保守小ネタ134

初出スレ:4代目134〜

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「20代の夏は、あと2回しか無いんだぞ!」

 酔った勢いでそう言った、悪友に連れて来られた夏の海。
 秋生まれの友人・坂本章介と、冬生まれの俺・細野純也は、現在28歳。
 中学時代からの縁は長々と続き、人生の半分以上を共にする仲だ。

 歳のせいか、回りの連中もそろそろ身を固めつつある中、久し振りに飲みに行った先で章介は、
「30歳になったら出来ないことって、何だと思う?」
 と、唐突に話を切り出した。
 詳しい話は割愛するが、「20代のうちしか出来ないこと」の一つに「海でのナンパ」が挙げられて。

 俺と章介は、揃って海に居ると言う訳だ。

 確かに、30歳を過ぎてまで、海でナンパをすると言うのは、かなり勇気が必要だ。
 20代と30代の、与える印象の違いは、結構大きい。

「純也、どうする?」
 似合わないサングラスを掛けた章介は、ぐるりと辺りを見回している。
 親子連れ。恋人同士。友人同士。
 海に来た人達を、こっそりと、それでもしっかりと品定めしつつ、俺も何気ない風を装った。
「あの二人なんかはどうだ?」
「パス。ギャルすぎ。いかにも、って感じ」
「じゃあ、あっちとか?」
「向こうが三人は厳しいだろ」
 照りつける太陽に眉をしかめ、俺は大きな溜息を吐いた。
 章介の好みのうるささは、こう言う時、厄介だと思う。

 成功するか否かは別として、そもそもナンパをするのが目的なんだから、多少ハードルが高くても良さそうなのに。
 章介としては、成功しなきゃナンパの意味が無いらしく、さっきから俺の示す人達に、あれこれ理由を付けては動こうとしない。

 だったら自分で決めろっての。

「あ、アレなんか良くね?」
 章介がピッと指をさした先に視線をやると、手に焼きそばを二つ持った女性が一人。
 歳の頃なら20代前半。目を惹くような美人じゃないが、ブスと言うほどでもない、綺麗と言うよりは可愛いと言った印象。
 セパレートの水着に身を包んだ彼女は、財布を小脇に抱え、俺達から少し離れた場所を歩いていた。
「彼氏居そうじゃね? 焼きそば二つとか」
「居たら男が付いてくだろ、普通」
 言われてみれば確かに。
 ナンパの危険性がある海で、自分の彼女に買い出しに行かせる男は、そう多くない。

 俺だって、彼女と海に来たとしたら、彼女をフラフラと買い出しに行かせたりしない。
「よし、様子見てみるか」
 焼きそばを持って行く先に、男が居たら諦める。
 そう無言で言葉を交わした俺達は、人混みに紛れて、焼きそばの女性の後を追った。
 女性は俺達には気付かずに、焼きそばを落とさないよう、ゆっくりとした足取りで砂浜を歩く。
 その先に居たのは、女性よりも少しばかり若い女だった。
 女と言うよりも女の子と言った方が良さそうだったが、遠目からでは良く顔が見えない。
「うっし!」
 小声でガッツポーズをする章介。
 女性は、相手に焼きそばを渡すと、先に用意してあったらしいマットの上に、腰を下ろす。
 雰囲気からして姉妹のようで、二人は揃って焼きそばを食べ始めた。
「行くか」
「おう」
 ナンパは気合いとタイミング。
 相手が食事中だからと言って、躊躇してはいけない。
 サクサクと砂を踏みしめて、俺と章介は二人の元へと歩み寄った。
 まず話しかけるのは章介だ。
 接客業の章介の方が、こういうことに馴れている。
「君たち、良かったら飲み物買って来ようか?」
 女性達の横に立ち、話を切り出した章介に、女性は何事かと顔を上げた。
 妹らしき女の子の方は、ちらりとこちらを見ただけで、すぐにまた焼きそばに視線を落とす。

 色気よりも食い気、か。

「別に変な意味とかなくて。飲み物、持ってないみたいだからさ」
 にこやかに。スマートに。
 サングラスさえなけりゃ、営業スマイルが見えただろう。
「いえ、別に……大丈夫です」
 そう答えたのは、やはりと言うか、焼きそばを買ってきた女性の方だった。
 こういった事に馴れていないのか、断る声は遠慮がちだ。
「そう? いや〜、俺もコイツも、暇だから。可愛い人のパシリなんかしてみようかって。な?」
 軽い口調の章介に肩を叩かれ、俺もにっこりと笑って見せる。
 その時だ。
「……細野先生?」
 意外な言葉が耳に飛び込み、俺は思わず笑みを凍り付かせた。

 こんな馬鹿なことをしているが、俺の仕事はれっきとした高校教師。
 学校ならばいざ知らず、こんな場所で呼ばれる訳の無い名称に、背筋に嫌な汗が流れた。

 いったい誰が、と思いはしたが、いともあっさりと、その正体は判明した。

「何してんですか…こんなトコで」
 女性の隣で焼きそばを食べていた筈の女の子が、俺を見上げて呆れた眼差しを向けていた。
「美結……?」
「純也?」
 女性と章介を間に挟み、俺と、教え子・飯村美結の視線がぶつかった。
「ナンパ?」
 眉を顰める飯村に、俺は弁解など出来るはずもなく。
「美結、知り合い?」
「担任の細野センセ、世界史担当」
「いやー、意外な関係だな! あ、俺、こいつの友達で坂本。よろしく〜」
「私、美結の姉の美咲です」
 冷や汗タラタラの俺を余所に、章介は懲りずに自己紹介。
 それに釣られたか、飯村のお姉さんも、章介と俺にペコリと頭を下げた。
「いやー、偶然ってあるもんだな。な、純也!」
 バシバシと俺の肩を叩いて笑う章介に、美咲さんはくすくすと笑った。
「本当ですね。良かったら、一緒にどうですか?」
 俺が妹の担任と知って、警戒心が溶けたんだろう。美咲さんは、座っていたマットを片手で示し、俺達に座るように促した。
 調子の良い章介は、ここぞとばかりに遠慮なくマットに座ったが、もちろん俺はそれどころじゃない。
 余りの成り行きに、章介に引っ張られるようにして座るのが精一杯。
 そんな俺に、飯村は何とも言えない眼差しを向けている。
「お邪魔しまっす。お二人なんすか?」
「はい、父も母も、余り来たがらなかったので」

 ああ……今は章介の気楽さ加減が羨ましい。

 人当たりの良い章介に、美咲さんが打ち解けるのも時間の問題だろう。
 章介からすれば、ナンパは成功なんだろうが。

「……エロ教師」
 ボソリと、焼きそばを食べながら呟いた飯村の言葉に、俺は弱々しく笑って見せることしか出来ず。

 8月も始まったばかりだと言うのに、来るべき新学期に思いを馳せて、憂鬱になった。



 教訓:ナンパは、しっかりと相手を確認してからにしましょう。



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2010年02月26日(金) 22:31:27 Modified by ID:Bo5P9jtb2Q




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