竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - 埋めネタ 奈々子様の超ラッキーな黄昏時
343 奈々子様の超ラッキーな黄昏時  ◆/8XdRnPcqA sage 2010/05/12(水) 21:53:25 ID:oYaCTfsr





自然石を模した壁のタイルに柔らかな間接照明が当たる。
タイルの凹凸が成す陰影は息を潜める男女の秘め事のようだ。
駅から少しばかり離れたバーでは、緩やかなジャズと、囁くような会話が、心なし曇った空間を流れていた。
そして、磨きこまれたカウンターに、近頃はそんな空間も似会うようになった人影が一つ、片肘をついて退屈そうにしていた。
年の頃は、ようやくこういった場所に立ち入る事を許されたばかりだろうか。
しかし、ウェーブのかかった黒髪と、飾り気の無いチュニックに包まれた豊満な肢体は年に似合わぬ色香を発散している。
寡黙なバーテンダーがナイト役を務めていなかったら、声を掛ける男の数は呆れるほどであったろう。

ふと彼女が顔を上げる。
はたして幼さを残す顔つきは、二十歳そこそこの娘のものだ。
しかし、口元の黒子のせいだろうか、すこし怒ったような瞳を玄関に向ける彼女は、いっぱしの女の色香を纏っていた。
――― カラン。
玄関のドアが来訪者を知らせようとするのを待ち構えたかのように、グラスの氷が崩れた。


     埋めネタ   〜奈々子様の超ラッキーな黄昏時〜


以前、ここに来た時とは状況が大きく違っていた。
大学はもう夏休みで、とくにバイトもしていない奈々子にとっては退屈な日々。
そんな時に届いたメールは思いがけない内容で、奈々子は大いに今日のことを楽しみにしていたのである。

前回、この店に来た時は呼び出す側だった。
だが、今日は呼び出されたのである。
誰あろう、川嶋亜美に。

それはもう、奈々子様が御悦びになられるのも当然だろう。
獲物がわざわざ向かってきてくれるというのだから。
奈々子様は、柄にもなく、(っと、これは失礼か)年端もいかない少女のようにウキウキしながら、この店に着いたのだ。
それが今から2時間前の出来事。
――― そう、2時間前の。

つまり、亜美の大遅刻である。
30分やら1時間なら我慢もできようが、……2時間である。
そりゃー奈々子様じゃなくたって怒る。

「はぁ、はぁ、はぁ… 奈々子…… ご、ごめ」
「亜美。」
「は、はい。」
「――― 絶対許さない。」
「はうっ! マジ、ゴメン! どうしても抜けられなくって… あ、あたしのせいじゃないの、共演者がNG出しまくって…。」
「―――――― 絶対、許さない。」
「本当に、御免なさい。 だって、本番中に携帯なんかいじってたら怒られるし、連絡できなかったの、本当に、本当だから!」
「―――――――――――――― 絶っ対っ、…くすっ ……許さない。」
「ひっ! な、奈々子、そ、そんな… 超怖い顔しなくたって…」
「…………」
「うふ。 冗談よ、亜美ちゃん。 でも、埋め合わせはしてもらおうかなぁ。」
「そ、それは当たり前じゃん、勿論するって。 っていうか、本当に……ごめん。」
「もういいわよ。 それより珍しいよね、亜美ちゃんの方から誘ってくれるなんて。 なにかあったの?」
「う、うん。 別に特別用事があるってわけじゃないんだけど、ちょっと話がしたくなっちゃって、さ。」
「ふぅん……。」
奈々子にはそれだけで十分だった。 亜美がけっこうヘビィな心理状況にあるのを読み取るには。
だから、奈々子は嬉しさで顔がにやけそうになるのを必死で押さえつつ答えたのである。
「わかったわ。 今日はゆっくり飲みましょ。 ――― 夜はまだ始まったばかりだもの。」


………
「……ふぅん。 そうなんだ。」
「うん。 本当に嫌だったんだけどさ、ここ何日かは、あたしの事、本気で色々考えてくれてるんだなって。」
「お仕事でも、嫌々なのと、そうでないのでは全然違うでしょうね。」
「そうなの。 だから、ちょっと女優ってのも悪くないかなってさ、思うようになった。」
「普通はみんな憧れたりするお仕事だと思うけど…。 でも、亜美ちゃんにはそんな感じだったのね…。」
「う…ん。 正直、それが用意されてたからやってた、って程度だったよ。 あたしがやらなきゃ、皆に迷惑かけちゃうとか……
ほんと、そんな程度だったんだ…。」
「そういえば、亜美ちゃん、高校の時もメイクとか裏方の仕事が好きって言ってたもんね。」
「それは今も変わらないよ? どっちかっていったらね、そっちの方が好きだよ。」
「でも、目立ちたがりのナルシーちゃん。」
「うん… まあね… それは否定しない。  うふふふふ。」
奈々子はくすくす笑いながら、カクテルグラスの縁に指を這わせ、そして一口だけ味わう。
「奈々子、それ好きだよね。」
奈々子のショートのグラスにはレッド・ルシアン
「あら、亜美ちゃんだって、この間もそれ、飲んでなかった?」
亜美の手元にはバラライカ。 確かに以前と同じ。 亜美は、あの状態でもそれを覚えていた奈々子に驚きと底知れなさを感じる。
そして、やっぱり相談するべき相手は奈々子しか居ないと思った。

さて、どうやって話を持っていこうか、と、しばし思案する亜美。
奈々子は、すこしの沈黙ならばむしろそれを楽しんでくれるから助かる。
ただ、流し目気味のその視線が、同性を見る視線にはちょっと見えないような気がするが…
気のせいだろう、と亜美は思うことにして、とりあえず麻耶の話題を振ることにした。

「それはそうと、知ってる? 今日、麻耶はデートなんだってさ。 能登君と…。」
「昨日聞いたわ。 なんだか不思議な感じ。 大ドンデン返しよね。」
「ほんと。 あんだけ祐作、祐作だったのにね。」
「やっぱり一緒にいる時間が長いほうが有利なのね。」
言外に高須と大河のことも滲ませつつ、奈々子は亜美をからかうような視線を向ける。
その視線を感じて、亜美はやっぱり奈々子は話が速くて良いと感じていた。
「告白されたのも大きいんじゃないかな? あれからあの二人、ちょっと変わったじゃん。」
「まぁ、それはそうね。 やっぱり、きちんと言葉にしないと伝わらないものね。」
またしても亜美をからかうような視線。
亜美は観念した。
どうやら、どんな話をしたいのか、奈々子は完全にお見通しのようだったから。

二杯目のバラライカを頼んだ後、亜美は一つ溜息をついて切り出した。
「あたしさ… 高須君のこと、好きだったんだよね…」
「知ってたわ。 というか、クラスの女子は全員気付いてたんじゃないかしら?」
「…そんなに見え見えだった?」
「知らぬは本人ばかりなり、って奴かしら。 亜美ちゃんは自分のことなのに気がついてなかったんじゃない? 高須君に夢中
だったって事。」
「………なんか、最低な気分なんだけど。 あたしはさ、そんなつもりなかったよ、実際。 自分じゃ吹っ切れてると思ってた。」
奈々子はクスクス笑いながら聞く体勢に入っていた。
「でもさ…いつまで経っても、全然消えてくれないんだよね。 あの凶悪面がさ。」
「…ふうん。」
「でも、今度こそ忘れられるんじゃないかなって……思ってるの。 なにか…、なにかきっかけさえあれば…。」
「………」
「やっとさ、あたし……自分の居場所見つかったかもしれないんだ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「うん。 今はね、もう少し仕事に打ち込んでみようかなって。」
「あたしさ、実を言うとファンレターって殆ど読んでなかったんだ…。 けど、さっき話したプロデューサーは目を通してたみたいで…
あたしの演じた役を見てね、がんばってみようって…。 絶望から救われたって…。 そんな手紙があってさ…。 プロデューサーに
それ、見せられて……。 胸の中の霧が一気に晴れたような気がしたんだ…。」


そんな亜美の様子は、劣情を抱いていた奈々子の胸に、きりきりと突き刺さった。
想像以上に亜美は苦しんでいたのかもしれない。
もっとちゃんと亜美のことを見ていたなら…
下手な策略など用いずとも、その傍に寄り添うことができていたのかもしれなかった。
やがて亜美の告白が進むにつれ、奈々子の中でその思いは大きくなり、確信へと姿を変えていく。
奈々子には信じられないことだが、亜美はあの飲み会で竜児がどれほど亜美を意識していたか、全く気付いていない。
それどころか、避けられたと思い込んでいた。
他人のことは恐ろしいほどよく気がつくのに、自分の事は過小評価している。
亜美ほど恵まれた人間が、なぜこんな卑屈な一面を持つのか?
奈々子には理解できた。 理解できてしまった。

それは…… 『孤独』

それは、『孤独』と言う名の、死に至る病。
母親が居なくなった時、奈々子の胸にポッカリと穴があいた。
母にとって、自分はイラナイ子だったのか? 無くしてもいいものだったのか? それとも、単にもっと大切なものが出来たのか。
残された父の背中と、隔絶された自分自身の想い。
その背中は、彼自身を拾い上げるのに精一杯で奈々子を救い出してはくれなかった。
やり場のない寂しさは、深い深い穴を心に穿ち、その穴を塞ぐのは自分自身でしかないと気付かされた。

転じて亜美は、恵まれた家庭に育ち、奈々子や竜児のような寂しさは知らないだろう。
しかし、亜美には彼女にしか理解できないであろう、『自分しかいない空間』の寂しさがあったのかもしれない。
だれも『自分』のことを見てくれない。 みな『川嶋安奈の娘』しか見ていない。
いつも周りには大勢の人が居るのに、まるでそれは物言わぬマネキン人形のように、ただただ亜美の周りを回る。
それはある意味、無人の荒野よりもずっとずっと恐ろしい、孤独。

告白を続ける亜美の端麗な横顔に、奈々子はそんな光景を幻視していた。
独りである事は、時として自らを否定し、己自身を矮小に見せる。
亜美が自分自身を過小に評するのは、大抵の女性にとって嫌味でしかない。
だが、当の本人にしてみれば、よじ登るのが困難な深い穴の中で、もがき苦しんでいるのかもしれないのだ。

けれど、ここに自分が居るという事は、まがりなりにもそんな彼女を救うことができたという事なのだろうか?
思いの丈を吐き出した亜美の頬には涙の川が流れていた。
真剣に、一途に惚れた男に、想いが届かない。
『伝えればいい。』 『伝える努力をしない亜美が悪い。』  
いくらでも言える。 簡単な事だ。 …それが出来る人にとっては。
だが、いくら頑張っても現実にそれが出来ない人もいて、亜美はおそらく、その一人なのだろう。
不器用といえばいいのか? それとも、要領が悪いといえばいいのか?
そんな亜美が、自分に助けを求めてきた。
この事実に、奈々子の心は震える。
罪悪感と、優越感と、歓喜と、同情と、純粋な優しさとが入り混じった不思議な感情。
自分の本心が判らず、奈々子もまた、戸惑っていた。

しかし…
やがて、見ているのが辛いほどのやせ我慢の笑顔を浮かべながら…
「はぁ〜あ。 今頃麻耶は能登君とよろしくなっちゃってるのかなぁ… なーんか、あたしって超カッコ悪いよね。 いい女ぶってる
くせに、本当はまだ『女』にもなれてなくて…。 そもそも、本気であたしを好きだなんて奴、一人も居ないしね。」
こんな事を口走った亜美。
その瞬間、奈々子の心は一つの感情で満たされてしまった。
一人も居ない? そんな事は無い。 断じて。 絶対に。
…何故なら…
…ナゼナラバ…

それは、今までの劣情とは明らかに違う。

―― 『愛おしさ』 ―― そう呼ばれる感情だった。

                                                                         つづく。


346 98VM ◆/8XdRnPcqA sage 2010/05/12(水) 22:01:24 ID:oYaCTfsr
お粗末さまでした。

ちょっと最近、モチベーションががが…
なんか上手く書けないです…
というわけで、ちょいと投下ペースが遅くなるかもです。

決して佐・さんに浮気してるわけではない。