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 ―― 一月下旬。

「いやぁ〜〜、参った、参った」
 俺はネクタイを緩めながら休憩室のドアを開けた。
 入口をくぐると、すぐに元気な声たちが俺を出迎えてくれた。
「うっうー!おつかれさまですっプロデューサー!」
「お疲れ様です!プロデューサー!」
「プロデューサー、お疲れ様です」
「お疲れ様です、プロデューサーさん」
 千早、真、あずささんのユニットとその妹ソロユニットのやよいだ。
「ありがとうみんな……」
 くたびれモードの俺は挨拶もそこそこに。
 そばにあった一人掛けのソファーに倒れるように座った。
 いや、この場合、座るように倒れたと言ったほうが適切かもしれない。
「随分お疲れのようですね……」
 窓際のリクライニングチェアで音楽を聴いていた千早が言った。
 その手にはいつものように楽譜集が開かれている。
 千早は楽譜を閉じると音楽を消し、座る向きを変えた。
 うんうん。千早は良い子だ。
「プロデューサー大丈夫ですか?」
 オセロの手を休めてやよいも俺を心配してくれた。
 やよいは俺の左斜め前のソファーに座って真とオセロをしていた。
 テーブルのオセロ盤をはさんでその真向かいに真が座っている。
 盤上ではやよいの黒が圧倒的優位に立っていた。
「なんか悪くなったもやしみたいにシナシナになっちゃってますよ」
「萎びれもやしかー。今なら体中の穴という穴から変な汁が出るかもしれん」
「はわっ!変な汁ですか!?」
 もちろん、変な汁のくだりは冗談だがやよいは良い反応をしてくれる。
 寒いギャグをかますオヤジ組にはやよいは天使のような存在といえるだろう。
 うんうん。やよいも良い子だ。
「なんなら肩揉んであげましょうか?プロデューサー」
 やよいのオセロの相手をしていた真が言った。
 手を握ったり閉じたり、肩を揉むジェスチャーを俺にしてみせる。
 真は肩揉みやマッサージをするのが上手だ。
 ツボとかも把握していて的確に痛気持ちいいとこを突いてくれる。
 背中とかをやってもらうと悲鳴が出る。
 たまに骨がメキッとか嫌な音がするのはたぶん気のせいだろう。
「ありがとうな、真」
 起き上がる気力もない俺は手をヒラヒラさせて真に答えた。
「でも、今揉んでもらうと変な汁まで出そうだから気持ちだけもらっておくよ」
「そうですか。肩揉んでほしくなったらいつでも言ってくださいね。ボク、ジャンジャンバリバリ
やりますんで!」
「ありがとう。そんときは頼むよ」
 うんうん。真も良い子だ。
 ジャンジャンバリバリやられたら逝ってしまうかもしれないが。
 肩揉みは明日にしてもらおう。
「それでしたら温かいお茶でもおいれしましょうか?」
 部屋の奥から心配そうにあずささんがこちらを見つめていた。
 彼女は一人掛けのソファーに座って雑誌を読んでいた。
「今日、雪歩ちゃんが美味しいお茶を持ってきてくれたんです」
 そう言って、あずささんは雑誌を閉じて席を立とうとした。
 俺は慌てて体を起こした。
「いや、すみません、あずささん。お茶も結構です」
 俺は上着のポケットをまさぐって缶を取り出した。
 コンビニで買った冷たい缶コーヒーだ。
「どっちかというと今はコーヒー分が不足してるので」
「まあ、そうですか」
 うふふと笑い、あずささんは席に座り直した。
「でも、コーヒーばかり飲んでると体によくありませんよ」
「ええ。この時期に入院とか御免ですし気をつけないといけませんね」
「今度雪歩ちゃんに体に良いお茶を聞いておきますから、一緒に飲みましょう」
「ありがとうございます。できれば、美味しいお茶にしていただけると……」
「うふふ。わかりました」
 あずささんはおかしそうに笑った。
 うんうん。あずささんも良い人だ。
 それに引き換え……

「あいつときたら……」

「あいつ?」
「あいつって誰ですかプロデューサー?」
 ふと漏らした俺のつぶやきに千早と真が反応した。
「あ、いや。そうたいした話じゃないんだがな」
「もしかして、左アゴの新しい傷と何か関係が?」
 千早は自分の左アゴを指し、傷の位置を指し示した。
「相変わらず鋭いなぁ、千早は」
「いえ、私の位置からちょうどよく見える場所でしたから」
「そうか。まぁ、この傷も一応関係があるといえばあるかな」
 俺は四人に今日の出来事をかいつまんで話すことにした。
 アイドルたちにもまったく無関係な話ではないからだ。
「今日、うちの事務所に入りたいって子の面接を外で社長としてきたんだ」
「あらあら、面接ですか?」
「新人かぁ」
「うちの事務所、まだ新人を取るだけの人手の余裕があったんですね」
「また仲間が増えますね!」
「喜ぶのはまだ早いぞ、やよい」
「何でですかプロデューサー?」
 頭に何個もハテナマークをつけてやよいが聞いた。
 俺は頭をボリボリかいた。
「そいつがまたかなりの問題児なんだよ。俺も社長も散々煮え湯を飲まされた」
「なるほど。だから、もうお茶はたくさんと?」
 鬼の首を取ったかのように、真が勝ち誇った顔をした。
 何か言い返してやろうと思った矢先、「真もたまには上手いこと言うのね」と、千早が妙に
感心した口ぶりで言った。
「あのね、千早。『たまに』は余計だよ」
 真は腕組みをして言い返した。
「そうかしら?」
「まあまあ、千早ちゃんも真ちゃんも」
 口喧嘩が始まりそうな気配を察したあずささんが仲裁に入った。
 そして、抜け目なく話題も転換させる。
「それでプロデューサーさん。その子はどんな子だったんですか?」
 俺は頷いてあずささんに答えた。
「変わった子ですが、アイドルとしての才能はありますね」
 半目で睨み合っていた千早と真は俺の言葉に反応し、こちらに顔を向けた。
 二人とも自分の才能と努力に自信を持った競争心の強いアイドルだ。
 こういう話に喰いつかないはずがない。
 俺はアイドルの四人を、とくに千早と真を見て話を続けた。
「総合的なポテンシャルの高さなら、うちの事務所で一番でしょうね」
 わざと挑発的なことを言ってみる。
「それは、その子が私たちよりも上ってことですか?」
 あっさりと千早が釣れた。
 真は黙っているがその眼差しから千早と同じことを思っていることは明らかだった。
 性格は正反対の千早と真だが、その根っこはかなりの共通点がある。
 負けず嫌いなのも共通点の一つだ。
「んー。上とも言えるし、下とも言える」
「はぐらかさないでください」
 千早が冗談は許しませんよといった目で俺を睨む。
「いやいや。何か勘違いしてるみたいだから詳しく言うが、ボーカル、ダンス、ビジュアルを
『総合』した『潜在的な』能力では一番かもしれないというだけの話だぞ」
「うっうー、話が難しくてよくわかんないかもです〜」
 やよいは頭を抱えた。
「やよいちゃん」
 あずささんはやよいに助け舟を出した。
「プロデューサーさんはね、総合的な能力ならその子は一番かもしれないけど、個々のボー
カルやダンス、ビジュアルでは必ずしも一番ではないと言ってるのよ」
「あっ、なるほど!それならわかります!」
「そして、さらに言うなら」
 千早があずささんの解説に付け加えをする。
「その子の力はあくまでも潜在的に眠ってる力に過ぎず、それが将来必ずしも全て開花する
とは限らない。現状の能力なら私たちのほうが上、ということですね?」
 確認を求めるように千早は俺の方を見た。
「まあな。千早たちが上なのは当然だろ」
 俺はシリアスになりすぎた空気を払おうと、わざとおどけた。
「あの子はまだアイドル候補生ですらないんだぞ。お前たちとは土俵が違うよ」
「たしかにそうですね」 
 千早は苦笑した。
「けど、宝石の原石の埋積量が一番というのはやはり侮れません」
「ボクも千早に同意見だ。原石がちゃんと磨かれれば強力なライバルになる」  
「そこなんだ」
「へ?」
 真がキョトンとした顔をする。
「そこが一番大きな問題なんだよ」
「そこってどこが問題なんですか、プロデューサー?」
「原石を『ちゃんと磨く』ってところさ」
 俺はアゴの傷を指で確認してため息をついた。
「つまり、その子は人間性の面で問題があると?」
 千早の問いに俺は無言で頷いた。
「才能がモンスターなら性格もモンスターなんだ」
「モンスターみたいな人、ですか?」
 やよいが首をかしげる。
「ああ。面接が始まる前から三浦あずさに会いたい、三浦あずさに会わせろの一点張りで、
俺や社長の言うことなんかちっとも聞きゃあしない」
 面接のときのことを思い出した途端、顔の引っかき傷が痛んだ。
 まったく、猫じゃあるまいし……
 どうしてこう女の引っかき傷ってのはズキズキするんだか。
「お陰でこのザマだ。小型の暴風雨にでも出くわした気分だよ」
「台風みたいにパワフルな人なんですねっ!」
「……やよい、感心すんなよ」
 俺がげんなりしていると横から真が口をはさんだ。
「でも、気になりますね。その子が言ってたこと」
 千早とあずささんもそれに同意した。
「なぜ、あずささんにそんなに会いたがっているのでしょう?」
「プロデューサーさんは何かご存知ありませんか?」
 俺は頭を振った。
「いえ。理由はあずささんに会ってから直接言うからと、そればっかりで」
「使えませんね、プロデューサー」
 千早がチクリとトゲで俺を刺した。
 あずささんに迫り来る危険を感じとった千早がピリピリしている。
 こういうときはスルーが一番だ。
「ま、まぁ、とにかく」
 俺は咳払いをして場を仕切り直した。
「社長もティン!ときてたから、十中八九うちに入ることになると思うから」
 と、俺が言い終わる前に。
 バターンッ!
 突然、ドアがノックもなしに乱暴に開かれた。

「あずさ見つけたのー!!」

「ゲゲェーッ!お前は!!?」
 俺は入口に立っていた少女を見て反射的に叫んだ。
「ミキの名前は、星井美希。14才の中二だよ」
 そいつはいけしゃあしゃあと名乗った。
「自己紹介なんていい!なんでミキがここにいるんだ!?」
「ミキはね、そこの人の後をつけて来たんだよ。あずさに会えると思って」
 美希を俺を指差し、とんでもないことを白状しやがった。
 俺の背中に突き刺さる鋭利な2つの視線。
 気のせいか、千早と真のいる辺りの空気が冷たい。
「ノコノコ尾行されてたんですか。迂闊でしたね」
「やっぱり使えませんね、プロデューサー」
 ゴメンナサイ。
「あずさっ、あずさっ」
 美希はぴょんこぴょんこと浮かれた足取りで部屋を横切る。
 俺たちには目もくれず、お目当てのあずささんの前に立った。
 美希の目はキラキラと輝いている。
 面接のときの不満たらたらの顔と眠そうな顔はどこへやったと問い詰めたい。
「あずささん!」
「このッ!」
 千早と真が同時に席を立った。
 そのまま飛びかかって不敵な闖入者を取り押さえようとする勢いだ。
 ところが。
「こんにちは、星井美希ちゃん」
 あずささんはソファーに腰掛けたまま和やかに挨拶をした。
 畢竟、千早と真はあずささんに牽制された形になった。
「こんにちは、あずさ。ミキのことはミキでいいよ」
「わかったわ、美希ちゃん」
「うんっ」
 美希は嬉しそうに返事をした。
 あずささんもたじろぐ様子など微塵もなく、余裕すら感じた。
 たまにあずささんが放つこの大物オーラは何なんだろう。
「美希ちゃん、一つだけ質問してもいい?」
「うん、いいよ。あずさならスリーサイズだって下着の色だって教えてあげるよ」
「うふふ。じゃあ、それはあとで聞かせてちょうだいね」
「そんなもの聞く必要なんかありませんっ、あずささん!」
 間髪入れずにツッコミを入れる千早。
「まあまあ千早ちゃん。落ち着いて」
 あずささんは穏やかな笑顔のままだった。
 しかし、なぜかその微笑は横槍を許さない圧力を伴っていた。
「くっ!」
 あずささんが「マテ」と命ずる以上、千早は引かざるを得ない。
 俺のように黙って事のなりゆきを見守ることしかできなかった。
「美希ちゃんはどうしてそんなに私に会いたいと思ってくれたの?」
 あずささんは和やかに訊ねた。
「ミキね、あずさに直接お礼を言いたかったの。ありがとうって」
「まあ」
 あずささんは驚いた。
 いや、美希を除くこの部屋にいる全員がこの予想外の理由に不意を突かれた。
 まさかそんなまともな理由だったとは……
 千早と真がすかさず俺に視線を向ける。
 「これはどういうことなんですか!?」という抗議の視線だ。
 そんなこと俺にもわからんと、俺は二人に視線を投げ返した。
「あずさ、ありがとうなの」
 軽い言い方だが、そこにはちゃんと真心があるのが不思議とわかった。
 あずさささんもそれを感じたのか美希に微笑んだ。
「いいえ。どういたしまして」
 あずささんがそう言うのが早いか。
 いきなり、美希はあずささん目掛けてダイブした。
 その勢いであずささんごとソファーに埋まった。

「「「あああああああああああっ!!?!」」」

 たまらず千早、真、やよいの三人が絶叫する。
 アイドル三人、しかも声量に定評のある三人が腹の底からフルシャウト。
 こんなもの間近で聞いたら鼓膜がやばい。
「み、美希ちゃん……?」
「あはっ、やっとあずさにありがとうが言えたよ」
 美希はあずささんの上に覆い被さってあずささんの胸を横枕にしていた。
 美希はとても幸せそうだった。
 その幸せが念願が叶った満足感によるものなのか、それともあずささんの豊満な胸を枕に
している至福感によるものなのか俺には測りかねた。
 ええい、羨ましいでおじゃる。羨ましいでおじゃる。
 美希は外野の騒ぎなどまったく意に介していない。
 あずささんの体の上を這い上がり、首筋をスンスンと嗅いだ。
「思った通りなの。あずさ、いい匂い」
「あ、あらぁ〜」
 さすがのあずささんもどうしてよいものかわからず、困り果てた顔をした。
「うっうー!」
 美希の背後に立ったやよいが悲痛な声で鳴いた。
「あずささんから離れてください!離れてくださいーっ!」
 美希の服を引っ張ってあずささんから引き離そうとしている。
「あずささんはダメですーっ!放してください!放してくださいー!」
 必死に頑張るやよいに対し、美希はまるで相手にしていない。
 やよいの力では美希を引っぺがせそうになかった。
「ほっ星井さん!今すぐあずささんから離れなさい!」
 千早は横手から美希に詰め寄り、顔を真っ赤にして憤った。
「あなたは一体、何の資格があってあずささんに抱きついてるの!」
 千早の言葉の裏を読み取ると、あずささんに抱きつく資格があるのは私だけだと、
自分の縄張りを主張しているようでもある。
「資格?」
 指差しされた美希は少しも動じなかった。
 水鉄砲をくらった蛙のようにけろっとしている。
「あるよ。あずさはミキの運命の人だもん。あるに決まってるよ」
「うっ運命……!?」
 千早は言葉を詰まらせた。
 根拠はないがミキは本心からそう思っている。
 だから当然のように言う。
 この手の相手には理屈は通用しない。
「どいて、千早」
「真……」
 千早の肩に軽く触れ、真は千早を脇にどかせた。
「君は星井美希、と言ったよね?」
「そうだよ真クン」
 それを聞いて、一瞬真の眉が跳ね上がる。
「ボクのことも早速“君”付けか……。いや、僕のことはいい」
「何が言いたいの真クン?」
 美希はあずささんに抱きついたまま首をかしげた。
「ミキ、もっと易しく言ってくれないとわかんないよ」
「わかった。なら、わかりやすく言ってあげるよ」
 真はギリッと歯を鳴らした。

「あずささんに“さん”を付けろよ!この金髪野郎ー!」

 えー

「や。ミキ、そういうの嫌い」
 美希はぷいっと顔を背け、あずささんの首筋に顔を埋めた。
「お前っ!?嫌いとかそういう問題じゃないだろー!!」
「そうよ!あずささんはあなたの年上なんだからちゃんと“さん”を付けなさい!」
「他のみんなも付けてるから私も付けた方がいいかなって思いますっ!」
「むー、あずさはあずさなの。三人ともちょっとお節介だと思うな」
「なっ!!?」
 あーあ、また怒らせやがった。
 よりにもよって犬が三匹もいるあずささんの庭に猫が飛び込んで来ちまった。
 こりゃー当分の間、キャンキャンうるさい日々が続くな……
 俺は暗澹とした気分で額に手を当てて天井を仰いだ。

「……あのう。プロデューサーさん。私はどうすれば〜?」

 あなたはその四匹をしっかり躾けてください、あずささん。

                                   
                                        →→→ 続く? →→


作者: 百合7スレ114

このページへのコメント

さあ早く続きを書くさぎょうに戻るんだ

0
Posted by おにぎり 2012年01月22日(日) 23:37:38 返信

面白い!

0
Posted by 名無しの権兵衛 2011年12月28日(水) 08:57:05 返信

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