日本曹洞宗に関するwikiです。人名・書名・寺院名・思想・行持等々を簡潔に示しています。日本曹洞宗に関する情報をお求めの方は、まず当wikiからどうぞ。

【定義】

初願忌から大練忌までの七つを一つにまとめた塔婆中陰塔婆。いわゆる中陰の七七日に対応する塔婆で、右から順に左に行くにしたがって、初七日・二七日……七七日と数字が増える。使い方は、七本塔婆の形などで様々である。最近では七本全てを一緒にした略式の七本塔婆もあるが、本来は30〜40センチ程度の長さの短い塔婆を七本並べ、一々の忌日が過ぎると裏返す、等の利用法がされた。

【書式】

現行の『行持軌範』では、ただ初願忌から始まり、大練忌で終わることと、短いため文章を簡単にすることのみを指示しており、具体的な文面は省略されている。以下は中陰塔婆の書式を参考に、一部地域で用いられているものを参照した一例である。

初願忌 南無宝勝如来 供養塔
以芳忌 南無多宝如来 回向塔
洒水忌 南無妙色身如来 荘厳塔
阿経忌 南無広博身如来 追福塔
小練忌 南無離怖畏如来 伸供養
檀弘忌 南無甘露王如来 報徳塔
大練忌 南無阿弥陀如来 菩提塔

そして、長さに余裕があれば、仏名の後に「某居士・大師」等の戒名を入れる。

【歴史】

歴史的な経緯については、調査したけれども現段階ではよく分かっていない。ただし、既に昭和27年に改訂された『昭和改訂 曹洞宗行持軌範』には塔婆の書式が示され、中陰塔婆・七本塔婆ともに掲載されている。おそらくは、中陰塔婆が先に成立し、その略式として七本塔婆が出来たものと思われる。

それから、書式の中身については、忌日七如来とを並べている。忌日と仏名が並ぶものについて、詳しいことは「年忌」項を参照願いたいが、その場合は「十三仏」信仰の影響があり、初七日が不動明王から始まり、大練忌が薬師如来であるため、上記書式とは全く合わない。しかも、こちらは15世紀まで遡れる歴史を持つ。七本塔婆よりも古かった可能性が高い。

よって、「中陰塔婆」「七本塔婆」は曹洞宗における「七如来」信仰の痕跡を見出せるものとして、理解すべきなのだろう。

なお、時代は遡るが明治時代の学僧・高田道見(1858〜1923)は、明治27年(1894)に刊行した『追善之心得』(国母社)にて七本塔婆に言及し、それが七人の僧となって人を救った話を挙げる(38頁)が、詳細は不明。また、同じく明治44年(1911)に刊行した『追善之鑑』(仏教館)に「七本の塔婆」の一項を挙げ、次のような話をしている。
元来塔婆は本地法身法界塔婆とも申しまして、あれは仏体に擬らへたもので、七本塔婆は七如来を表したもので、七如来の為に亡者の助けらるることを意味したものです。(17頁)

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