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【定義】

日本曹洞宗太祖瑩山紹瑾禅師の提唱録であり、正安2年[1300]正月11日(または同月12日)から住持となっていた加賀大乗寺に於いて、修行僧達に対して行われた請益侍者が編集したものである。

なお、江戸時代初期までの筆写本には、内題として「洞谷山永光寺語録」とあるが、これでは本来大乗寺で説かれた記録と整合しない。古い写本は永光寺語録とし、新しい写本では大乗寺の瑩山禅師の語録とするところに特徴がある。

古い写本は2冊本で、新しい写本は5冊本であるとされているが、後に詳述する。古来からあまりに伝承が少ないので偽撰(本人が書いたものではないのに、後代の者が名前だけ借りること)ではないかと疑われたが、古写本の発見などもあり、現在では瑩山禅師ご自身の提唱であり、主著であると考えられている。なお、『伝光録』が如何に秘蔵され、世に知られることが無かったか、その状況を江戸時代に木版本として開版した仏洲仙英和尚は次のように指摘する。
余、参方のとき、何国の旅僧ともいはず、途中路銭に尽くる由にて、祖録あまた出して、此中所望の書あらば些しの路資に易へんという。この中この録五冊を所望し、少しの資料を進ずれば、其僧謝詞満悦の顔にて揖別す。余、その已前、加の大乗に夏を過し、あらゆる法宝を拝見すれども、値遇の未熟にや、秘蔵のこの録名だも聞かず。偶ま旅中に感得すること、ああ縁か時か、実にかの旅僧は瑩祖にあらずやと感喜に堪へず。爾来諸方にて、この録の事を問訊するに、この録の名だも聞知する人は、万に一両個のみ。此をもて、同志の師僧に広く拝感あらまほしと思ひ、これ新刻の来由と芹誠となり。 仙英本『伝光録』凡例、文章表現を改める

仙英が文中、この『伝光録』という文献の名前を聞いたことがある人ですら、「万に一両個」という程に、当時ほぼ知られていなかった状況が明らかとなる。なお、この仙英の凡例が書かれたのは、安政4年(1857)で江戸時代の最末期であるといえる。よって、今から150年ほど前まで、『伝光録』はほぼ知られていなかったのだ。ただし、これは同じく仙英が「凡例」で指摘するように、写本の1つには無隠禅師(無隠道費、明峰派、1688〜1756)の「序」、また、瑩山禅師の「略伝」を付するものがあったという。その意味では、参究される場合があったということであり、体裁を考えれば仙英よりも前に刊行を考えた者がいた可能性もある。以下にはその無隠禅師の「序」を挙げておく。
金華を拈起し、刹竿を倒却して自従り以の還た、西乾東震、衣法并びに付して、灯灯絶えざる者、三十三人。之を祖師と謂うなり。祖師の下、衣を留めて伝えずも、法は沙界に遍しし。是に於いてか五家の宗匠、人人霊蛇の珠を握り、家家、荊山の珠を抱くは、之を正法眼蔵と謂い、又、大光明蔵と名づくるなり。至って大なるかな。吾が總持開山仏慈禅師瑩山大和尚は、嘗て無字の印を佩び、無舌の語を下し、従上祖師の無見頂相に向かって一々に点眼を為す。之を命けて伝光録と曰う。蓋し大乗室内の秘本なり。近頃前越の某禅師、其の全部を繕写し以て余に贈りて、之の序を請うて見る。是に於いて焚香し、之を敬誦すれば、則ち其の書、率ね国字を以て成る。辞、麗にして理正しく、眼、活にして道深し。即ち永平高祖の正法眼蔵と相い表裡するものなり。余乎昔以為く、真歇氏の道、東海に流れて大いに人を得たりと称す。然るに恨むらくは、門風極めて尚質なるを以ての故に、其の言語世に伝わることなく、学人、未だ則を取るに縁無し、と。今、此の書の流布するや、洞宗の多幸なり。其れ誰か歓喜讃歎せざるべけんや。而して読者、庶くは国字と為すを以て此の書を藐んずること勿れ。何となれば則ち、所謂正法眼蔵涅槃妙心は、固より已に文字言語を離る。則ち何ぞ必ずしも漢文唐音にして後に之を得んや。其の義の所在、亦、明らけし。 無隠費杜多 拝題  原漢文

このように、越前(福井)の某師が大乗寺の秘本を書写して、無隠禅師に序を求めたことがわかる。

【内容】

内容としては釈迦牟尼仏から始まって迦葉尊者などの西天二十八祖、そして中国に来た達磨を始めとして東土六祖を経て青原行思から洞山良价を経た曹洞宗の流れを、それぞれの伝記を説き示すことで、弟子達に正法が正しく受け継がれてきたことを説く内容となっている。

首 章:釈迦牟尼仏
第一章:第一祖摩訶迦葉尊者
第二章:第二祖阿難陀尊者
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第五一章:第五一祖永平元和尚
第五二章:第五二祖永平弉和尚

以上のように、系譜の流れは日本の道元禅師・懐弉禅師まで来ており、瑩山禅師が印・中・日の三国伝燈を示したものとして高く評価される。日本曹洞宗では道元禅師の『正法眼蔵』に並ぶ最高の宗典として重んじられる。

【『伝光録』の構造】

一章毎の具体的な内容については、首章の釈尊を例に挙げてみよう。

・章題
釈尊はいわゆるの“仏”であって、人を数えるのとは違っているという信仰から、瑩山禅師は数に入れずに「首章」とされた。

・本則
これは、今回の釈尊を最も良く表現した出来事として、釈尊が悟りを開いたとき(『伝光録』では、ほぼ全ての祖師が、この大悟徹底の場面を本則とされている)を採り上げ、禅宗では特に釈尊が悟りを開いたときの場面が「釈迦牟尼仏、見明星悟道曰、我与大地有情、同時成道。」というものであったということから、瑩山禅師もその故事を引用されて、提唱の中心とされた。

・機縁
これは、「それ釈迦牟尼仏は、西天の日種姓なり。十九歳にして子夜に城を踰へ、檀特山にして断髪す・・・〈以下略〉」などのように続く箇所であり、要するに本則で取り上げた仏祖の生涯を簡単にまとめて修行僧に示したものである。ここによってその祖師方一人一人の人生の歴史が明らかになっている。

・提唱
「謂ゆる我とは釈迦牟尼仏に非ず。釈迦牟尼仏も、この我より出生し来る。唯釈迦牟尼仏出生するのみに非ず。大地有情も皆是れより出生す。」などのように、いわばこの悟りの瞬間とはどのようなことであったのかを、非常に懇切丁寧に修行僧に説き示すものである。ここが瑩山禅師の独自のお考えがもっとも良く反映される箇所でもあるし、力量が試される所でもある。瑩山禅師は釈尊を入れて五十三人の仏祖について詳しく御提唱された。

説法の内容を如実に示す箇所として、同じく釈尊の【提唱】の末尾に「恁麼の公案子細に見得し、一一に胸襟より流出して、前仏及び今時の人の語句をからず、次の請益の日を以て下語説道理すべし。」とされていることからも、この講義が瑩山禅師がそれまで参学した色々な公案に対して、従来言われてきた解釈をただ挙げるだけではなく、自らの胸襟から流出する言葉をもって説き示したことが伺える。

頌古
末尾にはその都度採り上げた本則偈頌によって讃えられている。先ほどの【提唱】の言葉に続くのであるが「山僧、亦た此一則下に卑語を着けんことを思ふ。諸人聞かんと要すや。」とされており、瑩山禅師が頌古を作ったことが明らかになる。参考までに釈尊の場合は「一枝秀出老梅樹 荊棘興時築著来」となっている。

ところで、このような内容の区分けについては、本来付いていないものであったが、横関了胤氏が読解の容易さを求めて独自に改変したと知られる(岩波文庫本「例言」参照)。

【伝写・開版】

●書写本
・乾坤院本(愛知県) 2冊本 永享2年(1430)以降
・龍門寺本(石川県) 5冊本 天文16年(1547)
・松山寺本(石川県) 2冊本 1599〜1627年
・長円寺本(愛知県) 5冊本 寛永14年(1637)
・天林寺本(静岡県) 1冊本 元禄9年(1696)
・永光寺本(石川県) 5冊本 正徳3年(1713)
・瑞泉寺本(愛知県) 4冊本 延享2年(1745)
・永平寺本(福井県) 2冊本 延享3年(1746)
・永昌院本(山梨県) 2冊本 明和4年(1767)
・大昌寺本(長野県) 4冊本 寛政7年(1795)
・可睡斎本(静岡県) 5冊本 弘化2年(1845)※1冊欠

なお、これらの写本はそれぞれ区々の文章であり、ここからは、特定の文章を元に、それを書写したのではなくて、瑩山禅師の講義を聴きながらその場で書写、或いは講座の終わった後で、各自書写したものを原本として、筆写されていったものと推定されている。

●版本・刊本
・仏洲仙英本『瑩山伝光録』2冊本 安政4年(1857)刊、同6年再刊
大内青巒本『伝光録』1冊本(本山版) 明治18年(1885)刊
神保如天本『伝光録』(禅宗聖典収載) 大正4年(1915)
陸鉞巖漢訳『伝光録布鼓』(漢訳伝光録) 大正5年(1916)刊、同14年再刊
・『曹洞宗全書』収録版(仙英本) 昭和5年(1930)、同46年再刊
・『大正新修大蔵経』収録版(仙英本) 昭和6年(1931)
・大本山總持寺僧堂興隆会『伝光録』1冊本(大内本) 昭和58年(1983)刊、平成5年(1993)再刊
・横関了胤校訂『瑩山禅師伝光録』(岩波文庫、仙英本)1冊 昭和19年(1944)刊

版本については、仙英本が古来の形式を残し、後の岩波文庫本も、この仙英本を元に編集されたものである。また、大内本(本山版)については大内青巒居士が、独自の読みや訓点を施すなどしているとされる。また、中国を始め、いわゆる大陸の漢字文化圏に弘めようとした漢訳の『伝光録布鼓』が特殊的である。

【註釈書・解説書】

●註釈書
・笠間龍跳校正・清水珊瑚編集『首書傍訓伝光録』2冊 明治20年(1887)刊
・吉田義山編『首書傍訓瑩山伝光録』2冊 明治20年(1887)刊
・古田梵仙校『鼈頭箋註伝光録』2冊 明治21年(1888)刊
・孤峰智璨註『冠註伝光録』1冊 昭和9年(1934)刊、同17年再刊、同31年重版
・孤峰智璨編『伝光録』(『常済大師全集』収録) 昭和12年(1937)刊、同43年再版
・横関了胤編『異文対挙出典遡考伝光録』1冊 昭和15年(1940)刊、同57年再刊

多くの註釈書などが存在するが、総じて入手は困難である。

●解説書
・石川素童垂示『伝光録白字弁』1冊 大正14年(1925)刊、昭和49年(1974)再刊
・安谷白雲『伝光録独語』1冊 昭和39年(1964)刊
・『瑩山禅』所収本(詳細は同項参照)
・東隆眞訳『現代語訳伝光録』1冊 平成3年(1991)刊
曹洞宗宗務庁版『伝光録』1冊 平成17年(2005)刊

石川禅師の御垂示による『伝光録白字弁』への評価は非常に高い。もし、伝光会摂心で提唱をする場合には、同著に依準すべきという訓示がある。また、『瑩山禅』と東老師の訳本は現代語訳であるので、自力で読む場合には重宝するだろう。さらに、近年刊行された宗務庁版『伝光録』は、人権問題に関する註記が多く入っている。

【備考】

後に、『修証義』のように、『伝光録』の言葉を抄録編集する形で『總持開祖御教義抄』が開版され、『洞流正伝修証法』が編まれている。また、応永6年(1399)に天性融石によって著された『仏祖正伝記』の主要部分に、『伝光録』は大きな影響を与えている。

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