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故高見運転士、親友に明かした社内事情

 尼崎JR脱線事故で死亡した高見隆二郎運転士(23)の幼なじみの友人男性が9日、日刊スポーツの取材に対し、高見運転士から直接聞いた運転士の実態を語った。男性は小学2年以来の友人で、高見運転士がJR西日本に入社してからも付き合いがあった。高見運転士は「遅れを取り戻すことができる運転士ほど社内では評価される。回復運転の技術は先輩から口頭で教えられる」などと、打ち明けていた。

 高見運転士は友人にJR西日本では速度超過の「回復運転」が常態化していることを打ち明けていた。

 昨年5月、高見運転士が運転士になって間もないころ、この友人と2人で「乗客」としてJR学研都市線(片町線)に乗った。「遅れを取り戻せる運転士ほど社内では評価される。どれだけ回復運転ができるかが力量なんや」。1両目運転席の後ろで高見運転士はスピード優先の“社内事情”を説明した。

 JR西日本によると、運転士に配布される「運転作業要領」には回復運転について「列車が遅延した時には、許された速度の範囲内で回復に努めること」と明記されている。しかし、回復運転の手順について、高見運転士は「遅れを取り戻す技術は、先輩から口頭で伝えられる」と友人に話していた。ダイヤの回復に決められたマニュアルはなく、先輩から後輩に伝えられる“裏技マニュアル”の習得が「デキル運転士」の条件だったという。

 走る電車内で高見運転士は長い付き合いでもほとんど見せなかった自信に満ちた表情を浮かべた。「もう少しスピードが出せる。スピードが速い時間を延ばして、少しキツめにブレーキをかけるねん。この標識があると減速、このランドマークを目印に速度を落とすんや」。厚さ約2センチの路線図にはブレーキポイントの目印やランドマークなど“裏技”がびっしり書き込まれていた。

 今回の事故は、回復運転中に速度を上げ、制限速度を大幅に超える時速100キロ以上でカーブに進入したことが脱線の主な原因とされる。小学2年から本音で付き合ってきた友人は「あの日、懸命に遅れを取り戻そうとしている姿が目に浮かぶ」と、高見運転士の心情を思いやった。

 JR西日本では社員研修などで「法令順守、安全運転」を指導している。しかし、実際のダイヤにはほとんど余裕がない。オーバーランなどでタイムロスした場合、運転士が自らの手で時間を取り戻すのが通常だった。JR西日本労働組合の関係者によると、脱線事故後「ダイヤの遅れを取り戻せという回復運転の指示が出なくなった」という。

[2005/5/10/09:44 紙面から]
2006年08月09日(水) 21:15:28 Modified by umedango




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