総一郎と茜_2月
初出スレ:初代413〜
属性:男子高校生と女性教師
1月31日。
日付が変わると同時に、浅尾総一郎は小笠原茜にメールを送った。
『誕生日おめでとうゴザイマス』
年の差に拘泥している茜にとって、果たして誕生日はめでたいのかどうかいささか疑問だったが、何もせずにはいられなかった。
電話か返信が来るかと思ったが、こなかった。
嫌味に取られた?
もしや怒ってる?
チキンな総一郎は人知れずビクビクする。夜中の勢いも手伝って、どんどんと思考はよくない方へと転がった。
大人にとって、誕生日が特別でない、となんとなくは知っていた。
総一郎の母親は、誕生日のたびに一つずつ若返るそうだ。正確な年齢は兄弟の誰も知らない。
だけど茜がこだわるのは自分の年齢じゃなくて、総一郎との年の差だ。
「私はまだ26歳だ」
淡々と告げたあの声音が、時折耳の中で響く。
茜のマイナス思考を刺激しないように、とは常々心がけている。
だけど誕生日は一年に一度なのだ。
祝いたい、と思う自分は、まだ子供なのだろうか。大人になったら、クールでいられるのだろうか。
いや、祖父母を見ていても、やはり何歳になっても誕生日は特別に思える。
大人ではなく、「茜」にとっては、嬉しくない日なのだろうか。
悶々と眠れぬ夜を過ごすハメになったが、朝になってさらりと、おはよう、ありがとうと返事があった。
寝てただけか、と、やっと緊張が抜ける。
少し早めに家を出て、生徒の少ない学校に到着するとすぐに実験準備室へと向かった。
底冷えのする準備室に、彼女はいた。
コートを着たまま、振り返って、おはよう、と白い息を吐きながら柔らかく微笑んだ。
気のせいかも知れないが、最近はこういう、気を許したような表情をごく稀に目にする。
役得だ。
「おはようございます。センセイ、おめでとう」
直接顔を見て言おうと、決めていた。
茜はありがとう、と頷いたあとにちょっと眉をひそめて、複雑そうな顔をした。
「これから10ヶ月間は10歳差か」
「あー、じゃあ、今日から永遠の20歳になったらどうですか?」
「ああ、それはいいな。いつか君が追い抜いてくれるわけだな」
「そう。だから待ってて」
総一郎のばかばかしい提案に、茜はにやりと笑った。
否定されなかったのが嬉しくて、総一郎は急に茜に触れたくなって、衝動的に抱きしめた。
抗議されるかと思ったけど、茜は何も言わなかった。
控えめな甘い香りが、すっと胸に入り込んだ。
「……やっぱり君は暖かい」
「専用湯たんぽですから」
「私の湯たんぽくんはマメだな。0時きっかりにメールが来ていた。ありがとう」
「寝てました?」
「ああ、すまない」
「起こした?」
「その程度では起きない」
その程度って、どの程度だろう。
無駄に自信満々で茜が言い放つものだから、おかしくなって小さく笑った。
む、と少々不満げな声が、腕の中で上がった。
逃げちゃうかな、と思ったが、意外にも茜はぎゅっと総一郎のコートを握った。
ああ、なんかいい雰囲気だ。
もしかして、今日はキスしてもいい日なのかもしれない。
少しくせがあるが、柔らかくてさらさらな、その黒髪に指を埋めた。
以前は後ろで潔くまとめていた、背の中ほどまである長い髪をなぜ下ろすようになったか、総一郎だけが知っている。
首が温かいから、と茜は言うが、たぶん、総一郎がうぬぼれていい理由のはずだ。
滑らかな指どおりを楽しむと、茜はくすぐったそうに肩をすくめた。
白い頬を、そっと指の背で撫でた。
ぴくりと肩を揺らして、茜が身を引いた。
反射的に総一郎を仰ぎ見た、銀のフレームの奥の瞳と目線がぶつかる。
くちびるが、何か言いたげに動いたけれど言葉は聞こえず、ただ、白い吐息だけが漏れた。
「センセイ……」
「あ、浅尾」
ガラスの奥で、慌てたようにまばたきを繰り返した瞳がすっと逸れる。
「……あー、職員朝礼の時間だ」
行かなくてはああ名残惜しい、とちっとも名残惜しくなどなさそうに、茜が腕の中からするりと抜けて、そそくさと職員室へと逃げてしまった。
呆然とそれを見送って、しばらく準備室で立ちすくむ。
――あれ、おかしいな。いい雰囲気だと思ったのに、気のせいだったのか。
もしかして俺って空気の読めない男なのかと延々と思い悩む。
最近、茜のマイナス思考がうつってきたようだ。下らない悩みから抜け出せない。
のんきなチャイムの音ではっと我に返り、慌てて教室へと走った。
夜中に引き続き、悶々とした一日を何とか終えて、じゃあ放課後に続きを、と目論んでも、見えないバリケードを貼られてしまっていた。
一分のスキもない。
さすがである。
一体いつまで待てば、アバンチュールにたどり着けるのだろう。
何でも話そうとは思っていても、コレばっかりはハッキリと聞くわけにも行かない。
なにせ安全の太鼓判を押された男なのだ。
下心を、見抜かれては、このバリケードが厚くなるに違いない。
――だけど、まぁ。
総一郎の贈ったうさぎ柄のマグカップへと嬉しそうに口をつける茜を見て、まぁいいか、とのんびり思った。
くすぐったそうな柔らかいこの笑顔は、今のところ独り占めなのだから。
*
そんな茜の誕生日から半月ほどが経過した。
冬はイベントが目白押しだ。
クリスマス、茜の誕生日、バレンタイン、卒業式、ホワイトデー。
今年もやってきてしまったのだ。
ついに、バレンタインデーが。
今日は学校中が朝からそわそわしている。
男も、女も。
もちろん、総一郎も。
茜がイベントごとに興味がないのは知っている。
知っているけど、どこかで淡い期待を抱いてしまう。
知ることと、理解することは別なのだ。
やけに長く思えたホームルームが終わると、一番に教室を飛び出した。
今日もわくわくと、いつもより倍は軽い足取りで北校舎へと向かうのだ。
「失礼します」
がらりと準備室のドアを開けて、立ち止まった。
やあ、といういつもの返事がない。
小首をかしげながら、そっと、後ろ手でドアを閉めて準備室に立ち入る。
お似合いの白い白衣を着た茜はそこにいた。
ただし、事務机に突っ伏して見事に寝入っている。
茜の寝顔など初めて見る。
外れた眼鏡のフレームを左手に握って、組んだ腕の中に頭を埋めている。
まぁ、スタンダードな居眠りの体勢だ。
音を立てないように茜に近づき、その顔を見つめた。
伏せた瞳。長いまつげ。
うすく開いたくちびる。
背の中ほどまでの、長くつややかな髪が真っ白な頬に落ちている。
少しくせのあるその黒髪は、柔らかくて指どおりも滑らかだと、総一郎は知っている。
そっと指を伸ばして、頬にかかる髪をすくい上げて耳にかぶせた。
ぴくりと綺麗な眉が動いたが、茜が起きる気配はない。
かすかな寝息すら聞こえてこなくて不安になるが、白い背がわずかに上下する様でようやく息をしている、と知る。
「センセイ」
囁くように呼びかける。
うん、と彼女が言ったような気がしたが、やはり身じろぎもしない。
手にした自分の黒いコートを、そっと彼女の肩にかけてやる。
まるで、ジェントルマンになった気分だ。
ちなみに総一郎のコートは重い。重い割りにあまり暖かくない。
茜のコートは信じられないほど軽くて暖かい。きっと値段の差だ。コレばっかりは仕方ない。なにせ総一郎は扶養されている身分だ。
コートから手を放すと、その重みで、茜が、ん、と小さく声をあげて眉根を寄せた。
「カゼ、ひきますよ」
呼びかけると、ゆっくりと上体を起こして、焦点の定まらないぼんやりとした瞳で総一郎を見上げて、浅尾、と小さく呟いた。
「ゆめを、見ていた……」
「なんの?」
「浅尾が、」
そう言ったきり、開ききっていない眼をまた閉じてしまった。
何か、思い出しているのだろうと次の言葉を待ったが、十分な沈黙が流れても茜のくちびるは開かれない。
「センセイ? 俺が、なに?」
「……うん」
うん、じゃない。
気になるじゃないか。
センセイ、ともう一度小声で呼んで、肩に手を置いた。
ぴくり、とその細い肩が揺れたが、やはりまぶたは持ちあがらない。
うっすらと開かれたくちびるが、呼吸を求めて時折ふるえる。
まるで、欲しているようだ。
何を?
キス、を?
今の茜は、まるで総一郎のくちびるを待っているかのように無防備だ。
いいや、そんなはずはない、と己を戒めたところで、茜の頭が小さく傾いて、たったそれだけのことなのになぜだか理性が飛んだ。
気がついたら、上体をかがめて、盗むように柔らかいくちびるに触れていた。
もちろん、自分の、少しかさつくくちびるで。
触れた瞬間に我に返り、慌てて身を引いた。
茜は相変わらずぴくりとも動かない。
やばい、バレたら殺される。
身の危険を感じた。
すぐさまこの場を離れるべきだ、と本能が語りかけるが、今この手を離したら茜がきっと額を机に打ち付けるだろう。
適度に体重を預けられている状態なのだ。
いろんな意味での緊張のあまり、手が震えてきた。
茜が起きてしまう。
いや、起こしたほうがいいのか?
いやいや、もしかしたら起きているのかもしれない。
じゃあどうしてなにも言わない?
やっぱり寝てるのか?
身体を、起こしたまま?
ぐずぐず悩んでいても仕方ない。
意を決して、肩に乗せた手に力をこめて軽くゆする。
「センセイ!」
茜がぼんやりと、再びまぶたを上げた。
総一郎を見上げるその瞳は、少し潤んでいて儚げで、青少年のいたいけな心臓は気の毒ほど、どくどくと脈打った。
またいつ理性の糸が切れるか知れない。
早く離れるのが得策だ。
「コーヒー、入れますね」
すっと肩から離した手を、茜がすがるように掴んだ。
予想だにしない突飛な行動と、あまりの手の冷たさに、驚いて動きを止める。
その顔を見下ろせば、茜はぱちぱちと瞬きを繰り返し、子犬のようにぶるると小さく頭を振った。
大きく息を吐くと、繋いでいるのと逆の手で前髪を悩ましげにかき上げて、総一郎の手を握ったまま頬に摺り寄せた。
その頬は、かろうじて人間らしい体温を持っていて安堵する。
手の甲のぬくもりを楽しむかのように鼻先をこすりつけて、くすぐったそうに柔らかく微笑むと、あろうことかその甲に柔らかいくちびるを押し付けた。
猫のようだな、と思った。
茜の、熱く湿った吐息が、囚われた甲にかぶさる。
ぞわり、と悪寒のような快感が背筋を通り抜けて、総一郎は身動きが取れなくなり、茜の顔を凝視する。
眼鏡のない茶色い両の瞳を、ぎゅっときつく閉じたかと思うとゆっくりと見開いて。
人が覚醒に向かう様子をこんなにじっくりと観察したのは初めてだった。
初めてだけど、多分、他の人よりずいぶんと遅い目覚めに違いない。
徐々に、総一郎の手を握る指が緩む。
「……センセイ?」
かすれた吐息混じりの声音になった。
そこではたと気がついたようにくちびるから離したその手を見つめて、少し眼を見開いて総一郎を見上げた。
繋いだ手と、顔と、数度見比べるうちに、徐々に瞳が本来の光を取り戻す。
比例するように、どんどんと頬が赤く染まり、ひえた指先から力が抜けていった。
どさり、と肩にかかっていたコートが床に滑り落ちた。
それを合図にしたかのように、ついにその手をぱっと離すと机に肘をついて両手で顔を覆ってしまった。
耳が赤い。
「…………………………悪い、」
やっとそれだけを言うと、なぜだか頭皮のマッサージを始めた。
髪がぐちゃぐちゃと乱れるのもかまわずに、うつむいて、時折小声でうなる声が聞こえる。
何か、苦悩しているようだ。
見ているのが気の毒になって、ついに声を掛ける。
「あの、コーヒー、飲みます? 入れますけど」
「ああ……うん、頼む」
苦悩をしたまま返答をよこした茜に、ばれないように小さく笑ってコーヒーの準備を始めた。
いつの間にか茜は、床に落ちていた黒いコートを拾ってひざ掛け代わりにしていた。
眼鏡をきちんとセットし、落ち着きを取り戻したかのように見える。
髪さえ乱れていなければ、多分いつもの茜に見えただろう。
ポットのお湯を使ってインスタントコーヒーを入れるだけの短い時間で、ここまで平静を装えるとは、さすが年季の入ったポーカフェイス、と総一郎は絶賛しながらマグを手渡す。
「どうぞ」
「……ありがとう」
湯気の立つうさぎ柄のマグカップを両手で受け取って、茜は指先をあたためる。
熱いですよ、と声を掛ける前に口をつけて、あつ、ともらしながら表情を変えずに一口すすった。
猫舌の総一郎は絶対に飲めない温度に思えるが、茜は舌に温感センサがないらしく、いつももうもうと湯気の上がったままのコーヒーをすする。
銀色のフレームのガラスが曇った。
む、と呟いたが特に処置は取らなかった。
ちょうどいいサングラスだ、などと思っているかもしれない。
「起きましたか?」
「起きた」
総一郎の顔を見ないまま、そっけなく応える。
あんなに盛大に寝ぼける大人を初めて見た。
そのあとあんなに動揺を露に苦悩する茜も、初めて見た。
「………………」
「……………………」
「………………………………さっき、」
「忘れてくれ」
絶妙なタイミングでぴしゃりと告げられ、総一郎は言葉を失う。
「頼むから」
ずいぶんと不遜な態度の懇願だ、と意地悪く思った。
だけど曇りが引いた眼鏡の横顔は、気の毒なほど悲愴に、見えた。
「その、普段言ってることと、今日の行動が違う、と言われてしまえばそれまでだが……。低血圧なんだ。だから、寝ぼけて、あの、君を……」
あまりにも痛々しく弁明を始めるので、どうにかして慰めたくなった。
――やー、大丈夫っすよー、俺もさっき寝ぼけたセンセイにキスしちゃったからー。
能天気に頭の中で語るもう一人の自分を速攻で殴り倒した。
そんなことを口走ったら、この準備室に血の雨が降るに違いない。
慰めになんてならない。待っているのは病院送りだ。
「あー珍しいですね、居眠りなんて」
「ああ…………、弁解の余地もない」
「いつも何時に起きてるんですか?」
「6時だ」
「家を出る時間は?」
「7時」
「朝、大変じゃないです?」
「苦労している。コーヒーを飲まなければ起きられないが、起きなければコーヒーを入れられない」
ああ、それで、と一人納得する。
起きてから出発まで、1時間もあるのに化粧ができない理由が、やっと腑に落ちる。
一人暮らしで苦労しているであろう茜に、朝のコーヒーを入れてあげたい、と総一郎は思った。
寝ぼけて迫られるなど、本望だ。湯たんぽ以外の役得が、そこにありそうだ。
夜明けのコーヒーを二人で飲もう、と言った古い歌があったなと、無関係にも思い出す。いや、あれは徹夜する歌だったか。
起きられないなら早く寝ればいいのに、と、至極まっとうな発想から疑問が浮かんだ。
「じゃあ、何時に寝てるんですか?」
「………………………………」
茜が口ごもった。
いつも無駄のない断定的な喋りの彼女が返答に困るなど、珍しいものだと片眉を上げる。
「……センセイ?」
「………………9時だ」
「は?」
くじ、と言っただろうか。小さすぎて聞き取れなかった。
いや、もしかして、にじ、かもしれない。
「にじ?」
さすがに9時ってことはないだろうと、淡い期待を胸に問い返す。
2時だったら、夜更かしを咎めなければ。大人に、茜に怒れる機会などめったにない。
うつむいた顔の、眉根を苦々しげに寄せながら言いにくそうに茜が口を開く。
「……21時。夜の9時。笑わないで欲しい、私はロングスリーパなんだ」
「ロングスリーパ?」
「一日に9時間以上の睡眠を必要とする体質だ。私はギリギリまで削って、9時間。それ以下だと日常生活に支障をきたす」
「へー、初めて聞きました」
いや決してぐうたらなどではない、と何も咎めてなどいないのに言い訳を始める。
相変わらず視線は、湯気の少なくなったコーヒーに落ちたままだ。
「ここ最近は7時間睡眠で過ごしてきた。やはり体調が思わしくない。授業に身が入らない」
「はぁ、体質なら無理しないほうがいいんじゃないですか?」
「…………ああ、今日からそうする」
今日から? と問い直した総一郎に、軽く肩をすくめて見せて茜が引き出しを開ける。
これ、と差し出された包みをおごそかに受け取る。
大きいものと、小さいもの。まるで舌きりすずめのように選択を迫られるのかと思ったが、両方とも総一郎のものらしかった。
すぐに開けていいものかためらって、茜の顔を見据えた。
いつもの無表情は、心なしか穏やかに見える。
眠いせいかもしれない。
「開けて、いい?」
「もちろん」
小さい方の包みを丁寧に開く。
チョコレートだった。丸いころころとしたトリュフが詰まっている。
「バレンタインのチョコレートなど初めて買った」
「そうなんですか?」
「ああ」
そうか、俺が初めての男か。
ひっそりとにやにやする。
「だがそっちはオマケだ」
じゃあこっちは、と大きいほうの包みを開ける。
黒い、マフラーだった。黒がベースだが時折毛糸の色が白や紺色に変わり、ストライプのような模様になっている。
手編みか? と感激しかけたが、タグがついていてあからさまにがっかりしてしまった。
その様子に気がついた茜が、言いにくそうに声を掛ける。
「…………手編みかと、からかわれたら申し訳ないと思って」
「は?」
「いや、正月に姉に、クリスマスを忘れていたと言ったら激怒されてな。編み棒を強引に手渡して、マフラーを編めと強要するんだ。今からやればバレンタインに間に合うから、と」
お姉さん、ぐっじょぶ!!
総一郎は会ったこともない茜の姉に再び感謝した。
「手編みなんて流行らないし、手編み風、に見えるようになんとか目をそろえて、まだ不安だったから偽装を加えた。そのタグは、私がつけた」
さすが筋金入りのマイナス思考だ。
そこまで心配しなくても、誰も他人のマフラーなんて気にしない、とは思うが、それで茜が安心できるならお安いものだ。
そんなに心配ごとが多くては夜も眠れないのではないか、と一瞬考えたが、毎日9時間も寝ているのなら大丈夫だろう。
「すっげー、うれしー。センセイ、ありがと」
マフラーに鼻を埋めて呟いた。
そうか、とほっとした声が聞こえた。
「そっか、それで寝不足?」
「恥ずかしながら、そうだ。張り切ってしまった」
「ごめん」
「いや、自己満足だ。君が、嬉しい、と言ってくれて報われた」
「大事にします」
「……ありがとう」
お礼を言うのは、こっちのほうなのに。
やっぱり茜はちょっとヘンだ。
ありがとう、といいながら、そんなに嬉しそうに笑うなんて。
含み笑いが止まらない。
残り少なくなった冬を、暖かく過ごせそうだ。
世界一幸せなバレンタインを過ごした男だ、と自負をする浅尾総一郎は、このマフラーを一生大事にしよう、と誓った。
ついでに抱えたキスというヒミツは、胸の奥の、奥の、奥のほうにそっと仕舞い込んで――――。
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