竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - Happy ever after 第7回 追伸

70 Happyeverafter-7PS sage 2010/04/06(火) 07:46:35 ID:lj1cHGE3




Happy ever after 第7回 追伸




眠れない。眠れない。眠れないのだ。
川嶋亜美は必死に、眠りに落ちようと足掻いていた。が、一向にその時は訪れない。
そうなのだ。そんな事、恋と同じで自分の意思で落ちたり、覚めたりなど等容易には出来ない。
特に落ちる時など、意識すればするほど逆効果だ。深みにはまってゆく。
目は冴えていき、逸らすことすら出来なくなる。

枕が替わると眠れない。なんて使い古されたフレーズがある。
ある種の精神性、周りの目を意識したり、他人の気持ちを考え、引きずる人間には特にその体が強い。
他人の家で、眠りなんて無防備な姿を晒すことなど簡単なことじゃない。
ましてや、川嶋亜美にとっての高須竜児。その家の居間で布団につつまれている。
今日は高須家ですごす初めての夜、川嶋亜美は何時になっても眠れなかった。

別段、高須家の居心地が悪い訳では無かった。
高須竜児は相変わらず優しかった。そして、いつも通り口うるさく、
彼女が自然と作る壁をすんなりと壊してくれた。溝を埋めてくれた。
なにより、変な気を使うことをしなかった。普段の彼でいてくれた。

高須竜児の母親は明るく迎えてくれた。
あっけらかんとして、朗らかで、彼女とは対極の含みの無い笑顔で迎えてくれた。
亜美は最初から異分子にならずに済んだ。

高須家で一番態度の大きい、牢屋主のような彼女は、逢坂 大河は、
学校での態度そのままに、すさまじく乱暴で、わがままで、憎まれ口で、
心根はやさしくて、愛らしい顔でいてくれた。
寂しい顔も、敵を見るような目もすることなく、亜美が心配するような姿を見せずにいてくれた。

だから、亜美は高須家に安らぎを見出していた。
ここでは自販機の隙間を探す必要も無かった。
それゆえに、今日の夕食時、大河が亜美に言った言葉は彼女の優しさから来たものだと思っていた。
思いたかった。

彼女をそっと受け入れてくれた人たちとの初めての食事。
少しこそばゆい感じがする家族団らん。
逢坂 大河を羨ましいと思いつつも、求めることが出来なかった高須竜児の手料理。
我侭天使の秋肥りを解消させるくらいの働きをしない事には口にする事が出来なかった、
どんな高級レストランよりも手に入り辛い食事。
そんな夕ご飯では精一杯の仮面を被り、わざとらしくおちゃらける事でしか、
自分のはしゃぎぶりを抑える事が出来なかった。

そんな場面での、ふざけた会話の中で出た。大河の一言は一瞬、亜美の息を止め、
今も心にとげのように刺さっていた。


「ねぇ、ばかちー。……やっぱりさ
 隙間風吹く木造借家とオートロックでセーフティな高級マンション、どっちがいい?
 あんたがいいなら、うちだって…」
「二度もそんな手にひっかからないての。赤裸々映像なんか何度も取られねーよ」
等と亜美は冗談で誤魔化した。

けれど一人になれば、いつものように自分に問いただす。布団の中で一人切りで自問する。
私はちゃんと答えなかった。たぶん、あの子は好意で言ってくれているのに。
実乃梨ちゃんにはあんな事を平気で言えて、当の自分は恥ずかしげもなくこんな事をしている。
やはり、私は腹黒のままだ。意地の悪い女だ。
そんな自責の念に駆られていた。

後悔している。あの時の自分に考えなおせと伝えたい。
そう、隙間風吹く木造借家を甘く見ていた。
なんだかんだ言っても、ここは家だと思っていた。それなのに

「なんでこんな窓が揺れるのよ。屋根がきしむって本気?、風の音がうるさいっての」
高須家は亜美が知っている家の定義をぶち壊す住居環境だった。

「外壁って家の中で一番しっかりしてるのは壁よね。それなのに外の音が
 そのまま聞こえる気がする。他の壁はもっと薄いてこと?」
亜美は居間に布団を敷いている。高須家の中心の部屋だ。
玄関から見て、居間を中央に、右に泰子の部屋、左に竜児の部屋。その敷居を塞ぐのは襖のみ。
それぞれが相手のプライバシーを尊重して成立する、古き良き日本家屋である。

亜美は思う。
自分は恥ずかしげも無く、ずるい行動が取れる人間だという自覚はある。
だが、それでも、やっぱり、”恥ずかしいのだ”

いびきを掻いたらどうしよう。歯軋りなんてしないはずだけど、
自分で気づいてないだけかもしれない。
そして、寝言なんて言っていたら、一体どうすればいいのだろう。
時折見てしまう、あの恥ずかしい夢。その夢で口走っている言葉を聞かれでもしたら……、
きっと憤死してしまう。確実にだ。
だから、寝れる訳がない。衰弱死してしまうとしても。

だか、そんな死を迎える前に、切実な問題が発生していた。
生理的な問題だ。女優と言っても同じ人間、トイレに行く必要があるのだ。

高須家のトイレは、玄関から向って奥、居間の先の台所を左にあるドアの先の部屋。
向って右に風呂があり、左がトイレだ。
……トイレの先、壁を挟んで竜児の部屋があるのだ。

「トイレの壁って厚く出来てるよね。でも、外壁より厚いはずなんかないよね。普通」
重大な問題だった。
大河が高須家に泊まらない理由が解かる。

理想は朝まで持ちこたえる事だ。さすがに深夜に外出するのは気がひける。
強気を装う彼女だが、実際はへっぽこストーカーにもぶるぶると震える怖がりチワワなのだから。

しかし、限界はもう間近だった。限界を超えた先の風景、それはもっと恥ずかしいだろう。
意を決した彼女は、母親に逆らう事を決めた時くらいに、自分を奮い立たせ、
トイレへと向った。


         ******


「なんだ、問題ないじゃない。亜美ちゃん頭いい」
壁が防音であった訳ではない。壁の厚さを確認した訳でもない。
ただ、アイディアが一つ、思い浮かんだのだ。

「音姫様」という商品がある。
目には目をという発想で、音には音をだ。つまり大きな音でかき消すのである。
高須家にそんなものがある訳ではない。家事を仕切るのは竜児なのだ、
そんな生活に密接していないものがある訳ない。

しかし、トイレの前には、風呂場がある。
シャワーを全開にすれば、水の流れる音は相当なものになる。
その音でかき消せばいいと考えたのだ。

トイレの先に、通路を挟んで風呂場があるので風呂場のドアを全開にする。
それだけでは心もとない気がしたので、トイレのドアも全開にして、
音の通り道を作る。
もちろん、台所に通じるドアはしっかり閉めるている。

亜美の予想どおり、シャワーの音は反響もあり、よく響き、部屋を満たした。
これで安心と、ゆっくり座ると、
寝巻き代わりに借りていたジャージを下ろし、ショーツを下げた。

と、その時、台所から足音が聞こえた。同時に血の気が引く。
「誰!」
「お、おう、俺だ」
「高須くん?」
最悪のタイミングだった。亜美は思う。まったくなんて奴だ。
なんでこの男はいつもいつも、私が困ってる時にあらわれて、もっと困らせたり、
救ってくれたり…。
計算づくで口説こうとしてるんじゃないだろうかと思ってしまう。
しかし、計算だったら亜美ちゃんの方が一枚上手と反撃を開始。

「けっこう大胆だね。女の子のシャワー中に入ろうとするなんて」
「なんで、夜中にシャワーなんかあびてるんだよ」
「何よ。ワザと来たくせに」
「べ、別にワザとじゃ」
「いいよ、今なら内緒で、ねぇ、竜児」
「お、お前、なに言ってる」
「ねぇ、したくないの?」
これで、純情高須くんは退散と、じゃあね、お子様。
亜美は心の中でうすら笑う

「ああ、じゃ一緒にするか」
「へ!?」
「もう別荘の時の手はつうじねーよ。お前の事少しは解かってるつもりだからな。
 風呂掃除してるんだろ。
 どうせ、居候するのが悪いと思って掃除してる。そんな所だ。
 しかも深夜に人知れずなんて、照れ屋なお前らしいが」
「違うっての、なに人を買いかぶってるのよ。シャワー中だって言ってるでしょ」
「本当にシャワー浴びてるならお前はそんな事いわねーよ。
 俺の事笑えねーくらい、その手の話し弱えーじゃねーか」
「だから違うって、シャ、シャワーは浴びてないけど、けど、もっと恥ずかしいだって!」

緊急事態だ。演技とか余裕とかそんなもの一欠けらも無くなっていた。
亜美は慌てて立ち上がり、台所に繋がるドアを開かないように抑えようとした…
が、脱ぎ途中だったジャージとショーツに足を取られ転んだ。頭から、前のめりで。
まるで土下座するように。ヒップを突き上げて。
そして、ドアが開いた。



「……………悪い」



そして、ドアが閉じた。


         ******


二人は居間にいた。卓袱台を挟んで体面。
被害者、川嶋亜美と、性犯罪者、高須竜児がである。もちろん竜児は正座。

「そんなつもりは無かったんだ」
「なによ変態」
冷たい目が竜児を刺し貫く。竜児は亜美の髪の毛が蛇に変わり、
自分はいつしか石になるのではないかとと思った。というか石になりたかった。
かれこれ三十分は亜美の説教に晒されているのだが、
しかし、いつまで立っても石にならない。
髪の毛が蛇でも、後頭部にもう一つ口がある類の奴かもしれない等と思い直した。
あいつ裏表あるし、正面の口と、本当の口とじゃ言ってる事違うもんな。今回だって…

「ねぇ、高須くん。ちゃんと聞いてる」
「お、おう。しっかり聞いてる」
竜児は急いで姿勢を正す。長時間の説教に精神が自然と退避行動を取っていたようだ。
こんな事がばれたら、まだ細々と言われちまうと、神妙な態度を取る。
だか、隠し事の常習者は、他人のそれにも何となく勘付くようで、
「なんか怪しいですけど」と不信顔。さらに不満を増し、文句を続ける。
「だいたい、高須くんは私の事、全然解かってないよね。そんなんじゃねーての。
 人を見る目ないんじゃない。私は捻くれていて、腹黒で、意地悪っ子な女。
 掃除なんて自分からする訳ないじゃない」
「嘘つけよ。海行った時だってメインでやってたの、俺とお前だったじゃねーか」
 掃除の話題となり、竜児は急に元気を取り戻し、反論。

「それは…、仕方なくというか。だって祐作と実乃梨ちゃんは買出しに行ってもらってたし、
 タイガーはあんなんだし。私と高須くんでやるしかなかったんじゃん」
「そうだ。だから二人で掃除したんだ。憶えてるだろ」
「そりゃ、憶えてるけど。少しは楽しかったし」
「だろ、掃除て言うのは、基本、楽しいものなんだ。すばらしいものなんだ」
「は?、掃除自体が楽しい?、あのシチュエーションで?、なんでそんな鈍い事しか
 言えないのよ、この口は。て、どうしてこんな話になってるのよ」
「だから、掃除談義だろ」
「ち・が・う!。だから私は自分から進んで掃除する女じゃないって事。してもらう側!」
「嘘つけよ」
いつのまにか、竜児にイニシアティブを取られてしまう亜美。
無理やりにでも強気に出て、主導権を取り返す。

「なによ反論する気?、変態のくせに、覗き魔のくせに」
「だから、あれは」
「お尻みたくせに」
「……ありません」

そして、亜美は本音を少し。
「あんまり買いかぶらないでよね。居心地わるくなるよ」
「それは……困るな」
竜児は頭を掻くと、目線を逸らし、すこしぶっきらぼうに
「俺はそう思ってないが、俺がお前の事見誤ってるて言うなら、もっと本当のお前を見せろよ。
 ウチでは素でいろよ。何せ俺たちは……」
「対等って?」
「そりゃお前は俺の先を行ってるのかもしれねえし、
 今は肩を並べるなんておこがましいかもしれないが」
「当然でしょ。亜美ちゃんは美貌と才能の塊。生まれながらのスターだもの。たださ…」
 今度は亜美が目線を外し、雑な言い方で、投げ捨てるように
「ちゃんと見てて欲しいかなって。
 ほら、私の今の一歩って、高須くんの未来の一歩じゃん。
 その辺、高須くんの勉強になるから。だって、道はおんなじ……でしょ」
「ああ、そうだな。月同士か」

そして、流れる沈黙。だが、嫌な沈黙ではない。
お互いに相手の言いたい事を少し言った。
その内のほんの僅かばかりは相手に正しく伝わった気がした。
それがいくらかの満足感をもたらしていた。

そして、満ち足りた亜美は
「いいよ」
笑顔で竜児の顔をみつめ
「ゆるしてあげる。追いつけなくても、たまに見誤っても。ちゃんと見てくれるなら」
そして、悪戯笑いを浮かべると
「それに、後ろからついてくる竜児、しっかり見てくれてる竜児は
 亜美ちゃんのお尻に釘付けだもんね。、
 亜美ちゃんの〜、カ・ワ・イ・イ・お尻見たい気持ちは解からなくもないし♪」
「だから、あれは事故だって」
「なんか反論があるの?変態のくせに、覗き魔のくせに」
「……ありません」
「じゃ、今日は開放してあげる。だから今後、私がシャワー使ってる時は絶対に
 入ってこないこと。いい?」
「ああ、解かった。お前がトイレに行ってる時は水場には行かない」
「なによ、このデリカシー無し男!」

竜児は逃げるように腰を上げると、自分の部屋に行こうとする。
襖を開き、そこで立ち止まり、かえりみて、
「悪かったよ。川嶋。
 けど、ここはもうお前のうちと思ってくれていいんだからな
 ここにいる時、変な気つかうなよ」

亜美はその言葉にあっかんべーと返した。
そして、襖が閉まるのを待って、呟く。

「ふん鈍感男。機微ってものがわかってないよね。その割りに…
 本当、やさしいんだから…」

そして、一人になった亜美は、もう一回、眠りに落ちようと思ったが、
先ほどより熱くなった気持ちでは寝れる訳も無い。
ここはいつも通り、自己暗示で立て直そうと決めて、

「亜美ちゃん可愛い!、亜美ちゃんプリティ!」
「あれ、私は何も言ってないのに」
それは甲高い声だった。部屋の中で声がした。しかし居間にいる人間は亜美一人だった。

「起こしちゃった?、ごめんね」
亜美はそう言うと、鳥篭に近寄り、篭にかかったそっと布を取った。
インコちゃんが元気そうに喋り続けている。
「亜美ちゃん可愛い!、亜美ちゃんプリティ!」

「ふふ、元気付けてくれるの。飼い主さんと似てるね。顔付きと反対に優しい」
亜美は自然な笑顔を向けた。その飼い主にしか見せない笑顔を
動物は人間の感情に敏感だと言う。だからなのか、気を良くしたインコちゃんは
自分が知ってる台詞の中でも、長めのものを得意げに繰り返した。

「まだ憶えてたの?、高須くんのお見舞いに来た時か、あの頃は冗談まじりで言えたけど…、
 今は、もう言えないな」
その理由は彼女の心が弱くなったからか、
強くなった願望を簡単に口に出せなくなったからなのか。

亜美は一人、はにかみながら、
「でも、そんな事、もしかしたらだけど、
 これから起きる可能性なんてあるかもしれないのかな……」
亜美は自分の心が少し暖かくなった気がした。
そして、ゆっくりと布団にもぐりこむと、静かに眠りにつくことが出来た。
その結果として、とても恥ずかしい夢を見ることになるが。

居間には密やかな、それでいて、幸せそうな寝息と、インコちゃんの言葉がただ響く。
主人に似た所をもつ優しい鳥はいつまでも繰り返す、子守唄のように
「高須竜児は、川嶋亜美を、世界中の誰よりも、愛しています」

END


以上で全て投下終了です。お粗末さまでした。