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【定義】

〇佞板鏤劼まのあたりに相い対して、親しく仏法を授受すること。天台宗や真言密教などで用いる概念であり、禅籍ではそれほど多い表現ではない(圭峰宗密『禅源諸詮集都序』「巻下之二」には、「親しく釈迦に稟け、代代相承して一一面授して、三十七世、吾が師に至る」と見える)。なお、日本曹洞宗道元禅師は、このあり方を非常に尊重した。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では57巻、75巻本では51巻。寛元元年(1243)10月20日に、越前吉峰寺にて弟子達に示した。

【内容】

道元禅師は、『正法眼蔵』「面授」巻で中国南宋の宝慶元年(1225)5月1日に天童山景徳寺に住していた如浄禅師と相見したときに「仏々祖々面授の法門現成せり」と言われたとされる。ここから、道元禅師は師と「目の当たりに相見すること」によって法を受け嗣ぐことが重要だとされて、「面授」巻では、その意義を強く説く。

なお、同巻奥書では薦福承古という僧が、雲門文偃禅師という僧の語録を読んで悟ったことから、「私は雲門の法を嗣いだのだ」と主張して、現に或る記録にはそのように書かれているが、道元禅師は承古を痛烈に批判し、「外道の流類」とまで言っている。ここまで批判した理由は、懐弉禅師を始め門下の多くが入っていた日本達磨宗初祖である大日房能忍が自ら悟りを開いたと自称していたが、それを認める者がなかったことを指摘されたため、改めて中国臨済禅の仏照徳光という僧に書簡を送って認められたということがあったため、そのような面授に非ざる方法を問題視し、語調もきつく批判したかったともいわれている。

もし仏道を学ぶのであれば正師を探し「面授」でなければならず、結果として「嗣法」されていくのである。面授と嗣法は表裏一体の考え方である。
かくのごとく代々嫡々の祖師、ともに弟子は師にまみえ、師は弟子をみるによりて、面授しきたれり。一祖一師一弟子としても、あひ面授せざるは、仏々祖々にあらず。

【歴史的展開】

さて、この「嗣法」について、中世の曹洞宗では「面授」でない方法が採用された。面授であれば法を授受するのは、それぞれ宗教的人格を持つ師弟ということになり、これを「人法」というが、伽藍法では寺院自体に法が付属されていると見なされるため、人を介さないで法が授受されても良いということになった。そこで、江戸元禄期には旧に復そうとして曹洞宗内で論争が行われた。それが、卍山道白禅師による「宗統復古運動」である。この運動の結果、日本曹洞宗の嗣法は「一師印証」「面授嗣法」でなくてはならないと規定され、現在に至っている。

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