日本曹洞宗に関するwikiです。人名・書名・寺院名・思想・行持等々を簡潔に示しています。日本曹洞宗に関する情報をお求めの方は、まず当wikiからどうぞ。

【定義】

法堂法座に上り、説法すること。古来は毎日朝晩行われていたが、後には五参上堂になり、後に四節上堂になった。現代ではほとんどが、一生に一度晋山上堂を行うばかりである。進退については「上堂法」を参照せよ。
僧堂内の上間の別名。

【内容】

上堂とは、禅林で行われるもっとも正式な説法であり、夜参家訓の意味合いも強い小参に対して大参とも呼ばれる。なお、道元禅師も参照している『禅苑清規』第2巻「上堂」項では上堂作法について以下のように示している。

 もし公界の上堂に遇わば早参す。粥罷って放参せず。天明に開静し、首座大衆を率いて堂に坐す。一通の鼓を聞いて首座・大衆法堂の内に上って、次第に鴈行して側ち立つ。法堂の座に近きを上となす。首座・書記蔵主知客浴主は大衆の前において自ら一班をなして次第して立つ。自余の頭首は衆によるのみ。もし退院の長老あらば、首座の上に在って両位を相去り、微し身を側て南に面して立つ。第二通の鼓に四知事は赴参し次第して行く。法堂の門内の拝蓆において南に近づいて法座に面して立つ。監院は東に在り。
 〈中略〉凡そ堂に陞るに遇わば、寮主直堂を除いて外はすべて赴く。違する者は山門まさに重罰あるべし。深く宜しく廻避すべし。もし他縁急切等の事あって、もと怠慢に非ずして赴参やや遅れ、もし住持人すでに座に陞らば、さらに入るべからず。またまさに廻避し、住持人をしてこれを見せしむることなかるべし。大衆赴参せんに、帽子・頭袖を戴くことを得ざれ。若し問話の人笑うべきの事ありとも、堂に喧しくして大いに笑い、および破顔微哂することを得ざれ。まさに慇重を生じて、粛しんで玄音を聴くべし。

また、日本に初めて上堂の作法を伝えたのは道元禅師であるとされている。かつて、平安時代初期には中国禅宗の祖師が日本に来たこともあったのだが、その者は上堂をせず、あくまでも自らが伝えた作法の独自性を強調している。
上堂。日本国人、上堂の名を最初に聞くは、永平の伝うるなり。嵯峨天皇の御宇、弘仁年中、橘氏太后は、嵯峨の太后、仁明の国母なり。遠く大唐の塩官斉安国師の門人恵元を請して、東寺の西院に安んじ、朝夕に道を訪う。恭敬供養すること殊に尋常に異なれり。然而、恵元、未だ曾て上堂せず、未だ入室を行わず。 『永平広録』巻5-358上堂

コメントをかく


ユーザーIDでかく場合はこちら

画像に記載されている文字を下のフォームに入力してください。

「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

NINJAカウンター

角川書店『ねこ禅』



かわいい猫の写真とやさしく解説された禅語のコラボ本。【『ねこ禅』角川書店】からどうぞ。

OKかけじく

管理人のみ編集できます