日本曹洞宗に関するwikiです。人名・書名・寺院名・思想・行持等々を簡潔に示しています。日本曹洞宗に関する情報をお求めの方は、まず当wikiからどうぞ。

【定義】

)寨茵大悟の大は大小の大ではない。例えば永嘉玄覚は『証道歌』にて「大悟は小節に拘わらず」としている。しかし、後には階級的な悟りで、本人の感じ取られ方によって、大小が定められている。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では26巻、75巻本では10巻。仁治3年(1242)1月28日に興聖寺にて修行僧に示され、寛元2年(1244)1月27日に越前吉峰寺にて再び示されている。なお、愛知県真福寺には草稿本系統と思われる同巻が存し、内容が相違する。

【内容】

道元禅師は、仏祖たる存在は、大悟そのものであり、迷に対する悟ではなくて、迷悟そのものを吟味し、そこを超えたものとして考えられている。
大悟より仏祖かならず恁麼現成する参学を究竟すといへども、大悟の渾悟を仏祖とせるにはあらず。仏祖の渾仏祖を渾大悟なりとにはあらざるなり。仏祖は大悟の辺際を跳出し、大悟は仏祖より向上に跳出する面目なり。

また、この大悟の様相を示すのに、臨済義玄の示衆、華厳休静の問答、京兆米胡の問答について提唱されている。

【草稿本の問題点】

なお、草稿本系統の内容は、後の75巻本所収の内容に比べて、極めて多様性に富んでいるが、特筆すべきは、大陽警玄−投子義青という中国曹洞宗で行われた「代付」問題に関係している一文が無批判に載せられていることであろう。
舒州投子山の義青禅師、曾て浮山の円艦禅師遠和尚に謁す。稍三載を経るに、遠一日師に問うて云く、外道、仏を問うに、有言を問わず、無言を問わず、と。世尊黙す、如何。師、開口を擬するに、遠、手を以て師の口を掩う。師、此に於て大悟して遂に礼を作す。遠云く、汝、玄機を妙悟す耶、師云く、設い妙悟有りとも、也た須く吐却すべし。 (原漢文)

この問題は、大陽警玄禅師が自らの真の法嗣がなくて死に臨んだとき、臨済宗の祖師であった浮山法遠禅師に自らの法を預かってもらって、後に素晴らしき素質がある者が出た場合に、代わりに授けて欲しいというものであった。だからこそ、「代付」というのである。しかし、これは道元禅師からすれば「面授」ではなく、否定されるものである。また、もし面授を強調すれば、大陽警玄−浮山法遠−投子義青となるべきであるが、『正法眼蔵』「仏祖」巻などでは、明らかに大陽警玄−投子義青という相続がなされたことになっているため、整合性を持たせるには「代付」をなかったことにしなくてはならない。

そのためか、道元禅師は『永平広録』巻9の『玄和尚頌古』にて、以下のように文面を変更している(後代の者が変更したと主張する者もいる)。
投子の青和尚、大陽に執侍すること三年。大陽一日、師に問うて曰く、外道、仏を問うに、有言を問わず、無言を問わず。世尊良久すと、如何。青対えんと擬す。陽、青の口を掩う。青、了然として開悟し、便乃ち礼拝す。陽曰く、汝、玄機を妙悟す耶。青曰く、設い有りとも、也、須らく吐却すべし。時に資侍者、旁に立ちて曰く、青華厳、今日、病を得て汗するが如し。青、回顧して曰く、狗口を合取せよ、と。 『永平広録』巻9−33頌古

このように、浮山と投子の話は、大陽と投子の話になってしまっているのである。

このページへのコメント

> 悟り さん

ご意見ありがとうございました。

Posted by tenjin95@管理人 2009年11月17日(火) 16:55:15

人それぞれ悟り違えど我が子の笑顔を以て悟りとす 凡夫なるが故に時間過ぎし虚しさを喜びとする 大悟子供の成長の後に伸ばしたき思いを以て大悟とす 日々愛するのみ

Posted by 悟り 2009年11月17日(火) 16:07:49

コメントをかく


ユーザーIDでかく場合はこちら

画像に記載されている文字を下のフォームに入力してください。

「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

NINJAカウンター

角川書店『ねこ禅』



かわいい猫の写真とやさしく解説された禅語のコラボ本。【『ねこ禅』角川書店】からどうぞ。

OKかけじく

管理人のみ編集できます