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【定義】

詳しくは『曹洞宗行持軌範』。日本曹洞宗両大本山から、専門僧堂、各寺院、僧侶、檀信徒に到るまで、その行持の軌範となるものであり、実質的には叢林運営のための「清規」である。全1巻。曹洞宗宗務庁刊。

【内容】

明治22年に刊行された『洞上行持軌範』「例言」によると、江戸時代には『椙樹林清規』『僧堂清規』『永平小清規』が用いられており、結果、各地で様々な法式で行持が行われていたという。そこで、明治期に入り法式を統一しようとして、当時の曹洞宗務局が作ったものである。この『行持軌範』はあらゆる法式差定に於いて拘束力を持つ。それは、昭和25年の「改訂第二版」の「小序」に以下の通りにあることからも明らかである。
ここに改訂いたされた行持軌範は、宗門の寺院である限り大本山たると末寺たるとを問わず、宗門の僧侶である限り僧階法階の何たるを問わず、乃至宗門の檀信である限り老若を問わず、その行持に於いて、依遵いたすべきことを原則とするものである。

また、現在では『曹洞宗宗憲』によって、下記の如く定められている。
第6条 本宗の儀式は、仏祖の示訓及び曹洞宗行持軌範によって行う。

最初の『洞上行持軌範』制定の中心となったのは總持寺独住第2世畦上楳仙禅師であり、それに加えて後に永平寺住持となる森田悟由禅師、北野元峰禅師、そして北海道月潟村北漸寺住職だった鴻春倪師が法式改正係となり、それに村上泰音(後の總持寺住持・栗山泰音禅師)が書記となって行われた。

ところで、『洞上行持軌範』「例言」に依る限り、この差定は「時期に適応する行持法を差定せり」(カナをかなにする)とされていたため、その後も時期に適応すべく、随時改訂されるべきものであるとされた。いわば、成立当初からこの差定を金科玉条としてはならない旨、定められていたのである。したがって、その後も熱心な改訂増補作業が進み、大正7年(1918)に改訂増補(改訂初版、天皇制関連の呼称改訂、両祖関係の呼称改訂、尊宿喪儀法導入、他)、昭和25年(1950)には改訂第二版(大規模な改編。実質的に現行軌範の原型で在家信者向けの内容が大幅に追加)、昭和27年(1952)には同第三版(第二版の誤字等の修正が中心)、昭和41年(1966)には訂補第四版が刊行された。なお、この訂補版に於いては、在家信者向けの内容がほとんど削除された。理由は同年に『曹洞宗行持基準』が編集されたためである。現在の『昭和修訂 曹洞宗行持軌範』(昭和63年[1983]刊)は修訂第五版に当たる。内容は以下の通り。

【現行『行持軌範』の内容】

第一編 恒例行持
 第一章日分行持
 第二章月分行持
 第三章年分行持
 第四章結制略作法

第二編 臨時行持
 第一章得度式作法
 第二章晋山式作法
 第三章退董式作法
 第四章授戒会作法
 第五章法益作法
 第六章喪儀法
 第七章摂心会作法
 第八章檀信徒法要作法

第三編 基本作法
 第一章基本作法

索引
 行持別索引
 用語別索引

【関連文献】

現行『行持軌範』は、従来の版に比べて、人権上問題を惹起する用語の修正が強く行われているが、その経緯などは以下の文献を参照されたい。

・「『曹洞宗行持軌範』の改訂について」(曹洞宗宗務庁)
この資料は、『行持軌範』に同梱された別冊附録である。
・櫻井秀雄「どこをどのように改正したのか」(曹洞宗宗務庁)
研修資料で、一般には出回っていない。内容はほぼ同上。

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