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【定義】

または、読経とも。声を挙げて経文を読むこと、文字を見て音読するのを読、文字を見ないで音読するのを誦という。看経の対語。修行僧達が反省、思惟の資料を得るため、教団内で低声に仏典を読誦した。今では、様々な祈祷などにも、この経典の読誦が行われる。
仏祖にあらざれば、経巻を見聞・読誦・解義せず。仏祖参学より、かつがつ経巻を参学するなり。 『正法眼蔵』「看経」巻

このように、道元禅師は仏祖に参学するには、まずどうにかでも経巻を参学すべきだとされる。現行の読誦法については、玄透禅師『永平小清規』の影響も大きい。
読誦法〈文に対するを読と云い、文に対せざるを誦と云う。然而、読誦の致るは一なり〉 凡そ読誦は高声励声することを得ざれ。切に須く大覚世尊の調絃の慈誨を三復し、しかも急緩の中を得て専誠に読誦すべし。もし能く是の如くに則ち身心調適すれば、正念現前す。否ならば則ち高祖の謂う所の春の池に蛙の鳴き、徒に人の耳に聒しいのみ。これを慎め、これを慎め。 『永平小清規(下)』「読誦法」

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