日本曹洞宗に関するwikiです。人名・書名・寺院名・思想・行持等々を簡潔に示しています。日本曹洞宗に関する情報をお求めの方は、まず当wikiからどうぞ。

【定義】

|羚颪坐禅を伝えた菩提達磨を初祖とする宗派のことで、広義には禅宗を指す。
∧唇陀期から鎌倉時代初期にかけて日本で流行した禅宗の一派。大日房能忍(?〜1194?)を派祖とし、大久保道舟博士などの定めた学術用語では「日本達磨宗」とも呼ばれるが、彼ら自身は,貌韻鍵嫐で単に「達磨宗」と名乗ったと思われる。
八宗の講者たりと雖も、進んで以て達磨正宗の初祖と為す宣下を蒙る。これより日本国裏、初めて達磨宗を仰ぐ。 徹通義介禅師撰『嗣書之助証

【内容】

道元禅師は、禅宗という呼称も、達磨宗という呼称も批判している。
大宋の近代、天下の庸流、この妄称禅宗の名をききて、俗徒おほく禅宗と称し、達磨宗と称し、仏心宗と称する、妄称きほひ風聞して、仏道をみだらんとす。 『正法眼蔵』「仏道」巻

∧唇損代末期から鎌倉時代初期にかけて、大日房能忍により唱えられた禅宗の一派である。能忍は比叡山などに伝承されていた、達摩作と伝える『血脈論』『悟性論』『破相論』などによって独自の禅の境涯を無師独悟して布教を始めている。

しかし、正式に禅宗嗣承をしていないことを追及されたため、文治5年(1189)に、弟子の練中・勝弁の2人を中国阿育王山の拙庵徳光(臨済宗大慧派)の下に遣わして、書面でもって印可証明を求めて認められた。

その後は、摂津水田(現在の大阪府吹田市)の三宝寺を中心に布教活動を展開し、見性成仏教外別伝を唱え、独特な修行否定などの教義によって世の注目を浴びたが、従来の教学的な仏教からは批判を受け、更に栄西が唱えた禅宗宣揚運動時には、栄西共々布教活動などが禁止されている。そのため、栄西からも批判を受けた。また、教外別伝の強調が、『法華経』最勝を説く日蓮とも対立し、日蓮は繰り返し、能忍を批判する。

さて、元の道場であった三宝寺を離れた能忍の弟子に覚晏がおり、増賀上人が住していたことでも知られる大和多武峰を拠点として弟子の育成に努めたが、安貞元年(1227)に奈良興福寺の僧侶達から焼き討ちを受けて覚晏の僧団は散り散りとなった。その中でも、高弟であった懐弉興聖寺道元禅師を尋ね、弟子入りしている(正式な弟子入りは、文暦元年[1234])。

さらに覚晏の弟子であった懐鑑は、越前波着寺を拠点として活動していたようだが、門下であった義介義演義準などを引き連れて道元禅師に弟子入りし(仁治2年[1241]とされる)、彼らは成立当初の日本曹洞宗の初期にあって重きをなしている。

ただし、日本達磨宗の教義と、道元禅師の宗教思想とは、修行の有無という点で相容れることはなく、特に晩年の『正法眼蔵』は彼らへの批判の書であるという指摘もあるが、推測以上のものではないし、『永平広録』に於ける上堂では、達磨宗の僧侶(覚晏・懐鑑)に対して追善供養しながら、顕彰も行っていることからすれば、批判はあくまでも、その教義的問題に留まり、人格攻撃などは行わず、むしろ求道者として讃える面があったと思われる。

従来、日本達磨宗の活動は、史料の乏しさから進んでいなかったが、近年京都府八幡市正法寺(浄土宗)所蔵の資料から、摂津三宝寺関係の古文書や仏具が大量に発見されたため、その実態が知られるようになった。三宝寺は、中世末期まで、特異な舎利信仰の寺として、塔頭も備えるような有力寺院であったらしい。金沢文庫に所蔵保管されている『成等正覚論』『見性成仏義』も達磨宗の教義資料であるとされている。日本達磨宗については、今後の研究が待たれるところである。

【追記】

義介禅師をキーパーソンとして、曹洞宗と達磨宗とは極めてナイーブな関係にあった。「三代相論」という初期曹洞宗内部での相論も、義介禅師の位置付けを巡って惹起されたという見方まである。『御遺言記録』というような様々な資料からすれば、義介禅師は懐鑑からその法統を伝授し、しかも道元禅師示寂後には懐弉禅師からも嗣法したことになる。

つまり、両方の系統から嗣法したことについて、疑問視された可能性もあるのである。しかし、この問題は義介禅師の法嗣である瑩山禅師によって「五老峰」が建立されて、解決したとされる。

【研究論文】

・大久保道舟「道元禅師の原始教団と日本達磨宗との関係」(『道元禅師研究』道元禅師鑽仰会 S16)
・石川力山「『正法眼蔵随聞記』と日本達磨宗(2回)」(『宗学研究24〜25』S57〜58)
・新倉和文「道元の達磨宗批判」(『印度学仏教学研究32-2』S59.3)
・大谷哲夫「日本達磨宗と二祖国師(特集 二祖国師孤雲懐弉禅師)」(『傘松』S50.5)
・嗣永芳照「日本曹洞宗に於ける大日能忍の達磨宗の消長 ・徹通義介をめぐって・」(『宮内庁書陵部紀要18』S41)
・中尾良信「能忍没後の達磨宗」(『宗学研究27』S60)
・石井修道「仏照徳光と日本達磨宗 金沢文庫保管『成等正覚論』をてがかりとして(2回)」(『金沢文庫研究222〜223』S49)
・石川力山「達磨宗の相承物について」(『宗学研究26』S59)
・船岡誠「日本禅宗史における達磨宗の位置」(『宗学研究26』S59)
・新倉和文「達磨宗とその批判者たち」(『印度学仏教学研究33-2』S60)
・高橋秀栄「達磨宗と道元」(『道元思想のあゆみ1』H5.7)

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