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造語癖

私は新しい言葉を造語することが好きなようです。
流行ったものもそうでないものもありますが、造語系のエントリー集です。


Google八分の刑


詳しくはGoogle八分のサイトからGoogleについて語るをどうぞ。

冷たい怒り



日本では、こういう伝統を守ろうとする人たちは、「社員旅行はよい」と主張しないで「社員旅行に文句をつける奴は悪い奴だ」と主張する傾向があります。権力のある人から、繰り返しそれを受け続けると、社員旅行の好き嫌いと関係なしに、「社員旅行に文句を言えないことに対する怒り」がたまってきます。この怒りはどこに向かうかと言うと、社員旅行が好きな人ではありません。「社員旅行に文句を言うな」と言った人でもありません。「社員旅行に文句を言う人」に向かって吐き出されます。これが「冷たい怒り」です。

関連記事: 「冷たい怒り」の定義
関連記事: 冷たい怒りと抑圧移譲

ツッコミビリティ



ツッコミビリティとは、もちろん造語で、その言明のツッコミやすさを言う。

ネットの海を泳ぐ指針として、「物理的及び論理的ツッコミビリティの高い言明はそれだけで信頼性が高いと推定される」というツッコミビリティの定理を提唱したい。


ユルマネー


キチキチのミッションクリティカルなシステムが何となく消費者に敬遠される理由がわかった気がする。ガチガチのシステム、ガチガチのマネーはもう終わりだ。これからはユルユルのマネー、「ユルマネー」の時代だと言っておこう。


日本三大アミ


ちなみに、私の中で「日本三大アミ」と言えば、大貫亜美と吉田アミと鈴木亜美です。

関連→(ブロガー言及)吉田アミさん?


クオリアオリエンテッド


はたで見ていると、噂どおり、大海原を船で疾走する爽快感はなかなかのものだ。というか、宮本氏はこの爽快感を核として、その回りに肉付けしてゲームを作ったのではないか。絵でもストーリーでもなくロジックでもなく、海を進むイメージ、つまり、クオリアだけが最初に強烈にあって、それをゲームにしたのだろう。

このようなクオリアオリエンテッドとでも言うべき手法が宮本氏の創作の特色で、スーパーマリオから風のタクトまで、そのことは共通している。それで俺たちは、マリオやゼルダをしてからそのクオリアの存在を感じるわけだが、宮本氏は当然、それらのゲームがこの世に存在してない時点で、無から自分の頭の中にクオリアを作っている。言葉にできないクオリアを言葉に頼らず脳内にどれだけ維持できるのかどうかが、ゲームクリエイターの才能なのかもしれない。

関連→21世紀の労働倫理を「ワンダと巨像」開発チームの中に見る

創発的権力


創発的権力という言葉は、ハウル第二弾の記事で、何の説明もなく思いつきで使った言葉です。もちろん例によって厳密な定義とかは考えてないのですが、とりあえず、漠然と2ちゃんねるやGoogleのように、誰にもコントロールできないもので、人や組織の行動に影響を与える権力のことを指すとしておきます。

つまり、創発的権力は民主的、理性的、論理的な方向に向かって、非可逆的に進化するということです。

私が気になるのは、「非可逆的」ということです。これは、具体的な根拠があるわけではなくて私の直感なのですが、2ちゃんねるは特定の方向に進化していて、戻る要素がないような気がします。その進化の方向を、「民主的、理性的、論理的」と呼ぶのがよいのかは確信がありません。もっとよい言い方があるのかもしれませんが、とにかく、一定の方向に向けて正のフィードバックをかけながら進化しているように、私は思います。

止まらないものは、どんなに安全に見えても好ましく見えても、警戒すべきではないかと思います。


そもそも系


しかし、そういうデカい話じゃなくて、単に商売で儲けようとする場合にも、こういう思考から発想しないとだめなんじゃないかな。ドッグイヤーで世の中がくるくる回るから、原点から考えないと目が回っちゃって何もできないからね。今まで「専門家」っていうと枝葉末節の技術論ができる人ってイメージだったけど、これからは、こういうふうに原理から考えられる人じゃないとダメってことかな。


バーチャル流民


匿名掲示板なんてロクなもんじゃない。バーチャル流民の群です。しかし、それをバーチャルに血を見ないでできることが文明の進歩ではないのか。


できちゃった政権


戦後日本のような「できちゃった政権」に「正統性」と言われても、このようにかなり苦しいことになるが、実際に問われているのは「正統性」なのだと思う。


「カオスの縁」の倫理学


「(カオス的)不確実性」というのは、単にサイコロのどの目が出るかわからないという不確実性ではなくて、サイコロに何の数字が書いてあるか、そもそもサイコロがどういう形をしているかがわからないような不確実性だ。

医者が「この手術の成功する可能性は80%です」という言い方をするのを許されるのは、「80%」という言葉、つまり「確率」という概念が一般常識として共有化されているからだ。だから、「うまく行くのか行かないのか専門家だったらはっきり断言しろ」等と言われることがない。安心して「80%」と言える。

しかし、「(カオス的)不確実性」に直面した専門家がどのようにふるまえばいいのかという倫理的な基準は、確率的事象に対するそれと比較して、全く確立していない。もし、正直に見たままを言えば、「この人は専門家と言っても実は何もわかってない」「いいかげんなことを言っている」と思われてしまうので、見た通りに言うことができないのだ。あるいは、専門家が専門知識を生かそうとすれば(生かすことで公共に貢献しようとすれば)するほど、そのような不確実性を避けた問題設定をせざるを得ず、それが「フレーミングの政治性」という問題につながっていくわけである。


京都主義



議論と言うものを信じないその考え方を「京都主義」と言うことにする。言葉を押収することで、世の中がいい方に向かうという考え方を「京都主義」と呼ぶことにする。


「おしん」のPDA


これからもし、そういう国で「おしん」のような物語がリライトされるとしたら、21世紀のおしんは、全ての仕事を片付けた夜中になって、どこかで拾ってきたPDAか何かでMITにアクセスして必死で勉強していたりするのかもしれません。


マッタリアリズム


「本当に欲しいものがない」という実感は、今の若い人にとっては非常にリアルなものだと思う。欲しいものがない社会が、人類史上初めて実現されたわけで、この事実と飢えている人
がたくさんいる国がたくさんあるという事実を、価値判断を止揚して等分に直視することを「マッタリアリズム」と呼ぶことにする。どちらかを無視したらそれは「リアリズム」でない
と思う。

信仰欲


人間には性欲と同じように信仰したいという欲求があるのではないか?これがうまく処理されないと、ムラムラしてきてヤリテーと叫んで、あたりかまわず人の迷惑かえりみずヤってしまうような、信仰欲というものがあるのではないだろうか?

焼け太り系


ミーガン法が気になるのは、そこに「焼け太り系」の匂いがするからだ。

「焼け太り系」とは、このエントリの為に俺が作った造語であって、失敗すればするほど儲かる仕組みのビジネスである。どういうものかは、俺自身にもよくわかってない。ただ、不安を利用することがポイントになるだろう。


Ethics on the edge of chaos -- 「カオスの縁」の倫理学


専門家がそれを解説することは望ましいことであるが、多くの場合、それは問題の解決につながらず、むしろ対立をより深刻にしてしまうことになる。

それは、「(カオス的)不確実性」という概念が一般に流通し、共有されてないことが第一の原因だと思う。


過自助努力系


アメリカで市民の武装解除が難しいのは、単なる圧力団体のロビイングの問題ではないと思う。銃を手放せないのは、それが暴力の象徴だからではなくて、自助努力の象徴だからだろう。
2007年06月21日(木) 17:37:27 Modified by uncate




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