竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - すみれ姉ちゃん1
すみれ姉ちゃん

序章

俺があの人に出会ったのは俺がまだ保育園に入ってしばらくした頃だったと思う。
当時の俺は遊ぼうと声をかけようとした子に「顔が怖い」という理由で泣かれてしまったのが相当なショックで塞ぎこんでいた。
休み時間や延長保育の時間はみんなにとっては楽しい時間だったが俺にとっては苦痛でしかなかった。
こんなヤクザ面に声をかけるやつはいるはずもなく、俺はずっと園庭の隅っこに一人でいた、そんな時だった。
「おまえ、なにしてんだ?」
「……え?」
背後から女の子声がした。
「だから、なにしてるんだって聞いてるんだ。」
「えっ…とぉ…何もしてない…をしてる?」
初めて同年代の子に声をかけられたという驚きで意味不明な返答をしていた。
「ぷっ…ははは、おまえおもしろいな。」
「えっ、なっなにが?」
「なにもしてないをしてるってけっきょくどっちなんだよ?」
「あっ……」
ようやく自分の答えのおかしさに気づいた。
「おまえ、なまえは?」
「たっ…たかすりゅうじ…」
「そうか、りゅうじか、あたしはかのうすみれ、よろしくな、りゅうじ。」
「よろしく、えっと…すみれちゃん?」
それが、狩野すみれとの出会いだった。


第一章


春、俺は新しい生活に期待と不安(不安七割)を抱え、大橋高校へ向かった。そうあの人がいる学校へと。
入学式、両隣の人が少し遠い。何、気にすることはない何時ものことさ。そうだ、気にしてない。動揺なんかしてないぞ。
校長先生の長〜くありがたい話が終わると、生徒会の紹介が始まった。
まずは会長らしい、かなりの好青年っぷりだ。俺も肖りたい。
次に、副会長らしい。
「あー、副会長の狩野すみれだ。」
やっぱりあの人か、
「本校の生徒会への参加はあくまで自由だ。強制はしない。しかし!」
その場の全員が姿勢を正した、そんなような気がした。
「二週間して、誰も来なければ、その学年の中から何人か、」
ゴクリ、と誰もが固唾を呑んだ。
「生徒会へ強制連行する。」
それは自由とは言わない。誰もがそう突っ込みたかったはずである。
入学式も終わり、教室に入れば周りからはまるで腫れ物を触るかのような態度をとられた。
友人がいれば少しは楽かも知れないが、そんな奴はこの学年にはいない。
ここまで、孤立無縁なのは久し振りだった。
初日からメランコリーな俺を校門で待ち構えていたのは狩野すみれその人だった。
「お疲れのようだな、竜児。」
「ああ、予想はしてはいたんだが、相当俺に警戒しているよ。」
「心配するな、そんな誤解、すぐに解けるさ、もし解けなければ私が何とかしてやる。」
この人は生まれる性別を間違えたんじゃないか、と思うほどの兄貴っぷりである。
「ありがとうな、兄貴。」
ビシッ、頭頂部にチョップが入る。
「そのあだ名で呼ぶな!」
兄貴、それは小中でこの人が自分の持つ才能を惜しみなく発揮した結果、周囲が賞賛の意を込めつけたあだ名だ。
「悪ぃ許してくれ、すみれ姉ちゃん。」
この人は俺にとって姉のような存在だった。あの日以来十年くらいずっと俺のそばにいてくれた。
仲間はずれにされて一人で泣いていた時もそばにいてくれたのも、俺に家事の仕方も教えてくれたのも
全部すみれ姉ちゃんだった。
「次言ったらただじゃ済まんぞ。あと学校では狩野先輩と呼べ、すみれ姉ちゃんは恥ずかしい。」
「わかったよ狩野先輩。」
「別に…今そう呼ばなくてもいいんだぞ。」
なんか少し寂しそうだ。何故だ?
学校が始まり早二週間が経とうとしていた。相変わらず俺に近寄ろうとする者は依然としていない。
それどころか根も葉もない噂が飛び交っている。噂ってのは性質が悪い。根拠がないくせして誰もが信じる。
そしてそれを本人が弁解しようとすれば、なぜか信憑性が上がる。何も言わなくてもそうだ。
「はあ」
溜息を漏らし机に突っ伏す。マジでグレてやろうかと半分ヤケになっていた時であった。
「ここに高須竜児ってのはいるか?」
「すみれ姉ちゃん!?…じゃなくて狩野先輩!」
さわ…ざわざわ…ざわ…ついに高須は生徒会に目をつけられたか…
っていうか今高須が副会長をすみれ姉ちゃんって呼んだぞ。
姐さんじゃないんだな。
どうやらいらぬ誤解が増えたような…いや、事実か。
「高須、いいからちょっと来い。」
「何か用か?」
「お前には来てもらわなきゃなきゃいけないところがある、有無を言わず来い。」
「え?何なんだよいった…ぐえ」
襟を掴まれ後ろに引かれる。
「いいから来い!」
「くっ苦しい、姉ちゃん放してくれっ!」
「うるさい」
「このままじゃ逝く、逝っちまうよぉ」
「黙れ」
ひきずられ連れてこられた所には生徒会室と書いてあった。
「げほっげほ…こんなとこ連れて来てどうすんだよ。」
嫌な予感はしていた。
「そんなの決まっているじゃないか。」
「まさか…」
「お前、生徒会に入れ。」
嫌な予感ほど当たるもんだ。