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【定義】

原本は散逸していて伝わらないけれども、永平寺にて『三国伝灯菩薩戒血脈』と呼ばれているものである。理観という僧については、詳しいことは知られないけれども、道元禅師が敢えて、菩薩戒明全和尚から授かったことを示しつつ臨済宗黄竜派、天台宗葉上流の戒脈が合揉されたものを理観に授けたのであった。奥書からすれば、文暦2年(1235)8月15日であるという。奥書からは、思想的な内容も伺うことが出来、「舎那七仏・三師の脈」とある。「舎那七仏」とは『梵網経』の思想的影響を背景に、盧舎那仏から釈迦牟尼仏へと到ったことを示し、更に歴代の祖師を経由して、当代まで嫡嫡相承したことを示すものである。現在は、『道元禅師全集』にて翻刻されている。

【内容】

奥書のみ紹介しておきたい。
予、昔、幼にして業を叡岳に受け、長じて重ねて両師に誦す。老年に至って斯那に征く。台霊の敞禅師に投じ、重ねて菩薩戒を誦せり。今、舎那七仏・三師の脈を以て、栄西接して明全に与授す。明全、道元に授け、道元、理観に授け畢んぬ。若し梵行の人、衣鉢を帯びる者に非ざれば、授与すること莫れ。 時に文暦二年〈乙未〉八月十五日、道元示す。

こちらは、栄西禅師所伝の天台宗系、並びに臨済宗黄竜派の戒脈のことを指している。このことから考えれば、栄西禅師は一度天台宗で両師(千命・基好の二師)の元で菩薩戒を誦した(受けた)けれども、その後中国で更に禅宗の菩薩戒を受けたことを示している。
東林敞和尚、天台に在りし日、維摩室に於いて示して曰く、菩薩戒は禅門の一大事因縁なり。汝、航海し来りて禅を予に問う。因みに先ず此戒・法衣応器・座具・・拄杖・白払を授け、一物も遺さず授け畢んぬ。 于時、大宋淳熙己酉の歳九月望日、懐敞記す。

こちらは、栄西禅師所伝の臨済宗黄竜派の戒脈を示している。

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