総一郎と茜 四度目の9月

初出スレ:3代目584〜

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「それ、やめてもらえませんか」
 たっぷりと時間を掛けて脱がせた総一郎のシャツと、自分で脱ぎ捨てた複雑な形のセーターを軽く畳む茜に声を掛けた。
 当の本人は、む、と低く唸ったが作業を最後まで終えてからゆっくりと振り返る。
「それ、とは?」
「そうやって、冷静に服を畳むの」
「しわになっては申し訳ないと思って」
 茜はいつもこうだ。
 どんなに激しいキスをして息を乱していても、服を脱いだらそれらを簡単に畳む。
 さすがに下着までは畳まないけれど、ぽいと投げ捨てて求め合う、なんてことは滅多にない。

 自分だけいつも盛り上がっているような、そんな気すらする。

「急に冷静になられると、虚しいです」
「うん、そうなんだが、その、終わって我に返ったときに丸まった服を見ると、背徳というか、不道徳感というか、罪悪というか、そういったものを覚える」
「イケナイことしてる気がする?」
「うん」
「悪いことなんですか?」
「悪くは、ない、と思う。……そうだな、君が嫌だと言うのなら今後気をつけよう」
 どうも、お願いします、と軽く頭を下げた総一郎に、茜はふわりと笑いかけた。

「相互理解を深めるためにも、話し合いは必要だな。うん。他になにか要望はないか? ついでに聞こうじゃないか」
 別におっぱじめた今じゃなくてもいいじゃないか、とふと思ったが、せっかくの機会なので乗ることにする。
 ずっと、ずっと密かに抱えていた望みが、実はあるのだ。
「何でもいいんですか?」
「ああ」
「主導権を、ください」

 沈黙を保ったまま茜は、眉根を寄せて嫌そうな顔をした。
 何でもいい、と言ったくせにこれは駄目なのか。
「浅尾よ」
「はい」
「主導権とは譲られるものではなく、己で勝ち取って手にすべきだと思わないか」
「勝てないからお願いしているんですけど」
「なるほど」
 重々しく頷いて、白い指できれいな顎を撫でる。
 総一郎は今更ながら緊張をした。何を考えているのか、茜の表情からまったく読み取れないせいだ。
 嫌なら嫌と、だめならだめとはっきり言えばいいのに、これは一種の焦らしプレイなのか。
 背中が冷や汗を伝い始めたころ、彼女の眼鏡の奥で茶色い瞳が数回瞬かれたのち、ほう、と息が漏れた。

「判った、その要求を飲もう」
「え、ほんと?」
「ああ。具体的にどうすればいい?」
「じゃあ。……手、出さないでください」
「む」
「スタートね。はい、目、閉じて」
 茜は何か言いたげに総一郎を見つめたが、結局何も言わずにゆっくりと目を閉じた。

 両手を伸ばして、銀のフレームに触れる。
 ぴくり、と肩が揺れたが頓着せずに、奪い取って枕元に置いた。
 肩を抱いて、くちびるを重ねる。
 まだ舌は差し入れずに、触れるだけのキスを何度も交わす。
 茜が、総一郎を捕らえたそうにくちびるを薄く開くがその誘いには応じない。今日はこちらのペースでやらせてもらう日なのだから。



 背後に回って、後ろから二の腕ごと細い身体を抱きしめる。
 シャンプーの香りがする。
 今日は、風呂上りに寝間着ではなく洋服を着ようと提案があった。自分もそうするから、と。
 よっぽどじゃないと風呂に入らないとしたくないが、いつも寝間着では飽きが来る。それだけだ。単純な解決方法だ。
 今日は彼女もやる気満々なんだから、多少のことでは断られない。そのはずだ。

 くびすじから肩に落ちる黒髪を掬い取って、後ろくびに引っ掛けた。すっとしたきれいなくびのラインが露わになる。
 くすぐったそうにすくめたそのうなじに、湿った吐息とともにくちびるを押し付けた。
「浅尾……くすぐったい」
 喉の奥で笑いながら、茜が身を震わす。その様子はとてもとても余裕たっぷりだ。

 見てろよ、と意地悪く思う。
 服の上から、胸のふくらみにそっと触れる。
 茜の身体が少しだけ強張った。緊張をほぐすように柔らかく触れる。もちろん、逆効果を狙ってのことだ。
 後ろから、ブラウスのボタンを3つ目まで外す。上から覗くのはまた趣が違っていい。

 ぼんやりとその様子を見つめる茜の耳元で、低く囁いた。
「まだ目、閉じてて」
 再びゆっくりと瞳を閉じる様子を確認して、ジーンズのポケットからハンカチを取り出す。
 一度三角に折り畳んだそれをまた折り曲げて、幅を調節する。
 そのまま、茜の閉じた眼の上にかぶせて、髪を絡ませないよう注意しながら後頭部で結び目を作った。

「浅尾?」
「目隠しプレイ。結局やってないから」
「…………」
 押し黙ったのを好意的に捉えて、顎を軽く持ち上げてくちびるを塞いだ。
 触れた瞬間に、大げさに茜の肩が震えた。
 それどころか、肩に手を置いただけで、くちびるを軽く舐めただけで面白いほどびくびくと身を震わす。
 舌を絡ませあっても、いつもの迫力はなく、ただ自分の胸元をかき抱いて肩をすくめるのだ。

 不審を抱いてくちびるを離す。
 普段よりもずいぶん短いキスなのに、茜の息は不自然なほどすっかり上がってしまっていた。
 ゆるゆると首を振りながら、肩で息をしながら懸命に口を開く。
「あ、浅尾……」
「センセイ?」
「だめだ、浅尾……だめなんだ」
「なにが?」
 耳元で意地悪く息を吹きかけながら囁く。
 また、細い肩が大げさに揺れた。
「……ッ、な、なくしたく、ない」
「なにを?」
「自分を。……だから、こんなのはだめだ」
「どっかいっちゃいそうなの?」
「そうだ」
 ふぅんと呟いて、そのまま小さな耳をぱくりと口に含んだ。
「あっ……んん!」
 高い声が漏れて、慌てて茜がくちびるの上に拳を作った。
 構わずに耳を丁寧に舌でなぞる。
 総一郎から逃れるように、だんだんと前のめりに倒れていく茜の腹に手を回して引き寄せた。
 ついでに細い手首を握って、くちびるから拳を引き離す。
 くびすじに歯を甘く立てて舐め上げた。これは茜の得意技だ。
「あ、さおっ! んんっ」
「……センセイ、感じすぎ」
「ちがう、あっ」
 首もとに音を立てて吸い付いた。
 顎の下をちろちろとくすぐるように舌でなぞる。
 茜は息を乱しながら総一郎に応える。その乱れた吐息は、いかにも堪えられなくて漏れてしまった、というようで、大いに総一郎を満足させた。



 物凄く楽しくなってきた。
 総一郎の愛撫一つ一つに、あの茜が敏感に反応を示す。
 幼いころ妹を虐めて楽しんでいたアレによく似ているな、と、なんとなく思った。
 そうか、こうやってドSが形成されていくのか。
 だとしたら茜を増長させたのはもしかして、素直に反応や反抗をしてみせてきた自分かもしれない。
 ここらで一発逆転を狙わないと、と誓う。せっかく二人ともやる気満々なのだから。

 くちびるの端にキスを落とす。
 肝心のくちびるには一瞬だけ掠めるように触れて、すぐに反対側の耳へと移動させる。
 ふう、と息を吹きかけ期待を高めて、だけどそこへは触れずにブラウスの上から肩へ口付けた。
 絶えかねたように、茜が声を搾り出す。
「…………浅尾……どこで覚えてきたんだ」
「センセイしかいないでしょ」
「わ、私はこんなに、焦らしたりしない……」
 いつも焦らしたい放題に散々とやってくれるのに、どの口がそれをのたまうのか。
 だけど切羽詰ったような茜の声音が嬉しくて、ついうきうきと押し倒したくなる本能をぐっと押さえつけて、耳元へくちびるを寄せる。
「焦れてるの?」
「っ! ちが……」
 違うんだ、と低く呟いて、くつろげた胸元から手を差し入れた。
 下着の上からそっとふくらみを片手に収める。
「いやだ、まって……んんっ」
 喋らせると面白くないことになりそうだから、さっさとくちびるを塞ぐ。

 だめだいやだ、という割には、茜の身体はもう熱く汗ばんでいて、絡めた舌も浮かされたように蠢くし、どこに彼女の本音があるのか判らない。
 でも本当に嫌なら、自分で目隠しを外せばいいのだ。
 片手はまだ開いているし、総一郎が掴んでいる手も本当にゆるく握っているだけでしかないのだから、軽く振りほどけるはずだ。
 腕力で押さえつけるようなことはしていない。
 だから、このまま続けても怒られない、と総一郎は確信した。

 噂に聞いた、目隠しは燃える、という話は本当らしい。
 燃えすぎて理性的な茜はどこかへ行ってしまったみたいだ。
 姿かたちは確かに茜のものなのに、別の誰かを抱いているような錯覚に陥った。

 ブラウスのボタンをすべて外して、肩から滑らせる。
 手首に袖が絡んだまま、むき出しになった肩へ、背中へと舌を這わせた。
 整った形の肩甲骨。潔くまっすぐ伸びた背骨のライン。丁寧にくちびると舌を滑らせて、時々痕を残すようにきつく吸い付く。
 くびすじは怒られるけれど、ここなら人に見えないし問題ないはずだ。
「ん……っ、いや、だ……あっ」
 聞こえないフリをして、すっかり慣れた手つきで白い下着のホックをぷちんと外す。
 それだけでまた、茜の身体が大きく震えた。

 外気に触れたばかりのラインにもくちびるを落とす。
 腕からするりと肩ひもとブラウスを抜き取り、ふと思いついてそのブラウスを後ろにまとめた細い両の手首に巻きつけた。
 ゆるく結び目を作りながら、二の腕もぺろぺろと犬のように舐める。茜は、その舌に夢中になっているようだった。



 うわごとのように浅尾、と高い声が繰り返す。
 なに、と答えてくちびるを重ねれば、聞いたことのないねだるようなトーンで茜が言う。
「浅尾……あつい……ん……」
「下も脱ぐ?」
「…………う、ん……」
 黒のズボンのボタンを外す。ファスナーも下げて、手を滑り込ませて剥ぎ取った。
 脱がすのは楽しい。茜のお誘いに乗って服を着て、ほんとうによかった。

 そのまま、ベッドの足元へと茜を追い詰める。
 背中と壁の間にクッションを挟みこませて、ぶつけないように後頭部へ軽く手を回して、剥き出しの丸い肩を壁に押し付けた。

 すごく、いけないことをしている気分だ。
 目隠しと拘束の女教師。
 どこのエロ本だ、と自分に突っ込みを入れる。
 しかしよく出来たエロ本だ。
 燃え上がりすぎて、自分もどこかへ行ってしまいそうだった。

「足、開いて」
 さすがに調子に乗りすぎかなと身構えたが、意外すぎる程意外にもそろそろと立てた膝を開いていく。
 その間に身を置いて、くちびるを塞いだ。
 刺激を感じてとっさに閉じた膝が総一郎の身体を挟む。
「む……ん、ふっ…あ」
 もう茜のくちびるから言葉は漏れてこない。溢れるのは意味をなさない音ばかり。

 また丁寧にくびすじを舌で撫でて、柔らかな乳房の感触を楽しむ。
 固く立ち上がった頂きを口に含んで、ちゅうと吸いあげた。
「あっ! ん、ふ……んん!」
 もう片方は指で軽くつまんで刺激を与える。
 壁に預けた背を弓なりにそらしながら、茜はくびを左右に振る。
 ほんの少しだけウェーブを描く黒髪が、そのくびに汗で張り付いていた。

 下肢に手を伸ばせば、そこはもうどろどろに熱く溶けていた。
 まるで水でもこぼしたかのように、たっぷりと蜜を溢れさせて、白い身体から染み出した汗と一緒になってシーツをぐっしょりと濡らしていた。

 センセイ、ほんとうに感じすぎです。

 口には出さずに、そっと蕾からくちを離す。
「んっ……?」
 名残惜しそうな息が漏れる。
 身を屈めて、膝の横にくちづける。それだけでまた、茜の口から嬌声が漏れた。
 そこから太股の内側にも、時折痕を残しながら丁寧に舐めていく。
 がくがくと震えた膝が閉じそうになるのをてのひらで防いだ。
 足の付け根にも吸い付いた。
 ほのかな石鹸の香りに交じって、茜の香りが鼻孔に入り込む。
 いつもの香水やシャンプーじゃなくて、茜自身の香りだ。

 ふうと茂みに息を吹きかけると、高い声と共に細い腰が震えた。
 だけどそこには触れずに、反対側の付け根に歯をあてる。
「んっ! あ、あ……」
 逆の太股も、先程と同じように舐めていく。
 膝をますます小刻みに震わせた茜が、腰をくねらせた。



「あ、浅尾……! やだ、も、やだ……っ」
「なに?」
「……いやだ、いや……」
「なにが?」
 総一郎が言葉を発するたびに、吐息が秘部へと吹きかかる。その刺激に、また茜が追い詰められて首を振る。
「センセイ? ちゃんと言ってくれなきゃ、俺わかんないよ?」
 ふと見つめた蜜壷が、ぴくぴくと収縮を繰り返して総一郎を誘っている。
 今すぐにでも自身を埋め込みたい衝動に駆られたが、唾を飲んでぐっと押さえつけた。

 まずは、茜だ。
 彼女を陥落させなければ。

 太股の内側に吸い付いた。茜の肌は柔らかくてほんとうに気持ちがいい。
「あぁっ! そこ、じゃない……っ、ん、……さわ、って……」
 消え入りそうな声だった。
 だけど、確かに言った、触れて欲しい、と。

 すでにべとべとの花芯に吸い付いた。
 唾液を溜めて、暑く火照った舌で舐めあげる。
「ああっ、くっ……んん! やだ、やだやだ、もう……っ!」
 もう、なんだ? もう、辞めてほしい?
 片耳で泣きそうな悲鳴を聞きながら、聞き返す余裕もなく本能のままに一番反応を示す尖りに吸い付いて、執拗に舐めあげた。
「いく……やだ、い、く……っ!」
 イク? イクって言った、今?
「いやだ、やだ、ん、あ……いく、やだぁ!」
 
 とっさに何故か指を差し入れた。
 その瞬間、盛大に茜の背が逸れて、両のつま先がぴんと突っ張った。
 中指の第二間接が、ぎゅっと締め付けられて、ああ、イっちゃったんだ、とぼんやり思った。
 余韻を煽るようにぐるりとそれを回すと、さらに高い声が漏れて茜の腰が引けた。
「や……っ! も、抜いて……」
 さすがに少し可哀想になってきて、名残惜しそうに総一郎の中指を締め付けるそこから、大人しく指を引き抜く。

 はぁはぁ、と荒い呼吸を繰り返しながら、浅尾、と力なく呼ぶ茜にくちづけた。
 信じられないほど従順に総一郎の舌に応えながら、茜が余韻の残った溶けるような音を漏らす。
 そっと汗ばむ肩を撫でた。
 逃れるようにその肩を引いて、かと思えばくちびるをぶつけるように顔を押し付けて、総一郎を求めた。

 センセイ、どうしちゃったんだろう。

 追い詰めたのは自分だ。間違いなく。
 どうにかなってしまった茜を見てみたくて、やっと手に入れた主導権が嬉しくて、必要以上に焦らして、求めて欲しくて、言わせた。
 もしかして怒っているのかもしれない。後で酷い目にあわされるかもしれない。
 その前兆として、こんなにも大人しくなってしまっているのかも。
 ハンカチが邪魔をして、表情が読み取れなくて余計に不安になる。

「あさ、お」

 ため息まじりに呼ばれたその声音に、下肢がびくりと震えた。
 そういえば自分は服を着たままだった、と慌てて脱ぎ捨てようとしたその顎の下に、茜のくちびるが触れる。
 


 止まりかけた動きを必死に再開させて、もどかしく衣服を脱ぎ捨てた。
 茜の背を撫でたら、ぴくり、と震えたものの、一度達した余裕からか、つっと優雅に舌で胸を撫でながら総一郎の右の乳首にたどり着いて、吸い上げた。
「ちょっ!」
 抗議虚しく、ぺろりと舐められて肩が震える。
 ぎゅっと閉じた瞳を一瞬空けて、目に飛び込んだ茜の、ブラウスが複雑に絡まった手首にドキリとした。
 どきどきしている間に、茜が舌を突き出して時折吸い付きながら、腹をたどる。

 ちくしょう、まだこんな技を持っていたのか。

 突き出された赤い舌に、必要以上に欲情しながらそんな毒を吐く。
 
 ぱくりと自身を咥えられて腰が引けた。
 両手が不自由でもその舌技は確かで、興奮の絶頂にいた総一郎は不意の刺激に身を震わす。
 見えないはずなのにそれを感じ取ったかのように茜は、更に彼を煽るべく喉の奥でちゅうと吸い上げた。
 口腔に誘い込まれたまま舌をうごめかされて、しかも両手が使えない茜の姿に欲情して、総一郎の口元からも悩ましげな吐息が漏れる。

 射精感がどうしようもなく高まって、茜の肩を抱いて起き上がらせた。

「センセイ」

 小首を軽く傾けて、戸惑い気味の茜にくちびるを重ねた。
 ヘンな味だ、と思ってすぐに、自分のか、と思い至る。

 情熱的なキスを交わしながら、両腕のブラウスと後頭部の結び目を解いた。
 顔を見るのがちょっと怖くて、そのまま背中を抱きながらそっと押し倒してキスを続ける。
 大人しく倒された茜の両腕が、総一郎の首に回ってぎゅっと抱きついた。
 このまま入れてしまいたくなる衝動をなんとか抑えて、身体を起こす。
 うなじに絡んでいた茜の腕が、胸元を滑ってベッドに落ちた。

 最短記録を軽く更新できそうな勢いで避妊具を取り付けて、茜に覆いかぶさる。
 頬を撫でて、キスを交わす。
 片手で額をなでながら、もう一方の手で柔らかで大好きな胸の感触を楽しむ。
 重なったくちびるの下から、くぐもった呻るような短い悲鳴が聞こえた。

「…………ん……もう、いやだ、苦しい……」
 キスの合間に、かすれた声が聞こえてきた。驚いて顔を上げる。
 目に涙をためた茜が、苦しげに眉根を寄せてじっと総一郎を見つめ返している。
 泣いてる。
 泣かせてしまった。
 やっぱりやりすぎたか。
 
「ごめん……もうやめる?」
 正直に言えば止めたくはなかったけれど、茜を泣かせてまで続けたくはない。
 苦しい、と訴えるぐらいだから、よっぽど限界なんだろう。
 だけど腕の中の茜は、ゆるゆるとくびを左右に振る。

「やめない、で…………い、入れて、ほしい……」

 今日は本当に、どうしてしまったのだろう。
 天邪鬼が余りに素直すぎる。
 喜びを通り越して驚きと疑いが渦巻く。
 何か罠があるんじゃないか、と思わず泣き濡れた瞳を覗きこんだ。
「……っ、も…いやだ……はやく、ほしい……」
 ぐいと総一郎を引き寄せて、茜が奪うようにくちづけてくる。
 ああ、もう冷静でなんていられない。




 
「ああっ!」
 前触れもなく挿入を果たす。
 茜の身体が弓なりにそれて、白い手が総一郎の腕を掴む。
「んん! いや……あっ、ああッ!」
 総一郎が身体をぶつけるたびに、普段より数倍大きな悲鳴が漏れる。
 いつも気にしている隣の人はいいのかな、とふと思ったが、どうにかする余裕もなく腰を揺らし続ける。
 なけなしの理性をすべてほうり捨てて、従順な天邪鬼の身体を貪った。
 堪えていた絶頂は、すぐ間近に迫っている。



 総一郎が果てると同時にぐったりと気を失うように目を閉じた茜は、彼がすっかり後始末を終えてしまっても起き上がってこなかった。
「センセイ」
 肩を揺らしても反応を見せなくて不安になる。
 規則的に聞こえる穏やかな吐息に、なんともないといいけど、と祈りつつ、後ろめたさを覚えながら下肢を開かせてティッシュでぬぐった。
 普段ならこんなこと絶対にさせてもらえない。
 だけど全身から力の抜けた茜が、目を開く気配はやっぱりない。
 とりあえず布団をかぶせて、そっとしておくことにする。

 あくびが出た。
 茜はこのまま寝てしまうのだろうか。
 だったら自分も一緒に寝てしまおうと、ベッドにもぐりこんで裸体を抱きしめた。
 茜はもぞもぞと身体を滑らせたが、何か言う気配も起きる気配もない。
 規則正しい寝息のみが聞こえる。
 やっぱり眠ってしまっているようだ。

 柔らかい髪に鼻を埋める。シャンプーの香りがする。
 そういえば二人ともたくさん汗をかいたけれど、シャワーを浴びにいく気力もない。
 怒られた場合の言い訳も考えなくてはいけない気がするがまぶたが重い。
 起きたら色々考えよう。
 ぬくもりを分け合うようにもう少しだけ強く抱きしめて、総一郎は寝息を重ねた。





 くしゃみが漏れて目が覚めた。周りが明るい。
 夜中に目が覚めたら何か羽織ろうと思っていたのに、ノンストップの睡眠で朝を迎えてしまったようだ。
 腕の中の茜も、まだ何も身に付けずに眠っている。
 茜の頭を乗せていた二の腕がしびれていた。
 そっと引き抜いて、布団から這い出した。
 寒い。

 ベッドから下ろした足元に転がっている、くるくるに丸まってしわのついた茜のブラウスが目に入り、すぐに顔をそらした。
 二人分の服も下着も床に散乱をしている。
 なるほど、罪悪を覚える。
 夕べの情事をリアルに思い出して、一人動揺をした。
 やりすぎた。真っ先にそう思う。
 夢中になって、調子に乗って、やりすぎた。泣かせるなんて、どう考えてもやりすぎだ。
 お咎めが恐ろしい。

 寝巻きを出してきて軽く着込んだ。ついでに、散らばった衣服も軽く畳んで隅に寄せる。
 まだベッドの中でみのむしのように丸まっている茜の、顔を覗き込んで囁く。

「センセイ、風邪ひくからこれ着て」
 うん、と寝ぼけた声が聞こえて、珍しく素直に茜の身体が動いた。
 ゆっくりと起き上がった茜は、大きなあくびを一つすると総一郎から寝巻きを受け取って袖を通す。
「寒い」
 ぼそりと呟いた茜に苦笑をもらして、誘われるままにベッドにもぐりこんだ。
 寝間着を羽織った細い身体を、抱き枕のようにぎゅっと腕の中に閉じ込めた。

 額の髪を撫で上げて、そっとキスをする。
 くすぐったそうに茜がくちびるを歪めた。
 機嫌は悪くなさそうだ。
 だけど怒られる前に、自己申告を決めた。

「センセイ」
「ん?」
「ゆうべ、あの、ごめんなさい」
「何が?」
「やりすぎました」
「ほう」
「調子にのりました」
「ほうほう」
 あれ、会話の調子が予想と違う。
 深く静かに、今まで見たことのない怒り方をしている予感がする。
「あの、怒ってます?」
「怒られるようなことをしたのか?」
「だって泣いてたし」
「誰が?」
「センセイ」
「私が? そうか」
「………………覚えてないの?」
「…………」
「…………」

 
 奇妙な沈黙の後、ああ、まぁ、と眠そうな声が低く呟いた。
「えっマジ?」
「マジだ。服をいつ脱いだのかも覚えていない」
 それってかなり最初のほうですけど。
 なんかおかしいと思ったら、ぷっつんしてたのか。
 覚えてなくて、安心したような、がっかりしたような、複雑な気分である。

「ほんとうに、全然、覚えてないの?」
「全然、ではない。縛られたのはなんとなく。やってくれたな」
「センセイだってよく縛るじゃないですか」
「まぁそうだ」
「泣いたのも? 触ってとか、いくとか、入れてって言ってたのも?」
「そんなことを言ったのか」
「別人みたいに大人しくて、可愛かったのに」
「じゃあそれは別人だ」
 言い切らないで頂きたい。自分が他の誰とあんな、ヘンタイぎりぎりのセックスをするというのだ。

 自称、昨夜とは別人であるらしい茜は、ふふんとなぜか得意げに鼻を鳴らしながら、寝ころんだ態勢のまま身体をひねってこちらを仰ぎ見る。
「覚えていなければ全く羞恥がない。なんとでも言ってくれ」
 ほんとうに覚えていないのかな、と疑問を抱いた総一郎は、茜の顔を覗きこんで、まっすぐにその眼を見つめた。
 茶色い瞳は揺らぐこともなく規則的に瞬いていて、一片の動揺も見られない。
 こうなってしまえば、もう総一郎には嘘かどうか見破れない。

 ふと、昨夜から薄々抱いた疑問が、いきなり実態を持った。恐る恐るそれを口にする。
「……センセイって、もしかしてドM?」
「……………………浅尾」
「はい」
「そもそもサディズムとマゾヒズムは表裏一体。
 片方の性癖だけではアンバランスすぎて、度を過ぎてしまう可能性が高い。
 真の欲望を相互が深く理解しあって始めて成り立つ、至高の関係なのだ。
 どっちと断言を、おそらくしてはいけない。そういうことだ」
 ――あれ、今って何の話?
 歪んだ性癖の講釈だとは思うが、まるで授業のように朗々と語るものだからもっと、崇高な精神論を語られている気がしてくる。

 とにかく、茜のスイッチがドMに入ると昨日みたいなことになる、というわけだ。
 ああいう、素直に乱れる姿にぜひもう一度お目にかかりたい。

「……あのさ、昨日、すんごい楽しかった」
「それはよかった」
「また、目隠しプレイしませんか」
「……覚えてなくていいなのら、ぜひお受けしよう」
 今度は総一郎がむ、と呻った。
「えーと、覚えててああいうのがいいんですけど」
「意識があれば理性を保つ努力をする。両立は有り得ない」
 究極の二者択一だ。優柔不断の総一郎には選べない。

 結論は、ゆっくりと考えさせてもらうことにする。
「……もう起きますか?」
「うん、起きようか」
 じゃあ、と夜明けのコーヒーを入れるために、半身を起こした総一郎の腕をぐいと茜が引いた。
「時に浅尾、言っておかねばならないんだが」
 再びベッドに押し戻され、それどころかいつになく素早い動きで総一郎の身体にまたがって肩に体重を乗せられて、身動きが取れなくなる。
 身をかがめた茜に、顔を覗き込まれた。



「な、なんですか」
 ――――あれ、なんか嫌な予感がする。
 茜に対しての直観は、それが悪ければ悪いほどよく当たる。
 いつも思うことだが、非常に無意味で利用価値の低い特技だ。

「あまりに刺激的過ぎて君のトラウマになってはいけないと、段階を踏むつもりだったんだ。
 男は視覚で勃起する生き物だと理解している。
 だから私は縛りこそすれ、目隠しとのコンビネーションはあえて避けてきたというのに、君はあっさり踏み込んだな。
 取っておいた楽しみを軽々と奪われて、私は腹立たしい」

 やっぱり怒ってるんじゃないか。
 総一郎は引きつった表情を浮かべて、ただその、朗々と読み上げられる罪状のような茜の声に耳を傾けた。

「ちなみに私が縛る理由はただ一つ、腕力の差異を拘束で埋めようという健気な努力の結果だ。
 君はそんなものがなくとも、やすやすと私を押さえつけて好きに出来るだろう?」

 それは普段、射精間近になると手を握り締めることを言ってるのだろうか。
 だってそうしないと茜は自分の口を塞いでしまう。
 それをされると声が聞こえないし、キスもできない。
 なにより、その手や指に歯を立てるのが心配でならないからだ。
 そんなに我慢をしなくていいのに。

 不可抗力だ、と思いつつ、実はそれ以外にも壁に追い詰めたり無理やり後ろを向かせたり、絶頂後に逃げる腰を引き寄せていたずらをしたりもしている。
 否定はできない。
「アンフェアだとは思わないか」
「……………………思います」
「よろしい、では覚悟したまえ。やられっぱなしは性にあわない」
「え、まさか今から?」
「そうしたいのは山々だが、身体が痛い。残念だ。今日は宣言のみ」
 つまりいつ来るか知れないその日に思いを馳せておびえろというわけだ。プレイはもう始まっている。
「…………俺に拒否権は」
「ない。安心してくれ、倍返しぐらいで勘弁して差し上げるつもりだ」

 諦めて、ため息をつく。
 結局、茜には絶対に勝てないのだ。
 いつか抱いたその予感は、嫌になるほど正確だったというわけだ。

 ため息を聞き咎めた茜が、そっと前髪を撫で上げた。ひんやりとした手が、くすぐったくて気持ちいい。
「大丈夫、そこにあるのは愛だから」
 最高に楽しそうにくちびるを歪めて、茜が顔を寄せる。
 犬のように従順に、瞳を閉じてそのキスを受け取った。

 愛があるのなら、まぁ、いいか。
 いいよな……たぶん。
 この愛の形は間違っていないよな?

 誰にともなく問いかけて、その答えは自分が信じるしかない、とふと気付く。
 茜が愛というならそうなのだ。
 それで、いいはずだ。

 細い背中に手を回し、ぎゅっと抱き寄せてそのぬくもりを腕の中に閉じ込めた。

 幸せとか愛とかって、きっとこんな形をしているに違いない。
 



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2009年04月29日(水) 07:43:00 Modified by ID:FwU9VR1qOQ




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