竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - アフターダーク

114 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2011/02/14(月) 23:01:08 ID:qvsK6Tr2



「アフターダーク」



今年もまた嫌な季節がやってきた。
寒い、とても寒いこの季節。自然とため息が増えていく。
白いため息が、虚空に寂しく溶けたのが、どうにも無性に物寂しい。
一入に情緒が感じられて、だから冬は嫌いじゃないのだけれど、でも、重要なイベントはたいてい冬に待ち構えている。
それが嫌だった。
断トツなのは、やっぱりクリスマス。
今度こそは、次こそはって、一人で迎えることのないようできうる限り精一杯の努力を重ねる。
結果は、独り身を持て余したこの惨々たる現状が物語っている。
去年なんて売れ残りのケーキにシンパシーまで感じてしまったほどで、無駄に終わった努力を忘れるように売れ残りケーキを肴に自棄酒をあおった。
おかげで世間に漂う幸せムードの余韻を二日酔いと胸焼けで過ごさなければならないはめになった。
この上なく惨めだった。
大晦日から三が日にかけてもろくなものじゃあなかった。
一年の締めくくりと幕開けの瞬間を一人自宅で迎えて、除夜の鐘が切なく響いていたのを思い出す。
初詣に行けば参拝者でごった返す境内で四方を固めるカップルの甘酒を煮詰めたような雰囲気をあてつけられ、いきつけのファミレスは正月料金で割高だったし、届いた年賀状には改姓報告か可愛らしい赤ちゃんの写真が印刷されたものばかり。
気がつけば地図を片手に、回れるだけの寺社仏閣を回って神頼みに明け暮れていた。
このままじゃまずいと危機感を抱き、気分転換と挨拶がてらに久々に実家に帰れば、顔を合わせた両親はそれはそれは温かく迎え入れてくれたけど、結婚とか将来のことに関してあれほど口うるさかったのが、取り立てて何も言ってこなかった。
気を遣わせてしまったことを嘆くべきだったか。それとも無言の裏にあった諦観の念に嘆くべきだったか。
たまたま居合わせていた親戚の子供はまだ幼かったけど礼儀は弁えていたようで、おばちゃんあけましておめでとうございます、と舌っ足らずに挨拶してきたから奮発して五千円もお年玉をあげてきた。
帰り際にはおばちゃんまたねと笑顔で手を振ってくれていた。
いつかあの子が成長したあかつきにはあの五千円は返してもらおうかと心の閻魔帳に書きつけようとしたが、屈託のない笑顔に免じて許してあげようと思う。
ああ、そういえば、最近だと成人式すら鬱陶しく感じるようになってしまった。
ニュースでとり上げられる初々しい新成人を見ると、あんな頃もあったっけ、なんて老けた感慨に浸る自分を見つけて、時間のもつ残酷さを思い知る。
早く暖かい季節になってほしい。切に願う。
もしくは他人の幸せを許容できるだけの春を、私にも。
そうすればいちいち隣の芝生を妬んだり、現実を僻んだり、周りを嫉んだりしないで前向きに生きていけるのに。
知らず知らずにまたひとつ、ため息がもれる。
透き通る空気が白く色づいた様を見れば、暖かくなるのはまだまだ先のことのよう。
私の春も、いつ訪れるやらだ。
通算三度目のため息がもれそうになったところで、それを飲み込んだ。
幸せは逃げていかなかったかもしれないが、不意に視界に飛び込んできたものが、あえて考えないように意識の外に逃がしていたことを呼び起こす。
芽吹く春を前にして、一番の寒波が吹き荒れる真っ只中にどすんと居座るあの日。
バレンタインデー──その到来を告げる看板が、満を持してと言わんばかりに堂々とケーキ屋の前に立て掛けてあったのだ。
私は苦い顔になった。
女性が男性にチョコと一緒に愛の言霊を送る。
もしくは親愛なる彼氏に彼女がチョコをプレゼントする。
はたまた女が男に無償でチョコを配り歩く。
世間一般での認識というか印象はそんなところだろうか。
とにもかくにもチョコレートを機軸に一日が回る。
毎年のことながら、なんて馬鹿げた行事なんだろうか。

貰った人にとっては最高の一日になるのは言うまでもない。
あげた人にとってもそれなりに有意義な日となることだろう。
あの期待と不安がない交ぜになって張り裂けそうなほどの緊張感は、良くも悪くも経験してみなければわからない。
受け取ってもらえたなのならなによりで、喜んでもらえたならばなおさら報われる。
そんな素敵な思い出を作ることに成功した人たちはいいけど、でも、そうじゃない人たちだって当然いる。
貰えない人は太陽の存在を忘れてしまったかのように暗い顔をして、貰えなかった人は月に向かって怨磋の雄叫びを上げながらすすり泣く。
どちらかといえば、後者の方がより傷は深い。
もしかしたら、ひょっとしたら、あるかもしれない。
そんな可能性を前者は初めから諦めてるけれど、信じて希望を持っていた後者はその分余計に涙を飲む。
あげる方にしろ、受け取ってもらえないことだってある。いろんな事情からあげたくてもあげられない場合だってある。
そうした阿鼻叫喚と青春の一幕の影で、ひっそり敗北感を味あわされる者の存在はあまり知られていない。
心からそれをあげたいと思う人の一人すらいない、だけでなく職場における人間関係を円滑にする他に何の意味ももたない義理チョコを配る以外はバレンタインを通常運行で過ごさねばならない、寂しいを通り越していっそ可哀想な女。
それが私のことであることは語るに及ばない。
製菓会社によるここぞとばかりのキャンペーンに躍起になって踊らされるほど、もう子供でもない。
とはいえ、人々の浮かれた様子が日毎に鼻につくようになっていたのも事実だった。
嫉妬によく似たその感情が滾々と湧いてくる原因は、まあ、いちいち言われなくてもわかってる。
送る相手なんかいないのだから、そんな恋人同士が融けるように甘い睦言を交し合う日を、待ち焦がれる必要も理由もない。
どうせ今年も独り身で過ごすほかないと、もう諦めかけている。
私にとっては今日がクリスマスに匹敵するほどの陰鬱な一日として終わるだろうことはほぼ確定していた。
そりゃあ私だって望みを捨てたくはないけど、それにしたって時間が切迫している。
平凡な明日はもう数時間後にまで迫っていて、ろくな猶予なんてありはしない。
なぜもっと早くから行動を起こさなかったのだと人は平気で言うだろうが、してなかったとでも思っているのだろうか。
だが、この時期にやけくそでくっ付いた相手との仲が所詮長続きしないのは、クリスマス然りなのだ。
見栄を張るためと心の隙間を埋めるだけの代償行為に他ならない。
そんなの、わかりきったことなのに、ついそれでもいいかなあとか心が揺らいでしまうのはそれほどいけないことなのだろうか。
いいえ、決してそんなことはないはず。だって人は独りでは生きていけないんだもの。
「あの」
そうよ、私は悪くないわ。
悪いのはそれでなくても己が身を抱きしめ孤独に耐えているっていうのに、凍てつく豪雪と吹き荒ぶ暴風で追い討ちをかけてくる世間とその風潮なのよ。
私がこんな思いをしないといけないことこそが不条理なのだ。
「ちょっと」
だというのに。
それなのに。
なのに、なのに、なのに!
「あの、先生、声がちょっと。他に人もいるんで」
呼ばれた方へぐるりと首を向けてみれば正面にいた彼は、なぜだかヒッと擦れた呻き声を合図に口を噤み、背筋も微妙に仰け反った。
にわかにその顔に怯えが滲んでいるような気がするのも、はて、なぜかしら。
いえ、それよりも、周囲に漂うこのなんともいえない空気は何なんだろう。
辺りを見渡すと、一様にあらぬ方へと視線を逸らされた。あたかも事前に示し合わせたかのようだった。
その反応と、そしてぴりぴりと肌に突き刺さるこの疎外感が、遺憾なことながら、私にはたいへん馴染みがあった。


もしや。脳裏によぎる、その言葉。
いつの間にやら固く握りこんでいた手の平に、じっとりと滲みあがっていた汗が冷たくなる。
「あ、あ、あ。ご、ごめんなさい高須くん、先生なにか変なこと言った?」
「いや、えっと。どうしても気になるんなら答えますけど」
と、口ごもる彼はあの特徴的な瞳をギラリギラリと右へ左へ泳がせて、一拍あけてから付け加えた。
「正直、聞かないでいた方がいいと思います」
私はいったいどんなことを口走っていたっていうの。
顔を逸らす彼からは詳細までは読み取れないが、あまりよろしくないことを、それも長々と喋っていたのだろう。
そっと手首に目を落とせば時計の針は驚くほどに進んでいる。最後に見たときより一周は確実に時を刻んでいる。
夕日が差していたはずの窓にはすっかり暗がりが落ち、蛍光灯の光と相まって鏡のように慌てる私を反射していた。
「高須くん、今日のことはどうか」
内密にしておいてほしいという私に、最後まで言われずとも承知しているという風に彼は首肯してみせた。
ほっと胸を撫で下ろす。
帰宅途中に足を運んだ商店街界隈で、バレンタイン商戦をいまだ絶賛展開している件のケーキ屋を食い入って眺めていた私は、その場を通りがかったらしき見知った人影が途端踵を返すところを見逃さなかった。
距離が開かぬ内にさも今気がついたという自然さを強調してその背中に声をかければ、ねじの錆びたブリキ玩具のように回れ右をする。
頬を引き攣らせていた高須くんは、聞けば買い物の最中だったという。それも夕食の。
意外な家庭的一面を垣間見せる彼は、目を丸くする私に会ったばかりにもかかわらず、それじゃあと会釈をして早々に立ち去ろうとした。
私は問答無用で彼の襟首を掴み、その辺にあった手頃な喫茶店へと引きずり込んだ。
きっと高須くんは大きく誤解しているに違いないから。
あれはただ、ショウケースに並ぶスイーツを遠巻きに見ていただけ。
日々の癒しに、ちょっと贅沢しちゃおっかなーなんて、ただそれだけのありふれた光景なの、そういうことにしておかなければならないの。
間違っても高須くんが考えているかもしれないような、そんな卑しいことじゃあないと、しっかり誤解を解いておかなければならない。
なにより口止めをしておかなければ。
そのつもりで彼を引き止めたのだが、どこから歯車が狂ったのだろうか。
必死に釈明していたはずが、ふたを開ければ、いらぬことばかりを饒舌に語っていたと思しきこの現状。
これではまるっきり当初の予定と逆じゃない。
それだけでも恥ずかしいというのにさらにこのことが他の生徒にまで知れ渡ったら恥の上塗りだ。
ただでさえこの頃教師としての威厳を保てないでいるというのに、これ以上は本当に立つ瀬がなくなってしまう。
場所が校外だったのがせめてもの救いだった。
今頃は誰も残っていないだろうが、これが教室ないし職員室だったならまた厄介なことになっていたところだ。
私は小さく深呼吸した後、秘密を約束してくれた彼に頭を下げた。
「ありがとう、高須くん」
謝辞を述べると、合わせていた目がわずかに細まった。
反射的に構えてしまいそうになるが、長時間拘束した挙句に虫のいいお願いまでしている分際でその反応はあんまりだと意志の力でおしとどめる。
それになにも今のはこちらの弱みにつけこもうと黒い企みをしていたのでなく、たんに彼なりの照れなのだろうと、そろそろ一年にもなる担任生活でなんとなくわかるようになった。
初めの頃こそ異様なほど鋭い目つきと、進級以前よりまことしやかに流れていた噂話からまともに会話も成り立たないほど竦みあがっていたのが少し懐かしい。
あの時は、勝手に膨れていた悪印象越しでしか見ていなかったというのもさることながら、もう一人、非常に手のかかる問題児が同じクラスにいたというのも色眼鏡の度を強くすることに一役買っていた。


ここだけの話、面倒なのをていよくおしつけられたと悲観にくれていたりもしたのだ。
こんなの不公平じゃない。なんで私ばっかり。
しかし、彼個人の人柄を少しずつ目の当たりにするようになってからは、徐々にそういったことも減っていった。
手がつけられないと評判だった逢坂さんとよく一緒にいるようになった彼は、まるでしぶしぶお姫様のお供をする従者のようにも見えたが、面倒見の良さを窺わせた。
あれでもし噂どおりの人物だったら、本人を前にしたら口が裂けても言えないけど、わがままで気の強い逢坂さんがあんなに懐くわけがない。
夏にあった「私のだ宣言」は、教育者の立場からすれば、さすがにどうかとも思うのだけれど。
まあ、女の子は独占欲が強いのが当たり前ということで詮索するのはやめましょう。
つついた藪から虎が出てこられても困るし、怒らせちゃったら恐いもの。
クラスメートと打ち解けてきたのもそのぐらいだっただろうか。
本当にそういった人というのは、集団の中では孤立してしまうものだ。高校生なんて多感な時期では特にそう。
そうはならなかったのだから、つまるところはそういうこと。
あれだけ肩に力を入れていたのがなんともアホらしい。杞憂なんて突き抜けて笑えてしまう。
凶悪な外見に反して、どこにでもいる、いたって普通の生徒だったのだ、高須竜児というおとこのこは。
むしろ、ちょっと真面目すぎるくらい。
現に私の愚痴とも言えないくだらない話を今まで我慢して聞いてくれていたし、不愉快な顔も見せていない。
よく付き合ってくれたものだと感心する。
いい加減付き合いきれないと嫌気が差したら、退席を申し出てくれても、私はよかったのに。
適当なところで携帯電話でも取り出して、急用が入ったとでもと切り上げればいいものを。
そうすれば、弁にかなりの熱が入っていたとはいえ、いくら私だって。
けれどそうせずに、こんなしょうもない大人の面白くない話に耳を傾けてくれていた。
こんなに自分のことを話し込んだのはずいぶんと久々な気がする。
目も当てられないそれを吹聴しないと、こちらを気遣ってもくれている。
さらりとさり気なくそういうことができる、そんな彼が約束してくれたのなら、それが破られることはまずないって信じよう。
口の軽い方でもないみたいだしね。
ふふ、と私は微笑を浮かべ、いくぶん温度の下がったコーヒーを一口流し込んで喉を湿らせる。
苦味よりも酸味の濃くなった液体が、痞えの取れた胸に沁みこんでいくのを実感した。
高揚していくような、落ちつくような。
そんな相反する、良い意味で不思議な後味の余韻を満喫していると、ふと、あることを思いついた。
降って湧いたその思いつきが、この時の私には抜群の名案に感じられた。
「そうだ、なにかお礼をしなくちゃ。なにがいいかしら、高須くん。なんでも言ってね」
予想外だったろう私の言葉に、高須くんはぱちぱちと瞬きをする。
次いで、首を横へふりふり。
「いいですよそんなの。俺だって、そんなつもりだったわけじゃ」
「あら、遠慮しなくてもいいんですよ? これは口止め料も込みなんだから」
人差し指を立て、悪戯っぽく言ってみせると、三白眼が皿のように据わる。
「教師がそういうことしていいんですか」
「細かいことは気にしないの」
「あんまり細かくない気がするんですけど」
「そう?」
「そうですって」
「そうかしら」
「いやそうですって」
やっぱり高須くんは真面目だ。しかもなかなか謙虚で、思いのほか頑固なようだった。
今日は新しい彼をしばしば見れてお得な気がするが、しかしこうなると、私としても退くにひけない。

このまま帰したのでは低空飛行で墜落寸前な、雀の涙ほどの威厳すら失ってしまいそう。
年下の、それも受け持っている生徒の厚意に甘えてばかりいるというのも、沽券に関わるというものだ。
感謝の気持ちをきちんと伝えておきたかったというのももちろんあるし、なにより。
もう少しだけ。そんな思いがどこかにあった。
お互い譲らずを覆すことなく、事態が平行線へと突入の様相を呈し始めたところで私はついと目を伏せ、声のトーンを一段低くする。
「……そうね、そうよね。重ね重ねごめんなさい、高須くん。先生気づかなくって。高須くんにも都合があるものね」
「は? え、あー。ええ、まあ」
話題の急な方向変換に戸惑いつつ、彼は曖昧に頷いた。
なんだかわからないが、どうやら振りきれたようだと安堵し、カップに手を伸ばす。
「高須くんも、もう私なんかと一緒にいるの、うんざりなのよね」
次の瞬間、伸びかけたその手はぴたりと停止して、所在なさげに宙に浮いていた。
「違いますよ。何でそうなるんですか」
「いいのよ、いいの。なにも言わなくても先生、こういうの慣れてるから」
「だから、何でそうなるんですか」
理解不能だと言わんばかりに説明を求める彼の姿は、十人が見たら八人は激怒していると取るだろう。残りの二人はそそくさと逃げ去ってしまうことうけあいだ。
かくいう私も素直に白状すると、ある程度慣れていると自負していたつもりだったが、かなり恐かった。
その威圧感たるや、こんな展開にもちこんだことを早速後悔させるに充分であり、無意識の内に謝ってしまいそうになる。
それを堪え、上擦りそうになる声がむしろ好都合だと、高須くんに向かい小声で言う。
「だって高須くん、なんだかすごく嫌そうにしてるし」
痛いところを突かれたというように、高須くんが渋面となった。
けれどそれだけで、咳払いをひとつ。
「それとこれは、ちょっと違うんじゃ」
「先生はただ、いろいろと迷惑もかけちゃったし、せめて何かって、それだけなのに。
 でも高須くんからしてみれば、そっちの方が迷惑だったのよね」
私は私で前に出る。ぐいぐい押す。
あからさまにもほどがある低姿勢は、思ったよりも効果てきめんだったらしい。
彼が体勢を立て直すよりも早く、足場を揺することに成功した。
それでもまだ、もう一押しが足りない。
「べつにそういうわけじゃありませんって。それよりも、少しは俺の話を」
「先生のことが重い、うざったい、しつこいとかだったら、聞きたくない」
「ああもう、そんなこと思ってもないですから」
だんだん気勢を欠いていき、しどろもどろになって否定する彼の言葉からは手に取るように動揺が伝わってきた。
さすがに意地悪が過ぎたかしら。
いいか、それも含めてのお礼とさせていただくことにしましょう。
ここが崩し時だと判断し、畳みかけに行くべく私はそれまで俯かせていた体を起こし、やや身を乗りだした。
「本当に?」
「嘘言ったって何にもならないじゃないですか」
さきほどよりも若干詰まった距離に、はたして彼は真正面から相対する。
そうして、高須くんはこう締めくくった。
「先生のこと、嫌な風に思ってないですよ。俺は」
口調はぶっきらぼうだし、人を睨みつけるような目つきは相変わらずながら、だけど、その一言はどこまでも真摯なように思われた。
身を乗り出して顔を近づけたのは裏目に出たかもしれない。
そう言わせるように誘導しておいて、実際に言われてみたら不覚にもときめきかけた、ようなそんな気がしたのは、内緒のはなし。
「そ、そう? なら、よかった」
内心の乱れ具合を極力出さぬように努め、私は比較的明るめな笑みをしてみせ、胸の上にに手を置く仕草をする。
それでも頬には赤みが差していたかもしれない。
何でだか、それが今日一番恥ずかしいことみたいに思えてしまう。
気づかれてはいないだろうかと不安が首をもたげたが、彼にはそんなそぶりもなく、要らぬ心配だったようだ。


一転した様子に、高須くんは緊張の糸を弛めていた。
「それじゃあ」
「はい。高須くんの気持ちはよくわかりました」
私の不意打ちで、弛むその糸がやわくちゃにこんがらがってしまった絵が確かに見えた。
「気持ちって……まあ、なんでもいいですけど」
嘘だろう、とてもなんでもいいだなんていう顔をしてはいなかった。
不満はあるにはあるが、言及してもしょうがないと踏んだのがありありとしている。
充分だわ。充分、彼の反論する気力を削ぐことに成功している。
そのことに気を良くしているだなんてこと、おくびにも出さずに私は続けた。
「先生びっくしりちゃった。まさか高須くんにあそこまで思われてるなんて。こういうの、教師冥利につきるっていうのかしら」
訂正しよう。
おくびにも出さないどころか、高須くん同様にこちらの方もありありと内面が出てしまった。
表情にではなく言葉として。
いけない、いけない。
あともう少しの間は自制を意識していなければ。
幸運にも悟られることこそなかったが、高須くんも今のに思うことがあったようで。
「なんかわざとそういう言い回ししてませんか。てかもう絶対わざとですよね、それ」
抉るように鋭い彼の指摘に、けれど正解の丸印はつけてあげないまま、無視して私は言った。
「それはいいとして。高須くん、そろそろ決まった?」
高須くんは数瞬なんのことかと頭上に疑問符を浮かべ、並んで戸惑いを顕にしていた。
が、やがて私の発言の意味するところに考えが行き着いたみたいだ。
事ここに及んで、ようやく彼はこれまでの一連のやりとりが、このためのものだったと把握したのだ。
遠まわしで、時間もそれなりにかかったが、だからこそ私が考えを改めることはないとはっきり伝わったことだろう。
それからしばし、間が空いた。
さんざっぱら悩んだ末、垂直に立てれば天井にも届きそうな深いため息の後、彼は重そうに口を開いた。
「やっぱり悪いですよ。そんなに気にしなくっても、俺は」
「高須くん」
その先を遮るべく、なるべく静かに彼の名を呼んだ。
これだけ言ったというのに、まだこれなのか。
まったくもってとんでもなく強情で、呆れかえってしまうほどだ。
こんなに意固地な性格をしているとはいくらなんでも思ってもみなかった。
それがらしいと言えば、らしいとも言える。
それでもだ。
それでも──
「じゃあ、こういうのでも、だめ?」
                    ***
一夜明け、翌日のこと。
昨日の桃色がかった喧騒が嘘だったように、教室内はそれまでの平然さを取り戻していた。
この季節特有の冷え切った朝の空気の中で、若人にあるまじき倦怠感を辺りに振りまきあくび交じりに机に突っ伏す者や、近くの者とお喋りに興じる者。
はてには予鈴と同時に滑り込んできた者まで。
気の抜けきった各々の様子は丸一日前とは打って変わったものだ。
あれだけそわそわして張り詰めさせていた神経を、半分でいいから普段から維持できないものかしら。
あれはあれで鼻持ちならないとはいえ、これはこれで気持ちのいいものでもなかったりする。
ひとのこと舐めてるんだから、もう。
しかしこんなことをわざわざ口で言ってもどうなるものでもない。
それで彼らの態度が変わるようなら世話はないのだ。
時間のむだむだ、さっさとお仕事しちゃいましょうよ。
自分に言い聞かせ、心の中だけで個々人に対する内申を付けつつ、出席をとろうとした時だ。
ばっと元気に手を挙げる男子がいた。
春田くんだ。
「ゆりちゃーん、質問しつもーん」
小学生がそうするように無意味なぐらい垂直に手を挙げている。
そんな春田くんへと首をかしげた。
「なにかしら、春田くん。言っておきますけど、期末試験の内容だったら教えられませんから」
「いやいや、違くって」
「あら、そう」
だったらなんなのだろうか。
不可解な表情をする私を、春田くんは面白そうに見やる。

「昨日はどうだったん?」
「はあ」
生返事が勝手に出たが、だからどうしたというでもなく、むしろどうするべきだろうか。
そもそも質問の意図すら掴みかねているのだからまともな返答なんてできるわけがない。
すると春田くんは、今度はわかりやすいよう言い直した。
「だからさ〜、昨日はお楽しみだったんじゃないかなあって」
わかりやすすぎるどころか直球ど真ん中な彼の言葉のボールは、見事に私の心に死球としてめり込んだ。
ここが球場であったならばマウンドまで駆け寄ってピッチャーを力の限りバットで殴打し、両チーム入り乱れての大乱闘を引き起こすことも辞さなかったところだけど、
生憎とここは教室だったし、彼は一応は生徒であり、私は非力でか弱い一教員でしかないので、教育委員会という見えない審判の存在が発する圧力を前にしてすごすご引っ込んだ。
でも、怒りは納まらず。
「春田くん? それは先生に対する嫌がらせと思っていいの?」
表情筋を総動員してにこやかに微笑み、朗らかな口調で暗にもういいから黙れと言う。
が、時すでに遅かった。
そこかしこからひそめた話し声が飛び交い、憶測が憶測を呼んでいる。
好奇心のやりだまに上げられているのが自身のことというのは、当然、喜ばしいことではない。
そんな中にあって、元凶はいやらしくもへらへらとしているので、ただただこちらの神経を逆撫でするばかりだ。
私はじとりと春田くんへと目を向けた。
「またまた、とぼけちゃって」
どこ吹く風と流されるが、そう言われても、強いて言うことなど特にない。
藪から棒になにかと思えば、日も高い内からくだらない。
要はバレンタインデーをどう過ごしたのかを聞きたいのだろうけれど、答える義務は欠片もないわね。
まったく、もっと別なことに興味をもったらいいのに。
もしくは他人事に興味なんてもたなければいいのに、下世話というか、なんというか。
だいたい聞いたところで、どうせ面白おかしく笑いの種にする腹づもりなんでしょう。
そんなの頑として願い下げだ。丁重丁寧にお断りさせてもらいたい。
「しらばっくれてもだめだぜ、ゆりちゃん」
私が何も言わないでいると、黙秘しているものだと取ったよう。
甘い甘いというように人差し指を振り、春田くんはチッチッチと下手くそな舌打ちをしてみせた。
「だって見ちゃったんだよなあ、俺」
たとえるなら、にやにやという感じだ。
薄っすら口角が上がってる様も、好奇心を如実に灯す瞳も、常々能天気そうに締まりのない顔を三割り増しにだらしなくさせている。
と、春田くんがふふんと得意げに立ち上がった。
「昨日の放課後、商店街の方でさ、ゆりちゃんがたか」
ちょうどいい高さにちょうどいい的がそこにあったので、脳内議会を通す暇も惜しみ、私は一片の躊躇もなしにその的目がけて手元に開いていた出席簿を放り投げた。
出席簿自体は平べったく、厚みもそこそこで、重量も微々たるものだ。
けれどその表紙はハードカバー仕様になっていたために見た目とは裏腹に硬く、角に限ればとんでもない凶器となる。
一瞬の間を挟み、すこんと小気味いい音が響く。
手を離れていった出席簿は最短距離を切り裂くように飛んでいき、狙い違わずに彼の眉間に突き刺さったのだ。
ぐわんぐわんと大きく頭を揺らした後、力尽きた春田くんは膝から崩れてそのまま着席した。
「ああ、ごめんなさいね。ちょっと手が滑っちゃった。大丈夫、春田くん?」
慄く生徒たちの間を早足で抜け、目当ての席までくる。
床に落下していた出席簿を拾い上げて埃をはたいたついでに、額を赤くした春田くんに声をかけた。
「な、何すんだよゆりちゃん、ひどくね……」
人聞きの悪い、これは女性のプライベートを侵害した報いなのよ。自業自得なんだから。


まだ口をきけるだけの意識が残っていたので首の後ろ、延髄の部分にもう一撃入れておく。
蛙が潰れたような呻き声をあげた後、彼は微動だにしないほど大人しくなった。
調子が出てきたところだけど、まあ、今はこんなものでいいでしょう。
今はね。
「さっ、そろそろ出席とるわねー。春田くん? 返事が聞こえないので欠席っと」
教卓に戻りがてら氏名の横にチェックを入れ、記録上彼の存在を無いものとしておく。
しかし困った。まさか見られていたなんて。
それにこの気まずい空気もどうしよう。
咄嗟にやってしまったこととはいえ、この場にいる誰から見ても、何かあったと怪しまれるにはお釣りがくるほどだ。
とりあえず春田くんの方は、これだけ痛い目を見せておけば易々と他言することはないだろう。
とても信用できたものではないけど、そう割り切っていないと身がもたない。
仮に春田くんが懲りずに昨日のことを他の誰かに言ったり、見えない圧力が私の上に降ってきたとしても、その時はその時で適宜対処するしかない。
そんな時が来ないことを願うのみだが、本当に来てしまったらリーク元にはきついお灸を据えてやるんだから。
具体的なことはあとで考えることとし、私はすっかり遅れてしまった出席の確認にとりかかる。
「それじゃあ気をとり直して。逢坂さん……あの、逢坂さん?」
それもいきなり躓いた。
逢坂さんからの返事はない。
彼女は自席には座っておらず、私が今さっきまで立っていた場所にいた。
春田くんの目の前だ。
「起きなさい。起きなさいよ。起きろ、この」
「へぶうっ!?」
逢坂さんは春田くんの胸倉を掴んで無理やり上体を起こさせると、白目を剥く彼のほっぺたをすごく痛そうに引っ叩いた。
早くてよく見えなかったけど、あれ、ひょっとしてグー? まさかね。
「あにすんだよいきなり」
意識を取り戻し、顔の左半分を腫れぼったくさせた春田くんが涙目で抗議の声を上げている。
あのまま夢の世界にいればいいものを。
いや、それだけ逢坂さんの一発が強烈だったのかも。
ありえる。きっとそうだ、やっぱりグーだったんだわ、あれ。
「うるさい。いいからあんたはただ聞かれたことだけ答えなさい」
有無を言わさぬ迫力で居丈高に言いつける逢坂さんに、怯みきった春田くんがこくこく頷く。
私は中断に入ろうと、いいえ、入らないといろいろとまずいと思ってはいたが、如何せん他からの視線も厳しいものになってきている。
逢坂さんも時折吊り上げた眼差しを容赦なくぶつけてくるので、動くに動けない。
「いつ頃なのよ。あんたが見かけたのって」
誰それを、とは敢えて聞かないところが、彼女がまだ核心を持ちきれていない証拠だろうか。
それと同時に、心当たりがあるというのもわかってしまった。
直前の行動とこれまでのことを鑑みるに、理性を保てるだけの冷静さが残っているのが逆に恐ろしい。
「えーっと。ありゃたぶん、六時過ぎだっけか。だいたいそんぐらいだったはず」
「商店街なのは確かなのよね」
「さすがにそこまであやふやじゃねえって」
「場所は」
「スドバ」
「他に誰かいた」
「うんにゃ。店入るとこから見てたけどずっと二人っきりだった」
「どのくらいよ」
「いやーそれがすっげえ長くってさ。一時間は余裕で越えてたな」
「なに話してたのかしら」
「わっかんねー。俺らも気になってたんだけど。ただ、なんか愚痴っぽいようなことが聞こえてきたのが時々あって」
次々に交わされる質疑応答に、私は背後から着々と近づく誰かの足音が聞こえてくる幻聴まで覚えはじめていた。
所在、店舗名、人数、時間帯、話題。どれをとっても正確に一致していたのだ。
ていうか、もしかして彼は一部始終を見ていたと、そう言ってるの? それに俺ら?
聞き捨てならない会話の中にあって、殊更に気になるフレーズを発見したが、私にそれを追及する手段はない。


でも、おおかたの目星はついている。
どうせ能登くんなのだろう。
ボーイズでラブな関係も囁かれそうなぐらいいつも仲良く一緒に行動している二人だ、おそらく昨日もそんな感じでブラブラしていたに違いない。
今頃は春田くんの失言に心中穏やかでないことでしょう、あとでそれとなく釘を刺しておかなければ。
「その後はどうしたの。そのまま帰ったの」
「あー、しばらくしてスドバは出てったんだよな。それから……ああ、思い出した」
萎縮していたはずの春田くんだが、もうそんな様子はすっかりなりを潜め、嬉々として逢坂さんへ、それに加えてクラスメート全員へとことの顛末を語っている。
興味津々と露骨に野次馬となっているのは川嶋さん率いる女子グループの一角で、一言一句に「ほうほう」だの「それでそれで」と相槌を打っては場を盛り上げる助力を率先して買って出ているのは櫛枝さんだった。
生徒の模範となるべき生徒会長からして櫛枝さんに倣って聞き手に回っているのだから手に負えない。
加熱する傍聴者に乗せられて次第に身振り手振りまで交えだす春田くんは、お調子者にもほどがある。
あのよく回る舌を引っこ抜けるか、それか口を縫い付けられるなら、私は諸手をあげてその話に飛びつくだろう。
憎々しいったらないわ。
私の中での自身の株が最安値を更新し続けているなどとは露ほども知らないだろう春田くんは、手をぽんと叩く仕草をし、口を開いた。
「ケーキ屋に入ってってチョコ買ってった」
「ふうん。そうなんだ」
と、突如としてそこでどよめきが引き、スーッと静まり返る教室内。
春田くんの話にではなく、逢坂さんが下を向いてしまったためだ。
けれどその静けさを破ったのもまた、逢坂さんだった。
「竜児!」
「のわあっ!?」
鼓膜に痛い逢坂さんの怒声に腰が抜けそうになった。
至近距離で耳にした春田くんなんかは抜かしているかもしれない。しかも大仰に仰け反って、バランスを崩し椅子ごと倒れてしまった。
もっとも、私は元より逢坂さんさえそんなの気にしてはいないようだ。
彼女は瞬時に伏せていた顔を上げると一目散に彼のところへと飛んでいった。
「なんで嘘ついてたのよ! あのチョコやっぱり買ったんじゃないんじゃない!」
今まで極力輪の中に入らず、ずっと窓の外を眺めていた高須くんは、眼前に躍り出た逢坂さんを一瞥すると憮然とした顔になった。
「べつに嘘なんてついてないだろ。勝手に持ってきたわけじゃあるまいし」
「そういうこと言ってるんじゃないの! それに、あにょ。そ、そうよ、他所のスーパーの袋に入れてたのはどうしてよ!」
「一まとめにしてちゃいけないのかよ」
「だ、か、ら! そうじゃないって言ってんでしょ! なんなのよ、昨日からずっとそうやって……」
癇癪を起こす逢坂さんが詰め寄るものの、高須くんはまともに取り合おうとしない。
約束を守ってくれているのだろうと思うと、申し訳なくなって、心苦しくなる。


──あんまりひとには言わないでね。
昨夜私はそう言った。
発端のケーキ屋でのことだ。
あの時私は彼への謝礼として、チョコレートはどうだろうかと提案した。
残り数時間で終わりを迎えるとはいえ、折りしもその日はバレンタインデーだ。
贈り物にするには申し分なく、値段的に考えてみても気負うほどの品ではない。
それならばと、高須くんはようやく首を縦に振った。
それから喫茶店を後にし、ちらほらと店じまいを始めていた商店街を進む。
辿りついたケーキ屋も閉店準備にとりかかっていて、あまり選り好みはできなかったが、それでも渡す側としての体裁を繕えるのにも、お礼として差し出すのにも充分なものが買えたと思う。
包装は、駆け込んできた最後の客に気を利かせてくれたのだろうか、店員の方がサービスだと言って施してくれた。
ビターな色合いを基調とし、白いリボンがアクセントになっていて、なかなか雰囲気を醸し出している。
だから、いざ手渡すときにはかえって緊張してしまったものだ。
あんなにドキドキするだなんて、自分でも思いもよらなかったほど。
平静を装うのにかなりの神経を使いつつ、私は彼に感謝の言葉と、大人の口止めとを共に包んで贈った。
そしてそのまま別れの挨拶を告げて、足早に帰途についた。
時間も時間だったし、あくまでもあれはお礼として渡しただけなのだ。
いつまでも居残って、反応を窺うようなマネはするべきではない。
断じて込み上げてくる今さらな恥ずかしさに耐えられなくなったからとか、顔を見るのが怖くなったからとか、逆に見られたくなかったからとかではない。
そんなことは、本当、ないのだから。
しかしそのために、私は気がかりを残してきてしまっていたことに後になってから気がついた。
高須くんは、喜んでくれただろうか。
そうでなければまるで意味のないことではないか。
それを知る術なんかないじゃないと、帰宅してから頭を抱えるはめになってしまった。
その上その頃からすでに、彼は逢坂さんから怪しまれていた模様。
挙句にこの騒動だ。
迷惑をかけてしまって、より一層のこと、高須くんには合わせる顔がない。
そんな風に思っていた時だった。
「だいたいおかしいと思ってたのよ。帰ってくるのはおそいし、聞いてもはぐらかすし。私に隠れて一人でチョコ食べてるし」
呪文のように逢坂さんがぶつぶつと呟いている。
ぎょっとしたのは高須くんだ。
「帰ってたんじゃなかったのかよ。いや、それよりも、どっから見てたんだおまえ」
「カーテンぐらい閉めときなさいよ。ま、おかげで丸見えだったけど。あんたのバカづらが」
「おい、だからって覗くなんて」
「なによ、だらしない顔してたくせに。気持ち悪い」
あまりのことに憤慨しかけるも、逢坂さんの冷ややかでありながら穴が空きそうなほどに熱い視線にたじろいで、高須くんはバツが悪そうに黙り込んだ。
逢坂さんはなおも烈火の如く息巻いてあれこれ捲くし立てている。
高須くんは反論するだけ火に油だと悟ったようで、盛大なため息を吐き出した。
そんな彼と不意に目が合う。
時間にして数秒。
絡んだ視線は向こうから途切れたが、私はたしかに見た。
首筋に、耳に、頬に、照れくさそうに浮かぶその色を。
見てくれがどうとかじゃなくて、そんなの関係なしにそういうのがこっちの心臓に悪いんだって、知らないでやるんだから、ずるい。
甚だ不覚なことながら、一度ならず二度までもときめきかけた、ようなそんな気がしたのは、これも内緒のはなしにしておきましょう。
「ちょっと! 聞いてるの、竜児! まだ話は終わってないんだから!」
少なくとも彼女にだけは、絶対。

                              〜おわり〜