竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - みの☆ゴン8
みの☆ゴン53〜59 ◆9VH6xuHQDo 2009/10/04(日) 20:50:24 ID:Pp68BERK



 世の中には、色んな人がいてだな。色んな愛のカタチがあると思う。
 しかしだな、お前のしている事は……なあ木原、聞いているのか?
 ……っと送信!……え? 何? 高須くん、何か言った?……
竜児は腕を組んで説教していたのだが、夢中でケータイをいじっていた麻耶は、
名前を呼ばれ、やっと竜児に顔を向けた。全く話を聞いていなかったようだ。
 ちゃんと聞いてくれよ。だから例の……わいせつ画像のことだ。
 まさか木原……自分のエロ画像を撮影したりなんかしてないよな。
 ……はぁ〜? 超どーでもよくない? あっわかった高須くん、欲しいんでしょ?……
 ……あたしのエロ画像。ねえ。今から撮影会しよっか? ねねね、しよっ。脱ぐね?……
 な、なんでそうなるんだよ、木原!俺はネットで画像が流出する、
 おうっ! 待て、木原っ! 脱ぐな! おおうっ、脱ぐなって!
ナゼかノリノリの麻耶。そうか……これは俺の夢、妄想モードか……。
竜児は、頭を掻こうとしたが、何故か都合いい事に、竜児の手の中には、
カメラEOS kissが握られていた。いつの間にこんなもの……さすが夢。なんでもありだ。
 ……ねえねえ高須くん、どーかな? あたし、結構似合ってなくない?……
夢中でカメラをいじっていた竜児が顔を上げると、制服の下に来ていたのはバニースーツ。
麻耶がセクシーポーズを決めていた。幼さの残るウサギちゃんは、ムチムチの肌を晒す。
 似合ってなくないって、どっちだ? っていうか、俺が言いたいのは、
 貞操観念を高くってか、もっと自分を大切にすることの重要性っつーか……
 ……そんな事、聞いてないってば! もういいっ! 早く撮ってよ! 早くっ……
 ……んもぉーうっ、高須くん! 撮ってくれないと、もっと脱いじゃうよっ!……
わかったっ、わかったから……と、竜児は、根負け。カメラのファインダーを覗く。

無邪気にポーズを決める麻耶。その瞬間瞬間を竜児は、切り撮る。明るい色の髪がなびく。
17才のバニーガール姿は、クルクル廻る度、思春期特有の仄かに匂う発育臭を振りまく。
未成熟で、張りのある、ぷっくりした肉づきにセクシーなコスチュームはミスマッチだったが、
逆に、竜児が求めれば手に入れられそうなリアルさを匂わしていた。麻耶が、ウインクする。
カシャ……カシャ……枚数が進む度、レンズに慣れてきた麻耶は、竜児を大胆に誘惑してくる。
 ……ど〜かな?あたしのカラダ。高須くんが一番好きなところ、撮ってよ……
唇を尖らし、胸の谷間を強調し、目一杯色っぽく竜児に問う。名機EOS kissには、
手ブレ補正機能が搭載されていて、高鳴る竜児の鼓動は、幸いにも撮影には影響なかった。
 す、好きなところって言われてもだな……そんなの、すぐに決められねえよ。
 ……あ、ここは?ねえ、わたし自信あるんだけど、ねえここ。ほらほら……
そう言って、麻耶はムッチリした自分の太腿をツンツン指差す。指で太腿の張りの良さを知る。
しかしカメラは麻耶が示した太腿ではなく、その付け根、うっすら浮かび上がる縦筋を捕らえた。
麻耶のバニーガールの衣装は超ハイレグで食い込んでいたからだ。気付いた麻耶が手で隠す。
 ……ちょおとおおっ、高須くんエロい!……でも、撮りたいんだよねえ? 高須くんは……
よしっ!っと麻耶は決意。竜児を置いてきぼりにして、コスチュームを自ら剥ぎ取った。全裸だ。
右手でおっぱいを隠す。手ブラってやつだ。左手で下半身を隠すが、これは手パンと呼ぶのか?
 ……ちょっ、やっぱりヤバい、ハズいっ、ハズかしーかも……
自分でやっておいて今さら恥ずかしがる麻耶。レンズ越しに覗く竜児も恥ずかしくなったその時、
名機EOS kissがその顔優先ライブモードが発動。麻耶の背後で、ワナワナする顔に焦点を合わせる。
 ……ほう竜児くん。邪魔しちゃったかねえ? どうぞ続けてくんなまし……
 いや……実乃梨。これは木原に頼まれて本意ではない。話すと長くなるんだが、人助けなんだ。
 ……へえっ。それはそれは……ソレにしちゃあ、竜児くんのサツマイモ。蒸き上がってるよ……
 ……ねね高須くん、うさぎのニガヨモギ煮、スッゲーコリコリしてるよね、コリコリ……
ふたりに蒸き上がって、煮え上がる竜児の股間を指摘される。追い込まれた竜児は股間を押さえる。
 ……竜児くんのエッチ!! ……三途の川でまたあおう!! カイザーナックルッ!!……
実乃梨が振りかぶる。BAKCOOON!! っと股間にファイナルブローを打ち込まれる竜児。

「ぐわおおうっ! 実乃梨っ!!」
昨日に引き続き、2日連続で自室のベットの上で跳ね起きる竜児。
「ふわわっ! ……竜ちゃ〜ん、大丈夫ぅ?」
フニュフニュした顔で、心配そうに覗き込む泰子がいた。妄想モードの余韻が残る竜児。慌てる。
夢で股間にくらった一撃で射精してしまったのだが、掛け布団で泰子には悟られなかったようだった。
「竜ちゃん、みのりんちゃんの名前、何回も言ってたよ? やっちゃんちょっと嫉妬しちゃうな〜☆
 うふふっ……ねえまた、この前みたいに大河ちゃんちで、み〜んなでお食事会しよ〜よ、ね☆」
ああ、そうだな。今度誘ってみるよっと、泰子の頭を撫でる竜児。時計は夜中の4時。
はあ、俺の妄想癖は、病気なのかも知れない……。

「みのり〜んぬっ!! おっはよ〜」
連休明けの通学路。ここ数日太陽が頑張ってくれて、晴天に恵まれているのだが、
やはり太陽でも実乃梨の眩しさには叶わないのだ。今朝も竜児のココロが燦々と照らされる。
「大河、竜児くん、グッモーニンヌ! 元気でなによりだっ!」
「グッモーニンヌ……実乃梨」
「あははっ、竜児くんたらっ! 中途半端だが! それがいい! そうだ昨日さ、あの後……」
昨日のテレビの話題を始めた実乃梨。とめどなく話題を繰り出してくる。
竜児はそれが楽しい。聞いているだけで、ココロが安らぐ。癒される。
実乃梨のオーバーなリアクション、ユニークな動作。でも繊細で、優しい。
竜児は見とれてしまう。知れば知るほど、彼女を好きになる。
季節はまだ春。恋の季節。爽やかな校門へ続く坂道。
淡い希望が膨らんでくる。そんな油断した竜児が、
やらかしてまう。

プウ
何の音だ?
いや……俺は知っている。これは俺が出しだ音だ。
しまった……絶対に聞こえた。実乃梨と大河が会話を中断する。
大河がギラッと睨む。その向こうの実乃梨を、竜児は見る事が出来ない……

「くっさぁ〜〜〜い! あはははは!! 竜児くん、屁〜こきましたね、
 あなた〜〜っ!!あはははは!やっベー腹痛〜! ナイススティック!」
「す、すまねえ! 実乃梨っ、大河も……」
「笑っちまって、ゴメンよ? いや〜竜児くん、いつも意外過ぎてサイコーだぜ! うふふ」
「ドブくさい……最悪……先歩くわ。ふたりとも、勝手にやっててよね……」
大河は、早足で少し前に避難。実乃梨はまだ肩を震わせ、涙目だ。
……いいんだいいんだ。これも青春。
「あー可笑しっ! 発射タイミングが絶妙だったぜっ! でもねえ竜児くんっ。わたし、
 竜児くんのことトイレにも行かない清らかな聖人なんて思ってないから、安心しなっ!」
そう言って、実乃梨は竜児の肩に触れる。胸が苦しい。キュンとする。
竜児の心臓に温かいものがにじむ。それは波紋となって、カラダ中に広がった。
「……ありがとうな。実乃梨が、屁こいても、俺も、笑い飛ばすよ」
実乃梨は、竜児が不器用にそう言い終えるのを待ってくれていた。
そして竜児の耳元に、桜色の唇を寄せて、
「ん〜? そうかい? じゃあ、そん時は、ヨロシクなっ!」

好きというレベルを飛び越え、もう、実乃梨意外、お嫁にいけない。
……そう思う、竜児であった。

朝のホームルーム。……そんなバカな。聞いてない。
教壇には、担任のゆり。その隣に立つ八頭身。光を放つしゃべる宝石が、ピンク色の唇を動かす。
「今日からこちらの学校に転入してきました、川嶋亜美です、よろしくお願いします」
清らかに純粋にいい感じに、満開の外づら仮面。三井のリ〜ハ〜ウ〜ス〜……っというジングルが、
聴こえて来てしまうほど、亜美は絶好調に美少女だ。開戦必死を懸念する竜児の頭痛も絶好調だ。
「……なんで、こんな、ことに……」
壇上の清らかな天使に騒つく生徒達。そんな竜児の呻き声に気付く者はひとりもいなかった。
『あの子って、雑誌に載ってなかった?』『そうだっけ!? なんだっけ!? でも、かわいいー!』
『やだやだうそうそやばーいこれやばーい』……主にミーハーな女子の声。
一方男どもは挙動不審、奇妙なほどに押し黙って、ただ灼熱の眼でうっとり見上げる。
能登に至っては、ゆっくりと竜児向かって、大・当・た・り……!などと……

「みなさん! さー拍手! 新しい二年C組の始まりですよ〜!」
妙に朗々とした声を張り上げるゆり。亜美の肩を馴れ馴れしく抱き寄せ、ガッツポーズ。
休み中になにがあったのか、随分キャラを変えてきたようだ。ジャージにパーカー姿。
「……せんせえはっ、この休みの間にっ、最後の弾を……撃ち損じましたぁ……っ!
 だから、仕事頑張らなきゃいけない、でも、でも……誰にもわかんなくていいの!
 あ、あなたたちも、十年位したらわかると思うからぁっ! 北村くんっ、どーぞ!」
「みんな、聞いてくれ。実は亜美は俺の幼馴染でもある。同クラスになって驚いたが、
 まあ仲良くしてやってください。では朝のホームルームは以上! 起立! 礼!」
その直後に亜美の元に人の輪が出来る。芸能人がクラスメートになるなんて大事件だ。
爆発したような教室の喧騒に、もうやだあ〜という独身の悲痛な呻き声は、溶けて消ゆ。

***

「なあ北村……あれ、すっげえな」
騒がしい亜美周辺の様子を一瞥し、竜児は北村に話しかける。
亜美は転校初日の、二限目の休み時間にはクラスの中心人物になっていた。
「ああ。さすが、人心を掌握する術を心得ているな」
「……なんで昨日、転校してくること言わなかったんだよ」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「ごまかすなよ。すっげえ驚いたぞ、本当に」
北村の机に腰をかけ、竜児は低い声で親友を詰る。北村は軽く頭を掻いて笑い、
「いや、すまん。俺は亜美に、ありのままの性格で人と付き合ってほしいと思ってるんだ。
 昨日言ってしまえば、亜美は完全に外面をかぶって適当にごまかす誤魔化す事わかってたからな」
「川嶋の本性をばらしたいのかよ。嫌われるだけだろ、それ」
「喧伝するつもりはないぞ。俺は亜美の本性が嫌いじゃないんだ。ありのままで嫌われるんなら……
 とにかく、本当の亜美を好いてくれる人間が、もっと増えればいいのにと思う。って、ことだ」
理想に燃える正義漢の目を見返して、竜児はなんとなく言葉を返せない。無理だろ、と。

***


次の三時間目の数学が終わったところで、竜児は教室を出て、いつもの自販機へ向う。
そして、自販機の前でみみっちく小銭を数えていたそのときだった。
「おさき!」
脇からすっと伸びた白い手が、竜児の手を遮るようにしてコインを投入口に放り込んだ。
突然の割り込み行為に驚くが、ここに来るのは竜児以外、ひとりしかいない、ハズだった。
「みの……おう……川っ、嶋」
もっと驚いた。てっきり実乃梨だと思っていたのだが、そこには亜美が無邪気に微笑んでいた。
「えへ、高須くんは、なにを買うつもりだったのかな。当ててみるね、うーん……これでしょ!」
最もえげつないイラストのついたスタミナ飲料を選び、桜色の爪の先で指して見せる。そこに、

「川嶋さんっ……正解はコーヒー、じゃないかな?」
「実乃梨っ……」
正解を言い当てた実乃梨が、微妙に離れたところで声を掛けて来た。前髪で表情が見えない。
そして正面を向いたまま、ジュースも買わずに実乃梨はスススっと、後ろ向きに去っていく
……フェードアウト。
「ね、高須くん……あのね。昨日のこと、忘れて欲しいんだ。あたし、天然っぽい所あるから、
 それで逢坂さんをイライラさせちゃったって……あ、ねえっ! 高須くんってば! 待ってよ!」
「話の途中ですまねえ、川嶋、悪いっ! 昨日のことだな? わかった忘れた。じゃあな! 実乃梨っ」
実乃梨を追いかける竜児。なんとなくその扱いに釈然としない亜美だったが、
亜美が心配する事態にはならなそうだな、と理解し一息つく。
「……ふ〜〜ん。……仲、いいんだあ。……まあ、そういうことなのね……心配ないか」
ふたりを見送った亜美は、スタミナ飲料をチョイス。グイッと一気飲みする。

***

四時間目。教師の目を盗んで、前の奴から折りたたんだメモが竜児の机に落とされた。
「……お……っ」

『 To りゅうじくん
  From みのり

  さっき転校生ちゃんといっしょに、なにをはなしていたの? 』

さて。時限爆弾がセットされた。なんて返答すれば良いだろうか。
亜美とは会話らしい会話は何もしてない。ただそんな返答だけじゃあ足らない気がする。
昨日のファミレスの帰りに、実乃梨に亜美のプロフィールは既に話してあるし、
大河にケンカを売って、売られた大河がビンタしたことまでは説明済みだ。
まさか転校してくるとは予想していなかったが、芸能人だし、北村の幼馴染って事もあるし、
亜美の悪態については、会う事もないだろうし、他言しない事も口裏あわせした。が。
「……もしかして……実乃梨……妬いてくれてるのか、な……」
教室の逆サイド、竜児は廊下側の席の実乃梨に振り向く。竜児と目が合った実乃梨は、
一体なにを思いついたのか、おもむろに竜児の方を向いたまま立ち上がった。
教師は背を向けて長い板書に入っているが、竜児も、大河も、北村も、亜美も、
それから他の生徒たちも、みんな驚いた顔をして立った実乃梨をついつい見つめてしまう。
実乃梨は目を細め、両手をあげていく。口パクで何か言っている。わかる。わかるぞ。
『ア〜ダ〜モ〜ス〜テ〜〜……』……と言っているように見えたその瞬間。
くわっ!
『ペーイッ!』
顔は険しく歪んで叫ぶように口を開け、両手はズバッと激しくを空を切る。

「え〜と、で、あるからしてえ……」
教師がこちらを振り返るのと同時、実乃梨はなにごともなかった顔をして席に座っていた。
あとで聞く事になるのだが、あのポーズには『あんたなんかしらないよ! ふん!』
という意味が込められているようだったが、教室にいる誰もが真意を読み取れることはなかった。
そして思う。天然というのは、ああいう人のことを言うのだ。

「なんでこんなことになるんだよ、信じられねえ!」
「大河〜っ、相変わらずドジッ娘だのお……」
「わざとじゃない! しょうがないの!」
大河は帰り支度をしようとして、いちご牛乳をちゅうちゅう吸いつつロッカーに向かった。
そして戸を開き、コケた。いちご牛乳ごと、自分のロッカーに頭から突っ込んだのだ。
「綺麗になるかな? ……これ」
「……ああ……してやるとも……実乃梨。ここは俺に任せて、練習頑張ってな。あとで行く」
「おうよっ、竜児くんも頑張ってなっ。大河もあとでね?」
「……うんっみのりん……竜児、私は教室で待ってるから」
マイゴム手袋をぎゅっと嵌める竜児。その異常に興奮気味の表情にビビる大河だったが、
綺麗にしてもらう手間、何も言わず教室に戻っていった。

***

「あと少しで完璧だ……」
掃除を始めてからそろそろ一時間。竜児はロッカーの中に完全に入り込んで、
いちご牛乳の影響とはもはや関係ないロッカーの隅を綿棒でちまちまといじくり回していると、
廊下を歩く足音が聞え、そいつは竜児に気づかぬまま、大河しかいないはずの教室に入っていく。
「やぁだ……なんであんたが残ってんの? 超目障りなんですけどお〜」
川嶋亜美さん(黒)のご登場だ。大河は席に座ったまま、顔も向けずにチッっと舌打ちする。
「寄るなアホチワワ」
「きゃ〜、こっわ〜い! さっすが逢坂さん! 先生たちにまでウザがられてるわけよねぇ! 
 いま亜美ちゃん、職員室に呼ばれてたんだけど、もう先生方み〜んな亜美ちゃんはかわいい、
 かわいい、逢坂にイジメられてないかってそればっかなんだよ? みんなだよみんな、
 超〜笑える〜。亜美ちゃんそんなこと言わなくてもかわいいって知ってるっつーの!」
「……へえ?それはよかったじゃない。それじゃあ私はその気持ちの悪い二重人格がどこまで保つか、
 楽しく見させてもらおうっと。学年変わっても卒業してもこの先ずっと、近くで監視しててあげる」
大河は鼻先で亜美の言葉軽く笑い飛ばす。目を細め、亜美を見上げる。
「くっ、この……ストーカー!……てゆうかあ……亜美ちゃん、あんたのこと気の毒に思うなあ? 
 亜美ちゃんが知ってる人間の中で、一番心が広い祐作にさえ、あんた嫌われてるんだもん。
 ファミレスであんたにされたこと、ぜーんぶチクっておいたから、多分相当嫌われたと思うよ?
 亜美ちゃんの敵は祐作の敵なの。あんた、かなり終わってるわね。それじゃあ、また明日ね!」

暴言を投げっぱなして、逃げた亜美。竜児は、速攻フォローに向かう。
「う、うわわ……た、……大河っ! 落ち着け!」
「竜児竜児っ! 聞いてた? ねえ、ほんとっ?ほんとにっ? 私、きらわれっ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着けって! んなわけねえだろ、冷静に考えろよ!」
「だってでもあのバカ、んぬぉぉおバカチワワがぁぁっ! とりあえず、ブっっっ……殺すっ!!」
「落ち着け! 早まるな、いいから深呼吸を」
「るせぇっ!」
「おう!」
巻き舌で怒鳴って竜児を突き飛ばし、全速力で走り出した亜美を追うつもりなのだろう。
「だめだ、行くな! 落ちつけ大河……おいっ!」
弾丸のように教室を飛び出した大河。まずい、このままでは流血&惨劇必死。
地球の平和を願う竜児は、仲裁の為に追いかける。
仲裁できるかは別として。

1年生の富家幸太は、入学式から一ヶ月過ぎた今日。初登校であった。
別に引き蘢りとか不登校とかではない。どちらかといえば幸太は、
勉強が得意だったし、コミュニケーション能力も人並に備わっている。
では何故、そんな優等生幸太がゴールデンウィーク明けまで登校しなかったのか?
それは入学式前日。盲腸になり、そのまま入院一ケ月してしまったのだ。
超名前負けしている幸太のアンラッキーは、今回だけではない。
思い返せば志望校受験前日に自動車にはねられた。痛みに耐えながら受験したのが、
滑り止めの大橋高校。受験と言えば、中学受験の前日も自転車にはねられた。
そういえば国立小学校の受験の際には最初のくじびきであっさり落ちた。
さらには三歳の七五三の日に、ひい祖父さんが身罷った。
トドメは幸太が生まれたその日、叔父の会社が不渡りを出した……以下略。
そんな感じで幸太は、徹底的に不幸体質なのだ。そうとしか説明しようがない。

『庶務求む! 新入生大歓迎! 生徒会』

とっくに部活動の勧誘時期は過ぎており、まだクラスメートにも馴染めない今、
目の前にある、新入生大歓迎! の言葉が踊る張り紙に注目してしまう幸太。
庶務といったら、短的には事務手伝い。生徒会に対して特に大きな志もないが、
友人を作るため、とりあえず話だけでも聞こうかなと、張り紙に手を伸ばしたその時。
新たな不幸が、幸太の身に降り掛かるのであった。

ゴッ!
低い衝突音。またか……と気が遠くなりながら幸太が思い、すっ転がる。
酔っぱらいのようにフラつきながら、なんとか踏みとどまり、衝突相手を確認する。
「す、すいませんっ!だいじょう……」
その相手は、自転車ではなく、自動車でもなく、人形のような……美少女であった。
「いった〜っ! ……どこに目つけてんだ、このクソガキ! ふんぬっ!」
倒れた美少女に手を伸ばしたのだが、ブスッと目潰しをくらう。八つ当り。とばっちりだ。
「……!! ひいっ、目が!」
「見えない目ん玉なんか、潰れてしまえばいいんだ!」
「お、おい大河!下級生にあんまりじゃねえか、お前、立てるか?」
視力が回復した幸太の目の前には、素人離れした鋭い視線で不良男が睨んでいた。
こんな進学校になぜ超絶レベルの不良が……やはり不幸街道まっしぐら。
「ひぇぇっ! ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい!」
「いや、俺が謝られても困るんだが……おぅ?」
ふと見た壁面に、幸太がさっきまで凝視していた張り紙が揺れていた。
「……なあ大河……これは提案なんだが、お前、生徒会に入ったらどうだ?」
「はあ? あのバ会長の生徒会? いったい何の罰ゲームよ。ありえないわ」
「いや、よく考えてみろ大河。庶務なんてたいした仕事しないし、北村がいるじゃねえか。
しかも下馬評では、あいつが次期会長間違いねえ。将来放課後ツーショット確定なんだぞ?」
「あの……僕が先にこの張り紙見つけたんですけど……」
存在が忘れ去られそうな幸太が自己主張する。せっかく見つけた自分の居場所。かもしれないのだ。
「全くヤル気なかったんだけど、そう言われると、気になるわね……竜児、生徒会室ってどこ?」
「旧校舎の三階だ。行くか。おうっ……お前も行くか?……俺は高須。名前は?」
「富家です。行きます。っていうか、ふたりとも採用になるんですかね?」
「どっちでもいいわよ。わたしが庶務になったらフォローしなさい。ぶつかったんだから」
「え? 俺、悪くな……はい……」
もしかしたら、この事件が幸太にとって、いままでで一番不幸だったのかも知れない。

***

「……いきなり出よったぁ……」
低い声で呟く。大河のその小さな全身から、一トンを超える猛虎の巨大な気配が、
獣臭とともにむわっと立ち上る。瞳孔の窄まった眼に、もはや理性はなし。
━━大河はこいつが大嫌いだった。
「おお、逢坂大河。北村の友達だったな、確か。生徒会室に何か用か?」
黒髪を背に流し、涼やかに整った美貌に似合わない男言葉で豪快に喋るこの女。
生徒会長、狩野すみれだ。北村と毎日一緒に仕事をしていて、ずっと北村といっしょで、
北村はご機嫌でにこにこ笑っていて、━━大河に苦い嫉妬を味わわせている女だ。
生徒会室にはすみれひとりだった。時計を見て納得。もう下校時間をかなりに過ぎている。
「高須もいっしょか。まさか、この前の校舎裏の続きじゃあねえだろうな?」
あくまで穏やかに、動揺する素振りなど欠片も見せず、太っ腹な微笑みで話しかけてくる。
「いえ、生徒会で庶務を募集しているって張り紙を見て、こいつを推薦しにきました」
この前の校舎裏を知らない大河は、竜児を一瞬ちらりと見上げるが、すみれに視線を戻す。
「はあ? 逢坂、本気か? そうか。で、その不幸を絵に描いたような坊主はなんだ?」
ビクッと幸太は反応する。綺麗な黒髪、色白の大和撫子、と思ったら、ざっくばらんというか、
がらっぱちというか……ただでさえ普通じゃない上級生達に囲まれ緊張しているというのに。
「はいっ、1年A組富家幸太です。俺も張り紙見て、庶務に立候補しにきました」
「だめよ。わたしが庶務になるの。あんたはわたしの秘書。舎弟。小間使いにしてやるわ」
「大河、言い方悪いが、庶務って雑用係だろ? 庶務に秘書っておかしいだろ?」
だぁーはっはっはっはっは!っと、豪快に笑うすみれ。あぐらをかいた脚をバンバン叩く。
「なんか知らねえが、おもしれえ展開だな。よし! ふたりとも放課後、明日から生徒会室に来い。
 とりあえず1ヶ月試用期間で、庶務の本採用は1ヶ月後にどちらかに決める。どうだ? 逢坂」
庶務候補のひとり、幸太であったが、すみれは終始大河とメンチ合戦。オロオロするしかない。
「……そうね。わたしも思いのほか楽しみになってきたわ。退屈しなくて済みそうね……」
ちょっと心配だが、北村がいれば大河もオトナしくするだろ。
しかし今日一日で、大河はすみれと亜美、ふたりの宿敵と刀光剣影。
たしかに退屈はしないだろうが、大河はしばらくオンナの闘い。
その神経衰弱しそうな環境の中に身を投じるのである。

***

翌日のお昼休み。実乃梨は机の引き出しから何かを取り出した。竜児が近寄る。
「実乃梨、なにやってんだ?」
「おうよ竜児くんっ、今のわたしはデコ電職人なんだぜ、ちくしょうめっ」
「デコ電かあ、みのりん手先器用だもんね〜。わあっ、このリボンかわいいっ」
ニュッとふたりの間に大河が割り込んできた。実乃梨はピンセットで次々とストーンを乗せていく。
「へへへ〜、こうみえても器用なんだぜ〜〜……後輩に頼まれちまってよ〜っ……
 シャーッ!! 一丁、あがりっと! ストラップもおそろいのリボンだぜっ!!」
高く掲げたデコレーションケータイ。スウィーツでキュートなリボンが揺れ、キラキラ光っている。
「そだ、竜児くんのも作ってあげよっか?紫のスワロで、『りゅうぢ』って入れてあげるよ」
「お、俺? 俺が使ったら芋ヤンキーっぽいだろ?……気持ちだけで結構だ……」
「的確な自己分析ね、竜児。可愛いけど、わたしもよくケータイ落とすからムリだなぁ」
と、そこにカワイイもの大好きな麻耶が目敏く見つけ現れた。亜美と奈々子も引き連れて。
「すっごいかわいいじゃんっ、櫛枝っ、あたしのもお願いっ」
「へい、らっしゃい! 嬢ちゃんどんなんが、いんですかぃ?」
「えっと、あたしはピンクで〜っ、おっきいハートのストーンでぇ、思いっきりラブリーな感じでっ!」
「そいつぁラブリーだねえ……もうちっと具体的に教えてくれい……」
ノートの切れ端に丸っこい絵を描く麻耶。そして、竜児は連休前の事件を想い出す。
「あれ? 木原……お前ケータイ変えたのか?」
「あ、ヤン……高須くん? あれ、あたしのじゃないし。ゆりちゃん先生のケータイなんだってぇ!」
英語の授業を終わらせ、教壇で質問を受けていたゆり。周波数の高い麻耶の声をキャッチ。
大急ぎで竜児に向って走って来た。竜児はかなりビビった。そしてゆりの言いたい事もわかっていた。
「高須くん……あれは、7年前の教え子が間違って送信したのです。うっかりなんです。ミスなんです」
「わ……わかってます、先生。俺を信じて下さい……」
しかし竜児は今夜、悪夢をことになる。