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【定義】

江戸時代日本曹洞宗が輩出した最大の学僧。面山(めんざん)は号であり、名は瑞方(ずいほう)。懇切丁寧な提唱から「婆婆面山」とも呼ばれた。

生没年:天和3年(1683)〜明和6年(1769)
出身地:熊本

【略歴】

肥後国(現在の熊本県)に生まれた面山師は、15歳に母親が亡くなったのを契機にして、求道の念を起こし、その翌年に熊本流長院の遼雲和尚について出家された。その後他宗派の僧侶から、語録や経典を学び、21歳になると江戸芝の青松寺に滞在しながら、卍山道白・徳翁良高などの教えを聞いた。

そのようにして教えを学んだ僧の中に、損翁宗益師がいて、面山は相通じるものを感じたようである。損翁師は元々仙台の泰心院にて住持を勤めていたが、損翁師が仙台に帰られるのに合わせて、面山も別途仙台に向かい、そこで正式に弟子入りし、仏祖正伝菩薩戒を授けられている。

損翁師の側に仕えながら非常に熱心に教えを学んだ面山師は、損翁師の言いつけをもって、宝永2年(1705)の春から関東のあちこちの諸尊宿に学ぶが、どれも面山師を満足させるには至らずに、「飽参(参じ尽くして飽きてしまった)」とされた。なお、『面山広録』巻26に収録される「年譜」には、損翁師が面山師に、親しく教示する様子が伝えられているが、宝永2年(面山23歳)の項目には、有名な以下の一句がある。
和尚、因みに謂わく「我が病魔防ぎ難し、在世は久しきに非ず。汝能く保重して、もって祖恩に報いよ。永祖の面を見て、他の面を見ざれ。是れ吾が汝を得るの大因縁なり」と。

そして、この年には損翁師から正式に嗣法するが、同年5月24日に損翁師が遷化したため、面山師はまた各地に遊行することになる。

翌年、相模国の老梅庵に入り、扉を閉じて、打坐すること一千日に及び、その間は自写した『正法眼蔵』をひたすらに読んだとされている。また、常陸国の東昌寺では『大蔵経』を読み、享保3年(1718)には、肥後国の禅定寺に晋住し、布教教化に努め、享保14年(1729)には若狭国の空印寺に転住した。

寛保元年(1741)の秋に、自らの法席を瞎堂に譲ると、永福庵に隠居したが、その後も諸方の求めに応じては、経典や祖録の提唱を行い、正統なる曹洞宗学の宣揚に尽力された。最晩年は建仁寺の西来院にて示寂したが、曹洞宗侶が臨済宗寺院に遺体を留めるのは問題があるとされ、明和6年9月17日、同じ京都府内にある宗仙寺の寿昌庵にて移されて、世に喪が発せられたという。世寿は87歳、法を嗣いだ弟子は27人であった。

【著作】

上記に紹介したように、曹洞宗祖録や『大蔵経』にも通じていた面山師は、「婆婆面山」というあだ名の通り、非常に綿密丁寧な提唱を行った。それら多くの著述は『面山広録』全26巻として編集されており、面山師の業績は江戸期以降、曹洞宗学の基礎となる。

他にも、聞解・渉典録・頌古清規・史書・紀行文など50種類以上の著述を残し、現在の日本曹洞宗行持・研究にも多大なる影響を与えている。

面山和尚の法孫で組織する永福会が刊行した『面山和尚二百二十回小遠忌紀要』(1989年)からも、その思想や伝記などを知ることが可能である。以下の文献リストは、同紀要所収の佐藤秀孝師編「永福開山面山瑞方禅師年譜」及び、同師編「面山瑞方禅師著述目録」を参照し、適宜抜粋している。

●語録
・『永福面山和尚広録(面山広録)』全26巻 1773〜77年刊 『曹全』「語録三」
 ※基本的に面山生前の刊行済み著作は、同語録に収録せず。
・『永福面山和尚逸録(面山逸録)』全12巻 『続曹全』「語録二」
・『若州永福面山和尚結夏語録(永福結夏録)』 1751年刊
・『面山和尚禅定寺語録』

●提唱録(普説・提唱・説戒)
・『学道用心集聞解』全2巻 1768年刊 『曹全』「注解三」
・『亀鏡文聞解』 1768年刊 『曹全』「注解四」
・『祗陀大智禅師偈頌聞解』全3巻 1764年刊 『続曹全』「注解三」
・『義雲和尚語録聞書』全2巻 『続曹全』「注解一」
・『句中玄聞解』1759年 『続曹全』「注解二」
・『建仁禅寺戒壇録』1766年刊 『曹全』「禅戒」
・『金剛般若波羅蜜経聞解』 『曹全』「拾遺」
・『金龍軒問答』1767年説 『続曹全』「法語」
・『傘松道詠聞記』1746年題 『続曹全』「注解一」
・『隰州古仏頌古称提』全2巻 1758年刊
・『隰州古仏頌古称提聞解』
・『若州永福和尚説戒』全2巻 1760年刊
・『衆寮箴規聞解』全2巻 1750年刊
・『正法眼蔵聞解(弁道話・現成公案・三昧王三昧)』
・『真訣和尚拈古聞解』全2巻
・『雪竇顕禅師頌古称提』全2巻 1788年刊
・『雪夜炉談』1741年刊 『続曹全』「室中」
・『曹洞二師録聞解』 『曹全』「注解五」
・『対大己法聞解』
・『典座教訓聞解』1769年刊
・『如浄禅師行録聞解』1751年跋刊 『続曹全』「注解三」
・『建康面山和尚普説(建康普説)』1765年刊 『続曹全』「語録二」、『大正蔵』82
・『拈華瞬目普説』1751年刊 『永福結夏録』から抜粋
・『般若心経聞解』
・『普勧坐禅儀聞解』1757年刊 「曹全』「注解三」
・『宝慶記聞集』全2巻 1878年刊 『曹全』「注解四」
・『宝鏡三昧吹唱聞解』 『続曹全』「注解二」
・『宏智古仏黙照銘聞解』1769年刊
・『宏智禅師広録聞解』全2巻

●著作(伝記・註釈・論・歌頌)
・『永平実録』1710年撰 1711年刊 『曹全』「史伝・下」
・『訂補建撕記』全2巻 1754年刊
・『如浄禅師行録并序』1752年刊 『曹全』「史伝・下」
・『祗陀大智禅師行録』1717年撰
・『損翁老人見聞宝永記』1708年撰・1744年自題 『続曹全』「法語」
・『損翁和尚行状』1752年刊 『曹全』「史伝・下」
・『正法眼蔵渉典録』1716年執筆開始 『正法眼蔵註解全書』
・『正法眼蔵渉典和語鈔』1764年撰
・『正法眼蔵品目述賛』1773年刊 『面山広録』巻17から抜粋
・『正法眼蔵闢邪訣』1742年刊 『続曹全』「注解1」
・『永慶寺記』1722年撰
・『傘松日記』1734年撰    
・『仏祖正伝大戒訣』全3巻 1724年撰 『曹全』「禅戒」
・『仏祖正伝大戒訣或問』1747年撰 『曹全』「禅戒」
・『得度或問』1763年刊 『曹全』「禅戒」
・『梵網戒本口訣』1763年刊 『曹全』「禅戒」
・『自受用三昧』1738年刊 『続曹全』「法語」
・『参同契吹唱』1767年刊 『続曹全』「注解2」
・『宝鏡三昧吹唱』1762年刊 『続曹全』「注解2」
・『般若心経集註』
・『宝慶記事林』1750年序
・『消災妙吉祥陀羅尼経直説』1770年刊 『曹全』「注解4」
・『信施論』1769年撰
・『永平祖師家訓綱要(永平家訓)』全2巻 1739年刊 『続曹全』「法語」
・『義雲和尚語録事略』全2巻 『続曹全』「注解一」
・『天童浄和尚語録事略』1767年刊 『続曹全』「注解三」
・『洞山祖師宝鏡三昧歌論』1751年撰 『続曹全』「注解二」
・『洞上金剛杵』1741年刊 『曹全』「注解三」
・『吉祥草』1752年刊 『曹全』「歌頌」
・『句中玄』1759年刊 『続曹全』「歌頌」
・『洞上夜明簾』1762年刊 『曹全』「歌頌」

●著作(清規関係)
・『受食五観訓蒙』1720年撰
・『経行記並聞解』1739年序刊 『曹全』「注解四」
・『釈氏洗浄略作法』1752年刊 『曹全』「清規」
・『釈氏法衣訓』1768年刊 『続曹全』「清規」
・『施餓鬼作法甘露門在家葬式法』1727年刊 『続曹全』「清規」
・『洞宗仏祖礼』
・『洞上伽藍諸堂安像記』 1759年刊 『曹全』「清規」
・『洞上唱礼法』1751年跋刊 『続曹全』「講式」
・『洞上僧堂清規行法鈔』全5巻 1753年刊 『曹全』「清規」
・『洞上僧堂清規考訂別録』全8巻 1755年刊 『曹全』「清規」
・『放生式』1769年説
・『羅漢供養略作法式』

●著作(室中関係)
・『室中伝戒作法口訣』1743年
・『室内口訣諸式十四条』
・『室内諸記拾遺』
・『室内秘事三十五則』1752年撰
・『十六通秘訣』 『続曹全』「室中」
・『聖像安座点眼法』
・『伝法室内密示聞記』 『曹全』「室中」
・『洞上室内口訣』1762年撰 『曹全』「室中」
・『洞上室内三物論』1730年撰
・『洞上室内断紙揀非私記』1749年撰 『曹全』「室中」
・『法脈賛』1730年撰

このページへのコメント

> 久松老師

御指摘ありがとうございます。
先日の講演の折り、西来庵を院に直そうと思っていたのですが、直さず終いでした。記述を改めました。

また、同院に面祖の記録が無いというのは残念です。

Posted by tenjin95 2016年10月22日(土) 15:52:36

「最晩年は建仁寺の西来庵にて示寂したが」とあるが西来庵は現在西来院になっているが西来院に面山についての記録はないとのこと

Posted by 久松孝道 2016年10月22日(土) 15:43:21

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