総一郎と茜_8月
初出スレ:初代630〜
属性:男子高校生と女性教師
ぱん、と乾いた音が響いて、頬がじんじんと熱く痺れた。
だけど頬よりももっと胸が痛んだ。
茜の胸はもっと痛いんだろうなと勝手に想像したら、どうしようもなく自分を嫌いになった。
*
夏休みはネックの英語を徹底的に、と家庭教師が宣言をした。
そのひとはもちろん、本職・教師である小笠原茜だ。
食事のお礼で単なる趣味だ、と彼女は言うが、やると言ったら徹底的に、がモットーであるかのように、激しく厳しく家庭教師を続けてくれている。
嬉しいような、苦しいような日々である。
もちろん補習授業もきちんとこなした上でのことだ。
恐ろしいほど勤勉な総一郎に、家族よりも自分が一番驚いている。
煩悩のたまものだ。
茜と一緒に過ごす口実が欲しい、ただそれだけの理由なのだ。
そもそも夏休みは教師も休みだと思っていた。だから補習がなければ毎日会えるんじゃないかと自分勝手に期待をした。
普通に週に何度かは出勤する、と聞かされていささかがっかりした。
2学期の準備の他になにするの、と尋ねれば、茜は「文化祭の準備とか?」と曖昧に返事をよこした。
とか、なんだろう。
要するに暇なのか。
「大変ですね」
「いや、そうでもない。職員室はなにせ涼しい」
大人の特権だ、とにやりと笑った。
生徒たちは暑苦しい教室でせっせと補習に励んでいるというのに、授業のない先生方は涼しい職員室でのんびりと一日を過ごすのか。
そりゃずるいな、と口を尖らすと、茜はますます楽しそうに喉の奥でくすくすと笑う。
「大丈夫、君の家庭教師は続行するから」
――受験生の因果は、やはりのうのうと甘い時間を過ごさせてはくれないらしい。
家庭教師、とは言っても茜も万能ではない。
たとえば彼女が苦手な古文などに丁寧な説明を求めても、解説を朗々と読んでくれるだけである。
今日はこれ、と課題を与えて見張りをしつつ採点をして、間違いは己で克服をしろ、という微妙な方針だが、一から十まで教えられては息苦しい。
解答を教えるのが教師で、勉強の方法を教えるのが家庭教師なのだ、と茜は言う。
たぶん、総一郎にはそれが合っているのだ。
1週間ぐらい前のことだった。
ネックの英語の成果はちゃんと出ていて、文法、構文、熟語は着々と目標をクリアしつつあるものの、どうしてもスペルミスがなくならない。
それなら、と重々しく頷いた茜の提案により、なぜか毎回単語の小テストを受ける羽目に陥った。
小テストなんて絶対に好きになれない。断固拒否をしたかった。
だけど教えてもらう立場の人間が、拒否などできるはずがない。
「じゃあ全問正解したら」
勉学は己のために励むもので、受験生の自分に付き合ってもらっているという自覚はあったけれど、ご褒美があれば頑張れそうな気がして、軽い気持ちで口にした。
「キス、していい? ……エロいやつ」
ちょっと目を見開いた茜が視線を落とし、その細い指を顎に当ててしばし沈黙した。
何を考えているんだろう。
断り文句か?
ぷる、と震える指の上でくるりと回ったシャープペンが、バランスを崩してノートの上に落ちる。
茜は、それを追っていた瞳を軽く伏せて、ほう、と息を吐いた。
「いいだろう。ただし、夏休み限定だ」
絶対に、夏休み中に全問正解してみせる。
平和主義の総一郎の胸に、珍しく闘志が燃え上がった。
煩悩に向かってまっしぐら、自宅でも単語帳を片手にする総一郎に、母親が病気かと言いだすほどだった。
その約束から1週間が経過した。
今やすっかり通例となった単語の小テストは、現在解答確認中だ。
さらさらとペンが走る音が小気味いい。
小テストとは、丸が多ければなかなかどうして楽しいものである。
とくに、まる、と流れるさららという音に快感すら覚えるこの頃。
実を言えば今日の手ごたえは、微妙に足りていなかった。
いつも自信満々で茜にノートを差し出すのに、必ず、さら、とバツの音がする。
過剰な自信は昨日から捨てた。
だけど、今日は、まださら、という音が聞こえない。
もしかするともしかすると、ひょっとするんじゃないか。
総一郎の胸はどきどきと早鐘を打った。
かたん、と置かれたペンが、投げ出すような音をたてて、投げ出した主は複雑な感情のこもった深い深いためいきを吐いた。
「――満点だ」
煩悩ってホントすげぇな。
呑気にそんなことを思うのだった。
ペンを投げ出したその手を額に当てて、両の瞳をぎゅっと閉じた茜をそっと呼ぶ。
「…………センセイ?」
「ん」
「約束」
「いい、何も言うな」
そんなに苦悩を露にされると、物凄く傷付く。
茜は自分とのキスがそんなに嫌なのだろうか。
試しに身体をずる、と引きずって、距離をつめてみる。
案の定茜は身を引いて、たった今総一郎がつめた距離の半分ほどを後ずさった。
「嫌なの?」
「そうじゃない」
「じゃあなに」
「べつに」
べつになら、と更に距離をつめる。
このひとに任せておいたら話が進まなそうだ。
「こっち、向いてください」
しぶしぶ、といった様子で身体の向きを変えた、茜の両肩に手を置いた。
緊張してきた。茜が妙な反応を見せるせいだ。
うつむき加減の顎に指を添えて、そっと仰がせる。
びく、と片手の乗ったままの肩が震えた。
「なんですか。そんなヘンな反応して」
「……迫られると逃げたくなる心理だ」
「センセイってちょう天邪鬼」
「そうだとも」
「じゃあ約束なしにする?」
「…………それは、信頼関係にひびをいれそうだ」
「確実に入ります。地球が割れるぐらい大きなひびが」
む、と呻って茜が押し黙った。
その隙に、盗むようにくちびるを重ねる。
触れてしまえば、もう止まらなかった。
薄く開いたくちびるから舌を割り入れ、熱い茜のそれに絡ませる。
あの実技を何度も思い出して反芻をしたのだ。
事前シュミレーションはばっちりだ。
ただ、予想以上に、心臓が高鳴りすぎて、息苦しくて、身体が熱い。
「…………ッ、んん……」
塞いだくちびるから切なげな声が漏れ聞こえて、ますます興奮を強くする。
もっと貪りたくて、浮かれた頭でも自覚できるほどみっともなく舌を蠢かす。
茜が、実践して見せたようなエロいキスではない。
余裕がなくて、意地汚くて、何も生み出さない、ぶつけるだけのキスだった。
だらしなく漏れた唾液はとても色気がなく、なんか違うと思った瞬間に腕の中で茜が耐えかねたように身を捩る。
だけど、意識とは別の意思を持った総一郎の身体は、茜の細い身体から離れてはくれず、
それどころか気がつくと肩に置いた手に力を込めて、床へと押し倒していた。
ごん、と鈍い音が片耳に届いた。
重なったくちびるの下で、茜が息をのむ。
痛かったらしい、と理解はしたものの、勢いのついた青少年の欲望は止まらない。
「んぅッ!」
茜が、珍しく大声を出している。
だけど塞がれた口から漏れるのははくぐもった悲鳴のみで、抑止剤になりはしない。
力をこめて総一郎の胸を押し返す細い腕が邪魔くさくて、仕方なく顔を上げた。
乱れた呼吸が、お互いの顔の間で混じり合う。
長い黒髪が床に散らばっていた。
そんなものにも、興奮をした。
起こそうとした身体の、片手ずつを交互に攫って、顔の横に縫いとめた。
茜の顔色がさっと変わる。
「あ、浅尾、」
くちびるを再び寄せると、すっと顔を逸らされた。
仕方なく、白い頬に口づける。
ちゅ、湿った音をたててくちびるを離して、本能のままくびすじをぺろりと舐めた。
「んっ」
ぴくり、と組み敷いた身体が揺れた。
「待て、話せば判る!」
どういった犯人を説得しようとしているのだ。
まだ茜は余裕だ。ジョークを言っている。
自分を、からかっている。
そう思ったら、どうにも悔しくなった。
自宅でしか見られないスカートを履いた下肢が、蹴り上げようと暴れる気配を察した。
また蹴られては堪らない。
細い腰の上に跨って、体重を乗せた。
茜は、押さえつけられた両手にもぐっと力を込めて、顔を目一杯反らして総一郎を拒否している。
嵌めたままの眼鏡が危ない、どこか冷静な自分がそう思ったけれど、どうにもできないまま顎に舌を這わせた。
また、茜の全身が震える。
「浅尾、嫌だ……ッ!」
そうは言っても押しに弱いこのひとのことだ、このまま続ければなし崩しに望んでいた肉体関係に持ち込めるのではないか。
耳を舐めながら、そんな卑怯なことを考えた。
「いやだ、放してくれ。……んっ、お願いだから……」
茜が放してほしいと思うのと同じぐらい強く、自分は茜に触れたいと切望してる。
知らないとは言わせない。
散々にアピールをしてきたのだから。
手をつないだ。
抱きしめた。
キスをした、エロいキスも。
順調にステップは踏んできたはずなのに、待てども待てども気配の見えてこないその先に、脅えていた。
茜が何を考えているのかあと一つピンとこなくて、からかわれているんじゃないか、考えたくないけれど、もしかして、弄ばれているんじゃないかと、実は脅えていた。
否定しないで欲しい。
受け入れて欲しい。
こんなにも何かを欲しいと強烈に願った記憶は、覚えている限りこれが初めてだ。
「センセイ……俺、もう無理」
くちびるを放して、じっと茜を見つめる。
眉根をきつく寄せて総一郎を睨み返す瞳が、少し潤んでいた。
その意味を察することなく、自身が高ぶる。
ぴんと張って揺るがない、といつも思っていた身体は、予想以上に容易く倒れてしまった。
こんな、簡単なことだったのだ。
もっと早くに、実行に移せばよかった。
待っていては何も変わらない。
うっかり愛の告白をしてしまったように、うっかり触れてしまえばいいのだ。
なんてシンプルなんだろう。
せっかくこっちを向いたのだから、と貪るようにまたくちびるを重ねる。
唐突に呼吸を奪われた茜が、逃れようと首を振る。
だけどその顔を捕らえたままに、そっと絡めた利き手を離して服の上から胸に触れた。
初めて触れるその柔らかさに、蜘蛛の糸のような細さを残していた理性がぷつんと切れる。
ぐ、と思わず力がこもる。
「……っ、い、たい!」
暴れて身を捩りながらずり上げた細い身体を追った。
逃がさない、とくちびるを寄せた瞬間に、ぱん、と乾いた音が響いて、頬がじんじんと熱く痺れた。
殴られた、と理解するには少々の時間を要した。
その隙に、ゆるんだ手の下から茜がずるりと身を引き起こす。
総一郎から充分に距離をとって、自分の洋服の胸のあたりを握り締めて乱れた息を整える。
「……ってー」
頬が熱かった。
息が苦しくて胸が痛くて、緩みかけた涙腺をぐっと引きしめた。
「せ、性交渉は合意のもと行うべきだ」
全くその通りだが、釈然としない。
大人のくせに、部屋に男を連れ込んでおいてそんな純情ぶったことを言われても納得できない。
「……その合意は、いつ得られるんですか」
「二ヶ月後」
「は?」
「君の、誕生日」
意味が判らなくて、茜をじっと見つめ返す。
プレゼントは私、なんて言い出すひとではないはずだ。
「……18歳未満の青少年との性交渉は淫行条例に引っ掛かる」
「はぁ?」
今時、誰がそんなものを守っているというのだ。
同級生の中には、小学生の頃に童貞を捨てたと公言する者もいる。
笑いそうになったが、大真面目な茜の顔にそれは引っ込んだ。
「私は一応教職者だ。犯罪は、起こせない。
君が教え子だという事実は一生変わらないが、年齢は、時が過ぎれば超えられる」
急に、バレンタインの時にもらったあのマフラーが思い出された。
あのタグと同じなのだ、とぴんときた。
茜にとって総一郎の年齢は苦悩の種なのだ。
結局、自分が悪いのだ。
まだたった17でしかない、自分が。
とても、茜と釣り合わない、自分が。
現実を突きつけられた気がして、泣きたくなった。
「浅尾。これは私のエゴだと自覚している。その、悪者にならずに済むなら、その道を選びたいんだ」
間違えるのが怖くて、道を踏み外したくなくて、考えすぎてしまって。
自制が強く働きすぎて踏み出せないと以前に言われたことがあった。
最悪のパターンを常に予測して、逃げ道だけは絶対に残して、ずるいやり方だけど、と。
「その、浅尾の同意が得られないなら、君が卒業するまで待つが、」
そっちか。
同意が得られないなら今日でも、と言い出さないところが実に茜らしいではないか。
「待てません。18でいいです」
「……そうか。あの、申し訳ないが、付き合ってもらえるか?」
いつも揺るぎないくせに、口ごもって、言い淀んで、総一郎をじっと不安げ見つめ返す茜を、ほんとうにずるいと思った。
そんな顔をされたら、頷くしかないではないか。
こっくりと深く首を振った総一郎に、茜は眼を細めてありがとう、と小さく言った。
「聞いていい?」
「なんだ?」
「エロいキスしたの、なんで?」
「……あー……、君に、欲情をした」
よくじょう。
とっさに漢字変換ができなくて眉をひそめた。
欲情。
無欲で仙人のように達観している、と思っていた茜にも、本当に欲求があったらしい。
同時に、少しだけ悔しくなる。
「自分だけしたいときにして。理不尽だ」
「全くその通りだ。だからあれ以来、極力君に触れないよう努めてきた。実はその前から私から触れないようには努力していたんだが」
言われてみればそんなような気がする。
そのことを不満に思っていた時期もあったはずだが、総一郎から手を伸ばす分には嫌がられないからすっかりそんなことは忘れてしまっていた。
「じゃあなんで、ご褒美のキスにオッケーしたんですか」
「…………言ったら君が怒りそうだから、言えない」
そんなずるい問答はないだろう。
「怒りません」
こう言うしかないじゃないか。
「絶対?」
「うん」
「よし。……えー……1、満点取る確率は半々だと思っていた」
ぴ、と人差し指を立てて、茜が淡々と告げる。
半々か。いい読みだ。
今日満点が取れたのも、たぶん偶然だ。
つづいて茜が、もうひとつ指を立てた。ピースサインのように。
「2、勉強に張り合いが出たらいいかと考えた」
うん、確かに張り合いは出た。
今までにないくらい真剣に、英単語を覚えようと努力した。
こんなにも英語と向き合ったのは、生まれて初めてだ。
また指を立てながら、さん、とはっきりと発音した後、総一郎を見据えたまま茜が口ごもった。
「さん……?」
「実は私がしたかった」
言ったあとに、顔を俯かせてしまった細い身体を、抱きしめたくなってなんとか思いとどまった。
さっきの今で、それはないだろう。そんなことをしたら、もう一度殴られるに違いない。
「呆れただろう?」
「呆れて、ない。嬉しいです……」
三つの指が立ったその手がゆっくりと開いて、総一郎の頬を撫でた。
「……痛むか? すまない、手加減できなかった」
あの状況で手加減されたら、もっと自分は傷ついていた。
マイナス思考で不安だらけの彼女の心中など何も察することなく、ただ茜に甘えていた自分を、思いっきり殴ってもらえてほんとうに良かった。
確かに頬は痛い。
だけど頬よりももっと胸が痛んだ。
茜の胸はもっと痛いんだろうなと勝手に想像したら、どうしようもなく自分を嫌いになった。
じん、と痺れた頬を摩る白い手が、小刻みに震えていた。
「…………ごめん、」
「違う、浅尾は悪くない。後回しにせずちゃんと話しておけばよかったんだ」
「でも」
震えてる、と掠れた声で告げて、そっとその手を握り締めた。
ああ、と茜がくちびるを歪めた。
「身体が期待をした。本能は正直だ。私の鉄の理性を褒めてくれないか」
出来たらその理性をどこかに捨ててきて欲しい、と心から願ったが、そのジョークに深く追求はしないでおく。
うん、と神妙に頷いた総一郎の額を、茜のひんやりとした手がそっと撫でた。
「ごめん。許してほしい」
そっと首を振る。
許してもらうのは自分のほうなのに。
形のいい指が前髪をかきあげて、顔を覗き込んでまっすぐに視線をぶつけた後に、にこりと笑った。
せっかくの笑顔だったのに、全然心は躍らなかった。
今まで見た中で、一番好きじゃない笑顔だった。
胸が締め付けられる、とはこのことか。
「仲直り、しよう」
「うん……えと、俺……ごめんなさい」
「じゃあ一つだけ。腕力にものを言わせてはいけない。基礎体力が違うのだから」
まったくその通りだ。
物心ついてからは、弟妹との喧嘩にだって本気を出したことはなかった。
押さえつけたら絶対に自分が有利で、力を込めたら痛い、と知っていたはずなのに。
甘い香りのする華奢な身体を抱きしめるたびに、折れそうで怖い、と感じていたはずなのに。
自分が何をしたのか、理解をして赤くなった頬がますます痺れた。
セックスはしたい。だけど、ただしたいわけじゃない。
茜の丸ごと全部が欲しくて、彼女に自分を全部認めてもらいたいのだ。
その茜に、塞いだくちびるの下から何度も嫌だと言われたのに。
17の自分では受けれられない、と茜が言うならどうにもできないのに。
「…………はい」
「覚えててくれればいい。頼んだ」
「うん」
くしゃり、と前髪をなでられた。
くすぐったくて心地よかったけれど、心はまだ晴れない。
「気分転換だ。コーヒーを飲もうか」
「……俺に、淹れさせて」
茜がその両眼をぱちくりと瞬かせた。
軽く頷いた後にふわりと笑いながら立ちあがった。
「おいで」
握ったままの手をぐいと引いて、総一郎を立ち上がらせてくれた。
手をひかれてたどり着いたキッチンで、茜がコーヒーの豆の在り処から淹れ方までを教えてくれた。
三回目、ケトルのお湯を注いで、芳香に包まれながらの沈黙が息苦しくなって口を開く。
「あの」
「なんだ?」
「二ヶ月後って、泊まらせてくれるの?」
ケトルを握る手に、ぐっと力が籠る。
現金にも訪ねた問いに、茜がこちらを見ないまま頷いた。
もちろん、とくちびるがゆっくりと動く。
「…………じゃあ、そんときの朝のコーヒーも、淹れさせて」
「あー……最後まで抽出すると渋みが出るから、量が入ったら途中でもドリッパを離すこと」
実験の時のように淀みなく解説をしながら、ドリッパを引き上た。
サーバに蓋をかぶせて、氷をたっぷりと詰めたマグに注ぎいれながら、小さな、小さな声で茜がつぶやいた。
「…………楽しみに、してる」
「楽しみに、してて」
ぱきん、と氷の割れる音が、胸につんと響いた。
早く二ヶ月が過ぎればいい、と切実に願った。
早く、茜に相応しい自分になりたかった。
とりあえず年齢だけでもいいから、早く。
実はあの言い淀んだ「さん」には続きがあって、「4.君が判り易く苦悩をあらわに身悶えている様子に一種の悦楽を覚えていた」と聞かされたのは、
二ヶ月後からさらに半年ほど後の、総一郎が高校生という肩書を捨ててもう一つ彼女に追いついたと実感したころの話である。
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