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今は無き「飛田新地 実録」(http://blog.livedoor.jp/tobitashinchi/)のアーカイブです。インターネット上にあるログ1ログ2ログ3から復元しています。リンクが切れていて抜けているところがあります。



飛田新地で10年間に儲けた額13億6000万(純利益)・・・決してホラではないですよ。西成署の摘発・逮捕拘留これが本当の仕事と思えば・・・バックはエルメス・車はベンツ・・・これならぱくられても売防の前科なんてお安いもの実刑はまず・・・風俗嬢とうまくやるには、ヤクザも好きにならなくては・・・儲かったお金は銀行へ!?いえいえとんでもない・・・お店の立ち上げから逮捕・釈放・現在までお話します。

飛田新地 実録 飛田新地 実録2 飛田新地 実録3


2007年

2007年01月31日呼び込みのカラクリ

飛田新地には色々な人が毎日出入りしています。今はもう無いでしょうが、賭博場もあり博打打ちのお兄さん、シャブ売りそれを取り締まる私服刑事、その刑事の目を盗んでシャブを買いにくる老若男女。


日掛けの洋服屋、貴金属屋(呼子に人気でみごとに安物を高値で売っています。)白タク、女の子のヒモさん、そのヒモさんが集まるちょっとあやしい雰囲気の店で売春を斡旋するたちんぼ、たちんぼに集金に来るノミ屋のお兄さん、数えたらきりがない。


客にも色々ありまして、毎日飛田新地を徘徊する、いわゆる毎度のお兄さん、(これは客とはいいません)冷やかしで女の子を見て回る客、じっくりと今日こそはいい子に上がろうと必死の客。


一回りして戻ればちょっといいなと思っていた子は他の客に先に上がられて時間潰しをして歩く客、目当ての子のいる店を目指し他の店には一切目を向けない客。


呼子と会話を楽しむためにだけ来たつもりが、袖を引っ張られて無理やり、年増を付けられ口直しにいい子を探すハシゴ客(こういう客はあまり引きません。女の子がしんどいだけです。)花街の情緒を楽しみながら見て歩く客。


そんな客と私服刑事を見分けながら冴子は玄関に今日も座っています。一旦は玄関は呼子に任せて奥へ引っ込んだ筈でしたが、どうせ実質の経営者としてバレているならと開き直ったのです。


(又どこかガサ入れやな・・・、生意気にあのパンチパーマの私服あれで変装してるつもりかいな・・・目が刑事やって言うてるわ!)


(この二人連れこれもきっと私服やな!これで3回この前通ってるわ!近いうちにあるなぁ〜)


「東さんちょっと呼び込み控えよか、他の店にも連絡してくれるか。私服がやけに多いわ。水を撒く振りしてあの高速の方見て、車が止まってるやろあれ警察の車やで」

水は先ほど撒いたばかりで、アスファルトは黒光しています。

「ママ、ちょっと買い物するふりして見てきましょうか?」
「かまへん、ほっとき、でもこの通りにガサが入るのは間違いないな」

「何でそんな事わかりますの」
「そら、関係ない通りで張り込みしても仕方がないやろ、私服があまりにもこの通りを往来しすぎや!」

「どこですやろ」
「そんなんわかってたらみんなあ、店閉めるで・・・。」

夜も9時を過ぎると車も、歩く人も多くなります。

「あっ!お兄さん!!!」

私の大きな声で歩いていた客はこっちをぱっと振り返った。すかさず

「お兄ちゃん、お兄ちゃんちょっとこの子見て!この子なアンタみたいな人待ってたんやで、何でか言うたらな、この子今日夕方入ったばっかりで新人さんやねん。」

歩いていた足を止め、客は半歩こちらへ歩み寄る。

「なんせ初店やろ、優しそうな人ないと恐い言うてな大変やねん。よかったな、美由ちゃんこのお客さんついたら今日はもう終わらせたげるわ!よかったなよかったな」

読者の方はお気づきでしょうが、勿論美由は新人ではなく、年期の入った女の子です。

客は苦笑いをしているが間髪入れずに私は客にこう言う

「新しい子やから時間はうるそう言わんから上がったってや、ゆっくりしたってな、おおきにおおきに」

わざと大袈裟に頭を下げて玄関の履物をさわり客の歩く道をつけるポーズを取る。

「かなんなぁ〜おばちゃん、まだ何もいうてへんやんか、うまいなあ、なんぼ?」

玄関の敷居をまたぎ暖簾をくぐった。こうなればもう決まったも同然です。ここまで客をおびき寄せて出て行かすのは、余程まぬけな呼子です。
後はいかにたくか(料金の交渉)です。

一旦敷居をまたいで入った客は出ていかないように私は道路側に背をむけて立ち、行くてをさえぎる形を取ります。客は玄関の下駄箱の辺に立つように仕向けます。


この立ち位置ってすごく大切なんです。心理的なもので半歩で外へ出れる状態だと、迷っている時などは「ちょっと考えるわ!」なんて軽く言ってすっと出て行かれる事があります。

出口をふさぐ格好で私をわざわざ避けて出なければいけない状態にすると、少々気に入らなくてもまぁええか、なんてあきらめも半分で上がってくれます。


一番の利点は女の子の顔が靴を脱ぐ状態になるまではまじまじと見えないのです。客は女の子には背を向け、私と向き合っている状態です。

靴を脱ぎ階段を上がる時に初めて近くで見えるしかけですが、飛田新地は料金表がないので寿司屋の時価と同じです。

値段を知りたいという心理が働きますのまず値段の交渉が先決なのです。


歩いている時は女の子を見たいのですが、一旦暖簾をくぐると、女の子は決まっている訳ですので、ジロジロみる厭な客と思われるよりも感じのいい客と思われたいという、意識現象がおこっているのでこういうスタイルはもってこいなのです。


夜もふけると女の子は化粧を何度も塗り直し、口のまわりはカパカパになっています。リップがにじんでオバQみたいになっているのは当たり前です。

真近で見られるのはいくら若い子でもちょっと困る状態です。

2007年01月30日泥から咲く蓮の華が美しいように

ここまで言ってしまえば後はもう止まりません。

「それにお照やら、みなみやらを巻き込んで、世話になった店に後ろ足で砂かけるような事を平気でするのは、弁天さんやのうても言うたるわ!キライやねん!うちが若い小娘のあんたに負けるかいな!」

(あ〜〜、すうっとした!言うたったわ!)


最後は自分自信の言葉に興奮して大声を出し、仁王立ちになって桃子を見下ろしていました。同じ目線で話すことにさえ腹が立ってきたのです。

年老いたお照をあそこまで責め立て、脅さざるを得なくしたのも今、目の前にいる女が原因です。


桃子の顔色が変わっていくのがわかりました。鬼の冴子ではなく、鬼の桃子です。相当頭にきているのでしょう、パーラメントを持つ手が震えています。


喜んで受け入れるとでも思ってこんな話を持ち込んできたのでしょうか?そうなら、相当な自信家か根からの馬鹿で、自分がした事も理解できていないという事でしょうか?


今の年齢の私ならニコニコ顔でタヌキになって受け入れたかもしれませんが、この時は若さも手伝い、乞食にはならんって感じでこんな啖呵を切ってしまいました。


もったいない。でも自分の生き方を否定する事はできませんでした。この件で残っている子は売れる子ばかりを可愛がる経営者ではないとわかってくれたのではと思います。売れっ子もダメな子も土俵は皆一緒で、ご褒美がそれぞれに違うという事です。


桃子が勝手口の戸をバタンと大きな音をさせて閉め帰っていきました。美由が待っていたように「ママ、格好いい!桃子もアホ!やねぇ」なんて言いますが、正直言って少し後悔していました。


カッコいい啖呵を切ったものの、損得考えれば損は目に見えているのですから・・・。ひと月に500万から600万の売り上げをする子を私は半分は意地で切り捨ててしまったのです。


後悔しても後の祭りとはこの事です。

(何がカッコいいもんか!昔のオテルさんがいたらきっと怒られたわ!)


「美由一切、他の店の女の子の悪口も噂話も禁止や!言いたかったら本人の目の前で言い!明日からは桃子の分を全員に割り当てるから、性根入れて客に上がりや!さあ遅くなったからみんなでラーメンでも行くか?」

「ハア〜イ。行きます。」

飛田新地の商売を汚い商売だと人は言います。書きにくい言葉ですが、(女の汁で飯を食っている汚い人間)等とも言われます。


汚い商売をしているからこそ、せめて生き方くらいは美しくと思っていました。

泥から咲く蓮の華が美しいように・・・。

2007年01月29日情のない女はあきません。

「桃子、どの店もそれぞれのやり方があるんやで、それを理解してうまくその中で稼げる方法を見つけやなアカンな!それに行った先の店の悪口を言うたらアカン、理由は何であれ、アンタはその店のお陰で食べていけてるのには間違いのない事なんやで、自分の損得ばっかりで物事考えたらアカン!]


(最初はうちの店の悪口相当こいてたんやろなぁ、きっと・・・)


「この店でやったらゆう子が桃子みたいな考えやったら、よう上がる加奈がおらんかったらもっと上がれるのにって思うやろけど、ゆう子は加奈がお客さんで上がるから客がこの店に寄って来て自分も上がれてるって考えてるで、なあ、ゆう子!」

「ハ、ハイ!」

(やっぱり全員が、耳、ダンボになってるな!)


「ママの教育ですわ・・・。」

「そうやそうやで、お互いに感謝できたら腹もたたんわ!」

「そやけど、あそこはそんな事も教えてくれません」

     (その口つねったろか!)


「今の店は教えてくれんでも、私はあんたにはちゃぁ〜んと教えた筈やでそれが気に入らんかったんわ、あんたや!桃子・・・吐いたツバは飲めんやろ、そして天に向かってツバ吐いたら自分の顔にかかるんや!この意味わかるか?わかったらここへは二度と戻れんのやで、そんな事したら他の女の子が私を信じてついてこんようになってこんな店飛田新地ではやっていかれへんのやで」


「・・・・・・・・。だめなんですか?私の事きらいなんですか?」

(うちの話聞いてないんかいな・・・!」


「そういう事やないねん。ウチにはウチの生き様があるやろ、振り返ってその生き様を恥るのがいやなんや!、損得考えたらそら!アンタを入れたいで、そやけどそれやったら私はあんたと同じ穴のむじなや!それだけや!」


「ママの勝ちですね。」

(お前はまだそんな言葉を口にするんやな!そういう問題ではなくて今は私があんたを優しく諭す場面や!可愛く泣くとか、黙って聞くとかできんのか!ボケ!)


「ママに負けたくないと思って頑張ってきました!それしか頭になかったです。!」

(あ〜〜優しい気持ちでいたいのに、そうはさせてくれへんのやな!)

この桃子本当に頑張り屋で勝気な子でした。当時は若さもありお金にも執着心があったのですが、ひとつ足らない物があるとするなら、情でしょうね・・。


情のない女はあきません。この子に見切りをつけた原因の一番はこの情のなさでしょうか。


指名を取っても無駄な事だとわかると一元倒しになる変わり身の早さ・・・これでは客はたまったものではないでしょう。


「最後に言うたるわ!あんたは私が自分で探して、連れてきて育てた、可愛い子やった、賢い子やとも思てたけど、うちの店の落としよりほんの少し500円多いから言うて鞍替えをする、その卑しい考えが私は嫌いやねん。義理も何も踏み倒して自分の得に走る考えが好きになれん。私は稼せいでくれるあんたに感謝して今のこの店の売れる子優先を考え出したんやで、その事もわからんような子は私はイラン!」


言わなくてもいい事まで言っています。女の子に逆恨みされる事は飛田新地では致命傷になる事だってあるのです。

2007年01月28日帰ってきたいんです。

桃子には悪いですが、意地の悪い冴子が踊りまくって喜んでいるのが自分でも見えるようでもあり、おかしさで涙が出てきたくらいでした。

桃子の客はほとんど私の店に来ているのです。桃子へ上がっていない事など百も承知でしたが、意地悪く私はあえてその事は黙っていました。


何故客があれ程気に入っていた桃子の店に行かずに、私の店に来てくれるのか不思議でした。勿論お客さんに出来る限り機嫌よく遊んで頂く為に、努力もして尽くしてはきました。


あまり信用ができませんが、まず待たせてくれない、呼子が愛想が悪い、店の雰囲気が暗く活気がない、飲み物をおかわりしたら別料金を請求する。諸々は聞いていましたが、要するに桃子の鞍替え先は客よりも女を大事にすると言う事でしょう。


客の替わりはいても、女の子の替わりはいないという、飛田新地独特の女の子大事主義の考えです。こういう考えの店が多いので私が鬼と呼ばれるのですが・・・。


「薄情な客やなぁ〜上がってくれてもええやんかなぁ!そんなんやったらえらい売り上げ落ちてるやろ?」
「悔しいけど、落ちてます。半分以下でとに角女の子全員同じくらいの稼ぎにするのが店の方針なんです。」


「そら!おかしいな考えやな、ほんなら人より頑張ってる者は一体なにを楽しみに頑張るねん?人より稼ぎたいから指名のひとつも取ろと努力してんのと違うの?」


「そうなんです、そのかわりにあそこのお母さんは他の女の子にわからないように、私に毛皮のコートや洋服を買ってくれるんですが・・・。」

(それってうちへの当てつけか!何も買ってやらんかったから、イヤきちかいな)

「そんなもん稼いだら自分で買うわいな、なぁ〜稼ぎ減った分そんな物買ってもらっても何の足しにもならんがな!違うか?飛田新地はそういう習慣が割りと根強く残ってるみたいやけど、そんな事してもうて喜ぶのは稼がれへん女だけやで」


「・・・・。帰ってきたいんです。」
「うん?・・・そうか・・・帰りたいんか?もう一度働きたい!出戻りやな」


台所で椅子がバタンと倒れる大きな音がした。少しざわついている様子が伝わってくる。女の子は私がどう対応するか興味深々でしょう。

(みんなーよう聞いておくんやでー。心配せんかって誰がこんな女雇うかいな!これを聞かせるために居残りさせたんやから)

わざとに大きな声でしゃべりました。

2007年01月27日桃ちゃん大変やね。

桃子が辞めて一年も経たないある日、桃子から連絡が入り話があると言うので、店が終わってから会う事にした。話の内容は聞かなくても察しがついていたので、あえて店に来るように告げた。


私は店が終わってから全員に居残りを命じた。話の内容を女の子達に聞かす目的だった。

そうとは知らない女の子は又いつものように怯えて、ビクビクしている。誰かが何かをしたのか?そしてそれは自分の事ではないか?又夜中まで説教が始まるのではないかと・・・。


こういう時に口数の多い女は要注意だ、何か陰で必ずしている。姫は以上にビクついている。美由も何かばれたのではという感じでビクビクしている。


良子も少し今日は珍しく様子が変だ。奈々も、うん加奈もオカシイと思えばおかしいな。それぞれに何かあるのだろうが、これは全部後回しで、抜き打ちの持ち物検査だと言った。

桃子がくるまでのただの時間稼ぎだが、全員ヒイている。その様子を見てこっちがヒキたくなる。


    (エーまさか変な物持ってるんとちがうやろなぁ〜)


先ずは全員のバックの口を大きく開けさせた、グシャグシャの中身の子もいればきれいにきちんとしている子もいる。又冴子の叱責が全員に飛ぶ。


「ええか!バックの中身は家の中と同じや!汚い子は家もおそらく汚い!今日は帰ったら必ず掃除をする事!あした見に行くからな!」

「ハァ〜イ」

私は全員のマンションの権利書と本鍵を預かっています。ほとんど行きませんが、「立ち入り検査をしたけれど、汚いから片付けるように」と言うと大体が当っていてその時は掃除をしているようでした。


次に持ち物を出させます。勿論異常なし・・・。シャブでも持っていたりされたらと常日頃心配だったし、丁度いい機会だと思っていたのです。


全員がほっとした表情で持ち物をしまいかけると、桃子が来ました。照れくさそうにみんなに挨拶をしています。普通なら奥の部屋へ行くのですが、わざとに私はお待ちの部屋で桃子と話をする事にしました。


隣は台所です。お待ちの部屋の戸を閉めなければ話は全員に聞こえます。聞かす為に、こういうセッチティングにしたのです。美由にお茶を入れさせ、その間世間話をしてやり過ごします。

さてお茶が入り本題です。

「桃子、今日はどうしたんや!?忙しいか?」
「はい、まあまあですが・・・。」

「まあまあ、やったらあんたの性格は満足できてへんな!」

「はい・・・。あの店は一人ついたら降りても、この店みたいにすぐ玄関に座らせてもらえないんです。次に回ってくるのは一人15分で切っているので三人いてたら45分から1時間かかります。」

(いきなり、今の店の悪口か!相変わらずの子やなぁ〜)

「それは当たり前の事やがな!うちみたいに先に客についた者が優先的に客に座らす店なんてあらへんってわかっていて鞍替えしたんとちがうの?」


「そこまでは考えてなくて、あそこの店は女の子は全員が平等に稼げる事が大事なんです。指名で上がっても降りたら又一番後ろで一時間程待つんです。ここみたいに指名は別で、考えてくれないので、指名を取るのもこの頃は馬鹿らしくなって。」

(何につけ、自分が得をせな気が済まん性格かいな、こんな子と違ったけどな)

「そら、そうやなフリーの客は同じ数なのは当たり前やけど、指名が来てもフリーの客ばかりの子と同じ本数ではあんたも可哀相やな・・・。うちでの指名のお客さんは呼んでへんのか?」


「最初は連絡できる人は呼びましたが、今は一人しかもうきていません・・・。お待ちの部屋もないしお客さんも待たせてって頼んでも待たせてくれへん店なんかって感じで座っていて見つけて、声かけても又なって行ってしまいます。」

「あはは、はははははは、ホンマか!あはは!ごめん!ごめん!そうか・・・」


(当たり前やんけー!何のためにうちが客に尽くしてると思てんねん!この日の為や!台所のみんなー聞いてるかぁ〜)

これを、この言葉を女の子に聞かせたくて居残りさせたのです。

2007年01月26日小指のない銀行員

支店長は結構色々と聞いてきます。インデアンはニコニコと答えていますが、質問は私にしてくるのです。私のお金でインデアンは単なる名義人だとわかっているのでしょう。


私は「どっちにしても、犯罪のややこしぃ〜、お金ではありませんよってにご安心下さい。それよりも、支店長さん私達をあやしいと思ったんじゃないのですか?」

話をそっちへ振ってみた。「とんでもないです。わはは、いやいやそれにしてもすごい金額でびっくりしています。しかしゴミ袋に入れて持参されたのは初めてです。」

笑いながらおでこをかいた支店長さん

(エッ!!!小指の先がないで!!!ム・ム・ム・・・銀行の支店長やで!)

慌てて目線を逸らしましたが、支店長は気づきました。
(えーーー、ウッソー聞きたい!何でか理由を聞きたい! )

勿論口に出して言ってしまいました。「指がないって何故ですか?」と・・・。そうこうしているうちに、行員3人が数え上げたお金の金額を報告してくれた。


「それやったらきりのええ、一億にしておくんやったな、惜しい!!その半端な9万円はこっちへ戻して下さい。そやけど10の束を10にして100万の束ににしてるのに可笑しいな、又数え間違えやな!」

若い行員が「11万で束ねてあるのもありました。」と言うと、主人が横から

「ようやるよなインデアンは!」と私が口を滑らせたと思ってフォローしてくれましたが、心配無用!


もう本当の預金者は私だとこの支店長は見抜いていているのだから私は隠す気はなかった。「又機械で数えてくれるんですね?」と確認すると行員は笑顔で「はい、かしこまりました。奥様この輪ゴムはどう致しましょうか?」馬鹿丁寧に聞いてくる。


「そんな、のびた輪ゴムいらんわ!捨てといて」お茶のおかわりを頼む。支店長は銀行員にしては珍しい雰囲気の持ち主でザックバランな
銀行マンにしてはさばけた性格の人で、うるさい事は一切聞かず、私にとってはこういう暗黙の了解の上で事が運ぶのは都合がよかった。


名義を借りているのも、承知の上、そして明日にでも私の自宅へきりのいい、一億にするために集金に来るとうまく話をそちらに乗せた。


この人とは長いそして親しい付き合いになり破綻後も勿論続き、現在住んでいる自宅の土地の購入もお世話になりました。


それ以来暫くの間は預金旅行と称して、あちらこちらに飛び歩いたものでしたが、通帳があっては万が一には具合が悪いので、全く関係のない人間に通帳を預けました。

どこにいくらの預金があるかを忘れてしまうので私は手帳に暗号めいた文章でたとえば滋賀県の八日市に一千万円預け入れしたなら『滋さんへ八日に一番に電話』こんな感じです。いかにもメモらしく・・・。


PCを知らない時代で何でも手帳に書き込んでいました。このお陰で摘発の時に預金の没収は免れたのは事実です。

2007年01月25日ちょっと、ちょっと、お金はここで数えて!

信用金庫の中は人はまばらでした。カウンターの上にゴミ袋をドサッと置くとその音で、行員達が一斉にこちらを向きました。


あわや銀行強盗にでも間違えられたような感じで行員の顔に一瞬緊張が走ったのを感じました。

(なんや!なんや!何緊張してんねん。変な事したか?)


私は「慌てて預金をお願いしたいのですが。」と言ったのですが・・・。


行員は私達三人の身なりを見てか、ゴミ袋と行動を見てか、信用していないようで奥で顔を見合わせていた男の行員がこちらにゆっくりと、寄ってきて黒いゴミ袋を少し遠慮したようにさわり確かめながら「ご預金ですか・・・?」と聞き直してきた。


私はインデアンの横腹を軽く突くとやはりニコニコ顔で「ハイ!ご・預・金・です。」とインデアンが答えると、今度は3袋を手で探りながら「少々お待ち下さい。」と言って奥へ入って行った。


(何や何や・・・預金や言うてんのに愛想が悪いなぁ〜嫌がってるように見えるで、その態度は・・・お金ようけやから金利ぎょうさん払わなあかんから渋ってんのかいなぁ〜???)そういう事はありませんが冴子風アホ、考えです。


しばらくすると、奥から熟年の男がさき程の若い行員と一緒に私達3人の前へ現れて、名刺を差し出す。インデアンにも私にも主人にも・・・。支店長と書かれていた。


インデアンは私が教えた通りに預金をしたいと申し出た。支店長はチラッとカウンターの上に置いてある黒いゴミ袋に目をやったが、すぐに私達の方を向き直ると、この人も、にこにこ顔で


「ありがとう、ございます。結構な金額のようですね、手続きにも時間がかかるので取りあえずは奥にどうぞ・・」と言って深々と頭を下げた。

行員の後ろから3人が一列になりついて歩いていくと、まばらの客がジロジロとこちらをみている。

(なんか私達っておかしいんやろか?)


まあ、今までに私だって貯金をした事が無い、なんて事はないけれど、カウンターより奥へ入って、こんなりっぱなソファーに座らせてもらってお茶まで出してもらうのは生まれて初めてやわ・・・。


銀行もこんなりっぱな部屋があるんやなぁ・・・。ヘエー
さすがに茶菓子はついてはいませんでした。


いくらの預金かと聞かれてもインデアンは勿論知りませんが、私も手当たり次第に放り込んだのできちんと数えていませんでした。

若い行員は数えてきますとゴミ袋ごと、持って行こうとしたので私は慌てて


「ちょっと!ちょっと!ここで数えてくれなあかんで、持ってきた本人が今いくらあるかわからんって言うてるのにあんたが持って行ったら余計わからんようになるやろ。床に落ちてあんたが気づかんかったらどうすんの!」


(ポケットに入れても誰も今やったら気付かんやろって意味やで!)


銀行なんてお堅い所、一円でも合わなければ合うまで帰らないのだとかよく聞きますが・・・。この信用金庫はこの何年か後に破綻になりますがこの時に新聞を賑やかした、こんな記事があります。


《経営破綻した木○信用金庫本店で、日本銀行の特別融資金の1億円が盗まれる。被害届は2ヵ月後の11月7日で、この他にも26の支店で業務停止命令が出た8月30日から1日にかけてかなりの額の金がなくなっているのが判明することになる。》


これは内部犯行なんですよ。ようは行員がどさくさまぎれにパクっていたのです。

私は銀行で両替をしても必ず数え直します。機械なんて間違いが少ないと言うだけで間違わない事なんてないとは限らないと思っています。何故か人間より機械の方が信じられないのです。

何故なら機械は間違っていても、正確です!間違いませんって顔をいつもしていて結局はたまに間違う事があり間違いを犯すと、その頻度は高くなるからです。

そしてその間違いを見つけるのはいつも人間で機械自身はきづかないのですから。

2007年01月24日一億は何キロ?

隠しているお金をリビングに集め、黒いゴミ袋にお金を適当に放り込み、持ってみると重い。いつも買うお米の5舛稜椶らいの重さだ。これはちょっとダメだと、二つに分ける。

万が一強盗に襲われでもしたら逃げられないから危険だなんて考えてしまいました。


夜が明けるまでの長かった事・・・。夜がやっと明けたと思うと今度は9時までの時間を考えると急に睡魔が襲い、ゴミ袋を抱えるように少し寝込んでしまったようだった。

眠っている間にドロボウが入って等とも又考えてしまったのでしっかり抱きかかえてはいました。


目がさめて、慌てて用意はできたものの、はたと気がついた。名義人がまだ決まっていなかった。人昔前は大手の銀行でも、架空名義でもいけたのですが、この頃は少し厳しくなり架空名義はできないしくみになっていたのです。

何も言わなくても頼めて、OKをくれるのはう〜〜ん、そしてすぐ動ける人間となると


急いでインデアンに電話をします。出ない・・・。
もう一度かけ直し・・・出ない・・・。

(あの!アホォ〜〜。緊急の時やったらどうするねんなぁ〜)

誰か他にいないかと考えていると、かかってきた!

電話を掴むと、急き込んでしゃべる
「インデアン、電話はいつもすぐに出てって言うてるやろ!頼むわ!」

「すみません、組合の寄り合いでまだ終わっていなかったので出れませんでした。」

「え〜〜寄り合い・・・どうしよう急用やねんけど」
「何かあったんですか?もうちょっとしたら終わると思うんですが・・・」

「何で、今日に限って、、、組合なんか、真面目に行くんやアホ!ちゃうか」
「そんな事言われても、ママが絶対寝坊せんと行きや言いましたやん」

「そら、行かなアカンで!」
「どっちですねん・・かなんなぁ〜あはは!」

「インデアン、急用や言うてこっちへ来てくれるか!印鑑持って来てほしいねん!」
「はい!でもど、どんな、急用やって言い訳しましょか?」

「親が倒れたか死んだか、何か考えて言うて、すぐに来て!イヤイヤ、東部市場の入り口で待ち合わせしよ!」
「わかりました。そやけど何ていいましょ!」

「もう〜自分で考えなぁ、そのまま、黙って出ておいで!」
「カバンを置いたままですねん。」

「ええから、何か言うてすぐに来てや!」
ブチっと電話を切ってしまいました。
   
(インデアンと話してたら晩までかかるわ!早よ来てっちゅうねん)


この前私用に購入した、ベンツSLにゴミ袋を放り込みます。まさか大金をゴミ袋に無造作に入れ助手席に置いているとは誰も気付かないでしょう。これなら強盗に襲われる心配はなしです。


何故か妙に警戒していました。ここが小心者のところなのでしょう。泥棒と強盗の文字が頭に浮かんで消えません。

後から主人もベンツで護衛です。よれよれのTシャツにスパッツにスニーカー姿です。

お米の10舛覆藐に入るものだから少々重くても腹もたちませんが、この時は罰あたりな話ですが、お金の10繕瓩そ鼎気和の紙の塊か雑誌の束を持っている感覚で腹が立つ位に重いのが正直な感想です。

でもこのゴム袋にあるお金の重さは平均的サラリーマンが生涯に得る金額近くが入っているのです。その重さも感じずに重いなどと腹を立てている私でした。


車の外へ出ると、寝不足の為か、カァーッと照りつける太陽でめまいがしそうになる。インデアンはまだ着いていないようだった。先に入っても印鑑がなければ仕方がない。もう一度車に戻りロックかけて待つ事にした。

後の主人にも車をロックするように言った。
(これでちょっと安心や・・・。ドアをぱっと開けられて強盗にお金を持って行かれたら大変や!)

又胃がきりりと痛みだす。遅いインデアンにいらついているのだろう、タバコの煙が胃に滲みる感覚で尚更胃の痛みを感じる。薬はいつも財布の中にもカバンの中にも車の中にもどこにでもいつも入れていたが、肝心の水がない。

周りを見渡すが自動販売機が見当たらない・・・。あの食堂のあたりにはあるのだろうがそこまで行くにはお金の入ったこのゴミ袋から離れなくては・・・。

インデアンのアウディーが私の車の横に並んだ。ニコニコして車から降りてくる。
(この男いつもニコニコ笑って、何が楽しいんやろ?おもろいなぁ!)


「ママ!済みません、待ちましたか?急に何ですのん?」
「インデアン、組合どうしたんや?」

「ちょっと母親が具合悪いらしいのでって帰って来ました。」
「そうか、そんな事よりな!頼みがあるねん」

2007年01月23日お金の安全な隠し場所


私はお金の隠し場所に困り果てていました。本当にとうとう限界がきていて、お金を隠すために、借りていたマンションの隣にもうひと部屋借りましたが根が貧乏人のために自分の近くに隠していないと気が落ち着きません。


店を広げて従業員の数も多くなってきました。自分では完璧なつもりでも人間は必ずどこかに落ち度があるものだと常々そう思っていました。


桃子の事件があったように、静かに気付かないうちに何かが起こるのは、当たり前の事でありそれを食い止めるのは不可能な事だ。摘発があれば自宅へのガサ入れは免れないだろう、そうするとこの隠しているお金は・・・。気絶しそうになる。


胃がきりりと痛む・・・。この頃は夜が明けそうになる時、それを知らせるように胃の痛みが背中まで走る。針金か鉛の塊をを背中の内側でゴリゴリと回されているような耐え難い痛みだ。


サクロンを一日10袋は毎日のように飲むがもう効かなくなっている。この痛みも限界・・・。明日にでも医者に行こうと毎日思うが、そう思うだけが何年も続いている。


この胃の痛みはお金の隠し場所を解決さえできれば直るような気がする。そうだ誰かの名義で預金をしよう。そうすれば摘発を受けても没収される心配はない。自分名義でも他府県の銀行ならわからないのではないか・・・。

名案が浮かんだ気になっていた。そう思うとすぐ行動に移さなくては気がすまない。

1Fにある郵便ポストへ直行・・・。

バブル全盛期、毎日のように近所の銀行のチラシが競うように入っている。今はピンクチラシが郵便ポストに溢れかえっているが、あの頃は不動産屋や銀行のチラシが多かった。ポケットティッシュをつけているチラシもあった。


その中でも特に目を引いたのが、木○信用金庫東部支店のチラシ。金利が8.5%と書いてあった筈。あのチラシを見た時にあ〜銀行へ全額預けられるなら・・・と思ったのだった。名案が浮かびそれが実行できるのだ。

集合ポストの横にある大きなゴミ箱を漁ってみる。あった!あった!

私はまるで宝物でも探し当てたように喜び、そのチラシを高々と天井にむかって投げた。すうっと斜めに宙に舞い上がり、一瞬静止したかと思うと、ヒラヒラヒラと私の足許に落ちてきた。


その足許のチラシをじぃ〜っと見つめる。大きな文字で銀行名ともっとも確かめたかった数字、8,5%と書かれている。バックにはみどりの美しい草原に青空の写真が入っていて、爽やかなイメージのチラシだった。

チラシを拾い上げ足早にエレベーターに向かい  のボタンを押す。


エレベーターが5階に着くまでに色々と考える。ここで何千万か預けて後は他府県へ・・・。他府県なら自分名義でもわからないな!岐阜に滋賀に旅行がてら行けばいいんや・・・。浅はかな馬鹿な考えですが、この考えは私だけではなかったのです。


あの頃はまだPCが一般的に普及していません。2000年頃から急速に普及が広り、一部専門家やマニアは別にして、存在を知らない人も多く、PCではなくワープロの書院なんてのが店頭に並び売れていた時代です。


携帯電話も普及はしていましたが、当時は固定電話や公衆電話のかわりに手軽に持ち歩ける通話のみを目的としていて今のように色々な機能はなかったと思います。

ついでではありますが、その少し前には自動車電話は、新規加入料数万円 他に保証金2,30万円 が必要で、 基本使用料は月額 数万円通話料金はバカ高かったと記憶しています。


実際に、ある会社の社長が東京へお金を隠すためにせっせと運びそれがバレて新聞に大きく取り上げられた事がありましたが、あの頃は本当に私のような考えの人間はまだまだ多かった筈です。

日本全国、南の果てに行こうとも、北の果てに行こうとも、どの銀行に預けようとも、PCの電源を入れればすぐにわかるのだとは夢にも思ってはいませんでした。

他府県へ持ち出せばわからないと真剣にそう思っていて、何でこんな事を思いついてしまうのだろう。ホントは私って賢いのではなんて浮かれていました。

夢は広がり、やがては海外に持ち出せば・・・なんて事も・・・。

とにかく安全なお金の隠し場所を見つけたのです。

胃の痛みは消えていました。

2007年01月21日せこい冴子のオネガイ!


全員を帰らせた後に私は明美の手に10万円を握らせました。私も引き返せない気分になってまるで私があの男から逃げるのだと焦る気持ちになっていたのです。

「返す気になったらこの口座に振り込んでくれたらいいから」

(こんな時にこんな言葉を言うのは不謹慎やなぁ〜明美傷つくんとちがうんかな)

「誰にも言うたらあかんで!」
(何を誰にいうねんな・・・)

どこまでいってもがめつく、せこい冴子です。可哀相だと思っていても返済してくれる事を願って雰囲気的に今言っておけば返してくれるかな?なんて考えていました。

コートは男がお金を隠していた事を怒ってハサミで切り裂いたとの事でした。マンションも無茶苦茶な状態になっているのは想像できます。

どうせ明美がいなくなったら家賃も払わず、やがてはロックをされて自然と追い出されるのです。放っておけばいいのです。

相当暴力を振るわれたのだろう、顔も少し腫れているように見えるし、目じりやおでこのあたりは赤黒くなりかけている。

明美の事だ本人は気づいていないかも知れないが、夜行バスの事も知られてしまうような事を言ってるかもしれない。今度は逃がすのを失敗してしまったら、明美は私の手の届かない所へ連れて行かれるに決まっている。

あの男には契約書などは何の意味も持たない。私は夜行バスで帰るのはやめさせて、次の日の朝一番の電車に乗れるように、梅田のビジネスホテルを取り、そこで一晩寝かせる事にしました。

この飛田界隈にいさせたのでは、いつまでたっても明美はあの男からは逃げられないと思ったのです。ウロウロさせていたら又このお金も取り上げられると考えました。

ホテルへ連れて行き私はお気に入りのコートを明美に手渡してやりました。貸し付けたつもりの10万よりもうんと高いコートです。

厭なら、そしてそんなに大切なコートなら二度と会う事はない明美にしなくてもよさそうなものなのに、そうしてしまう自分が情けない気分になって泣いて何度も礼を言う明美に私も泣きながらこたえました。

別れが悲しいのではなくお気に入りのコートを手放してしまう、自分が悲しかったのです。

「明美、頑張るんやで!絶対シャブはアカン!ほんでなできればお金は口座に振り込んで・・・楽になった時でええからな!コートはちょっと私気に入ってるからできれば送って・・・。」

この後に及んでも未練たらしく私は明美に頼んでしまいました。そう言えば

「コートは大丈夫です。電車ですから」と断って返してくれるのではなんて期待していました。

言ってくれる筈もない事はわかっていましたが・・・。

これが最後の明美とのやり取りです。その後は電話の一本もありません。

お金はきちんと入金がありました。コートは未だに返ってきませんでしたが・・・。

幸せな人生歩んでくれているかな・・・?

2007年01月20日頑張って、逃げ切ってや!


明美は相変わらずシャブ中のヤクザとの生活を続けています。それでもお金は少しづつですが、ごまかして私が預かり貯まっていました。お金が少し貯まると明美も男に嫌気がさしてきたようです。

これも女の法則のひとつでお金がないとダメ男でも頼ってしまっているが、少しでも余裕がでるとその男のダメな部分がはっきりとわかり、頼らずに一人で生きようとする。

私に別れる相談に来ましたが、結局は飛田新地で働いていたのではあの男から逃げられない事になります。

仮に他店へ鞍替えをして、男が営業中に金の無心にきたりしても、文句を明美に言うだけで、守る事はしてくれないでしょうし、明美が他店では働くのは契約書も交わしているのもありますが、何よりも万が一の時にこちらが寒い思いをしなくてはいけません。

男が覚せい剤でパクられた時に芋ずる式に上がるのは当然の事でこうして明美を雇っている事もいいはずはないのですが・・・。

明美は覚せい剤は初期の中毒だったのか、きつく言いつけていたので、何とかシャブも辞めていたようです。でもあの男と一緒ならいつ又やり始めるかわかりません。

そう考えるといっその事、明美が言いだしてくれたこの機会を逃さずに、辞めさた方が私はお互いの為にはいいと言う結論に達しました。準備が整うまで、暫く日がかかりましたが、何とかその日が来ました。

夜行バスで明日、田舎の姉を頼って帰るという日に店が終わってから私が預かっていた貯金を渡してやりました。

56万4412円だったと思います。「コロヨシイイネエ」なんて渡すときに言った言葉を今でも憶えています。明美はマンションは自分名義だが、何もかも捨てて、身ひとつで田舎へ帰ると言っていました。

マンションの解約などこの男から逃げるのですからできない事ですし、返ってくる保証金も微々たる金額でないに等しいものです。

明美には知恵をつけ、明日は店は休みだと男に言い、ゆっくり寝て少し小遣いを渡して、夜になり男が出かけるのを待ってそれからすばやく出て行く段取りを教えました。頼りない明美にできるかどうかはわかりませんが・・・。

最後のお別れを近所の居酒屋で二人だけでして、きつくきつく、飛田で働いていた事は何があっても言ってはいけないと、そしていつものように、潰れたスナックの電話番号を控えさせて別れました。

(頑張って、逃げ切ってや!)そう願う事しか私にはできません。

次の日は、やれやれと思いながら、男が探しに来た時の言葉を考えたりしていましたが、結局何も男は言ってはきませんでした。

(うまく夜行バスに乗ってくれたんやな。男はお金を持ったまま、遊び呆けて帰ってきていないので、明美が逃げたのもまだきっと気づいていないんやわ。)などと思っていました。

ところが帰った筈のその次の日でした。清算をしていると勝手口の戸が開き、そこには明美が立っていました。泣いています。私は話を聞くまでもなく全て悟りました。

(お金を見つけられ全額取られたな!馬鹿やなぁ〜)

何故か事件が起こるのは冬の寒い日です。この日も雪がちらつき寒い日でしたが、明美はコートも着ずに立っていました。段取りをつけた私に対して言いにくく、マンションで一日中、こもっていたそうです。当然50万もの大金を持った男は帰ってきません。

(この子はどこまでアホな子や・い・な・ぁ〜 私のつめが甘かったか???あのお男はシャブと金の臭いはすぐわかるりっぱな鼻を持ってるんやろか?)

2007年01月19日助けて〜抜けないんです。


季節はずれの成人式をする準備で忙しいある日、美由が呼んでいると加奈が階下まで知らせに来た。

又横着して、仕事中の加奈に用事を言いつけてから、ひどく怒ったらなあかんななんて思いながら階段を上がり、廊下から声をかけると美由のうめき声が聞こえて来た。

(今、客が入ってるよなぁ???えーナニやろ?この声苦しそうな声でクビ絞められてるとか?変や!)

迷わずに私は襖を開けた!ひゃあ〜っ。  目の前に広がる光景は・・・。

(まずかったんとちがうのーーー。やってる最中やでーーー)

が、が、合体した姿で客は腕立て伏せのような格好で私を見るのに振り返っていた。
(何?何?これって何?)

「ママ〜〜〜、助けてください〜〜っ!抜けないんですぅ〜」客は顔を真っ赤にして額から汗を流し、苦痛に顔をゆがめている。

「ナニ〜ぃ〜よぉ〜どうスタン、美由ちゃん、何がどうスタン〜〜〜」

美由も痛いらしく「抜けないんです・・・ううっ」こんなのって聞いた事がない、わかりません。

「抜けないんです、なんて言われても、、ちょっと困るなぁ、どうしたんやろ?」

二人共本当に苦しそうと言うか痛そうというか、美由は何故か足を上にあげた格好になっています。一部分だけがしっかりと合体しています。

「美由、足下ろしたらどうなん?」
「ママ、おろすと無茶苦茶痛いんです。足がだるくて死にそうです。」

その言葉を無視して客の体を引っ張ってみた。無理やり離そうと思ったのです。 「いたた!!!やめて!くださ〜い!痛いです。」客の大きなぶよぶよした体は汗でびっしょり濡れていて手がすべっってしまう。

今度は美由の足を下に無理やり降ろそうと試みた。

「ママぁ〜痛いです、やめてくださいぃ!」
「加奈にお客さんが入ってる、静かにしぃ!」太もものあたりをバチンと叩いてやった。
「足が・・・足がだるいです。降ろすと痛いんです。」

(痛い、痛いってうるさい女やなぁ〜) 美由の足を支えてやった。
(まてまて、慌てたらアカン、落ち着け!落ち着け!えっとお、犬のさかり一度見た事あるけど、一方の犬は痛そうやったわ・・・。ほんで、キャンとか言うて動きまわっていたけど、暫くして落ち着いたらスポット抜けとったなぁ〜オスのチンチンはダラーとしてよだれ出しそうな顔してた、確かそうやったから・・・。)

「二人共深呼吸して・・・・そうそうほんで落ち着きや、美由が痙攣起こしてるかもしれんからな・・・落ち着くまでリラックスして何か他の事考えや、お兄ちゃんもやで、ジュースか何か飲むか?」

客は苦痛に耐えているような顔でいらないと言いたいのだろう、首を横に大きくふった。 「アカン、アカン、そんな力入れて首振ったら余計に抜けへんで、リラックス、リラックスやええな、ゆっくり大きく息を吐いて、吸うて・・・」

「ママ、息吸わな吐けないんですが・・・」
「あはは!当たり前やろ、そら先に吸うねん」客も

「あはは!ホンマやで・・・。吸うてから吐かなあかんなぁ〜・・・うん?・・・うん?・・・えっ?・・・あ?・・・」

暫くして「抜けた!抜けた!よかった!」先ほどの笑いでリラックスできたのでしょう。

「あはは!あはは!抜けたぁ〜」大きな体のお兄さんでんと座り直しあぐらをかき、額の汗をぬぐいます。 ダラリとした大きな、ながぁ〜い巻きずし君も濡れティッシュでいとおしそうに拭いてやっています。

美由は大の字になり、大股開きで天井をぼお〜っと眺めています。

原因不明の事件にしておきます。

2007年01月18日姫ちゃんも!それはあかんやろ〜


一度は場もしらけましたが、又盛り上がってきました。良子はせっせとみんなの世話をしています。大人しい普通のお嬢さんって感じです。この子はどうしてこんな風俗に入っていまったのだろうとさえ思わせる女の子でした。

仕上げに冷麺をと何人かの女の子が注文しました。時間がかかるので少し早目に頼んでいました。

お肉も食べ終えてさて冷麺ですが、姫ちゃん一向に冷麺を食べません。お腹が一杯らしいのですが、見ると牛刺とユッケがまだ半分以上づつ残っています。

そろそろお開きなので早く食べるように言いつけると「もう食べれませ〜ん」の返事が返ってきました。

「そうなんか、お腹が一杯になったんか・・・。」「ハイ、頼み過ぎました。」

「ぼけか!お前は!人にご馳走してもらうのに食べきられへんほど頼む馬鹿がおるんか!食べれるんやったらなんぼ注文しても怒らへんけど、それとは話が別や自分がお金を出さんでええと思ったらこのザマか!行儀が悪いんにもほどがあるわ!」

「スミマセンン・・・。」

「どいつもこいつもスミマセン言うたら済むと思ってんのか!親方がてんぷらうどん頼んだら、従業員はせめてきつねうどんを頼むぐらいの謙虚な気持ちを持て!同じようにてんぷらうどんは頼まんもんや!これから誰かに連れて行ってもらう事があっても、飲み物、焼き物、後は、生レバーかユッケどれかひとつ頼むのが常識や、覚えときや!食べれるんやったらいくら頼んでもかまへん、残すまで頼むな!うちにイヤキチしてんのか、さっさと全部平らげてしまい!」

「はい、、、ごめんなさい」
(まったく、こんな行儀も知らんのかいなぁ。全部平らげるまで帰らさへんぞ!)

その後で感心したのが、叱られた姫を可愛そうに思ったのか、それぞれが少しづつわけて、食べるのを手伝っています。

(なかなかみんな、やるなぁ〜。それぞれにバラバラに働いてはいるけど、仲間意識が出ているわ!いい子やぁ〜、姫のアホはその事わかってんのかなぁ?)

もっと鬼みたいなママになってやろうと思った一日でした。私が厳しければそれなりに助けたり、助けられたりで仲間意識が強くなる、いずれは摘発を受けるだろうけれども、その日がきても絶対に崩れない何かを作り上げておきたかった。

2007年01月16日みなみ鞍替えのカラクリ


みなみに対しては、人に散々世話になりながらこういう事を平気でやろうとする女は、所詮ここまでとこの時点で見切りをつけましたが、苦労して身辺整理をしてやり磨き上げた女の子です。簡単に手放せる筈はありませんでしたが、反乱を起こそうとした行動の責任は取らせなくてはいけません。


知り合いの店に預ける事にしましたが、人間悪い事はできないもので、罰は私が与えるまでもなく天が下したような問題がみなみには起こりました。


父親と母親から両方から、お金の無心があったのです。母親の方は妹の高校進学の費用、父親は女と一緒になるための費用で事情があり、お金は急ぐらしいがどうせ借金の返済金だろう。

私はみなみにこの時とばかりに言い聞かせました。桃子の話に乗ってついて行っていたらこのお金が借りられたかと、一体どうする気だと。

飛田新地でこのような何百万ものバンスを出すのは、この店だけだと言う事をよく頭に入れておくように、そして辞めたいと思う時はこういうお金の段取りをつけなくてもいいような環境になるまでは辛抱をして働くようにと・・・。


母親と妹の生活は毎月仕送りをしていましたが、やはり母親も借金があるらしく頻繁にお金の無心は生活費以外にもありました。


離婚した父親と母親の間に入り、両方の面倒をみるという可愛そうな環境ではありましたが、私に対する裏切り行為はもっとも愚かな行動だったと思い知らなくてはいけない状態になってしまったみなみでした。


みなみを預かりの形で行かす店は、みなみの売り上げは全額私に入ります。ベンちゃんの所に預けるよりも私にとっては、好条件です。


女の子が一人しかいないので、呼子を店に留めておく手段として、女の子の頭数を揃えていないと呼子が店に居つきません。その為には店に売り上げが入らなくても女の子を貸してもらえるのは条件的には悪くないのです。



その店は青春通りのど真ん中に店を構えております。経営者は不動産屋でママは名義人とママを兼任した形です。


雇われママがどこまで面倒を見てくれるかはおおよそ見当はついていますが、これも反乱を起こしたみなみへの罰であり、厳しい店であってもいかに面倒をみて貰ってきたかをわからせるいい機会です。

呼子や女の子は上位の売り上げをするが、私が儲けに関係なく、こういう行動を取ったみなみを許す事なく追い出してしまうと思っています。当然預かりで行かす店とのカラクリは誰も知りません。


私も経営者の端くれです。このカラクリがなければみなみを店から手放す事はしません。それに近々、森下が女の子を大阪へ運ぶと連絡が入っていたのです。


加奈とみなみだけでも充分ですがもう店事態が一杯です。サコビッチの店やベンチャンの店に入れたのでは私の収入は減ります。みなみを押し出しておけば、収入が減る事もなく済み、新しい女の子を教育する事ができます。


一度働いている店から心が離れた者はだめだと言う事で、私に添える子を探すのが目的なのと、若いきれいな子が次から次から入ってくる店という評判も店を繁盛さすには絶対必要条件なのです。

2007年01月15日みなみちゃん、うまくいかんもんやねぇ〜


長々と話を聞きました。言い分は桃子にそそのかされたとの事。人間誰でも自分一人が悪者になるのを避けたいのは当然の事。お照や桃子からは何ひとつ話は聞いていませんでしたが、あえてみなみに言ってやりました。

「桃子やお照の話とは随分とちがうなぁ?火付け役はみなみお前やときいてるけど」
「そんな事は嘘です。絶対にありません。聞いて下さい。」
「誰にや?」     「桃ちゃんとお照さんにです。」


「だから二人から聞いた話がみなみ、お前が言いだしっぺ、やって言うてるやろ」
「そんな・・・そんな事ありません」


「どっちでもええねんや!そんな事は!お前のしようとした行動が問題なだけや!人のせいにしてええ子になろうと思うな!」

「ちがいます・・・。嘘じゃありません。」


(お前も同じ穴のむじなや!残されたお前がこれからは針のむしろに座る事になるんや!まだわかってないんやな!私が口で誤魔化される思てるんか!あほ!)


「ちがいますやないんや!あんたの私にする行動が問題なんや!」
「すみません。」


現在の状況は店を辞める時は飛田を離れる時であり、かと言って他の風俗で働く知恵もなく、お金を稼ぐには辞めさせられる事は絶対にできないという状態です。しかし気持ちは一度は店から離れています。


桃子やお照がそそのかした事は充分にわかっていましたが、理由はどうであれ、こういう芽は摘んでおかなくては伝染病のようにすぐに広まってしまいます。二度とこういう考えに至らないようにしっかり、教育をして行く事が肝心な事です。



「ここで勤めさすのはいいけど、はい、じゃあ残って頑張りや!という訳にもいかんから、みんなへのみせしめに来月、知ってる人が店をオープンするから、取りあえずはあんたの最初の計画通りに一度はこの店、出て行き!それから又時期を見て迎えに行くから・・・。それしか飛田におれる方法はないわ!わかったな!」


「どこのお店ですか?クビなんですか?」

「だから、預かりで行き言うてんねん、店はどこでもええやろ!裏切り行為をするような人間をここに置いておけるか?それやったら真面目に店に尽くしてる、他の女の子に私はどうして礼をつくしたらいいねん?何かいい方法があるか?」

「・・・。」

お金を稼ぐ為には私の言う通りに黙って従うしか、選択の余地はないみなみでした。

2007年01月14日みなみちゃん、どうしたん?

みなみはじっと黙って下をむいたままで、返事をしません。
「どうしたん???みなみ、何か都合が悪い事でもあるのんか?」益々ねこねで声で聞いてやります。怒鳴りつけたい衝動にかられますが、ここはじっとガマン。

「すみませんでした・・・。」
「何がすみませんでしたや?何かしたんか?」

色白の頬が赤く染まります。じっと下を向いたままで身じろぎもしません。
「どうしたん?おかしい子やなぁー。父親やコウヘイの件まで私に尻拭いさせた私には義理を感じてよう、働いてくれて感謝してるんやで、そんなあんたが謝らなあかんような、不義理などせんやろ、何を謝らなあかん事があんねや?」
(言えるもんなら、言うてみぃ!)

「あの・・・店を辞める事・・・。」
「店辞めるって誰がよ、桃子の辞めた事が何か、関係があるんか?」
「いえ・・・、私が・・・」
「私がって、みなみは休むんと違うの?辞めたいのか?それやったらそう言うてくれたらいいねんで。」

「いえ、違います!辞めたくないです・・。」わぁ〜っと大声で泣きだした!
タバコを3本も吸って泣き止むのを待った。
「ママは知っているんでしょ、私や桃子ちゃんの話・・・。」
「知らん!」

「桃ちゃんは知っていると言ってました!」
「あんた辞めた他所の店の女と連絡取ってるのか!?、うちはそういう事は一切禁止や!そんな子は辞めてもらうで!」

「・・・・。」
「みなみ!この店で勤めたいのか、辞めたいのかだけ聞くは!どっちや!」
「辞めたくないです。」


「それやったら、ええか、辞めた女や呼子のオバハンとは一切連絡を取ったらアカン!それができるならここで、雇ったるわ!できへんかたらクビや!好きな方を選び、好きにさせたるわ!もっともお照はあんたには二度と連絡はしてこんと思うけどな!」

「ママの言う通りにします。許して下さい。」
「そうか!許して下さい言う事はなんぞ、うしろめたい事があるんやな、先ずそれを聞いたるわ!」

2007年01月13日もうひとつ仕上げはみなみちゃん

残るはみなみか・・・。さてさてどうしたものか・・・。少し日を置く事にしました。あれ以来お照とは連絡が取れていないようです。

あれほどかましを入れたのですから、自分の身がかわいければ、儲けにもならないみなみに、かたる筈がないのです。呼子というのはそういう所ははっきりしたものです。


店で従業員を集めて私は規則を追加しました。これから、退店は自由だが、する時は一切飛田新地の中では働かないという誓約書を書いてもらうと。


理由は、鞍替えした先が摘発を受ければこの店も必ず摘発を受けるから、店に迷惑をかけても保障のしようがないからという勝手な理由でしたが、私から言えば正当な理由です。

それから呼子との付き合いは一切禁止。お照はクビにしたと。おきぬさんはお照が言いふらして、噂になるのではと心配しました。それは誰も知らないだけで私には念書という担保があるのです。


他店の倍以上の稼ぎをさせているのだから、いらぬ考えや行儀の悪い事は一切見逃さない事も改めて言い聞かせました。

みなみを呼びました。居心地も悪そうなので取りあえず田舎に帰るように言いつけましたが、どうも帰りたくないようです。


そりゃあ、そうでしょう。お照と桃子とみなみと3人でつるんで店を辞める段取りを組んでいたのですから、今やバラバラになった3人です。念書も書かされた今、お金にいそがしいみなみが辞めて行く当てもないのです。

おそらくは、先ず桃子が鞍替え先の店へ行き、田舎へ帰ったみなみを暫くしてからお照と一緒に店に入れる計算だったと思います。小娘の浅知恵などお見通しです。


私は優しく微笑んで問いかけました。

「頑張って働いてきたんやから、ひと月でもふた月でも休みを上げる言うてるねんで、その位遊べるお金の余裕はあるんやろ?遠慮せんでもいいねんで!」

2007年01月12日死ぬまで恨め!

お照も勿論だが、私も疲れ果て、時計を見ると八時になっていた。お照の着ていた割烹着は涙と私の支離滅裂の暴言に耐えるために掴んでクシャクシャになっていた。

立ち上がり台所のホットボックスからオシボリを出してきた。
「お照!何、よその店のオシボリ勝手に出してんねん!たった今さっきクビになったん忘れたんか?」ここまできたらもうヤカラだ。お照は黙ってオシボリを戻す。


「今から念書を書いてもらうわ!何でもするから許してくれ言うて、頼むからからって言うたな」
「ハイ、それで許して貰えるなら、書きます。」
「アホかいな!許すのと違うで、どないしたら許せるねん。こんなドロボウみたいな事して、念書は担保や!担保!」


「それで、許して貰えますか?息子とは関係ない事で、お願いします。」

(このオバハン、自分のいう事聞いてもらう為やったら何でもするオバハンやな。そやけどこんな目に合わされたんは初めてやろなぁ)


「その為に、念書を書いてもろて、担保取るんやんか、それにしてもたいがい悪いオバハンは知ってるけど、あんたみたいに性根の腐ったオバハンは見た事がないわ!こんな事したったら、よその店やったら潰れてしまう店もあるで!これはりっぱな引き抜きや!親方の財布盗むようなもんやで!」


実際この花街の中では1人や2人だけで商売をしている店も沢山あります。呼子と女の子が一緒にどこかの店へ移動してしまえば、店はその日から収入を絶たれて家賃も払えない状態に追い込まれます。


これ程行儀の悪い事はなく、最低限してはいけない事なのです。

女の子に構う呼子は、どこの店も親方も嫌い敬遠します。



「えらい、スミマセンでした。許して下さい」


「お照最後に言うたるわ!うちを若い思て、甘くみたなぁ、そこら辺のぼお〜っとした親方と一緒にしたらアカンで。お前の事位見抜けんで、この飛田で店張れるかいな、そうやろ!?うちの事を飛田でちょこっとでも噂にしたら、担保の念書がもの言いだすで、死ぬまで恨んでもええから、忘れたらあかんねんで!あんたが死ぬまでやで、恨み続けてもいいからな!」


床におでこをこすりつけ震えながら「申し訳、ありませんでした。」
「鍵を置いて、出て行き!この通りも二度と歩くな!」

書かした念書は今も手元にあります。

2007年01月11日弁天のお照

お照は小さな部屋に寝る場所もないくらいに、大きな神棚を飾っていたのは知っていました。弁天さんを飾っているのでしょう。
(そう言えば休みの日にお照に連れてもらって占いにとか言っていたよなぁ)

若い女の子は占いが好きです。こうなっては何を言っても無駄、解決策は見当たらず自分の人生の流れだとあきらめる事にしたのです。こんなところに落とし穴があったのか・・・。

流れに逆らって、もがけばもがくほど深みにはまり苦しい、惨めな思いをするだけです。運命だとそして縁がない子だったのと、あきらめる事にしました。流れに逆らわないのも私の哲学です。

しかしこのけじめはつけておかないと後に続く者がでてくるかもしれません。こういう事態が起こった時は何も言わずにじっと耐え、されるままにしておくか、きっちりとけじめをつけるか二つに一つかしかないのです。

それにしても稼ぎ頭の桃子がいなくなるのは大層な痛手でお照に対して腹がたっていたのが正直な所です。

(このお照!ボケ!いらん事してくれて!)

「わては関係ないでで、済ます気ぃならそれもええなぁ、そうそうあんたの息子確か銀行員やったよなぁ〜この話一回聞いてもらおか、何やったら私から出むいてもええで!なぁ、お照!」


このお照は知らぬ存ぜぬで通すつもりなのです。桃子が勝手にやっていると・・・。思わぬ私の言葉にお照は泣き出しました。

「ママさん、息子は関係ないです。それは止めて下さい。お願いします。」
「何がや!親が自分のケツよう拭かんのやったら。息子が拭くのはあたりまえやろ」

膝をすりよせてきて私の両腕を掴み泣きながらいいます。「それだけは、それだけは堪忍して下さい。お願いします。」

「気色悪いオバハンやな、離れえなぁ」

押し問答が続き気がつくと外は明るくなってきています。「何でもしますから、それだけは堪忍して下さい。ここで一生働きます。何でも言う事を聞きますから。」

私はニヤっと笑った。その言葉を引き出す為に今迄このお照と向かい合ってきたのだった。「待ってたんやで、あんたがそう言うのを今言うた言葉わかってるなぁ」
頭を床にこすりつけてお照は言った。「はい、何でも言う通りにします。」

「そうか、桃子もあんたもいらん!クビや!そやけど桃子を連れて一緒に働く事はならん!あんたは死ぬまで、この飛田を出て行く日まで私の店の通りを含めて、三本の通りで働く事もならん!どっか端の方で働き!私の目の黒いうちは私の前に姿を現すな!」

(桃子を連れて歩いていい目をしようなんて600年早いわ!)

お照のもくろみ通りに行かないのはちょっと困った事態でしょうが、
「わかりました。何でもします。」そう言うしかないでしょう。

「何が弁天さんや!弁天さんが聞いてあきれるわ!ええか、人間は行儀の悪い事をしたらこんな目に合うんや!オバハンも年くってるからしってるやろ?因果応報って」

「ママさん、弁天さんの悪口言うたらあきまへん、バチが当ります。」
「何がバチや当てるんならあててみいや、その弁天さんの教えがこんな行儀の悪い盗人みたいな事をせえ言うてんのか!盗人に説教されたないわ!」

「スミマセン・・・。」
「今度近畿道か通って茨木のあたりで弁天さん見えたらツバ吐いといたるわ!ぼけ!」
「堪忍してください」

「うちも弁天さんもってるわ!そんだけ大事な弁天さんやったら、うちの弁天さん拝んどけ!アホ!」

これは洒落で取っておいて下さい。ちょっときついシャレですが・・・。

2007年01月10日笑い話にもなりまへんでぇ〜

桃子への姿勢は目の前で指名客を加奈に上がらせた事ではっきり表したので、桃子も腹が決まったでしょう。鞍替えをしてからが私と桃子の勝負です。


客が桃子について行くか、それとも店を選びこの店で再び気に入った女の子を見つけて踏みとどまってくれるか・・・。私にはひとつだけ勝算がありました。


客に対しても女の子に対しても、私は精一杯真心でつくしてきました。売れっ子を待つ間他の店の女の子に上がらないように店の女の子のかわりにいたれりつくせり、してきました。


当時の飛田新地ではなかった、待合室を作り客が退屈せずに待てるように接待をしてきました。雨の日や寒い日に客が何時間も外では待ってはくれません。他所の空いている女の子に上がってしまいます。


女の子とお客さんとの両方の立場になり、私自身のやってきた事の結果を試すいい機会でもありました。人様につくす気持ちがどれ程大切な事か、それとも何も意味のない自己満足な事だったのか目の当たりにこれから見れるのです。


店が終わって全員を帰らせたその日、私はお照に少し店で待っていてくれるように言い、飛田新地に人がいなくなった午前2時過ぎに又店に戻りました。

仕上げはお照です。


私が店に入って行くと、原爆で禿げ上がったような、髪の薄い頭を撫で上げながらお照はニコニコとして私を迎え入れます。

私は勝手口からずかずかと中へ入りながら、お照が口を開く前に


「お照!呼子のオバハンの女の子の引き抜きは飛田ではご法度の筈やな!それをわかっていて私の店からそれをするんやな!」

お照はガリガリの体を自分の両手で抱きかかえるようにして言います。


「ママさん!それは誤解です。引き抜きやなんて、そんな事しますかいな。桃ちゃんが勝手に話を決めてきて私も一緒にきてほしい、言いますねん。弁天さんで、ママの生き霊が桃子はずるいから、店で一番嫌いや!言いましてん、それでですわ!」


(ハァ〜???何の生き霊やって??私が一番桃子を嫌ってるってか?そんな現実離れした話誰がまともに聞くかぁ〜)

2007年01月09日桃子退店

弁天のお照は桃子とえらく気があっているようでした。桃子、みなみ、お照とこの3人が店では仲がよかったようです。時々帰りには飛田の居酒屋に立ち寄ったりとしていたようです。

しかしこの事に関しては私はあまり心よくは思っていないのが本当の所でした。女の子はこの二人だけではありません。呼子が特定の子だけと仲良くする事は他の女の子の立場からしてみれば決していい気ではない事も確かな事です。


早く気づけばよかったのですが、サコビッチの店の段取りなどで忙しくしていた私はインデアンの店の事もカバちゃんの店の事もおろそかになっていました。

案の定悪い予感が的中して、ある日店に行くと桃子が退店を申し出てきました。ピンサロにいたのでそこでは当たり前のような鞍替えをすると言うのです。入店してから何年も経っていましたし、忙しく手のかからない子だと放っておいたのがおそらくの原因でしょう。

それと同時期にみなみも暫く店を休んで岡山の母親の元へ帰ると言い出しました。
何かあるなと私は感じていましたが、黙ってそれを受け入れる事にしました。二人が相談しての事だとは火を見るよりも明らかです。


観察していると、お照も落ち着きがありません。頃合を見て辞めるつもりでいるのは確かな事です。油断していた自分の責任ですし仕方がありませんが、従業員にいいかげんな理由を並べられて、笑われながら辞めて行かれるのは、後々残る従業員に対して、しめしがつきません。

そして私の性格が黙って受け入れられる筈がありませんでした。

退店はひと月先の約束をしましたが、この時も桃子は黙ってそれを素直に受け入れました。次に行く店の親方がきっと私の店と揉めないように、言い含めているのでしょう。桃子の性格からして鞍替えを決めてひと月も我慢できる性格ではないのです。


私は考えました。ひと月もあれば指名客には殆ど次に行く店を知らせる事ができてしまう、もう何人かに知らせてはいる筈だが、このまま置いておけば次の店の宣伝を私が協力しているようなものだと・・・・。私は即効桃子に退店を言いつけました。


これには桃子も慌てて「今迄お世話になったのですから、きちんと最後まで、約束の日までは勤めます。」と言いますが、私は冷たく


「辞める子が店にいてたんでは他の子が落ち着かんし、辞める子にいちげんさんをつけるより、残ってる子につけた方が店にはためになるやろ!?今すぐ荷物まとめて辞めても、何も文句を言わんから安心して下さい言うて○○のお母さんに言うたり、それから迎えの挨拶も結構ですって言うといて!長い間ご苦労さんでした!」


鞍替え先の店の名前まで私が口に出したものですから、桃子は驚いていました。
(何びっくりしとんねん!アホか!そんな事も嗅ぎつけられんで飛田で商売できるかいな!)


桃子が荷物を店から運んでいる、丁度その時に馴染みの客がひょっこり入って来ました。客は珍しく桃子がいたので大層喜び「わぁ〜電話かけんと来たけどラッキー!桃ちゃんいてるやん、どうせ待たなあかん思って本買ってきたんやけど・・・」いつも待たされるのでご機嫌の客。


「兄ちゃん、残念やなぁ〜桃子整理休暇やねん。あんた前から気に入っていた加奈ちゃん上がり・・・。ええよな桃子!・・・。かまへんかまへん、解禁や・・・。あはは!!!。いつも待たすから今日は時間もサービスするわ!」


客は戸惑っていましたが、桃子にもそろそろ飽きてきた頃、桃子が奥へ入った隙に黙って加奈と二階へ上がりました。


     「加奈!今日からはそのお客さん、生でもかまへんで!」
         (あんな!小娘に負けてたまるかぁ!)

2007年01月08日ゆう子の決断・子供との別れ

金に追われて小汚い女では客に夢を与える事もできません。その前に客がつかないのですから、ゆう子も納得しない訳にはいきませんでした。

最初は相談という形で市役所に行かせました。市役所はなるべく親子は一緒がいいのだとゆう子に言います。簡単には預けさせてはくれません。母子福祉や生活保護を貰う事をすすめて親子を一緒に生活させようとします。


ゆう子一人ではやはり無理です。このままだと子供を手放す事は無理になってきます。私は一緒について行って市役所の担当に言いました。


名古屋から友達の私を頼ってヤクザ者の男から逃げて来たと。覚せい剤をする男の元で子供を育てるのは不可能だと。自立をして子供を引き取れる状態になれるまで施設で預かってほしい。幼い子を連れては働きにも行けない。かと言って、生活保護をもらっていたのではいつまでたっても自立ができない。一日も早く自立をして子供と暮らす事ができる母親にしてやりたいので、自立への手助けをお願いしますと。


OKは出ました。しかし今度は預けたら簡単には親元には帰さないのがこういう所です。実際に親がきちんとした生活を営んでいるか、どうか調べてでないと返してくれません。それを最初は覚悟で預けたのですが、一人身になるとそれに味をしめ好き放題をして、独身生活を楽しみます。


この子達は結局それから上の子が11歳になるまでゆう子の元には帰ってきませんでした。引き取ったのは私が摘発を受けゆう子とは暫く音信不通になっていた時期で、この子達を引き取る事で生活保護と児童福祉手当てを貰う事が目的にあったからなのです。最初の私の勘は当っていました。やはりどうしようもない位、横着なとんでもない女だったのです。


その後何年間かして会いますが、その時はゆう子は090の闇金にはまり、毎日取立てに追われて、子供たちは又犬のような食事の与え方をされてゆう子と一緒に暮らしていたのです。

2007年01月07日このままでええのんか?

預けている託児所もあまり環境はよくないと、色々と考えて、その後託児所を替えてみたり24時間保育にも預けましたが、売り上げと保育所の料金、借金の返済を考えるとぎりぎりの生活で益々、売り上げは落ち込んでいくいばかりでした。


若いこの母親がどんなに頑張ってみても、幼い子供を抱えて誰の手助けもなく育てるのには限界がありました。いくら言い聞かせても子育てはきちんとできていない様子です。それも仕方がない事です。

風俗の仕事は体力がいります。一日の仕事を終えると体はくたくたな筈です。このままでは共倒れになりかねません。深夜に寒い中又は真夏の暑い中子供は眠ったのを起こされて、託児所から店へ店から自宅へはあまりにも過酷な事です。24時間の所へ預ければその点は解消されますが、料金などが負担になります。

私は子供をきちんとした施設に預ける事を提案しました。その事を告げるとゆう子は絶句しました。保育所はいつでも会いに行く事も連れて帰り宿泊する事も自由で可能です。休みの日は必ず自宅で過ごすようになっていましたし、下の子も一才を迎えて可愛い盛りでした。


ゆう子は23才になっていましたが、若いゆう子には親子を引き離す私を鬼と思った事でしょう。高いお金を子供に使っているのでいい所だと錯覚をしている事は確かでした。親の愛情を受けずに育ったゆう子はこうする事で自分は親としての責任を果たしていると勘違いをしているようでした。


24時間の託児所に預けるようになって精神的にも、肉体的にも楽になっていたのです。他の女の子と同じ立場になってたまには飲みにも行き楽しい時間が少し増えてきたのです。そうなると時々ですが休みの日には子供と一緒に過ごさずに預けたままにしている事もありました。


「犬ころみたに、食いものさえやってたら子供は育つなんて思ってんのか!?預けっぱなしで、気の向いた時にだけ迎えに行って手元に置くのが愛情と思ってんのか!普通やったらもう、童謡のひとつやふたつ歌うんちゃうか?歌も知らんやんか!わかってんのか!」


私が童謡を歌ってやっても上の子は首をかしげて不思議そうな顔をするだけなのです。預けている託児所がどんな状況で子供を育てているのがわかります。


遊びすぎて託児所のお金が遅れている月もあります。それでもゆう子は納得しない様子でした。しかし先は見えています。子供を預けっぱなしで、遊び呆け挙句の果てに又ホストにでも通いつめて、託児所のお金も払えず、放り出されるか、借金が増えるかですが、この女にこれ以上のバンスは出す気は私には毛頭ありませんでした。そうなったら言う言葉はひとつで脅すしかありません。


「借金返して店を辞めるか、他所へ移るか、どっちかにしい!このままのゆう子がいてたら他の女の子の商売の邪魔になるわ!金に追われて貧乏臭い顔してたらつく客もつかんのや!」

来た時以上に顔には悲壮感が漂っていて、見るからに生活に追われているのはいくら玄関先の照明を明るくしても隠せる筈はありません。客も知ったもので華やかな呑気そうな女を好んで上がります。遊びに来ているのですから。

2007年01月06日ぶくぶく肥えやがって!ボケ!

おっとりというか無神経というか何も考えない女です。ある日気がついた事がありました。私達は店の終わりがけになるとよく遅い夕食を取ります。お弁当を取っていても忙しくて食べられないのが当たり前のような毎日です。


ゆう子の上の子供は私が食べていると、必ず私の前に来てほしそうにじっと見ます。最初は子供だからと思っていたのですが、ある日カップラーメンを作ってやるとあっという間に平らげてしまいました。まだ食べるかと聞くとうなずきます。


普通こんなに幼い子はそんなに食べるものではありません。私も3人の子供は育てています。これは普通ではないとすぐにわかりました。聞くと託児所で食事が出るので自宅では何も食べ物は与えていないと言うのです。(これって今の時代なら虐待って言われますよね)


託児所の保育手帳を見てみますと、栄養のあるようなものは何も与えられていません。空腹を満たすための食事のみで、量も少量で食べていない日もあります。無認可の所です。夕方に預かり、後は帰宅時間までは寝かせつけるだけなのです。


ゆう子をバチバチにしばきました。「お前は毎日千円の弁当を腹一杯平らげて、子供には何もやらんのかぁ!それでも親か!」人から三百万もバンスをして、売り上げも上げんと、ぶくぶく肥えているこの女を見ていると無性に腹がたってきました。この女は本当に親としても自覚があるのでしょうか!


一日に一回の食事で子供が育つ筈がないのです。「ええか!あしたからはお前の弁当を半分へずってこの子に毎日食べさせぇ!わかったな!丁度ダイエットになってええやろ!ぼけ!子供を殺す気ぃか!」思い切り怒鳴りつけてやりました。親としての自覚のなさに、仕事とは関係のない出来事でしたが、キレるしかありません。

下の子はまだミルクでしたので託児所もミルクは持ち込みなので丸々としてしっかり育っていましたが、二人共よくよく観察すると、風呂に入れていないのか垢だらけです。とにかくびっくりする女です。

私は一度部屋を見に行く事にしました。部屋に入ってマタマタ、びっくりです。子供もいるので、自炊ができるようにと揃えた鍋やカマは包装されたまま、キッチンに積み上げています。

自宅でこの女はお茶の一杯も飲んでいなくて、ただ寝るだけの部屋に過ぎなかったのです。「子供には何も食べ物を与えないのか?」と聞くと、「託児所でおやつと夕食が出るから・・・。起きてすぐに出勤なので時間もないから」と・・・答えます。
ミルクはかろうじてちゃんとやっていてくれたようでしたが・・・。


それだけではありませんでした。この女は何と子供はコートやジャンパーのまま毛布を一枚子供達にはかぶせて寝かせていたのです。もう怒る気力もシバク気力もないのです。何故そんな風にして子供を寝かせるのだと聞くと、「寒いからです。」とこともなげに言ってのけたのです。


唖然としました。子供を最後には殺してしまう。そんな危機感もありました。何からどうやって説明をすればいいのかわかりません。虐待などで子供を死に至らす事件も多いですが、そういうのとは又違っています。


子供は可愛いようです。憎くてこういう状態にしているようではないのは見ていてわかります。可愛がっているのはみせかけではないのですが、育て方がわからないのが本当の所でペット感覚なのです。


よく今迄、子を殺さずに育てたものだと感心するしかありませんでした。とにかく哺乳瓶の消毒から朝ごはんを上の子には与える事を義務づけました。お風呂も朝起きて毎日入れる事、暖房もストーブがありましたが、灯油を買いにいくのが面倒だと新品のままで使ってはなかったのですが、それで部屋を暖める事も義務づけました。


とにかく何かにつけて、義務づけ、命令しないとできない女なのです。愛情を注ぐという事がどういう事かわかっていないのですね。ゆう子自身母親の愛情を感じた事がないというのですから・・・。


ゆう子の一日は仕事が終わって帰るとすぐに布団に入り、休みます。朝は出勤時間ぎりぎりまで眠り、起きるとシャワーを浴びて託児所に子供を預けに行き、店に出勤して自分は毎日お弁当や軽い軽食を出前で頼み一日を過ごす。とこんな感じなのですから子供が自宅で何かを口にする事はありません。


その日から毎日出勤すると、私はスーパーに子供の食料を買いに行かせるようにしました。店の台所で煮炊きした物を持って帰らせたりもしましたので暫くすると上の子はカップラーメンはひとつで満足できるようになっていきました。今の時代に食べ物に飢えている子は珍しい事です。飢えていたのは食べ物だけではなく愛情にも飢えていたのだと思います。

2007年01月05日ゆう子の事

帰る家もない女ゆう子は子供を連れて大変な毎日でした。24時間の託児所に最終的には預ける事になるのですが、お金がない間は仕事をしている時間だけ預ける事にしました。出勤前には託児所に連れて行くのですが、帰りには飛田の店まで子供を送ってきてくれるシステムになっていました。

一日にゆう子が客を取るのはせいぜい15、6人がいい所でした。産後で少し太っていて思うように客がつきません。顔はひとつひとつのパーツは悪くはないのですが、配置が悪いのと、他の女の子が良すぎたのでどうしても見劣りしてしまうのです。


せっかくついた客もいざ二階へ上がろうとしてゆう子も立つと下半身ブタなので客がバックして又靴を履いて出て行ってしまうのです。私が玄関に呼子として立つ時はよくこういう手を使いました。顔は並なので上がろうとする客も勿論います。


客が靴を脱ぎまず階段を2,3段上がるまでは私はゆう子の前に立ち客からゆう子が見えないように体で隠します。階段を上がりかけたらゆう子を立ち上がらせます。
それまでは玄関の座布団に座ったままにさせておくのです。

客は急な階段で前を向いているのでゆう子の下半身は見えないのです。部屋に入るとコタツの前に素早く座らせて料金を貰わせます。お金をもらってからなら少々下半身を見ても断らないものなのです。


他の風俗ならキャンセルもありますが、まず二階まで上がって料金を支払えば客は我慢をしてくれます。ひどい時は玄関に美人の子を座らせて、釣られて入ってきた客に座っている子は予約待ちで奥からゆう子に顔だけを覗かせて、素人で仕事を覚えていないからと、9000円まで値を下げて無理やり客をつける事もしていた。


普通は素人だからとぼったくるのだが、ゆう子の場合は逆バージョンでした。
他所の店なら15,6本も上がれば大入りのご祝儀袋を貰えるのですが、私の店ではとんでもない事でした。口下手なので上手も言えずに、延長もなかなか取れないので、売り上げも上がりません。


毎日毎日私には叱られてばかりでした。少しはダイエットをするように言いつけるのですが、どうやら私に隠れては食べている様子でした。

2007年01月04日退店させる時には

エイズの事件はショックでしたが、私は誰にも一切告げずに、真理子を半年は働かせそして、退店させました。今初めて明かす事で、一緒に働いていた人間は誰一人として主人でさえ、私の店からエイズが出た事は知りません。


辞める前に、飛田新地で働いていた事は他言は無用だと言い含めました。真理子に限りそれはないだろうと思っていましたが、何かの事件に巻き込まれても警察で今までの事を聞かれても飛田新地で働いていた事だけは伏せておくようにきつく、言い聞かせました。


警察は事件があり調べをする時は必ず生い立ちから、いつごろどんな仕事をしていたかを聞きます。風俗で辞めた女が原因で摘発を受けるのはこの時に女が風俗で働いていた事をしゃべり店の名前や経営者の名前を明かすからです。


退店をして縁の切れた女を店側が把握しておくのは不可能な事です。私はデートクラブを経営していた時から辞める女にはいつもその事だけはしっかりと言い聞かせる事を習慣にしていました。そして絶対に自分の本名は明かしませんでした。勿論飛田でも私は偽名でした。


万が一の事を考えて、飛田新地にいた何年間かは昔に知っていた、潰れた南のスナックの名前と電話番号を手帳に書かせて、その店に働いていたという事にするように既成事実を作り上げたのです。真理子の時には特に念入りにしました。


真理子が事件というよりも知らない所で又風俗で働き、摘発をされる事を私は一番怖れていたのです。後々になって、美由を経営者として店を一軒持たすのですが、この美由の店は退店した女が詐欺罪で浪○警察に逮捕され、その女が事件を起こす前に美由の店で働いていた事をしゃべったがために摘発を受ける事になるのです。


言い聞かせてもその通りにしてくれる女の子ばかりではないでしょうが。

2007年01月03日HIVに感染した真理子

サコビッチの店も許可が降りていよいよ開店です。そんな時でした。真理子と明美と咲、それに姫をまずはサコビッチの店へと考えていた時の事でした。いつものように病院の検査表を出す日でした。きちんと出す真理子が今月は出してきませんでした。


話を聞く前に真理子の方から話をしてきました。エイズ検査で引っかかったというのです。この頃より少し前からエイズはテレビ等でも取り上げられて話題になっていましたので、エイズ検査に関しては、私は毎月でなくて、3ヶ月に一度の割合で検査を受けるように指示をしていました。


噂では信太山で出たような事も聞いた事がありましたが、まさか飛田新地でそれも自分の店の従業員から出るなんて・・・。
今はどうか知りませんが、他の店は性病の検査なんてしている店はありません。それを私の店では義務付けていたのです。

正直その事を後悔したのはこの日でした。全ての性病検査でクリアーすれば安心できるかわりにこういう結果が出ると・・・。トホホです。


他の病気なら暫く休ませて、病院へ通わせてそれで終わります。でもエイズとなると。この病気の知識もあまりありませんでした。いえ全くなかったのが正直なところです。

真理子がかかっている医者が言うには発症している訳ではなく、それを抑える薬を服用する事で、普通の生活はできて、SEXもゴムを使用すればできると、又この仕事でかかったものではないと言う説明だったが、私は訳がわからなかった。


女の子達が病気にかかるのは不特定多数と関わりを持つからだと思っていた。
医者が言ったゴムを使用すればの言葉だけを取って働かす事にしたがこれには所詮無理があった。

一緒に働いて、同じ店から出前を取って食べる、真理子が触った物を私達が触るのは避けられない事だった。それでは実際は感染はしないのだが、エイズに対して知識が薄い私は伝染病患者のように思ってしまっていた。



真理子も限界を感じたのだろう退店を申し出た。貯金は1000万円ほどできたし、前々からの夢であった、小間物屋を田舎でしたいと言ってきた。今でゆうホビーショップみたいなものだが・・・。


そうやって辞めて行ったのだが、真理子は手芸になど興味があったのは聞いた事もなく私は田舎がどこなのかすら知らない。自分の事を本当に一切しゃべらない子でした。エイズが発覚してから半年程働いて静かに飛田新地を去りました。

2007年01月02日この話ホンマかいなぁ〜

面白い話をもうひとつしましょう。

何処からどういう伝で入って来たのか忘れましたが、不細工な女の子でした。性格も不細工で私はよく叱りまわしました。宮崎の子だったと思います。花見に全員で大阪城に行った時の話です。

料理屋に豪華なお弁当を頼み、それは楽しいお花見でした。こういう商売の子はあまり自分の話はしたがりません。私も各自に自分の本当の事は誰にも話す必要がないと常日頃から教えていましたが、この日はお酒も入っていたのでしょう。


お弁当にバナナと季節にはめずらしいみかんとがついていたのですが、宮崎の子は何と青いみかんを食べるのに皮ごと食べていたので、私は笑いながら「皮が好きなんか?キンカンは皮をたべるけどなぁ」と言うと「私、バナナの皮も食べます」と言うのです。みんなは大笑いをしました。冗談だと思ったのです。

しかし彼女は真顔で今度はバナナを皮ごと食べだしました。「もう、ええから、お腹痛とうなるで、止めとき、しぶいやろ?」彼女は「いえ、全然、しぶくはないです。もったいないです」聞くと幼い時からそうだったらしいのです。もっともあまりバナナは口にした事はなかったらしいのですが。

田舎の本当に山奥で育ったらしいのですが、家がこれ又貧乏で雨漏りのする家に住んでいたらしいのです。父は最初からいなかったと言うのですがが、母は彼女が小さい時に男と駆け落ちをして彼女を捨てて出て行ったというのです。今の時代そんな暮らしぶりがあるのかと思いながら聞いていました。


祖母と暮らしていたそうですが、その祖母が何故か夏にぜんざいを炊いてくれたらしいのですが、一度に食べてしまうのは勿体無いので置いておくと次の日、鍋には沢山の蟻が入っていたそうです。彼女と祖母はその蟻を箸でよけながら食べたそうです。


私はその話は嘘で座を盛り上げようとしてるのだと思いましたが、何度聞いてもその話は本当だと言うのです。横から姫が「お客さんに話たら、びっくりするわ、不衛生やで」私は自分の弁当に入っていたみかんを姫の顔めがけてぶちなげました。
「アホ!お前が言うな!何が不衛生や、や!小さい時の話やろ!」

肩を持った積もりでしたが、彼女は平気な顔で「かぼちゃの葉もお味噌汁に納豆と一緒に焚いても食べれるし、芋の茎も食べれるの知ってる?ティッシュなんて使わずに新聞をもらって来てトイレの紙で使うんです。」こんな感じです。


戦前か戦後の話と違うんかいなって話ですが、実際にそういう生活だったらしいのですが、この彼女風俗に入ったのは整形するのが目的で入ったらしいのです。私はびっくりして「えっどこを整形したん?」と聞くと顔だと言うのです。
(この女大分とホラ吹きやなぁ〜〜何がその顔が整形や、ぞうり虫かおこぜみたいな顔して・・・)

本当にひどい顔だったのです。何故こんな不細工な女を雇い入れたのか今でも私は思い出せませんが、たしかにいたのです。名前すら忘れてしまったのですが。


3回も整形していると言うのです。目と鼻と顎と頬あたりらしいのです。目は二重にはなってるけど、どう見ても奥二重やで。鼻はちょっと短いんと違うか?頬ってえらい出っ張ってんで、頬骨削ってもらった方がいいんと違うの?顎・・・どこに顎があるんや?こんな感じです。


「それ絶対失敗やで、医者に言わなあかんわ!」彼女は「そうでしょう、勿論言いましたよ!」3回目の時に医者に文句を言いに行ったらしいのですが、医者は平然と彼女にこう言ったらしいのです。
「美しくしてあげるのが勿論仕事ですが、元々の土台が悪すぎれば私は神様ではないのです。失敗ではありません。」

この話ホンマかいなぁ?本当の話です。

2007年01月01日やっぱり嘘で詐欺でした。

あくる日になっても連絡などある筈がありません。結果は当然詐欺でした。

卒倒しそうな位に頭にきていました。私を騙すとは!どこで私の勘はにぶっていたのだろう。いいえ、わかっていたのではなかったでしょうか?わずか1%しかなくても望みをかけて話を曲げて聞いていただけだったのです。


何で詐欺に引っ掛かったのかよくわからないが、やはり欲が絡んでこうなったのは確かだった。取らぬ狸の皮算用(とらぬタヌキのかわざんよう)ですな。

ワハハ!やられた!。

そりゃあ、集団と言って15人分の九州からの交通費+弁当代一人5000円なら広告出しても元が取れるわ!新聞広告なら誰でも信じるで!あの爺さんどうしても集団で売り込みたかった訳やな、そのつもりで来たけど、私が会うまでは5人しか必要ないと言わんかったから、爺さんも計算が狂って、値切られて仕方なしに一万円でもと言う事やったんか。

そうか、そうかえらい慌ててそそくさと帰ったもんなぁ〜、後の女の話も知らん間に消滅してしもて。

ハハァ〜ン。それで集団集団の言葉を連発したのか・・・。

みんな、それぞれに頑張ってしのいでいるんやなぁ〜。ええ勉強したわ!よう考えたら何で九州から来る人が守口なんかでの待ち合わせを指定してくるねん。普通は大阪駅近辺やろ・・・。あの爺さん京阪沿線在住やな。今頃そんな事考えてももう遅い!

あんまり欲が深かったら、こんな目に合うねんなぁ・・・。でも欲やから弁当代値切って一万円で済んだ気もするけどなぁ?

安い授業料だったのか、高いものだったのかはわかりませんが、あっぱれな爺様だった事は確かです。欲深い結果がこうなっただけだったのですが、それでも私は暫くは自分の非を認めようとせず、汽車賃が用意ができなかったからではないかとか、考えていました。騙されてもまだあの話に望みをかけていたのです。


私自身が勝手にストーリーを作ってしまったのでこういう詐欺の罠にはまったのですが、詐欺が成功するのは相手が勝手に思い込むからだそうです。
皆様もご用心を。

2006年

2006年12月31日舐められてたまるか!

男は「確かにお預かりしましたので」と言いさっさとお金をカバンにしまい込んだ。

男「では早速帰りまして、2,3日の内に女の子を連れてきます。」
私「2,3日でなくて日をはっきり決めませんか?」

男は又困ったような顔をしたがその割にはあっさりと
男「じゃあ、明日連れてきます。私は残りの女性を引き受けてくれる人とまだ会わなければいけません。モタモタしていたら明日連れて来れませんので、早く決めてしまわなければいけませんので、これで失礼します。」そう言って慌てて席を立った。

(帰るんかいなぁ〜あ〜〜〜残りの女の子の話は何処へいったんや〜〜〜まぁええか自分の所の子が5人も確保できたら、最高やバンザイ!バンザイ!)

立ち去る男の後姿に御礼を言い、私は近くで隠れていた主人に事の説明をしたが、お金を受け取ってからの男の立ち去るまでの行動が、最初の物腰の柔らかい温厚な感じとはゴロリと変っていた事を思い、この時にはもう私は騙されたのではと思う気持ちとそうでないという気持ちとが半々だった。


頭の中の赤信号はカンカンカンと高い音まで響かしていた。

男は駅とは反対の方向に行ったのを主人が見ていたらしいが、私は何故か追う気にはなれずにその場に立ちつくしていた。主人は話を聞き即「それはおかしい話や、詐欺と違うか?大体広告出して就職口探すか?」主人がそういう時は必ずそうであり間違った事がありませんが、そう言われると反発したくなるのが私の性格であり自分の非を認めたくなります。


「何のためにお金かけて広告出すねん。意味がわからんわ!いい人で今迄使っていた女の子の行く末を案じてるんちゃうのん?できた人やで・・・。見習わなあかんわ!あんたみたいに人を疑うような事、ようせんわ!」そう言いながら、そうであってほしいと願うばかりでした。

「そう思うんやったら、なんで捕まえへんねん!」私は追いかけようとしたが主人は笑いながら「もう、その辺にはおらへんし、何言うてんねんなぁ、今話しを聞いたばかりでどんな話になっているかわからへんやんか」私が腹を立てているのに対して、なだめようとしていた。

主人は優しく「明日まで、待ったらええやんか、明日には結果が出るし、残念な結果でも一万円の被害や、ええやんか、なぁ!」わかったような事を言う主人に腹がたってきて、「ようそんな呑気な事言うてられんなぁ、気がしれんわ!あんな爺さんに騙されたらこの商売やめなあかんで!」そう言うと「何をそんなかっか来てんねん。商談も不成立なんて事はあるやんか!経費が一万やったらそんなかっかせんでも・・・」
(あんな爺さんに舐められてたまるかいな!)


何ヶ月も前に店は閉店したと言っていたのだから大体がおかしいのだった。架設電話は昼間ばかりかけて不在でも、スナックだと思っていたので不審には思っていなかったが、夜になるのを待ってもう一度かけてみた。


今度は出た。店の名前も広告の名前とは違いそこは八年間、同じ人間が営業をしているのだと言う。電話の向こうから音楽がジャンジャンと鳴っているのが聞こえて来た。決してあの爺さんが経営しているような雰囲気の音楽ではなかった。そんな名前の人は知らないし、客でもいないと言った。


それでも私は今迄、何度もぎりぎりの所でどんでん返しで、勝ち組できた女である。これは何かの事情で今こうなっているのだと、こういう風に考えてしまう何かが今あるのだとそればかりを願っていた。だからその証拠に店は閉めたと正直に言っていたではないか、嘘ならそんな事を言う筈がない等と肩を持つような、言い訳まで考えていた。


明日になれば又「遅くなりました。大阪へ着いたのですが」と連絡が入る筈だ。まあ明日になれば「なぁ、私が言った通りやろ、私は勘がするどいんやから、人を騙す事はあっても騙されるような事はあらへんって」言えるとそう思っていた。いや願っていた。


でもその私の勘、頭の中の赤信号の点滅は点滅でなくなり、点灯にかわりカンカンカンの音はキーンという金属音にかわっていた。

2006年12月30日勝手な想像

約束の時間に私は主人と出向いた。電話の声の通り、温厚そうな物腰の柔らかい初老の男が額の汗をハンカチで拭いながら、近寄って来た。「どうも、どうもお忙しい所をありがとうございます。」
茶色のセカンドバックを持っていて、商人という感じで、水商売をしていた感じは全くなかったが信頼できる丁寧な態度で私に接してきた。

閉店理由は夫婦で商売をしていたのだが、年もいってきたので少々この商売がきつくなったらしい。女性は15人が働いていて、就職先が決まりそうな今は親元に帰り別れを惜しんでいる最中だと言った。

(別れを惜しんでいる最中か・・・。)私はもう話が決まって若い女の子が電車に乗る姿まで想像してしまっていた。

想像が先走り、図々しくも決まった気になってしまっていたので、女の子は5人程にしてくれないかと頼む事にした。15人も今の状態では引き受けれないのが正直な所だった。さばき切れないのに連れてきても仕方がない。

その代わりに少し日にちをくれるなら全員の就職口を紹介すると言った。私にはもう欲の皮の突っ張った考えが頭をもたげていた。私がどこかの店に紹介すればいいのだ。一応期限なしの預かりという形を取って、好きな時に返してもらえばいいなんて計算していたのだ。一挙に店を手広くやれるようになる。


ヤクザが連れて来る女と違い、バンスがなく自由にこちらが使えるという条件は願ってもない話なのだが、どうしても集団は無理がある、かと言ってこんな美味しい話を後は結構ですなんて断ってしまう事は勿体無さ過ぎる。

集団という言葉に翻弄されて勝手に考えを膨らましていたのだが、女の子がほしい、それも全部どうにかして今すぐにそしてたやすく、何の費用もかけずに女の子を取り込みたい。その考えが頭の中で充満していたが、何かが引っかかっているがそれが見えないのと、自分の欲やしみったれた根性でこの話が流れるのではないかとせかされた気分になっていた。


でも自分の女の子の雇い入れる道筋は壊したくない。これはバンスの話ではないのだと自分に言い聞かせ電車代は女の子が来た時点ですぐに清算するのでその時にしてほしいと頼むと、男は困った顔になったがこれは商売の駆け引きなのだと自分に言い聞かせ、私は男に言った。

「今迄、そんな良い子がいて商売繁盛だったのだから、立替くらいはしてやって下さい。」と言うと、店を閉めて何ヶ月か経っていると言う。えぇ〜それならおかしいではないか、新聞には店の名前と架設の番号が書いてあったのでは・・・。


しばらく頭を整理していると、私の心を読み取ったように男は
「わかりました。親御さんには電車代は立て替えてもらいましょう。その代わりお弁当代はお願いします。一人5000円ほどお願いできますか?親御さんにそこまでの負担はわたくしは言いにくいのです。」

頭の中が急速に回転している私だった。5人ものバンスなしの女をたった5000円の弁当代をけちったばかりにパアにしたくはなかったが、でも少し話がおかしいと感じる所もあるなぁ。

(詐欺?まさか・・・。新聞広告出して、詐欺なんかせいへんで・・・。たかが、弁当代をけちってこの話パアにしたらもったいないよなぁ。だけど一人5000円ってどんな駅弁買うつもりや?)

いくら考えても答えは出ない。何故なら簡単な事だからだ。5000円の弁当代を払うか払わないかだけの事だからだ。今迄の経験の中でこういう場面はなかったが、私は

「わかりました。お弁当代は出します。電車代金は女の子が到着時に・・・。ごめんなさいね。こういう仕事で先に交通費を支払う制度はありませんので・・・。それからお弁当代は一人2000円もあれば充分な筈ですから、5人分の合計一万円で」

そう言って私は急いで財布から一万円札を出してその男に渡した。

事務的にものを言っているつもりだが、要するに先銭渡しを本能的に嫌ってケチったのだった。私の頭の隅の方で赤信号が点滅していた。

2006年12月29日棚からぼた餅?嘘のような話

その日は朝から雨で客足が少なかったが、桃子、みなみ、加奈は順調に指名で玄関に座る暇がない様子でした。そろそろ夏が近い日でした。新しい呼子、弁天のお照さんが入って間がない頃でした。

お照さんが「雨が降ってるから今日はあきまへんな」とぼやくので、私は「あのな!今日は寒いやとか、雨やとか、暑いからとか言う理由をつけて暇であきまへんな、なんて言うてたら客が飛田に来る日はないいう事やで!」と叱りつけてやった所だった。先程下りた客が置いて帰ったスポーツ新聞を何となく見ていてふと、目に留まった文章があった。

{当方、閉店の為若い女性の集団就職口を求む}たしかこんな内容だった。他には店の名前と苗字が書いてあった。

求人の広告ではなく、就職先を探す広告は初めて見た。私はすぐに電話をかけた。架設電話の呼び出し音が鳴るが一向に相手が出ないので、もうひとつの携帯電話の番号にかけた。

何か宝物を見つけたように、胸が高鳴り、一刻も早く相手を掴まえて話をしたい気分で相手が出るのを祈った。(私が一番乗りでありますように・・・。)5回目の呼び出し音が鳴る。
出た!
「すみません。○○番に電話をかけましたが留守のようで・・・。あの、新聞を見て電話させて頂いたのですが・・。」そう言うと初老の落ち着いた、温厚そうな声で「そうでしたか、誠に申し訳ないです。只今出かけておりまして。実は今女性達の親御さんの所を一人一人訪ねていまして、今もその途中なんですが、どちらからお電話頂いておりますでしょうか?」


私はそう聞くと頭の中で勝手に想像してしまった。

(そうか、今集団で女の子の働き口を探しているから、親達とその行き先などを相談しているんや!風俗でも来てくれるんかな?)私は電話を持ちながら、くずしていた姿勢を正し、正座に座り替えた。

私「大阪なんですが、あの女の子は何人くらい、それからあの、風俗なんですが、あの、スナック等とは違うのですが、いいのでしょうか?」

集団・若い女性・新聞の文字が頭から離れない。相手は私の焦る気持ちを見透かしたようにゆっくりとした口調で話す。

男「女性達は親御さんからお預かりした大切な私達の子供みたいなものです。ある事情で閉店を余儀なくされましてね。子供達・・・と言っても二十歳は超えていますが、その子達の行く先をきちんと、見守ってほしいと親御さんからも頼まれまして、それでできましたら、まとめて一緒に働ける所をと探している次第です。」

(集団かぁ・・・20人位?ちょっと多いなぁ)集団と聞いて、勝手に人数も20人等と考えてしまっていた。

私「あの、その、風俗でもいいのですか?」
男「どこでもこの子達が集団で行けるならお願いしたいのです。」
私「スナックやラウンジとは違うのですが、いいのですか?」
男「私は親御さんから頼まれています。集団でお願いできるなら今からすぐにでも親御さんに報告に行けますので、ありがたいです。」

本番有りの仕事で飛田新地だという事は意識的に伏せた。私は相手にきちんと風俗だと言ったのだからと、自分で自分に勝手な言い訳をした。

男「親御さん達も心配して一日も早く送り出したいらしいのです。それでですね。汽車賃と弁当代を人数分お願いできますか?」
私「お弁当代ですね。はい。汽車賃ですか?」

(弁当代?汽車賃???ちょっとおかしないか?)

男「私が明日そちらへ伺いまして、まず先にお宅様と面接をさせて頂いて、それからわたくしがこれなら安心と思えましたら女性達を連れてくるという段取りで如何ですか?」
私「ハイ!その段取りでよろしくお願いします」

(そうやな・・・。大事にしてる子ならお弁当代も貰って電車の中で遠足気分で来させたいというのはわかるわ!)

温厚そうな物言いのこの男は京阪の守口市駅の近くのシティーホテルを待ち合わせ場所に指定して来た。

(どうでもいいけど、何でこんなについてんのかな?ホンマにノリノリやな。集団の若い女の子を選び放題やで、嘘みたいな話や!ウフフ・・・。)

2006年12月28日帰る家もない女

名古屋のヤクザ鳶尾が連れてきた女はゆう子と名付けました。まず託児所を探しました。0才から見てくれるという新今宮にある無認可の託児所を見つけてそこで24時間預ける事にしたのですが、二人で30万の費用がかかります。安い家賃のアパートを借りますが、本当はすぐには働くのは無理です。


生理がまだ来ていないのでピルも飲めませんし困りましたが、そんな事を言ってはいられません。鬼の冴子です。働かせる事にしました。しかしこの女はこういう所で働くとは聞かされずに来ていたようで仕事の内容を話すとびっくりしています。


「子供を産んでまだひと月なんです。検診に病院へ行かないとだめですし、そんな仕事はできないです。」

「託児所を探したりしたのは何の為やったんや」と言いたくなります。
「誰が乳飲み子を抱えた女を食わしていくんや!」と言いたくなります。
「そんな、仕事ってわが身を助ける仕事やで、お前なんぼのもんじゃぁ」と言いたくなります。


言いました。その通りに・・・。


この女に腹を立てるより女を説得するしかありませんでした。


夢を待たせました。子供と子供の父親と一緒に幸せな生活ができる日の為に今、踏ん張るしかないのだと、そしてこの子達を強い母親としてしっかり育てるようにと・・・。

しかし、それはこの女に取っては奇麗事でしかなかったようです。よくよく話を聞くと、こういう仕事やすぐに大阪へは行くとは聞かされておらず、夜に眠っていると鳶尾が帰ってきて、困った顔つきで
「大阪へ暫く出稼ぎに、子供も一緒に行ける所を探したから、行ってくれるかと」
言う話になったので、別にいいけどと返事をしたらしいのです。


鳶尾は喜んで「ちょっと出かけるから」と出て行きすぐに又帰ってきて、この部屋も家賃を払えていないので追い出されると、こんな内容で荷物をすぐにまとめるように言われ、子供の着替えを取りあえずは詰めて、言われるままに車に乗り込むと大阪へ着いたという訳だったらしい。
今更名古屋に戻ると言ってももう戻る場所もこの女にはなかったのです。


同情のしようもないほど、可愛そうで、馬鹿らしいできた話で、情けない話でしたがこれがこの女の現実なのです。拒否する能力もないのかと思いますが、性格の大人しい女なのと、この女の家庭環境も複雑だったために、実家へ帰る事もできず子供ができると、鳶尾にすがって生きてきていましたので、言われるままに大阪まで連れて来られたようです。

しかしこの大人しい性格の女もこの時点で、自分は売られてきた事に気づき、この男をこの場で見限っていたようでした。でもこれはこの女の考えであり、実の所は借金の返済と子供の養育費に追われて次のバンス等とはほど遠く鳶尾自身も美味しくないこの子持ち女に、かたりたくなかったのが実際の所でした。


この時期を境に、この女は鳶尾とは現在まで連絡が取れていませんが、この女自身もう何とも思ってはいないようで今は3人で結構幸せに生活していますがそれもやっとでこの2、3年で落ち着いた感じです。乳飲み子だった子供も、現在では中学生です。


加奈は森下と一晩一緒に過ごせて幸せそうでした。店に入る前に私は鳶尾と森下の大事な指の拇印と加奈の署名捺印をした借用書を受け取りました。二人の男の前で加奈に念を押す意味で聞きました。


「加奈はその積もりですのでお願いします。」とだけ答えた。「この子が飛ぶような事があったら、あんたの借金になるんやでわかってくれてるな」と聞くと
「ハイ!解っていますので、お願いします。」と又深々と頭を下げた。


300万を出し200万を森下に差し出した。100万を手に持ち「これは部屋を借りたり必要品を買うのに使います。」と言って私はバックにお金を入れた。

森下の財布には200万も入らず、別のポケットに分けて札を入れていた。ゆう子は哺乳瓶を子供にくわえさせながら、その様子をじっと見守っていた。


「加奈にお礼を言い。加奈が保証人になってくれへんかったらこんな大金最初から出へんで!」
ときつい口調で言った。


ゆう子はびっくりしたような顔で「ありがとう。」とだけ言ったので私は
「ええか!行儀を教えてあげる。こういう時はな、ありがとう、だけやのうてスミマセンまで言うのや!あんたらぁ親子が雨ざらしに合わんとぬくい部屋で眠れるのもこの加奈のお陰やねんで!そんな簡単にあんたクラスでは、こんだけの金額は借りられへんのやで、せいぜい出ても50がええとこや!」



きつい親方の始まりでした。ゆう子の顔色を見ていればとんでもない所へ連れて来られた事を実感した一瞬だったと思います。しかしこの女に感謝の気持ちがなければ、そして恩をきせなければとんでもない事をしそうな女と私は感じていたのです。この予感は的中して本当に大変な女でしたが・・・

2006年12月27日赤ちゃん連れての入店

大阪に戻り又いつもの繰り返しの毎日が続きます。女の子達は相変わらず男に貢ぐ者、ホストに入れ込む者、それぞれの毎日をこなしていきます。約束通り森下は女を連れて大阪入りをしました。


色黒の小柄なラテン系の顔立ちをしていて、咲と名付けました。取りあえずはベンちゃんの店で働かしますが、加奈と顔を合わさないようにするのが大変です。奈々の所に居候をさせます。よくよく森下に聞くとこの咲と加奈は顔見知りらしいので尚更隠すのが大変です。

この日も森下は100万の現金を財布に入れて帰りましたが、一週間もしないうちに又連絡が入ります。今度は知り合いの名古屋のヤクザでその女が子持ちで、どうしてもバンスが200万円必要だと言うのだった。いきなりから200はないでぇと思っていると、見透かしたように、今回は保証人を加奈と森下2人がなるのでお願いしたい、と言うものだった。まだはっきりと返事もしない間にそれも夜中の12時に大阪へ連れて来てしまっていた。


咲の件でも大変で落ち着いていなかったので私は慌てたが波に乗ってしまえとばかりに引き受けた。咲はやはり金津園でソープ嬢をしていたので、加奈同様何も問題はなかく加奈と合わせないように気をつける事だけだったが、名古屋のヤクザの女は少し困った。大阪に入りましたと連絡があり取り合えず会いに行きました。


車には森下とその女の男鳶尾と、名乗りましたが、その男と小さな男の子と女の腕には毛布にくるまれた赤ちゃんが乗っていました。
「子供って・・・赤ちゃんかいな!生まれたてと違うの?」と聞くと女は泣きそうな顔で「ひと月です。」と小さな声で答えた。
「えっ?ひと月?そんな無茶な・・・。」森下は
「ママ!スミマセン。何とかお願いします!」と頼むばかりだった。
女が座っている横には紙袋がふたつ並んでいた。
(荷物ってこれだけか・・子供は一人ではなく二人か・・)
その他には荷物はなく、女の服は何ひとつ持ってきていないようだった。


顔は私の店で使うには少し劣ります。決してスリムとは言えない体系です。色は白いのですが、下膨れの顔で魔法使いサリーに出てくるヨッちゃんにそっくりだったのです。森下を車から離れた所へ呼びました。「ちょっとひどいんと違うか?あまり売れるタイプではないけどなぁ・・・ヨッチャンやで!」
「えっヨッチャンって誰です?」「ほら、昔の漫画の魔法使いサリーに」
「えっ魔法使いサリー???」「知らんか?」「よう知りませんけど、今度調べておきます。でもうまい事言ってるんやろね。ママの事やから」あはは!!


「そっくりなんや!」あはは!「笑ってる場合じゃないねん。それに200万はきついで・・・あのぼお〜とした男大丈夫なんか?女をちゃんと見れるんか?」


「あの女には男が段取りがついたらこちらで夫婦として生活をすると言い聞かせています。それまでは借金を返す事に専念すると思います。不義理は絶対にさせませんから。」
(イヤ、そういう問題ではなくて〜〜〜)


夜中にその気で連れて来ているものをむげに断る事もできずについ言ってしまった。「わかった!預かるけどな、バンスは300万にしておいて、なんでや言うたらあの子服を持ってきていないみたいやったし、子供がいたら他の女の子とは住めんから先ず部屋を借りるわ、加奈が保証人やけど加奈は納得してるんか?そこらあたりはきちんと頼むで。あんなぼお〜っとした男、何かあって追い込んでもどないもしょうなさそうやし」
(加奈が保証人なら加奈の借金も一緒や、かまへんか・・・。)


森下はニコっと笑って「大丈夫です。今日、仕事が終わって納得させます。一晩泊まる予定です。」そう言って振り向き心配そうにぼお〜っと立っている鳶尾に合図を送ると、男はペコリと頭を下げ車の助手席に入った。


この鳶尾もおもしろい男でした。愛想で又遊びに来てくれと言うと本当に私の所へ遊びに来たのですが、何とこの男免許証がないもので組の親分に大阪まで運転をさせて来て、挙句の果てに、私と話をしている5時間もの間ずっと親分を車で待たせていたという、すごいおとぼけ男でした。

この親分、名古屋ではそこそこの組の親分で写真も見た事がありましたが、人殺しをしそうなくらいに顔の恐い、体格も大きい人でした。鳶尾にそんなに待たせて怒らへんかったかと聞くと、温厚なできた人だと言う答えが返ってきました。

爆笑ものでしたが、この組も今は潰れてありません。この鳶尾は組が無くなる前に組事務所にあるものを片っ端から盗み売り払って、飛びました。元々貧乏な組だったらしいのですが、笑い話で森下が言うにはそれが原因で事務所を復活できずに、組事務所を閉めたとか・・・。


あまり付き合いは深くなかったのですが、おもしろい男だと印象が深かったのと、私達というより森下や爪橋が助かったのはこの男が逃亡していて、所在不明になっていた事がポイントでした。それも又後でのお話になります。

それにしてもどうしているのでしょうか?元気かなぁ・・・。

2006年12月26日歯車が狂ったのは・・・

加奈はこうして何年間も森下の為に借金を繰り返し、働く事になります。彼女が森下に貢いだお金は大袈裟ではなく一億近くはあります。

最後にはあまりに不憫に思い私が森下とは別れさすのですが、これがきっかけで森下は金につまりだし坂道を転げ落ちるようにとことんまで落ちて行き、保釈逃亡までする羽目になるのです。


そしてその後は覚せい剤に溺れて、強盗や殺人未遂という事件まで引き起こすのですが、今思えば私が仏心を出して別れさせなければあのような結末にはならなかったのではと思います。


加奈を思えば良かったのではと思いますが、ヤクザもお金がなければ出世はできないのだという事なのです。ヤクザをやりながら、女衒(ぜげん)の真似事をさせていた方がましだったのか、どうかそれは未だに答えは出ていません。


少なくとも強盗や殺人未遂を犯すよりはましではと思います。中途半端に豆屋のおかみが情にほだされたのが間違いだった気もします。女を食いものにしていたのですから、当たり前だという考えもありますがそれにしては懲役15年で利用した私が今のうのうとしているのは・・・。

加奈がソープ嬢をしていた時は貢ぐと言ってもせいぜい森下の小遣い程度でしたが、大阪の私のところに来てからは、150万円が200万円になりすぐに300,500万円と借り入れできるようになり、そのお陰で組事にもかなり森下は融通できるようになったそうで、親分からも大層可愛がってもらい、岐阜ではいっぱしのヤクザとして通るようになっていました。

森下が言った事があります。「ママ、ヤクザは金がなければ乞食と一緒の扱いをされます。親分もしっかりしのぎをする子は可愛いもんで出世も早いですし、一人前にものも言えます。兄貴分と僕を取るかで、兄貴分は破門状をまかれました。ヤクザも金がなければ首がないのと一緒です。」

意味はよくわかりませんでしたが、まあ反目の兄貴分との競争に加奈が貢ぐ金の力で勝ったというところでしょう。又自分は事業もやりたい等とも私に話した事がありました。タクシーの運転手相手に日銭屋をしたい、廃棄処分の事業も考えていると。

しかしそこまでは辿りつく事もなく、生き急ぐ様な生活だったと思います。パクられていなければおそらく、シャブで死ぬか撃たれて死ぬか、車の事故で死ぬかというタイプです。パクられて寿命が延びたのは間違いない事だと思います。

2006年12月25日せつない別れ

ホテルの前で爪橋とは別れたのだが車の中には、やはり運転手らしき若い男がいた。私と森下が乗り込み加奈は又別の車で来た時と同じ状態で羽島駅に向かった。駅に着くと加奈は店の皆にと柿サブレを買い、森下はホームまで上がって私達を見送った。


私には色々と言葉をかける森下だったが、加奈に対しては「頑張って!近い内に仕事で大阪へ行くからその時に」だけだった。加奈も口数が少なく控え目な態度で森下との別れを惜しんでいた。


二人の別れを見ていると、駅のホームだったからかもしれないが、何かせつない思いがした。今度からは加奈は一人で帰らせてやろうと思った。せっかく森下に会えると思っていただろうに、一緒には過ごせなかったのだから・・・。


私が邪魔をしたようなものだ。実家になど帰りたくはなかっただろう。そんな時間があるならば森下と一緒に一晩でも過ごしたかったに違いない。


新幹線の中で加奈に聞いてみた。「加奈・・・。森下と昨夜は会えなかったんやろ!?残念やったなぁ、今度大阪へ来るって言うていたから、その時まで辛抱できるか?」加奈は目に一杯涙をためてそして笑顔でこう言った。


「あの人がそれでいいと思ったから電話がなかったのです。いそがしくしていたのだと思います。今は大事な時だそうですから、邪魔をしたらいけないから・・。」
(何とけなげな子や・・・3人でお酒飲んでたなんて言えんなぁ・・・。)


それにこの子は森下の嘘にはとっくに気づいている。仕事で大阪へ等行く事は今までには一度もなかった筈だ。しかしその嘘も何もかも許しているかのようだった。
(極道の女には私の性格ではなれないなぁ・・・。なんせ言わな気が済まへんから)


「加奈お腹空いてるやろ、駅弁買ってたやつ食べよ!後コーヒーは又売りに来るやろからその時に買ってあげるから」誤魔化す言葉以外に私は思いつきませんでした。

2006年12月24日THE ヤクザ〜森下

次の日の午後になって森下から連絡がありロビーまで降りると、と昨夜の爪橋も一緒に来ていて、チェックアウトにフロントへ行くと、清算済みになっていました。宿泊費を支払うと言うと森下は「ママはお客さんですから」と言って受け取らなかった。


これは長い付き合いの間変わる事なく続けられ、私が岐阜に入るとホテルの宿泊料金から食事代金、飲食代金のどれも一円のお金も私に払わす事を森下はしなかった。


支払ったのは保釈逃亡をしている森下に会いに行った時の喫茶店代が最初で最後だった。それ程徹底して私にはお金を使わす事なく、毎回客としてもてなしてくれたのだった。ご馳走になったから言うのではなく、他の面でもお金にきれいなヤクザはただ一人この男、森下でどこかしら仁義なき戦いに出てくる菅原文太を地で行っている感じでした。


ホテルのラウンジへコーヒーを飲みに行く事になった。森下の服装をチェックすると、今日は普通の格好をしていたがやはりヤクザの雰囲気は隠しきれなかった。ジャンパーを着ていたが、これが又背中にドラゴンをしょっていたのです。

昨夜すっかり打ち解けてわたしは森下をもーちゃんと呼ぶようになっていて、「もーちゃんちょっとそのジャンパー派手と違うかと?」と笑いながら言うと、森下は「ママ!これでも気をつけてきたんですよ。ちょっと派手でしたか?僕はスーツ以外はダメです。」


横から栄ちゃんが「ママ、この服今日買いに行ってきたんです。ゆうべ随分ママにダサいって言われて朝から大変でした」横から森下が「それで服を買いに行ってきたんですが、支払いの時に店のオヤジに左手の指を5本立ててこれだけまけてくれって値切ったら、指が2本短いから3本にみえたのか、3000円だけ引いて釣り銭持って来ましたから、どえりゃぁ怒ってやりました。」わはは!!。

栄ちゃんはヒャヒャヒャっと笑いながら「こうして5本指を立てて言うたのですよ」と私の前にやはり指が2本は短い手を立てて見せた。3人で大笑いでした。
(兄弟いうだけあって同じ指が同じだけ短いわ・・・)ハハハ!!。

「それで怒ってまって兄弟このジャンパーと払った代金も釣銭もそのままもらって店を出てきたんです。」「大丈夫なんか?そんな事して」森下はニヤっと笑っただけでした。
(やる事はやっぱりチンピラヤクザや・・・)


コーヒーを飲みながら、近々女を一人大阪へ運ぶからお願いしますと言ったが、この女は加奈には知られたくないのだが何か方法はないかと相談を持ちかけてきた。連れて来るまでに段取りはつけておく約束をした。私はサコビッチの店の許可を待つ間ベンちゃんの店に預かりで入れる段取りで考えていたが二人には黙っていた。


加奈が来るまでにお昼をと誘われたが、又森下が支払うのがわかっていたので、私は駅弁でも買うのでと断り、その間に又3人は大阪へ女を運ぶ段取りの相談をしていた。森下の携帯電話がなり、しばらくすると運転手役の若い者が加奈を連れて入って来た。

加奈は恥ずかしそうに私達に頭を下げた。「加奈、どうやった久しぶりの家は?」にっこり笑い「ハイ、お父さんが喜んでいました。お兄ちゃんが帰って来ていました。」「加奈にはお兄ちゃんがおったんか、そうか。」それ以上の会話は続かず、黙っていましたが、

加奈は森下とはゆっくり話もできていない事だろうし、「加奈、森下さんとお茶でも二人で飲むか?そんな位の時間はあるよ。何時に帰らないとダメやいう事もないし・・。」と言うと加奈は嬉しそうにしましたが、


森下が「いえ!ママ、僕は又すぐに大阪へ仕事で伺いますから、その時にゆっくりと・・・。なぁ!智、それでいいな。」加奈がイヤだと言える筈もなく、笑顔で黙ってうなずいたがそれは寂しそうな取繕った笑顔でしたが何も言えませんでした。

先ほどのくだけた雰囲気と違う森下がそこにはいました。私の前へ初めて加奈を連れてきた時の森下の雰囲気はどこにもなく、岐阜にいた時にも金づるにする女だったのでしょうが、私の所に来てからは今迄以上にその役割分担をはっきり認識しているようでもありました。

それは私にとっては好都合です。ヤクザ者が自分の女だと好き勝手に自分のペースでイチャイチャとされては目障りなだけです。一旦借金の形に預けたのならそれを踏まえた行動で動いてくれる事が何よりなのです。森下はここの所をきちんと心得ていたようです。

2006年12月22日森下&爪橋

すっかりこの大爆笑で私達3人は打ち解けてしまい。まるで昔からの知り合いのようになっていました。そしてこの3人のこの、出会いがそれぞれの運命を決定づけたような気がします。良いにつけ悪いにつけこの出会いが運命を変えたのは確かです。

気が合うとはこういう感じをいうのでしょうか、心地よい酔いからなのか、大阪を離れているという安堵感からか、いつも張り詰めている神経がこの日はほぐれた感じでした。(もう・・・恥ずかしいなぁ・・・)気分も少しづつほぐれていきました。


案内される店は全てヤクザ関係の店。大阪では到底相手にされないような年齢の森下と爪橋は行く先々で、丁寧な扱いを受けているのには驚きもありました。また兄弟の店とかその兄弟の店とか転々と店をまわりますが、この中でも私と最後に関わる男が一人いました。親分らしいのですが、子分は一人です。

この男の名前は森下よりも三文値打ちの下がる男なので木という名前にしておきます。この木の話でマタマタすっごく盛り上がってしまいました。短い指の話ではないですが、オヤジさんなんて呼ばれているのですが、実は子分が一人でその子分はこの森よりもずっと年上の40代のおっさんなのです。


この子分のおっさんでも懲役の経験者なんだそうですが、何度もパクられている理由が、窃盗らしく余計に馬鹿されています。ヤクザは盗人で懲役行くのを一番馬鹿にするらしいのです。

組に親分と子分が一人づつというので森下と爪橋に馬鹿にはされているのですが仲はすごくよさそうでした。二人は懲役は何度も経験があるのですが、どうやら木という男、経験がないのならそれはそれでいいのですが、親分より、子分のオッサンが懲役経験者と言う事が笑いのネタにされているようです。

このオッサン親分がトイレ等に立つと目を盗んでおつまみを注文したり、水割りのグラスを何杯も飲もうとするのです。知らないのはまぬけな親分だけで「コイツと何処へ行っても高くつく」とこぼすのです。それが又おかしくて・・・。


喫茶店などでも親分に電話が入り外へ出て話をしていて店内へ戻ると、頼みもしない食べ物がテーブルに置いてあったり、まだ置いてあるならいいのですが、空になった皿があったりするらしいのです。この話には大爆笑でした。


このようにおもしろい男であり、森下が私に紹介はしましたが、あまりオススメではなかったのには理由があったのだと後でつくづく思い知らされる事になるのですが、その時にはもう森下はパクられてしまっていたので、まんまとこの男にはしてやられました。
やはりヤクザはヤクザです。その話は後の方でしますね。


森下や爪橋は大阪の人間は恐いというような表現をします。自分達からみればここ岐阜はやはり田舎だと思っているようです。


私の後にはとてつもない組がついているように勝手に思っているようでしたが、私は思うのは勝手でその方が都合がいいと考えあえて会話の中で、否定はしませんでした。


スナックやラウンジを何軒か,はしごをしてホテルに帰ったのは午前4時を過ぎていましたが、どの店でも大層なもてなされ方で極道の女たちの映画の中の岩下志摩気分でした。

明日の朝は少しゆっくり休むように森下が気遣いをしてくれてチェックアウトの時間をずらすようにホテルのフロントに言い帰っていきました。ホテルに帰って私は今日の接待の意味を考えましたが、わかりません。気が合うというか波長が合うというかまあ、そんな所だという結論で深い眠りにつきました。

2006年12月21日兄弟盃???

「ママ、加奈はどうです?使い者になっていますか?ご迷惑はかけていませんか?」
ここが同じヤクザでも大阪の若いヤクザ者との違いです。普通は女の子を紹介して私は儲けているのだから反対に義理をかましてくるのですが。あくまで控え目な言い方です。

「使い者って何言うてんの、売れっ子さんやで!ええ子をありがとう。感謝してるわ!借金も返すのが早いのなんのって!わかってるやろ」
「良かったです。そう言ってもらえたら・・・。あのまだ女の子はいりますか?2,3人心当たりがあるのですが。」(こうでなかったら、アカンよな・・・。森下ってええ人やわ。)


私は即答で「なんぼでも女の子は要ります。加奈みたいなおとなしい、いい子で真面目に働く子やったら嬉しいわ!勿論バンスもOKやで!」実際に森下は加奈をきちんと働かして適当に大阪へ来て、里心がつかないように気配りもしている。返済も私の指示通りでも何ひとつ森下からは文句はなく、一度借り入れ、約束した金額を返し終わるまでは追加は一切言ってこない。行儀のいい人間だった。


私の言葉に安心したように、森下と爪橋は顔を見合わせてにっこり笑っていた。
「実は、僕よりは兄弟の方が達者なんです。コレは!」と言って小指を立てた。私はお酒も入り少し打ち解けていたのもありからかい半分で「森下さん小指短いな・・!」と言いました。
大爆笑です。


森下は鳩が豆鉄砲をくらったという表現がぴったりな表情をしており、それを見た、爪橋は涙を流して笑っている。森下は「兄弟!笑いすぎや・・・。」と言いながら自分も金歯を出しながら笑っていた。何に気をよくしたのかわからないが、ご機嫌で
「ママ!兄弟盃しましょ」と言って酒を注文した。
(エ〜〜〜イヤヤ!こんなヤクザもんの弟、ほしないわ・・・。)


酒がくると、森下と爪橋は正座をして盃をおでこのあたりまで上げて私に向かって
「これからも、よろしくお願いします。」と言って盃のお酒を一気に飲みほした。

2006年12月20日夕食会

森下は夕方になって運転手を一人連れて迎えにきました。連れて行かれたのは町屋のような小粋なこじんまりとした料亭でした。庭石を踏みながら私はこうして迎えられる事の意味を考えていました。


今までのヤクザと言えば私の顔を見るとご馳走になるか、うまい話で釣ってしのぎを賭けてくる人間ばかりでしたので今回のこのもてなしには正直戸惑っていて素直に感謝の気持ちが出せませんでした。

何か裏がある、それをどう切り抜けるか神経が張り詰めていて、料理の味もよくわかりませんでした。食事の途中で仲居が声をかけてきた。「お連れ様がおみえになりました。」私は何も聞かせれてはいなかったので緊張をして森下の顔をじっと見据えました。不意打ちを喰らわせてどうするつもりなのか、見当もつきません。

そんな私の緊張等、全く意に介さず森下は「ママ!僕の兄弟です。今日は是非紹介しておきたくて、一度会ってやってください。」座敷に入ってきたのは上品な、森下と同じ、やはり色白のはっきりした顔立ちの大柄な男でした。

「おお!兄弟!来てくれた、来てくれた。」エライはしゃぎようです。両こぶしをついて私に「こんばんわ!遠いところへようおいでくださいました。初めまして爪橋栄二郎です。お噂は森下の兄弟から聞いています。お世話になっているそうで、お目にかかれるのを楽しみにしていました。」

「いえいえ、お世話になっているのは私の方です。冴子です。よろしく!」
森下はニコニコ顔で「兄弟!今日はママはお客さんやからおもてなし頼みます!」
「ママ!この栄二郎とは本当にいい付き合いしています。又兄弟の事も頼みます!」

(お客さん扱いしてくれてのおもてなしかいな??私が身構えすぎたんかいな?そやけどこんな事は初めてやからエライ身構えていたわ!これがホンマやったらゆっくり飲めるわ・・・。信じてええのんか?イヤイヤ、ヤクザは甘い言葉の後は必ず恐ろしい事をいいよるからなぁ、油断したらアカンわ!)

「ママ!腹ごしらえしたら、次は柳ヶ瀬に付き合ってくださいよ」森下は上機嫌でした。
(それにしても部屋の隅にいる子分気になるわぁ〜。箸置いたらオシボリ、煙草もったら、ライターと・・・。それにしてもビールのビンそんなじっと持ってたらぬるなるがな・・。)

2006年12月19日もう・・・恥ずかしいなぁ・・・

森下からも加奈の里帰りについて電話が入りました。ホテルは大垣市内で取りますが、新幹線羽島駅まで迎えに来てくれるとの事。岡山の二人を大阪へ戻すとすぐに加奈を連れて岐阜に向かいました。


本当は姫をもう少し懲らしめてやりたかったのですが・・・。サコビッチの店の件もあります。暇な月にとにかく順番に里帰りをさす計画でしたのでそれをこなすのが先決でした。


加奈は森下に会えるのと少しばかり離れていたので、会うのが恥ずかしい等と女らしい事で悩んでいるようでした。羽島駅に新幹線が滑り込み二人がホームに降り立つと男が立っていました。田舎の駅のホームです。


数える程しか乗客の乗り降りはありません。こちらに向いて膝に手をあてて、頭を下げてから小走りに寄ってきました。


加奈が「??・さん」と小さな声で言いましたが、よく聞こえませんでした。男は私の持っている手荷物を慌てて「お持ちします。お疲れ様です」と言いながら持ってくれます。
(森下の子分やな。大阪やったらひったくりかなって思うで・・・)


改札を抜け男について、駅前に出ると白いクラウンから森下ともう一人が降りて、これも又子分らしい男がドアを開けます。「お疲れ様です。どうぞ!」私は少しびっくりしましたが、慣れた雰囲気をだして黙って車に乗り込みました。

加奈は助手席の方にまわり乗ろうとすると森下に後の車に乗るように指示されたらしく、クラウンの後に続きで止まっている車に乗り込みました。ホームまで迎えに来ていた男と加奈、私と森下はクラウンに乗りもう一人の男が運転をして大垣市内にあるホテルに向かいました。


森下は私に金歯を見せながらニコニコ顔で「ママ!ご苦労様です。お疲れでしょう。今日はゆっくりして下さい。」まるでヤクザ映画に出てくる親分になったような気分でした。


(大阪のヤクザとはエライ違いや!何かごっつう、ええ気分やんか!こんな若い森下にも子分はおるんやな・・・。それに格好も大阪の若いチンピラに比べたらえらい、ええ格好させてもらってるなぁ!ススム君達とはちょっと違うなぁ・・・。)
30分くらいでホテルに着きます。後を見ると加奈の乗った車もついて来ていました。


ホテルは大垣では結婚式場も備えた名前の通ったホテルです。森下が大股で歩きフロントへ行きます。鍵を受け取りポーターと一緒にエレベーターに乗り込みます。

その間無言ですが、(もう・・・恥ずかしいなぁ・・・。)見るからにヤクザとわかる森下とこういう場所で一緒なのには少し抵抗がありました。部屋はwで私は勿体ないな、なんて考えていました。ポーターが何か説明しようとすると「わかってるから!」とさっさと出て行けと追い出します。

(もう・・・恥ずかしいなぁ・・・)

森下は今から加奈を実家まで送り、自分は少し用事をして夕方もう一度食事に迎えにくると言い残し部屋を出て行きました。暫くするとルームサービスのコーヒーが届きます。えらい気配りをしてくれて・・・。
アリガトウ!

(夕方あのヤクザ丸出しの人と何時間か一緒か・・・。ちょっと気が重いよなぁ、今日はこの前みたいに紫のスーツに白いマフラーではなかったけど、あんまりかわらんよな・・・トホホ・・・やっぱり、もう・・・恥ずかしいなぁ・・・。)

2006年12月18日姫ちゃん又やってくれました。

良子と姫を連れて岡山へ向かいます。髪形や服装にも気をつけさせます。二人とも職業はブライダル関係の仕事という事になっています。新幹線の中では二人の会話に気を配ります。奈々と良子は友達ですが、あえて別々に里帰りをさす段取りをつけました。変に里心がつき、私の知らない所で大阪へは戻らないという話が出来るのを避ける為でした。

姫はぶどう農家の娘で、良子は会社員を父に持つごく普通の家庭の子達です。私は岡山市駅の近くでホテルを取りそこで一泊します。ここで待っていようとも飛田新地に帰らないでおこうと思えばそうする事は簡単な事ですが、気持ち的には待たれるという事は、気になるものです。


何事もなく一泊をして待ち合わせの時間には二人共待ち合わせの時間にはきました。帰りの新幹線の中での会話です。「明日から又頑張って働いてや!それで久しぶりの、実家はよかったか?」「ハイ!お父さんがいい所へ就職できてよかったなんて言ってました。お小遣いも少し上げれたし。」  「いくらあげたん?」 「10万づつあげました」 私絶句です。
「良子・・・。渡しすぎとちがうんか?」 「そうかな?」
「そうかなって、あんたは普通のOLとかわらへん勤め人って設定やで、ほんであんたの親も黙って受け取ったんかいな?」


「黙ってじゃなくて、ありがとう言うていました。」
「アホ!漫才してんのと違うねん」無邪気に良子は笑っています。


金銭感覚が麻痺してるわ・・・。「姫はどうやったんや?」 
「ああ・・・元気でしたよ、二人共・・・。」しらっとした返事です。良子の顔が曇ります。割と正直な良子です。 (コイツ、おかしいな???)
「実家へ帰ってへんな!どこ行ってたんや!」


二人の実家にはお土産を持たせて帰らせました。良子の手には大阪の会社の皆様にと返しの岡山のお土産を親は持たせております。姫は手ぶらです。ぶどう農家をしていて、季節には世話になっているからと、ぶどうを送ってくるような親です。大阪からの土産を頂いたなら必ずお返しにと持たせていても不思議ではありません。


「ゆうべ、何処へ帰ったんや!?」(姫ちゃん又やってくれましたか)
 「・・・・あの・・」  「良子知ってるのか?」
「時間がないから、大阪へ着くまでにはよ!言え!良子も共犯か?」
食べていた弁当の蓋を慌てて落として良子は言った。


「いえ!私はちゃんと自宅へ帰りました。姫ちゃんは友達の所へ行ってたそうです」
「何でわかったんや?嬉しそうにお前に言うたんか?」
「違います。待ち合わせ場所がおかしかったから聞いたら・・・。」


「連れと遊んでたんか?姫・・・。」 「ハイ・・・。」 
「それで実家には帰らへんかったんか?」「・・・。」
「そういう事やろ?」黙ってうなずく姫ちゃん
「土産はどうしたん?」 「友達に・・・」
「やったんか?うちがわざわざ買うて持たした土産をやったんかいな?連れに」
黙ってうなづく姫ちゃん

食べていた駅弁で思いきり頭をどつきました。中の具もゴハンもそのあたりに飛び散り、驚いた乗客達がこちらを伺っています。良子は謝りながら飛び散った中身をかき集めています。「姫!お前が拾え!」


「土産物代返せ!10000万円や!」手を出しました。「あの・・・帰って働いてから返します。」情けないやらアホらしいやらでした。店へのお土産は東梅田の地下へ行けば全国のお土産が置いてあります。そこで岡山のお土産を買って帰りました。


実家に帰らずに姫ちゃん昔の連れと夜どうしカラオケボックスで遊んでいたとかでした。こういう人の心がわからない子は今も昔もいるものです。
親もきっと首を長くして待っていたでしょうに・・・。

2006年12月17日封印されていた真実(実質経営者心得)

飛田新地には料理組合というものがあり、組合員にならなくてはいけませんが、強制ではありません。組合に入会するには飛田新地の中で料亭又は小料理屋をしている組合員の保証人を必要とします。保証人がいないと組合長に相談させて、組合長になってもらう事にさせました。


行政書士も会計士も組合長の世話ですべて紹介してもらうように指示をしました。この頃には随分と私も賢くなっていました。今までの店は少し勉強不足で頭かくして尻隠さず状態でした。まあこれはこれで仕方がない事だと考えこれからは絶対に私は裏に隠れる決意を固めました。


サコビッチには自分の店だから自分で全て考えて、わからなければ私ではなく組合長に相談して事を進めて行く様に指示をしました。私がお膳立てしただけでは名義人になってしまうだけです。摘発を受けた時にどうやって店を立ち上げたかスラスラ供述できるように仕掛けたのです。わからないと、口ごもる事は一番だめな事です。

これが最初のお店の立ち上げの基本で、一番大切な事です。この部分がきちんとできていなければ、すぐに名義人だとバレてしまいます。名義人に払っている名義料金が無駄になります。でも中には実質経営者が名義人になれないので、取り合えず名前を借りて許可を取り、摘発を受ければすぐに自分が経営者だと名乗り出る方法を取る経営者もいます。


飛田は大半がそのようですが、私は子供がまだ小学生であり、それは避けたいと言うのが本音でしたので、名義人は慎重に選んでいましたが、腹もくくっていたのが正直な所です。ようするに、悪い事をする時は腹くくってしましょうという事でしょうか。

2006年12月12日儲かったお金は銀行へ!?いえいえとんでもない

私と言えば朝から深夜まで店と自宅の往復のみで、お金を使う事がありません。高級マンションだと言っても市内から外れたところです。家賃も比較的安いです。ベンツも2台買いましたが、キャッシュで買えばあとの支払いはありません。借金もなく買う物を買ってしまえば入ってくるのみです。


自宅に通販で買った9800円の金庫にもお金が納まりにくくなってきました。金庫の中の小引き出しを取り外しても7000万も入るかどうかという位です。とても収まりつきません。使い道がないのですからただの紙切れです。


お金は使ってこそお金であって使わなくてしまいこむだけなら本当にただの紙の束なのです。貯金も通帳の金額が増えていくからこそ楽しいのです。買い物も支払うから楽しいのです。使わない紙の束は邪魔にさえなります。


私は金庫に入らなくなったお金を銀行に持って行く事はしませんでした。昔デートクラブが摘発された時に通帳を差し押さえられ、没収された上に税金を課せられた経営者の話を聞いた事があったからです。


美由が元働いていた隣の店が摘発された時にも警察は通帳を押さえたと聞いていました。そんな訳で銀行には持っていけないとこの頃には思い込んでいました。

開店当初は一日に経費を一万として生活費に一万。貯金が一万でひと月三十万の貯金ができればいい商売だなんて考えていたのです。そんな事を考えていた人間が想定外のお金のうまい保管の仕方や活用の仕方なんて考えられる筈がないのです。


急に何千万というお金が入ってくるようになっても悲しいかな、始末の仕方がわからないのです。使い道がない事もありましたが、暇がないのです。元々物欲があるタイプの人間では私はありませんでした。

指輪も毛皮のロングコートもブランドの服もアルマーニにベルサーチにシャネルと買いますが、買っても毎日来ている訳にはいきません。飛田新地はエプロンが一枚か二枚あれば充分です。高級なエプロンと言ってもせいぜい一万円も出せば充分です。


こんな人間に限って仕事が好きで、お金が好きなのです。店に早い時間から出ていない日でも飛田に向かわない日はありません。それが生きがいなのです。閉店間際に私はベンツSL600で飛田新地に乗りつけます。私の姿を見つけると、鬼が来たとばかりに呼子は玄関先からのれんの内側に入り、私が通り過ぎるのを待ちます。

清算した後にバックに札束を押し込む感覚は一番ワクワクする時です。なのに自宅へ持って帰ってしまうと、ただの紙の束の感覚しかなく隠すのに毎日のように頭を痛めます。


想像してみて下さい。一千万の束が何個もありこれを、誰にも見つからない場所に隠す。家の中にはそれ程そんな場所があるものではありません。ましてマンションなら尚更、泥棒に入られた時に気づかれない場所なんてありません。少年ジャンプみたいな雑誌を5冊でも紙袋に入れてどこかに隠そうと思ってもマンションの中で見つからない場所なんて本当にありません。一度試してみてください。

考えるのも邪魔くさくなりクローゼットの中の海外旅行用のカバンの中に鍵をかけて入れていましたがこれは誰かが持ち出そうと思えばすぐに持ち出せます。それは欲深い私は困ります。私は3人の子供と主人と5人家族でした。必ず家には誰かがいるようにしていましたが、限界もあります。

子供には質素な生活をさせていました。あぶく銭、いつまでも続くはずがないのですから、普通の家庭の生活を心がけていました。鬼と呼ばれようとも人の親です。


とに角ない知恵をしぼり、お金の隠し場所は色々と考えました。お墓に隠しに行った事もありましたが、これはあまりにも場所が小さくすぐに止めました。そこで私はマンションのベランンダに園芸店に頼み小さな庭を造ってもらいました。

防水シートを敷き詰め土が入ります。水のあまりいらない植物も植えました。その土の下に私はこっそりナイロン袋に入れたお金を敷き詰めて隠しました。これなら泥棒が入っても気がつかないだろうと一人喜んでいましたが、それにも限界があります。庭の土が以上に膨らみます。ほとほと困りました。


色々な事をしましたが、結局は土の中が一番ですが、深い穴が掘れる場所でないと心配です。同じ土の中でも植木鉢の土の中はだめです。衣裳部屋にダミーのクーラーを備え付け、この中に隠すのも割りといけます。クーラーの室外にある太いパイプもまぁまぁでわかりませんが、これは100万の札束が一列にしか入りません。

2006年12月11日儲けるカラクリ(客の足止め 桃子の我儘許さん!)

指名客には名刺の裏にカレンダーを作りその月の休みの日を記入して休みの日を知らせる事。それでも客が来て違う女の子に上がっても怒る事はない、反対に上がってくれた女の子に必ず礼を言う事。上がった女の子も楽な仕事を高料金でさせてもらったお礼を言う事。


女の子には理由として、飛田新地には店が何百件もあり、女の子が休みだからと断って、もし他の店に上がりそこでいい子と知り合ったら二度とこの店には来ないし、指名も勿論なくなってしまう。それをさせない為にも他の女の子が上がってくれて、客のお守りをして他の店へ行くのを足止めしてくれた事に感謝すべきだと教えました。そのかわり代打の女の子は必ず礼儀としてふう(ゴム)を使う事としました。


但し客にはこういうカラクリは内緒でした。客にはこう言うのです。
「たまには、違う子と遊んで浮気をしますか?絶対に内緒ですよ。不倫は少々高くつきます。20000からです。それと生ではできませんが・・・。」指名の子がいるのに代打で行くのは女の子だって嫌がります。どんなに頑張ってサービスをしても自分の指名客にはならないのですから、でも15000円ではなく20000円なら女の子も人の客でも喜んで上がります。

少々手を抜いてもどうせ自分の客にはならないので、気楽なものです。そして客はやはり指名の子が一番だと実感するのです。店も客を逃す事なくバンバンザイです。女の子についているというよりは店についていると言った感じのお客さんが多くなっていったのは確かです。


このような調子で店も女の子も呼子も皆がお金を儲ける事に関しては一致団結してこれも又万々歳です。が、桃子は不服でした。彼女の場合は指名客が大半で、フリーのお客につくのは少なく、いずれ指名の客も抜け落ちていく日もきます。そのためにはフリーのお客さんに少しでもついて、新しい指名のお客さんにしなくてはいけません。ですから他の人の指名客についている暇はないという計算があるのでしたがこれは、勝手な言い分です。


自分の得になる事しかしない主義で、人の客に上がってありがとう等と礼をいう事ほど腹の立つ事は桃子のプライドが許さないのです。人から客を恵まれなくても自分で回すという勝手な言い分です。


女の子には言いませんでしたが、それでは店は困るのです。他の店に目移りしないようにたまには違う女の子と遊べる店だと印象づける事が必要なのです。指名の子に飽きたからと他の店に行かれたのでは日頃の努力が水の泡です。

水商売というものは女の子に客がついていたのでは、万が一女の子が店を辞めたらお客も何処かへ行ってしまいます。女の子についているようでも実の所は店についているという事が一番大切です。

私は「そうか、ほなそうするか」といつものようには言いませんでした。そのかわりに自分勝手な言い草の彼女に対して「自分だけの得策を考えるなら辞める事を考えた方がいいで、それか毎日指名で埋める事やな」と厳しい言葉を投げかけました。一か八かの私と彼女の勝負です。

これで自分の言い分が通らないからと辞めるようでは、いずれ近い日に辞めていくでしょう。売れているからと彼女だけ特別扱いはできません。加奈もみなみも桃子と肩を並べているのです。その子達が黙って従っているのにできない相談というものです。しかしこれも私が若かったからです。今なら相談に乗り解決策も一緒に考えたと思いますが、とに角イケイケでしたので・・・。笑  店を辞めるのか、いう事を聞くかなんて事を女の子に選択さすのは、あまり賢いやり方ではなかったような気がします。自分自身もしんどくなるだけですから。


その当時はそんな訳で、イケイケの私には自信がありました。たとえ彼女が辞めても指名の客がついて行くとは思えません。女の子以上に客とコミニケーションをとり、指名客に融通を利かせて、女の子につきっきりで世話を焼き、混んでいる日は店内でも機嫌よく待たせてくれる店など飛田にはなかったのです。

2006年12月10日儲けるカラクリ(競争心を煽る)

女の子が呼子が儲けるのですから店は笑いが止まらないという位に儲かっています。小さな手提げ金庫には千円札や一万円札が、膨れ上がって入りきらない状態になる事さえありました。私は金庫にお金を入れる時は放り込むようにしてぐちゃぐちゃに入れます。きちんと数を読んで揃えると、客足が何故か止まるというジンクスがありました。

店の経費は家賃の40数万円と電気水道等の高熱費のみで人件費は勿論いりません。冬場の灯油代金は女の子が10缶を順番に買っていきます。冷暖房は季節になると一人1万円を光熱費として支払います。気兼ねなく部屋を暖めるなり、冷やすなりして下さいと言う事です。店の光熱費は殆どこれでまかなえてしまいます。



オープン当初は右に習えで、ビールは大ビンを客に出していましたが、小さな缶ビールにかえました。ジュースやお茶はグラスで。ひと月数万円で仕入れは済んでしまいます。全てを入れても経費は60万円もあればお釣りがくるぐらいです。客に飲み物を聞く時も呼子や女の子には徹底して聞く順番をおしえました。
「お茶、ジュース、コーラ、ビール何にします?」大抵の客は最初に言った順に注文をします。ですからお茶かジュースです。ジュースはペットボトルに入ってスーパーで購入すれば198エンからであります。


個室の飾りや布団も全て自前で揃えさせます。シーツ等は必ずクリーニング。敷布団からカーテン全て個人商店という考えなので、勿論自前です。女の子の洋服は全て値の張るスーツで統一です。お金のない明美は女の子の着なくなったスーツを安い値段で譲ってもらいそれを着ていました。女の子が洋服を無料でもいいなどと言うと「人に物を恵むほど儲けているなら、さっさとこんな商売はヤメロ。何様だと思っている」と叱りました。

気を緩めて女の子同士が情で結ばれるような形になる事を警戒しての事でした。従業員が多くなればなるほど、いつ反乱を起こしてくるかわかりません。全てにおいて店では自分は個人店で他は商売敵だと思うように教え込みました。


競って洋服も買います。競わす事で功をそうしたのは、出勤時間です。出勤も1分違えば座るのが先に出勤した者より7分遅れになり、自分の前に4人いれば28分で30分程しないと自分の番は回ってこないのだ。出だし30分遅れるという事は2本分で3万円分、人より売り上げが落ちるので、この分は最終までずっと遅れたままです。売り上げもその分だけ人に負けるのです。それを自覚させると決められた出勤より、1時間や2時間前には平気で来るようになります。
全て競争心からです。毎日売り上げの発表もします。

全員を早く出勤させてもと思い早番遅番を作りましたが、やはり一緒です。早く来ます。遅番だからと言っても人に売り上げを負けるのがいやなのです。人に勝ったからといって特別何かがある訳ではありませんが、鬼の冴子は差別をはっきりします。

おはようの挨拶に始まって、意見を聞いてもらえるかもらえないか、「600年早い」という言葉で片付けられてしまうか、「ああ、そうなん、ほなそうしいや」と言ってもらえるかの違い、清算も勿論売り上げの良い者順です。「ご苦労さん」と言われるか
「性格かえな、売り上げあげられへんで」と怒られるか。


競争心を煽っても、決してケンカになるような考えを持たせては絶対に駄目です。
あくまでも表面は仲良く、行儀よくつき合せていかなければ、お客さんは揉め事や従業員同士が仲が悪いのは雰囲気で感じ取り、不愉快な気分にさせますので、注意しなくてはいけません。

難しいのは指名客が来た時です。指名する女の子が休みだと普通は他の女の子には上がらないのもなのですが、男は目移りするもので他の子に上がりたくなります。内緒で上げても必ず客はしゃべる事を私は知っていますし、当然店も女の子同士の争いを避けるために断ります。これは店に取っては大変勿体無い事です。みすみすいいお客さんを逃すのですから。最初は私もそうしていましたが、あるルールを作りました。

2006年12月09日おてるさん引退そしてありがとう

この年の最後の月12月に桃子、みなみ、加奈と3人だけでも1750万円の売り上げをしました。この3人だけで手取りが700万円店は875万円の稼ぎです。他の女の子も400万前後は上げています。遅刻の多い明美が300万円台です。

ひと月にこれ程の売り上げをするのは飛田新地で今現在でも記録を破る子はいないと思います。呼子は250万円以上です。おきぬさんとおてるさんほくほくで、大喜びでした。いくら稼げる店といっても50万前後がこの頃の飛田の呼子のトップクラスの給料で、軽く倍以上稼いでいた訳です。私の店は他の店よりも時間が短く高料金でその上時間はあってないようなものだったのです。


時間もお金も融通がきくお客さんだけを、店側が選んで上げていたのです。待合室で指名待ちをしている客に私はアダルトビデオを見せる習慣をつけました。5、6人いれば全員が一緒になって見ています。退屈な時間を作ると、狭い部屋なので客同士がしゃべると、指名客がぶつかった時に困ります。ビデオを見せているとそれを防げて少々興奮もしてくれているので女の子は仕事をするのにも楽にできます。

桃子やみなみ加奈になると店が混み出すと、降りてきて客を送ったり、迎えたりはさせませんでした。一人の客が終わると洗浄へ行ってる間に私が部屋へ行き、「お客さん混んでるからごめんな、女の子は見送りができへんけどごめんやでぇ〜」と言って客をせかして帰らせます。


その間に女の子は髪を直し、化粧を直します。大抵一人客につくと髪も口紅もぐちゃぐちゃになっています。客を送ると今度は待合の客を私が向かえて、飲み物と一緒に客と部屋へ入りますが、階段を上がる時にはビデオを見ていた客に「さっきのビデオのシーンを思い出して頑張ってや、混んでるからごめんやで」客は階段を上がりながら戦闘態勢を強いられます。


飲み物を飲み終わった頃に化粧直しをしている女の子に声をかけます。女の子は元の髪型できれいに口紅も塗り直し笑顔で部屋に入り即、仕事にかかります。私は女の子の化粧品やドライヤーを片付けに洗面所に行きます。そして下に降りるのですが、大抵は私が帳場に下りて伝票を書き込んで台所に戻りタバコを一本吸い終わると洗浄へ行くバタバタという足音が聞こえてきます。



この年におてるさんはオシメをしての仕事はこれ以上は無理だという事で引退です。


最後におてるさんは「ママさん、この店のお陰で私は10年分の稼ぎをさせて貰いました。おおきにさんです。人は引き際が肝心ですなぁ・・・。これ以上意地出して迷惑はかけられません。ほんまにおおきにさんでした。エヘヘ・・・。ママさん商売してたら腹の立つ事はようさんあります。そやけどタヌキになって一日でもなごう、商売をしておくれやす。墓も棺おけもお陰で用意できました。ご恩は忘れません。」


こう言って又カツッ・コツン・カツッ・コツンといつもの下駄の音をさせて帰っていきました。私の方こそご恩は一生忘れません。最後はすこしぼけていたようでしたが、自分の引き際を悟ったのでしょう。いくら裏方だけでいいから、出てきてほしいと言っても、お礼は言うものの、引退の決心はかわりませんでした。おてるさんの置き土産となった森下の出会いは感謝をしてもしきれない大きなもので、今も感謝をしています。


引退しても時々は店に顔をみせていましたが、暫くすると来なくなりました。



最後におきぬさんがおてるさんを飛田の商店街で見かけた時は、あれほど小奇麗に髪もきちんと結い上げていた人がザンバラ髪で着物の前をはだけ歩いていたそうです。
すれ違い様におきぬさんが「おてるさん、ごきげんさん元気でしたか?」と声をかけるとおてるさんは誰だかわからない様子でそれでも
「ごきげんさん!お父さんの酒の肴を見に行きます。エヘヘ・・。」
と答えたそうですが、でもお父さんはもうその時は亡くなっていたのです。

2006年12月08日女をつなぎ止め働かすカラクリ

次の日は少し早目に美由が加奈を連れて一緒に出勤してくれました。私はこの日から3件目の店探しをする事に決めました。名義人はサコビッチです。夕方には森下から礼の電話が入り、なかなか律儀な男だなと感心しました。


昨夜の加奈の様子を美由を呼んで聞くと、別にこれと言って不安がる訳でもなく普通に夜食を食べて、お茶を飲みながら暫く話をして休んだと言う事で、ちょっと拍子抜けしました。美由が聞いてもあまり自分の事は私に話した程度しか、話さなかったようです。ヤクザの女はあまりしゃべりでは勤まらないと言う事もあるのでまあ当たり前の事なのでしょう。


洋服も何もやはりあまり持ってきてはおらず、服は店の女の子の物を借りる事にして私は飛田の中にあるランジェリーショップへ連れて仕事用の下着を買い与えました。勿論これも加奈の前借金になります。着替えて玄関に座らせると、桃子が上がった途端にすぐ加奈も客がつきます。帰りの客は桃子の客同様ご機嫌で帰っていきます。

加奈はすぐに仕事のコツを飲み込み、テキパキとこなしますがここで問題がおきます。真理子に指名の客が続き部屋があきません。みなみも美由も上がっています。部屋が空いていないのに客は上がれません。私は困りました。許可以外の部屋を使うには違反行為ですが、そんな事は言ってられません。


お仕置き部屋を加奈の部屋に早代わりさせました。8畳の大きな部屋にコタツと布団だけです。飾りも何もありません。それでも女の子を遊ばすわけにはいかないので仕方なくですが、あまりにも味気ないものがあり洗浄もその都度2階へ上がらなくてはいけなかったので、大変不便ですが、加奈は何も言わずに毎日こなしてくれました。

初日の売り上げは20万を上げて、加奈は本来8万円の手取りでしたが、私は暫く借金が減るまでは毎日1万円だけを渡して、後は返済にまわすように言いました。美由の部屋の家賃は5万円と決めましたが、落ち着くまでは貸してもらうようにしました。実由の家賃を払うよりも私への返済が先だという事です。

一日も早くバンスの元金を戻すのが何より大切です。この調子では150万はひと月もかからないで完済してしまいますが、私は森下と加奈には内緒の約束をしていました。
100万が返し終わったら追い金バンスをしてもいいと・・・。

店を増やし手を広げるわ、女の子がいないでは話になりません。加奈が入った時点で私は店を増やす事を決意したのです。その為には一度入った女の子を手放す訳にはいきません。森下にも最低1年は女は置いておくように頼みました。稼げて、バンスが次から次へとできるのであればこれほどいい話はありません。

森下は加奈の借金が残額50万になるのを指折り数えて待っている事でしょう。ヤクザにとってこれほどいい話はない筈です。大阪に財布を置いているような状態です。次から次へとお金が入ってくるしかけになっています。

残額50万を残して又150万借りると、借金は200万に膨れ上がります。次は50万を残した状態で200万借り入れると250万に膨れます。加奈の場合は借金はいつまでたっても減りません。これは加奈だけではありません。美由にしても、桃子にしても親や兄弟にとお金はいそがしい状態です。男でなければ親兄弟にと、こういう図式は何故か当たり前なのです。

男と別れたみなみでさえ離婚した母親が妹を進学さすのにお金がいるとか、借金を返すのにとか理由をつけて皆、無心します。こういうしがらみのない者はホストへお金を運びます。大きく分けてバンスをしてずっと借金に追われる者、借金はないが頻繁に働いたお金が出て行く者、どちらにしても毎日、必死になって働かなければ仕方がないのです。時々遊び過ぎて姫のように穴をあけてしまい。又借金をする。生活が少し楽になると、又遊び呆けるといった具合です。


この時点で、貯金があるのは真理子だけでした。他は全員借金があります。女の子の考えもヤクザ者と何等、変りはありません。とことん詰まれば前借をすればいいと思っているのですから。20代の若さで私に一言言えば楽に100や200のお金は右から左に動かす事ができるのです。完全に神経が麻痺しているのです。私がそういう風にしむけているのです。

女の子をつなぎ止めておくにはこの方法が一番なのです。その借金があるからこそ、大人しく私の言う事だけに耳を傾け必死に仕事をします。素人の子はこういう事に感覚が麻痺をしていますが、平気ではありません。いつ自分がクビを言い渡され、借金を全額耳を揃えて返せなんて言われるか、心配なのです。そのためにはただただ、真面目に言われた通りに働くしかないのです。


鬼だと言われるでしょうが、私の所で働かなくても、いずれかこういう仕事につきこういう生活に入っていく運命なのです。それなら私のところで贅沢に暮らしながら、借金に追われるのが幸せというものだと、貧乏な風俗嬢よりはましだとよく教え込んだものです。

2006年12月07日加奈ちゃん入店

そう言えば明美の前にいた店の親方が私に教えてくれました。沖縄から大きなバンスで女の子を入れていたそうですが、ひと月かそこいらで飛んでしまうと。ヤクザから女入れたらアカンワと・・・。全く返済もなくえらい損などとこぼしていました。私にもヤクザ者からは女を入れたらほんまにあかんでと教えてくれました。しかし私は自分の勘を頼りに雇い入れる事にしたのです。


「トモ、頑張って仕事してや」女は涙を流しながら森下の帰り支度を手伝っていた。
長居は無用という風に男はさっさと帰ってしまった。


私は女の身体検査をした。肌理の細かい色白の美しい体でした。柔らかな長い髪が肩にかかり、ふくよかな美しい胸にくびれた腰、細く長い手足、何ひとつ注文をつける所がなく、心配した注射痕もない。欲を言えば切れ長の瞳に鼻が低いかなと言うところでした。まあまあこれは雰囲気や容姿全体上のランクなのでクリアという事に。


性格も大人しく優しそうな感じが溢れている。客受けもいいだろう。さて住むところだが、2、3日は店に泊まらそうかとも考えたが私は美由のところで面倒をみさす事にした。美由は西区のマンションで30万円もする広い所に住んでおり、一部屋余っている。勿論家賃は払わすのだから美由もイヤとは言わない。むしろ私に物事を頼まれる事が嬉しいようでもあった。


美由は美由で女同士の戦いでリーダー的な役になりたいようで、ホストクラブの事件依頼、私に対して株を上げようと一生懸命なのがわかる。
ソープ嬢をしていたのだから仕事は心配はない。名前は加奈と決めた。


美由をこっそり呼んで私は逃げたりしないと思うが、よく見張っておくように頼んだ。美由は張り切っていた。帰りには早速、先輩ぶりを発揮してあれこれ世話を焼き明日は出勤したら、すぐに仕事ができるように段取りをしていたが、問題は部屋が4部屋しかないのに女の子が5人になってしまった。


取りあえずは真理子と加奈を二人で部屋を使わせる事にしたのだが、これはこれで問題が出てくるのだった。

2006年12月06日大事な指でお願いします。

色白の少し小柄で細身の男です。紫色のスーツに長い真っ白なマフラーで玄関先に立っていました。「コンバンワ!森下です。」ニコっと笑うと右の上の奥には金歯が入っていました。挨拶がわりにと、提げていた紙袋を差し出します。ヤクザがお土産を提げてくるのは初めてで少しびっくりしました。(名古屋名物の海老せんでした。)


横にはスラッとした色白な女の子がコートもなく、震えています。岐阜の金津園でソープ嬢をしていたとの事。「さぁさぁお入り、外は寒かったやろ」男は23才だと言ったと思います。女の子は21才。男は岐阜の柳ヶ瀬付近に住んでいて、女とは一緒に住んではいなかった。


森下には柳ヶ瀬でホステスをしている彼女がいてその女と一緒に暮らしていたのだった。女の実家は養老で父親は植木職人だそうですが、今は一人で大垣市の友達のマンションで暮らしているとの事。


話が本題に入ると、男は組の名刺を私に差し出した。現役バリバリのヤクザです。
森下に私はこういう事は経験があるのかと尋ねると、今回が初めてで、バンスを出してくれる所の心当たりがない事はないのだが、北陸で貸付金額が小さく又厳しい条件もあり、女が可愛そうなのでと言う事だったが、厳しいのは私の所でも一緒なのだ。


私はその事はこんこんと言い含めた。女の子にももし途中で逃げ出すような事があると、親は勿論だが一番には、ヤクザをやっている森下に迷惑がかかるのだから頑張事ができるかどうか確認すると、やはりみなみの時と同じで頑張るから、お願いしますと必死に頼み込むのだった。


脅されているのでなければ、イヤイヤ言わされているのでもない。こういう時の女は皆、男以上に必死なものです。自分が何とかしなくては、自分しかこの男を助ける事はできないと思っているようです。ヤクザにつく女は本当に悲しいものです。大阪とは違い、言葉使いも美しく優しい、顔も美人でどこにも文句をつけるところはなく、私は雇い入れる事に決めてはいたが、森下には少し値打ちをつけて言った。


「女の子は今の所そんなにほしくはないねんけどね。バンスの金額も構わないし150はつけてあげるよ。但しこういう商売は厳しいから女の子が飛んだりがもしあったら、追い込みは森下さん、あんたにかかるけど、それは承知でこの名刺きってくれてんのやね。これが担保と考えてもいいんやね。」


「よくわかっています。北陸でも大阪でも、どこでもこういう関係の商売は、面倒をみてるところがあるのは、心得ていますのでそういう行儀の悪い事はするつもりはありません。よろしくお願いします。」


「こうして、膝つきあわして、話して追い込みやなんやはいややから頼むで」
「ハイ、心しておきます。」女の子も「お願いします。」と深々と男と一緒になって頭を下げた。

私は用意していたお金を「あんたから、森下さんに渡し」と言って女の子の手の上にお金を載せました。女の子は封筒に入ったお金を黙って、森下に渡した。無言で森下は受け取ると背広の内ポケットにいれながら「助かりました。ありがとうございます」と言った。


「私には礼はいらん、この子に言うたってや!このお金を返さない限りどんなに辛くてもあんたの元には帰れないんやからな。」
「わかりました。ナッ!トモわかってるよな。頑張ってくれるよな」男が女の顔を覗き込んで言うと、女は可愛い笑顔で「うん。わかったョ。頑張るから」と小さくつぶやいた。覗き込まれて顔を見られているのが恥ずかしいとでもいうような感じでうつむいてしまった。


お金を受け取ると男は帰る素振りを見せてもう一度私に「本当にありがとうございました。僕はこれで失礼しますが、もし機会があったら岐阜の方に遊びにおいで下さい。田舎ですが、案内します。夏にみえるなら鵜飼の席を用意します。」


「おおきに、又機会があればその時は是非お願いします・・・。それから今書いた借用書に森下さんの名前と拇印をくれますか。」と言うと森下は印鑑を持ってきましたと出すので私は「印鑑ほど当てにならんもんはないやろ・・・。拇印でお願いします。あんたの一番大事な指ので下さいな。」


森下は一瞬意味がわからないらしく戸惑った様子をみせたのでもう一度ゆっくりと言った。「一番大事な指です。約束をたがえたら差し出す指ですわ・・・。」
森下は金歯を見せながら笑って「大事な指二つもなくしてます。残されている指の中では右手の人指し指は僕には大事なんでそれで・・・。」


そう言って人差し指に朱肉をつけて丁寧に借用書の自分の名前の下に押し付けた。
女がバックからさっとハンカチを差し出し指についた朱肉を取るようにうながす。
「森下はん、お願いやからその指もらいに行かんでいいように頼みます。」私は正座をして頭を下げた。森下も慌てて座り直して「絶対にお約束します。間違いはおこしません。ママさんに手間をかけさす事は絶対にありません。信じて下さい。」


(そんな簡単にお金をもらってハイ、おおきにでは帰れんのやで、ようっと肝に銘じておいてや!私がこうして頭を下げるのには下げる理由があるんやから)


後日談になるがこの時私の言葉は森下には随分と重みのある言葉だったそうで、今までのように不義理はしない方が、身のためだと思ったそうです。そして絶対に飛ぶなと、完済をしない事には本当に帰ってこれないのだと、女に念をおしたらしいです。

2006年12月05日つとむ君ともーやん

いつも古臭いベンツで飛田新地の中を走りまわっているコンビで、おてるさんと仲がいいのはつとむ君です。つとむ君達が乗っているベンツは兄貴分のらしく、兄貴がバクチをする為に飛田へ来ると、待つ間はそれを乗り回して遊ぶのが、いつもの事でした。時々は上がってくれて、お客さんになってくれるのですが、バクチをしている兄貴分は、所持金も少ない上に、結構賭け事が弱いのですぐに呼び出しがかかるので、あまり遊んではいられないのです。


ですからいわゆる、冷やかしさんですが、おてるさんはいつも間違えて真剣に呼び込むのでつとむ君達は気をよくしていると言う訳です。飛田新地をグルグルと回っていても、呼子から舌打ちなどをされて、「チェッ!冷やかしか・・・!」とか「上がらんのやったらジャマ!」等と言われる事ほど面白くなく、又気分の悪い事はないと言うのが、お客さんの言い分だと思います。

上がる気がない日でも、歩けば呼び込まれるのが、飛田新地の情緒を味わう一番の方法で男なら気分がいいものでしょう。その証拠に帰りの客でも呼び込むと迷惑そうにするのは少数で、大半は「帰りやねん、アリガトウ」と言葉を返したり、無言でもにやつきながら去っていきます。

つとむ君達は飛田新地にやってくると、一番におてるさんの所に顔を見せます。一生懸命呼び込むおてるさんにむかって「オバチャン!オバチャン!つとむや。コンバンワ!元気やったか」と挨拶をします。「何や、つうちゃんかいな。おかげさんで元気やでエヘヘ・・・」このやり取りが毎回交わされます。時々つとむ君はおてるさんに差し入れを持ってきてくれますが、結構気を使っているようで、ようかんや昔懐かしいような瓦せんべいのたぐいです。

「コーヒーでも入れたろか?お茶でも飲んで行き!」と時々声をかけますが、礼を言うだけで、それに甘える事は一度もありませんでした。

そのつとむ君の知り合いの又知り合いのヤクザ屋さんが自分の彼女を飛田に入れたいらしいのですが、バンスが必要との事。私は少し考えさせてほしいと言いましたが、年内にお金ができないと大変な事になるらしいのです。まあヤクザ屋さんの言う事はいつも必ず急いています。明日中にとか今月末にはどうしても、とかが通常です。

親しくなって足許を見られたかななんて考えも頭をよぎったのですが・・・。

つとむ君は自分は直接知らない人なので、何かあっても責任は持てないので、勿論紹介料はいらないのでと言います。こう言われると少し不安にはなりますが、女の子に会わせてもらう事になりました。


数日後に女を連れてきた男は森下と名乗りました。この男と私は長い長い、付き合いになるのですが、知り合いのヤクザに聞くと、現在はコッ○○強盗の異名を取り派手な捕り物劇をテレビでも披露して、懲役15年の刑に服役しているそうです。(2006年には別件の殺人未遂容疑でも再逮)


この森下とは沢山の思い出がありますが、最後に会った時にはもう無茶苦茶になっていて保釈逃亡をしてしまった時でした。保釈金の1500万円を用意したのも私でした。それを無駄にした事の侘びを言いたいと、仲間を道案内にさせて私は岐阜県大垣市で会ったのが最後です。「すみません。」


うなだれて泣いていましたが、仲間は「ママ、もーやんはシャブでもういかれてんねん。あんまり長い事一緒におらんほうがいいので。」そう言って私を車にいれました。車が森下から遠ざかって行きますが、森下は膝を両手で掴んだ格好のままお辞儀をして私を見送っていました。あれ以来森下とは会えていませんが、できるなら便りのひとつも書いてやりたいと思っています。

2006年12月04日オムツをしたおてるさん

おてるさんの話です。おてるさんは益々、毎日元気ですがこの頃オシッコがどうも洩れるらしく、困っています。座っていても、立っていても洩れる事があり、時々着物が汚れるらしいのです。洩れるだけならいいのですが、オシッコに行きたくなっても間に合わない時があります。これには参ったをしてしまいます。廊下が汚れてしまいます。


そこで大人用のオムツをする事を進めましたが、これにおてるさんは大いに怒ってしまい、店を暫く休みました。おそらくもう出てこないだろうと予測していましたが、ナントあらわれました。

紙オムツは抵抗があるらしく、女性用の生理ナプキンの特大版を自分で作ってきました。ところがこれはおてるさんはパンツをはかないのでゴムに負けて痒くなるらしいのです。それだけならいいのですが、時々廊下に特大ナプキンを落としていたりします。時々オシッコだけでなく、大の方もたまについていたりで、本人も少し恥ずかしいと思ったのか、大人用のオムツをする事をシブシブ承諾しました。


こんな風になっても体も頭も元気なのです。一生懸命仕事には出てきます。このおてるさん私の所に来たお陰で、墓も棺おけも用意ができるぐらい稼がして頂けましたと顔を見る度に感謝をしてくれます。

女の子は嫌がってはいましたが、私は最後まで勤めてくれればいいと思っていました。私の気遣いで裏を専門にしてくれればいいのでと言うと、役に立たないのなら店を辞めますので言って下さいと言ってガンとして玄関から退く事をしません。

最後の花を咲かすように、気持ちだけは誰よりもしゃきっとしています。お客の靴はどれがどれか、わからなくなる事もしばしばありますが、そんな時はお客さんに選ばすのです。お客は笑いながらこれですと協力してくれます。

するといつも「エヘヘ・・・おおきに」です。
こんな形の店があってもいいか・・・と私ものんびりです。開店から世話になり、私に色々と教えてくれ、支えになってくれた人です。好きなようにさせるのが恩返しだと考える事にしました。そんな時に、おてるさんと仲のいい若いヤクザのお兄ちゃんが、女の子を紹介したいと言ってきました。おてるさんの置き土産となってしまう事なのですが、この縁で私は何億というお金を稼ぐことにつながっていくのです。

2006年12月03日スソワキガ

ある日明美の紹介で女の子が来た。この女の子も飛田を転々としている女の子だったが、これが又曲者だった。ぶちゃいくさんだったので、取りあえずは女の子のいないベンちゃんの店に入れて、ゆっくりと教育をしていく事にした。


天真爛漫な性格の子だったが、この子に上がった客はいつも不機嫌な顔で店を出て行くのだった。指名なんて全く取れない女で、仕事は教えられた通りに一生懸命やっていますの一点張りだった。特別客が文句を言って帰る訳でもないので、ぶちゃいくさんの宿命かななんて事を呑気に思っていた。

ある日、明美とぶちゃいくさんについて話している時になにげなく明美が言った。
「ママ、あの子お風呂が嫌いやねんで、あの子のマンションの風呂場は物置になってるねん。」「エェ〜、どういう事???」明美は私が驚いている様子がおかしいといった風で「嫌いやから、たまぁ〜に銭湯へオバチャンと行ってるわ」

こんな仕事をしていて風呂に入らない人間がいるなんて聞いた事ありません。
ぶすこちゃんに問いただしてみると、さすがにハイそうですとは言いませんでしが、
「家では入りません。小さいお風呂は嫌いなんです。それにトイレと一緒だと気持ちが悪くてイヤなんです。」(そんなアホな事、あるかいなぁ〜小さい風呂が嫌いなのと、風呂入らんのは別の話とちがうんかいなぁ〜)

ぶすこちゃんは田舎育ちだった。銭湯で育ったらしく、風呂とトイレが一緒は考えられないと言う言い分だ。しかし、しかしそれと風呂に入らないとは別問題、さらに聞いていくと、ジャマクサイ+風呂が好きではない・・・らしい。

信じられず住んでいるワンルームマンションへ見に行くと、バスタブには、鍋やジクソーパズル、風呂桶、ホットカーラー等の収納場所になっていた。

それだけではなく、ここも又片付けられない症候群の部屋だった。汚いなんてものではなく、異臭騒動に発展するまでではなかったが、洗濯機も使っていない様子だった。

「洗濯物はどうしてんの?」   「クリーニングに出してます。」

「下着は!クリーニングに出せんやろ!」   「出してます。」

「パンツとブラジャーやで」  「ハイ・・・。自分で洗う時もあります。銭湯で」

私「・・・・・。」言葉が出ませんでした。


「あっあっ、あほかぁー!パンツ、クリーニングに出すアホがおるんか」
「スミマセン」 あきれてものが言えんとはこの事です。


「風呂は何で入らんのや!アカンやろ。こんな仕事してて、風呂は毎日入らんと気持ちが悪いやろ、違うか?」   「・・・・・。」
「何で入らんのや?」  「ジャマクサイ・・・から・・・眠たいんです。」
「夜が眠たかったら、朝行きいな」  「眠たいし、あまり朝からは開いてません」


お春さんは毎日仕事が終わって銭湯へ行くので、とにかく毎日連れて行ってくれるよに頼み込みました。これでやれやれと思っていたのですが、ある日ベンちゃんの店の待機部屋で私の横に立っていたぶすこちゃんのあたりから異臭がしてきます。


クンクン・・・???何か魚のアラが腐ったような匂いです。
「お春さん!昨夜お風呂へ連れて行ってくれたか?」
「ハイ、ちゃんと毎日連れて行ってます。勿論ゆうべも連れていきました。帰りに二人でちょっと一杯飲んで帰りましたぁ」

(ほんな、このアラが腐ったような匂いは何やねん!!!???)
ぶすこちゃんちょっとこっちおいで。部屋へ連れて行って横に寝かせます。膝をつき匂いの元を探します。クビから脇の下、おなかのあたりで匂いはさらにきつくなって、更に下へ・・・グワッッハッ!!!エ〜〜〜強烈な匂い。

これって何!強烈な異臭!臭いなんてものではない。これならアラの腐った匂いの方がずっとましです。参ったよ!大事な所がワキガです。一般にはすそわきがって言われているものです。そりゃあ、客も怒るよな。まあ、趣味でそれがたまらなく好きだと言う人も稀にいますが・・・。ここの匂いって一旦相手につくとなかなか落ちないらしいのですが、それは真実かどうかは知りませんが、鼻には暫くついてまわるというシロモノです。


「ぶすこちゃん!知ってたんか?」 「何がですか???」
話になりません。本人が自覚していなければ、これはどないもこないもなりまへん。打つ手なし状態です。
スソワキガで風呂嫌いに片付けられない症候群、ぶすこちゃんに謝り倒して退転して頂く事にしました。

あの時の匂いは今も忘れられません。めまいがしそうです。

2006年12月02日右翼とケイサツ

正直な気持ち、女の子の親と言っても風俗嬢の稼ぎをあてにしている親の言う事を鵜呑みにする私ではありませんでした。どの道まっすぐに、一か八かでいくつもりでしたが、やはりそう聞けば、確認をして尚一層に安心をほしいのが人間です。私はおそるおそる、警察様に電話を入れました。


記憶がはっきりしませんがたしか、生活安全課だったように思います。刑事の名前はササキだった事は記憶に残っています。刑事が名乗った訳ではなく、問い合わせた時に電話の向こうで「ササキさん、ちょっと電話に出たって、○○の件や!」と聞こえたからです。

「スミマセン。この前問い合わせがあった店の○○の家内です。」カバちゃんの嫁のふりをして電話をかけた。「主人と相談したんですが、廃業届けを出さなあきませんか」「何でそう思うんですか?」「何でって窃盗犯がうちに来ていたから・・。」
「何か悪い事してはるんですか?○○の事件はまぁー調べは終わりましたが・・。」
「あの、普通はこんな事件に巻き込まれたら閉めなあかんと聞きましたがんですけど・・・。」


「ふ〜ん。それは管轄の警察の判断で、うちと管轄がちがうからなあ。」
(何いうてんのや、管轄が違ってもくるやろ)
「開けてて、いいのですか?」
「うちは窃盗犯を捕まえたんで、それ以上は何も言えませんわ!」
「おおきに!忙しいのにスミマセン!」
慌てて電話を切った。これ以上しゃべる必要がない、やぶへびになる。


(私ってついているのか!運が強いのか!どっちや!いや、まてまて油断させてる訳ではないやろか?ケイサツって、づるこいからな。)


私は色々考えましたが、最終的にはまあ、どっちにしても真直ぐに進む道を選んでいた訳ですから・・・。行くべき道を歩めばいいと考えていました。


桃子の説明によりますと、どうも右翼と言うのは結構警察と、つうつうの所があるらしいのです。その窃盗犯によってカバちゃんの店が責任を負わせられる形になるのはおかしいと突っ込んだらしいのですが、本当に警察がそんな話をまともに受けてくれるのでしょうか?

親父様はその警察にものが言えたらしく、それで収まったらしいのです。結構街戦車をどこどこで走らせるぞとか、停車状態で何々をするとかって、それと引き換えに話をつけたとか、つけなかったとか・・・。親父様はこういう事をよくやられるそうで、なかなか大したものですが、それ程の人が娘の稼ぎを必要とするとは、理解しがたい事でした。



警察にでもごり押しをするぐらいですから、桃子一家の旅行はいつも料金をまともに支払う事はないらしいです。ヤクザのように因縁をつけたり、脅すのではないらしいですが、いつもホテルの責任者が出てきて丁寧に楽しんで行って下さいと、挨拶に来てお金が返ってくるらしいのです。フェリー代金からホテル代、飲食代全て無料になった事もあるらしいです。

犯罪を犯しているのを見逃してくれたりはする事はないにしても、警察の腹ひとつで助かる事ってあるのです。現に私は摘発を受けた時に、児童福祉法に対しての罪がつきませんでした。一番きついのですがね。売防とミテコ(未成年者)のセットは。
まあ私の場合はそんな事よりもってのがありましたから、児童福祉法は吹っ飛んでしまったのかもしれませんが。

売防だけでなく、管理売春、場所提供、斡旋、何でもつけようと思えばいくらでもつけて、拘留期間を延ばす事は可能です。みせしめに、飛田始まって以来の拘留期間にしてやるからと実際やられましたが、全てがついた訳ではありませんでした。事件が起これば、検事様とケイサツ様の腹ひとつです。



それにしても寿命が縮む思いでしたが、何とかクリアできひと安心です。
しかし桃子のお金や物に対する執着心は異常でした。この事があって、客からのプレゼントは高価な物は頂かない事、チップは金額をきちんと申告する事を規則の中に盛り込みました。桃子は随分と不服そうでしたが、他店よりも料金設定は高額にしてあるので、来てもらって指名をしてもらえる事に感謝をして、そこまで卑しい考えは持たぬ事と教えました。

客を騙したり、貢がせたりはトラブルの元、店を危険にさらす行為です。
絶対厳禁です。

しかしピンサロで磨いた話術はこのためにあったようで、桃子は絶対反対だった。

2006年12月01日腹くくったら、なぁんにも怖い事ないですわ

きはった!きはった!次の日におばはん診断書持って店に現れました。
慰謝料の請求です。この怪我では仕事も行けないので休業補償も請求してきました。私はじっくりとおばはんに話をしてやりました。

「オバチャン。それやったら警察に被害届け出しや、それから弁護士通して請求したらええわ!店にそんなもん持ってきたかって、ただの脅しやで、そんな事して店をおどすおばはんやって噂立ったら、この飛田では働かれへんようになるんと違うか?誰が店を脅すおばはん使うんや?そうなったらこれから、人殺しのおっさんどないして養っていくんや?もう一回家へ帰っておっさんと、相談して出直しておいで」
反対に脅しをかけてやった。(こんなおばはんに駆け出しやからいうて、舐められてたら、一生儲けられへんわ。アホか、オバハン誰や思て、なめてくさんねん!)


可愛そうですが、ここで私が引けばこの先誰も言う事など、きかなくなってしまいます。よぼよぼ爺のように女やおばはんに喰い物にできるおいしい店、になってしまうのです。飛田はそんなおばはんが匂いを嗅ぎわけてすぐに寄ってきます。まるでサメが血の匂いを嗅ぎつけて静かに忍びより襲いかかるように・・・。


警察に被害届けなど出す筈がないと賭けではありますが、そう読んでいました。オバチャン達は警察に面が割れるのを極端に嫌がります。経営者同様、ケイサツが嫌いなのです。運が悪く頻繁にケイサツに呼び出しをかけられて、それこそ調書を取られているオバチャン達は仕事がなかなか見つからなくなるのです。ケイサツと顔見知りのオバチャンはどこの経営者も敬遠するのをオバチャン達は知っています。


だから摘発された店に勤めていても、自分は休んでいたので呼び出しはなかった事を強調して言いふらします。女の子はそうでもありませんが店がガサ入れで閉まると、その事件の裁判が終わり、噂が落ち着くまで3,4ヶ月くらいの間は職につけません。
噂で物事を計り、噂で動くのがこの花街独特のものさしのひとつなのです。


このおばはんそれ以降は私の前には一度も姿を見せませんでしたが、随分と私に殴られた事を飛田中にふれまわっていたようでした。お陰であそこのママはキチガイ等と言う噂まで私の耳に入って来ましたが、そんな事は全く気にもしない私でした。


半月がたちました。あれ以来毎日私は女の子に調書を取られた時の受け答えを教え込みました。女の子は被害者であり、参考人としての立場でいけるから安心するようにと何度も念を押したものです。経営者でさえ売防だけなら、最初から実刑なんてないのです。執行猶予3年が決まりです。保釈金、弁護士費用は常に用意はしてありましたが、取り合えず摘発を受けるまでは稼ぎまくろうと考えていました。もう腹は決まっていました。段取りも全て整いました。


腹をくくればもう何も恐れる事もなく、忙しい毎日が続きます。張り切って毎日、女の子のお尻をたたき、追い回していました。稼がせてくれた子のへたうちは、自分の管理責任でもあります。行けるだけいけぇ〜という感じです。


ところがある日、桃子の右翼の父親から電話が入りました。迷惑をかけたと侘びの言葉を一通り述べると急に陽気な声で「いやあーママさん一度挨拶にと常々考えてはいますが、なかなか思うように、時間が取れませんで、エライすんまへん。娘がえらい世話になってますのに。今回の事件はびっくりさせましたなぁ〜。しかし安心して下さい。堅物のえらいさんにはちゃぁ〜んと話をつけましたさかいに。」
(堅物のエライサン???ケイサツか?)


「娘から聞きましたで、ママさんえらい慌てはって大変やったらしいですな。娘も恐縮してましたわ。大丈夫でっせ安心して、続けてもろて大丈夫です。ワシが話をつけましたさかいに。ワシも娘には頼りっぱなしで恥ずかしい話ですわ。」
(まあーいつも桃子がお金に忙しいのは親父さんの為とは聞いていたけど・・・。)


電話の横にいる桃子の顔を見ると、指で○を作ってOKの合図。
「えらい、ご丁寧にありがとうございます。よう意味がわかりませんのですが。」
「まあ、詳しい話は娘から聞いてもろたらええと、思います。ワシがどんな人間かも聞いて下さい。とにかく安心して営業してもろたらええですよ。」電話が切れた。

桃子がニコニコ顔で私に言った「ママには早く言うつもりだったんですが、はっきりするまでと思って、おとうちゃんから言うてもらった方がいいと思ったんです。」


(何を言うてんのやこの親子はケイサツはそんな甘いもんやあらへんやろ・・・。でもほんまかいな?ええかげんな事は言わんやろけど、警察に電話して聞いてみよ)

2006年11月30日救急車呼んでェ〜

おばはんは倒れ込んでいます。「誰か、救急車呼んでェ〜ナ・・・!。」どこまでもしぶといおばはんです。「ええかぁ〜おばはん!うちにケイサツなんて言葉吐くからこんな目にあうんやで、ようおぼえとけ!家へ帰ってその人殺しのおっさんと相談せいや!人を脅してもええのか、どうか。ちぃ〜と、人の道に外れているんとちがうか、せんぞ世話になった店に言う言葉か?」


おばはんは救急車も呼んでもらえないとわかると、しぶしぶ起き上がって、自分の湯のみや仕事の道具を持って這うようにして店を出て行きました。又やってしまったという後悔の念が吹き上げてきます。こんな大変な時にこんな事してる場合じゃないんとちがうんかなぁ〜〜。


誰にとはなしに私は大声で叫んでいました。
「どうでもええけどなぁ、ええか店を脅すような事を言うたらアカンねん。ケイサツにも何があっても親方をうたうような事は言うたらアカンねんで、ようおぼえとくんやで!世話になった人に牙向ける人間は最低やで!」
(あのおばはんも、ケイサツにうとたる何て言わへんかったら、どつかれんで済んでるのに、アホやな・・・。うちに、ましてこんな時にケイサツ何て言葉を口にするから、ムカツクねん・・・。)


修羅場を見た女の子は真剣な顔で私の言葉に耳を傾けます。「いざという時のためにな、ケイサツでの調書はどういうか、各自考えておいてや!あんた達は仕事を休まなあかん事になったらちゃんと生活は保障してバンスは出してあげるからな、わかったか!」この時女の子達はきっと、言われた通りにしなかったら、このおばはんみたいな目に合うと思ったと思います。全員が必ず教えられた通りに言いますと。口々に言いました。 今後の事を考えるとこんな事で傷口を広げるような事をしなくてもいいのですが、やってしまいました。


気がつくとインデアンがいません。(オーイどこいったんや!)
おばはんが帰るのを待っていたようにインデアンが店に入ってきます。
(頼りにならんマスターや・・・。困ったもんやな・・・。女の子よりこのオッサンの教育せなアカンのと違うか???仮にもマスターやで!大丈夫かいなぁ?)

鬼にはなれてもやっぱりタヌキにはなれんのかな?

2006年10月31日飛田を変えた初料金改正

仕事の内容を説明して、拒絶されたら終わりになってしまう。可愛い子と少しの時間話せただけで、オッチャンでもあるまいし、嬉しくもないし、何の得にも、ならない。 話してみると意外な事に、驚いた様子もなかった。
むしろ、そういう職業でも稼げるならばと、ぼんやりとだが、探していたようにも思える答えだったのには、こちらが驚かされた。


豊中で黒服の男と同棲している。実家は伊丹市で右翼だと、臆する事もなく言ってのけた。  (エェ〜〜。親が右翼なんて、この仕事にスカウトしたなんてわかったら、街戦車なんかで乗り込んで来られたりするんとちがうの〜〜?)
男にも親にも暫くは黙っているというが、大丈夫かな?なんて思っていると、察したのか 「大丈夫です。親も彼の生活も、私にかかっていますから。」 店は今週の締めで退転してすぐ働きたいと言う。


決断の早さにこちらが驚かされたが、今までの経験から言うと、ブスは何でもグズグズと言う。値打ちをつけるというやつだ。決断力もキレイ系の子に比べると、随分と劣る。ブスでも決断力のある子は、よく働き、そこそこ稼ぐ。


桃子の入店から私は店の方針をガラリと変えた。まず部屋は店のものではなく、自分達の借りた店舗だと考え、各自女の子に、自分の自宅の部屋のように演出するように命令した。それに掛かる費用は借りた店舗の内装費だと考えて各自が負担する事。
座布団ではなく、ソファーベッドでもマットでも布団でもいいと、そして敷布団だけではなく薄手のタオルケットや毛布なども用意させた。
一輪挿しに花、テーブルにはキャンディーやガム、タバコも数種類を置き、照明もお洒落なスタンドをレースのテーブルクロスの上に置くなどして、客が部屋に彼女を訪ねてきたと、感じるような演出をさせた。


私も玄関には、バラやカサブランカなどの豪華な花を飾るようにした。花や棚はいいにしても、その頃の飛田新地ではコタツに座布団と決まっていて、売春をしますよ〜と言う感じの布団を部屋に敷くなんてのは、もっての他で一軒もありませんでした。飛田新地では私の店が初の試みで、一か八かの冒険でした。


あくまでも料亭の許可ですから、そういうのはお上に盾突いていると、すぐにケイサツに目をつけられるのではないかと、おてるさんは心配していましたが、私は「おてるさん、ケイサツの内偵捜査はトルコでも(ソープランド)店に客としては上がっては、こんのやで、どうやってケイサツが布団敷いてるのわかるの?わかる時はガサ入れの時や、布団しいて何の罪がつく? つくのは売春防止法の罪やろ、それやったら座布団も一緒やで、 フウ(コンドーム)置いてて、座布団置いてたかって一緒やで、 フウの方がそのものズバリやで、まさか熱冷ましの氷入れますも言えんやろ〜アハハ!ケイサツが上がってきたら、この店が終わりの時や、古臭い事言うてたら儲からん。」 完全な開き直り。完全な頭の切り替えをした。


料金も30分10000から桃子に関しては15分15000に値上げした。これも初の試みで、料金の受け渡し方法も一旦は客と、一緒に2階へ上がるが、女の子はすぐにお金をもらって下へ降りてくる。飲み物を受け取り持ってかけ足で上がる。おてるさんがヨタヨタと2階へ上がって愛想をしているのは、時間のロスが多い。
玄関に女の子が交代で座るのはタイマーで計り、どの店も15分交代となっていたが、
3人いた場合、他の2人が時間一杯座って、客に上がらなければ、30分たたないと自分の座る番はまわってこない。これを私は7分で交代するように方針を変えた。
7分で客がつかない子は30分座らしても同じだと考えた結果でした。


座る順番も客についた者が優先的に座れるようにした。客によくつける子は客を送り出した後、優先的に玄関に座れるので、客のつきが悪い子に比べ、益々稼げる仕組みにした。これは桃子の為に私が考え出した事でした。


この方針は暫く飛田新地で噂が走り、散々たたかれましたが、半年もしないうちに料金を30分15000と真似をする店が増え出し、あっという間に広がりましたが、女の子を座らす時間を変えたりするのは、女の子の顔色を伺う店が多かったのか、タイマーは15分より早くしても13分(笑)だと聞いた事があります。

2006年10月30日十三の桃子

この日私は、おてるさんに店を任せて自宅に戻り、着替えを済ませると十三に向かった。11時半過ぎには十三の本道りに立っていた。
目指す時間にはまだ小一時間程ある。今日のゴタゴタで気がついたら、何も口に入れてなかった。通りのすし屋にふらりと入った。
店内は今でいうキャバクラ帰りの客とホステスで賑わっていた。
カウンターの、隅の方に腰掛けた。夜の勤め帰りの女が寿司を一人つまんでいるように、見えていたと思う。出てきた熱いお茶をすすると、涙が滲んできた。


足元が見えてなかったのだ。あのバアサンにしてやられた。飛田新地は怖い所だ。油断してたら足元をすくわれる。怖いのはケイサツと違うまわりの人間なのだ。
(しっかりせんと、アカン!もう後戻りは出来へんで、借金も返していかなアカン!負けたらアカン!後はないんやから!) そう言い聞かせた。


ピンクサロンのメッカだった、十三で彼女( 桃子 )と出会った。
帰りを急いでいる、ホステスに片っ端から声をかけ喫茶店に入った。
スカウトだと聞くと、結構ついてくるが、内容を聞くと、断るものが大半だった。
中には淋しいのか、自分の身の上話をしだす子もいたりした。
話にならないとわかると、私は、自分のコーヒー代金だけを置いてさっさと喫茶店を出て、次の子に声をかける。聞くと給料はひと月に20万円〜25万円らしい。
何人かに声をかけていると、帰りを急ぐ女の子もいなくなってきた。


その時、居酒屋の横の公衆電話から、電話をかけている一人の若い子が目に入った。電話を終わるのを遠目で待った。小柄で色白。切れ長の目。ツンと通った鼻筋、ピンクの唇。申し分のない顔立ちだった。
私はにこやかに近づいて行くと、女の子は私が電話を使うものと勘違いをして 
「アッ、スミマセン」と言い、横に置いていた大きな紙袋を 慌てて、つかんだ。 私は優しく微笑んで、「違うの・・・・。あなたに用事があるのだけど、少しお時間、いいかな?」 スカウトには慣れているのだろう。 
「はい、別にいいですが・・・あのどちらのお店ですか?」  
私は「新地」とだけ答え彼女を喫茶店に誘った。


多分彼女は北新地のクラブを想像しながら、私の後をついてきたようだった。
飛田新地と言ったら、彼女は帰ってしまっていたかもしれない。


「おなかは、空いていませんか?大丈夫?」 思いっきり優しい笑顔をみせた。
(この子は絶対にモノにする!私の店が懸かっているんや!) お腹は空いていないと言ったが、オレンジジュースとミックスサンドを注文した。
空腹だと人間はは考えがマイナス思考になるらしい。 彼女はスナックに勤めていたが、半年前スカウトされて、今のピンクサロンに勤めるようになった、との事。
給料は50〜60万円あるそうで、満足もしている様子。 
(ウッ!!!60万かぁ〜スゴイなぁ〜) 感心している場合ではないが、感心してしまった。どうして落とそうか、考えても答えは見つからない。
話を聞いていくと、ノルマや欠勤、遅刻などは罰金が厳しいらしく、勤務時間も長い。


自慢そうに店のNO-1を張っているとも言った。「その若さで、そのくらいきれいだもん。なら当たり前かもしれないね。」ニコッと笑う顔も本当にカワイイ!
「ねぇ〜もしも、勤務時間が半分ほどで、倍は軽く稼げるとしたら、そんなお仕事があったら働く?」 彼女は、食べていたサンドイッチを皿に置いて、私の顔を見た。「うちの店の女の子は軽く百万は稼いでるよ!」 
まだ誰一人としてそんな子はいなかったが、やがてはそんな女の子を集める思いを実現している気になって言ってみた。

彼女が興味を示すのが、私に伝わってきた。「新地のなんてお店ですか」 大阪の水商売の女の子は新地とは北新地を指し、難波は南を指してそう呼ぶ。
飛田新地とは言わずに、「彼女なら百五十、ううん、二百は稼がしてあげれるけど・・・話を聞いてくれるかな?時間はいい?」「どうして、そんなに稼げるんですか?」真剣に聞いてきた。お金に執着心はあるようだ。ない子は楽をしたがるから、いけない。お金にというよりも、大金に執着心がある子がよく働く。

後々、この彼女は四百万(手取り)も稼ぎ上げる女に成長するのだった。

2006年10月29日これが引き抜きや

店へ帰ると当の本人は出前のオムライスを食べていた。「どうでしたぁ〜?」 「うん!それよりお家賃払ってきたんか?」 「ハイ!」 
(家賃払って、お金は使ってくれたんやな。そうか、そうかよう使ってくれたな!使わんかったら、こんな若い子や、いつ又気が変わるかわからへん。)
「向かいのオッサンなぁ、あんまりあんたの事、イイようには言うてなかったけど、まぁ、それはそれでいいやん。やめるって言うたらどこも同じや!お金も仕事道具もいらんって言うてやったわ!あんたが行儀悪い事して、うちに来るような事言われたら、私も腹がたつからな。何もかもイランって言うてます。って言うたったわ!。
ゴチャゴチャしてたら、どこの店もいやがるからなぁ〜。うちに居りたかったら、すっきりしてからきてほしいし!」

小さな前借金でも、この子にとっては、今は大きな金額の筈だ。私の言う通りにしないと仕方がないように、話を持っていくのは、こういう商売では当たり前の事だ。
ある意味、こういう所での前借はヤクザに借金をするよりも、怖い事もあるのだ。
自分の事を悪く、言われたと聞くと、向かいの店の内情をペラペラとしゃべりだした。  (女の子の口には気をつけなアカンな!何ひとつ弱みをにぎられたら  
アカン。特にこの狭い飛田では・・・。) いい勉強になった。


ひと月もたつと女の子は3人になっていた。 亜里沙と看護婦のさりな、もう一人はおてるさんを頼って飛田新地に戻ってきた、春奈。私はそろそろ呼び込みも覚えて、早い時間なら玄関に座って、客を引くようになっていた。
機嫌よく手伝いに来てくれていた、Y氏の母親が腰が痛いのを理由に来なくなって、2、3日が経ったある日の事でした。


出勤時間になっても亜里沙が来ない。初めての事だった。心配になって何度も連絡を入れるが、電話はすぐに、留守電になって出ない。自宅へ行こうか、どうしようか考えていると、Y氏の母親に連れられて、亜里沙が店の勝手口から入ってきた。私はすぐにピンときた。---こんかったらアホやけど。---
       (これがホントの引き抜きや!!!) 
(ハハァーン、それでこのバアさん,こんなに親切やったんやな!うちの店に一生懸命、通たんやな!!!。)
(こんなとこかいな、飛田って--。世話した店が開店して間なしやで、デートクラブでもそんな行儀の悪い事せんよな。)


理由は色々と並べたててしゃべるが、私は耳を貸さなかった。聞いても仕方がないという事は誰よりも私自身、わかっていたからだった。人の紹介の子を引き止める事ほど難しい事はないと、これも私が風俗業の、経験から身を持って、わかっていた事だった。相手は決めてしまって、そういう行動に出ているのだから、そんな時、今更何を言って止めても、無駄なだけだ。


デートクラブならば、こんな風に断りも言ってはこない。行方をくらまし、後々風の便りに、どこどこの店で働いていると、人伝に聞くくらいだ。
それに比べれば、挨拶に来るだけ、ましな事かもしれない。私の店でY氏の母親と一緒に働いて、毎日私ではなくこのバアさんから、たかだか、何百円の物をおごってもらい、それに釣られて行くなら、そんなオンナこちらから、お断り!なんて事は・・・なく・・・店に取っては、かなりの痛手でした。


看護婦のさりなは週に、まあ出れても、3日か多くて4日。土・日の他は当てにできない。おてるさんの紹介の春奈は毎日出てはくれるが、せいぜい客がついても3,4本。
毎日出勤と言っても、39歳、年相応に見えるのか、客がつきにくい。 亜里沙に抜けられるのはどうしようもなく、辛い事でした。週に5日出てくれて、そこそこ客が取れる亜里沙が頼りではあったが、後追いはしない、自分の管理不足だと言い聞かせた。泣き言をいったら負けになる。
いつまでも義理を感じているよりは、いいだろうと判断した。


「オカアさんには、何のお礼をと、考えていたんです。丁度いいもん見つけてくれはりました!一番ほ・し・いと思うもんが、一番よろしいよね。早よ言うてくれはりましたら、早ように段取りしましたのに。亜里沙、可愛がってもらいや」
精一杯の皮肉を込めて言ってやりましたが、このバアさんは私よりも一枚も二枚も役者が上手でした。


「親方との相性もあるさかいな。なんや娘みたいに可愛いてなぁ!まぁ、オナゴさんが働きやすいところが一番続く。相性が悪かったらすぐ、どこぞ、それこそ向かいの店にでも、勝手に行ってしまうで、勿体無いやろ」
(好きに、言い・・・。これで義理は返したさかいな!何ももう遠慮はイランわ!これからはバアサン、あんたも、うちの敵やな・・・。絶対に負けへんで!開店、間なしにえらい、きつい勉強させてくれるなぁ、しっかり身につけますヮ!!!)

2006年10月29日何が引き抜きや!!

口髭をはやした左向かいの経営者はヒョロリとした、大人しそうな男である。その男は横にいる呼子のおばちゃんの顔色をやけに、気にしているようだった。呼子は私にもにらみをきかせて、ツンツンとした応対だった。店の女の子が一人抜ければおばちゃんの稼ぎは確実に減るのだから、機嫌が悪くなるのも仕方がない。きっと文句を言えと尻を叩かれたのだろう。女の子達もこちらに注目している。その男は背を丸めて、ボソッと「引き抜きですやん」とだけ言った。


精一杯の言葉のようだった。私は手招きをしてその男を近くに寄せた。そして大きな声で「あのな!!マスターあの子ヤメルって、断り言うたんちがうんかいな!!!その後、うちに面接に来てるんやで、これのどこが引き抜きや!何で止める言うて、ゴネだしたかは、あんたが一番知ってるのと違うんか!何が引き抜きや!人聞きの悪い!店を替わったら、引き抜きかいな!」「向かいの店へ・・・。」男はすねた口調で言った。「向かいはあかん!?ほな、どこやったらよろしいの?」「・・・・。」 


もう一度手招きをして、今度は小さい声だが、まわりによく聞こえるようにゆっくりと 「店の子に手ぇ出すだけやのうて、クイモンにしたったらアカンで、オンナがケイサツに走って、困ってますってチクッたら、どないか、なるんと違うか!素人の看護婦やろ。ややこしい事なってるんと違いますの?オンナなだめて働かすこっちに礼言うてくれても、バチあたらへんのとちがうんかいな!」 男は腕組みをしたまま、石のように固まっていた。飛田新地ではややこしい事と言うのを一番嫌います。


いきなりかまされるとは思ってもいなかったのだろう。しかしこの男も随分とアホや。挨拶に来た、人間にこんな事言ったらキレるよな。「どないしますのん!?了解でっか?」(せなしようがないよな・・・。アカン言うたら管理売春もんやで。女の子が店を動くのは、自由のはずや。)おばちゃんも女の子も奥へ引っ込んでしまった。商売どころではないようだ。男は口髭をさすりながら「わかりました。」とだけ言った。大人しい経営者で今も飛田新地でガサ入れを受ける事もなく、店を続けている。こういう人があの中では生き残るのだろう。誰に恨まれる事なく・・・。


帰り際に私は思い出したように「あの子が使っていた商売道具は捨てて下さい。多分お・カ・ネ・もいらないと思いますよ」と言い残して店を出た。これ程まで、する値打ちの子ではなかったが、その時にはどうしても女の子が、それも若い子がほしかったのだった。棚からぼた餅ではあったが、中のアンコが傷んでいたのに気づくには、もう少し時間がかかりました。

2006年10月28日戦いの幕開け

ホステスが一人しかいないのは、少し恥ずかしい思いだったが、今日からは二人になるのだ。店に向かう私の足も軽く、通りの店の呼子のオバちゃん達に「おはようございます」とかける声も少し大きく言えるようだった。店に入るとY氏の母親が店に来て台所でおてるさんと話をしていた。「あっオカアさん!おはようございます」
「えらい、ええ子が入ったそうやな。」「ハイ!お蔭さんで、あのご挨拶に伺おうと思ってましたが、えらいスミマセン。」 (アチャァー。忙しさですっかり忘れてた!) 「かまへん、かまへん気にしなはんな、店の開けたち(開けてすぐは)忙しいわいな。」(はぁ〜〜。大失敗したわ・・・。)


「今おてるさんと話してたんやけどな・・・。」Y氏の母親が切り出した。話は結局私はまだ呼び込みは無理だし、うっかりケイサツに声でもかけたら、それこそ店を閉めなアカンようになる。そうかと言って休みなしでおてるさんを使う訳にはいかないので、急いで探してあげるが、取りあえずはY氏の母親が手伝いに来てくれるらしいのだ。おてるさんは昔Y氏の母親の所でも働いていたらしい。

飛田新地の料理組合への加入でも保証人になってもらい、お世話になっている、反抗する気はなくむしろ有り難かったが、何か厭な予感がしていた。私の独特の勘でした。考えても何があるのか全く思いつかない・・・。Y氏の母親の考えに従う事にした。


亜里沙が出勤をしてきた。2階へ上がりバタバタと用意を降りてきて、玄関に座った。客にみせる甘えた表情や恥ずかしそうなしぐさは、みじんもなくキビキビしている。客待ちをしながら、タバコを吸っている。私には玄関先でのその態度は気にはなっていたが、大事な子なのだと自分に言い聞かせ、黙っていた。


3日ほどで十万円程は、稼いでいる。初日の最後の客は次の日に早速、指名で一番のりで来ていた。仕事がいい(サービス)のだろう・・・。
さすがはソープ時代、今よりはずっと若かったとはいえ、部屋持ちになるぐらいの女だ。いい子に巡り合えたと喜んでいた。《開店当時は、それで十分だと思っていましたが、月日がたつにつれて、その位の売り上げの女の子はクビの対象でしかなくなっていきました。》


Y氏の母親は亜里沙に出前のコーヒーをおてるさんに取らせた。
代金を私が払うと言っても一向に聞かない。亜里沙は客にするようなしぐさで「いただきまぁす。」なんて喜んで飲んでいる。「明日から、助に(手伝い) 入ります。仲ようしよな・・・。え〜と??」 「亜里沙です。」「そやそや、ありさちゃん、お願いします。」
げんつけに朝は女の子にコーヒー等を取ってやるのが飛田の経営者の習わしらしく、タバコ銭と言って500円を置くところもあるらしい。Y氏の母親にそう説明を受けた。デート時代はそういうお金は全く、個人払いが当たり前。明日になったらパクられていたり、突然解散が当たり前の商売。(でも私には私の考えもヤリ方あるんや)



約束通りに看護婦は6時少し前にタクシーを店の前に乗り付けてきた。紙袋を何個も持ち勝手口から入るのに手間取っている。その様子を見て向かいの呼子は慌てて奥へ入って行った。経営者に報告をしに行ったのだろう。(黙って働かす訳にはいかんなぁ。)それに看護婦も置いたままの仕事の道具も取りに行きたいと言い出した。10分もしない間に私は向かいの店を訪ねていた。

2006年10月27日まいどおおきにぃ

女の子は、一人しかいないのだから、上がってしまえば何もする事はなくなる。女の子がいないのに呼び込む事は、近所の客引きの邪魔になるので、暗黙の了解でしない事になっている。その他にも飛田新地では、自分の店の間口の間しか呼び込まない。道路の真ん中より向こう側を歩いている時も呼び込む権利は向こう側の店にという様な約束事がある。よく飛田を歩いていると鏡が玄関に置いてあるが、あの鏡は客が隣の店の切れ目に立った時点から呼び込む為の鏡なのです。一度歩いてみるとわかると思いますが、鏡に客の姿が映ると、すぐ呼び込みを始めます。


おてるさんはストーブの上のするめをつかみ、エプロンの上で裂きだした。台所に行き皿に載せると、「エヘヘ・・・ママさんどうでっか、召し上がれ。おやつできましたな・・・。お茶でも入れまひょか?」言いながら、帳場に行き日報に10000の数字を2つ書いた。(20000では、アカンのやな、帳面が足し算になっているから日報も10000づつの書き方にせなあかんのやな)
女の子の座っていた、座布団もひざ掛け毛布もきちんとおてるさんは直していた。
向かいの店も隣もひっきりなしに客を呼び込んでいる。


その声を聞きながら、私は帳場の横に座って外の様子を眺めていると、玄関先に女の子が入ってきた。「あの〜・・・。女の子募集してますか?」(えっ・・・!)
びっくりして声が出なかった。(この子・・・。)開店の挨拶に隣近所に行った時に、左向かいの店にいた子で経営者が不在のため、代わりに応対してくれた子だった。正面の店の女の子と呼子がこちらを見て何かひそひそと話している。左向かいの店をとっさに見ると、女の子は上がっているらしく玄関には誰もいない。


「とに角、中へおはいり・・・。」女の子は勝手口にまわり、中へ入ってきた。
「おじゃましまぁ〜す。」私は台所の隣にあるお待ちの間へその子を通した。
年齢22歳。きゃしゃな体と色白の顔に涼しそうな瞳、美人系だった。
38歳の亜里沙・22歳の目の前の女の子、二人のコンビで店は客層も広がる。注文した出前のコーヒーが喫茶セブンから届いた。出前を持ってきたのはセブンのママだったが、面接をしていた女の子と目が合うと、ニコッと笑った。女の子も軽く会釈を返していた。


女の子の話では昼間は看護婦をしていると言う。場所は日本橋らしいが病院の名前は言わなかった。店のマスターとは男女の関係ができていて、本当かどうかはっきりわからないが、この女の子が言うにはお金を売り上げの中から貸しているが、いくら催促しても返してくれないし、店以外ではこの頃は会ってもくれず、喧嘩をして店をやめると言って出てきたらしが・・・。泣き出した。
(男への当てつけに、うちの店を選んだんやな・・・。こんな素人ぽい若い、いい子を逃す手はないしなぁ。でも男と女の仲やし、よりが戻ったらなぁ・・・)


話を聞いていくうちに、わかった事だが、この子はどうやらお金がいるらしい。貸したお金が一時はあきらめたが、おしくなってきているのだった。何故店の経営者が女の子にお金を借りるのか、又それが日銭の商売をしていて返せないのか、不思議だった。さらに話を聞いていくと、嫁がいて売り上げは毎日、自宅へ呼子が届けていてマスターの手の上には乗らないらしい。デートをするのも、ホテルに行くにも、この女の子の支払いで、貸しているというお金は、南などでの飲み代との事。


大声を上げて笑いたくなった。(棚からぼた餅・・・。情けない男やな・・・。店の子に手をつけるだけではなく、借金までして。同業者の店に恥さらして・・・。この目の前でシクシク泣いている子はもう私の店の子やわ・・・。アホなおっさんやでこっちは血まなこになって女の子を探しているのに、みすみす、こんないい子を手放すような事をするなんて!。商品に手ぇつけたらアカンでなぁ。)

 
私は大袈裟に言った。「ひどい人やなぁ・・・。自分の大切な彼女を悲しませて!泣かんでいいよ、それにお金は心配せんでもいいよ」
「彼女でも、何でもありません!!」 (ええぇ〜〜今そう説明したん違うんかいな・・・。)「そやけど目の前の店に移ったら、マスターが怒って、うちへ文句言うてけえへんかなぁ?」


一時のきまぐれで、来られたのではこちらはたまったもんではない。男と女の痴話喧嘩に巻き込まれて、恥をかいて、その上頭を下げるような事態になったら・・・。
「そないなったら、私マスターの奥さんに話をします。この店に迷惑はかけません。マンションの家賃、先月分まだ支払えてないのです。」前借金としてたったの16万円で女の子を一人捕まえる事ができる。


(ヤクザの100万円とはエライ違いやな・・・。確実や、万が一彼女が出勤しなくても、話次第では向かいの店のマスターからおどしてでも取ったるわ・・・。それにしても、表のホステス募集の張り紙も効果あるやんか。)  私は若いこの女の子に噛んで含めるように丁寧に言った。「ええか、こういう事は親方に任さなアカンで、女の子が、話をしたらややこしいなるで、安心して私に任せてくれるか?・・・。止めますって言うたのは間違いないな・・・。」女の子はうなずいた。 
(止めると言うて、うちに面接に来てるんやな・・・。そこがはっきりしてへんかったらケンカもできへん・・・。)


土・日は出れるとの事。2日後が夜勤明けらしく、少し仮眠を取ってから夕方6時の出勤を約束して、16万円と一緒に店の裏から帰って行きました。彼女は看護婦という話は本当でしたが、ちょっと悪い癖が・・・。(これは彼女が出勤してしばらくしてわかるのですが、それは又書きますね。


私はその日から「まいどおおきにぃ〜」のおばちゃんが通るとするめやお菓子を縁起担ぎ・・・いわゆる、げんつけに欠かさず買うようになった。

2006年10月27日初モン喰い

あたりは薄暗くなっていたが、各店の明かりが水を撒いたアスファルトに反射して、通りは明るくなっていた。にぎやかな呼び込みの声、出前の自転車のブレーキの音。笑い声、華やかな雰囲気が夕暮れと共にやってきた。
「まいどおおきにぃ〜」ガラガラ・・・・「まいどおおきにぃ〜」ガラガラ・・・。かん高い声で、小さな手押し車でチョコレートやキャンディー、おかき、おせんべい、するめ、等を売って歩くおばさんがきた。(このおばさんは飛田新地では名物おばさんで、テレビの取材も受けた事もあった。身寄りがなかったらしく、ここ何年か前に亡くなってしまったそうだが、自宅の畳の下にはびっしりとお札が敷かれていたのが見つかったそうだ。)飛田新地では一時この噂でもちきりだったそうです。  



おてるさんは店先からそのおばさんに、声をかけた。 「おはようさん。エヘヘ・・・、そうやな当たり目(するめ)頂戴な・・・。ええ、げんがつきますように。エヘヘ」 「まいど〜。おおきにぃ。」普通にしゃべってもかん高い声だったが若い張りのある声だ。おてるさんは、着物の胸元から緑色の小さながま口サイフを取り出して、千円札を支払って、白い薄紙の袋を受け取る。するめの足が出ていた。



(何で、するめやねん。誰が食べるの・・・?おっちゃんの酒の肴かいな?)
「おてるさん、するめ好きなん??」私が不思議そうに尋ねると、
「ママさん、これはげん付けいうて、当たり目を買ってええ、縁が付きますようにという事ですねん。ちょっとした縁起担ぎですねん。若いママさんは知りはらしませんやろなぁ〜エヘヘ・・・。」 言いながらするめを袋から取り出しストーブの隅に乗せた。(まあ・・・知らんいうたら知らないし、知ってるいうたら知ってるし・・・。玄関先にする盛り塩みたいなもんやなぁ)
「お・に・い・さん、どうぞ、新店でっせ・・」又呼び込みを始めた。その声にあわせて亜里沙は首を傾げて、笑顔をふりまいている。


黒いカバンを提げた中年の男が玄関先で立ち止まった。まいどおおきにのおばちゃんからするめを買って5分も経っていなかった。  (げんが付いた!・・かな!?・)
私の心臓がどきん、どきんと鳴っているのがわかる。やっと開店して初めてのお客さん。亜里沙は思いっきりの笑顔でエクボを強調して、しなを作っている。 


「だんなさんが、通りはるのを待ってましてん。新しい女の子ですわ。今あけたとこでっせ。久しぶりですなぁ、お元気でしたか?」どうやら、おてるの馴染みの客であり、飛田新地の常連のようだった。
中年男はおてるの横にいる、亜里沙を観察しながら言った。「おばちゃん、ここにいたんかいな・・・元気そうやな・・・」亜里沙から片時も目を離さずに挨拶を返した。亜里沙はわざとに、恥ずかしそうにうつむきかげんに客の顔をちらちらと見返して、微笑んでいた。


男がまずまず、亜里沙を気に入ってると察したおてるは、中年男の背中を押して階段の前まで移動させた。「なんぼ・・・」男はぼそっと聞いた。おてるは指を2本たてた。男はちょっとしぶる顔を見せた。「初店の子でっせ・・・。だんさんが今日この店で初めてでっせ、ゆっくりしたってぇなぁ。お願いしますわ・・・。」  
おてるさんはすかさず、「亜里沙ちゃんええお客さんがついてくれはったなぁ〜。お初にこのだんなさんに上がれるやなんて、ホンマについてるわ・・・。さあ、ハヨ!ハヨ!おおきに言うて上がり、さあさあよかったなぁ〜」
いつものエヘヘはなかった。「ハーイ。ありがとうございます。うれしい!」


客は靴を脱がされもう、階段を一段上がっていた。亜里沙は男の腕を取って寄り添った。おてるが客を見上げて「だんなさん飲み物は何にしまひょ?おビールでっか?」「そうやなぁ、ビールをもらおか、2本持ってきてや・・・」(さすが飛田新地の常連である。10000円の料金に対してドリンクが1本ついている。20000円支払うのだから2本は、頂けるのです。)言い終わった時には客はもう2階に上がっていた。


この頃はどの店も一番短い時間が30分で1万円でした。そしてそれを1本と数えていました。おてるさんの帳面には10000と書かれて、横にオンナノコワタシ4000オヤカタワタシ5000その横に1000(これは呼子の取り分です)と、下の段には又10000と書かれ8000と10000と上からの足し算の計算が書かれていました。10番目は40000と50000になっています。
今は随分と料金設定も変わって値段も時間からすると割高になっていますね。
この中年の客は1時間のお客さんになり、2本分の料金を支払うのです。この時点でおてるさんは2000円を稼ぐ事になります。


おてるさんは下駄箱に客の靴をしまいこんでいた。私は注文のビールとおしぼりを慌てて用意する。少し緊張で手が思うように動かずもどかしい。お盆の上にビールを2本乗せると、おてるさんは「ママさん、最初に持って上がるのは1本でよろしいねん。エへへ・・・。」そのかわりおつまみは2つ、ビール瓶は横に寝かせてお盆に乗せた。


私はおてるさんの後ろから、歩調をあわせてついて上がったが、階段の最後で立ち止まり、そこから様子を伺う事にした。
亜里沙のきゃははと笑う明るい声が聞こえてきた。廊下のストーブの炎がゆらゆらとゆれていた。(ちょっとストーブの火がおおきいなぁ、小さくしとかなあかんな)


「だんなさん、まあまあおおきにです。ビールはぬるなったらあきまへんから、足らんようやったらいつでも持ってきます。ゆっくり遊んで行っておくれやす。エヘヘ・・・。ほな、亜里沙ちゃんおビールついだげてや・・・。」部屋の入り口の所で中へは入らず、お盆をすべらせて奥へやった。「おばちゃん、元気そうやな。」又玄関先での会話と同じ事を繰り返している。
「へえ、おおきに、おかげさんで・・・。」と言いながら上体だけを部屋の中へ入れた。お金を受け取っているのだろう。上体を戻したおてるさんの手にはお札が握られていた。


「おおきにさん、です。ほな、ごゆっくり」襖をゆっくりと閉めた。ストーブの火を調整している。私は足音をさせないように玄関まで先に降りた。ストーブの上のするめがくるりと丸くなって足のあたりから煙が出ていた。


この中年男、飛田新地では有名な初もん喰い(新しい女の子を専門に好んで上がり、2度は絶対に上がらない客)であった。馴染みのない女の子に客を付けるのには呼子にとってはこういう客が一番ありがたいのであるが、新しい女の子がいない場合はただの冷やかしの客であって、邪魔なだけの存在なのです。この初もん喰いと言われている人は飛田で数人いますが、毎日のように夕方になると出没して、飛田新地の中をぐるぐると女の子を見てまわります。そして不思議と8時を過ぎる頃にはいなくなります。この頃には新しい女の子は客に一度は上がってしまい、初もんではなくなるからです。

2006年10月26日いよいよ開店

空家賃を払い続けて、年も明け2月に差し掛かった時に、とうとう女の子が見つかりました。元々は久左衛門のソープ嬢で、現在はソープで働くには年がいきすぎて、主人に食べさせてもらっているらしい。時々飲みに行く店のホストの紹介でした。
ソープの女性は出勤時間も、厳しいのには慣れているし、当日欠勤は罰金がきついので勿論そのような、だらしない事はしない。少々年がいっていても、もぐりのデート嬢に比べると、当てにできるのは、間違いない。バンス(前借)も何もなしで文句はないが、条件は週に5日、土・日は休みたいらしい。飛田で土・日に休まれるのは、どの店でも嫌うが、これはこちらが折れないと仕方がない。


156センチ。小柄な細身でカーリーヘヤーの38歳。少し日本人離れした顔でソープ嬢時代には部屋持ちになる程の売れっ子さんだったらしい・・・。色黒ではあったが、笑うとエクボが印象的で年齢よりはうんと若く見える。さっそく面接をした次の日から来てもらう事にした。用意もあるのでその日は約束した出勤時間よりは少し早く来てもらう事にした。


私とおてるさんは午前中に店に入った。消防がうるさいので検査の時に2Fに設置していなかった、湯沸かし器も準備OKだ。この湯沸かし器は何に使うかというと、2Fの女子トイレの便器の前に取り付けてある、水道栓にホースをつなぎお湯がでるようにするのだが、これは女性がお客との仕事(本番)の後に女性の大事な部分を洗浄するためのものであった。ホースの先はオスバン液(消毒液)に浸されている。コタツにもコタツ布団が掛けられていて、座布団も用意されていたが、普通の座布団の倍の長方形の形をした座布団でした。飛田新地の商店街には、この様な座布団が豊富に売られていた。


後になってしまいましたが、飛田新地は地図にのっていない、〒557-0001 大阪市西成区山王で後は何丁目何番地がつきます。長屋のように二階建てが連なっています。
JR天王寺の駅から歩いても10分くらいです。タクシーにのれば大阪市内ならどこからでも、飛田と言えば西成区山王に連れて行ってくれます。今でこそソファーベッドや敷布団が部屋にはありますが、あの頃はまだ座布団でした。昼店もありましたが、大体は夕方から開店です。


名前は亜里沙と付けた。トイレから離れた階段を上がってすぐの、部屋を亜里沙の部屋に決めた。亜里沙が言うにはこの部屋は下の様子がよく聞こえて、次の客を取るのにタイミングが計りやすいらしい。静まり返っていれば上がっている客をゆっくりもてなす、待ち客がいる時は「もう降りてくるよ」と何回か言ってくれれば早目に降ろす(帰らす)からだと、説明される。働いた事でもあるようによくわかっているようだった。だてに年をくってないきびきびとした態度だった。やがて準備も整い、店の看板にも玄関先の女の子用の照明に灯りが燈った。


のれんをくぐった玄関先を照らすのは蛍光灯・女の子を照らすのは牛肉屋が肉の赤身を美しく見せる為に使うライトを左右から女の子に当てる。真っ赤な座布団に真っ赤なひざ掛け毛布。洋服は真っ白に胸元と袖にはファーがついている。今は呼び込みもおとなしくなっていますが、当時はダメだとは言われているものの、道路まで出てお客の袖までつかんで呼び込みする店もあったが、おてるさんはのれんの真下に立ち、上体だけをのれんの外に出して、声をかけていた。


「お・に・い・さん、どうぞ・・」 「だ・ん・な・さん、どうぞ・・・」決して兄ちゃんなんて言わずに上品な呼び込みだった。「ちょっと見て行っておくれやす。カワイイ、へえ、優しい子だっせ、嘘は言いまへん。エヘヘ」言葉をかけながら客の品定めをしているようだった。

2006年10月25日おとうちゃぁ〜ん

勝手口の鍵穴に鍵を差し込んでいるような、ガチャガチャと、音がするが開けられない様子。女の子が座る玄関の土間にいた私は、ある事が頭に浮かび、とっさに階段の下の帳場に飛んで入った!。そこからは外の様子はつい立てで、仕切ってあるために見えにくい。心臓が早鐘の様に鳴っている。階段の下は帳場と言っても狭く、小さな座り机が置いてあるだけで、身を隠す物も、場所もなかったがそこから動く事させできない状態だった。


(きっと、頭が店を調べて仕返しにきたんや〜〜〜。どうしよう〜・・・。うぅ〜
ケイサツに電話しよか〜〜〜。おとうちゃぁ〜ん。助けて〜〜。借用書買うてこいやなんて、ヤクザでなくても怒るよな・・・。しようもない事言わんかったらよかった。)   勝手口の扉が開いた。カツッン・・・。
勝手口に脱いである、私の靴が目に入ったのだろう。「ママさん・・・。おいでですか?」 おてるさんの下駄履きの音だったのだ。
安堵感で全身の力が抜けた。  「おてるさん・・・。どうしたん??」 そうだ
った、この前の面接の時に鍵を渡して、準備をお願いしていたのをすっかり忘れていた。 


前かがみでヨイショッと言いながら、帳場の前まで来てチョコンと座った。
「いや、今日はお父さんの友達が来て早い時間から飲んでますねん。酒の肴が淋しいなったから、そこのスーパーへ買いに行って、帰りに店の前通ったら、灯りが見えたんで、ワテ、掃除に入って電気消し忘れたわ!って思うて、慌てて家へ鍵取りに行って、戻ってきましてん。そうでっか、ママさん来てくれてはりましてんな・・・エヘヘ・・・。そりゃよかった。」  面接の時には気づかなかったが、髪はきれいに結い上げて、こざっぱりした着物のきかたであり、まるで時代劇にでも出てきそうな、小柄で顔も小顔。峠のお茶屋のおばあさんって感じ。


「おてるさん、スミマセン。女の子は今、段取りしてますから、もう少し待ってください。見つけたんですが、前借金が多くて断ったんです。」 ちょっと嘘・・・と言うより見栄を張ってしまった。  「ああ、バンスでんなぁ、ママさん大事なお金ですから、よう見極めて出さなあきません。焦らんといておくれやす。私はゆっくり休ませて貰うてますさかいに、焦らんといきまひょ!」  (バンスなんて知ってはんねんなぁ・・・カタカナで書くからやろか???)私にお茶を入れて、自分は飲まずに帰って行った。

2006年10月24日ヤクザものとは2

ヤクザは所詮どこまでいっても、ヤクザでしかない。何年間かの商売で誰によりも一番自分がわかっているはずだった。普通の常識では物事をはかれない人間の集まりが暴力団、今、デート時代を振り返ると、ヤクザ者に、しのがせる為にあぶない橋を渡ってきたんだなと思えてしまう。しかし、その一方でちゃっかりとヤクザを利用するすべも、体をかわすすべも、両方身についてきている、私がいた。


素人の子のバンス(前借)付の話は、何か嫌がらせをしてくるのではないかと、暫くの間はヒヤヒヤしたが、一応はこれで形がついたように思えた。もし、収まらなければ又違う組のヤクザに頼んで、話をつけてもらわなければいけなくなってしまうのだが、どの道お金は取られてしまう。結局は付き合わない事が一番得策なのである。


許可が下りてあっという間にひと月がたってしまった。許可が下りてからしか頼めなかった看板も出来上がり、のれんやその他の備品も揃ってはいるのだが、女の子がいない。他の店はどうやって女の子を雇い入れているのだろう・・・。当てがハズレただけでなく、いざこざが舞い込みそうになってしまい、このまま、空家賃を払い続けてそのお金も底がついたら、どうしようなどと、心細い日が続く。そんなある日、店の掃除をしていると、カツッ・コツン・カツッ・コツンと表のアスファルトの道を歩く音が店の前で止まった。

2006年10月かたづけられない症候群

2時に行くと約束していたが、朝の10時にマンションの玄関前に立つと、たしかに異様な匂いがしている。それこそ人でも死んでいるのではと言うくらい臭い。鍵を開けて中に入るとトイレから姫が出てきた。立っている私を見て「あっ!」と小さく声を発した。振り返ってベッドの時計を見ている。私の立っている玄関には黒いビニール袋が3個置いてあった。「窓を開け!」部屋からも袋からも臭い匂いが充満している。「何の匂いや!」私はベランダの近くまで土足のまま走った。外の冷たい空気が以上に新鮮に感じられる。それ程部屋には異臭が漂っていた。首をかしげてさぁ〜???という呑気なポーズ。ホストの件が片付いて昨夜はよく眠れたのだろうか?それにしても部屋はメチャクチャな状態。テーブルの上はコンビニの弁当やジュースの缶が散乱している。1食分ではない。足の踏み場がないくらいに雑誌やティッシュも散乱している。台所は油汚れもそのままのフライパン、鍋がカラカラになって積み上げてある。クローゼット付近は服が散乱していて、部屋中黒いビニール袋のゴミが置いてある。気づくと姫は寒いのでスエットの上からコートを着て立っていた。「暖房つけ!」「電気が止まっています。」「水道と違うんか!?」「電気も・・・。」「昨日は水道が止まってるって、言うてたやんか!」「電気も・・・。デス」ぬいぐるみと思っていたら本物のネコがいた。「何や!コレ!」「ネコです。」「わかってるわ!!!そんな事!」(一体どうなってるんや、この子は・・・)急に他の子の生活も心配になってきた。不動産屋のサコビッチと私は親しかったので、家賃の滞納はまずいと考えそれだけは実行していた姫ちゃん。頑張ってはいたのですが・・・。 今の時代で風俗に働き、家賃14万のところに住みながら水道料金を滞納なんて、考えられない。姫のハンドバックの中身を全部出させた。昨日の売り上げはさすがに、まだ持っていた。小さな懐中電灯が出てきたので、使用目的を聞いて笑ってしまった。電気が止まった時点で購入したらしい。これで家に入り夜は照明がわりにしていたとの事。自宅に帰ってホストクラブへ行くのに必要な洋服は明るいうちに、玄関にひとまとめにしてから出勤するらしい。風呂は店の例の2階のトイレの洗浄用のホースで、髪は当然出勤前に全員、美容室へ行く事は義務付けていたので美容室で・・・。売上金は全てホストへ注ぎ込んでいる状態がここ何ヶ月も続いているらしかった。床にはホストと撮ったクリスマスの楽しそうに笑って、ピースをしている写真が数枚散らかっていた。手に取って見てみると、幼さの残る二人の男の間で、店では見た事のない大人びた笑顔の姫が、印象的できれいにさえ見えた。ここまで徹底してホストにのめり込んだ女を見た事がなかった。たいしたホストだ。私達が飛田新地でやっている客に、徹底してお金を使わせる事を又このホスト達もやっているのだ。「姫、楽しいかこんな生活?」冷え切った部屋の寒さからか、震えながらも「楽しいです。」と答えた。「好きなん、そのホスト」「好きやけどもう、行きません」(行きませんではなくて、行けませんと違うか)「全額払って、もう一回行けるようにしたろか・・・?」意外な私の言葉に戸惑っていたが、お金を払うのは惜しいのだろうか、私の手前なのか「行きたくないです。」「姫、今度あの店に行ったらきっと追い返されるで、半分脅して料金まけさせたんやからわかっているやろ?ホストに行くなとは言わんけどな、未収はアカン!分相応な遊びに抑えときや。」ここまでホストへのめり込んだ女が、そう簡単にやめるとは思ってはいなかったが、そのくらいで話を終わらすしかなかった。お金を貯めて等という目標なんて、持てる筈がないのだ。その日を楽しく暮らせればそれでいいのだから、その為にこの仕事を選んでしているのだから。とりあえずその日から3日がかりで、インデアンにも手伝わせて部屋の掃除をさせ、近くに住む大家のところにも、菓子折りを持たせて謝罪にいかせ、一件落着。勿論ネコは元のペットショップで引き取らせた。このネコの糞尿の始末がきちんと出来ていないから、こういう異臭騒ぎに発展したのだった。動物の匂いは飼い主はわからないものだが、嫌いな人は側に寄れば敏感にわかる。自分の事も満足にできない者が動物を飼うのは、客商売ではご法度だと納得させて、イヤイヤではあるが手放す事を承諾させた。私にもいい教訓になった。これからひと月に一度ぐらいは家庭訪問を抜き打ちでするとそれから動物を飼う事も厳禁だと宣言した。姫も暫くは生活に必要な金額しかお金を渡さない事に決めた。こういう子の面倒を見ていくのには、何事も規則やルールを作らなくてはいけないのだと悟った。しかし10日も経たないうちに良子や奈々に借金を申し込んだらしいが、即効美由から報告があった。2000年代にはこういう、片付けられない症候群やお風呂に入らない若い女の子の事が、ワイドショーで取り上げられたりするが、私が知らなかっただけかもしれませんが、昭和の時代は珍しかった。この面白い姫ちゃん最後はシャブにはまり、300万円の借金を抱えたまま、ヤクザ者に信太山に連れて行かれ、今現在は飛田新地の近くでスナックをしていると、風の噂で聞いています。勿論ヤクザの女です。

2006年10月ホストにぼける女たち

カバちゃんの店に全員が集まる。裏から出入りでき、誰にも見られずに済むので、もっぱら集合はここに決まっていた。姫と桃子以外はもう、話が何なのか全員がわかっていたので、重苦しい雰囲気になっていた。一人がへたを打てば連帯責任で、全員が居残りだった。夜中の2時や3時になる事はざらにあった。中でも美由が落ち着きがない。(ハハン、主犯格はコイツやな)良子は下を向いたままだった。奈々はみなみと話をしているが、私の様子を探りながらのようだった。美由の姉のケイは真理子とたわいない雑談。ケイと真理子は先に帰らせた。金の亡者と生活に忙しいケイは関係がないと判断した。一応呼んだ手前、家賃の支払いをきちんとできているか、確認を取り明日に振込みか又は家賃の通いを持ってくる事を約束させての事だった。姫と桃子はまだ来なかったが、先に話を進める事にした。「美由、何の話か見当はついてるか?」さりげなく聞いてみた。「ハイ、姫ちゃんの事ですか?良ちゃんから少し聞きました。」さりげなく答える。美由は嘘がうまい。「少し・・・?か?少しってどこまでなんや?」嘘はうまいが、最後にはいつもばれるのだった。「未収金の件ですか?」「先に言っておくわナ、この姫の件ははっきりするまで帰られへんから、しょうもない遠まわしの話してたら、このまま朝までかかるで。イヤやったら知ってる事や思い当たる事は先に言うときや!」全員が沈黙した。「誰と誰の話なんや!その子達だけ残ったらいいんと違うの?それとも全員が関係してんのか?」みなみが口を開いた。「私は美由ちゃんに連れて行ってもらって1回行っただけです。」すかさず私は「1回でも半回でも行った事には間違いないやろ。姫の未収金の事は誰が知っているんや!?」良子以外が首を横に振った。そこへ姫と桃子が到着したがすぐに、桃子は帰らせた。関係のない者は帰っていいと言ったがその他は誰も帰ろうとはしなかった。姫が開口一番「ママ、生休を取りたくない時はピルは飲み続けるのですか?」何故おしおき部屋から呼び出しがかかったのか、考えてはみたがありすぎてきっとわからなかったのだろう。自分ひとりが部屋に呼ばれたのではない様子なので自分の事ではないと勘違いしたのか、どちらかだったのだろう。差し障りのない話ではぐらかそうとしているのが、ミエミエだった。  「何で生休取らへんのや?体に悪いで」「・・・・。頑張ろうと思って・・・。」  「頑張ってるやんか。充分やで。その事が姫の言う相談か?」「・・・・。」良子は温厚な性格で、頭も悪くない子なので、このままでは時間の無駄と私がキレてからでは遅いと読んだのだろう。姫に向かって 「姫ちゃん、ママに相談したら、未収金の件」姫が良子をキッと睨んだ。「違うねん。ママ知ってるねん。」良子が小声で答えた。バレた事がわかると、今度は美由に誘われたと責任転嫁だ。美由がキャッチで引っかかり通うようになったらしい。それから他の子も誘い、行くようになったとの事。自分の責任にされて相当頭にきている様子だ。美由が洗いざらい内容をしゃべってしまう。奈々と姫が一緒に行っている事までしゃべると、奈々は慌てて美由ちゃんは他の店も行ってドンペリを降ろす時は美由も未収で帰ってきていると、としゃべる。その日の売り上げだけでは済まない料金になってしまうまで遊ぶのだ。女の子同士、暴露の仕合になってしまいました。結局キャッチホストにそれぞれが引っかかり遊び歩いているのだ。一人5000円がセット料金の安物のスナックホストだと言うが、どうしてこんな未収金額になるのかと聞くと、姫本人もわからないと言う。ツケで帰るので伝票は見た事もないとの事。どうせ未収なのだから料金なんかバカな女には関係がなかったのだろう。払っても、払っても減らないのだと言う。当たり前だ、払いに行ってはその日の分はツケで帰るのだから減るはずなどないのだった。そのホストへ電話を入れさす。未収金を姫に代わり支払うので、領収書を用意する事と、80万の内訳をきっちり出すように請求すると出せないと言う。この頃流行ったもぐりのキャッチホストだ。南署に相談に行くと脅してやると、半分でいいと言う。丁度この頃、未収金の溜まった客を風俗に行かせて、未収金の回収をしていた店が南署で上げられたとニュースでも流れて、南もキャッチの取り締まりが少し問題になっていた時だった。そういう類の店だったのだろう。但し姫は風俗嬢でありながら未収金を作ってしまったのだが・・・。結局もうお金はいらないと言う所まで話はつけれたが、私は姫に対してのけじめでそのホストに20万は領収書もなしで、支払う事にしてやった。このホストだって遊んでいた訳ではない、店の経営方針に従い、この金額を出してきたのだ。このホストが悪い訳ではないのだ。かえって姫に引っかかった気の毒なホストなのだ。どうしてこの件が私にバレたのか姫には謎なのだろうが、そんな事よりも未収金に追われる日々から開放されたとホッとしているのか、色白の顔が高潮している。すかさず言ってやった。「姫!ひと月くらいならピルを飲み続けて、二ヶ月目に出したらいいからナ!」顔がもっと高潮していった。笑(自分の言葉には責任は持たないとアカンねんで!ええかげんな言葉を私の前で吐いたらえらい目に合う事をよお〜っと憶えておいてや!)良子も自分がしゃべってしまったとは誰にも言わないだろう。この件で店の女の構図がはっきりしてきた。美由がどうも陰のボス的な存在のようでもあった。これで女達も少しは学んだだろう、都合の悪い事は誰かが必ず私の耳に入れる事を。暴露のしあいで雰囲気は又一層、重くなったがこれでいいのだ。女の子同士があまり仲がいいのはよくない。ケンカをされたのでは困るがお互いがライバル意識を持って、適当な距離を置いて付き合ってくれる事が店に取っては理想なのです。ホストへは一週間に一回か二回で行く時は、必ず報告と義務づけた。次はマンションの異臭の件だが、これは一体どういう事なのか私はさっぱり見当がつかなかった。明日2時に姫のマンションに行くからと言うと、姫は呼びつけられた問題はこれで解決していたと思っていたのだろう、慌てて私に「何でですか?怒られる事はもう他にはありません。何もしていません。」と言う。「ほんなら、ええがな、仕事したかったら店に出勤しときいな、うちは本鍵を預かっているから、それで入るから。」自宅に来られては困る事があるのだと言っているようなものだ。今度は奈々が「ママ、姫ちゃんのマンション、水道が止まっています。」電気は3ヶ月程払わなければ止まるが、水道が止まるとは・・・。「電気じゃなくて、水道か?」 「ハイ・・・。」「家賃は?」今度は姫が「ちゃんと払っています。」みんなにチクられて、少し腹が立っているのですが、私の前なので一生懸命に抑えているのがわかります。「姫!言われたからいうて、その顔なんや!ブサイクな顔すんな!。」「ハイ。スミマセン」(家賃払えて、水道が止まってる???考えられへんどういう事や!)姫ちゃん今度はなんでんねん。

2006年10月姫ちゃあぁ〜んちょっとおいで2

天皇陛下崩御の日から、私は白い目で見られているというより、ケイサツやガサ入れも平気な女経営者・鬼の冴子として、料金もぼったくりだという評判がたっていましたが、私には私の信念がありました。女の子が生身の体を惜しげもなく客に差し出して、日常生活も何もかも犠牲にして、客にどれだけのリスクを覚悟で奉仕をしているか、ぼったくりなどではなく正当な値段だと。他の店の女もそんな仕事の仕方をしているなら、よそと同じ値段にしてやる。女の子にこれほど厳しい店もないだろう。当たり前だ、私は経営者として体を張って経営をしているのだから、従業員にも目一杯の事を要求する。毎日が真剣勝負でないと、稼げる筈がない。店が営業できる日は何があっても営業をしなくてはいけない。それで仮にケイサツにヒンシュクを買い、目をつけられてパクられようとも、そんな事でびびる経営者に誰がついて来るものかと。大阪に原爆が落ちようとも、営業体制は整えてやると。この商売をする時に私は腹をくくって挑んだのだった。パクられるのはイヤだが、そんな事は怖くはなかった。開店したその日から覚悟はしていた。怖いのならこの仕事を選んではいけない。そういう考えだった。店が終わってから又、ベンちゃんの店に寄った。暗い雰囲気に包まれていた。よしみママがベンちゃんにぐちったのだろう。私は延々と文句を並べた。半分は脅しであった。実際桃子と姫がこの店を引き上げたら、お春さんはきっと他の店を探し、ベンちゃんの店を辞める事になるがいいのかとか・・・。それはベンちゃんサイドの話であって、私とお春さんとは出来上がった話があったので、実際は辞めたりはしない事はわかっていた。呼子は女の子に売り上げの一割が入るのだから、ベンちゃんの店の一人の女の子ではせいぜい月に3,40万円という所だろう。いまの稼ぎの半分の額どころではなくなる。こういう現実的な話で迫られると、この夫婦も何も言えなくなるのだった。ベンちゃん「よしみ・・・冴子ママに任しておいたら、どうや・・・。」遠慮がちに言っている。亭主が味方をしてくれないのが気に入らない様子。無言で立ち上がり台所へ行ってしまった。ガチャガチャと大きな音を立てながら、かたづけをしている。(そうや!はらわたが煮えくり返る思いやろな、よしみママ。でも私もそんな思いしてきたんや!のほほんとして、親方は務まらんのやで!だから鬼にもなれるんや?」その後、よしみママはベンちゃんが店に出れない用事がある時しか、出てこなくなったが、私の機嫌を損ねてはと思ったのか、家の用事でとベンちゃんは弁解してしていたが、機嫌を損ねるどころか、おしゃべりママが来なくなって、私は上機嫌だった。(よしみママは鬼にもなれん女なんや!すねて出てこんなんて、そんな根性でこの場所で勝ち組になんかなれるかいな!)不動産屋のサコビッチから連絡が入る。姫のマンションから異臭がしていると、家主から連絡が入ってきたとの事。「ひめちゃぁ〜ん。こっちおいで」又お仕置き部屋から呼び出しがかかる。姫もこの部屋に呼ばれる時は何故呼ばれるのか、先に考えられる程、成長???していた。電話をかけてきて、「こちらのお店が終わったらすぐに行きます。私もママに相談があったのです。」 「そうかぁ、待ってるで」(まぁ、私の顔を見るまでによ〜く言い訳を考えておく事やな。)その手で良子の携帯に連絡を入れる。まだ営業中ではあったが仲のいい、良子に姫が仕事が終わって来る前に、探りを入れる事にした。「良子・・・誰のこと聞きたいかわかるやろ!?」おとなしい温厚な良子は緊張しているが、自分の事で呼ばれたのではないとわかると安堵の表情をした。正直な子だ。「あのぅ、姫ちゃんの事ですか?」「何で姫の事と思うの?」「・・・・」「後でわかって、又私と良子で話するのんか?じゃまくさい事、したないねん」自分からは口を開けない心理状態なのがよくわかる。いつもの戦法でカマをかけた。「あんたも共犯か?」・・・・ 「いえ、私はお金のある時しか行ってません。未収はありません」(はぁ〜未収って何の事やろ???私はマンションの事を聞きたいんやけどなぁ)サコビッチからの電話のあったマンションの異臭の事を聞こうとしたのですが、どうやらそれだけではないようです。未収と言えば飲み屋、飲み屋と言えばホスト。又カマをかけた  「どのくらいの未収か聞いてるか?」    「私が広君にいえ、指名の子に聞いたのは80万円です。」    「カメリアの未収か?」   「いえ、あのぉ〜あそこはママの知っている人ばかりなので・・・」      「知っているホストばっかりやから、何や!違う店行ってるのかいな!」良子はしまったという感じで顔がひきつってきて、今にも泣き出しそうになっている。「良子!聞いてる事にさっさと答えや!時間の無駄やで、今日はもう客につきたないんか!」    「ハイ!いえ!すみません。安い店で・・・、あの違う店です。スミマセン!」(ちょっと目を離すとこれかいな。どうりで姫は休みも返上して、仕事に出て来る筈やわ。何が今週は売り上げが悪かったから、頑張りたいや!どうせ、ホストに未収金を迫られて、あせってんのやろ。)「誰と誰が行ってるんや!誰が見つけた店や!」鬼の冴子頑張ります!  

2006年10月仏より鬼がええで!

年が明けて稼ぎまくっていた時だった。昭和天皇崩御のニュースがテレビで流れた。2日間はそのニュースばかりだった。飛田新地料理組合からは営業自粛の要請があった。たしかその間はテレビは普通の番組はしていなかったと記憶している。飛田も開ける店は私の通りでは一軒もなかったと思う。だが、私は休まなかった。カバちゃんの店になってから私は呼び込みもしなくなり、いつもこっそりと、裏から出入りするようになっていた。その前に必ずベンちゃんの店に寄り桃子と姫の様子を見て、昨日の売り上げ伝票と売上金を受け取りに行く。いつものように行くと、ベンちゃんは女の子の面接に行ったとの事。いつも通りアイソの悪い、よしみママは売り上げを渡す時に私に「何かぁ〜女の子に売り上げ伝票に、サインさせるなんて私やベンちゃんを信用してくれてないみたいやね!」不服顔で言ってきた。私は女の子の伝票には清算時に必ずサインをさせる。理由はあまりの本数を上がるのに、女の子が全部を憶えているはずがないと考えたからだった。30本40本上がって15000円を意図的に一本つけなくても女の子はわからない事なんて、あっても不思議ではない。インデアンの店のオバチャンは信用をしていなかったので、そういう決まりを作った。毎日15000円をもし、オバチャンに誤魔化されていたら、えらい損失だと考えた結果だった。私がいない時にそういう事をしようと思えば簡単な事なのだ。現に水商売はこういう誤魔化され方をしている店は少なくない。それで潰れてしまう、飲み屋だってあるくらいだ。防止策は他にも取っていた。女の子と私だけの秘密であったが、自分の部屋で記号でもおはじきでもいいので上がった金額を必ずわかるようにしておく事をさせていた。女の子の味方のふりを装い、女の子には一生懸命働いているお金を他の子の伝票に間違われて書かれたり、オバチャン自身に誤魔化されたりしたら、損なのだからと教えていた。時々は帳場に入って、自分の計算と店の伝票があってるか、確認も忘れないようにと、指示していたので、どんな時でも、どの子もこういう事だけはしっかりとやってくれていた。私はよしみママに「信用するとか、しないとかの問題ではないやろママ!女の子を預かっていて、痛くもない腹さぐられたくなかったら、そうするのが飛田の常識や!」どこにそんな常識があるのか知りませんが、そういい切りました。冴子独特の自己チュウである。「それを拒むのには、何か理由がありますか?あったら聞きたいです。それを止めるっていうたら、桃子は特にいやがると思うよ。桃子の希望でもあるんですよ」痛いところを疲れても堂々と開き直って、その上自分のためではなく、女の子のためだなんてしゃぁしゃぁと言える私でした。言い返す言葉もなく、余程頭にきたのでしょう。よしみママは私に「冴ちゃん、あんたこの通りでなんて呼ばれているか知ってるか、天皇陛下が死んだ時にまで店開けて、女の子も休みなしで働かして、鬼って呼ばれてるんやで!夜になったらその集金カバン持って店回って、夜になったら出て来る、ヤモリやって!そう呼ばれてるの知ってんのか!きついママやって言われてんねんで」「それがどないしたんや!私がそう呼ばれたからって、あんたが悲しむんかいな!何かあんたに迷惑かけたんか!うちのお陰でこうして夫婦店に座っているだけで、メシ食えてんのと違うんかいなぁ!150万は懐に入るやろ!?水商売でそんなにベンちゃん稼いでたんか?あんまり義理は、かましたないけどな、言わなおられへんわ!私の事で何か迷惑かけてはせんつもりやで」私はそう呼ばれているのは知りませんでしたが、車を高速道路の下の辺に止めて、店に向かうと通りを歩きかけると、今まで客を呼び込んでいた、玄関の呼子はのれんの奥へ引っ込みます。真向かいの店のオバチャンがよからぬ噂をばら撒いているのでしょうが、まあ当たらずとも遠からずというところでしょう。こう言われても何も思いませんでした。それよりもショックだったのは、インデアンの店もカバちゃんの店も私が経営をしている事を回りは知っていた事でした。「それよりも、よしみさんそんな事が新参者のあんたの耳に入る、いう事はあんたが近所でへらへらしてるって事やで、この店は鬼って言われてる、うちの店の子店や思われているんやから、足元すくわれんようにしてや!人からそんな噂を聞くと言う事は、あんたも私の事、しゃべってるからやで!この飛田で私の噂をするんやったら、私はあんたとこの店と縁を切らな仕方がないようなるで!ベンちゃんを今から呼んでんか!」(この女も使っている女くらいの知能程度やな!きっちり話をしたらなアカンわ!私の悪口を言うから、相手も聞かすんやろ。世話になってる私にハイ、悪口言ってますって言うてるのと同じだと、理解できんのかなぁ???)経営者きどりで、向かいの経営者と仲良くしている噂は私の耳に入っていました。生まれて初めて経営者になってママさんって呼ばれて嬉しがっているのは、よく知っていました。この店の向かいの経営者は古ダヌキ。とにかく噂話が好きで、飛田の生き字引なんて言われてるくらいの人間です。そこに勤めている呼子もこれも又おしゃべりときている。飼い犬は飼い主に似ると言うのと同じですヮ。(鬼か・・・。うまい事いうてくれるわ!そんなくらいの気にならな、こんなとこで商売できるかいな・・・。いっこうに儲けさせん仏より、ようけぇ儲けさせてくれる鬼の方がええんと違うかな!?)

2006年10月アメとムチ

それぞれが、最初はバンス持ちという形で入店してきます。バンスは必要がなくても先ずはマンションを借りなければいけません。家具などを揃えると、200万くらいのお金はすぐに借金になります。私はこの借金が終わるまでに、色々な意味で洗脳をしていきます。夢を持たせて希望も持たせて、この店にいるからこそ自分があると思うようにしかけていきます。知らない世界をどんどん見せます。今までは夢でしかなかった海外旅行も、宝石も、服も手当たり次第買わせます。ブランド品は当たり前の事でした。借金が減ってくると、ホスト遊びを覚えさせます。稼いだお金は貯金よりも、教えたホスト遊びに消費するのがほとんどでした。ホスト遊びには見栄も十分に必要なので勿論、ブランドのバックも宝石も必需品です。ホストも高級な本当のクラブタイプのお店で今は少なくなりましたが、街で客を引っ掛けて店に連れ込む、今風のタイプではなく、座るだけで3万4万がいるというようなお店です。それにボトル代、指名となると一晩で何十万というお金が飛んでいきます。飛田での仕事の辛さを忘れるために、そして絶対服従という屈辱的な日々を一時でも忘れるように、ホスト遊びに没頭します。ホストは誰のお陰で自分に指名が来て、売り上げが上がるのかよくよく理解をしてくれています。店にきての行動、話の内容はホストからの情報で、全て私は把握していました。桃子とお春さんの紹介の真理子と美由の姉は小さな子供がいたので、この遊びに加わる事はありませんでした。桃子は親に貢ぐ生活のようでした。右翼は結構経費がかかるらしいです。300万円くらいのバンスは常に返しては又バンスという感じでした。美由の姉は美由と一緒になって九州の親に送金をしており、弟にも頻繁にお金を無心されていたようですし、姉は主人が作った借金の返済と子育てに必死でした。真理子は年齢が年齢だけにしっかりと、貯金に励んでいました。この真理子は暫くしてHIVに感染しているのがわかりました。しかし医者の説明によると、これはこの職業で感染したのではなく数年前から感染していて今になって発症したのだと言う事でしたが、最後は一千数百万円の貯金を持って、静かに飛田新地を去っていきましたが、振り返って思うに真理子は自分の病気を知っていたのではと思います。一切自分の事は話をしたがらず、今思い出そうとしても真面目なおとなしい子で客とも店の人間ともトラブルを起こした事がないというくらいしか、思い出せない、印象の薄い子でした。それもやはりお春さんの紹介だったからでしょう。この子の売り上げはお春さんに10%を落としていたせいだったのかもしれません。女の子が揃えば、一番に切りたい(クビ)子だったのですから。大晦日の日は私のマンションに女の子達を全員集めます。この日だけは無礼講で年越しそばから始っておせち料理を振る舞います。ホストクラブもお休みです。年末を一人マンションで過ごさせるのは、危険があります。ろくな事を考えないのです。退屈で、田舎への里心がおきたり、女の子同士集まってろくな話はしない事は目に見えています。仕事は31日の紅白が始る少し前まで営業します。それから私の自宅でこういう行事を行います。夜更かしして、元旦はそれぞれの自宅で深い眠りにつき、2日はお昼の12時から全員出勤です。2日から営業している店は殆どありません。あってもばば通りくらいなもので、若い子揃いの私の店が営業となれば、客はどっと押し寄せます。お正月でご祝儀相場だよなんて言って、全員2万円からでないと客を取りませんが、客は勿論バブル時代の事です、心よく了解です。笑いが止まらないとはこういう事を言うのでしょ。帳場の小さな手提げ金庫はお札で膨れ上がっていきます。他店も営業できるものならしたいでしょうが、ホステス様様で、女の子の言いなりなのですから出勤してくれる筈がないのです。他店のひどいホステスは10日えびすの日まで休む子もいました。私の統計では年末は31日の8時までが勝負で、10日えびすの内、一日は必ず雨が降って暇です。えびすさんの日は私達は早仕舞いをして、全員で今宮戎に出かけて後は、ホストクラブへ流れ込むのです。この日は全員が最終的に行くところがわかっているので、思いっきりお洒落をしてきます。仕事が終わると震えながら又2階のトイレのホースでシャワーを浴びます。営業中の店先を着飾った自分達を見せびらかしながら闊歩します。いつもは早くから一番遅くまで仕事をしているのです。この日だけは何故か自慢げに歩きます。人が仕事をしている時に遊びに行くという意識がそういう態度にさせるのでしょう。親方が儲けようと思えば、日頃の教育がものを言う月なのです。じきに暇な月がきます。私は暇な2月は海外旅行に連れて行くからと前々から約束していました。だから年末からお正月は、他の店が休んでいる間に頑張ってがっぽり儲けようと言い聞かせていました。1月の10日までが稼ぎ時、「ええか!客の財布は戎さんに持っていかれる前にこっちのえべっさんに、持ってこさすんやでぇ」と口癖のように年が明けるとよく言っていました。アメとムチとそして強い指導者的な存在を淋しい人生できたこの子達は求めていたのだと思います。鬼より怖いと日頃は恐れていた筈なのですが・・・。誰よりも強い、私のお金への執着心に圧倒されていたのでしょうか?明けて1988年1月7日に昭和天皇崩御となります。この日を境に私は鬼の冴子又はヤモリの冴子と命名されるのです。

2006年10月バブルはここにも

名義人はホステス時代の知り合いの、十年以上黒服をしていて、会員制の部長クラスの人間を選びました。こういう人達はお金がいくらあっても足りないのです。ホステスとの付き合いも大変です。麻雀に競馬競輪と生活が、水商売は派手です。契約は年払いで300万円の一括先払いにしました。インデアンの名義料は月払いで年間360万円ですが、インデアンは毎日店に顔を出しますが、この名義人は勤めていましたので、たまにしか店の様子は見に来れません。これでは名義借りがバレバレ状態ですが、取り合えずこの状態で行く事にするしかありませんでした。新しい名義人と私は難波の喫茶店で待ち合わせ、権利金を紙袋に入れて渡しました。この時点から警察対策として、こういう形を取ります。私が不動産屋へ行ったのでは名義人を立ててる意味がなくなります。一人で不動産屋へ行ってもらう為で、この時点から私は全く関係がない体制を整えました。内容を知っているのは、一部の女の子とオバチャンだけでした。許可待ちの間にベンちゃんの店に入れたお春オバチャンから、女の子を連れて来るので、その分の落しを(売り上げの何%かを)頼まれました。この話はベンちゃん夫婦には内緒でした。許可待ちの店が開いてからの約束です。ベンちゃんの店は高速道路の方の端の店だったので、損得を考えてのお春さんの提案だったと思います。新しい名義人の店はシャトー(仮名)と名付けてました。マスターはカバちゃん。新しく名義を替えても女の子が一緒では、経営者が同じだとすぐにわかってしまう事もあり、私は桃子や姫を戻すのは止めようと考えていたので、この話はすごく都合がいいのと、こういう女の子を連れて歩くオバチャンもいるのだという事を初めて学びましたが、後になってわかるのですが、こういうオバチャンは色々な意味で、店に取ってはいい人物ではありません。うっかりすると一緒に連れて店を変わったり、して店に損失を与えます。お春さんの連れて来た子は真理子という名で年齢は28才でした。この子も小柄な上品な素人っぽい子でした。美由の姉も時期を同じくしてカバちゃんの店に入店が決まりました。つきまくっていたのでしょか、一気に女の子は8人です。私はこの時点で月平均1500万円を儲けていました。この年の年末には桃子とみなみは550万と600万の総売上を成し遂げました。信じられないでしょうが、この二人の場合時間とお金はもう関係がなくなっていったのです。指名がほとんど占めていました。金額も平均30000平均でしたが、時間はやはり15分から20分で切っていました。売れっ子の二人につく客は、出せるだけのお金を出すのが、使命(客にとっての生きがい)になっていったのです。客には勿論ことわりは、言いました。指名で混んでいるのでと。客は納得するなんてものではなくて、一生懸命早く降りてくれます。食事休憩も必ず客が出前を取り一緒に食べるのです。そして何もしないで帰ります。こういう客は最低は3,40分で帰り50000円は置いて帰ります。一日貸切30万なんてのも出た事があります。こういう仕事のやり方は徹底的に叩き込みました。お金を頂く時にはまず客の財布にお金がどのくらい入っているか、必ず見る事。そして必ずそのお金をとことん使わせて、財布をカラにして帰らす事。そのためには、何でもする事。ふう(ゴム)は必要がない。病気は尺八を念入りにして、絞ったりして、膿が出るか、吸って痛がるか、目と口でしっかり検査をしろと。ここ駄目、そこ駄目は絶対に言うな、触られたりがイヤなら徹底した、サービスでと。そのお陰で、女の子は一人の客に付くと、ローションや唾液で体は、毎回どろどろでした。お風呂はこの店には1階の奥にはありましたが、使わせませんでした。下に半分裸で降りる訳にもいきません。何よりも時間がかかります。それで大活躍したのが、最初の頃のお話に出てくる女子トイレの便器の先に出ていた水道栓です。許可が下りたら、瞬間湯沸かし器を取り付けます。水道栓の先のホースを長めに取り替えると、シャワーがわりになります。女の子はこのホースで洗浄もしますが、和式トイレにしゃがんでまたがった状態で、体も洗います。次のお客さんにはきれいな体で接客ができますし、思う存分サービスができるという訳です。が、冬場はよく震えていました。生休も私は3日しか取らせませんでした。それも10日過ぎから24日までの間に順番に休ませていきます。売り上げの低い子は休みが重なる事もありますが、売れっ子は必ず22,23,24日の暇な日にしか取らせません。ピルを飲んでいてもうまく調整できず、それでも他の日に休みたければ、海綿をつめて出血を防ぎ、生理中でも出勤をさせたものです。素人からの子はこれがこの仕事では、当たり前の事だと洗脳していたのです。毎月15日は病気の検査結果の提出日です。この日にどんな理由があろうとも、提出がない場合は出勤停止の罰が、与えられます。万が一病気を客にうつしたら、そしてその客がもし保健所に駆け込んだら、店は否応なしに廃業に追い込まれます。飛田ではそういう理由で廃業に追い込まれた店は聞きませんが、久左衛門にソープがあった頃にはそういう事件もありましたので、厳しい決まりを作りました。HIVは2ヶ月に一度、その他は毎月でした。この検査は一回の検査で15000円かかりましたが、病気にかかっていても、いなくても提出が遅れる子はいませんでした。生で病気は・・・?勿論ありますよ。やっかいなもの・・・。HIV・梅毒・コンジローム・ヘルペス・おまけに淋菌・もうひとつおまけに毛ジラミ・・・。

2006年10月鬼の所以

私の店の右隣の店も経営者は九州の人でした。そこには美由という子が嬉野温泉の置屋から流れてきていましたが、店にガサが入り、私のところへ来たのは20才になって間がない頃でした。 この美由とは長い付き合いになるのですが、お隣はガサ入れのノルマにかかったと言う事でした。売春をしていれば理由はなくても、いつでも売春防止法違反で、取り締まりは可能なのです。元々は漁師だった人が経営者で、警察も同情はしてくれたらしいですが、全く儲けもないままに、閉店しました。この店の後釜に天敵となる韓国人の女経営者が来て営業をしますが、この話はもう少し後になります。飛田で商売を始めて3年目くらいでしょうか、私は知人の店の開店に力を貸す事になりますが、一旦最初の店の名義を変えようと考えていました。理由は飛田新地では3日3ヶ月3年が店のあぶない時だと聞かされていました。実質の経営者としてパクられるまでは、名義借りでうまくやり抜ければ、何度ガサ入れの目にあっても店はできるのだとわかってきたのです。その為には私の名義の店は一日も早く閉めた方が得策だと考えた結果でした。実際開けて3日でガサ入れがあった事があります。まぁこれは部屋をベニヤで仕切り玄関には、モニターテレビを置いて顔みせをしたり、実際は許可の時と違う部屋数になっていたからだと思いますが。私が開店してから何件かはガサ入れがありましたので、そういう気になったのだと思います。知人は夫婦もので名前はベンちゃん。まずこのベンちゃん達は、風俗は全くの素人で奥さんは元ホステス、主人は黒服を北の新地でしていました。話を持っていくと、興味は持ってくれましたが、経営にはやはり不安があるという事で渋ってはいたのですが、何もかも世話をする条件で説得しました。黒服をしていたベンちゃんは女の子のスカウトには少し自信はあったようで、何とかなるだろうと、決心をつけてくれました。しかし実際は私の時と同様許可が降りても、一人の女の子も働く子は見つけられない状態です。私は最初からそう読んでいましたが・・・。女の子が見つかってくれては困るのは私です。勿論オバチャンも世話をしましたが、この時に女の子一人では、当然売り上げが少なく、そうなるとオバチャンが店にいつきにくいので、私の店の女の子を店の許可が降りるまでの間使ってもらうようにしました。というよりは強制的にそういう約束をせざるを得ない状態に持っていたのです。何もわからないのですから、従うしか方法がないのです。(名義交換の間、女の子を休ませておく訳にはいきません)ベンちゃんとは契約を以下のようにしました。名義変更の許可が降り、私の判断で女の子を引き上げる時は即座に必ず返す事。売り上げは私の店とベンちゃんの店の女の子は全く別の計算で、桃子と姫の売り上げは全額私の元へ入る事。春奈は閉店と同時にやめて田舎へ帰り、新しい由美はインデアンの店へ行かせて、桃子と姫を預けました。家主のベンちゃんの所は今のところは姫が飲み屋で知り合った、彼氏が運転手という私の店では使い物にはならない、不細工な女の子が一人でした。ベンちゃんがいい女の子を見つけてくるまでは、桃子や姫でいい子がいる店としての評判が大事なのだからなんて、訳のわからない理屈を並べて私の思うがままにしたのです。嫁のよしみママは軒先貸して母屋取られるではないですが、そんな気分だったでしょう。この案にはたいそう不服をいいましたが、でも私は、はっきりとベンちゃん夫婦に言いました。「私は女の子やオバチャンが見つかるまで何ヶ月も空家賃を払って、ここまで来たのだと、それに比べてオバチャンから女の子の世話まで、何もかもしてもらって文句を言われる筋合いはないと、いやなら女の子を入れろ。女の子が増えて一杯になったら私の店の子は出勤を止めるから」と、無理な事だとわかっていました。そんなに簡単に女の子が見つかる筈がありません。かと言って今更店を止める訳にもいかない状態で、従う以外に道はなかったのです。この言い草も自己中心的な考えも、今の年齢になれば、苦笑いしてしまいますが、その時は真実、本気でそう、これが当たり前の事だと考えていたのです。この考え方もやり方も鬼と言われる所以でしょうか。平気で人を利用する、そんな人間でした。ベンちゃんを飛田に誘ったのも、正直な所、子分のような店が必要だったのです。ベンちゃんの店の密かな呼び名は従業員養成所でした。私の店の名義変更をする何ヶ月もの間、女の子もオバチャンも遊ばせなくて済むのですから、こんなに私に取って都合のいい話はありません。Y氏のおかんにただでしてもらえる事など飛田にはない事を、身を持って教えてもらった結果でしょうか?私は礼金がわりにこの条件を出したのです。インデアンの店で6人もの女の子を置いて営業は無理があり、ベンちゃんのところに取り合えずは姫と桃子は置いておく事にしました。この時点で私は店を3件経営していたのと同じ状態になっていました。2件の内、1件を閉めていても、ベンちゃんの店があるので私に入ってくるお金は衰え知らずでした。

2006年10月喜ぶ客に脅す客

しんちゃんは言葉がしゃべれない。手は自由に動き、体は健康って言ったらおかしいですが、寝た状態にしか体が置けないだけで、車椅子にはうまく座っていられます。頭も普通で知恵遅れとかではありません。手は自由に動きます。春奈は嫌がる顔もせず、それどころか久しぶりに若い子につけるなんて、冗談も言って喜んでいました。このしんちゃん、注文したジュースも寝た状態でうまく飲んでいたそうです。さていよいよですが、ズボンも勿論一人では脱げません。春名が優しく声をかけ、脱がそうとすると・・・・。ズボンまではよかったのですが、パンツを脱がそうとして、膝のあたりまでくると、終わってしまったそうです。優しい春奈はじっとオッパイを揉ませ続けたそうです。優しい春奈でしんちゃんその日は嬉しそうに帰りました。ボール紙をなぞって「アリガトウ」しんちゃん一週間と日が経たないうちに又来ました。「しんちゃん、お母さん心配せぇへんのか?こういう所に来てるの知ってるのか?」首を縦に、うなずきました。来る度に2階の部屋での状況は進歩していきます。上の服は脱がすと、着せるのが大変なので下だけを脱がせます。しんちゃんはオッパイがどうも好きみたいです。慣れて来ると次に来る日を春奈に告げて、帰るようになりました。しんちゃんが来た日は不思議な事に、いつも以上に店が繁盛します。そのお陰でしんちゃんは店の者に大事にされます。ニコニコ顔のしんちゃんは福の神なのか、それとも身体障害者に、幸せ気分を与える私達に神様からのご褒美なのか・・・。お金の事しか頭にない桃子でさえも、まいどおおきにのオバチャンからチョコレートや飴を買ってしんちゃんに渡します。それに比べ姫は知らん顔で、本当は迷惑がっているのがわかります。理由はしんちゃんが来ると玄関から2階へ運ぶのに、インデアンを呼んでそれからになるので、結構時間がかかります。玄関が自分の番ならその間の呼び込みが一時停止になってしまうからです。私はそんな事は気にもせずにしんちゃんにだけは親切にしました。あの嬉しそうなしんちゃんの顔は今でも、忘れられません。しんちゃんだけではなく、私達も何故かほんわか気分になったもので、その日は何故か幸せな気分になるのです。そんな幸せ気分に浸っている私達に向かって、真正面の向かいの店のオバハンは何と聞こえよがしに「あんな、カタワもん上げんでもいいやろになぁ〜女の子もかわいそうや。」私がどんな客でも上げて、お金儲けをしている事を言いたかったのでしょう。私はプチッと切れました。玄関からはだしで飛び出していました。「コラ〜ババァ!人の店にいんねんつけてんのか!お前とこの女シャブ中やろ!チンコロしたろか!悔しかったらお前んとこも、こんな客引いてみいや!10000円のしけた客ばっかり上げんと!親方呼んでこい!」元々気に入らない店でした。水撒き用のホースをつかみ玄関先に思いっきり水を相手の玄関に撒いてやりました。「コラ〜!水撒いてもろたら礼ぐらい、言わんかい!この田舎もんが。」無茶苦茶でした。九州は嬉野温泉の置屋から女を送ってきて入れてます。今までは自分のところが人気の店であったので、天下をとったように営業をしていました。ところが私の店が開店してからは、繁盛している事が気に入らず、何かと意地の悪い事を言ったり、したりしていました。客の車を店先に止める事、客を取ったの取らんのと、オバチャンや女の子は逆らわないように我慢はしていたのですが、私はひっくり返す機会を待っていました。私が店にいる時には何も言わないので、文句のつけようがなかったのです。2年分のお礼はきっちりしてやりました。女の子も大喜びでした。年寄りの経営者が多い中若い派手な私はやんちゃな経営者でも名前を売りましたが、嫌われてもいましたので、ただ乗りの常習犯が客として姫に上がった時は向かいの店は一度被害にあっていましたが、教えてはくれませんでした。おてるさんも、おきぬさんも今までは全く離れた大門の奥の方のババ通りと言われている所で働いていたので知らなかったようですが、私は怒り狂って階段から突き落としてやりました。手口はやるだけやって、時間やサービスが悪いと因縁をつけて払った金を返すように要求するのです。拒むと売春やんかと居直って反対に脅します。返すしか方法はないのです。180センチはある大柄の男でした。こんな男に向かっていってもかなうはずがありません。警察も呼べません。私は腹が立って仕方がないので、料亭としての飲み物代金の6000円は取り、シブりながら男が階段を降りる、その時に思いっきり突き飛ばしてやりました。「今やったら、警察呼べるぞ!階段から突き落とされたって言うか?こっちは飲食代しかもらってないからな!二度とくるな!」そう言って帰したのに、この男又来て上がろうとしたらしいです。女の子が顔を憶えていたのでセーフでしたが、奥のおしおき部屋へオバチャンを集めてこっぴどく叱りました。女の子をしっかりと守ってやるのは、店の大切な役目です。飛田新地へ一旦足を踏み入れたら、店が引ける、いえ自宅に戻るまで一秒たりとも、気を抜くことはできない毎日の連続です。私はひどい胃潰瘍で悩まされる毎日でした。

2006年10月福の神 しんちゃん

岡山の青年ヤクザには、礼金もなくなり私は丸儲けと言う言葉通りに桃子&岡山軍団で稼ぎまくっていました。あの事件以来、岡山軍団からは仲間はずれになってしまった姫ですが、営業中は岡山軍団との接触はありませんので、平気のへのざで、今度は春奈に少し威張っている様子でしたが、 それはそれでうまく行っているのならばと、黙認していました。桃子は相変わらず、ベンツに乗ってご出勤などと、 これも又評判になり、 桃子待ちの客がお待ちの部屋で溢れかえる日も少なくありませんでした。金持ちの風俗嬢は何故か、売れっ子になります。言動に余裕がみえるのでしょうね。この頃の飛田新地では、 お待ちの部屋で客を待たせる店は殆どなく、というよりそういうような部屋を作っている店はなく。 (地方出身者の経営者が多く、玄関から奥は経営者の生活に使用しているのが多かった。) 金にならない客でも私は、休憩がわりにされてもいいと考えて店の中へ入るという客ならば、 ドンドン入れました。他の店は目当ての女の子が降りてくるまでは、 大抵は外で待たすので、私の店のように中でお茶の一杯でも出してもらえれば、客に取っては、 親切にされていると感じさせる魅力があったのでしょうか、そういう客でいつもにぎやかな店でした。今日の客ではなくても、明日には客になるという考え方で、そういったサービスは徹底しました。 出入りの客が多い店は、客が客を呼びます。上がった事のない客も、ある客もいい子がいないか、先ずは私の店へ顔を見せてから、飛田の中を回る、そういう馴染みも増えていきました。女の子の馴染みよりも、店につく馴染み客の方がずっと根強く、仮に女の子が移動しても店の馴染みとして残ってくれる有り難い客になるものなのです。売れっ子の桃子やみなみにつく客は、不思議に時間を聞きません。それに比べると良子や姫の客は、しつこいくらいに時間の確認をします。私はよく 「こうやってしゃべってる間も時間に入っているで」と脅しをかけて客を慌てさせました。そしてこういう客は必ず自分の時計でも時間を計っていて、1分でも早いと文句を言います。反対に桃子に上がる客は、文句を言わないので私は正直に「お兄ちゃんゴメン!今日は混んでるから早い目にタイマー切ってしまいましてん。今度その分ゆっくり置かしてもらうから・・・。」  こういうやり取りで粋な客とは店の信頼関係もできてくるようです。近所の店はこういう繁盛の仕方はおもしろくない様子です。今に上げられる(ガサ入れがある)とか言っている事は私は百も承知です。今までにない料金設定や経営方法を取っているのですから・・・。でもお構いなしでした。おてるさんの出勤の日で、開店間もなくの早い時間でした。車椅子の若い客が春奈の前に現れました。「お兄さん、ごきげんさん。ちょっとお兄さんは無理ですわ。エヘヘ・・・。ごめんしてや」おもむろにその客は五十音を書いたボール紙を出し、ゆっくりなぞっていきました。「オネガイシマス。」字が読めないおてるさん、困った顔で「エヘヘ、わて、字が読めまへんねん。すんませんなぁ」左右前も正面の店も、女の子とオバチャンは成り行きを興味深げに見守っています。新参者の繁盛している店が、冷やかしにもならない、身体障害者の冷やかしに玄関を占領されて困っているのが、面白いのでしょう・・・。通りは呼び込みの声も、止まりし〜んと静まりかえっています。「オネガイシマス」おてるさん「すんまへんなぁ」を繰り返すばかり・・・。沈黙が続く中遠くで「まいどおおきにぃ〜」の声。必死に指でボール紙をなぞってこちらに向かって「ウーウー」と何か言っている。「15000円持ってるか?兄ちゃん?」私は大きな声で尋ねてみたが、別に耳は悪くないのか、「ウーウー」と答える。何故か不思議に同じ発音でも返事をしているのが伝わる。「おてるさん、インデアン呼んできて」私はこの客を春奈に上げる事に決めた。歩けないというより、一人で立てない、しゃべれない客。これも飛田では初の試みだったと思う。私はこういう身体障害者でも本人にそういう意思があるならば、喜んで上げてやるべきだと思った。どんな客でもお金を払えば客なのだ。インデアンが来てその客を車椅子から抱き上げて、2階へ運んだ。ところが、この客座る事もできないのだった。インデアンはコタツの前に降ろしてそのまま手を離すと、背中が年寄りのように丸く体全体がエビのようになっていて、普通の座る姿勢にならないまま、そう、丸くなったままの姿勢で、壁の方に横に倒れていき、壁に頭をぶつけた格好で止まってしまった。自分では姿勢を戻す事ができないので、中途半端のまま「ウーウー」と言って怒っている。笑ってはいけないのだろうが、全員で笑ってしまった。変に同情して慌てられるよりも素直な私達の態度に、安心したのか下の車椅子から取ってきた、ボール紙をなぞって少し事情を聞かせてくれた。25才・阿倍野区在住・飛田新地では今日初めて上げてもらえた・店先へ行くと怒って塩をまかれた事もある・童貞ではない・お金は母親からもらってきた・女の子はこの子でいい・飲み物はオレンジジュース・名前はしんちゃん。

2006年10月ずうごふん15000円

「おてるさんに教えてもらったけど、今日はたぬきが化けて、般若やわ。」「エヘヘ・・・。何ですか?ママサン?」「姫!片付けが終わったらこっちへおいでや〜・・・。おてるさん、清算前に姫と話があるから、ちょっとみんなを待たせてな。隣も来て全員揃ったら、コーヒーをカナリヤから取ったってなサンドウイッチも取ったって!」12時半をまわって全員が集まった。待つ間ワイワイ、ガヤガヤとインデアンを混ぜてお待ちの部屋で、楽しそうに雑談をしている。インデアンの店のオバチャンは帰らせた。姫がニコニコしながら私の待つ部屋へ入ってきた。「お疲れ様です!」みんなの前で一人呼ばれたものだから、得意げに愛想をふりまいている。「何がウレシイねん、何ニコニコしてんねん!アホか、お前は!」私はニコニコ顔の姫が部屋へ入るか入らないかで、私は立ち上がり、髪の毛をわしずかみにして、小さな体を投げ飛ばした。一回転して壁にドーンとぶち当たった。安普請の壁が大きく揺れた。声を出す間もなかったのだろう。一言も発しなかった。隣の雑談の声もピタリと止んだ。「裸になれ!」体が震えている。おそらく親にも、こんな事はされた事など、生まれてこの方、唯の一度もないのだろう。「ポーチ!!!!。・・・・ポーチを貸せって言うてるねん!!。」差し出した化粧ポーチを逆さまに振ると小さく折れた5000円札がポロリと落ちた。「何や!コレ!」「・・・。・・・。」髪の毛をもう一度つかみ、今度は立たせた。みぞおちに膝げりを数回与えた。決して頭や顔はなぐってはいけません。腫れたり、みなみのようにアザができたりして、商売に差し支えます。涙と鼻とよだれの混じったものが私の膝に落ちてきた。わざとに大きな音になるように、襖を思い切り開け放った。「おてるさん!おしぼり2、3本持ってきて!」「あのなぁ〜〜。」あごを右手でつかみ天井をむかせ、耳元で大きく叫んだ。「桃子やみなみのように上がりたかったら、性格替えぇ!奈々や良子の悪口ばかり言わんとなぁ〜〜!時間誤魔化して、料金誤魔化して、店の金盗むなんて、お前!気でも狂たんか!うちはアホちゃうねん!これから毎回客に、上がる度に部屋の検査と身体検査したろか!」これで女の子は自分達の悪口を言っていた事を知る所となり、皆で姫を見張るでしょう。そして少しは口も慎むでしょう。これは風俗の女の子を使っていた、もっとも私が得意とする、手法です。「第一40分やったら3万やんか!1万足らんなぁ、姫!お前の売り上げから引いとくわ!それとも明日からは40分15にしたろか!どっちがいいねん!」体が小刻みに震えて、目が宙を舞っている。鼻水が口に入り、口の端からは、よだれと一緒に膝に置いた手の甲にしとしと、落ちている。暫くしてやっと震える唇から声を発した。「ずうごふん、15000円がいいです!」「アホか!それは桃子やみなみの値段や!お前は20分15やろ!ボケ!どつかれて頭おかしなったんか!」「スミマセン!20分15000円です。」ずうごふんと言った発音のおかしさをこらえきれずに、「ブファ・ファ・は・は・は・アハハ」最後に桃子のきつ〜〜〜い一言。「私達の荷物もロッカーか何かに入れたいです。鍵つきの・・・。」(私より、この子きついなぁ!さりなの時みたいに、何も盗み癖があるのとはちょっと違うで!でき心や!)「そうやな、人数も増えたし、姫がどうのこうのではなくて、帳場で預かるのも大変やし、探してくるわ!」(桃子には逆らえん。とほほデス。)この桃子、この頃にはもうすでにベンツのSL500を中古ですが、購入していました。

2006年10月姫ちゃあぁ〜んちょっとおいで

1件の店に女の子は3人と、呼子のオバチャンが2人。女の法則に則って私はまず、貢ぐタイプと貢がないタイプの桃子とみなみを個々の店の頭としておきました。後は相性で配置をしました。顔も美人系と好みの問題系とに分けます。通常3人が一番難しく、もめ事も起きやすいのですが、反対にこのトライアングルの位置づけをしておきますと、距離を保ちながら、お互いがあまりくっつかずに動き、お互いを見張る形になっていきます。これ程安心できる関係は経営者にとってはありません。女の子同士が仲良くなるのはこういう商売ではロクな事がありません。反乱を起こして、経営者に歯向かってきたりするのが、落ちです。それぞれが、トライアングルの中心にいる私に、磁石の砂鉄のようにくっついて来て、ご注進。2件の店の大まかな動きはこれでわかります。しかし、これも女の法則で売れる子、稼ぐ子というのは、呼びつけて聞かない限りは、情報をくれません。売れない子ほど経営者の私に、色々な情報をもたらしますが、こういう情報に惑わされる経営者はアホ!です。情報を持ってくる子の話を聞きながら、実はこの売れない女の子の考えや、行動を探り続けるのが、賢い経営者です。一番心配だったのは、桃子と組んでいる姫でした。ヤクザ青年に町を歩いていて、引っ掛けられて、大阪行きを誘われて、そのまま大阪へ来たという子でした。岡山軍団は多かれ少なかれこういう形できましたので、私は少し働かせて、使い物になるようなら、身分証もいるので必ず一度田舎へ帰らせます。親にはエステティシャンの勉強をする名目で又来阪させ、私がサロンの経営者と言う事で、連絡先もはっきりとさせておきます。こうすると親達は安心するのです。大阪へ行きたいという若い子に、下手に反対をして家出をされるのを、恐れているのです。こういう子達は、一度は家出をして親を心配させていたり、田舎で悪い連中との交流がありで、親も遠い大阪でも、定職について真面目に働いてくれるのならばと、思ってしまうようです。一番のかき入れ時の8時や9時頃に、田舎の親たちは子供の声を聞こうと私の自宅の転送電話に連絡を入れてきますが、出れる日はなく、いつも研修だとか、出張だとか、ごまかすのに苦労しました。この姫は圧倒的に売り上げの差がついている、桃子に関してはあまりいいませんでしたが、隣の店の情報を入れては、私に色々と聞かせる子でした。隣は奈々と良子がいいコンビで仕事がやりやすいだの、自分は年寄りの春奈とは分が悪いだの。隣のオバチャンは若いがこちらは年寄りだから、鈍くさくて客を捕まえるのが下手だの。バンスはまだまだ、残っています。売り上げもないのに日掛けの洋服を手当たり次第買っています。買った服の半分は店で着ているのを見かけません。「姫ちゃぁ〜んちょっとこっちへおいで・・・。」1階の一番奥の部屋。後々、皆が影でおしおき部屋と呼びだす部屋へ、私は優しい声で呼びました。お待ちの部屋へ呼ばれる時は話し合いをする部屋。一番奥か又は2階の自室へ呼ばれる時は、とんでもない事がおきる日なのです。この日、姫に上がった客は飛田新地には慣れている客のようで、歩いていて姫を見ると黙って店に入り、さっさと姫と2階へ上がって行き、姫は15000円を持って降りてきました。こういう客は飛田では珍しくはありません。下で交渉するのは、資金不足か慣れていない客が大半です。タイマーが鳴っても降りてはきません。私はいつもするように「姫ちゃん、アリガトウ」と言って声をかけます。返事がなく5分待っても、洗浄へ行く足音が聞こえません。そこへ春奈に客がつきます。バタバタとして気がつくと40程経っていました。もう一度声をかけます。「姫、延長に入っていますよ」暫くすると、バタバタと洗浄へ行く音。客が不服そうに降りてきますが、姫には又くるような愛想を言って出て行きました。姫もニコニコ顔。私は出て行った客のすぐ後を追いかけました。客はおそらく天王寺方面へいくのでしょう。飛田新地の料理組合の会館がある四つ角を左に折れたところで、追いつきました。「お客さん!おおきに・・・。どうでした?今の子。」風俗でよくやる客への聞き込みです。「ええ子やったよ!気に入ったよ。又くるけど・・・。」「おおきに、ところで今。いくら女の子に渡してもらいましたか?おつり渡しましたやろか?」「2万やからお釣りはないよ・・・」「ああ、そうでしたな、お釣り渡し忘れたと勘違いして、慌てて、追いかけてきましてん。そうやった!そうやった!よかった!又来てや、おおきに」自分の顔がどんなのかはわかりませんが、きっとその時、鬼のような形相で店へ引き返していたと思います。

2006年10月浩平君

「こんな、事しても時間の無駄やで、さぁ早くドアをあけてんか」優しくも言ってみたが、全く開けてくれる気配はなし。ドアチェーンを切断するしか方法がありません。女の子のマンションの入居で世話になっている、西区の不動産屋のサコビッチに相談した。この男正真正銘の元暴力団で、今は不動産屋で堅気となり働いているが、なかなかのやんちゃ者だったらしく顔は広い。小指はなく、薬指には刺青が入っている。こんな男だから融通が利き、保証人のいない女の子でも、きちんと書類が揃うようにしてくれる。ドアポストに貼り付けてあった、ガムテープを剥がして中の様子を探ると、素足の浩平は台所と部屋の間をウロウロしている。サコビッチは私に「ママ、ケイサツ呼んだらどうや、こんなポン中は何を言うてもあきまへん」私の店の事はよくよく理解しているので、私はどこかの喫茶店で待っていてくれと言うのです。不動産屋が入居者のトラブルで呼ばれた事にしようと言ってくれました。念のため働いているのは、サコビッチの知り合いのスナックにする事まで、すぐに段取りをつけてくれました。私はサコビッチに全てを任せて、マンションの下にある、喫茶店で待機をする事にしました。暫くするとパトカーが来ましたが、いくら待っても浩平はパトカーに乗せられる気配はありません。それどころかドアさえも開いていない様子なのです。私はじっとしてられなくて、住人のふりをして様子を見にいきました。サコビッチが覚せい剤と言う言葉を連発していますが、警察官はインターホンを押すだけです。ドアチェーンなんかあっという間に、切断してくれて中へ突入してくれるなんて、想像していただけに、困り果てて話を聞くだけの警察官に対して、はがゆくなり、私は「この中にシャブ中がいてるってわかっていて、逮捕せんのかいな!」と言ってしまいました。警察官は「いやーそう言われても、ハイそうですかと中へは入れないのです。」サコビッチと私は同時に「なんで・・・!犯罪を犯している人間やで!」しかし私達がそう言っているだけで、夫婦喧嘩をしているようなもの、ましてや一人は外で一人は中、立てこもっている訳でもなく、現段階では何も事件が起こっていないというのです。覚せい剤も私達が言っているだけで、きちんと検査してでないと、と言う訳です。「そんな、アホなぁ〜〜〜・・・」嘘だと思ったら一度試してみればわかります。要するに何か事件が起こらないと警察は動かないという訳です。パトカーは何かあれば又連絡するようにと言い残して、帰ってしまいました。結局みなみの希望で100万の貸付をして、ポストからそのお金を放りこませて、もう3日待つから出て行くように言いました。今度来た時にまだマンションにいるのなら、○道会へ大阪の極道が話をつけに行くと、必死のかましを言い残して、その場を去りました。ここまできたらどうしても別れたくなったのか、お金がない浩平を心配してだったのか、その時の気持ちはわかりませんが、盗人に追い金とはこの事でしょう。約束の日にマンションに行くと、何と部屋はきれいに片付けられて、家具類は勿論洗剤ひとつ残っていませんでした。トイレの使いかけのペーパーくらいは残っていてもよさそうなものでしたが、それさえもありませんでした。覚せい剤をしてるやつの考えって本当にわかりません。勿論みなみの洋服も一枚も残っていません。本当にきれいに物がなくなっていたのです。浩平君、女でも男と別れる時に、こんなにきれいに物を持ってはいきませんヨ!シャブ漬けにしては、大したものです。よく神経がそこまで回ったものですね。(イヤイヤ、シャブで神経が敏感になっていたのかな?)今でも時々酒の肴になるお話ですヨ!でも私も100万から先に渡した20000を引いたのもせこかったかナ!これでみなみは又、大阪へ来た時と同じ、身ひとつに戻ってしまいました。

2006年10月女達の法則

私との話し合いの末、この男とは別れる結論をみなみは出した。金の無心も、シャブも我慢はできるのだと言う。何でもない事らしい、だが別れる決断をさせたのは、暴力がエスカレートしていくと、仕事を失いお金を渡してやれなくなるからだというのが、理由だった。理解できない考えでした。マンションの一室の窓には、光が入らないように、新聞紙と黒いゴミ袋が張りめぐらせてあり、床に雑誌や飲み物の、缶やペットボトルが転がって、割り箸に挟んだ、ナイロンの小さな袋が無数に散らかっています。この男、シャブのききめの時に、仕事から帰って来たみなみを窓から見つけて、男と一緒に帰ってきて、男はマンション前の植え込みに隠れている。誰や、ケイサツかと問い詰めて、挙句の果てに、温度計が付いたアルミ製の、天ぷらの菜箸をガス台で、焼いて、正座をさせたみなみの、太ももに押し付けたというのだ。又ある時は、マンション前の植え込みに、何人も人が隠れてこの部屋を見張っていると、ケイサツにチンコロしたのだろうと、暴れたらしい。「浩平!あんた、何してんねん!このオンナにこんな傷をつけたら、商売にならへんがな!どないすんねん!」「ママ、ただのケンカです。」 「何がただのケンカや!誰のおかげで、お前毎日シャブ、喰えんねん!うちへのあてつけか!?もう我慢ならんわ!さっさと出て行け!何やったら、お前○道会の代紋背おうて、話つけるか!何が○道会や!半分カタリやないかぁ!」そうなんですよね。この男が本当のきちんとした極道なら、こんな大阪でシャブ漬けになんてなっては、いられる筈がないのです。極道社会も厳しいもので、事務所当番に、炊事当番、組長づきと、遊んでシャブでヨレている間などないはずです。23才の浩平には私の、ハッタリと、かましが効いたらしく、出て行く事は承諾したものの、今度は金がないので何処にもいけないと言い出しました。それに広島のマンションも引き払って住む所がないなどと、女々しい事を言い出しました。このヤクザに限った事ではないのですが、ヤクザ・・・って映画のようにカッコよくはないですよ。だからヤクザ=チンピラがやれるのですが。情けない男ですよね。自分の得になる事なら、プライドも何もあったもんじゃない。情けないのはこのオンナもなのですが。男にクイモノにされても、それが嬉しいなんて、余程子供の頃から愛情に飢えているのか、母性本能が強いのか、わかりませんが、こういう女に限ってなりふり構わず働いて、よく稼ぐのが本当のところなのです。風俗嬢には3通りの女達がいて、男に貢ぐ事は愚かな事だと、考えて一生懸命貯金と自分の身を飾るために働く女と、男に貢ぎ上げることが、生きがいの女と、何でも中途半端な女で恋しては、振られて、自分に貢ぎ、落ち込んで仕事も適当にとこんな形ですが、一番稼げないのは、自分にも人にも甘い女達です。何でも適当。仕事も稼ぐお金も中途半端なんです。別れる男に金をくれてやる理由もなく、広島までの新幹線代金にプラスアルファで20000円をやりました。約束の2日後にみなみを連れて、マンションに行くと何とまだいるのです。チエーンロックをして中へ入ろうにも、入れない状態です。ガン!ガン!ガン!!ピンポン!ピンポン・・・お手上げ状態。「浩平!さっさと出て行けぇー!このポン中!ケイサツ呼ぶぞ〜。」

2006年10月シャブ中ヤクザ

2件並びでいよいよ、営業開始です。インデアンマスターの方にはみなみと奈々に新しく奈々の友達の良子が加わり、呼子のオバチャンというよりは、やりてババアと言う方が似合ってる少し若手の、オバチャンが二人です。店は繁盛しているので、次から次へと面接の申し込みがある。オバチャンも選び放題だが、こういう噂に釣られて来る人は要注意です。紹介と言う形でインデアンの店へ入れる。インデアンの名義人料金はひと月30万円。万が一の時(逮捕)に名義人ではなく実質の経営者として通せたら、ボーナスとして300万円、弁護士代金や保釈金もこちら持ちの契約。女の子を入れたら売り上げから10%落としと、決して悪くはない条件だ。2件目をオープンと同時に店に住まわせていた、岡山軍団をバンスで西区・大国町・玉出に分けてにマンションを借りさす事にした。あまりひとかたまりにしすぎるのもよくない。仕事が終わってから、一人のマンションに集まって、いらぬ相談をしたり、遊び呆けたりと、決していい結果は出ない。わざと、バラバラに住居を構えさせた。ヤクザ青年は本当にがんばり屋さんで、一生懸命女の子を口説いては、大阪へ連れてくる。小遣い程度の礼金だが、2,30万のお金にも深く深く、青年らしく、素直に感謝をしてくれる。大阪の私の知る限りの、欲深いヤクザ者とは大違いで、礼儀正しい。ところがこのやくざ青年大変な事件に巻き込まれてしまう。組の兄貴分が、ヤキを入れた人間を、このヤクザ青年の自宅の押入れに放り込み逃走してしまったらしい。ヤキを入れられたのは、堅気の人間で自力で逃げ出し、その足で警察に、助けを求めたらしいが、ヤクザ青年、こんな事件が起きているとは露知らず、女の子を口説きまわっていたらしい。組事務所を通じて、このヤクザ青年に、警察から出頭命令があり、初めて自宅に戻ってみると、押入れは血まみれだったとの事。関係ないとは言え、たたけば埃の出る身だ、暫くは行方をくらましますと、丁寧に連絡を入れて来た。それっきりこのヤクザ青年とは会っていない。それと同じ頃、みなみに広島から友達と名乗る男が訪ねて来た。店がひけるまで、奥の部屋で待たしたが、この男、派手な柄のシャツを着て、田舎ヤクザ丸出し。体はガリガリで目だけが妙にギラギラとして、落ち着きがない。背の高い男だった。しかし私には妙に愛想がよかったが、それが私には引っかかった。案の定、この男この日を境に、みなみのマンションに居ついてしまうのだった。元々はこの男、みなみの父親の若い衆だったらしいが、今は広島の○道会に席を置いているらしい。この男が住みついてから、今度は父親が、岡山から逃げて来なくてはいけない事情ができてしまった。みなみも桃子に次いで、売り上げはものすごい勢いでした。最初の借り入れのバンスは終わっていたのですが、まだ少しマンションの権利金の借り入れが残っていました。父親に、別に部屋を用意する事はまだ出来ない状態でしたので、みなみ、広島ヤクザ、父親と奇妙な3人の生活が始まりました。が、しかし、父親とこのヤクザは元々上下関係にあったものですから、この生活を結構父親は気に入っていたようでした。ある時、私はみなみのマンションを尋ねると、この広島ヤクザは自分と父親で作ったという、手料理をみなみと3人で仲良く食べていたのです。こういう光景を見て、私は最初に心配したのは、取り越し苦労だったのかと安心していました。ところが、父親がいつまでも娘に、食べさせてもらっている訳にもいかないと、松原のラーメン屋へ住み込みの働き口を見つけ、みなみのマンションを出ました。何ヶ月か過ぎた頃、みなみの異変に気づきました。少し前から、店が終わる時間になると、この男はよくみなみに金をせびりに来るようになっていましたが、それは本人が承知の上で、この男といるのですから、黙っていましたが、一緒には帰らない日が度々、ありました。その日の売り上げを待ち、もらうと店を飛び出して行くのです。ひどい時は清算が終わる前に、その日の売り上げを前借しろと言う、始末です。私はひどくこの男を叱りつけ、店への出入りを禁止しました。完全にシャブ中でした。稼ぎはほとんど、巻き上げられていたのです。この地区は店が閉まって、午前1時ごろになると、シャブ売りが出没するのです。この広島ヤクザは来た日にはもう手に入れていたみたいです。だから頻繁に店に来ていたのです。この地区で女の子を一人で帰らす店は、ほとんどありません。引き抜きやこういう魔の手から、女の子を守る為でもあります。段々と、みなみの顔から笑顔が消えていきだしました。いつも緊張しているようでした。私に男の事を悟られないようにと、一生懸命なのが痛いほどわかります。私が気を紛らさせようと、冗談を言うと、辛そうに笑いました。客に愛想笑いをする時も悲しそうな笑顔になるのです。でもその笑顔がライトに照らされると、表を歩く客には、はにかんだ笑顔に映るらしく、桃子同様玄関に座る事がないという、売れっ子になっていました。このままでは、いけない事は重々わかっていましたし、事の重大さもわかっていました。男がシャブで捕まれば当然、店も終わりだ。暴力団であるよりも、何よりも、一番怖いのはこういう覚せい剤関連は、一番いけない。そういう人間が出入りしているという、噂だけでも致命傷になる。だけど見つけたからといって、ケイサツに店側が届ければ、こちらが店をみすみす、危険にさらす事になる。みなみの父親にも勿論相談したが、岡山から逃げ出して来た身なだけに、この男の口を恐れて話にならない。情けない父親である。こういう男は、必ず事件を起こす。それからでは男と手を切る事ができても、何もかもが終わりになってしまう。私はみなみの身を案じていたのではない。自分の店の事を案じていたのだ。女のかわりはあっても店の代わりはないのだ。風俗嬢がヤクザを好むのは、自然の法則のようなものなので、それで痛い思いは、これは仕方がない。この男を呼んだのも、当の本人なのだ。みなみはその日、順番待ちの席に、座っていた。いつもは出勤するとすぐに、予約の客に上がるのだが、この日は違った。この頃、襟ぐりの大きく開いた洋服はあまり着なくなっていた。玄関はおてるさんにまかせて、私は台所で、お茶を飲んで休憩していたが、その時、みなみの首の付け根に、私の目が止まった。うっすらと赤いアザのようなものが、見えている。(こんな所にこの子、アザがあったかな???)(イヤ!身体検査をした時に、アザひとつない美しい体だったはずだ!)迷わずみなみを奥の部屋に、呼び寄せた。この所、私をずっと避けているのは感じていた。何かを私が言い出すのを恐れているような雰囲気はしていたが・・・。「その、首のアザ、どうしたん?ケンカでもしたんか?」唇をきゅっと噛み、うつむいたまま、押し黙っている。「聞いてる事に答えなさい!」 「スミマセン。」この答えで全てが把握できる。「服を脱いでみ!」身動きひとつせず、じっと下をむいたままだったが、しばらく沈黙が続くと、観念したのか着ていた服を脱ぎ、裸になった。両太ももに、赤紫色の水ぶくれ・・・。片方は潰れて、皮膚がめくれている。「なんやぁ!これ!」背中には紫色の拳大のアザ!昨日や今日ついたのではないモノもある。同じヤクザでもまだあのヤクザ青年の方が、いい男だ。よりによって何故こんな暴力を振るったり、シャブをするような男がいいのか・・・。私に隠しているのは男をかばっての事か、店を首になるのがいやで、わが身が可愛いのか?(こんな商売をする女なんて、こんなものなのか・・・。いくら親身になっても心を許さないのか・・・。しかしこの女、男がシャブをするのは知っていたはずだ。店にとっては、こういう輩と関わりを持つ事ほど危険極まりないとは百も承知のはずだ。)心を許してはいけない相手かもしれない。わが身のみ、可愛いオンナなのかもしれない。親を見ていれば尚更そう予感させる何かが、この時にあった。

2006年10月悲しいネ

当然裸というのは、おかしくはないのですが、四つん這いにさせられて、クビにベルトを犬のように巻かれて、お尻パチパチ叩かれてる・・・。オッサン、「なんや〜〜!このオンナ〜〜!!」私は怒鳴っているオッサンに、もうダッシュで体当たり!「ナニさらしとんねん!このオッサン」私の体当たりで壁に頭をゴツン。「何さらすねん!ババア!」「何がやぁ〜!!アホかオッサン!」今度は思い切り肩を突き飛ばしてやった!反撃に出たオッサン、私につかみかかってきた。気づくとおてるさんが二人の間に割って入った。「旦那さん!やめて下さい。何かオナゴん子がしましたんか?」「じゃかましい〜!」おきぬさんの腕時計が壁に飛んで行った。気づいたら私はそのオッサンを足払いして倒していた。オッサンはコガネムシが仰向けになったように、足を宙に浮かせて、バタバタとして「お前らぁ〜文句あんのか!俺はカマキョウじゃぁ〜!!オマエラァーどこのもんじゃぁー」と叫び倒している。(カマキョウ???ヤクザかいなぁ〜)「オッサン!こんなとこで、代紋出すんかい!代紋出して、話すんのやったら、話早いわ!後ですんまへんは、聞かんで!腹くくってもの言えよ!」「おきぬさん!先ずは警察や!電話しい!」許可申請の時に警察は、何かヤクザが言うてきたり、脅されたりして、困ったらすぐ連絡しろと言っていた。(そやそや、許可もらって、商売してるんやから、困ったらケイサツに届けたらいいんや)「今、警察呼んだったから、待っとけ!オッサン!」「フン!何ぬかしとんじゃぁ〜ババア!バカタレが!俺はカマキョウじゃあ〜」ぶつぶつ文句を言いながら服を着てさっさと階段を下りて、店から出ようとしている。「コラ〜待てぇ〜、ケイサツが来るからな!」でもオッサン、110番通報されたとわかると、店のつっかけを履いてどこかへ行ってしまいました。「ドロボー!つっかけドロボー」私は大声で叫んでやりました。「おきぬさん!塩まいとき!」大門の入り口にあるポリボックスのおまわりさんが到着。向かいの店はガサ入れと勘違い。慌てて玄関の照明を落としている。(アホかいな!ガサは私服で来るやろ!)しかし、肝心のオッサンがいません。「おまわりさん・・・・。あぁ、やっと来てくれましたん。逃げられましたわ!怖かったですわ!急に暴れだして、この子の首を手で絞めて、止めに入ったこのおばちゃんを突き飛ばして、怪我させましてん・・・。傷害や!えらいヤクザの名前出して、暴れるからホンマに怖かったです。」「ヤクザって、名前出したんかいな?」 「ハイ!カマキョウって言いました。」「カマキョウ???」もう一人のポリさんが何やら耳打ちしている。(????)「経営者か、責任者はいますか?」「ハイ!私です。」真面目な顔で「ママさん、カマキョウって言うのは西成のあいりん地区(大阪市西成区の通称「釜ヶ崎」地区の別称)の日雇い労働者のうんぬん・かんぬん(省略)でヤクザとは違うねんけどな」 大爆笑もんです。「俺はカマキョウじゃぁ〜!!」なんて、おっちゃんが吠えるのでてっきり、組の名前と思い込んで、私もいきり立って、吠え返していたのです。私は長々とポリさんに説明しました。この春奈は子供を祖母に預けて、酒飲みで賭け事好きの主人の借金を返済するが為に、ここへ働きに来ていると。一日も早く子供の元へ帰らせてやりたいのにと・・・。いくらヤクザでなくてもどれ程怖がっているか、それにこんなに年寄りのおきぬさんにも手を出して、怪我までさせ、時計まで壊したと。女ばかりの店で男が暴れて、殴られたりでどんなに怯えたかと、女のかよわさをアピールして、訴え続けました。心の中は(あのオッサン!えらい目に合わしたらな気が収まらん)等と思いながら・・・。優しいポリさんで、私の話に同情してくれました。そこへ先ほどのオッサンが違うポリさんに、連れられて来たのです。オッサンは大門をウロウロしていたそうです。先ほどから優しく事情を聞いてくれた、中年のポリさんは、春奈に同情してくれたのか、この男から何と、現在所持している、5万円の持ち金全部を、治療費と時計の修理代金として取ってくれると言うのです。が、しかしこれは示談金として受け取るようにと、もし告訴するならばケンカ両成敗で店は売防に触れるかもと等と、濁しながら説明をしてくれました。勿論告訴をしても何も得にはならない事は百も承知だ。ポリさんは優しい判断で、この春奈を憐れに思ってくれたのだろう。私は即答で「ありがとうございます。春奈よかったねぇ、今日は仕事にならんし、あんたからもようよう、お礼を言いや」(やっぱり、女って得やわぁ)オッサン「ワシも慰謝料、請求する!」なんて余計な事を言ってます。こっぴどく私達の前でポリさんに、叱られていました。笑 ポリさんに事情を説明するのに、嘘は言いましたが、春奈の身の上話は本当の事です。何もかも収まった後、客が怒り出した原因を春奈に聞くと、ライトで照らされた春奈は、酔っ払いのオッサンには若く見えたらしいです。機嫌よく上がったのですが、いざとなり服をぬぎ裸になると、4人も子供を生んで、40近い春奈の裸を見て、不満というか、騙されたと言うか、急に怒りがこみ上げてきたのでしょう。(何となくオッサンの気持ちは理解はできます)「嘘をつくな!バカヤロー!このババア!」と言って馬乗りになって・・・そこへ私が飛び込んで行ったらしいです。春奈の今日のこの、5万円は、やはり5万円でしかないのが現実で、お札に特別な重みはありませんでした。(悲) 閉店後に春奈の一言「もう、限界なんかな・・・。」

2006年10月名義人インデアン

運良く元の経営者は、契約更新をしなかったのですが、予約を入れにいったものの、よくよく考えてみると、2件を私の名義で営業をするのは少しまずいと思いました。今の店がもし、何かでアウトになれば当然、今度借りる予定の店もアウトです。名義の貸し借りは、違反行為ですが、あえてその道を選びました。名義借りは売春防止法についてくるものなのですから・・・。私は知り合いの、スナックの経営者、といってもママのヒモ同然の男に目をつけました。インデアンという呼び名ですが、この男すごく愛想のいい腰の低い男で、ヒモ同然の生活を好きでやっていた訳ではありませんでした。一度饅頭屋に婿養子に入ったのですが、不器用な為、養子先の親戚と折り合いが悪く離婚して、今の生活を送っていたのですが、何とか自分も一人前の男として自力でお金は稼ぎたいと考えていたので、私の話は渡りに船という感じでした。万が一の時、あくまで名義貸しを逃れるための口実は、スナック経営でお金を貯めた事にできます。スナック経営くらいなら、申告もしていないでしょうし、タンス貯金も通ると考えました。勿論肝心の名義人としての条件、賞罰なしを満たしていました。名義借りでするなら、不動産屋へ出向く時から、実質の経営者は顔を出してはいけませんが、私は予約を取りに行っていますので、インデアンを連れて行き、こう言いました。「この人に予約の1番の権利を譲ります。」デートクラブ時代に事務所を転々と偽名で借りた時の知恵でした。そんな時に春奈に笑えないような事が起こってしまいました。おきぬさんが出番の日でした。一元の客で、少し酔ってはいましたが、春奈が承諾したのであげました。暫くすると、2階からドタン、バタン、ドーンとすごい音です。2階へ急いであがり襖越しに中の様子を聞きますが・・・。シクシク小さな泣き声・・・。何の躊躇もなく思い切り襖を開けました。アッ!エエッ!〜〜〜。

2006年10月岡山軍団誕生

このヤクザ青年、本当に正直な青年で、一生懸命岡山から女の子を運んで来てくれました。みなみの次に姫、奈々、京子、小百合、オヤジの女まで、合計6人。最後まで残ったのは最初のみなみと、姫、奈々の3人でしたが・・・。残った子はよく稼ぎ店には貢献してくれました。桃子はみなみに刺激を受け、お互い、いいライバルとなり店は益々大繁盛でした。呼子のオバチャンももう一人増えて、おてるさんの大親友のおきぬさんが入りました。私は岡山軍団と名付けてました。春奈はお姉さんと言うより、母親のようにこの若い岡山軍団の子達を可愛がってくれました。 4部屋の店に女の子が5人。どのように部屋割りをしたかと言うと、一番売れていない春奈と、姫は相部屋にしたのです。奈々はキュティーハニー系のエロ、可愛い感じで、みなみや桃子に並び、馴染みも多い子で、それに比べ、姫は少し劣る感じでしたが、店自体繁盛していましたので、他の子に上がれない客が、もう待ちきれないからとよく姫にあがり、それなりの売り上げを、姫も上げていました。そんな時でした、左隣の店に西成警察のガサ入れが、ありました。このガサ入れはテレビや新聞にも、大々的に報道されました。記憶では、隣の経営者は沖縄のヤクザで、沖縄でバクチゲームにはまった、客の女の子や、又は客の彼女をこちらに送り込んで、働かしていたと言う事でした。沖縄は娯楽が少なく、そういうものが流行っていたようです。その日はさすがに、ガサ入れをされているのが、お隣では営業もできないので休みました。飛田では近くの店が、ガサ入れがあると店は閉めてしまいます。これはその店に対してではなく、警察に対して取る行動なのです。犯罪を犯している人が、警察署や警察官を避けるのと同じ心理なのです。売春防止法の違反を毎日犯しているのですから・・・。私はこの隣の店が、ガサ入れをされている最中に、不動産屋に、賃貸契約の予約を入れに行きました。予約は一番で取れたので、捜査終了後、今までの店子が解約解除を行えば、私が借りれますが、そのまま名義を変えて営業する場合は予約は無効になってしまいます。

2006年10月ヤクザ青年とみなみ

年の瀬を迎える時、稼ぎ時ではありましたが、さりながいなくなっても、店は桃子の客でよその店の2、3人分の売り上げはありましたので、私はそれ程、気分的にも落ち込む事もなく、過ごしていた。組合の寄り合いで顔見知りになった、大門に古くから店を構えているオカアサンから、連絡があり店を閉めてから覗きに行くと、ソファーに女の子が一人座らされて、その周りを、オカアサン、オトウサン、呼子のおばちゃん、年増のおねえさんが、囲んでいる。時間は夜中の1時をまわっていました。岡山から、ヤクザものに連れてこられたのだが、信太山、松島と連れまわされて飛田に辿り着いたらしい。バンスが百五十万円・・・。これではどこも、雇い入れる店はない。「いくつ?」寒い最中にトレンチコートに赤いスカート、白いモヘヤのセーター、おそらく目一杯のお洒落をしてきたのだろう。「十九です。」目が私に助けを求めている。このオカアサンの店も雇わないのは、バンスだけが理由ではなかった。当時、十九才を雇い入れるのは、勇気が必要だった。府の条例では十八才はだめだが、二十歳は以上OKで十九才が時間の制約などで、詳しく記されていなかったのだ。飛田は大きな、前借金は出さない店が、殆どでした。どうしても、お金がいる子は、飛田には日銭貸しがいまして、経営者が保証人になって、最高50万くらいは借りるという方法を取っていた店が、多かったのです。大きなお金を貸し付けても、いなくなってしまえば、所在不明になり、取立てが難しいのです。うっかり取り立てをすれば、女の子は借金の形に売春をさせられていたと、ケイサツにでも走られたら店は、一巻の終わりです。「いつ?大阪に?」・・・「昨日の朝です。」・・・「昨夜はどこで眠ったん?」「・・・車です。」・・・「ゴハン食べたんか?」「ハイ。」(ヤクザもんか・・・。)勿論何か事情があるのはわかるが、悲壮感が漂っている。年増のお姉さんも心配そうに見ていたが、帰ってしまった。「オカアサン、ちょっとお部屋貸してもらえますか?」私は奥に部屋を借りて、その女の子に洋服を脱ぐように、命じた。この子も少し小柄でしたが、若さではちきれそうな体をしていた。顔は観月あ○さ、色白で申し分のない体だった。私が女の子を雇う前に、必ず裸にしますが、それは体に異常なあざや、傷がないか調べる為です。心配した、注射痕もない美しい体でした。ブラジャーとパンティー姿で 「お願いします!一生懸命働きます。お願いします!」と土下座をして頼み込む姿が、哀れで、思わず「わかったよ!疲れたやろ、暖かいもんでも後で、食べに行こう!」と言ってしまった。「オカアサン、おおきに!連れて帰ります。今日は遅いですし、又明日にでもご挨拶には、伺います。」そう言って大門の店を出た。連れて来た、岡山のヤクザ者には明日、お金を取りに来るように言って、帰らせた。着替えもろくすっぽ、持ってきていないし、お金も勿論ないこの子を今日は私のマンションで、泊まらせる事にした。帰りがけ、花園町の交差点近くにある、ラーメン屋に立ち寄った。体も温まり、話をゆっくり聞く。お金は親の為に何があっても、明日には用意しないと、駄目なのだと言う。その話が嘘であれ、本当であれ、私はどっちでもよかった。もう雇い入れると決めていたし、この子の必死さが私には伝わってきて、きっと使い物になると予感させたのです。疲れていたのか、ぐっすりとお昼前まで眠っていた。今日は仕事はさせるつもりはなかったが、理由は、身分証明となるようなものは、何ひとつ持たされていなかったしのと、洋服などをまずは、買い揃えなくてはいけない。飛田では、各店には従業員名簿の、備え付けの義務がある。未成年者の雇い入れを防ぐにも、相手の身元は確かめておく、必要は重要で、デートクラブのようには簡単には雇えない。この女の子の父親は元々、ヤクザであり一緒に来たヤクザは、子分というところらしい。父親は堅気になり、商売をしていたが、失敗をして岡山で半分、追い込みをかけられている状態らしいとの事。私にその話を女の子がした事がわかると、一緒に来たヤクザは安心したのか、昨日のヤクザぽい、態度とはうってかわり、普通の少年になっていた。「ママさん、どうかお願いします。どうしてもそのお金がなかったら、オヤジも岡山には、置れません。助けて下さい。そのかわりもしよかったら他にも、女の子を連れて来ます。借金はしなくてもいい、働くだけの可愛い子を見つけて、連れてきます。」そのヤクザ、岡山の○石組の人間だと名乗った。一か八かの、賭けでした。保険証と住民票を必ず、送ると言っているが、そんな事など、信じるバカがいるはずがなかったが、私は馬鹿になった。この二人を信じるというか、私の勘が大丈夫な方に傾いてくれたのだった。寝泊りは、暫くは様子を見る為に、私のマンションで、私と四六時中一緒でした。後は違反行為でしたが、店で生活させ、休みも生休(生理休暇)の3日間のみ。売り上げは生活費以外は返済に充てさせました。そうそう、名前はみなみとつけました。ヤクザと別れ際に私はこう言った。「大阪の飛田新地の人間を舐めたらアカンで!借用書の保証人の欄に、誰の名前も書いてない、意味をよう〜く考えてな。手間だけはかけささんといてな!」ヤクザ青年「この義理はようっと、帰ってオヤジに伝えます。又いい知らせをなるべく早く持って、大阪へ又来れるようにします。」

2006年10月いけませんね

当時、桃子が人気が出たのは、20歳の若さと美貌もあったかもしれないが、若い子は比較的少なく、大阪の都会で育った事もあり、垢抜けていて何よりもプロ意識に徹しているという点が、客に受けたのだと思う。何かにとり憑かれたように、働く子で、風俗嬢のお決まりの、ホスト遊び等は全くせず、男にお金を渡すのはもうコリゴリだと言い、貴金属にお金をかけていた。同棲していた黒服の男とも、知らないうちに別れて、身軽になったら、家賃50万円の玉出の高級マンションに引っ越した。玄関に座る暇がない程の、売れっ子という評判が評判を呼び、いくらでも売り上げが伸びていく。普通一日に、10人もお客さんを取るという事を考えられますか?彼女は入って半年で30人平均お客を取っていたのです。毎日20万円以上の日当を持って帰っていたのです。女の子が売り上げが上がると、呼子は総売り上げの1割りが入る、仕組みになっているのだから、82歳のおてるさん、さりなや春奈の分も含めて、その辺の風俗嬢顔負けの日当、5,6万円を持ち帰っていました。店も順調でした。その日はおてるさんはお休みでした。さりなの指名客が最終時間に入りました。2階のさりなの部屋の、襖の開く音がして、パタパタとスリッパの音で洗浄に行くのがわかりました。「オバチャン・・・。オバチャン・・・。」客の声だった。2階のさりなの部屋へ行くと、客は暗い顔をして「ちょっと座ってくれるか」それからゆっくりと布団をめくった。「ちょっとこれ見てくれるか。」めくった布団の下には一万円札が一枚あった!一瞬驚きはあったが、何があったのかすぐに悟った。カードローン地獄に落ちているさりなの事を、知っていれば察しはついた。(あの!馬鹿オンナ!)デリヘルや出会い系サイトで客のサイフからお金を抜き取る、なんて事はこの頃よくあるようですが、これはこういう店舗を構えてる店では、あってはいけない事なのです。洗面所で鼻歌をうたい化粧直しをしていた、さりなの髪の毛を、わしづかみにして、引きずるようにして、客の前へ差し出しました。知らないと言い張るさりなも、客が札につけた印を突きつけられると、出来心だと泣きじゃくりましたが、今回だけではない事を告げられると、逆キレしだしました。惚れて通っていたので、信じられなかったが、今回はっきりさせようと札に印をつけて、来店したとの事。売り上げ金から5万円を出し、許しを請うといらないと言う。それよりも、他の客に同じ事をしていたらどうなるのかと心配だと言う。心底惚れて心配なのか、それとも他になにか意味があるのか・・・?まださりなは逆キレして、客に文句をつけ出した。客は黙って聞いている。私にはわからない何かが二人には、ある雰囲気でした。私は思い切り、さりなの頭を蹴り上げた。つもりだったが、私の右足の親指はさりなの左目と鼻の間にめり込んでいた。さりなは「ギャー!!!」と言って悲鳴をあげてうずくまったが、細い首をつかみお腹に思い切り膝蹴りを入れていた。ボコボコにシバキあげて、服をひきちぎりパンティーとブラジャーだけに、身ぐるみを剥がした。「堪忍したってぇな!もうええねん!堪忍したって!」客は私の両腕をつかみ必死で止めているが、私は今度は客に向かって怒鳴りあげた。「ええか!こんなとこで、ややこしい話するんやったら、もうええねんは、ないねん。うちの店の子ゃ、煮て食おうが、焼いてくおうが、うちの勝手や!よお見ときや、中途半端な話はここでは済まんのや!店がかかってる話やからな!さりな!!!客がケイサツにタレこんだらどうすんねん!お前の為にウチは、店しめんのか!」客は慌てて、「僕は絶対にそんな事はしません。そやから許したって」「はぁ〜〜お客さん!それやったらこんな話、私を呼んでしたらアカンわ!」アレ!?どっちが悪いのと考えてしまう話ですね。客が反対に怒られだした???この客は違いましたが、私達の立場を熟知した上で、イチャモンをつけて、お金をたかったり、脅したりする、程度の悪い客は、風俗なら、必ず一人や二人いるものなのです。後腐れのないように、話をまとめるには、客に言い訳や、文句を言うたら、あきません。相手の誘い水に乗ってはいけないのです。客の話を100%飲んだ振りをして、的となった女の子を叱るしか、許してはくれないのです。こうして店へのイチャモンではなかったと判った時には、特におとなしい客は反対に怒っておくのが、一番効果があり、又、こういうのがきっかけで、大きな顔をして、店に無理や、わがままを言い出す客もいます。馴れ馴れしくさせないひとつの方法なのです。外は雨が降り出していましたが、裸のまま荷物と一緒に、表にさりなを放り出しました。2週間後、この客は一人で私に逢いにきて、一緒になり、男の田舎へ行くと報告をして帰りました。その後はさりなの姿は一度も見た事もなく、噂も聞きません。この話を聞いたおてるさん「ママさん。たぬきにならなあきまへんで!」と一言。今でもこの言葉は50の声を聞くこの年になっても、何故か鮮明に覚えていますが、たぬきにはなれないまま、今日まで来ている気がします。三つ子の魂百まででしょうか。

2006年10月オバチャンありがとう

春奈のお話はさておき、桃子は4日も過ぎると20本は(手取り一日に10万以上)上がる売れっ子になりました。高い値段がついて、売れっ子の噂で客だけではなく、他の店の呼子のおばちゃんや、経営者までが店の前を通るふりをして、見物にくるのですが、玄関にじっと座っている時間がないので、何度も行き来します。この噂はいい評判を呼んだと同時に、まわりの店からは、反感を買う事になってしまいました。私は気にしませんでした。この商売、太く短くと心に決めていました。右に習えで、飛田の風習を守っていたのでは、儲けも薄くリスクが大きすぎると考えていました。桃子はさすがに5日目には痛くて仕事ができないと、言い出しました。それまでは薬局で買ったキ○ロカイン(ゼリー状の局部麻酔剤)を陰部に塗って頑張っていたのですが、座る事もできない位痛いと言い出しました。何かボコッとしたものが出来ているとも言いました。私は部屋に連れてあがり、桃子の大事な所を照明を当て見てみると、肉が腫れ上がり、大事なところが、唇をひっくり返したような形になり、むき出しになっていました。ところどころ、裂けて血が滲んでいます。コンドームの摩擦等でこんなひどい事になったのでしょう。暫くは休むように言うと素直に応じましたが、何と!!!次に出て来た時に彼女は大事な所を病院で切って大きくして、出勤してきました。彼女=桃子が言うには、あのような痛い思いはしたくないので、病院で相談すると方法はそれしかないと言う事だったらしく、迷う事なく切ったそうです。あのような部分はお産の時以外は、切る人間はいないでしょう。感心する他ありません。それからは、ものすごい勢いで売り上げを伸ばしていきました。出勤する日は朝から予約の電話が鳴りっぱなしです。いつ来ても桃子に上がれないお客に私は整理券を出し、お待ちの部屋にはいつも桃子待ちの客で一杯でした。中には何もせずに売れっ子の桃子を気遣い、出前を取って休憩させる客もいました。若くてもピンサロで鍛えたせいか客あしらいは抜群でした。ある日客がついて、暫くすると「ママ!ちょっと・・・」と言って泣きそうな顔で降りてきました。一緒に上がってみると、布団の上にシュンとして客が正座をしています。「どうしました???」「ママ、この人毛ジラミ持っています。でももう随分と時間は経って尺○もしてるから降ろすのはもったいないし・・・。」桃子が泣きそうだったのは、毛ジラミの客についた事ではなく、時間が経っているので、降ろしては返金しないといけないのが、心配だったらしい。稼ぐ子は考える事も違います。いやがる事も他の子とは違います。私は慌てて下の帳場へ行き、ある物を持ってきました。「すぐに直して、できるようにしてあげるけど、追加取ってもいいかな」お兄ちゃんこのまませずには帰りたくないらしくコクン、とうなずき15000円を洋服のポケットから出して、私に握らせました。「お兄ちゃん、ちょっとゴメンネ」と言って客の大事な物をティッシュでくるくると巻いて握り、そのまわりに生えている毛の、部分に帳場から持ってきた、あるものをシューっとふりまきました。客の顔が何すんねんという風に私を見つめます。ニッコリ笑って「5分たったら、洗面所で洗い流して」キン○○○○をふりかけたのです。そう蚊の殺虫剤です。他のメーカーを試した事もありましたが、何故か毛ジラミにはあのメーカーしか効かないのです。帰り際にはそのお兄ちゃん「オバチャン、ありがとう!一発で直ったわ!」とお礼まで言ってくれましたが、やはり毛ジラミには水銀軟膏がいいと思いますよ。

2006年10月松さんじいさん

慌てて2階へ駆け上がった。ナント松じいさん、丸めた背中とお尻を部屋の入り口にむけ、真っ裸で手も足も小さくかがめ、横たわっていた。金玉がダラリとなって揃えた足の間から、顔を覗かせ、ずず黒い使い古した肛門もこちらを向いている。「松さん、どうしたん???」ぴくりとも動かない。部屋はがんがんにストーブを焚いて暑い。寒いところから急に暑い部屋に入って・・・。テーブルの上にワンカップ。持ち込みの酒を飲んだようだ。「おてるさん!どうしょう!」腰が抜けそう。「ママさん店で客を死なせたら、ケイサツがきまっしゃろ、店閉めなあかんようになりますわ!」(そんな事、困るわ!何があってもそれだけは、カンベンしてよ〜)「春奈服着て!ストーブ消して、窓を開けて部屋を涼して、ふう(コンドーム)は隠して!」そんな事をしても無駄な事はわかっていたが・・・。「松さん!松さん!」何度も呼ぶが答えない。「おてるさん玄関閉めて!玄関の電気も消してや!」春奈に松さんじいさんの耳元で名前を呼ばした。「救急車呼ぼか!」「ママさん!、それはあきまへん!」(何でや死体どうすんの〜〜〜。) 「ママ〜〜。松さん、冷たい〜〜。」 (ふ・ふぇ〜どうすんの〜)「パンツ履かせて、服着せて、とに角店の外へ出しまひょ、店で死なれたらおしまいですわ・・・春奈ちゃんてっとうて!」 (おしまいって、死んでるのと違うの〜。このおてるさん恐いなぁ〜)おてるさんは昔に働いていた、店でやはり冬に人が死んだのに出くわした事があったらしく、その時、やはり店は、閉めざるを得なかったらしい。寒い外から暖かい部屋に入り、激しい運動をすると、飛田では何軒かこういう事件は起こっているらしいが、皆慌てて服を着せて外へ出すらしい、そして人が倒れていると救急車を呼ぶのだそうだ。嘘のような話だが、真実なのです。店で死者が出るとバツで店は否応なしに閉店に追い込まれるのです。ヤヤコシイ事や事件はダメなのです。「こんなに金玉ゆるんでる、死んでんのか?酔うて眠りこけてんのと違うか?」  (おてるさん、死んだ人の金玉見た事あるんやろか?)でも、やはりおかしい、こんなに起きない事ってあるか?松さんじいさんの体が冷たかったのは窓を開けて冷たい風に当てたので、体の表面が冷たくなっていたのでしたが、3人がかりで服を着せていると、ちょっと薄目をあけた松さんじいさん。   「何すんねん〜ババァ」 その後もこの春奈に時々上がりに来ていましたが、持込の酒も、酒を飲んでの来店も禁止でした。 この春奈の話はもうひとつ笑えない話があります。

2006年10月桃子の初出・死人が出る???

桃子の初日には私が玄関に座った。今までのように、座布団に座らせるのではなく。小さなスツールを用意した。桃子に和風は似合ないと思ったのだった。胸の大きく開いた真っ黒の、ビロードのワンピースは桃子の色白を一層、強調していた。座り方や、客が上がる時のタイミングなどを教えていると、スウェットに草履という格好の男がポケットに両手を突っ込み立っていた。 「もう、いけんの?」少し照れくさそうに聞いてきた。まだ5分も経っていなかった。「ああ!おおきに、そやけどお兄ちゃん、この子高いでぇ、かまへんか?」今日からこの飛田の相場を覆すのだ、私は胸を張って高値だと客に告げた。 「なんぼ?」 「15分イチゴだけど、今日は初店やし、お客さん沢山は無理や!30000出してくれる人からにしよと思てますねん。正真正銘のシロウトですわ。」スウェット姿の男は草履を脱ぎ、たたきにあがった。私は慌ててスリッパを出すと、履きながらポケットからお札を3枚取り出し私に手渡すと 「オレンジジュース」と言って2階に勝手に上がって行った。慌てて桃子を2階へ上がるように促す。私の読み通りだと、踊り出したくなるほど喜んだ。さりなはまだ来ていなかったが、春奈はポカンと口をあけて驚いていた。 「アホ、みたいな顔しとらんと、春奈も頑張って上がってや、座布団暖めてるだけやったらアカンで!」 何ともはっきりした性格ですよね。自分でもイヤになります。桃子が出た日からおてるさんの10000エン、足し算の帳面は役にたたなくなってしまいました。慣れていない割りには、段取りよく客を降ろしては上がる。10時前には11人の客についていました。今日はこれで終わるように言うと、まだ頑張りたいと言う。玄関前は人、ヒト、ひとで賑わっていて、桃子が座ると、物見のように男達が集まって来ました。これ以上客を取ると明日が使いものにならない事は予想できる。座るまでもなく、客がつく。私は「今日はこの子は終わりです。明日は夕方から来ますから、よろしゅうに!」と言って代わりに春奈を出すと、サァーとクモの子を散らすように、何処かへ行ってしまいました。春奈は年は、いってましたが、おじいさんには人気がある子で馴染みが、チラホラですが来ていました。ある時、春奈の馴染みの客で、松ちゃんじいさんが訪ねてきました。手には寿司折をぶらさげて、近くの祇園寿司で一杯ひっかけて来たとの事でした。春奈に手を取られて上がりますが、階段を上がるのに時間がかかります。「オバハン、酒くれぃ」「あきまへん!春奈ちゃんに叱られます。あついお茶にしておいてくだはぃ」「春奈と一緒に寿司つまむわ!オバハンもつまめや・・・わ・は・は・は!」  「へぇ〜おおきに、あつ〜い、お茶持ってあがります。エヘヘ・・・。」こういう春奈の客は今まで通り、30分10000ですが、このおじいさんは必ず追加を30分してくれる、春奈には、いい馴染みさんでしたので私は時間は急かさずにいつもゆっくりとおきました。春奈が今日は追加のお金を持って、降りてくるのがおそいなぁーと思っていると、階段を半分裸でかけ下りてきました。「大変や!!!死んでる!!!」 エエッ〜〜〜!!!。「何がや、何が死んでんの?ネコかいな!」どこからネコが死ぬなんて発想が・・・それほどパニクっていたんです。

2006年10月23日ヤクザものとは

デートクラブはヤクザとは縁が切っても切れないものだが、これからはそうゆう輩とは付き合わなくても済むのだと、そしてそういうヤクザものが何かものを言ってきてもきっぱり断ればいいと思っていた。ヤクザは自分の気分で物事を決め、自分の得になるようにしか考える物差しは持っていない。隙を見せれば骨の髄までしゃぶられる。それとの戦いにも疲れたところでデートクラブを止める事にして、清清していたのに、馬鹿なスカウトの電話をかけてしまったと、後悔したが遅かったようだ。「ママ、ところで女の子は足りてるのか・・・?ええ子がおるんやけどな、どうやろ!?今日はその電話やったんやけどなぁ。デートで働いていた子とは違うで!正真正銘の素人さんやで」(えっ!!!素人!!!ええ話やなぁ・・・。ほんまかいな)清清したと思ってたんとちがうの!????。でも背に腹はかえられない状態なもので、ついつい口がすべってしまった。「素人さん・・・ありがたいです。どこの子ですか?」「静岡の子でやな、えらいべっぴんさんや」「大阪にいますの?今から会いたいですわ!」調子のいい事を言って、頼まれただけでまだ顔を見た事もないらしい。乗せられて、今から会いたいなんて言ってしまう私も私だ。可笑しさがこみ上げてきて、つい笑ってしまった。「何やママ、えらい上機嫌やな!」(そう・・・くるか!わ・は・は!)「いえいえ、頭は本当にエエ人ですわ!私の事を気にかけてもろて、おおきに。」「そうやで、長い付き合いやし、成功してほしい思てるで!」(何やねんなぁ、紹介料かいな・・・。ええ子やったら、一月後に20万〜30万やな!)  「バンスが百万ほどいるねんけど、いけるやろ」  (バンスなぁ〜う〜ん・・・。いけるやろって勝手に決めんなよなぁ〜。)「保証人は?」「ああ、保証人はわしでも、ええし、あいつでもなりよると思うで」(あいつって一体誰や!それよりも、わ・し・が・保証人になるのが、一番さむいわ!)「とりあえず、会わせてくれますか!?見てからの話ですわ」こちらが焦ってヤクザの罠にはまるのだけは避けなくてはいけない。一旦お金を渡したら最後、連絡はおそらく取れなくなってしまうだろう。返済を迫ろうものなら、反対に脅しをかけてくるのは目に見えている。ここは慎重に、焦らずに交渉する事が大事だが、本当に素人の子なんているのだろうか???。カラの話でも平気で仕立ててしまうような連中だ。4、5日たつと連絡が入った。明日連れて行くのでバンスを用意しておいてほしいとの事。まだ肝心の女の子も見ずに、バンスを用意しておけとは・・・。何が何でもお金を持って帰ろうという、魂胆だ。「借用書を持ってきてくれますか」 「どこにあんねん」 (知らんはずないやろなぁ・・・。この話は無い話やなぁー。)「何処にって、文房具屋行ったら200円くらいで買えますわ」 「ママ!わしに借用書こうて来い!って、言うとんのかいな。えらなったんやな!」 「えらなったも何も当たり前の事、言うてるつもりですわ!」(ケンカせなしょうないな・・・。)「おんどれ!人がおとなしい、もの言うとったら、何が借用書、買うてこいじゃ、ワレ!ボケか!!」「金を借りる者が借用書、下げてくるのは当たり前ですやん。女も見せんと金用意しとけって、そんなおかしな話ありますか!?保証人になるあ・い・つ・って一体どこのあ・い・つ・ですの?何処の誰か知らんあ・い・つに、紙に字書いてもろて、何しますねんな・・・。そんな無茶言うたらあきませんわ!」 「そやからわしが保証人になるいうてるやろ」「・・・・。」(そやからって、何やねんなぁー。どない言うたらあきらめてくれるんやろ・・・。)「ママ!ママ!行くから頼むで、悪い話やないやろ!」「・・・。」「頭、ここは西成ですわ!面倒みてもらうところも替えなあきません。ここで商売するのに八方美人やったら、今度面倒みてもらうところに恥をかかす事になります。どうしてもって言うのなら代理の世話人さんに会ってもらえますか?組事の話になりますけどよろしいか?」まったくの嘘八百でした。

2006年10月22日お金なんか貸してません

そんな頃、デートクラブ時代に顔見知りだった上六で事務所を構える荒○組の頭から連絡が入った。「冴子ママ、えらい出世やなぁ・・・。感心してんねん。なあぁ〜んも言わんとからに、暫く連絡くれへん思てたら、こんなめでたい事かいな・・・。まあとにかくおめでとうさん!」(この電話こそ、削除してくれ〜やで!ケイサツはヤクザとは絶対に手ぇつないだらアカンって言うてたな!・・・・。ケイサツにバレたらどうすんの!?)しかし私の口をついて出てきた言葉は「あっ、頭!ご無沙汰しています。落ち着いたら報告に上がらせて、もらおうと、思てましてん。誰に聞いてもらいました?」さりげなく聞いた。しゃべったのは誰かは見当はついていた。(渚に決まってるな! あのしゃべり文句言うたらなアカンな!誰にも内緒やで、と前置きしてたはずやのに・・・。それよりも、せっかく降りた許可がデートクラブなんかしてたんバレたら、アカンのとちがうんかいな!!!!)「まあ、まあ、ママ、デートから箱(店舗)を持つなんて、えらい出世やで、梅田の浅○組のあいつ相手にケンカしてけじめ取るだけあって、根性も腹も据わってるな・・・。」(えらい古い話を持ち出して何が言いたいのやろ?ヤクザが人を誉める時は気をつけなアカン・・・。お金を無心する時か、人を脅す時の前奏曲みたいなもんやからな!持ち上げるだけ持ち上げて、落として、ショックを受けたらそこに付け込んで、とことん、ヤカラを言うか、褒め称えておいて、いう事を否応なしにきかすかしかあらへんからな。)頭は高速回転をしていた。「いえ・・・頭、あの時は本当にお世話になりました。あの事件があったお陰で、まわりから一目置かれて、力もつけて、経営者としてもハクがつき、ええ目もできました。今があるのも頭のお陰や思てます。」心にもないお世辞を言った。(礼を言うてもらうのはこっちやで、いつも人前では立ててるけど、結局は私達のような者から、小遣い銭もらって、ええように使われているのに、それを頼りにしてもらっていると、勘違いしている。)「そやそや、渚の事は堪忍したってな・・・。口が過ぎた言うて、反省しとったわ!そっとしといたり・・・。」(やっぱり!渚か・・・。あの女、ほんまにできが悪い女やな・・・。)「頭、わかりました。それでしたら放っておきますから、あの子に貸したお金は頭が責任持って集金してくれますか?」わざとに一呼吸おいた。電話の向こうでヤクザの顔色が変わるのがこちら側に伝わってきた。山返してるのか!って感じ!(あわてんと話は最後まで聞いてや。)「借証書も何も取ってませんねん。ほんまの信用貸しですわ!本人は今となっては知らんって言うと思いますが、回収は頭に任せます。それは頭の小遣いにして下さい。私がもらっていたら飛田新地での商売に差し支えますさかいに。」急に声色が変わって、あんたの味方やでぇ〜って感じで「ママ!ほんまに貸したんかいな、何の金や・・・。」(金に不自由しているヤクザって何でこんな単純なんかな〜?)「よろしいやん。そやけどマンションの件って言うたらわかると思います。私は今日、頭に立て替えて払ってもらった事にしておきます。」これであの渚は当分の間はこのヤクザにクイモノにされるな・・・。一度には返せないので、金利や何やかやと・・・、一生払い続けとけ!!こんな世界は女の子に舐められたら終わりです。商売しても客も経営者も女の子に振り回されて収拾がつかなくなってしまうのです。お金なんて貸してません。マンションの件は住む所がなかったので、事務所に寝泊りさせていただけです。が、私がデートクラブを止めても渚はその事務所に寝泊りしていたのですから、渚の借りているマンションなのであってそれは保証金は払うのは当たり前の事とあのヤクザはさも当然のように渚に諭し、お金は私に立て替え払いをしたのでと、金利も含めて回収するのは、火を見るよりも明らかである。

2006年10月21日無残なスカウト電話

この呼子のおてるさん、デンワバンゴウ・ウエスギ テルと書いた紙と一緒に、帳面をいつも持って来ていました。女の子の上がり(客を取る事)の早見計算表なるもので、1本(一人客を取ると1本と数えます)から5本刻みに合計金額とオンナノコワタシ、(女の子渡し)オヤカタワタシ(経営者渡し)と書いてあるものです。数字とカタカナはわかるようでしたが、読み書きが出来ない者の知恵に関心しました。よくできた帳面で私が初めて見てもすぐに理解できるシンプルなわかりやす帳面でした。飛田新地は不思議な場所で、10代の頃、飛田にきて、外の世界は全く知らないまま、女の子から呼子にと、年と共に華やかさからは遠ざかっていくが、最後までこの飛田新地から離れずに死んで行く人も少なくはないようだった。昔の事だから、皆それぞれに事情があり、口には出さないが、売られてきたり、事情で働きにきたりで、読み書きもできず頼る者もなく、この閉鎖された場所から出て行く知恵さえなかったのではないだろうか・・・。飛田新地は昔は高い塀で囲まれて、夜は門が(飛田新地本通りの交番のあたりにあったそうです。)閉められ、外に出る事はできず、足抜け等で女の子が逃げ出すと、交番のおまわりさんも一緒に探した時代もあったらしい。その後も何人か同じような、読み書きが出来ない人に私は出逢いいましたが、計算間違いはなく、一円足りとも不足金や不明金はなく、いつもきちんと輪ゴムで止めて帳場に置かれていました。家賃を日割り計算すると、1日に約15000円。許可が下りたらすぐにと考えていましたが、思いつきでやったようなもの、準備不足は当然の事だが、普通の風俗業とは異なり、飛田新地では、募集広告は、ご法度だとは誰も教えてはくれませんでした。但し店の勝手口あたりにホステス募集の張り紙はいいのだが、飛田新地を歩く職探しの女の子なんていません。全くの無駄な気がしましたが、これも後でわかった事だが、この張り紙が結構重要な役目も果たすのです。ホステスの募集は甘く考えて、デートクラブの風俗嬢を少し当てにしていましたが、この当て外れには参ったと言うか、はらわたが煮えくり返る思いでした。デートクラブ時代に、私が不在の時には代理として任していた、源氏名、渚、結構付き合いも長くママ、ママと愛想のよかった子の飛田新地へのスカウトの返事が「風呂もシャワーもないような、汚い暗い和室やろ、なんでそんなとこで、仕事せなあかんねんなあ〜。そんな落ちぶれてないで」(お前、誰にもの言うてんねん・・・飛田新地の店を見たんかい・・・このクソ女・・・)先の言葉は聞こえなかったふりをして優しく言った。「そんないつ捕まるかわからへん所で仕事するよりは、飛田の方が安心できるのと違う?」電話の奥でフフンっと鼻で笑ったのが聞こえた。(この女ホンマにシバいたる・・・)渚は私の考えを見透かしたようにこう返してきた。「それよりもママ、デートの時みたいな訳にはいかないでしょう?事件も起こしたらアカンのでしょ?気を付けてね、チンコロされたりしたら大変だよ。」(ホストにボケて家賃払えずマンションをロックされて一銭もなしで乞食みたいなお前を助けたんは、誰や思ってんねん・・・。うちに言う言葉か・・・。)電話を持つ手が、震えるくらい腹がたったが「ありがとう、渚ちゃん、やっぱりあんたは私の事大事に思てくれてんねんなあ・・・。嬉しいけどな、頭にきたりしたら、店賭けてでも相手をかます気性はそんな簡単には直らんのとちがう?あんたが一番知ってくれてるやんかぁ〜。」静かに言ったつもりだったが最後の方は声が大きくなっていた。「なぎさぁー!!!お前!誰に、もの、言うてるねん!!今から行ってお前の、目の前に立ったろか!!お前が今籍置いてる店はうちの子店(オープンまでの世話をして力を貸した店の事)や言うのを知って言うてんのか!?おもろい事を言うなあー。誰がチンコロすんねん、お前か!何でチンコロされんねん!? はぁ〜!?お前をどついてか!?一回やってみるか?調子こくなよ、お前難波で働かれへんのに北でも働かれへんようになりたいんか!?後は神戸くらいしかないな、遠い神戸へ行くか!」訳が判らない状態になっていた。「ス・・ミマセン・・・。」ブチッと一方的に電話が切れた。すぐかけ直すが出ない。何回もかけ続けたら、しまいに電源を切られたみたいだった。この女何年後かに中津のホテルの前で見つけてホンマにシバいて逃げたりましたが、訴えられませんでした。笑

2006年10月20日おてるさん

開店の運びとなりました。表の張り紙で面接に来た呼子のおばちゃんは、小柄なおばあちゃん。着物姿に下駄履きで少し腰も曲がっていて前かがむで、ひょこひょこといった感じで歩く人でした。お茶を出そうとすると、自分のお台所のように手早くお茶を湯のみに二つ用意してくれました。若い頃の話はあまりしませんでしたが、飛田新地は長く勤めているらしい。主人は大工だと言っていた。飛田新地の経営者としては、30代の私は若いらしく、おかあさんと呼ばずにママさんと呼んでいました。今はもう亡くなりましたが、仮名でおてるさんとしておきましょう。82歳だったと思います。面接の最後におてるさんは「よろしゅうに、お願い致します。ママさんおなごの子が見つかるまでは、あせらんと、いい子見つけまひょ。あせってややこしい、おなごの子を雇い入れたりしたら、大事な大事な店、すぐに閉めなあかんようになりますさかいな・・・。気ぃつけて探しておくれやす。わてはもう年だっさかい、このお店を最後のおつとめの店にしよ思てます。精進して勤めまっさかいによろしゅうに。」丸い背中をもっと丸めて両手をついて畳におでこをくっつけるくらいに下げての挨拶だった。風俗営業でこのような挨拶は初めてだったのもあり面食らったが、慌ててこちらも挨拶を返した。でも・・・〔大丈夫かいなあ〜このおばあちゃん・・・。えらい年がいってるし、それにしても学校行ってへんから、字書かれへんて、ホンマかいな?書かれへんゆう事は読まれへんって事かいな!?伝票どうすんの?デンワバンゴウと書いた紙は持ってきてくれたけど・・・〕

2006年10月19日西成警察攻略大作戦省略編

お金の調達はできましたが、ここではその方法は誰もきっと興味がないでしょうから、省略します。この最初の店舗を借りたのを皮切りに飛田新地で、10年間に13億6000万円(純利益)を儲けてその金額を何故そのまま手中に収める事ができたのかお話していきますが、そんなお話よりも飛田新地では本当に笑いが止まらないようなお話が沢山ありましたのでそちらを優先してお話したいと考えています。でも軽くふれておきましょう。先に述べた結構な金額を手にできたのは儲けないと勿論ダメですが、ヒントは10年目を過ぎて自分では西成警察攻略大作戦なんて言っていましたが、ガサ入れ(以下ガサ)用に大門通りに面した場所に、店舗を一軒借りました。この店は飛田新地でも有名な店で必ず開店して1年たつとガサがあるといわくつきの店舗です。場所は一等地ですが警察が内定を入れるのにもこれ程都合のいい場所はないのです。客の出入りは勿論、ホステス、経営者・・・とそこに出入りする者の全てがよく見えて、ようするに、警察にとっては楽に張り込みもできるので、客からの聞き込みもしやすいという具合の店舗なんです。ガサ用に店舗を借りたのも飛田新地始まって以来らしく調べに当たった担当の刑事は私に「何でや、張り込んでる刑事がわかってて何で店を平気で開けとったんや。大概は刑事に気づいたら閉めよるのに、最後に聞かせてくれや・・・」私は即行、こう答えました。「呼子のおばちゃんや、女の子の家庭の事情や生活を考えたら、捕まる以外には店をハイ、閉めますとは言えませんでした。」と軽くかわしましたがそんなのは全くの嘘ではありませんが、得意の四分六。正直四分、嘘六分。(あほか・・・!○藤、刑事のくせにしょうもない事きくな!パクられな、いつまでたっても追いかけるやろ!まだ調書にサインしてへんやんか、お前らとはうっかり口をきいたらここまでの嘘が全部水の泡や・・・うちは、パクられた時には、挨拶と聞かれた事意外に、簡単明瞭にしか言わんほうがええと何回も、パクられてるりっぱなヤクザに教えてもらってきたんじゃ〜)私のあまりのしぶとさに、○藤刑事は「飛田新地始まって以来の拘留期間にしたる!他の店の経営者への見せしめや!」と宣言したくらい怒り心頭でした。頑張った甲斐があり警察があきれたのか、結局この店舗のみ、実質の経営者としてサインをして終わったのでしたが、一軒の経営者として見られるか十軒の経営者として見られるかでは後々に挨拶に来てくれる税務署への追徴金の額は異なってくるのです。税務署にはきちんと自分で納得のいく金額を納めさせてもらいましたが、これも私が決めた金額でした。はい!。税務署は手ぶらでは帰ってはくれないものなのですから・・・。飛田新地 実録は長いので軽くふれてみました。本題に戻りましょう

2006年10月18日足らない保証金

行った事がある人はおわかりだと思うが、玄関横には勝手口があり、そこは営業体制に入ると、従業員の出入り口になり、出前持ち、日掛け屋、洋服屋、薬局屋、etcの通用口になる。客が使う玄関にはのれんがかけられるであろう、それをくぐると土間になっていて大抵は階段が右についている。その階段を2階に上がると、窓ひとつないうなぎの寝床の様な、細長い赤いカーペットの廊下。その店舗は4畳半が4部屋あった。一番奥に薄い水色に小花の柄が入ったタイルの洗面所があったが異様に横長で水道の蛇口が3つもついていた。洗面所にも男性用のトイレにも小窓がついていた。その横の扉の奥には和式の便器があり、ここには小窓の他に、水道の蛇口が便器の前の低い場所からポツンと付けてあった。この蛇口がのちのち大切な物であり、大活躍をする蛇口になるとは、予想もできなかった。下の階は勝手口からもやはりまっすぐに細長い廊下が続くが、2階へあがる階段の下が物置にでもするような小さなスペースで後にここは帳場となる場所で、次に台所、4畳半の和室、奥は押し入れ付き8畳、2階洗面所とトイレのスペースに風呂とトイレと言った具合だった。店舗は新築で間取りも雰囲気も文句のつける所がなかった。しかし不動産屋に保証金や許可が降りるまでの説明をよくよく聞くと、トホホ・・・・。手持ちのお金では足りない。でも又やってしまった・・・。手付金なるものを支払ってしまったのだ。他の事ならいざ知らず、資金不足をどうやって帳尻を合わせようというのか。契約をこちらの都合で破棄してもこの支払った4百万円は戻らない。何でも四分六が好きな私は手持ちの40%を支払ってしまった。不動産屋の言葉にあせったのだった。予約待ちは沢山いるからとか、新築物件は飛田新地では今はめずらしいだの、場所が他にはないいい場所だの・・・・。乗ってしまった。これから数日の内に保証金1200万円の内、残額800万円+家賃3ヶ月分+仲介料47万円、足らずの388万円を一体どうする!?飛田新地なんて今迄足を踏み入れた事もなければ、あまり話しも聞いた事がなく、知識と言えばY氏とそのおかんの「許可取ってな、すんねん。女の子は集めてな、座布団を女の子の下に敷いてな、コタツですんねん。儲かるで、あんたがして女の子余ったら貸してや、礼はちゃんとするから」(コタツって夏やったらどうすんの・・・?座布団って男の人、畳で膝すって痛いのとちがうん・・・?)そんな事言っている場合ではなかった・・・。おかんが不動産屋と一緒になって、ここに決めろとすすめたのは、口利き料を逃すまいと一生懸命だったに違いないが、それにただ単に乗ったのでもなく、勘だけでもなく、お金への執着心が手付け金を支払わせてしまったのか今となっては忘れてしまったが、「儲かるで」と言った、68歳というしわくちゃおかんの、指にはめられた、ダイヤの指輪が異様な光を放っているように見えたのは、はっきりと記憶に残っている。

2006年10月17日勘で決めた物件

待ち合わせた場所は飛田新地大門通りの奥、通称青春通りの角、道端での待ち合わせ。「お母さん、おはようございます。」Y氏の母親であるおかみさんは愛想よく「おはようさん。この前はおおきに・・・」(そりゃあそうだろう。私から親子でこうやって口を利くだけで大金を支払わせたのだから愛想もいいわよな・・・。)私は慌てて「いえ、こちらこそお忙しいのに、よろしくお願いします。」待ち合わせの場所に辿り着くまでは目にはいらなかったが、落ち着いて見てみると普通の戸建の古家って感じで、映画で見た吉原炎上の町並みを想像していただけに、ほど遠いイメージで遊郭の雰囲気はどこにもなく少しここで拍子抜け・・・。ピンとこない感じでぼーっと立っていると不動産やは何かを察したらしく、「もうひとつ奥になりますけど、新築がありますが見はりますか?」「はい。お願いできますか?」最初の空家は結局何故か中を見ずに玄関先を覗いただけで終わった。私の中の勘が働かなかったからだった。この頃は気づいていなかったが、勘だけで物事を全て決定していた。頭で深くじっくりと考える事は一切しなかった。今でもそうなのだが・・・。案内されなくてもその筋に入るとどの店か私にはすぐにわかった。ガラスの2枚引き戸に格子はアルミで渋い茶色なのだが、朝陽に反射してこがね色に光って見えた。(店が私を呼んでる・・・。)そう思った瞬間に「ここでお願いします。」声を出していた。おかみさんも不動産屋も声を揃えて「そんな・・・あんた・・・」そうりゃそうだ、中もまだ見ずに、ここにしますなんて、(ちょっと馬鹿か嬉しがりに思われたかな・・・。どしっと構えて風格を出さな舐められたらあかんのとちがうか、ここでのし上がらなあかんのに、落ち着いて物件を見慣れてる雰囲気出さんとあかんのに、あほ〜・・・。)

2006年10月17日デート倶楽部ももうだめだな・・飛田新地を見に行こう・・

デリヘルなんてまだなかったよ・・・デートクラブが繁盛した時代だった。無店舗・勿論無許可でいわゆるもぐりで、許可はヤクザやさんに貰う。ちんぴらヤクザに面接をしてもらい、許可が出ると公衆電話のガラス面を一列をひと月何万円かで契約だが、契約と言ってもこれは口答で行われ、お金は現金で手渡し。公衆電話ボックスの受話器の左右上段は梅田の東映前では7枚張れて25万なんて値段がついていた。7枚では商売ができないので何箇所も借りた。警察の摘発が多くなると印刷屋を探すのにも苦労した。ピンクチラシの印刷の値段は一万枚で5・60万。一日に植え込みや駅前に捨てるようにまく置きチラシは一日少なくても1000枚は必要。繁盛していたので経費はまかなえたが、毎週のように警察にあげられるクラブが多くなってきたある日・・・・よそのチラシでぱくられた張子が48時間の拘留後私にそっと教えてくれた。「ママ・・・ルージュの伝○○のビラが曽根崎署の5階の特捜に上がっていたよ、気をつけて。」やめよう・・・って思った。曽根崎警察のそれも特捜相手に喧嘩するほど若い私には勇気がなかった。早終いをしてめずらしくお酒も飲まずに帰った私は、机の引き出しから貯金通帳を出した。通帳には一千万円があった。若い時から北新地や南のホステスとして働きそれで貯めたお金を元手にデートクラブの経営者となり、貯めたものだった。これを元手に今度は許可を取ってできる風俗をと考えていた。同業者仲間のS子はソープの経営者のY氏の愛人だったが、飛田新地でY氏は母親の名義で料亭をしているとの事。力を貸してあげるよと言う言葉に、自分はまるで天職をまっとうすべく赤い絨毯の上を歩く気分になり持つべきは友達だなんて感謝していましたが、やはりこういう世界は厳しいです・・。まず飛田は空店舗が出ないらしい。理由は営業している店舗も予約待ちでありその予約ができるのは新地の中で営業をしている者の紹介でないとだめだと言うのだ。そのための口利き料が50万。なんとヤクザとかわらないではないか。10年以上たった今は諸事情で空店舗も多くなり借りやすくなったがバブル時代は本当の話でしたよ。夏が終わった頃に紹介してもらったお母さんから(料亭の女経営者はそう呼びます。)連絡がありました。 鯛よし百番の前を通りぬけ待ち合わせの青春通りと呼ばれている道を教えられたとうりに行くと・・・・

このページへのコメント

ママの、顔を拝見させていいだきたのてす

会えるだけだけても、お願いします

Posted by 谷口初美 2013年05月20日(月) 23:11:43

まゆ美ママの事大好きです。弟子になりたいてす。一度だけでもお会いしたいです

Posted by 谷口初美 2013年05月20日(月) 00:13:42

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