総一郎と茜_二度目の5月

初出スレ:2代目61〜

属性:大学生と高校教師



 茜の機嫌が悪い。
 珍しいことだ。

 ノートパソコンのキーボードをいつになく乱暴にタイプしていたかと思うと、突然その手を止めて、この世の終わりのような、深い深いため息を吐く。
 三度それを繰り返して、四度回目に、ついに、ああ、とか細い声が漏れた。
「……センセイ?」
 恐る恐る声をかける。茜はゆっくりと振り向くと、ああ、浅尾、とだけ呟いた。
 まるで、いたのか、とでも言うような口調だ。
 ――ちなみに、今日は朝からずっといる。
 酷いひとだ。

 文句を言おうと口を開いたところで、携帯電話の振動音が、しんとした室内に無機質に響く。
 はっと振り返ると、ベッドの枕元に置かれた茜の携帯電話が、ランプをぴかぴかと光らせてその存在を主張していた。
 だけど茜が立ち上がる気配はない。こちらを振り向いた姿勢のまま、じっとそのランプが光るさまを無言で見つめている。

「……鳴って、ますけど」
「鳴っているな」
「出ないんですか?」
「…………メールだ、と思う」
「珍しいですね」
「うん、珍しいな」
 一緒にいるときに、茜の携帯電話が鳴るなんてほんとうに珍しい。
 彼女の携帯電話は、ほぼ総一郎からの着信専用なのだ。

 先日、電話を眺めながら、おお、と無感動に呟くものだから何ごとかと思ったら、画面をこちらに向けて誇らしげに(少なくとも総一郎にはそう見えた)茜が告げた。
「メールボックスがすべて浅尾で埋まった」
 それは、喜んでいいのかどうか実に悩ましい現実だった。
「……友達、いないんですか?」
「頻繁にメールを交換するような友人は、いない。みんな忙しいから」
 大人ってそんなものなのかな、と不思議に思った。


 回想を終えて耳障りな震動が止んでしまっても、茜が腰を上げる気配はない。
 不信を抱いて、尋ねてみる。
「メール、見ないんですか?」
「見ない」
 総一郎の目を見ないまま、さらり、と茜が告げる。
「なんで?」
「どうしても見たくない」
「急ぎの用事だったらどうするんですか?」
「そうなら電話をかけてくる」
「……なんか怪しい」
「なにが」
「俺の前で見たくないってこと?」
「ほう、まるで亭主の浮気を問い詰める妻のごときだな。私は疑われているのか?」
「違います。妻じゃないし」
「じゃあなんだ」
「メール見ないなんておかしいじゃないですか」
「おかしくない。こちらにはこちらの事情がある。受信したら即返信、の君のほうがおかしい」
「俺のほうが普通です。ってか、即返信はセンセイだけだし」
「そうか。君の返信があまりに早いから、時折私にもそれを強要されている気分になる」
「強要なんて、してないでしょ」
「それは君の主観で、私の受ける印象はまた違う」
「…………ちょっと、さっきからセンセイおかしいよ。なんで突っかかってくるんですか」
「先に突っかかってきたのは君だろう」
「メール見ないのがおかしいって言ってるだけじゃん」
「だから見たくないんだ」
「見たくないメールって事前に判っているなんて、ヘンだってば」
 立ち上がって、茜の携帯電話を拾い上げた。
 はい、とそれを差し出す。
 手のひらに乗り切らなかったストラップのうさぎが、ゆらゆらと宙に揺れていた。

 心底嫌そうな顔をして、茜も立ち上がってそれを受け取る。
 大仰にため息をもう一つ落として、携帯電話を開く。
 細い指がボタンを操る様に見とれた。
 そういえば、あの営業スマイルの次に好きになったのはこのきれいな指先だったと思い出した。
 特に、ガラス棒で溶解物をかき混ぜる仕種が好きだった。
 丁寧に物を扱う爪の整ったこの指先に、高鳴る胸を押さえられなかったのだ。

 のんきにそんなことを思い出しながら、彼女の手元ばかりを見ていたせいで、茜の無表情がどんどん固く強張る過程を見逃した。
 はっと気付いた頃には、彼女の眉間にはこれ以上ないぐらいきつく皺がより、携帯電話を握る手が小刻みに震えていた。
「…………あの、セン」
 みなまで言い切る前に、茜が、手にした携帯電話をぱちんと閉じると、おもむろにそれをベッドに叩きつけた。

「…………………………」
 あまりの出来事に絶句した。
 ぼす、と素敵な音をたててベッドに沈んだ携帯電話は、その衝撃を羽毛の布団に吸収されて壊れることはないだろう。
 壁に叩きつけたりしないあたり、さすがの冷静さだ。
 だけど、全く理解ができない。
 往々にして無感動で無表情で、感情の読みにくい茜はある意味で穏やかだ。
 こんな風に、総一郎の前で物に当たる姿など初めて見た。



「センセイ? あの、どうしたの?」
「…………………………いい、なんでもない」
「なんでもないように見えませんけど」
「下らないことなんだ。浅尾には関係ない」
 きっぱりと告げられて、胸が痛んだ。

 思い返せば、総一郎はずいぶんとさまざまな相談を茜にしてきた。
 勉強方法も、進学先も、将来の希望も、たとえば些細な兄弟喧嘩も。
 情けない、と思いつつも、話しているうちに状況を整理できたし、冷静な彼女のアドバイスは的確だったし、何より総一郎の本望へ答えを導くのもとても上手だった。
 そうじゃなくても一緒に思い悩んでくれるその時間が、総一郎を幸福にしてきたのだ。
 だけど、茜から相談を受けたことなど、一度もない。
 何が飲みたい、などという日常的な会話は繰り返すものの、仕事の愚痴やなんかを聞いたことがない。
 総一郎自身が高校生だった時分は言えなくても仕方がない、と理解していた。
 大学生になれば、もう少し頼ってもらえるんじゃないかと、どこかで期待していた。だけどそれは実に浅はかな希望だったようだ。
 今の総一郎が、茜にしてあげられることなんて、ほんの少ししかない。ないよりまし、程度の、ほんの少し。

 今だって、彼女は何も口にしない。
 こんなにもイライラと何事かを思いつめているのに、原因も、今何を考えているのかも、総一郎に明かしてはくれない。
 いつもそうだ。

 自分が頼りにならないのは判っているつもりではある。
 だけど、こんなにもはっきりと拒否を誇示されると、己の存在理由を疑いたくなる。
 ――センセイにとって俺ってなに?
 そんな、ばかばかしい質問をぶつけたくなるのだ。
 いたたまれなくなって、その細い肩をぐっと掴んだ。

「……浅尾?」
「言いたくないなら、言わなくていいからさ。なんか、俺に出来ることって、ない?」
「浅尾?」
「コーヒー淹れて、とか、歌えとか、踊れとか、なんか言って」
「………………なにか?」
「うん」
「じゃあ」
 総一郎をまっすぐに見上げていた、眼鏡の奥のガラス玉のような瞳がきらりと光った。
 ――――あれ、なんか嫌な予感がする。

 茜に対しての直観は、それが悪ければ悪いほどよく当たる。
 当たっても特に対策の方法はないので、非常に無意味で利用価値の低い特技だ。

「服を、脱いで。――出来るだけゆっくり」

「………………は?」
 何を言われたか理解ができず、間抜けな顔で茜を見つめ返す総一郎をそのままに、さあどうぞ、と淡々と告げて、自分はさっさとクッションの上に腰を下ろす。
「意味が判りません」
「特に深い意味はない」
「……俺が服を脱ぐとなんかいいことあるんですか?」
「ある。私の気分が最高に晴れやかになりそうな予感がする。
 さあ、私のためにストリップに興じたまえ」
「スミマセン、嫌です」
「む、そうか。では、あれだな。先日の償いをしてもらおうか」
「つぐない?」

 これ、と茜が白い指でさらさらの黒髪を跳ね上げて、そのまま自分の首の根元を指した。
 この距離ではやっとうっすらと見える程度の、白い肌に艶めかしく映るあかい痕。
 確かに総一郎の仕業だ。
 茜が眠っている間に、ちょっと加減を間違えて痕をつけたら思いのほか長く残った。
 まだ消えない、と、滅多にかけてこない電話をわざわざかけてきて、文句を言われた。
 相当根に持っている。
 残りやすいから服で隠れない場所には二度とつけてくれるなと、こんこんと説教をされた記憶は実に新しい。

「あの時、何でもする、と言ったじゃないか」
 言った、確かに言った覚えがある。そのあと、この上なく楽しそうな彼女の笑顔も目に焼きついている。
 しぶしぶ、総一郎は頷いた。
「そうですけど」
「許しを請うならば、さあ、脱ぎたまえ」
 ああ、もう逆らえない。このひとには逆らえない。
 贖罪とか、断定的な口調とか、キャラクタとか。色々要素はあるけれど、結局――惚れた弱みなのだ。
「……くっそ」
 乱暴に吐き捨てて、カッターシャツの袖のボタンに指をかけた。
 男にストリップをさせて何が楽しいのか判らないが、確かに「何でも」と言った手前、従わないわけにもいかない。
 ちら、と茜を見やる。
 いつもの無表情だ。
 それでも眼鏡の奥の茶色い目玉は、楽しげにらんらんと輝いている。

 綺麗に引き結ばれた赤いくちびるが、息を吸うように軽く開かれた。
「ああ、いけない、浅尾」
「なに?」
「もっと、ゆっくり。色気が立ち上るように」
 ――意味が判らない。
 だけど言われるままに、茜に視線をぶつけたまま、手首のボタンをそっと外す。
 反対側も同じようにゆっくりとボタンホールを広げて、羞恥のような悔しさに下くちびるをそっと噛んだ。

 たっぷり5秒もかけてボタンを外し、袖を肩から滑らせた。
 手首も袖口から引き抜いて、半袖のTシャツを着たままの肘を露にさせる。
 その肘を軽く撫でて、左の肩からも袖を抜き去る。
 茶色い双眼は、相も変わらず総一郎を見据えている。
 白地のシャツを脱ぎ捨てた。
 絶妙のタイミングで、茜が手を伸ばす。
 求められるままそれを手渡すと、一瞬だけそのシャツにくちづけた茜が手元を見ないままゆっくりとそれを畳み始める。
 シャツの裾に手をかけて、ゆるゆるとまくり上げた。

 暖房のいらない最近に、それでも外気がつめたく響いて皮膚が粟立つ。
 また手を差しのべられて、温度の残るそれを手渡した。

 ついでに、茜の目の前に膝をついて、そっとキスをする。
 意外にも大人しく目を閉じて、総一郎とくちびるを重ねた茜の、赤いそれが開く気配はなく、困惑の表情を意図的に浮かべながら総一郎は顔を離して瞳を開いた。
 驚くほど間近で彼女の黒目がぶつかり、少し眉根を寄せて総一郎は細い首の後ろに手を回した。
「センセイ……する?」

 うん、と素直に頷かれることを期待しての発言だったが、予想外にその首は左右に振られた。

 
「だめだ。まだ、脱ぎきっていない」
 ち、と喉の奥で舌打ちをして、ベルトに手をかける。
 腰を床に降ろすと、差し出すように向けた足首に茜の手が掛かる。

 そっと、足首を締め付けるくつしたのゴムに、細い指がかかって背筋がぞわりとした。
 素早く踵を滑らされて、簡単に両方の黒いくつしたを奪い取られた。
 同時に、ベルトの金具と、ファスナーを外したジーンズのウェストのボタンを外した。
 足首をさわさわと撫でられて、身体中が情けなくびくびくと震えたがなんとか下着一枚の姿をさらして、茜をどうだと言わんばかりに睨みつける。
 しかし、こんな日に限って今日の下着は、愛らしいねずみが散りばめられた子供っぽいものだった。
 母親と妹が二人だけで行ったテーマパークの、お土産だと父親と弟と三人お揃いのこれを実は気に入っていたが、なぜ昨日の湯あがりにこれを選んだのか、激しく己を罵倒したくなった。

「……もういいでしょ」
「まだ、その可愛らしい一枚が残っている」
 にやにや笑いを浮かべながら、びし、と指さされて頬が一気に熱くなった。
 くちびるを小さな子供のように尖らせて押し黙ると、何を察したのか、ああ、と茜が小さく呟く。
 おもむろに立ち上がると、ベッドに膝をついてクリーム色のカーテンを勢いよく閉める。
 掛け布団を端によせてベッドの上に腰を下ろすと、艶然と微笑んで手を伸ばした。
「脱いだら、こっちにおいで」

 その姿にどうしようもなく興奮と期待を強くする。
 早く触れたい。
 キスがしたい。
 熱くとろけるあの感覚に、飲みこまれてしまいたい。
 じっとこちらを見据える視線をからませ合うと、ますます内側から熱が沸いてくる。

 トランクスを腰から滑らせようとして、一瞬立ち上がった肉茎がゴムに引っ掛かる。
 それでも何とか床に落として足首から抜き取ると、ベッドに膝をついて、茜のひやりとした細い手を取った。
 その手をぐい、と引いて、くちびるを重ねる。
 眼鏡のフレームが、総一郎の頬にあたってかちゃんと小さく鳴った。
 もぐもぐとくちびるをうごめかせて、薄く開かれた隙に舌を差し入れる。
 つんと触れた茜の舌は、重ねたくちびるよりも熱かった。
 唾液でぬるりと滑って捕らえそこなったそれを、追いかけて強引に絡ませる。
 
 たったそれだけで、粟だった全身がかっと熱くなった。

 ぐい、と胸を押されて、仕方なくくちびるを離した。
 紅唇の端をつたった唾液を男前に手の甲で拭うと、茜の白い手がふわりと張り詰めた自身に触れた。
「もうこんなにして」
 相変わらずのにやにや笑いを浮かべながら、ぎゅっと指の腹で握られて腰のあたりがぞくぞくする。
「だって……センセイが、」
「……私が?」
 続けるべき言葉が見つからなくて、もういいやとばかりに薄い肩を押し倒した。

 しかし茜は肘をついて転倒をきっぱりと拒否して、身を起こす。
 優雅な眼鏡を外すし枕元に置くと、改めて総一郎に向き直って淡々と告げた。

「浅尾、後ろを向いてくれないか」
「後ろ?」
 こう? と背を向けた。
「うん、ありがとう」
 抑揚なく謝辞を述べた茜のくちびるが、そのまま肩にふれて音をたてて吸いついた。
 吸われながらぺろぺろと舌をうごめかされて、痺れるような甘い疼きが身体の中心から湧き上がってくる。
 十分に立ち上がっていたそれが、どくどくと脈を打つのが触れていなくても判った。

 ぎゅっと目を閉じて、息を細く吐く。

 吐ききったころに、後ろからぎゅっと抱きしめられて、きれいな手のひらが腹を撫で上げ、誇張をし始めた胸の突起に触れる。
「……う、」
 情けなく漏れた声に、茜の含み笑いが肩に落ちてきた。
 総一郎が声をあげると、彼女はこの上なく楽しそうに息を吐いて笑う。
 その意地悪な表情を見たい、と思ったが、今日の自分に発言権はないのだと、ちゃんと理解している総一郎はぐっと腰に力をこめて、生ぬるい快楽をやり過ごそうと無駄な努力をする。

 肩を撫でたつめたい手が二の腕を滑って手首を握った。
 ぐい、とそれを一纏めにされたかと思うと、なにかごそごそとよからぬ音がして、平行に重ねたそこにするりと何かが触れた。
 ぎょっとして肩越しにふり返ると、自分の骨ばった手首を白いタオルが巻きついてた。
「拘束プレイだ、浅尾」
「えっ、ちょっ」
 縛られた。
 その現実にショックを受けた。
 目隠しプレイは、童貞喪失初日に宣言されたからいつか来るのかとある程度の覚悟はしていたが、縛られる、なんて予想の遥か斜め上を飛んでいた。
 縛った当人は、この上なく楽しそうに笑うと、膝で移動をして総一郎と向き直る。
「ギブしたかったら言ってくれ。気分によっては聞き入れる」
 恐ろしい宣言をして返事も聞かずに総一郎のくちびるを奪うと、舌を割り入れてねっとりと絡ませ合う。
「……ん、うう」
 反論をする暇もなく与えられた息苦しくて官能的なキスを終えると、頬と耳たぶと顎にくちびるが落落ちてきた。
 茜は、あれよという間に首筋から胸元をゆっくりと口づけて、驚くほどの手際で総一郎の身体を沸騰させていく。

 違う、茜のせいじゃない。
 こんな、身動きが取れなくて茜に好き放題にされている状況に、総一郎は興奮している。
 ありえない。なのに、意思に反して総一郎自身は、見なくても判ってしまうほどの張りつめてその欲望を顕著に表現をしていた。
 とんだヘンタイだ。
 マイノリティな自分を認めたくなくて、異常な方向へ飛んで行った性癖を、誰かのせいにしたくなる。

「は、待って……、だめ…だって……!」
「…………何が?」
 くすくすと小さく笑いながら、茜がくちびるをすべらせて胸の突起に吸いついた。
 びりりと背筋に電流が走る。
 普段好奇心の赴くまま好き放題に、茜のここを弄り回している。
 だめだいやだと言われても、素直に解放をした試しもない。
 こんなにも鋭敏な感覚を持っているだなんて、自分でも知らなかった。
「ちょっ……センセ…それマズイって……」
 もちろん、抑止の言葉が全く意味をなさないとは分かっている。それでも腰が引けて、高まる射精感をどうにか追い払おうと、無駄な抵抗を試みずにはいられない。

「君は、ここが好きなんだろう?」

 意地悪な声音にはっとする。
 仕返しらしきことを、されているのだ。

 悔しく思うものの、現在の総一郎は「償い」をさせられている状態なのだから、反論は許されていない。
 ぐっと両目を閉じて快楽をやり過ごそうとしているのに、当の茜はとても楽しげに身を弾ませながら、ためらいもなく総一郎自身をぱくりと口に含んでしまった。
「…………ちょ、あっ……!」
 息をのんで声が途切れたと同時に、先端を舌先でつつかれて腰が引けた。
 はあ、と熱い息を吐いたのちに訪れた静寂は一瞬だけで、すぐに、ぴちゃりと湿った卑猥な音が室内に響く。
 くちびるを噛みながらぎゅっと閉じていた瞳を開いた。
 視界には、茜のさらさらとした髪が落ちる黒い頭しか映らない。


 先端を咥えたまま、熱い手のひらがぎゅっと肉茎を握りこんだ。
 とっさに身を引いてももちろん許されず、茜の手とくちびるが追いかけてきて総一郎を苛む。

 ゆっくりと、総一郎を握った手のひらを上下させながら、唾液をたっぷりと含ませた口内で先端を舌先で包む。
 裏側を伝った汁が、都合よく茜の手淫を助けている。
「あ、……あっ、センセイ…………っは!」
 自らくちびるを塞ぐ手段も、茜を引きはがす自由も権利もなくて、総一郎はただ、強引に与えられる刺激を、不本意ながら受け入れる。

 情けなく高い声が漏れる自分を面映ゆく思う。だけど、思考と身体がまるで分離をしていて、とてもコントロール出来そうにはない。

 ちゅう、と先端を吸い上げられた。同時に手の動きが速くなる。
「……っ、だめ、だって、センセイ…ヤバイ……ってば!」
 悲哀の混じった総一郎の哀願を聞きつけた茜は、一瞬だけ手を止めて、彼自身を咥えたままちらりとこちらを見上げた。
 目があった瞬間に、とっさに、意思の疎通を量ろうと首を左右に激しく振るが、あとから思えばそれは逆効果だったに違いない。
 なぜなら、直後顔を伏せた茜の手の動きと舌使いがますます激しくなったからだ。

「あっ……ヤバイって、マジで……で、出る…から……っ! あ、あ、……ぅ、あぁっ!」

 茜の愛撫に、総一郎は抗いようもなく従順に精を吐きだした。
 両目をぎゅっと閉じて、腰が砕けてしまいそうな快感を堪能する。

 びくびくとした収縮を繰り返したのちに、はぁ、とようやく息をついて視線を落とすと、未だ視界には茜の黒い頭が写っている。

「……センセイ……あの、」

 この状況は、今出した白いアレを茜が口で受け止めたということか。
 もしやそうなのか。
 嬉しいけれどそれよりも申し訳ない気持ちのほうが先だって、何ともいたたまれない気分になる。
 
 茜は緩慢な動きで身を起こすと、総一郎と一瞬だけ視線を合わせてすぐに背を向けた。
 白く骨ばった背筋越しに彼女の行動を観察する。枕もとのケースから数枚のティッシュを引き抜いて口元を覆う。
 吐き出したのかそうじゃないのか。よく見えない。判別を致しかねる。

「…………セ、ンセイ」
 恐る恐る声をかける。
 マイペースに口元をぬぐう茜は、総一郎の呼びかけにも反応を示さない。

 幾度かティッシュを引き抜き口元に運び、といった作業を繰り返していたが、手元のちり紙玉がある程度の大きさになったところでそれをぽいと捨てた茜が、こちらに向き直る。

 まっすぐに見つめられて、動揺をする。
 視線を反らすわけにいかない、とどこからか使命感を受信して、まばたきを激しく繰り返しながら茜を見つめ返した。
「……あの、もしかして……今の、」
「ん?」
「……………………飲んだ、りした?」

 間髪をいれずに茜がくちびるの端を持ち上げて笑う。
 それがどういう意味なのか、総一郎にはとっさに判断がつかなかった。

「さァ?」
「……………………え?」
「どっちだと思う?」


 どっちだ、と問われても、行動を起こしたのは茜本人なので総一郎に真偽のほどが理解できるはずもない。
 だけど希望を込めて、からからの喉から声を絞り出す。

「の、飲んだ!」
「……………………」
「えっ…出した……?」
 質問には一切答えないまま、茜が膝立ちでこちらにすり寄ってくる。
 胡坐をかいた腰骨にのしかかられそうになったところで、質問を重ねた。
「どっちですか?」
「…………ご想像にお任せしよう」
 その言葉一つで、達したばかりの自身が再び硬度を増した。
 茜は目を細めて柔らかく笑うと、両腕を総一郎の首に回して抱きつくような体制になる。
 茶色い瞳で自分を見下ろして、戸惑いながら見つめ返した総一郎のくちびるをすばやく奪ってしまう。
 舌先を割りいれられて、口腔を好きなように蹂躙される。
 ますますと固くなった自身に膝の先でふれた茜が、喉の奥で笑いながら顔を少しだけ離して総一郎の眼を覗きこんだ。

「さぁ次は? どうする?」
「入れ…たいです」
 そうかと笑いながら、素早く取り出した避妊具の袋をぺりと破り、取り出した中身をするすると被せていく。
 その様子はうきうきとして見えるのだが、ふと、思いついて呼びかける。
「……あの、センセイ」
「ん?」
「楽しい?」
「楽しい。物凄く。君は?」
「楽しいというか、嬉しいです」
 む、と茜が鋭く唸った。
 上体を起こして総一郎と向き合うと、両の頬をその手で挟んだ。ぐいと乱暴に仰がされて、茜の黒い瞳と正面からぶつかり合う。
「その心は?」
「えー、これっていわゆるお仕置き?」
「そうだ」
「そりゃ申し訳ないんですが、どっちかっていうと至れり尽くせりです」
「……………………浅尾」
「はい」
「君には、不自由な体制を強いられた上に身体を開かされた羞恥とか、無理やりの射精に至った屈辱とか、そういう感情はないのか」
「うーん、あんまり? だってセンセイのすることだし」
 これが事務的に行われていたらさすがに傷つくかもしれないが、なんていったって今日の茜は最高に楽しそうだ。
 たぶん、総一郎がもっと嫌がったり恥ずかしがったりするのを茜は求めている気がしないでもない。
 でもさっきの発射は、見た目のエロさはもちろん、罪悪感や背徳感や、いろんな感情がないまぜになって最高に気持ちよかった。
 口元が緩んでも仕方ない、そうでしょうセンセイ。

 締まりなく緩んだ頬を慌てて引き締めた総一郎を見て、茜がますます眉間のしわを深くする。
 その表情にヤバイと直感を抱いた総一郎は、弁解のために慌てて口を開いた。



「あ、えっと、でも、身動きとれないのは、ちょっと悔しいです!」
「ほう。あー、浅尾。……触りたいか?」
「……触りたい、です」
「見たいか?」
「見たいです」
「じゃあ今その現状は不服か?」
「うん、物凄く不服です」
 よし、と低く呟くと、総一郎の前髪をふわりと撫で上げて、その色素の薄い双眸で覗きこむ。
 くちもとを歪めて満足そうに微笑むと、今日は着衣プレイだ、と言いながら黒いスカートを捲り上げる。
 するりと器用に下着を脱ぎ捨てて、膝を立てて総一郎に跨った。
「……服、汚れるよ。せめて下だけでも脱いでください」
「だめだ。中身を想像して悶えるがいい」
 総一郎にも手を添えて、先端を秘部にあてがうと、ためらいもなく一気に腰を落とす。
「ん、あっ!」
 自分で奪った熱に自分で浮かされて、白い喉をのけぞらせた。
「……ぅん……んん…はっ」
 薄く喘ぎながら、漏れる声をかき消すようにくちびるを重ねてくる。
 その隙間から入り込んだ茜の吐息はとても熱くて荒くて、総一郎の思考を簡単に白く濁らせる。

 茜の熱い体内に埋め込まれた自身が、その熱を吸い取るようにどくんと脈打った。
 満たされているのに足りなくて、全然足りなくて、もっと欲しくて、ずん、と腰をつきあげる。
「あっ……!」
 鼻にかかった声を上げた茜が、上体のバランスを崩してぎゅっと総一郎の肩に縋りつく。
 もう一度、と不自由な身体をなんとか持ち上げると、だめ、と茜が耳元で囁いた。
 その色のある声音にも、またぞくりとして自身が一層その質量を増やす。
 そんな。
 絞り出した声があまりにも余裕なさげに掠れていた。

「……だめって、言われても……」
「ん、だめだ、動くな……」
「も、無理、苦しいからさ……代わって。上手く動けないし」
「いや、だ」
「センセイ、……もう無理…。お願いします、ほどいてください」
「………………反省は?」
「してますごめんなさい」
「ほんとうに?」
「ホント、です。ごめんなさい、もう二度としません……センセイ、お願い」
 懇願をしながら、繋がっただけでこんなにも身体中を駆け巡る快楽に、どこか冷静な自分が驚いていた。

「…………ん、」
 たっぷりと悩んだのちに小さく息を吐くようにうなずいた茜の手が、肩から背へと滑って手首に届く。
 やや時間がかかったものの、するりと衣擦れの音がして、がくんと両手が軽くなった反動に腕が震えた。
 
 するりと茜の洋服の裾から手を差し入れて、滑らかな背中をなでた。
 両腕で下着のホックを外すと、すっと下着の痕を撫でて両手を前に回し、柔らかな乳房を揉みしだく。
「んんっ!」
 嬌声を上げた茜が身を引く。
 追いかけて先端を軽くつねり、片手を細い腰に回してぐっと下肢を押し上げる。

「や、ふ……あっ!」
 幾度か腰を浮かして身体を叩きつけたけれど上手くいかず、どうにももどかしい快楽に気が狂いそうになった。
 一回出したというのに、己の元気のよさに我ながら驚きつつ、熱い吐息混じりにぽつりと呟いた。
「……あー、俺もうだめ」
 背に手を回して、くちびるをぶつけた勢いのまま細い身体を押し倒す。
 ぼす、と柔らかい音がして、半裸の身体がベッドに沈む。
 乱れた洋服の隙間からちらりと見える乳房のふくらみが、言葉に表現できないほどエロい。
 嫌がらせのはずの着衣プレイは、逆に総一郎を悦ばせている。何とも残念に違いない。
 
 ベッドと背中に挟まれた手を引き抜いて、ぐっと裾をまくりあげた。
「あさ…っ、ん、や……ああ!」
 抗議の声などまるで無視をして、薄く色づく先端に吸い付いた。
 くちびるで甘く噛みながら、唾液をたっぷり含んだ舌先でころころと転がす。

 茜は繋がったままの腰を逃げるように揺らしながら、くちもとを手の甲で覆って可能な限り声を漏らさないようにしている。
 くぐもった悲鳴は、それはそれで艶っぽく青少年の興奮を煽るけれど、少しだけ面白くないのも事実だ。
 茜が短い声を上げる度に、彼女を悦ばせているという自己満足に浸れるのだ。それが聞かれないなんて、勿体無いではないか。

「センセイ」
 上体を起こして掠れた声で呼ぶと、茜が熱に潤んだ瞳を投げてよこす。
 とんでもなく無防備なその表情を見られるのは自分だけだ、となんとなく考えたらどうしようもなく胸が熱くなった。
 そっと赤いくちびるを覆う細い手を握り締める。反対側の手も同じように浚って、自分の首に回させた。

 茜が何か言うよりも早く、膝の裏を抱えあげ大きく片足を開かせて、もっと深く身体をぶつける。
「あっ……や、も…んんっ……は…ん!」
 この甘い声を聞けるのも、自分だけ。
「あさお、あさ…おっ……やだ、あ、ん…あっ! 浅尾!」
 この赤いくちびるが泣くように呼ぶのも、自分の名前だけ。キスをしていいのも、髪を撫でていいのも、全部、自分だけに許された特権だ。
 改めてそんなことを思いながら、彼女の中に収めたそれをぎりぎりまで引き抜いた。
 再び最奥まで自身を潜り込ませる。その動作を繰り返す度に、ぐちゃぐちゃという卑猥な水音と、茜の嬌声と、自分の吐息が混じって響く。
「センセ…イ、っ……」
 荒い呼吸の合間、途切れ途切れに呼ぶ。両目をきつくつぶった茜が、総一郎の首に回した手にぐっと力をこめてほとんど縋り付くように身を寄せてくる。

「も、や……あさお…浅尾! んっ……ああっ!!」
 声になり損ねた息を漏らし、茜が上体を反らして全身を硬くする。
 同時に、総一郎も堪えていた箍を外して、身の焼ききれそうな絶頂を享受した。

 どくどく、という断続的な自身の痙攣も、徐々にスパンが長くなりやがて落ち着きを取り戻す。
 未だ整わない息のまま、汗ばんだ額をぶつけて眼鏡のない茜の瞳を覗き込む。
 ガラス玉のような双眸に総一郎を映した彼女は、優しげにふわりと微笑むとそっとまぶたを閉じる。
 その微笑がいかにも幸せそうで、総一郎もつられて笑みをこぼして目を閉じた。
 そっと乾いたくちびる同士が重なる。
「……ん、んー……」
 漏れた満足げなうめきはどちらのものだったか。
 余韻を味わうために絡ませた舌をゆっくりと動かしながら、縋り付かれたままの両腕にぐっと力が篭り引き寄せられて、また嬉しくなる。

 茜に必要とされているような気がしたからだ。

 調子に乗ってぐいと腰を押し付けると、身体の下の茜が身を捩じらせた。
 身体中のほてりが一旦落ち着きを取り戻すまでこのままでいたいと思っていたけれど、大人しく身を起こす。
 自身を引き抜いて汗ばんだ身体を離す。
 服が汚れた、と茜が不機嫌そうな顔で呟いたのを聞きつけて、だから言ったのにとこっちも呟き返したらますます不機嫌そうな顔になってしまった。
「いい。お小言はたくさんだ」
 総一郎に背を向けて、今更なのにもくもくと服を脱ぎ始めた。


 
 
 後始末を終えた総一郎がベッドに舞い戻ると、指先に硬質な何かが触れた。
 ひょいと拾い上げると、茜の携帯電話だった。
 それを枕もとの眼鏡の隣に置くと、ふと思い出して尋ねてみる。
「結局さ、なんだったの?」
 細身の体躯をうつぶせに投げ出して、ふかふかのクッションの柔らかさを楽しんでいた茜は、なにが、というように眼鏡のない顔をこちらに向ける。
 艶やかな黒髪がさらりと揺れて、剥き出しの丸い肩の上で踊った。
 ピントがあって無さそうなその視界にきちんと入るように、総一郎は屈みこんで自分の顔を近づけた。
「メール」
 ああ、と小さく頷いた茜の細い腕が伸びてきて、そっと総一郎の前髪をかき上げる。
 くすぐったくて肩をすくめた。
 まるで子ども扱いだ、とは思うものの、茜にこうされるのは大好きだ。
 数度それを繰り返した形のいい指は、名残惜しそうにそこから離れるとすっと自分の首筋を指した。
「これ」
 先ほどと同じようにあかく肌に残る痕を示して、ほう、とため息をつく。
 上気した白い肌に写るそれは、平常時よりも色味を増しておりますます淫靡に見えた。

「……えっと、スミマセン。反省してます」
「うむ、それは疑ってはいない」
「じゃあなに?」
「これのせいで最近はずっと首の詰まった服を着ていたんだがな、もういいだろうと思って昨日は油断をしたんだ。暑かったし」
「はあ」
「髪を上げていたのが敗因だ。目ざとい琴子に見つけられ散々からかわれて追求をされた挙句、
 男の先生にも若い方はいいですなあ、とか、お盛んでうらやましいとか出来ちゃったは困りますよとか色々と言われてしまった」
「それってセクハラじゃないですかっ」
「まあ、セクハラだな。聞き流して忘れてしまえば、さほど大変ではないんだ。
 しかし、休日にわざわざ緊急でない用事をメールしてきて最後に『せっかくのデートのお邪魔してしまってスミマセン』と付け足すのが許せない。ほんとうに邪魔だ」
「う、うん」
「だからメールなんて見たくなかったんだ」
 はあ、と大きなため息をついて、茜はクッションに顔を埋めてしまう。

 茜の不機嫌は、結局自分が根源だったのか。怒りの矛先は間違っていない。
 脱げと言われたときは、なんて理不尽な、と少しだけ思ったが、結論としては総一郎の自業自得だったようだ。
「ごめんなさい」
 小さく謝りながら、茜の隣に裸の身体を横たえる。

 少しだけ顔を持ち上げた彼女が、茶色い瞳でこちらを見やって穏やかに笑った。
「もういいんだ。今日は君のお陰で、最高に晴れやかな気分になれた。ありがとう」
 ぐいと身を乗り出して、くちびるを寄せてくる。
 どうやら茜のご機嫌はほんとうに治ったようだ。
 特に何かしたわけでもないのに、ありがとうと言われてそれを鵜呑みにして舞い上がるなんて、ちょっと単純過ぎるかなと考えた。
 でも茜が笑ってくれたのが嬉しすぎて、キスが気持ちよすぎて、さっきまでぐずぐずと考えていたことすべてがどうでもよくなってしまった。

 触れてすぐに離れたそれを追いかけて、深く口付ける。
 仕方がないな、というように答えてくれていた茜が、ほんとうに幸せそうに小さく笑ったので、総一郎の胸の中も幸せな気分でいっぱいになった。





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2008年09月23日(火) 18:54:52 Modified by toshinosa_moe




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