竹宮ゆゆこスレ保管庫の補完庫 - Happy ever after 第8回
303 HappyEverAfter8 sage 2010/08/20(金) 20:57:09 ID:iXtQkrie



Happy ever after 第8回



まったりとしてしつこくない、それでいて重厚な甘みが口内に広がる。
このアーモンドクリームは上質だ。
川嶋亜美は高須家居間でオレンジタルトを口にしていた。
その一噛み、一噛みが彼女に快感をもたらしていた。

初めに待ち受けるのは、宝石のようにキラキラ輝く、ジャムでコーティングされたオレンジ。
一口、小さくかじる。新鮮な繊維質を自らの歯でプチプチとゆっくり裂いていくと
甘酸っぱい香りが宙に放たれ、鼻腔をくすぐる。
その下にはアーモンドクリームの層、その味の深みといったら。亜美は頬が落ちるという言葉を実感していた。
最後にサクサクとしたパート・ブリゼのタルト生地が待ち受ける。噛み砕く行為自体が喜びだった。
小憎らしい事に、本当に癪にさわるのだがと、最後の一工夫に嘆息を止めえぬ自分を発見していた。
クリームとタルト生地の間に、もう一枚、オレンジの薄いスライスが引いてあった。
オレンジの酸味と爽やかさが、後味への甘さを引きずらず、さっぱりとした切れをもたらしていた。
こんなに美味しいオレンジの食べ方は初めてだと彼女は思った。

亜美はオレンジが好きだった。
正確には大橋高校に来てから好きになった。
味覚が変わったのだろうかと一人いぶかしむ事もある。理由は自分でもよく解からない。
コンビニご飯にならされ、科学調味料と添加物の作られた旨みに馬鹿になりかけた舌が
助けを求めたからかもしれない。
何となしに口に入れたオレンジの味は、飾り気も無く、カッコつけたものでもなくて、
素朴で、けれど爽やかで、優しい味だった。
こんな味もありかなと思った。

気づいたら、いつのまにか興味をもっていた。
あのにぶちんとか、初めて蜂蜜金柑を飲んだ時に見た夕日が鮮烈だったとか、
その色が連想させるからだろうか、いつのまにかオレンジをよく食べるようになっていた。
放課後、学校帰りが夕飯の買い物時に重なった時は特に、スーパー狩野屋によったりした。
けれど、目的のやつがいなくて、仕方なしに買い物をする事にして、やっぱり買うものも特になくて、
あいつのせいだと、目の敵のようにオレンジを買っていた事が理由かもしれない。
いくつか思い当たる事もあれば、どれもが、そこまで決定的な出来事ではない気もする。

日々、当たり前のように傍にあるオレンジは甘く、それでいて新鮮で、毎回、亜美を驚かせた。
それだけで十分だった。
モデル仲間たちとの話題に出てくる高級なスィーツとは違う。
コンビニにいつも並んでいるお手軽デザートとも違う。
温かみがあって、嘘が無い自然な感じの味に、気づいた時には自分でも驚くくらい夢中になっていた。

だが、最初は甘かったオレンジも、夏を越え、秋を過ぎるとすっぱくなっっていった。
本当にオレンジが好きになって、その味がよく解かるようになったからかもしれない。
その事にも本当の理由があるかもしれないが、そんな事考えたくもなかった。
ただ泣けるくらいすっぱかった。
けれど、残すことはしたくなかった。
すっぱく感じても全部食べた。甘くなる事を期待して、また口にした。けれどすっぱいまま。
それでも嫌いにはなれなかった。

今日の朝、「川嶋、夕飯に食べたいものってあるか?」と聞かれて、
だから「オレンジ」と答えた。
「それは夏に食べるには向いてないんだが」と少し困った顔をしていたので、
彼女は意地悪をしたくなって、あえてせがんだ。大変困った顔になって面白いと思った。
その悪戯心が引き出した結果がこのオレンジタルト。

それはとっても甘かった。ケーキだからなのか、それとも手作りだからか。
いづれにしても、高須家で食べるオレンジは亜美にとって特別なものだった。

「高須くん、これ凄いよ。こんな美味しいもの初めて食べた」
それは言い過ぎて、それ以上に美味しいものなど、亜美が口にする機会等、山ほどあった。
ただデレとは最高の調味料であって……。
「そうか?、このタルトは少しは自信あるんだ」
そんな亜美の眼前には悪巧みが上手く成功したかのように凶悪に笑う卓袱台の先の男が一人。
しめしめ、上手く引っかかってくれたぜ。それこそ、こっちの思う壺。後は煮るなり、焼くなり…等と考えている訳ではない
訳ではなかったりする。

「うん、すごく美味しい。こんな料理、自分で作れるなんて凄いよね」
「料理なんて、レシピがあれば、あとは経験と、丁寧さでいくらでも作れる。そこでだ。実は相談があるのだが」
と泰子に目を向ける
「えーと。これから高須家緊急家族会議を始めま〜す。竜ちゃん。進行、よろしく」
最高意思決定者の高須泰子が、用意された台詞を読み上げるように宣言した。
円卓、ならぬ卓袱台を囲むのは、参加者は高須泰子、竜児親子。
そして、罠にかかったちわわとタイガー、川島亜美と当然の如く夕食を貪っていた逢坂 大河の4名。

「弁財天国の店員、Bさんのおめでたになった。で来週から産休に入ってしまう」
泰子が拍手し、ドンドンと何処からか取り出した太鼓を叩く。
「店員募集をかけていたんだが、なかなか決まらない。だが、もう産休間近。
 このままでは店が人手不足は明らかだ。だから少しの間、俺がヘルプに入る。
 ここからが本題だ。そうすると飯を作る時間が無え」
大河がハッと目を開き、懸命にBOOイング。亜美は目を細め、そういうことかと、ケ、と呟き、頬杖をつく。泰子は太鼓を叩き続ける。
そんなお茶の間。

「確かに夏場は食べ物の足が速い。
 だが工夫をして弁当にして用意しとくとか、出来合いのもので済ます、
 もしくはチンして簡単などという手もあると思うんだが」
太鼓が鳴り止み、
「却下!、お家ではテーブルで、ご飯で、家族団らんなの!そうじゃないと生きてる意味ないの」
最高意思決定者の泰子が拒否権を最大限の強さで行使。それを受け竜児は諦めに似た表情で
「…と言うわけでだ。なるべく今の食レベルを維持しなければならない。
 といっても下ごしらえは俺がしとくから、火掛けるとか。煮込むとか程度なんだが。で、大河」
と竜児が逢坂 大河に水を向ける。

大河は、『パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない』と言ったお姫様を見る大臣
のような目つきで竜児を見返すと、
「私に料理が出来るとでも思ってるの、とんだボケナスねあんた」と一刀両断。
「大河やろうとぐらいしような。それでだ川嶋」
しようがなく川嶋亜美を見るが、
「竜児、見て見て、すげー綺麗にネイル塗れたんだ。もう芸術品じゃね」
亜美は頬の支えにしていた腕を抜き、手の甲を表にし、爪に息を吹きかけていた。
「聞いてるか、料理の話をだな」
「ヤダって言ってるの。ちゃんと耳ついてる?。手あれちゃったらどうするのよ」
と美人顔だけに、険が強い表情で睨む。竜児は慣れた風で柳に風。
「なら、このゴム手袋やるよ。プレゼントだ。このメーカーのはかなり質がいい。すごく持つ」
と、予め用意してあった紙袋をちゃぶ台の下から取り出す。
それはスーパー狩野の紙袋で色気なんてどこにもない袋だった。
ただ可愛いらしい赤の五輪リボンが付けられていた。
竜児が家でつけた物で、当人は本気でプレゼントのつもりだったりするが……。
「ゴム手袋がプレゼント?。最低!。しかも、大事に使え?。そんなの使い捨てにきまってるての」
ともらったら最後と、警戒して手を出さない。
そして嫌そうに「てか料理?、私が?」
ついで捻りあげるような薄い笑顔を浮かべながら、「なんで亜美ちゃんが?」と続け、徹底抗戦を告げた。
「こんどはお前の別荘の時みたいにいかなねぇぞ。なんでじゃねえ」
 だが竜児は過ごしてきた年限のお陰か、昨年のようにはひるまず、一歩亜美に踏み込む。
「また玉ネギでも突きつける気?」
と彼女は告げ、竜児の表情を読もうとする。そこに断固として引いてくれなそうな雰囲気を感じ取り、
「なによ」と小さく呟く。
だが、すこし考え、攻めてを変える。彼の頑固さをしっている黒チワワは搦め手に切り替える。
とろけるように笑い、下から見上げるように、誘うように、上目使いに転じる。
一瞬でおねだりチワワモードにチェンジ。
「だっ〜て〜、家事も料理も全て高須くんがしてくれるって言・う・か・ら、亜美ちゃん、嫁に来てあげたのに話違うじゃん」と
お得意の誘い目、流し目を向けてみた。もちろん傍観者のちびっ子を計算の上で。
「そんな約束、いつしたんだよ」
と呆れながら竜児。が、すぐに殺気を感じた。声を慌てさせる。
「大河睨むな。その右手にもった、ふるふると震えて今にも零しそうなその湯のみをどうする気だ。
 泰子太鼓叩くな、ラッパを吹くな。ほら、川嶋、はやく訂正しろ」
「え〜、竜児、約束してくれたじゃん。自販機スペースで。亜美ちゃん可愛がってくれるって」
「いや、あれは、たしかに。て、大河、そうじゃね、誤解、ではないんだが、それは言葉の綾で。
 待て川嶋。それも違う。あれは嘘って訳じゃない」
と睨むやつ、泣きまねをするやつに挟まれる竜児は轍鮒の急。前門の虎に、後門のチワワだった。
虎は当然恐ろしいが、チワワも怖い。
そいつは嘘泣きの下に、悪戯笑いを浮かべた仮面を被る。
さらにその下の素顔で傷づいた顔をしたりもする。しかもその顔は見せたがらない。
やっかいな奴だよなと亜美の顔を覗き込む。その表情を見て竜児は、

正直、わからん。と内心で白旗を揚げた。
腐っても亜美は女優で、竜児は女性経験等とんと無い不器用くん。
亜美の評価では、見る目があるとか、人の気持ちが解る等とされるが、本人はてんで自覚がない。
気配りの高須と言われても、それは学校行事や、家事全般であって、
人間関係は関してはどちらかと言うと鈍いんじゃないかと、最近は自分でも心配になったりしている。
そういやあいつに鈍感とも言われてるなと思い直す。
あの女は一体、俺をどう評価してるんだと、自問していたら余計解らなくなった。
とにかく、変な小細工とか、機転が回る頭なんてねーんだし、無いものねだりしても仕方無い。
だったら自然体でいくしか無えと、開き直り、
「たく、我侭言うな。お前たちだって家族の一員なんだから、助け合う心を持て」
とドキドキしながらも強気で言ってみる。
すると、何が効いたのか、大河、亜美ともに、不満そうに目はしているが、それでも睨む事、泣き真似を止めた。

その事に勇気づけられ畳み掛けてみる事にする。
「それにお前たちの為でもあるんだぞ。考えてみろ。
 飯さえ上手く作れれば、人間、どこだって生きていける。需要はあるんだ」
なんて、上手い話で誘ってみようとするが、これは墓穴だった。
「興味ない。ママがお金持ちだし、生活になんか困らない」と少しも考えずに返す小さな暴君。
「なんで芸能人の亜美ちゃんがそんな地味な仕事目指さないといけないのよ」と考えるまでもないと馬鹿にする高飛車女。
さっきまで上手く行きかけたのに、どうやら選択肢も間違えたようだ。どうも食いつきが悪くなった。
しょせん奴らはブルジョアだったとプロレタリアートは反省。

ふと、昔、恋した少女を思い出してしまうのは男の性か。
「櫛枝を少しは見習え。大河、お前親友だろ。……櫛枝のお粥美味かったな……」
口に出してしまうのは男の中でも最低の部類ではあるのだが。
「俺が病気だった時、お見舞いのついでに、お粥作ってくれたんだぜ。病人を気遣う優しさ、
控えめながらしっかりした味。幸せだったな……。あ痛ててて、突然何するんだ川嶋!」
「え?、あ、高須くんがボーっとしてたら、いつまでも夢みてたら駄目だよって、
 もうそんな事起きないんだよって。現実に戻してあげる為に頬っぺたツネってあげただけじゃん」
「痛ぇと思ったら後がつくまで爪たてやがって。そんな事言われなくたって解ってる。
 あんな幸運、あれは奇跡だ。櫛枝に何度もあんな事してもらえるなんて思ってねぇよ」
「どうだが」

そんな中、大河は何か思い当たる節があるらしく、一人考え込み、
「竜児が病気?、お粥?」と呟いていた。
「どうした大河」
「私だって作ってあげたじゃないお粥。みのりんは思い出して、私のは忘れてるんだ」
「忘れるかよ。あれは不味かった」
「それでも全部食べたじゃない」
「そうだな。全部食っちまった。大河の料理だ。すげー腹に染みた」
そう言って、改めて大河に向き直ると
「忘れる訳ないだろ。本当ありがとうな」
「う、う、きゅっ、あ、あ、もう、つまらない事言ってるんじゃなわよ、馬鹿犬!」
と憎まれ口は叩くが、大河は顔を赤くして満更でもない様子で身悶える。
そして、竜児はしみじみと
「そうなんだよな。もうちょっとだけ、味が上がれば言うことないんだが。
 なあ、大河、やっぱり料理練習してみねーか、惜しい気がする」
「あんたしつこい。しつこい野犬は飼い主から罰が下りる、下りるんだから」
と抵抗するが、竜児の一年以上の経験からいって、もう少しで説得出来る感触を得ていた。
「お前が当番の時は好きなもの作っていい。栄養バランスとか野菜が少ねぇなんて事も言わねぇ。
 しかも、俺の時はどんなリクエストにでも答えてやる。それでどうだ」
横で聞いていた食事制限の達人は、子供じゃあるまし、そんな事でつられる奴がいる?と冷めた視線を送る。
しかし、食欲魔人の耳はぴくりと動き、「何でも?」と確認を取ってきた。
しめたと竜児。攻めどころはそこだ。
 「そうだ。かぼちゃ. トマト. 茄子. 冬瓜. きゅうり. ゴーヤ 、とうもろこし、 みょうがににんにく、
  枝豆、 ししとう、 いんげん、 オクラ、 大葉、 ピーマン、 モロヘイヤ!。
 夏はどうだ旬を迎える野菜が非常に多い。いくらだって料理の仕方教えてやるし、作ってやる」
「野菜ばっかり」大河の不満いっぱいの声が聞こえた。
「魚だっていいぞ。なにせ、高須家の友、鰯が油が乗ってうまい。トビウオだっていい。
 狩野屋でも安い値でいいものがならぶしな」
「肉!」
「それがどうした?」
「肉が無い。あーもう。一年中、毎日、旬の肉が入ってない。最近、ぜんぜん肉食べてない」
「たまには出してるだろう」
「それでも少ない。前はもっと出てたのに…、ばかちーのせいだ」
「……それはだな」

「ばかちーが大食らいだからだ。竜児んちの食費がもたないんだ」
「あんたと一緒にするんじゃねーよ、馬鹿トラ」
冤罪を掛けられては堪らないと、亜美が即座に反論。竜児もこれに対しては忍びないと援護する。
「川嶋はそれほど大食いじゃねぇし、食費はもらってる。
 前にあいつから金借りた事があって、そこから食費は差し引いてくれって言われてるんだ」
「じゃあ何でよ。実際、ばかちーが来てから急に減ったじゃない。揚げ物なんて絶滅したのて感じ。
 とんかつなんかばかちーから着てから一度だって出てきてない。エビフライも、天ぷらも!。
 それから何だっけ、あんたの好物のシソ使ったやつだって」
「豚肉のしそ揚げか?」
「そう、それ。あれはうめーぞ、超うめー。売り物になるレベルだとか言ってたくせに」
「へ、高須くんが好きなのあれじゃないんだ」
「解った。お前たちが料理手伝ってくれるなら、肉を用意する。とんかつだって、しそ揚げだって出してやる。
これでいいだろ」
「本当!、竜児。言ったわね。言ってしまったわね、あんた。もう取り消せないだからね。一生よ。一生」
「いつ、一生なんて言った。だが、持ち回りで食事当番をやる間は、絶対だ。約束する」

と大河がいつのまにか乗り気になってしまうのを見かねた、亜美が口を挟む。
「待ちなさいよ、ちびトラ。なに口車にのってるのよ。あんただって、ろくに料理なんか出来ないでしょ」
そんな亜美の言葉に、条件反射的に逆らうのが、タイガーの野生の本能。
「あ〜ら、ばかちー、一緒にしないでくれる」
高い位置から見下していますわ。私という感じで答える虎が一匹。
「なにその態度。不味いお粥一杯作れる位じゃ、世間では料理出来るって言わないっての。
 あんたがド下手糞なのは家庭科実習で知ってるわよ。実乃梨ちゃんにおんぶに抱っこじゃない」
「あれはいつも題材が悪いだけ。他の料理だって出来るわ。
 だって私、竜児が驚く位、凄い料理作ったことあるんだから」
と手乗りは無い胸を張る。
「はぁー?。嘘臭せえ、信用なんねー。なにが出来るてのよ」
「サラダ」
と当然という感じで一言の答えが返ってきた。かなり自慢げな雰囲気のおまけを纏って。
「そんなの誰でも出来るての」
あきれ気味な反応を返す川嶋亜美だが、
「川嶋、サラダが誰でも出来るてのは間違いだ」そこに感慨深げな竜児が口を挟む。
「何、高須くん。そんな凄いサラダだったの?」
竜児はあの、水浸しになった、彼の愛しの台所を懐かしく思い出していた。
あの時の後片付けは、高須竜児史上、最大のミッションだったなと
そして、あのやり応えを思い出し、ニタリと凶悪に笑った。あ、俺、あの苦い思い出も笑えるようになったんだ
と感傷にふける。

そんな笑顔(不気味とは亜美でも思う)を見て、亜美は愕然としてしまう。
タイガーの手料理で、こんな嬉しそうにしやがってなんて考えてしまう。

「ほら、解った?。まけちー。料理の一つも出来ないなんて、女として底辺ね。底辺」
逢坂大河と川嶋亜美、手乗りタイガーと腹黒チワワの仲はつーと言ったらかーの関係。阿吽の呼吸。
大河が売り言葉を放てば、即決で買い言葉を飛ばしてしまうのも亜美。
「誰も、料理作った事無いなんていってねーって。1つぐらいは作れるての」
「ばかちーお得意の見栄?。一体、何が出来るのよ」
「豚の」「丸焼きだ!」食堂で、目当ての品目を見つけた子供のように、思わず声を上げる大河。
「はぁ?、なんで女子高生が唯一作った事のある料理が豚の丸焼きなんだよ。ありえねーての。
 大体、そんな豚一匹分食えるかよ。何処に行くんだそのカロリー」
と誤審で出たイエローカードに抗議の声を上げるサポーターのように反論する。
「食える!」
「あんただけだっての」
「じゃ、なんなんだ」


ぶーんと言った感じで竜児が会話に再び参加する。
その顔は純粋に興味があるなという単純なものだった。だが、それに対面した少女の顔は複雑だった。
竜児を一瞥、血が上っていた頭が、顔から勢いが消える。
いや、もしかしたら一層、血が上っていたかもしれない。
赤くなった顔を隠す為、顔を伏せる。そして、気づかれないように浅く一呼吸。
鼓動をおさえ、目だけをゆっくりと動かし、竜児の様子を伺いながら

「……生姜焼き」と精一杯の答えをした。そのままの上目遣いで彼の表情をそっと盗み見る。
怖さ半分、期待半分といった気持ちでだ。

竜児は、「自信をもって出来るたった一つの料理が生姜焼きって珍しいな」等と思い、
「豚肉は疲れを取るビタミンB1が豊富だからか、それに生姜は体を温める。モデルなりの工夫か?」
と口に出そうとして、そこで軽いデジャブを感じた。そして、
びっくりした。
自分の無神経さにだ。

亜美はその表情を見て、少しだけホッとして、だが恥ずかしさも感じ、再び目を伏せ、一言だけ、
「う、うん」
「川嶋、もしかして。あの時のか?」
と頭をかきながら、どうしようもないことしちまったと思いながら、竜児は一応確認してみた。
「う、うん。だってもったいないじゃん。だから………。一応作ってみた」
「悪い……。いつもの冗談だと思っちまって。なんていうか、なんかお前が料理しないっての想像出来なかったと言うか」
「別に……、悪いて程じゃないよ。一応さ、いいきっかけにはなったし」
「そうか。だが、やっぱりすまない」
「うん」

なんて、会話を目の前で見せ付けられた人間が二人。年をとった方は「わぁ」と言いながら息子のそんな姿に
赤面するばかりだが、同年代の彼女は当然の権利(と自分では思ってる)を主張する事にした。
「なんかムカつくわ」
大河がちゃぶ台の両端をもつ、そして……。
だが、すぐに竜児がタンと音を立てるくらいの勢いで、卓を押さえた。
だが、ちゃぶ台が浮かび揚がる力は怯まない。
が直ぐに続けて、またタンと鳴った。数日の居候で学習した亜美が押さえに入ったのだ。
大河の力に対抗するには二人は必要だ。
「お!、おう、大河、落ち着け、何沸騰してやがる」
「大声で内緒話してるからよ。この破廉恥男、発情犬」
「大声の時点で内緒話じゃねぇだろ」
「なにが生姜焼きよ。そんなのサラダに比べたら簡単じゃなない」
「ふざけんなちび。サラダの方がどう考えても簡単だっての」
「そんなことない。私のサラダは特別だもん、ねぇ竜児、そうでしょ」
「…………」
ここで思い出すのは、やはり水浸しの台所、そして、そこでがんばる大河。だから竜児は
「まあ、特別だな」
その言葉にちゃぶ台に掛かる圧倒的な浮力は消失し、現金にも機嫌が直った大河は誇らしげに、
「ほら、見たことか、言ったことか。思い知った。ばかちー。ねー、ねー、今、どんな気持ち?、損な気持ち?」



亜美は大河の言動にもムッと来たが、それ以上に高須竜児の表情に腹が立った。何に怒っているのか解らなかったが、とにかく許せないと思ってしまった。
「わ、私のだって特別だっての!。どれだけ私が苦労をしたか。絶対あんたなんかより腕は上」
「ふん。まけちーの遠吠えだ」
「なんだと不器用タイガー。口だけなのは手前だろが」
と二人がゴングがなる前に飛びかかろうとする両者に竜児が割って入る。
「待てって。なんでお前たちはそうやって、もめるんだ」
「だって、このばか(ちー)(トラ)が」
最後の言葉以外はシンクロした言葉が響く。
「?。お前ら、気があうんじゃねーか」
「冗談じゃない!」
今度は完全にハモッていた。こいつらやっぱり似たところあるなと確信まで至った。
合いすぎて、お互いにちょっかいだしたくなるんだろうなとも思ったが、それは心の中にしまっておく。
「一々もめるなって。実際、お互いの料理する姿を見てないから、そんな口喧嘩になるんじゃねえのか。
 そうだ、いい機会だから今日の夕飯、三人で作ってみねぇか?」
と誘ってみる。それに反論しようとする二人だったが、
「わー。やっちゃん。みんなの手料理すごい楽しみ♪」
と小躍りする家主のテンションにあっては、その提案を呑まざる終えなかった。


         ******


台所には花が咲いていた。オレンジ、ピンク、赤の色とりどりのエプロンの花だ。
高須竜児の密かなコレクション。彼はエプロンを何枚を揃えており、その日の気分により色を使い分けていた。
胸に抜けるような快晴の日だったとか、特売で肉魚が安く買えたとか、学校の大掃除の日だったとか、
楽しげな日は鮮やかな色を、
天気の悪いジトジトした日だったり、長雨で野菜が高騰していたり、太陽みたいな娘に挨拶すら出来ない自分だった日、
今は自称、腹黒とちょとした事で口喧嘩した日などに気分を無理にでも上げるため明るい色を付けてテンションを盛り上げたりしていた。
そんな竜児の秘蔵エプロン達を亜美たちに貸し出したのである。

オレンジの鮮やかで、強く、それでいながら暖かさと、優しさを併せ持つ、稀有な彩り。
竜児のあくの強い、一部の人間しか知らない彼の内面とは真反対の、目つきを和らげていた。
ピンク、可愛らしく、女の子らしく、無垢を示す色。
逢坂 大河の暴風雨のような性格とはまったく違う、純粋な心根、その心根と同じ、可憐なまでの容姿そのままにカリーナに飾っていた。
赤は情熱の色、エネルギッシュな色、そして愛情の色。鮮烈で、それでいて少し不安定。
それが川嶋亜美の青、穏やかで理性的で消極的な色、の髪と重なり二面的な複雑さから、
彼女をより魅力的に見せていた。

そんな三色の花が咲いていた。三花だけで繚乱だった。
ただし、そのうち、うら若き花々腰に手をあて、互いににらみ合っているのだが、

「だから勝負事じゃねぇって言ったろ。端にみんなで夕飯を作ろうってだけなんだからな」
大河は睨むのを止めると、今度は面倒くさそうに竜児を見て「それで、献立は一体なににすんのよ」
亜美は釘を刺すように「小難しい料理なんか、私、作れないよ」とかぶせてくる。
「どうすっかな。とりあえずオーソドックスで、簡単な奴でいいだろ。
 炊きたてご飯、味噌汁、焼き魚にぬかづけつければ、そこそこ栄養バランスも取れるだろうし」
「肉!」と肉食獣猫科。
「肉がどうした?」
「お肉が食べたい」
「肉か……、う〜ん」
「好きなもの作っていいって言ったじゃない。早速、嘘付く気」
「そうだな。豚があったな。解った。脂身取って、湯通しで、冷しゃぶでどうだ。夏だし」
「揚げ!」
「揚げものったってな」
「トンカツがいい。けど、そんな嫌なら、あんたが好きなしそ使った奴でもいいわ」
「しかしだな」
と竜児は亜美の顔を横目でみる。亜美は
「高須くんの好物なら、私もそれでいい」と乱暴な言い方ながら、珍しく大河の意見に賛成票を投じる。
「ほら多数決。民主主義よ。いくらあんたが独裁者面の、悪代官顔だからって、日本じゃ許されないわ」
「……。二人がいいなら仕方ないか。ああ、なら、よし、それで行こう。
 なら下ごしらえして来るから、お前たちはその間に炊飯と、味噌汁をやってくれ。……やり方解るよな」
「当たり前じゃない」とハモッた、強い声が返ってくる。
その声に、さすがに、小学校の家庭科実習でもやるくらいの内容だし、馬鹿にしすぎかと軽く反省。
「じゃ、頼むな」と声を掛け、小麦粉等を置いている棚戸へ向かった。


         ******


軽く準備を終え、戻って来た竜児が見たものは
「川嶋さん?」「ん?、何?」
米びつから、米を4合ほどすくい、水を入れ、そこから、かくる一回かき混ぜただけで、
ジャーにセットしようとする女子高生が其処にいた。
「お前、白米嫌いか?」
「ご飯嫌いじゃないよ。どっちかというとパンが好きだけど、ママがお米派だったから」
とキョトンとした顔で言葉が返ってくるので、竜児は余計に疑問を増し、
「じゃ、ヌカとか付いたままの方が好きなのか、確かに栄養価は高いが、腹持ちもいいし」
亜美もクエスチョンマークを頭に浮かべたかのような様子で、
え、白いご飯の方が好きだよ」
「だったら、なんで素荒い位しかしない?」
「え、洗ったよ。水だって汚れてないし、たしか、水が白くならないくらいに洗えばそれでokでしょ」
「そりゃ、水つけたくらいじゃ、そんなに白くならないが……。もしかして、無洗米しか使ったことないのか?」
「無洗米?、なにそれ、普通のお米だよ」

竜児はなんとなく、真相に近づいた気がした。そう言えば聞いたことがあると思った。
1K数千円単位のお米は精米もとことんされていて、ほぼ水研ぎする事もなく炊くこと出来ると言う。
あれは都市伝説じゃなかったのか…。
そうでなくても、最近のお米は水研ぎあまりしなくて良くなったっていうし、作業自体面倒くさいって人多いからな。
高須竜児が選ぶお米は、うまみたっぷり、仕上げふっくらの、狩野屋で売ってる兄貴の田舎直仕入れのお米だ。
精米機の性能がよくないのか、それともそれはこだわりなのか糠は多い。
が味はピカイチ、お値段もお手ごろ、ああ、主婦の知恵。常識(竜児の)的に考えて、
この一択しかありえないほどの品物だ。

「川嶋、この米はお前が食ってた米とは少し違ってだな。なんて言うかだな。えーい。ちょっと貸してみろ」
と腕をまくると、拝むように両手のひらをこすり合わせ、米を研ぎだす。
「なに、これ、なんでこんなに水が白くなるの?、食べ物なのに。
 もしかして白くみせようとして塗装してる?。食品偽装ってやつ?」
違う!、違うんだ。これは本来の米なんだ。なんて、ことばはきっとセレブさんには通用しないんだろうな 
と竜児は黙っている
「うわー、キモ、もうお米食べられない」
こいつは俺が相当仕込んでやらないと行けないな。さてさてどんな女に仕上がるか。おいおい、腕がなるぜ。
と女性をかどわかした悪漢のような瞳で竜児は彼女の教育を誓いながら、亜美の考えを訂正する。
「普通はこんなんだぞ」
そして思い至る。
あれ、家庭科実習ってやってるよな。たしかクッキーとか、オムレツとか、作ってたの知ってるぞ。
米炊きなんか初歩の、初歩だろ。学校でつかう米って、そんないいやつじゃなかったよな
と気づき、確認してみる事にした。
「川嶋、お前、学校の授業で木原たちに止められなかったのか」
「竜児、こいつ、実習のとき、ギャル女とか、エロぼくろとかに任せきりなのよ。全然、料理とかできないの」
「告げ口するな馬鹿虎。だいたいあんただって実乃梨ちゃんにおんぶでだっこじゃん。
 てか麻耶ちゃんと奈々子の事、ちゃんと名前で呼びなさいよ。お世話になってるでしょうが」
「別に私が頼んで訳じゃない。一応、助かってる事は遺憾ながら認めるけど」
「あの子たち、あんたの事心配してるんだからね」
「あーもう、ばかちー、小言煩い、竜児と二人で面倒臭さ倍増よ。
 けど、ばかちーがあいつらに頼りきりなのは本当でしょ。てか世話焼かれぱなしじやないの」
「そりゃ、そうだけど」

そんな会話を聞いていた竜児はしみじみと
川嶋が料理慣れしてないのは、そういったことがあるからだろうか、って俺が料理させてない大河もか?
と竜児は思い至り、ならば、この子の将来の為に他の子に負けないとように習い事をさせないと、
お父さん根性が目覚める。

「そうだ、大河。味噌汁を頼みたいんだが、出来るか?」
「あたりまえじゃない、ばかちーと一緒にしないで。あんな料理、簡単よ」
と威勢のいい返事が返ってきた。竜児は余計に心配になるが「おう、なら頼むな」と彼女を送り出した。

大河は意気揚々とガスコンロの前へ向かい、
「鍋に水いれるでしょ、味噌入れるでしょ。火に掛けるでしょ。終わり。後煮立つまで待つ」
とあっという間に仕上げる。あっという間に?

「ちょっと待て、いつ俺がお前達にそんな雑な味噌汁を出した。うちの食レベルが誤解されるだろ」
「だって味噌汁でしょ。名は体を現すもの。これ以外になにがあるの?」
「まあ、たしかにそうよね」と亜美も同意する。

「違う!それじゃ味噌水か、良くて、味噌湯だ。具が無え、出汁はどうした、というか、ちゃんと味噌を溶かせ」
と竜児は嘆きながら、冷蔵庫の上に、目の届かない所にあえて置いたボールを指差す。
「見ろあのボールを。昨晩煮干をつけた出汁を。エイコサペンタエン酸やイノシン酸の恩恵たっぷりの魔法の液体だ。ああいうのを使うんだ」
とさあ驚けと歌うように指し示す。

「遺産?」「猪さん?」
「ちがう。イノシン酸。大まかに言って不飽和脂肪酸たっぷりだ。動脈硬化予防に効果的なんだ!。
 あの出し汁はな、一晩寝かせてある間に、じわじわ、じわじわと栄養素さんと旨みさんがもたっぷり染み出た、
偉大な液体なんだ。しかも水出しだ」
彼の唇は軽快に、得い気になっていく。それはあたかも自慢の娘をお披露目する父親のようだった。

「普通、煮干を入れて、煮立てた方が出汁が取れると思うだろ。
 そうでなくても煮込みのイメージが強いから、出汁素材を入れてから、鍋に火を入れるのが
 一般的なイメージなのは俺も否定しない。だがな、いいか、あったかい味噌汁をつくるにしても、
 水出しの方が旨みが出やすいんだ。なんか不思議だとは思うだろうが、一口飲んでみれば、うちの味噌汁が
 他の家のものと違う事がはっきりと解るはずだ。そう、うちの子に生まれてよかったと思うはずだ。 
 どうしてこんな不思議な事がおきると思う。この秘密知りたくなっただろ」
と主人公を非日常に誘うイントルーダのように問いかけるが
「全然、興味ない。不思議とも思わない」背の低いほう。

「…そうだ、もう一つあるぞ。水出しだと頭や内臓は取る必要がないんだぞ。
 手間もかからない上、再利用が簡単だ、尾頭付きで、他の料理に入れることが出来るんだ。すげぇお得だろ」
「出からしじゃん」と足の長いほう。

「でもな、でもなあ。健康にとてもいいんだ。不飽和脂肪酸の真の実力を知れば、お前らでも」
「あー、もううるさい。うんちくは禁止、そういうのはsosでやれ」
「高須くんマジうざい」
二人の少女が耐えかねた様子で同時に割ってはいる。
竜児は好意で言っており、この話題に興味を持たない人間はいないと信じきっていたので、不本意と感じ、

「俺は教えてやろうとだな」
「いいのよ。そういう事は紙にでも書いて後で提出するのよ。この駄犬」
「とりあえず、このボールの水つかうと。で、この前処理は高須くんがやってくれる。
 はい説明終了。それでいんでしょ」
と抗議の目を向けられた。それでも饒舌だった口を急に止まることは出来ず続けるのだが、
「いや、それでいいんだか……。でも面白くないか。わくわくしねぇか。特に旨み成分の話なんか、
 それだけでHpが開けるくらいに話題があるんだぞ」
「だったら、自分のHPつくりな(よ)」とまたしても、ハモッて言われてしまい、
我侭娘たちを料理を促す為にも俺が大人にならなければと自分を犠牲にする事を決め、
「……解かった。気取り直して、次いこうか」
「気なんか取り直す必要なんかないわよ。負け犬はただ仕事をすればいい」
「と、とりあえずだな。具いれようか。何がいいんだ?」
「肉」
「じゃがいもだな」
「肉」
わずかばかりの復讐と大河の意見を右から左に聞き流し、亜美に
「こいつの皮むいてくれ」と台所の隅の収納戸の常温野菜置き場からジャガイモを取り出すと、手渡しする。
「いいけど、リンゴの皮むきとかと同じ感じでいいんでしょ」
「大体同じだが、芽取るの忘れるなよ」
と少し心配しながらも、包丁を渡す。

亜美は恐々とが剥き始める。その為か、やはり手つきがあぶない。
何事もスマートにこなそうとする彼女だが、その内面が怖がりの、心配性な事を竜児はよく知ってる。
だが、すぐには助けようとはしない。
彼女が意地ぱりの負けず嫌いである事も同様に解っている。
だから、竜児はするっと、自然に彼女の横に立ち、新たにジャガイモを一つ持つと、
ゆっくりと、亜美に見やすい位置で剥きはじめる。
「ふ〜ん。高須くん、おばさん高校生の第一人者だけあって器用じゃん。さすが生活じみてるよね」
「家庭的で、料理上手って言え」
「はいはい、家庭的、家庭的。いいお嫁さんになれるよ」
「俺がお嫁さんに行くんじゃない。来てもらうんだ」
「じゃ、嫁いだお嫁さんいい生活出来るね。いいな楽そうで」
と笑う。
「俺はそんな甘やかさないからな。家事は絶対に半々だ」
さっきの誓いもあって竜児は反論。
「いいじゃん。高須くんは主夫で、家庭守って、奥さんが外でお金稼ぐの」
「駄目だ。そんなヒモみたいな事出来るか」
「前時代的。ふるー」
等と亜美はふざけてるうちに、いつのまにかリラックスした表情になり、いつもの自分を取り戻す。

そうやって、竜児の動きを見よう見真似でコツを掴んでいく。
そして、周りにも目を向ける余裕も出来た。いつもの様に、
「ほら、チビトラ、あんただけサボってないで、こっちで手伝いなさいよ」
と後ろで、不満そうな顔をしている大河にからかい口調で声を掛ける。
「楽なんかしてないもん。竜児とバカチーが邪魔臭くて、そこに立てないだけだもん」
「逢坂さんくらいチビならどこでも、入り込めるんじゃない?」
嘲笑を浮かべながら、いつのまにか右によって、自身と竜児との間にそっと隙間を開ける。
「ばかちーのでか尻が大きすぎるから、隙間がないの」
「亜美ちゃんの綺麗なヒップに向かってなにいうかな、この馬鹿タイガーは。
 高須くんが覗きにくるくらい魅力的なおしりだっていうのに」
「バカ、あれは事故だろ」
「なに、竜児。どういう事!」
「て、違う。そんな事してない、てかそういう話じゃないだろ。ジャガイモ剥きの話だ。
 ほらお前もやってみろよ。俺の隣に来い。教えてやる。これだけ空いてるならお前だって十分作業出来るだろ」
と亜美との間に、大河を誘う。
「芋向きながら、詳しく聞かせてもらいましょうか。状況しだいなら、すぐ指詰めてもらえそうだし」
「……本当にしそうで怖いな。川嶋も洒落になんねぇから言動に気をつけろよ」
「亜美ちゃんわかんな〜い」

と三人で、じゃれ合いながら、軽口を叩きながら、ひたすらジャガイモを向いた。
気づいた時には山ほどのむかれたジャガイモが詰まれ、その週はジャガイモ料理が必ず一品、食卓に並ぶ事になった。


         ******


「さて、これからはもっと気を引き締めろよ。なにせメインの豚のしそ巻きだ。油ものだからな。
 下仕事が重要だぞ。ほらその長箸をだな、どんな事でも仕込みからコツコツとだ。大きなことからは出来ません」
「面倒くさい」
「まあすでに下準備は終わってるんんだけどな。料理当番の時もこういうことは俺がやるから簡単だろ」
得意な様子で、台所の奥、被せていた新聞紙を剥ぎ取る、甘やかしが板に付いたお父さん。
声には出していなかったが、口は見て驚けと言っていた。

そこにはサランラップを巻いたトレイ、しそに巻かれた豚肉が綺麗に並べてあった。
それと何かしらの液体が入ったものも。
二人の料理見習いの指導をしながら、竜児が合間をみて準備していたものだった。
「叩いて柔らかくした豚ロース、豚は疲れを癒すぞ。あとシソの大葉、香りがいいだろ。
 で、これがキモの絡め汁だ。見るがいい。これは正しく一味違う。どういった点がすごいかと言うと、
 …言うとだな…、紙で提出する。
 う、えーとな、これは天ぷら粉を解いた奴。実はこれも工夫があるんだ!。……書いときます」

と竜児は冷たい目に制されてしまい、説明前の高揚感はどこ吹く風で、寂しそうに話を終わらせた。
その背中は煤けていたとか、いないとか

「作り方は簡単だ。ウンチクも挟めない程度に…
 肉に絡め汁をつけて、なじませる。で、シソを巻いて、楊枝で留める
 で、これを天ぷら粉をつけて、あげるだけ。けどな油だけは気をつけろ。火事の元になるし、火傷もする」

そこまで言うと、亜美の方に視線を向け、
「……やっぱり川嶋は止めた方がいいな。女優だもんな」
と言うが
「やる。だってこれ高須くんが好きなんでしょ」
「いや、俺が当番の時、油ものは作ればいい訳だし、別にお前らが作らなくったって」
「いい、やる」
そこに断固とした決意を見て、竜児は
「解かった。じゃ、揚げる時は一人でやるなよ。大河もな」
といいながら、彼も彼女らを守る覚悟を決め、コンロの前に移動する。

「いいかお前たち、ゆっくり、静かに鍋に下ろすようにいれてみろ。油怖がりすぎて、上から落とすようすると余計、油が跳ねる」
川嶋亜美はいくぶん緊張した面持ちで、鍋の前に向い、
「解った。近くまでもっていけばいいのね」
と恐々としそ巻きを持った手を鍋に近づける。怖がっている割に、竜児の読み以上に鍋のすぐ近くまで手を伸ばす。
すかさず、竜児は亜美の手首を掴み。
「あぶねぇって、さすがにそれ以上は近すぎだ」
捻くれてるようで根は素直と言うか、人を信用しきっているというか、よく解らない奴だよな 等と思う。
そんな竜児に不満をぶつける声が上がる。
「もう、高くても駄目、近くても駄目ってどうすればいいのよ」
「鍋の大きさにも、揚げ物のサイズに寄るから、一概に何CM離れろとはいえねぇし、そうだな」
と、竜児は亜美の手首を掴んでいた手を緩め、一旦離し、手の甲をを包み込むようにして、自分の手の平を添えた。
亜美は目を大きくして、竜児の顔を見る。そこに一生懸命で、真摯な、いつもの高須竜児を見つけて、
はにかむと、鍋に目を戻した。
もう怯えることは無くなっていた。
「じゃあ、教えて」
「おう」

改めて、親指、人差し指、中指の三指で、シソの葉包み持ち直す。そして竜児の手に誘導され、
熱したてんぷら鍋の上にゆっくりと持って行く。
「そうだな、これぐらいだ」
「うん」
そうして、細い指がそっと離れる。葉包みは静かに油面に着油すると、ゆっくりと沈んでいく。
鍋の中で、その身を少しづつ狐色に変えていった。

「へー、面白い。なんだか綺麗」
「そうだろ。けっこう、料理って面白いぞ、少しの事で、おいしくなる事はもちろん、美しくもなるし
 それを自分で出来るんだ」
「うわ、なんか乗せられてる気がする。高須くん、割と口上手い?」
「そんな事あるか。お前みたいに口まわらねぇよ」
「解ってるよ、そんな事。冗談だって。気の利いた事なんか言える口じゃないこと位うんざりするくらい知ってる」
「そりゃ悪かったな」
「悪い。超悪いよ。それよりさ、次やろうよ」
「おう、大河もやってみるか?」
「あたりまえ、やるにきまってるでしょ」
と逢坂 大河も加わる。大河もその色の変化、ジュという小気味いい音、に心奪われ
次々と準備していたシソの葉包みを揚げていく
「たくさん、入れすぎると油の温度が落ちるから、間をおいてだな」
という注意にも聞く耳をもたないほどに夢中になる。

そうして、揚げる対象の数ものこり僅かになった時、
「竜児、まだ、揚げるでしょ」
「4人分なら、これくらいでもいいんじゃないか」
「私もっと食べたい。自分で作るんだもの、いいわよね」
とちびっ子が自己の権利を主張する。大河が作る楽しみを知ってくれるならと、
「ならもう少し揚げるか。あっちにある豚ロースをシソで巻いて、衣つけなきゃいけないんだが、出来るか?」
「当たり前じゃない」
そうして逢坂 大河は豚肉の方へ走っていく。
「腹ペコタイガー、かわいいじゃん。なんか楽しんでるて感じでさ」
「そりゃ料理だぜ、楽しいに決まってる。自分で好きなものをつくれるし、そういう自分を再認識出来る。
 そもそも出来ないなんて決め付けるから、しないだけで、誰でも出来るようになるし、数こなせば上手くなれる。
 ようはやろうとするか、やらないかなだけだ」
「なに、それ説教?、それとも料理当番の説得。ウザイ」
「そういう訳じゃねぇが。けどな、お前だって、今笑ってるぞ」
「ち、違うって、なに、人を単細胞みたいにさ。そんな事言うなら、料理当番なんかやるもんか」
「悪かった。笑ってないな、おう、笑ってない」
「て、なんで、あんたが笑ってるのよ。馬鹿じゃないの?」

そこに絹を引き裂くような、引き裂いた後、丸めて、床に叩きつけて、踏みにじるよな悲鳴が上がる。
「りゅ、りゅーじ。だ、出し汁が勝手に床に吸い寄せられた!」
「ば、大河、早く拭け。床に匂いがついちまう。川嶋、悪い。ちょっとあっち行って来る」
「はい、はい。ちびトラがお呼びだものね。大事な子虎ちゃん」
「すまない」
竜児は大河の元に布巾をもって走りよる。
「待て、今拭いてるの洗顔用のタオルだろ、ふんわり柔らかタオルじゃねぇか。何持ち歩いてる。雑巾か、もしくは台布巾で拭けって」
「そんなの洗濯すれば一緒じゃない」
「違う。一度、染まったら香りが付く、あ、あー、俺の純潔、ふわふわが」
大河からタオルを奪い取ると、両手に持ち、ワナワナと手を振るわせる。
「なに変態のみたいな事言ってるのよ」
「いい、後は俺が拭く。お前はシソ巻きやってくれ」
「でも、お肉、シソで巻いたけど、もう付けられない」
「心配するなって、お前たちの事だから、何回か失敗するかと思って、余分がある。ここまでが出来すぎてたんだ」
「冷蔵庫にあるラップがかかったトレイもってこいよ」
「解った」

そうして、大河は顔を輝かせ、冷蔵庫からトレイを持ってくると、竜児と一緒に作業を進め、これでもかという位、皿に入りきらないシソ巻きを作る
乗せきれなくなる前にと、竜児は皿をもって、再び亜美のもとへ
「これも揚げちまうか」
「何、こんな食べきれるの?」
「余ったら味付け変えて、甘く煮込んで別な日のおかずにする。もっとも大河ならこれくらい、
 朝食前でも平らげるだろうがな」
「本当、よく太らないよね」
「これでも去年の秋から節制してるらしい」
亜美は本心から感心するような表情をする。ダイエットを日々の友、油ものを最大の敵とす彼女にとって
驚き以外の何者のでもない。
そこにまた、助けを求める声が聞こえた。
「りゅ、竜児。今度は天ぷら粉が床に引き寄せられて」
「またか、ちょっと行って来る」
「このシソ巻きは?、どうするればいい?」
「揚げちまってくれ。心配したほどお前手つきあぶなくねぇし。おまえなら大丈夫だろ」
「ひ、一人で?」
「自信もっていい、保障する」
そう言ったか、言わないかのうちに竜児は大河の元へ走っていく。
「保障なんかいらないての。たくさ、本当ちびばっか」

「竜児、遅いのよ。この床にちらばった天ぷら粉どうしてくるれの」
「あー、たく、はい、俺が片付けますよ」
「よく理解出来たわ馬鹿犬。飼い主様が褒めて上げる。ほら、予備早く出しなさい」
「余分ならあるが、失敗前提でやるなよ」
「いいじゃない、私がやる気になってるんだから」
「それもそうか。解った。ちょっと待ってろ」
こうして、竜児と大河は大騒ぎをしながら、山のようにシソ巻きを作っていく

なぜか、つまらない気持ちになった亜美は
「高須くん、油の温度なんだけどさ」
とシソ巻きを持ってくる度、竜児に声を掛けるが。
「下がってきたのか?、それなら少し温度上げてみろよ。火力はだな」
「竜児!遅い!」
「おう、すぐ行く。川嶋、適当に調整してくれ。任せる」
とすぐに行ってしまう。

「ノロノロしてるんじゃないわよ駄犬。それより、肉の包み方なんだけどさ、こんなのどう。
 肉を肉で包んでみたの、肉のミルフィーユ」
「薄い肉なら、ミルフィーユかもしれないが、それじゃ肉隗だろ、って言うかスライスした肉を元に戻してどうする」
「いいじゃん、お菓子みたいで」
「ずいぶん、ファンキーなケーキだな」
なんて会話をしている二人を見ながら、亜美はため息をつく。
「まぁいいか、お父さん役大変そうだし」
そして、呆れ顔ながら、温かい目でその風景を眺め、前を向きなおし、その会話をBGMとして揚げ物作業を続けた。

「じゃ、こんなのはどう?」
「おう!、すげーアイディアだ。発想はすごいが。食い物としては駄目だろ」
「あんたは駄目、駄目ばっか、なんてネガティブ。そんなんじゃ人類の発展はないわよ。そうだ。じゃこんなのは」
「……なんて事しやがる」

「………」
「あははは、じゃ、これ、食え、竜児」
「ばかやろう」
「…………」


         ******


亜美は、手に掛かる水に比重を感じていた。その割に冷たさ感じない奇妙な感覚。
指を締め付けるゴムのきつさは嫌だったが、痛いと言うほどではない。
滑り止め機能は高いらしく、洗っている皿を掴むのは容易だ。
なにより、包装に書いてあった注意書きが気に入った。
  また長期間の使用でも硬化しにくく、安心です。このように業界で一番、肌に優しい……… --

一応、考えて選んでるみたいじゃん。一人、ほくそ笑む。
亜美は、川嶋亜美は高須家の台所で、一人、皿洗いをしていた。
主である、竜児は別な仕事、運搬作業をしている為、今はいなかった。
そろそろ戻る頃かと彼女が思っていると、案の定、足音がしたので、表情を作り直す。

「悪いな。一人で片付け頼んじまって」
「タイガーは?、起きなかった?」
「泰子の隣に寝かせてきた。運んでても一度も目覚まさなかった」
とくくくと笑う。
「ご飯作るのにさんざんエネルギー使ったみたいだもんね」
「食うのにもな」
「ちびトラ、さすが肉食」
とケラケラと笑う。
「自分で作ったから余計美味しいって言ってたな」
「それと作った分、たくさん食べる権利があるとも言ってた」
それから、と少し言いよどんだ後、勢いに任せてといった感じで、
「竜児が作ったやつが一番美味しいのは遺憾だわって」
そうか とうれしそうな竜児を数時、亜美は無言で見つめる。
しばらくしてから皿洗いを再開し、竜児もそれに加わる。

そんな中、竜児がいかにも用意していたという言葉を告げる。
「料理の件だが、お前それなりに形になってたぞ」
「亜美ちゃんだもの当然。才能の塊だよ、すげー器用だし」
「調子乗りすぎだ。でもな、実は最初はどうなるかと思ってた。取り越し苦労だったな」
「そう?。なら、ちょっとは良かったかな」

カチャカチャと皿を洗う音が響き、水が流れる音も聞こえる。
少しの間、部屋にはそんなBGMだけが流れていた。
少しして、

「それでな、言いにくいんだが」
「何、もしかして愛の告白?」
「あー、何ていうか。そうだ。大河の事なんだが、あいつはもう少しだと思うんだ」
「亜美ちゃんと違ってドジっ娘だもんね」
「集中力がありすぎるっていうかだな、思い込んだら一本道というか。
 いい方向に出ればすげぇいい結果だすんだが、成績もいいし」
「亜美ちゃんは集中力がないと?」
「そうじゃねぇが。ただ大河はな。気合入れたときほど周りを見えてねぇというか、視野が狭いというか。
 コツつかめば料理の腕もメキメキと上がると思うんだが、それには時間が掛かると思うんだ」
そこで言葉を止め、竜児は話し相手の表情伺う。亜美はにこやかな表情を先ほどから変えないでいた。
それでいて、目の前の皿と流れる水をまっすぐ見つめ、意識的に竜児を見ないようにしているように感じた。
自分の話を聞いているのか不安になり、また、亜美を評価する言葉も足りてないと感じた竜児は言葉を足す。
「お前はすぐにでも取り掛かれる。最初はどうかと思ったが、包丁の持ち方とか見ると危なげないしな。
 基礎的な事はだいたい出来てるぞ。お前なら一人でも出来るじゃねぇかと思う」
それでもなんの返事もしない。むしろ、表情は硬くなった気がした。
竜児は相手の反応を諦め、仕方ないので竜児は言葉を続ける。言い出し難いとは感じながら、勢いの力を借りて
なるべく軽めな感じで続ける。
「でだ、悪いんだが、お前ばっかりすまないんだが、料理番やってくれないか?
 ほら大河は一人じゃ無理だろ、一人には出来ない」

そこまで話すと、相手の言葉を竜児は待つ。
皿を3枚ほど洗ったが、それでも亜美は言葉を返さない。竜児は困り顔になった。
確かに、川嶋にとって面白い話じゃないよなと思う。
自分でもえこ贔屓してるような罪悪感がある。甘やかしてると苦情を告げてる当人に言う言葉ではない気もする。そういう自覚があるだけに、困ってしまっていた。

そんな顔を横目で見ていた亜美は不意にクスリと笑う。
困り顔をした目つきの悪い男の眼前にその白い手を持って行き、指を弾いて水をはねかける。
「おわ」と驚く竜児に声を掛ける。
「いいよ。そんな顔されちゃ仕様が無いかな」
「すまないな。お前ばっかり」
「いいよ。亜美ちゃん最初から解ってたし」
相変わらずの笑顔で亜美は答えた。
竜児は肩の荷が下りたといった表情で
「本当悪いな。大河は、あいつには教える人間とその時間が必要だ。
 あいつはかなり基礎から俺が教えてやらないといけない。いきなり一人でなんてかわいそうだと思うんだ」
「……うん。そうかもね」
「生姜焼きが作れるのが大きいのかもな。結構、練習したのか?」
「練習なんかする訳ないじゃん。一回で出来たし」
「そうか?、そんな感じしないんだが」
「亜美ちゃんの言ってる事信用できないんだ?」
「ただ俺は努力した事はどこかで出るもんだとな。お前なら一人で料理当番をやれる」
「うるさいって」
亜美の表情が笑顔から、訴ったえかけるような、悲しそうな表情に一瞬だけ変わるが、すぐに先ほどの笑顔に戻り、
「いちゃもんばっかり言ってるなら、料理当番の話なしね」
「悪い。もう言わねぇ。だが当番やってもらわないと困るんだ。けど、お前ばかり仕事させて悪いと思ってるのは本当だ。大河だけ特別扱いして悪いと思ってる」
「…………解ってる。もう知ってる。高須くんはそういう男だって。いいよ。亜美ちゃん、解ってたし」
と亜美は洗う皿が無くなったので、蛇口に手をやり、水を止めると
「料理当番、私、それと高須、タイガーコンビでいいって。亜美ちゃんは一人で十分だし」
「いや違ってだな。今回は時間が足りないだろ。お前は怒るかもしれないが、今回は大河は当番なしにしようと思ってる。
 大河を甘やかしすぎだと言うかもしれないが、今は忙しいから、基礎からしっかり教えるには時間が足りん」
亜美は固まったまま、驚きの表情で見返す。

その表情を見て竜児はやっぱり怒っいるんだろうなと思った。
なぜ、大河にはさせないで、自分だけ仕事させられるんだろうと考えてるのだろうと推測した。
そうだとしても、亜美の力を借りる必要がある。だから、酷い事なのかもしれないが話さなければならない。
竜児は必死で言葉を探す。
「お前ばっかり仕事させて悪いとは思うんだぞ、本当。だがな、お前しか頼りに出来ない。
 もちろん出来るようになるまでしっかり教える。丸投げなんてしない。最初は一人になんかさせない。
 いや、お前が困ったらいつでも一緒にする」
「え、えーと、何?」
「だから悪いとは思ってる。大きい借りだとも思ってる。いつか返す、だから」
「違うって、ほら……。ううん、何でもない」
「考えてくれないか?」
竜児はただ、ただ拝み倒す。すると拍子抜けするほどあっさりと返事が来た。
「…別に、別にいいけど……さ。ほら居候になってる弱みもあるし!。うわ、女の弱みに付け込むなんて、
 高須くんって、ヤクザ?、ヒ・レ・ツ♪」
「すまん。助かる」
「でもな〜、高須くんの個人教授か?。うんざりする位うるさそう。亜美ちゃんならそんな必要ないんじゃない」
声を立てて笑う。

「それは調子のりすぎだ。基礎は出来てるって言っても、俺の目から見れば、お前だってまだまだだ。明日から俺と練習だ」
「しょうがないな。なら教えてもらってやんよ」
と冗談を口にするように告げる亜美。そんな彼女を見て、その表情を見て、やっと心のそこからホッとして、竜児は
「とにかく、ありがとうな」と言い、相手の言葉を待つ。
「う、うん。まあね」

「それとな、豚ロース。スーパーの時の話なんだが」
「…うん」

「ごめんな」
「うん」

「後な、肉出さなくなったってやつだが、揚げ物とかも、あれは食費とかじゃなく、カロリーとかがな」
「うん」

「それからな…………」
「うん」

「それとな………」
「うん」


「後な……」
「うん」

……



追伸



場所は高須家台所、時は夕方、夕食の準備の為と家事のリズムが響く。
まな板を包丁で叩く音、キャベツが微塵に切り分けらていく音。
それはまだ、ノイズ交じりで、波があり、軽快とまではいかなかったが、
それでも、懸命で、丁寧で、加えて楽しげなようにインコちゃんには聞こえた。
台所では川嶋亜美がキャベツの千切りを行っていた。

そこに、玄関から竜児の声が響く。
「今日も悪いな」
「すげー悪い。高須くん一生の借り作ってるんだから、肝に銘じてよね」
などと意地悪顔で笑う、それを受けて、竜児は怖いな、と一人ごち、そして、
「今日は夕方だけのヘルプだから、6時くらいまでには帰れると思う。
 泰子も中抜けして、一緒に飯食うって言ってたから、4人分頼む」と声を掛ける。
「あいよ。亜美ちゃん腕によりかけて作っておくって、楽しみににして」
との声が返ってきた。その声色に、僅かだが、嬉しげな響きがしただけに、竜児は言葉を添えようと思った。
「一応、早く帰れると思うのだが、お客さんの都合は、店の都合などお構いなしだ。
 早く帰れない場合もあるかもしれない。もし遅くなったら、大河と二人で食ってくれて構わないからな」
とすぐに反論が来た。

「それは駄目。ご飯は、みんなで、一緒で、幸せなんでしょ。全員で食事出来るチャンスなんだから、なるべくそうしないと。
 タイガーだって、腹へった言うわりにはいつも待ってるし」
と台所から、顔を出して、玄関の竜児に告げる。

「おう、そうだったな。俺が効率よく仕事こなせばいいだけか」
「そう、そう。がんばってね竜児♪」
「おう」
と返して、なら少しでも早く店に行って、仕事を終わらせようと。靴を履き、腰を上げ
「じゃよろしくな」といって玄関ドアのノブに手を掛け、足早に外に向かう。

そんな竜児を見送った後、
なんかテンション上がってきちゃったなと
いつのまにか、亜美専用となった赤いエプロンをぽんぽんと叩き、契機付けと腕まくり。
そして、今日は美味しく作れる気がすると、根拠のない自信が沸いて来るのに任せて、
再び、まな板に向き合う。すると玄関のドアが再び開いた音がした。
「どうしたの?。忘れ物?」
仕事道具は店にあるので、弁財天には身一つで行けばいい。だから持ち物を必要としない。
なんだろうと思っていると。
「ああ、忘れてた」
と、少し照れくさそうに竜児が
「えーと、行ってきます」
亜美の表情が変わって、
「行ってらっしゃい」



END


追伸の追伸

高須家の食卓には、トンカツとチャーハン、それに、生姜焼きが出ることが増えましたとさ。





322 Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E sage 2010/08/20(金) 22:19:20 ID:iXtQkrie
以上で全て投下終了です。お粗末さまでした。久々の投下でミスばかり…
えー、HDクラッシュで、ストックがすぺて消え去ってしまって、連作ものを投下してるてのに、中途半端なまま投下出来ませんでした。
一応、最終回まで下書き作り直したので、規制か、クラッシュがなければなるべく早めに投下いたします。
という訳で、後、3回で終わらせますので付き合って下さる方がおられましたら、最後までよろしくお願いします。

302 名無しさん@ピンキー sage 2010/08/20(金) 20:54:04 ID:iXtQkrie
こんばんは。お久しぶりです。以下SS投下させて頂きます。

概要は以下です。よろしくお願いします。

題名 : Happy ever after 第8回
方向性 :ちわドラ。

とらドラ!P 亜美ルート100点End後の話、1話完結の連作もの
今回だけでもなんとか読めるものだとは思っているのですが、まとめサイト様で保管して頂いている過去のも読んで頂けるとありがたいです。

主な登場キャラ:竜児、亜美、大河
作中の時期:高校3年 夏休み
長さ :17レスぐらい

補足:
なんだかんだあって、劇中で亜美は高須家に居候中。