少年と大きなお姉さん

初出スレ:2代目218〜

属性:少年と大きなお姉さん




猗口アリカ 芸能界引退か?
 彼女はひっそりと週刊誌の片隅にちんまり載った記事を、一目見ただけで読まずに隣の座席に置いた。
 引退を承諾するかしないか迫られて一週間が経ち、明日夜に事務所に報告をする約束だった。
 引退しない場合、脱ぐしか道はないと聞かされ、彼女は引退することを決めていた。
 大学を出てから芸能界に入るという時点でかなり遅いし、自分はアイドルという顔や容姿ではない。
 子供の頃から演技の道を進み、もともと女優志望だったが、最初に与えられた仕事がグラビアで、それから四年近く、それ以外の仕事をしたことはほとんどない。
 甘くみていたわけではないが、自分の根性のなさを思い知らされる。
 枕営業をしていると業界内で噂の女が、自分より後で入ってきたにもかかわらずすぐにゴールデンタイムに進出したりもした。
 理由はそれだけではないだろう。
 外見である。
 彼女は平均どころではなく高身長であった。
 プロフィールの身長欄は、空けることができない時はいつも低めにサバ読んだ数字を入れている。
 男でさえ、心ない者は「近くにいると威圧感がある」と言うほどだ。
 しかも、彼女はれっきとした日本人だが、肌の色はヒスパニック系を思わせる褐色で、顔も鼻は高く日本人離れしている。街で外国人に母国語のまま話しかけられることさえある。
 これが白人のような色白な容姿ならとにかく、これでは受けない。男は自分より背の高い女など女として見ることはないのだ。
 またしがない舞台女優に戻るか、あるいは田舎の実家の米屋を継ぐか。
 前者の方が濃厚だろう。実家は大卒後に大喧嘩して飛び出して一度も帰っていないのだから。
 好きなことをしていたのだ。それを後悔はしていないし、今更ごめんなさいと帰ってはそれこそ親に迷惑だ。
 ああ、そうだ、と彼女はもう一つの引退理由を思い出した。
 今年で26歳、芽の出ていない女優志望にしては若くはない。
 結婚もしていないし、彼氏もいない。八方ふさがりだ。

「どうしよう……彼氏もいないし……誰か抱いてくんないかな……」
 ハスキーな声で呟く。一人言の冗談である。
 電車内には人影はない。誰も聞いてはいないだろう。
 一人暮らしが長くなると増えるのが独り言だ。
 家賃の関係で郊外に住んでいる彼女の自宅までの道中はいつもこうだ。
 いつもこう……
「……あら?」
 彼女は何か気配を感じて周囲を見渡した。



 その日、吉里達也は凹んでいた。
 高校生活一年目にして失恋を経験したからである。
爐瓦瓩鵑諭帖弔任癲達也くん、ちょっと背が低いし、私はそういうのは……
 振られた理由を要約するとそういうことだった。
 この年齢なら175僂らいある男子もいるのに、自分は中一で止まったまま、まるで少女のような体格だ。
 声も幼く、電話で女子と間違われることはしょっちゅう。髪を伸ばすとそのまま女なので、なるべく短いままにしている。それでも、ベリィショートの女と見られることもあるから情けない。
 彼自身は気が強く、尊敬する人物は漢気溢れる人物ばかりだ。今好きな漫画はシ○ルイ。
 少なくとも、彼が目指している人物像と今の外見は一致しない。
 女みたい、というのに合わせた服装と所作をすれば美少年でも十分通るのだから、そうすればという友人の言葉もあった。
 だが、それだと自分を曲げているようで彼は嫌なのだった。
 頑固である。
 現在15歳、今年で16歳。彼女いない歴立派に15年。
 生まれてこの方いいことなどほとんどなかった気がする。
 自分が生まれてすぐに父親は事故でこの世を去り、そして母親は細腕一つで自分を育て、そして、今は病院で闘病中である。
 外へ出れば犬にほえられ、どぶ板を踏み抜くといった不幸が最初は当たり前だと思っていたが、小学校を出る頃あたりにはそれが異常な運の悪さだと気づき始めた。
 それまでの人生でそんな悪事をはたらいていたわけではない。むしろ、健全に生きてきたと思う。
 それが、なんで……こんな不運続きなんだよ。
 夕焼けの風景に変わりつつある電車の中で、彼は内心そう呟いた。
「誰か抱いてくんないかな」
 はっきりと聞こえた。
 ……え、誰? 何だって!?
 瞬間、思春期の少年特有の、淫らな言葉には敏感な聴覚が反応した。電車の走行音の中とて聞き逃さない。
 はっと振り向くと、真横に二つのふくらみがあった。
 いや違うとさらに上を向く。

「あら」
 女性の少し驚いた声がする。
 外人さん!?
 達也は目を丸くした。
 頭一つ分以上高い位置に彫りの深い外人らしい女性の顔があった。
 金髪に褐色肌、目は自分と同じブラウンだが、その顔立ちや身長は日本人のものとは思えない。
 ゆさっ
 彼女が首を傾げると、その柔らかな胸が揺れた。少年のほとんど目の前だ。
「……びっくりした。気のせいね」
 女性は車内を見渡すと、安堵した様子でまた背もたれた。
 彼には気づいていない様子だ。
 視界内に入っていない!?
 少年は一瞬、その事実に腹立った。思わず、声を上げる。
「ここですよ」
「きゃあっ!?」
 女性が驚いて飛び上がる。
 じっと意地悪く立ち上がった彼女を見つめる少年をやっと認めると、わなわなと紅いルージュの引かれた唇を震わせる。
「き、君……」
 真っ赤に顔をしながら、彼女が言う。
「聞いてたの……?」
「あ、うん」
 ああ、日本人なんだな、と彼は思った。

 できるだけ平静を装って彼は言ったが、立ち上がった彼女の迫力はちょっとしたものだ。
 レザー生地の露出の多い赤い服とミニスカート、脚には黒のガーターベルトと上着と同色のブーツというセクシー極まりない服装だ。
 鍛えて締まっているからこそ見せられるヘソ出しのスタイルも、よくその体格の良さと合っている。
 小柄な女性がこれを着てもカワイイ方で、彼女のように格好良くはならなうだろう。
「はぁぁ……」
 女性は頭を抱えると、ややあってすとんと再び腰を下ろした。
 電車が次の駅に着くにはまだかかる。
 座席に座り込んで、眉間に手を当ててやってしまったとばかりに表情を曇らせる大人の女性。
 奇妙な沈黙がしばらく続いた。
 少年が話しかけようとすると。
「独り言なの……最近ろくなことがなくてさ」
 それを制して女性が紅いルージュの引かれた肉厚の唇を開いた。
 少年はその妖艶さに思わず生唾を飲み込むが、彼女の言葉にややあって引っかかるものを感じた。
「んなもん、大したことないっすよ」
 少年が不機嫌そうに言い返す。
 彼は見かけの可愛らしさとは裏腹に直情的な性格を持っていた。
 女性がびっくりしたように彼の方を向く。
 ……この女の人、俺のこと女だと思ってたんじゃなかろうな?
 じとりとその好奇を含んだ視線を見つめ返す。

「若い子にはわかんないわよ。あたしの苦労なんてね」
 ハスキーな声だった。
「自分一人苦労してるわけじゃねえっす。俺なんて今日振られましたよ好きだった子に」
 少年は頭の中にあることをそのまま口にしていた。
 好きな子に振られるは生まれてこの方不幸続きだわで、半ば彼はヤケッパチだった。
「えー……マジなの?」
「超まじっす」
 他に話相手もいない。二人はまだ先の長い次の駅までの道のりを、なんとなしに会話を始めた。
「おねーさん、何があったんすか? 今の俺よりキツイ?」
 年上相手でも、少年は物怖じはしなかった。
 女性は、そんな彼を少し意外そうに見つめる。
「うん……そーね……人生の岐路に立ってるから」
「何? 彼氏と結婚するかどーかとか……あ、まさか……」
 少年がしまった、といった表情を浮かべ、彼女の様子をうかがう。
 どうしたことかと女性がきょとんとしていると、ややあって気づいた様子で顔を赤くして声を荒げた。
「に、妊娠なんかしてないわよ!」
「あ、そーなんすか?」
 平成世代は全くもって失礼だ、といわんばかりに女性がそっぽを向く。
 少年は外見のセクシーさの割にはその行動が少し女の子っぽく見えて、彼女のことを同じ目線で話せる人だと親近感を抱いた。
 ……いや、同じ目線ではねーけど。
 見上げる形で話している今の状態を思い出して自分で突っ込んでしまう。
「マジごめんなさい。その、エロガキの言ったことなんで」
 少年が申し訳なさそうに手を合わせて彼女に謝る。
 彼は意外なところで素直だった。
「……あたし、長いこと彼氏いないし」
 彼女がそっぽを向いたまま、拗ねたように呟く。

「え? そーなんすか? お姉さん超美人なのに」
「え」
 少年の直情的な、それゆえに端的な言葉。
 女性がゆっくりと彼の方を向いた。
 やはり綺麗だと少年は思った。
 笑顔を浮かべる。
「ハードル高いんですよね。いーなぁ、お姉さんのメガネにかなった人」
 本心だった。
 少年は目の前のような美人に牋枩瓩箸靴童られていないという意識があったからこそ純粋にそう感じて口にしたのだ。
 女性は少し考え込むような様子で口を閉じると、ややあって再び向き直る。
 女性が真面目な、それでいてどこか色香を感じさせる表情で少年を見つめた。
 情熱的な視線。
「ねえ」
「は、はい……」
 思わず、その絡め取るような視線に彼は身動きできなくなる。
 女性がその長い手を伸ばし、彼の顎を上に向かせた。
「今だけ私の彼氏になってみない?」




 彼女はその容姿同様、どちからといえば気の強い方だった。
 しかし、今目の前にいる少年には下心丸出しのオヤジに対するような態度がとれない。
 普通なら、こんな失礼な言動の男にはブーツの踵をお見舞いしてやるところだ。
 だが、屈託ない笑顔や直球な言葉には、そういう態度を取ることが逆に失礼な気がしてしまう。
 つまり、彼のペースに乗せられてしまっているということだ。
 彼女・アリカは少しそれが悔しかった。
 ……でも、あんなにまっすぐに美人だなんて言われたことなかった。
 彼女はカッコイイ、あるいは怖いといった評価を人に受けることが多い。
 昔から同性にはもてた、だが、彼女は至ってノーマルなのでそういった好意ははた迷惑なものだった。
 かといって、男性からとりわけもてたわけでもない。
 スタイルが良かったので、一応異性の対象にはされた。だが、それは所詮好奇心のようなものだ。
 目つきはするどく、しかも自分より背の高い女を連れて街を歩こうという男はいなかった。大学二年の時に短くして別れた元カレでさえも。
 この少年は、いったい自分の何を見ているというのだろうか。コンプレックスはないのだろうか。
 ないのなら、それはとても珍しいことだ。

 そうね、と彼女は考える。
 どうせ落ち目の自分である、少し男の子に刺激をくれてやっても、大したことではないだろう。
 彼女は日頃のストレスからわずかに解放されたいとも願っていた。
 女にも、それも辛いときほど性欲というものが高ぶる場合もある。
「ねえ」
 彼女は演技と本気がない交ぜになった表情で少年の顎に手を伸ばした。
 少年が今までの生意気な様子から、萎縮した一匹の年若い雄になっている。
 円らな瞳が自分を見つめていた。
 ……やだ、カワイイ!
「今だけ私の彼氏になってみない?」
 彼女の唇が妖しく蠢いた。


(続く?)





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2008年01月02日(水) 17:36:06 Modified by toshinosa_moe




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