竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - タイガー×ドラゴン食堂へようこそ!そのいち。
「ラブレター、返せ――――っっ!!」

フリルひらひらワンピース姿の、可愛い恋文差出人。
その受取人(間違いだけど)、竜児の胸よりずっとずっと低い身長なのに、
とんでもない怪力で男の襟首つかんで開店前の店内に引きずり込んで、椅子やら机やら片っ端からなぎ倒し、喉元に木刀突きつける奴なんて、
こんな女他にいるわけない。

決してこいつ、赤字続きの店に返済を迫りに来た極道借金取りではない。
……たぶん顔だけなら、こっちが非道なヤクザ高利貸しに見えるだろうが、こいつは昨日、日替わりBランチ(サバ味噌定食)を食い逃げしてった奴なのだ。
本来ならこっちが御代払ってもらう立場じゃないだろうか――なのに、何で、なんで、朝っぱらからラブレターに、ワンピースに、木刀、木刀?! ひー!

「選びなさい。あんたには、3つ選択肢があるわ」

 1、私に半殺しにされて、店も営業出来なくされる。
 2、脳みそから今朝のラブレターの記憶全部なくす。
 3、それが嫌なら私に協力する、そう奴隷のように。

「……どれも嫌だっ!」
「じゃあ死んでっっ!」

逢坂大河。実乃梨の女子高時代からの大親友。ずっとニート中の、どこぞのお嬢様。
数少ない店の常連客。いつもいい食べっぷりの、料理人冥利に尽きる大事なお客様。

今日もフリルとレースたくさんの乙女ファッション、淡い色の綺麗なウェーブヘア。
永遠の少女のような華奢なスタイルと、アンバランスなほどの硬質かつ精緻な美貌、
……それを神が与えたとしたら、なんでそれと反比例するような乱暴で凶暴で、最強かつ最凶の性格までこいつに与えちゃったのか。

だから、人はこいつをこう呼ぶ――――猛虎、手乗りタイガーと。


「な、何を、協力しろって?」

実乃梨と何の進展もないまま死ぬのも嫌だし、脱サラして借金して開店したばかりの自分の店を壊されるのも嫌だ。
だから、だいたい解っていたけど――解りたくなかったけど、木刀を避けながら手乗りタイガーに訊いてみる。

「それのことよ、それ! ラ・ブ・レ・ター!」

竜児が手にした、薄桃色のきれいな封筒。宛名は北村祐作さま、差出人は、手乗りタイガー。
さすがにどう見たって、こいつは決闘の果たし状でも、組からの破門絶縁の義理回状でも、はたまた活字を切り張りした古めかしい脅迫状でもないだろう。
要するに手乗りタイガーは、イチかバチかの本丸突撃、デット・オア・ライブなラブアタックを敢行し、『ドラゴン食堂』にラブレターを届けたのだ。
……しかもドジな事に、相手を間違えて。

***

「ここ北村くんの店だと、ずっと思ってたのに!」
「俺の、店だ! あいつは大学院居残りオーバードクター、暇な時手伝いに来てるだけで、そもそもアルバイトでもねえ」
「……北村くんに給与も払えないってことね。このダメ店主」

まだ開店前だが、とりあえず手乗りタイガーをカウンター椅子に座らせ、お冷やのグラスを出してやって。

逢坂大河。店の扉を毎日どかーんと吹っ飛ばす勢いでやって来る、『ドラゴン食堂』の貴重な常連客。
櫛枝実乃梨の親友。いつもランチのご飯は大盛り&おかわり、小さいくせに絶対3人分は食べてる。
性格は獰猛かつ傍若無人、こうやって店内で木刀を振り回し竜児の命を狙うような、気性の荒い女。
――そして、実乃梨の大学時代のサークル仲間、北村祐作に、ずっと密かな想いを寄せている(らしい)。

「あ、あんたが大人しくそのラブレター渡してれば、こんなことにならなかったのよ……」
「そもそも今朝は北村、店に来ねーよ。昨日言ってただろ、幼馴染の女が帰ってきたって」「う……」

……朝、北村が電話してきたのだ。すまん今日の昼の部、店に出られない、と。
昨日の夜、ヨーロッパから帰国してきたという元モデルのあいつの幼馴染、川嶋亜美なのだけど、
『ずっと海外ブラブラしてたから、実家帰ると親がうるさいのー』とかで、トランク抱えて北村のワンルームに転がり込んで、
『時差ボケひどいしー』と1つしかないベッド、無理矢理奪ってしまったとか何とか。

ラブレター出した相手が、昨晩一人暮らしアパートの部屋に女を連れ込んで、今日は店をお休み。
美人の幼馴染……再会した、オトナになった二人……ひとつ屋根の下……セクシャルバイオレットNo.1……かどうかは知らないが、
それはこいつには黙ってた方がいいだろう、大事な親友のプライベートに関わることだし。
それに、片想い手乗りタイガーにとってそれは死刑宣告に等しいかもしれない。――喋って死ぬのは竜児かもしれないが。


……ああ、まったくもう。
いきなり木刀で襲い掛かるような乱暴者、手乗りタイガーの一件に関わりたくなど無かったのだけど、
出来るなら何も見なかったことにしたかったのだけど、

「……この封筒も、そのせいなんだろ」「……」

ずっと片想いしてる相手に幼馴染の女がいるって聞いて、『亜美』と親しく名前で呼ぶのを聞いて、
ショックで顔は真っ青、はじめてランチは食べ残し、代金も払わずふらふら糸が切れたように帰って。
……いつもは見たこと無いそんな姿を、昨日カウンター越しに竜児は、見てたから。
おまけに今日、こうやって「手乗りタイガー」の名に相応しくないほど、見るからに落ち込んで、
力なく黙り込んで瞳を伏せる姿を目にしたら、目元に光るちいさな涙、見せられたら。

「――よく判らないけど、判った。何か力になれるなら、手伝ってやる」
「え……協力、してくれるの? 本当に?」

――たとえさっきまで木刀で襲われてた相手であっても、女の涙には弱いのだ、胸の奥がつんと痛くなって、何だか堪らない気持ちになってしまうのだ。
こんな顔つきではあるが、竜児という男は、そういうふうに優しく出来ているのだ。

***

「つまりこの封筒を渡して何とかしたかったんだろ、あいつに」
「ち、ちょっと待って! やっぱりその、ラブレターって、この年齢になってそれはちょっと、どうなのかな……?」
「って、まさか27にもなって【ラブレターで告白→お付き合い→プロポーズされる→ウェディング】とか、乙女みたいな事考えてたんじゃないだろ?」「……」

あいさかの へんじが ない。――ずぼしだった ようだ。

「な、な、何よ〜! 私のことバカにしてっ!……う、ううっ、やっぱりお前を、殺すっ!」
「だ、だから泣くなっ! 木刀はよせっ! 店が破壊されるっ!」

ああ、こんなやりとり他人に見られたら、どんな噂になるか判ったもんじゃない。……ただでさえご近所では、開店以来『ヤクザの店』と根も葉もない噂が流れ、
売り上げだって【びっくり! 君の帳簿もまっ赤っか!】状態な、この店だ。
これで、ヤクザ店主が女を泣かせていた、財布を忘れた客を「無銭飲食だと? 上のお口の分は下のお口でしっかり返してもらうぜ、その身体で払ってもらおうか――!」と無理矢理乱暴したに違いない、などと噂された日には。
……間違いなく逮捕有罪クサい飯、この店は潰れ二階の借家からも追い出され、泰子とインコちゃんは借金抱えて路頭に迷う羽目に。いや鳥は保証人になれないけど。


「何よ……力になるっての、嘘だったの……」

つまり、この手乗りタイガーは、
ごく自然に毎日北村と一緒にいられて、会話もたくさんできて、時には2人きりでお出かけしたりして、
いつかはトランク1つで相手の部屋に転がり込んじゃうような仲、ご飯とベッドを共にするようなステディな関係になりたい……と言うのだ、それに竜児も、協力しろと。
おい待てよ、そんな都合良すぎな方法あるわけないだろ、もしあるなら、この俺が知りたいぞ!
そうすれば……夢じゃなく現実に、実乃梨とお付き合いして……結婚して……一緒に、この店を経営して……。

――――ちょっと待て。
あった、ちょうどあるではないか。
都合いい方法が、この店の、壁に!

***


 定食屋『ドラゴン食堂』接客アルバイト募集(女性)。
 資格不要、未経験者歓迎。給与待遇委細面談、制服貸与、交通費支給、賄いつき。


「アルバイト――募集??」
「そう。北村の本業は未来の考古学者だし、どう笑顔作っても俺の人相は客商売向けじゃない。自分で言うのも何だが」
「確かに、料理はおいしいのにね……絶対、その顔で損してるわ」
「北村は、大学院が暇だと店に手伝いに来る。そこに新しいアルバイトとして入った女の子。いろいろ先輩を頼るのは当たり前だし、北村はとても面倒見のいい奴だ、昔から」

……毎日一緒に働いてれば会話も進むし、同じ職場の仲間としての連帯感、毎日客として来るより仲良くなりやすいはず。
『もう夜遅いから』と仕事明けに家まで送ってもらったり、2人で買出しに行ったり、職場の福利厚生で慰安旅行とか。
そして、いつしか2人は互いに惹かれ逢う様になり……。

「どうだ?」
「……よ、嫁に行くときは、絶対あんたも結婚式に呼ぶからっ!」
「いや、新郎友人として普通に出席するつもりだ。当然2次会はうちで開催、3次会は泰子のスナックで。――いいんだな?」
「ちょ、ちょっと待って! ウェイトレスなんてできるかどうか……だって私、すごいドジなのよ! 働いたりしたら、皿やグラスは割れ、転んでテーブルは倒し、厨房はガス爆発……」
「いやいや、ミスを北村にフォローしてもらう、ドジって落ち込んだら慰めてもらう……急接近のチャンス、だろ? まあ火と刃物は使うな」
「っていうか、そんな、あまりに都合良過ぎて、夢みたいで、ほんとうに信じていいか……」
「もちろん、賄いメシつきだ。昼と夜の部、2食食べていい」
「お、おかわりも? 大盛りも? デザートも?!」
「……ほどほどに、な」「やったあ♪」

――驚いた。手乗りタイガーが、へへへ! と、笑ってる。
この店では「フン!」といつも機嫌悪そうにしてたのに、竜児を睨んだり舌打ちしたりしてたのに、
今日はこんな、こんな可愛い笑顔をしてるのだ、今まで見たことない素敵な表情を、してるのだ。

「逢坂、大河さん……だっけ。俺は、高須竜児。店では店長って呼んでくれれば――」
「わかったわ、竜児! 明日から出勤でいい?」「いや、店長って……」



ID:3n0sPQYA氏