竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - Happy ever after 第6回

59 Happyeverafter-6 sage 2009/12/18(金) 19:06:58 ID:fHklp/e3

Happy ever after 第6回




「若いって事はそれだけで幸せなんだろう。毎日が希望に満ちているのだろうな」
と恋ヶ窪ゆりは思う。
御歳、三十歳、後一ヶ月で三十一歳。
彼女は三十路の階段登る三十路の靴の独身だった。
幸せは自分で掴むものであると、既に悟っていたが。

若い彼らは陽気であり、楽しそうであり、青春だ。
そして、至って未完成で、未熟で、失礼だ。

恋ヶ窪ゆりは切実に思う。
彼女らは他人の目に負けず凶暴さを発揮したりする。
担任への配慮をせず、学内で木刀を振り回したりする。
仕事に生きる大人の女性に対し、気兼ねなく独身と言って、嫌なあだ名を
定着させたり出来る。

そうな風にさらけ出せるからこそ、そんな自分を理解してもらえるチャンスを
持つのだろうか?。
だが、大人になるとそうも行かない。体面、他人の評価、損得が常について回る。
子供だって、それなりに苦労はしてるだろうが、いくらだって再構築出来る事は、
真っ直ぐな、彼女の誇りである教え子達が証明してくれている。
ただ可愛い教え子は往々にして手を焼く事が多いのだが。

「先生大丈夫ですか。疲れてるみたいですけど」
「ごめんんさいね。進路確認って、生徒も大変だろうけど、先生もね。
 みんな川嶋さんみたいに手が掛からないといいのだけど」

今、ゆりは川嶋亜美との進路確認を行っていた。
高校三年の一学期末、期末考査の結果を経ての進路最終確認である。
大橋高校は実質、進学の進路しか考慮されていない為、主な話題は推薦枠の最終調整、
および、夏休みを利用した夏季補習の希望確認、クラス分けだ。

殺風景な教室。折りたたみ机と椅子が二つ。至ってリーズナブルな作り。
セッティングに数分も掛からない。
教室の窓の向こう側が、仮に正面グランドであれば、
櫛枝実乃梨の力強く、前向きな声が、嫌上でも陽気さを強制してくるのであろうが、
この窓が繋がっているのは日の当たらない裏庭だった。
喧騒など遠い世界。だからこその生徒指導室の配置だ。

「改めて確認するわね、川嶋さんはこのまま女優を続けていくのよね」
「はい、そのつもりです」

目の前の女子高生は既に映画、ドラマ出演を果たした女優。
すでに人生の成功者、そして未来は輝いている。
加えて、手の掛からない教え子でもある。
その上、社会に出ているからか既に大人の会話、大人の笑みを使う術を知ってる。
まさに完璧。
受験生を抱えた高校三年担当の教諭、しかも期末中と、修羅場の真っ只中にある、
ゆりにとって、亜美との面談は一時のオアシスであった。

「…けど、もしかしたらって事もあるんですが」
「え、そうなの。女優辞めちゃうの」

オアシスの泉から間欠泉が噴きあがったような不意打ちを受け、ゆりは声を裏返す。
対面している生徒は至極冷静で、手の平を見せ、かるく左右に振り、否定の意を示すと、
「本当、もしもって話です。100%なんて何事もありえないですから、
 なので、現在の進路は女優でお願いします」
「びっくりした。
 じゃ、もう一度確認するわね。進学希望で、女優業と並行して行うと」
「はい、よろしくお願いします」

ゆりは内申書をかるくチェック。
「川嶋さんなら大丈夫ね。2年生の時よりも忙しいのに、平均点を維持していますしね。
 よくがんばってます。現役の女優で、品行方正、これなら大抵の私大なら推薦でOK。
 内申点満点でいけますね」
「悪い事してるみたいですけど、役得と思っていいんでしょうか」
「そんな事ないわ、それだけ大変な事だし。川嶋さんだから大人の事情を話すけど、
 うちの高校、進学校で売ってるでしょ。だから大学進学率と推薦枠が
 いくつあるかってとても重要なんです。受け入れる私大だって、
 川島さんが在籍するって事でそれなりの宣伝効果を期待出来ますし、
 うちの高校も推薦の実績つくれますから来年度の推薦枠拡大も期待出来ますし。
 私たちの方が感謝しなきゃいけないくらいです」
「どこでも事情ってありますからね。私が出来ることなら、いくらでも利用して下さい」
とニコリと笑う現役女子高生女優。そんな教え子を見て先生は感動しましたと、
ゆりは目に涙を貯める。それに比べると…
今では担任ではないのだが、目つきとは真逆な生真面目な少年の事を考えてしまう。
「川嶋さんは大人で助かるわ。同じいい子でも、なんで高須くんは手のかかる子なんだろ」
「え、高須くんがどうかしたんですか、彼ほど手のかからない人いないとと思うんですけど」
意外という顔で見つめくる亜美。今までとは違った感情の強さを感じ、
ゆりはちょっとした驚きを覚えた。

「成績も優秀、性格もいい。問題を起こさないどころか、よくフォロー役に
 周ってくれてる。出来すぎてるくらいなんだけど……、頑固なんですよね」
と重い息を吐き出す。
川嶋亜美の表情が曇る。真剣さを増した瞳で教師を見つめる。
表情の変化を一つ足りとも見逃すものかという気概が感じ取れる。

そんな少女の姿に、ゆりは「へぇー」と心の中で声を挙げた。
そして、ちょっとした悪戯心と温かみが沸いてくるの感じる。
あえて真剣な表情を作って、一つ質問をしてみる事にした。

「彼の二年時の進路希望なんだと思います?」
「何ですか?、興味ありますけど、それって個人情報ですよね?」
質問された生徒は上手い話すぎてそう簡単には食いつきませんといった感じで
慎重な姿勢を崩さない。それでいて警戒をしている素振りをしながらも、話に乗ってくる。

「そうですね。すごい個人的な情報だと思います。プライバシーまるまるの」
ゆりは真剣な顔の下で笑いを抑えるのに必死だった。とって置きの冗談を今から言うのだ。
自分でも笑ってしまう。
純粋な面白さと、生徒たちを見守る親のような微笑ましい気持ちで話し出す。


「みんな幸せにする事 なんですって。
 進路希望を書いて下さいって言ったはずなんですけどね。
 しかも、そのみんなには私も入るんですよ。なんて言うんですよ」
高須竜児はやはりいい子だと思った。
ああいう子こそ幸せになって欲しいと心のそこから思える。
すると、警戒色がこもった声色が一転。ゆりの心の声に同意するような。
楽しそうな、そして、幸せそうな笑い声が聞こえきた。

「あは、高須くんらしいかも」
ゆりは、教え子が今している歳相応の笑顔を見つめた。
それは転入した時から見せた笑い顔とはまったく違うものだった。
そのことがまた、彼女を明るい気持ちに変えた。
少しだけ早く大人になった少女の笑い方を変えた自分の教え子を誇らしく思った。
そして、またゆりも笑う。指導室は笑い声で溢れた。

しかし、実際のゆりの立場は笑い話どころではなかった。。
進学校を標榜して、生徒を集める大橋高校において、選抜クラスを希望する生徒は多い。
それを望まない生徒を振り分ける余裕はない。
だが、あえて高須竜児を推薦した。他の教師の反対を抑え、説得した。
それは彼の可能性を惜しんだからだ。
その彼が進学を選択しなかった場合、彼女の評価は大きくマイナスに転じる。
人生に頼るべくもない孤独な独身だと言うのに。

だが、そんな自分の事よりも、教え子の将来、迷いを心配してしまうのが
恋ヶ窪ゆりであった。
「ただね、高須くんはみんなの幸せだけじゃなくて、自分の事をもっと
 大事にしてもらいたいと思うの」
「馬鹿ですもんねアイツ。他人の世話ばかり焼いて損ばかり」
心ある教師は、自分の事は解からないものよね と亜美を優しく眺めた。
この娘は自分の口調がよそ行きから変わってる事も気づいてない。
よかったと心から思った。

亜美は笑顔の後、すこし考え込む。そして、真剣な面持ちで
「頂ける推薦の話、希望の私大決めるのは来週でもいいですか?」
「いいですよ。確りと考えてきください」

亜美の考え込む姿に、少しくらいの遅れは学年主任の嫌味ぐらいで何とかなると考え、
了解を伝えた。
大人になれば嫌でも辛い事に対面する。なんて間違ってたなとゆりは思う。
現役女子高生女優とあれば、人生の成功者で怖いものなしだなんて、誤解だと思った。
なればじゃない。大人だから子供だからなんて関係ない。
自分が十代の時だって、子供なりにいろいろあって、
変に大人になろうとして躓いて精一杯に苦しんでたなと思い出した。
ただ、いくら苦しいかった思い出ばかりでも、それは彼女にとって今も黄金の日々だった。


         ******



曇り空を太陽が消し飛ばすような、そんな天気が近頃多い。
鉛色の雲は掃けた。空はこれからの熱い季節を前にウォーミングアップ。
雨の日は数を減らし、暑い日ざしを伴った晴れの日が増えた。
そう、冷たい雨が心を冷やす季節は終わったのだ。

あの夜、ささやかなクリスマスのやり直しを終えた川嶋亜美は
少しだけ相手に寄りかかることを自分に許した。
偶然を装って登校時間を合わせるといった、幸運に頼るばかりではなく、
わずかばかりではあるが、一緒に帰る事を求め、公園などで待ち合わせをしたり、
帰り際、喫茶店などに寄ることを要求しだした。

高須竜児も以前より容易に、普通にその申し出を受け入れるようになっていた。
ちょっとした(亜美にとっては深刻な)用事の時を除いて。
曰く、大河の買い物につきわなきゃなんねぇ。曰く、大河が腹すかせてるから寄り道が出来ねぇ
雨が降ればチビトラの傘の心配、風が吹けば服の心配、結局はトラ!・トラ!・トラ!!
だが、亜美はへこたれない。そう決めのたから。

その日は、「大河は櫛枝と帰るらしいから、別にいいぞ」
と亜美のプライドを打ち壊すような一言を額の毛細血管をいくつか破裂させる程度で
なんとか飲み込み、代償行為とストバでお茶を飲んでいた。

「でさ、高須くん期末どうだった」
期末テストが先週終わった。以前の亜美にとって学業など何の価値も無かった。
彼女が見ている具体的な未来では、学歴というものはさほど意味を持たないように
思えていた。だが、今、彼女が夢見ている未来では学校の成績もいろいろと関わってくる。

女優と学生という二足の草鞋を履いている亜美だが、空き時間を工面し、
今回のテストに備えていた。そして努力家の彼女はそれなりの結果を出すことに
成功していた。
だから、少し褒めてもらいたい気持ちもあったのだが。

「かなり調子よかった。この分なら久々に北村にも勝てそうだ」
「祐作に勝てるって事は学年TOPって事じゃない。なに自慢してるのよ。
 はい、はい。頭いい人はいいよね。楽しそうでさ」
竜児との開きに、自分の成績を言う気など無くなっていた。
そんな事、彼女の誇りが許さない。
彼をすごいと思う気持ちはもちろんあるし、祝福をしてあげたいのだが、
「川嶋はどうだったんだ?」
「別にいいじゃん」
そんな言葉も言えない自分へのイラつきを含め、亜美は自然と不満顔となった。

「お前は仕事もあって大変だからな。赤点になりそうだったら早めに言えよ。教えてやるから」
その一言に、あっさりと不満は掻き消える。
そう高須竜児はこういう奴なのだと。そして、このお節介焼きはちゃんと私の事も心配してくれる。

「じゃあさ、じゃあさ、ちょうっと相談に乗ってくれる。進路の事。
 今週から進路確認始まったでしょ。その事」
竜児は、すこし嫌そうな顔をした。
「わ、私は赤点なんてとってないわよ。今回のテスト結果勝手に想像しないでよね」
「それなら良いんだが」
と心なしか疑うような目を竜児がしているように亜美は感じた。
竜児の凶悪な目つきから、その意思を感じ取れる人間など極僅かでしかないが。

「違うって、高須くんの話。どこの大学行くの?。都内の私大とかどうなのかって…、
 私大だとかなり話は簡単なんだよね。
 ほら私大の推薦枠って、うちの高校結構あるじゃん。高須くんなら取り放題でしょ。
 そしたら進学は確実だし。ついでに今週中にどこの大学行くか教えてくれたら
 キャンパスライフを一緒に過ごす彼女は確定!、
 って言う美味しい話があるだけど、どう?」

難しげな顔がさらに深くなる。諦めはしていた。彼の性格を考えれば当然だろう。
だから勉強に力を入れていているのだ。今日だって、昨日だって、ずっと前から。
「解かってるわよ。家に負担かけない為に国大なんでしょ。そうだとは思ったけど…。
 それでさ、さっきの勉強教えてくれるって話しなんだけど、
 国大の受験勉強とかだと嬉しいかななんて」
「川嶋、俺、大学行く気ないんだ…」
「そ、そうなの?、じゃあ就職?。
 ふーん、高須くんが就きたい職業って何?、興味あるな」
学業の成績が抜群にいい彼の事、進学が当然と考えていた亜美だが、
予想外の答えに驚きを感じた。だが、それは本当に僅かな驚き。
竜児が決めた事、やりたい事なら応援したい気持ちに変わりは無い。
ましてや高須竜児。社会に出る為の十分な能力も、その度量も彼にはあるように
亜美には思えた。
早い話がひいき目たっぷりであった。

「いや、考えて無い。と言うか、雇ってくれるとこならどこでもいい。
 出来ればなるべく給料がいいとこだとありがたい」

それを聞いて、真面目な顔で問い詰める。
納得するにはあまりにも彼女が知っている人物像とは異なっていた。
それを放置する訳にはいかない。
「高須くん本当にそう思ってるの?。どこでも良いって。お金が第一条件だって」
「金は大事だ。そう思ったっていい。……だろ?」
竜児は自分に言い聞かせるように口を開く。

「本当に?」
「たぶん。いや、そうだ。そう思ってる」


亜美は確信を得、竜児は揺るぎをます。だが、亜美は一転、笑顔を浮かべる。
「高須くん悩んでるじゃん。人に話してみると楽になるかもよ」
「悩んでねぇって」
「なら、悩んでないならさ、デートしようよ。就職活動のたまの息抜き。
 それに私、九月までスケジュール空いてるんだ。ママの薦めで仕事入れてないから。
 安売りして変なキャラ立てるより。若手演技派で売り出した方が価値上がるって
 九月から新しいドラマの仕事決まってるから、私も忙しくなるし」

自分への確信を持てなかった竜児は、そんな亜美の、100%悪意の無い言葉に
断る術を持たなかった。


         ******


高須竜児は気分転換にいいだろうと、川嶋亜美からの誘いを受けた。
最近、自分でも煮詰まっている事を感じていたからだ。

たとえば、泰子に隠れての就職活動。
決まらない内定、未曾有の不景気、最大のハンデの人相、現実は厳しかった。
たとえば、進学する気もないのに勉強に費やしている時間。
学ぶ事自体が好きな事もあったが、誰かに見損なって貰いたくない
なんて下らないと思うモチベーションの自覚。
そして、明らかに差が広がっているであろうあいつとの距離。

そんなモヤモヤを忘れるのには丁度いいと思ったからだ。
竜児は、誰かの為に事をなすことに喜びを感じる人間だった。
泰子のため、大河のためと家事に力を尽くし、誰に頼まれたのでもなく掃除をする。
当然、それは亜美のことだって。
彼女の好きなところに付き合う事で喜んでくれるなら、それは彼にとっても楽しい事だった。
だから行き先の事は何も聞かなかった。
「どこ行くか知りたい?」などとも聞かれたが、
「お前が行きたいところならどこでも良いぞ」と答え、
「つまらないの」と落胆はされたが。

なので服飾店に来ても特に疑問を持たなかった。
既に何度か付き合わされることもあり、抵抗感も薄くなっていた事もある。
女性メインの店には、女の客しかいないという偏見があったが、
付き合って男がいる事も少しはいる事を知った。
大抵が荷物持ち、もしくは財布役な事が多いが。

かく言う竜児もそのほとんどの役回りが荷物持ちである。
一日中、亜美の買い物に付き合い、最後は漫画みたいに荷物の山を両手に抱える事になる。
そんな竜児を見て、いつも亜美はケラケラと笑う。
まるで自分の買い物を持ってくれる姿が嬉しいと言ったように…

だが、予想に反して今日の亜美は違った。買い物をする様子があまり見られない。
商品は熱心に見てはいる。たぶんいつも以上に。
普段は荷物を竜児に持たせる事が目的のようにあえて大きなものを選ぶ事が多い
彼女にしては小さいものから大きいものまで順繰りに熱心に見る。
そして、竜児に店員の如く説明をする。
「この服は手縫いなんだって」とか
「既成の服のボタンだけ総取替えしただけなんだけど、雰囲気全然違うね」とか


竜児も好きで裁縫をするので面白く聞けた。そのうち彼の方が熱くなる。
「すげーな、ほとんど手入れてるんだな。なんか自分はこういう感じが好きですってのが
 よくわかるよ。拘ってるな」
「そうでしょ。こういうブッティク、波に乗るまでは採算が大変なんだけど、
 固定客がつくまで頑張れたら、自分の好きなものだせるからね。楽しいと思うな」

「そうだな」と職人たちが苦労の上、立ち上げたであろう店を改めて見回す。
店の作り自体が趣味満載だったが、竜児の好みとあっているのか、
押し付けがましい感じはしない。
むしろ好ましい。店員たちも好きなものを売ってるからか、楽しげに見える。
が、竜児の視線を受けるたび、笑顔を引きつらせている気がした。

「高須くん、目つき、目つき。文化祭で大河の服の説明してる時みたいになってる」
「お、おう。気を付ける。なんか自分の世界に入っちまってたみたいだ」
と努めて、冷静になろとするが、こういう手作りの、誠意がこもったものを見ると中々難しい。
テンションがいつのまにかあがってしまう。

「本当、高須くん、その顔で可愛いもの好きだよね。キショいよ。文祭の時だって、
 麻耶ちゃんも奈々子も、高須くんの熱い語りにドン引きだったの解かってた?」
と、嫌そう表情をする亜美。竜児はその顔が演技だって事は知り抜いているから平然と、
そして、そういやあの時、俺が語り入ってたとき、木原と香椎は怖がってたが、
こいつだけは平静だったなと思いながら、
「好きなものやってると本性がな。お前だって大河のメイクしてる時は
 真剣な顔してたぞ。みんなの前だってモデル面なんかしてなかったじゃねえか」
とやり返す。

「そうだっけ」なんて亜美はとぼけた風を装う。
「高須くんほどじゃないって、それに亜美ちゃんはどんな表情でもかわいいくて、
 モデル顔だもん」
とうそぶいたかとおもうと、手を後ろ手にくみ、竜児から視線を外し、
落ち着けなく足を揺らして、
「それよりタイガーに作ってあげたミスコンの服、今年は亜美ちゃんにも作ってくれるんでしょ」
「どうせミスコン出ないんだろ、去年だって出てないし」
「誰も出ないなんて言ってないじゃない。出るか決めてもないけど」
「そうなのか?、確かに顕示欲の強いお前が参加しないのが不思議ではいたんだが、
 なんかこだわりがあると思ってた」
「そんなの無いけどさ。だださ……。去年はなんか記憶に残るような証って
 残したくなかったんだ。
 でも、今は違うよ。絶対記憶に残して欲しいと思ってる。
 それに私が在学中にチビスケが2連覇なんて有り得ないでしょ」
なんて最後は冗談めかしていたが、少し強めの声が聞こえた。

そういうイベントが似合う奴だよなと、竜児はステージに立つ亜美の姿が想像した。
すぐにイメージ出来た。あの時のボンテージ女王様ルックでミスコンに挑む亜美だ。
その姿は颯爽として、自信満々で、いい女だった。

竜児自身も何故か誇らしげな気持ちになり、それならと
「あぁ、いいぜ。作っても」と返した。
だが、聞いた方は愕然といった程、驚きの表情をして、そこから回復したかと思うと、
「…………嘘。約束。約束だからね!」とこの場での確約を求めてきた。

なんでこんな必死なんだと思いつつ、了解を告る。
そんなに大河に作った服が着たかったのだろうかと思い、あの服に包まれた川嶋亜美を想像した。
………………………全く似合っていた無かった。



その後、亜美の携帯がメールの着信を告げ、それを確認したかと思うと、
「次の場所に行こうか」と竜児に言い出した。
「何にも買ってないが、なんでここに来たんだ?、気に入るものがない訳じゃないんだろ」
「今日は荷物になるものはあんまりと思ったんだけど、こんな長居して買わないのも
 悪いか。じゃ、高須くんにプレゼントしてあげるよ。何がいい?」
「なんかお祝い事でもないのに貰え無えって」
「遊びに付き合ってくれたお礼だって、いいじゃん軽い気持ちでさ」
「ヒモみたいで嫌なんだ。女から貰うだけなんて俺は絶対に許せない。
 だいたい、遊び行く度にプレゼントなんて言ったらお前と何処かにいけねーよ」

最後の言葉に動かされたのか、亜美は「固い奴、そんなんじゃもてないよ」なんて
嫌味を言いつつ、それ以上は竜児用の服を買う事を主張せず、自分の為にシャツを一着買った。


         ******


「川嶋………、ここでどうやって遊ぶんだ」
それはオフィス街の中でも際立って大きなビル。
忙しそうにスーツを着た男たち、女たちが出入りしていた。
そこは竜児も知る大手家具メーカーの自社ビルで、テナントを貸すこともせず、
ビル全てを1社で占めている程の規模を持っていた。

「そう、ちょっと変わった感じで面白そうじゃない」
「仕事してる所に面白そうって入ったらまずいだろう。常識的に考えて。
 だいたいこういう所、IDカードとか無いと入れないだろ」
「ちゃんとアポとってあるから大丈夫だっての。ほら受付行こう」

亜美が受け付けに行き、話をしている間、ロビーの待合用ソファーに座り、一人待つ。
そんなに時間を置かず、亜美が社員らしい男と戻ってきた。
「高須くんお待たせ、こちら、案内して頂ける広報の方」
竜児は紹介された男に挨拶をすると、小声で亜美に話しかける。
「広報の人って、これから仕事なのか?、まさかお前の撮影を見せ付けるとか言うんじゃないよな」、
「それもいいかな?、見たい?、モデルぽい仕事する亜美ちゃん?。
 みんな、すごくチヤホヤしてくれるんだよ。あれ〜、不満そうだね。ふふ。
 大丈夫、言わなかった?、ただの見学。デートコースに企業見学って
 流行ってるんだよ。社会科見学みたいで楽しくね?」
「聞いてねぇて。それより、俺たち邪魔にならないか」
「大丈夫だってそんな難しい顔しなくても、ほら行こうよ」
亜美の強い押しに負け、場違いを感じながらも竜児は大きな企業の中を覗く機会を得た。


いろいろな現場を周って、一番、強い印象を受けた事は
「掃除したい。なぁ川嶋、お礼に掃除をするって言ったら駄目かな」
亜美の睨みで実行される事は無かったが、そう言ってしまう位の散らかり振りだった。
たしかにオフィスは清潔で、整然としている。だが、各自の机、会議室から、雑然さが漏れだいていた。日々の業務の忙しさから手一杯な感が溢れ抱いていた。
特にデザイン部門のそれは、一線を画いていた。資料が多すぎて整理できていなかった。

一通り回った後、お茶を勧められたが、亜美はそれを辞退。その代わり別な部署に行く事を希望。
広報はその場所へ案内をした後、次の仕事があるのでとその場を去った。

「ふっー、緊張するな。知らない人と一緒にいると」
「な〜に?亜美ちゃんと二人きりになって、ホっとした。嬉しい?」
「そ、そんな意味じゃ無って、なんだよそれ。……緊張は未だにするって。
 いや何にも言ってねー。たいした事じゃない。うるせーって。
 そ、それより、相変わらず凄いな、お前のニコニコ顔。卒が無いっていうか」
「愛想笑いの進化版。前、ここのお仕事の話流れちゃったけど、大事なお客様だからね。
 いつ復活するか解からないし。
 って言っても私の仕事を評価してくれた訳じゃない。
 ママの、川嶋安奈の娘だから、母親のイメージ借りての仕事だけどね」
と自嘲ぎみに笑う。
「う〜ん、だけど、それでもお前がある程度の評価されてるからだろ。
 そりゃいくらかお前のお母さんの事もあるだろうが。……やっぱり嫌なのかそういうの?」
亜美の言葉に空白を感じ、、なんとか支えられないかと、言葉を足そうとする竜児。
川嶋亜美は人に厳しいが、自分により厳しい対応をとってる気がしていた。
その辺は替わりに周りがフォローしてもいいだろうと思っての行動。
竜児は少し訂正。何人かには馬鹿みたいに甘い態度をとってるなと。
大河とか、……たぶん俺とかに。

「そんな事ないよ。利用できるものは利用するもの。亜美ちゃん腹黒だし。
 だって生まれつき性格悪りいんだもん。そんなん亜美ちゃんの所為じゃないもん」
だから、そんな事を言う川嶋亜美だからこそ、
「ああ、そうだな」
と、自然と竜児は笑みを浮かべてしまう。そんな態度をお姫様は気に食わない様子。

「なにそのお父さん面。なんか上から視線で超感じ悪いんですけど」
とばつの悪そうな顔をして、話題を変えようとする。
「それよりさ、どうだった見学。つまらなかった?」
亜美は竜児の様子を伺うように言った。単なる会社訪問、知らない人間との時間、
煌びやかな商品が並ぶショーウィンドとは違う舞台裏。興味が持てなければ苦痛だけだろう。

だが竜児はあっさりと
「面白いな、凄く。家具の販売とかデザインとか、ああいう風にやってるんだな。
 大変で、厳しそうだけど楽しそうだ」
無駄なものを購入しない倹約家のわりに、節約して余裕が出来ればインテリアの専門雑誌を
購入する程にそういったものが好きだった。興味が無い訳が無い。

「そう?良かった。白鳥が水面の下で水を掻く姿嫌いな人いるじゃない。
 綺麗な場面しか見たくないんだって、自分が夢見てる姿しか見たくないって…
 現実見て、がっかりしたかと思ったけど、……良かった」
「あの個人売上表の前で青い顔して怒られてる人とか見ると怖かったけどな」
竜児は改めて回りを見渡す。亜美があえて無理を言って、見学を追加してもらった倉庫にいた。
そこには当然の如く、数々のインテリアが置かれていた。だがデザインが国産ではない。
たぶん外国製だ。

「川嶋、ここにあるものって輸入品だよな。イタリア製が多そうだが。あとドイツもあるな」
「やっぱり目利くね。この会社バイヤー部門もあってね。
 ママ、ここのセレクトが好きで実家なんて、ここで買ったイタリア製品だらけ。
 ものを見る目があればこういった仕事もあるんだよね。高須くんやってみれば」
「インテリアは好きだが、好きなだけじゃ出来ねよ」
と並んでいる家具たちを羨望の眼差しで見回す竜児。
手を出せそうに無い程高価なものでも、見るだけならタダだ。
じっくり見つめる。舐るように、絡みつくように、蛇のような目で見回す。


さすがにちょっと怖いなと思いながら亜美は、「そうかな?」 と言って、
竜児を正面に回り、視線を家具から自分の方に強引に奪う。
「これはある本の受け売りなんだけどね。正確な審美眼を育てるには
 二つの事が特に重要なんだって。
 一に本物を沢山見ること、これは経験ね。
 二にどれだけ、物の本質を見ようかとする姿勢、心がけてだって。
 周りの言葉に流されず。表面的な姿に騙されず。常にそう言う姿勢でいる事。
 そういう事が出来る人じゃなくてもいいんだって、そうなろうとする事が大事。
 高須くんは二の才能は持ってると思うよ。凄くあると思う。
 以上、人を見る目にだけには自信がある亜美ちゃんセレクトでした」

とニコリと笑った。
竜児はその笑顔にドキリとした。さっきまで心を奪われていた家具以上に気をとられる。
目の前の相手を何時もやきもきさせる自分に、そんな真実を見抜ける目は無い。
「買いかぶりだ」となんとか言った。
常にもっと解からないといけないと思ってはいるのだが……。


         ******


企業見学に時間を食った為、もう夕刻だった。最後にご飯を食べて終わりにしようと
いう事になり、亜美が選んだ店にむかう。母親とよく訪れる、行き着けの店だとか。
大女優の川嶋安奈がよく行く店だと聞いて、情けなくも財布の中身を竜児は確認。
高級店だと辛いなと心配していた。

と言ってもデートの費用は基本ワリカン。
一回揉めた事もあったが、「私達対等なんでしょ」の一言でであっさり決着していた。
だが、今月は既に予算がなかった。竜児にしては高い買い物をしていた。
見栄を張って高い材料にしなけりゃよかったか、いやあれはケチる訳にいかねと、一人問答。
だから、店に着いた時、ホッとした。

「ここ。これくらいなら高須くんも前みたいに肩肘張ら無くっていいんじゃない」
案内されたのは意外な事に小さなビストロと言ったたたずまいの店だった。
内装は至ってシンプル。壁は飾りも無く、木目を生かした素朴さを売りにしていた。
フロアに飾りもない、重そうな木製テーブルと椅子が配置されているだけ。無骨さで一杯だ。
それだけに机と椅子は念入りに磨きぬかれていて、
その重量感、飾り気の無さから下手な小細工をしないとという主張が感じられる。
それでいて、各テーブルに置かれてる一輪挿しの花。それが清涼さと
笑みを呼び起こす事に成功していた。

そんな簡単な内装だからこそだろう。余計目を引くのが厨房との仕切り。
そこにはカウンター席しかなく厨房が丸まる見える。
まるでラーメン屋や丼もののファーストフード店の様な区切りだ。
パフォーマンスの一部として、問題ない部分、見た目がよい調理部分を
見せるレストランは多いが、雑然としたバックヤード、裏方をそのままみせる事など
早々あるものではない。そのようなスペースは往々にして隠すものだ。


「ここ料理してるとこ、全部見せるんだな」
「料理してる所も含めてエンターテイメントなんだって。ここのオーナー。熊みたいな顔してさ」
「で、あのでかい体を小さくしてデザート作ってる料理がオーナーか。たしかに熊面だな。
 けど、すごく楽しそうだ。本当、料理人とお客さんが近いのっていいな」
厨房の片隅で大きな体を丸め、デザートを皿にそえ、果実で飾る壮年の男がいた。
竜児は感心した風にその男を眺め、亜美は竜児を関心した風で見つめる。

「へー、ママと同じ事言うんだ」
「ああ、食べてくれるお客さんの顔が見えて、それが笑顔だったら最高だろうな」
「高須くんはそういう風に捉えるのか、面白いね」
「お前のお母さんも同じ意見なんだろ?」
「ちょっとね方向性が違うんだよ。ワトソンくん。
 ママはシェフが一生懸命料理を作る姿が見えるから、余計美味しく感じるって。
 だからここに通うんだって言ってた」
「そうか、そういう考え方もあるんだな」
「ここの雰囲気が好きなのは同じだね。そういうのいいと思うよ。すごくいい」
「そりゃ誰だってそうだろう。飯は楽しく、雰囲気のいい所で食べるのが一番だ。
 作る方だって同じだろ」

竜児は『当たり前の事なのに、川嶋は何を感心しているのだろう』と思った。
食べてくれる人がニコニコしてる。
料理が好きな理由。もちろん美味しいものを自分で作れる事。それは楽しい事だ。
だが、その原点は泰子の笑顔だった。人の為に何かする事に喜びを感じる性分なのだ。
往々にして、初対面の人間は自分の顔を怖がる。
だが、初めての人でもそれが美味しければ、自分が出す料理に笑ってくれるなら
それはなんて幸せな事だろう。

そんな竜児の顔を見ながら、亜美は再び口を開く。
「本当、笑顔見ながら食べるご飯って美味しいね」


         ******


食事を終えた後、このまま今日のデートを終わらせるのも、もの寂しいと、
どちらから言い出すでもなく、ただ歩いた。何気ない会話をいつまでも続けた。
いつのまにか辿り着いたのは波止場に作られた散策コース、前回のデートで来た場所だった。
街灯の下、二人はゆっくり歩く。この時ばかりは、互いに歩みを合わせ、肩をならべて。

「高須くん今日どうだった」
「すげー良かった。
 ……で、川嶋なに企らんでやがる?」
「何のことか亜美ちゃん解かんな〜い」、
「まったく。嘘付け。今日行った所、お前の好みとはちょっと違うだろ」
「ふ〜ん、私の好みからそう思ったんだ。ならちょっと嬉しいかな」
言葉通りの表情で花のように笑う。


しばらくして真剣な声色、表情をその内から取り出し、川嶋亜美は続ける。
「じゃ、ここからマジモード、
 高須くん、今日行った所で気に入った所、働きたい所ある?。紹介ぐらいなら出来るけど」
竜児の表情も変わる。硬さをもつ。 
「……自分の事くらい自分でする。紹介なんていらねぇ。協力なんて求めてねぇ」
「なんで?、就職したいんでしょ。気に入らない所行っても仕方ないじゃん」
亜美は表情を変えないまま、柔らかい感じで諭すように言葉を返す。
ただ先ほどよりも強い、決意のような強さが、その一言、一言から垣間見える。

「だから自分の力で俺は探すって言っている」
「高須くん、自分が間違ってるの気づかないの?。そんな訳ないよね。
 気づかない振りしてるだけ」
「俺の事を勝手に決めるな」
「お金を稼ぐ事、その額の多寡に自分の価値を見出しす人、それ自体を悪いなんて思わない。
 そういう価値観はあるし、否定しない。むしろ大変な事だと思う。
 でも高須くんはそういう人じゃない」
少しだけ亜美は語調が強くなっていた。が高須の目を見て。直ぐに声を押さえ、諭すことを続ける。
反して、竜児は自分の押さえが利かなくなってくるのを感じていた。

「お前に何が解かる?。ウチは母子家庭だ。
 親父は勝手にどっか行っちまって、その代わりに泰子が一人で俺を育ててくれた。
 泰子がどれだけ苦労したか。何度も倒れて、そのたびに俺は」
「お母さんに負担を掛けたくない。それだけが理由なの?、じゃこれ貸してあげる」
そう言うと、ハンドバックの中から手帳のようなもの、それに判子を取り出し、
竜児に渡す。

「通帳?。おいこの額なんだ。どういう意味だ…」
「200万。とりあえず、すぐに口座移せた分だけ。モデルの時の収入とか、
 女優のギャラとか。別にすぐ使う予定ないから貸してあげる」

視線を外し、投げ捨てるような口調になって続ける。
「もし、迷ってるんだったらさ。私の、私のおすすめは進学。高須くん
 せっかく頭いいんだからもったいないよ。なんならこのお金以外にもまだ貸せるし」

竜児は頭に血が上るのを感じた。進学と言う言葉に母親が連想された。泰子が被る。
”竜ちゃんは、私と違って頭いいんだから、大学行って、一生懸命勉強して、
 好きなものになればいいんだよ”
もう完全に押さえが利かなくなっていた。
「なんで、俺が進学する事が正しいって言えるんだ!。そんなの泰子が失敗したと
 思ってる人生を俺を使って、取り帰したいと思ってるだけじゃねえか。
 俺は泰子の身代わりじゃねえ、お前の都合のいい人形でもねえ」

強い声に一瞬ハッとした顔を亜美はしてしまうが、すぐに表情を作り直す。、
だが、竜児の言葉につられてか、心配してか、亜美の言動も強くなっていった。
「そんな事言ってないじゃない。むしろ逆、あんたは自分の意思で決めてるように思えない」
「なら口出すな。俺は自分の考えで決めてるつもりだ」
「その自分の考えってあれだよね。自分はどうでもいいから、周りに迷惑掛けたくないってやつ。
 下らない。自分に嘘ついてるだけじゃない。よくないそんな事」

いつのまにか睨みあうように相手の目を凝視する二人。
負けないよう。相手に誤解されないよう、相手が道を間違えないよう。そう思って、
心を震い立たせて、言葉を使う。だがそれは逆の効果だった。
言葉たちは気持ちを十分に乗せる役をはたしていなかった。
「俺は俺なりの考えがある。そのどこが悪い。
 川嶋は俺に自分の考えを強制してるだけだろ。俺は自分の意思で就職するって言ってる」
「それがくらだねーて言ってるの。だからやめない。
 ねぇ、その良い人ぶってるところやめた方がいいよ。誰かの為とか、お母さんの為たどか、
 そうやって他人の為にがんばってる優しい自分はさぞ楽だろうね。
 でもね、そんなの安易な逃げ道でしかないし、その誰かはそんなこと望んでない。
 いつか痛い目みるよ。あんただけじゃなく、その誰かも。
 ナイフみたいな言葉突き刺す事になるんだ」
「俺はみんなに幸せになってもらいたい。がんばってる奴には報われて欲しい。
 その何処が悪い?」
「なんで幸せにする対象に自分が入ってないのよ。
 そんなの、みんなって奴だって幸せになれるはずないじゃない」

互いに声は大きなり、握り締めた手に力が入る。目には強い意思が点る。
「お前がそういう事言うのかよ。いつも自分を優先しないお前が」
「なんで私の話になるのよ。私は高須くんの事を言ってるの。
 頭来た。いい機会だから言ってやる。
 あんたはいつも甘えやかしすぎ。優先しすぎ。あんなんじゃお互いに良くない」
「なんで、ここで大河の事が出てくる。俺とお前の話だろ」
「あたしとあんたの話だからよ」

「意味がわからねぇ。とにかくこれは返す」
竜児は手に持った通帳を亜美に押し付けようとするが、
「いらない。邪魔なら海に捨てなよ」
亜美はその手を払いのける。竜児は手首を取り、無理やりにでも持たせようとして、
「そんな訳にいくか。ほら持てよ」」
「だからいらないって。痛」

亜美の手が震えている事が感じ、そこでやっと声の震えに気づく。
手を離し。竜児は亜美を見た。
泣いていた。人前でいつも仮面をかぶる。あのモデルが表情を崩してまで。
驚愕する。
なんで川嶋は泣いてるんだ?。泣かせたくないとこの前思ったばかりなのに。

竜児が手を離すと、そのまま亜美は背を向け走り去る。
残されたものはその場に立ちすくむ事しか出来なかった。


         ******


高須竜児は学校に来ている。昨日渡された通帳は持って来た。すぐに返さなければならない。
だが、川嶋亜美は学校を休んでいた。急な仕事の為だと学校に連絡があったとの事だった。
嘘だと確信していた。あいつは息をするように嘘を付く。


亜美に会わずに済むことに少しの安堵感も感じていた。
どんな顔で会えばいいか思いつかなかった。
亜美の考えも、言葉も解かる。その性質を思えば、
何を竜児に伝えようとしているか解かるっているるもりだった。
気持ちは解かっていないかもしれないが。

だが、謝る訳にはいかない。大切な人達には幸せになって欲しい。それは竜児の嘘の無い気持ち。
そして、それが楽しいと思ってしまう。偽善なのかもしれないが、そう感じてしまうのだ。
相手の為だけじゃない。自分の為に。好きな事以外にも、好きな人の為に働くという
選択肢があってもいいと思う。相手と自分の幸せの為に働いてもいいのではないかと思う。

情けない事を言えば、謝る事は大切な人達を、自分の手で彼女を幸せに出来ないと
自分で認めてしまっているのはないかという、そんな恐れがあった。
あまりにも距離を開けられているという認識の下では。

ただ、変なプライドや劣等感、いつまでも泰子に無理をさせている自分への不甲斐なさ、
父親への侮蔑で、差し伸ばされた手を、心配する人の手を払いのけるのは
どうかしている気もした。
そんな自分の勝手な都合、自分の中でねじ伏せなくてはけないものだとも言われたし、
そう思う。
そんな事も出来ない結果、亜美が言っていたように、
もう既に大切な人にナイフのような言葉を刺してしまった。
言葉なんてものは無数にあるって言うのに。

あれから、ずっと考えていた。授業中も、休み時間も。竜児はそんな事に時間を費やした。
教師の言葉も、友人の声も頭に入ってこなかった。
けれど、まだ答えは出せていなかった。

ただ、不安はよぎる。思い出してしまうのは今年の一月。急に転校を決めた臆病者の事。
転校直前のデートの時に覚悟はしていた。
あいつとキスまでしたのに、いやだからこそ、今は足りていないからこそ。
そう自分に言い聞かせて、耐えてみようとした。耐えられると思っていた。
川嶋亜美が大橋高校を去る事を。
けれど、そんな覚悟なんて全然足りなかった。想像以上だった。
女々しいと思いながらも何度も後悔し、その度に力ずくで潰した。
無闇に成績を上げてみようとも思ったし、焦燥感に後押しされるままもがいてもみた。
だが、溢れてくる喪失感を止めることはいつまでも出来なかった。

今もその感覚が押し寄せてきていた。時間と共にその不安は次第に大きくなる。
たぶん、今となっては力ずく程度では潰すこと等出来ない事は自分が一番知っている。
弱くなっている。そして、押さえ切れないほど強くなっていた。

そんな気持ちで考えた。自分の将来。就職の事、やりたい事、あいつの事、好きな事。
劣等感なんてものをねじ伏せるまでもなかった。迷いはたくさんあったが、
自分がしたい事なんて初めから解かっていた。学校が終わる頃にはどうすべきか
答えが出ていた。


         ******



電話をしたがまったく出ない。メールをしても返信が無い。それが気持ちを急がせる。
川嶋亜美の家まで無闇に走った。一秒の遅れが転校に繋がってしまう気がした。

駆けつけて直に、インタホーンを鳴らす。呼吸を整える間ももどかしいと。
けれど、なしのつぶて、まったく応答がない。
車庫が空である事から本当に留守であるかもと疑ったが、今から街中を探すなんて
心の余裕は今の竜児には無かった。もう一度亜美の事を逃げ込む場所を想像する。
今日は何度も自販機エリアを覗いた。いなかった。ストバに一人でいれる奴でもねぇ。
だから、逃げ込むとしたらここか、実家か。それなら!

竜児は声を張り上げて叫ぶ。
「川嶋安奈の娘のあ〜み〜さん!、学校の友人が訪ねてきましたよ。
 女優なのに登校拒否は良くないですよ」
「だぁー、ふざけんじゃねえよ。なに言ってくれちゃってるのよ。妙な都市伝説つくるんじゃねえよ」
ガラリと窓がすぐに開き、被害者が顔をだす。
ずっと窓の側に居た事が、それまでカーテン一つ揺れた様子が無い事から
竜児が駆けつける前からずっと窓から様子を見ていた事が明白だった。

竜児の「よう」の一言を聞いて、怒る気をなくしたのか、世間体を気にしたのか、
それとも自分にいい訳が出来たのか。諦めという感じで言葉が返ってきた。
「もういいから入りなよ」



亜美の部屋は二階にあった。清潔で、だが、ちょっとした小物が溢れるお洒落な部屋。
窓は閉めきっている為、室内は昼間から蛍光灯の光が照らしていた。
大きな日当たりのいい窓だと言うのにMOTTAINAIと思ったが、
いまだストーカー被害の忌々しい記憶が払拭出来ないなんて、言ってた事を思い出した。
実家に住んでいた時は住所まで調べられ、窓の近くの木から覗かれたなんて話もしていた。
普段いくら虚勢をはっていても、こいつは強がりの臆病者だ。
他人の視線がない場所にくれば、人並みの女子高生でしかないのだろう。
もっとも最近では、ストーカーに付きまとわれて結果的には良かったかも、亜美ちゃんって運がいい子。
なんて、冗談めかしてたりもするが。
そんな事をあえて考えて、初めての亜美の部屋に入る緊張を竜児が誤魔化していると、
亜美の強めな、硬い声が響き、竜児は意識を戻した

「それで、何しに来たの」
亜美は、瞳に意思を出さず、半開きで、つまらなそうな、気だるそうな、
そんな表情をして声を掛ける。
だが、言葉を発した後の唇は強く噛み締めていた。
竜児はいつもの、想像していた通りの川嶋亜美の顔をみて、決心を再確認し、話しだす。

「俺は……、謝らない」
「はぁ、それをわざわざ言いに来たの。最低、もっとましな事だと期待したのに」
「だが、お前に転校してもらいたくもない」
「何で私が高須くんと喧嘩した程度で転校なんてする必要があるのよ」
亜美は竜児を一べつ、鼻で笑うように嘲る。


そんな態度の裏で竜児の表情を読もうとする。だが、覚悟を決めている事しか読み取れない。
その覚悟が何に対してなのかを恐れた。
決定的な関係の変化。拒絶。それを恐れて学校も行かず考えていたというのに。
登校して、竜児に会って、そんな事態に直面したら…。
大橋高校なんて行けるわけもなかった。
それなのに押しかけられて、逃げ場を失ったこの状態。
再び泣き出したい心情に襲われるが、それを必死で抑える。
そしてまた、竜児の気持ちを読もうと、あえて嘲笑の言葉を続け、相手の感情を引き出そうとした。
「高須竜児如きが私の人生に影響を与えるとで思ってるの?」
「自惚れかもしれねーが」

真正面からの言葉に亜美は勢いを失い、顔を背ける。
「影響なんか、影響なんて……」
仮面が外れかかる。震えていた心に差し伸べられた手は掴もうとしてしまう。

「…………ねぇ、それって機嫌とる為の言葉?」
動揺と期待を少しだけ露にする。少し寄りかかってみようと決めていたから、

「お前がまた消えてなくなっちまう気がした。そんな事は嫌だと思った」
「………なら謝ってよ。そしたら今度だけは許してあげる」
正直、妥協点を見出したいの一心なのだ。今すぐにでも和解したい。
だが、ここで引いてしまっては竜児が自らの手で道を誤るのではないかと思ってしまう。
だから、精一杯の虚勢を張りなおす。仮面を被る。

「自分の意見を否定する気はない。やっぱり俺はみんなに幸せになってもらいたいし、
 そこに自分の幸せがないなんて思えない。
 だがお前がいなくなるのは、俺がしたい事とは全然違う」
「な、なにそれ、高須くんの幸せは私がいないといけないって言ってるの?」
予想外の強い言葉。妥協点うんぬん、駆け引きなんてものはどこかに消し飛んだ。
川嶋亜美は気恥ずかしかった。子供みたいにただ恥ずかしかった。

「そうだ。お前がどこかに逃げちまった場所で俺が楽しいとは思えない」
と勢い任せてに竜児は気持ちを告げた後、急にトーンを落とし、言い難そうに
「幸せになって欲しい奴てのはお前も当然入ってる。…かなり真ん中で」
「え…、だって…、えーと、な、なに、……告白みたいな〜ん…て…」
仮面は粉々に砕けた。冗談にして逃げようとするが失敗。

「だからだ、だからだ川嶋。俺は迷ってるし、自分の将来をまだ決められない優柔不断だ。
 だから考える。中途半端なまま考え続ける。
 今決められないから、逃げになるのは承知の上で進学しようと思う。そこでも考える。
 その上で自分の好き嫌いより、収入の方が大事だと思えば、そっちの職に就く。
 それを踏まえた上で、そんなどっち付かずな目的の為にお前に頼む、お前の金を借して欲しい」
そう一息で言い終えた後、竜児は頭を下げて、

「川嶋亜美、すまないがこのお金を貸してくれ」
「そんな事しなくたってもう貸してるって、そんなの私はいらないって言ったでしょ」
「これはケジメだ」
「なにそれ、男の矜持ってやつ、今時」
亜美はそっぽを向き、小さく「まぁ悪くは無いけどさ」と呟くと、
「いいよ。それでいいって。貸すことも、高須くんの考え方も。でも私も謝らないから。
 考え方を押し付けてるって言われたって説得してやる。それでいい?」
そこまでが彼女の限界だった。虚勢を維持するのも。意地を張るのも。
自分の大切なものへの気持ちも。それを失う怖さに耐える心も。
「ああ、もちろんだ。お前と絶交なんてしたくないからな」
「絶交なんで……、出来るわけないじゃん」


だが、一方的に負けるのは気に食わないと意地張りは思う。
実際はまったく負けていない訳なのだが、惚れた弱みからの被害妄想だったが、
逆襲に出ようと気持ちを固める。
男は古くなっているかもしれないが、女の矜持は違う。
今も時代のハイエンドだ。ツンを示す必要がある。

「じゃ、利子について話そうよ。そんな覚悟した顔しなくていいって、
 体で払えなんて言わないから。あれれ、それもいいかも。
 でも、今回は利子代わりに教えて欲しい事があるんだ」
「教えるくらいなら別にいいが。何についてだ?」
先ほどまでの勢いは何処へやら、竜児は恐る恐る聞き返す。

「高須くんの成績なら希望通りりの推薦取れると思うけど、それこそ奨学金前提とした
 やつも。そもそも取る気ある?。今日じゃなくても今週中で答えは構わないんだけど」
「それは無い。あやふやな気持ちで推薦枠1つ取っちまう訳にはいかない」
「はいはい。予想通りつまらない答え。なんでそんな遠回りするかな。
 まぁ、そんなとこも嫌いじゃないけど。じゃ受験で国大?」
「ああ、それが第一希望だ。普通に受験して、私大で奨学金もらいながら勉強するかもしれないが」
「だったらさ、教えてよ。受験勉強。亜美ちゃんもちょっと頑張っちゃおうかなって」

「それは構わないが」と竜児にとって容易な交換条件に、拍子抜けした。
 頭の良さを悪戯程度にしか使わない姿をみて、常日頃どうにかしたいと思っていた
 彼としては渡りに船だった。教え魔の血が騒ぐ。
 だが、次に帰ってきた言葉を聞いて竜児は後悔した。

「ねぇ、高須くん。プライベートレッスンって映画知ってる?ふふ。
 これからお願いします。竜児先生♪」
竜児の困り顔を見て、亜美は大いに溜飲を下げると共に、女の矜持を満足させた。

END




58 Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E sage 2009/12/18(金) 19:04:36 ID:fHklp/e3
こんばんわ。 規制がやっと解除されたのでSS投下させ頂きます。
概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第6回
方向性 :ちわドラ。


とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
1話1話は独立した話ですので、今回だけでも読めるかと思います。

連作としての流れとかも考えているつもりなので、
過去のも読んでいただけるとありがたいです。

登場キャラ:竜児、亜美、少しゆり
作中の時期:高校3年の7月
長さ :17レスぐらい