リングをつけててくれた方が安心できるわ」
「なんだそりゃ?」
「さあね」
 ぷぃと大河はそっぽを向く。
「ちぇ、ま、いいけどよ」
 竜児は不満げに言いつつ、まあ、俺もそうなんだけどな、と心の中で呟く。
  
「ねぇ、竜児。指輪、どんなのがいいかな」
「シンプルなのがいいんじゃねぇか。毎日するもんだし」
「そうだね。毎日だもんね」

「ずっと、だもんね」
 噛みしめるみたいに言って、大河は竜児に微笑んだ。

(つづく)


48 356FLGR ◆WE/5AamTiE sage 2010/03/17(水) 23:24:24 ID:VIfzVF5c

356FLGRです。
「きすして7」が書き上がりましたので投下させていただきます。

概要
「きすして6」の続編です。「2」〜「6」の既読を前提としております。
 未読の場合、保管庫の補完庫さんで読んでいただけると嬉しいのですが、相当な物量
ですし、これだけ読んでも、まあまあ楽しめるかもしれません。

 基本設定:原作アフター・竜児×大河
 注意事項:シリーズ全体としてシリアス傾向です。
      時期は高校三年の12月末(「6」の数日後)から3月末まで。
      今回は「エロ有り」です。
 
 本作は三部構成(上・中・下)となっております。
 規制が無い限り、本日一括で投下します。
 >補完庫さま 「まとめ」の方には(上・中・下)分割で掲載していただきたく。

 投下レス数は以下の通りです。
 上:14レス / 中:14レス / 下:20レス トータル48レス

 まずは「きすして7(上)」、14レスの投下を開始します。