竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - 夏
◆ZMl2jKQNg0m5 sage 2010/01/01(金) 23:16:34 ID:mGUD+vF7



《夏》(ちわドラ短編シリーズ第一彈、死ネタ注意)



最高の宝物を与えてくれた神は、また私の手からそれを奪い去った。
家事する途中で転んで、頭をぶつけてコマに入り、そのまま目覚めずに、私を置いて一人で逝った、なんて。
いつかは四六時中誰かに振り回されて、竹刀で叩かれても平気だったのに、なんでこんなに脆くなってきたんだろう。

いつまでも納得できずに、号泣して、泣き止んだら、やがてまた泣き出す、そんな日々は暫く続けていた。

それがようやく打ちとめになって、涙の匂いが漂う狭い空間から出たら、迎えてくれたのはよく晴れた空と、それを薄く綴る白い雲。
雲一つもない蒼空よりも、こんな空の方は高く見え。ベンチチェアに座って眺めるだけで、心を縛る苦しみは漸うと解かれてゆく。
周りの景色に満ち溢れる金色の光を見れば、太陽の下で生きていた昔の自分が恋しくなった。

貴方を失った悲しみはまだ、心拍とともに疼きだす。それ故か、夏の風は妙に肌寒く感じる。
でも、それで逆に穏やかな気持ちになり、意外なほどに落ち着けられる。

……ねぇ、竜児。昨夜ね、貴方は夢に出てきた。何十年前の貴方が。
その夢のお陰で、もう忘れかけていたアノ頃の記憶を、一気に思い出してきちゃった。

あの頃の私は必死だったな。貴方と何時も一緒に居られた誰か。かつての貴方が思いを寄せていた、また別の存在。
最後に、貴方の何でもなかった私。一人だけ蚊帳の外に居たと思って、「私も一から入れてよ」とか、そのような情けない言葉を
口走った気がする。何時も仮面を被って、負の感情だけ一人で抱え込んでいた私が、その寂しさだけ耐えられなかった。

そして、貴方の瞳に突然私の姿が映っていた、あの日。私にとって最高に幸せな一日だった。
必要以上に鋭かった貴方の目に睨まれて、「好きだ」なんて言われて、拳銃に心臓でも打ち抜かれたみたいだ。
なんでかな、その直前と、直ぐ後のことはまったく覚えていない。余程の夢心地だったからだろう。
でも、その場で泣いていた気がする。私は弱い人間だから、喜びの余りに涙を流したかもしれない。
いや、もしかしたら、私が泣き声をだしたこそ、貴方は私のことに気付いて、私の居たところに振り向いていたかな。

まあ、その後の一緒に過ごせた長い時間を考えれば、そんな順番なんてどうでも良かったけど。
ついあいだした後、スキャンダルになるのを恐れずに、過剰なまでにイチャイチャしていた頃。その前の私と、今の私から見ては、
あまりにも馬鹿らしすぎるモノね。
そして結婚一年目、最初の息子を生んだとき、私の手を強く握り締めた貴方。隣の看護婦が貴方を見て震えていたのが
可笑しかった。確か、目が真剣すぎたよね。ご飯を作りながら一生懸命に子守り唄を歌う貴方も、実に愛らしかった。
何年過ごしたあと、子供が親離れしたらまた、つい最近貴方がこの世を去る時まで、普通の夫婦として日常の満喫していた。
こうして数十年貴方とともに過ごすことで、貴方を愛することはもう、思考と同化していた。

久しぶりの新鮮な空気をゆっくり深呼吸しながら、想う。

貴方に出会えて、大人の世界に人生観を捻られた私は、恋というものを信じ始めた。
貴方に恋することで、私は思春期の果てにたどり着いて、本当の成人になりつつあった。
貴方と結婚して子供を篭り、私は芸能界から引退して、母としての人生を歩み始めた。

最後に、貴方の死を辛うじて乗り越えた今、私はようやく「大人」になった気がする。
もう老人になった私に、「成長」することに何の価値があるかは、まったく分からない。
だが、少なくとも、それは私の命、私の身体、私の魂に残した、貴方の足跡で、貴方が生きていた証だった。

瞼を閉じたら、目の前に浮かんだのは、かつての自分がヤンキー面と呼んでいた、懐かしい青い面影。
今、眠りに落ちたら、また夢で貴方に出会えるかな。



ねえ、竜児……

(終)


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お粗末でした。
あけましておめでとうございます。日本ではもう直ぐ2/1になるでしょうけど。1スレで終わる超短編だが、中々デリケートなところあるので結構苦労しました。
この短編シリーズは、「夏→夏秋→秋→秋冬→冬→冬春→春→春夏→夏」の九連發で構成されたモノ(という予定)です。また、この順位は物語のタイムラインとほぼ無関係です。
実は亜美x竜児の本編再構成長編を考案していたんですが、リアルで割と忙しい私はそれを完成出来ないだろうから、この形で妥協してみました。
あと、数スレ前に、日本語指摘してくれた方、ありがとうございました。「しまったっ!」と、それを肝に銘じて頂きました。