「いっくよ真美!」
「よしきた亜美!ばっろーむ――」
「くろーすっ!」
「ぐえっ!」
二人の腕がガシッと組み合わさった真ん中には、兄ちゃんの首があった。雨の日にカエルをふんづけちゃったみたいな音が聞こえ、兄ちゃんが死にそうな顔をする。
「あ、兄ちゃん」
「ありゃ、ゴメンね、だいじょぶ?」
「大丈夫なわけがあるかあっ!なんでいきなりダブルラリアット食らわにゃならんのだ」
「うわ、兄ちゃんが怒ったー」
あ、よかった、大丈夫みたい。亜美と一緒に慌てて逃げ出しながら、そう思った。亜美をチラ見すると、向こうもおんなじふうに思ったみたい。後ろからものすごい顔で追いかけてくる兄ちゃんのプレッシャーを感じながら、声をかけた。
「亜美っ」
「ん!」
二人でスタジオ出口の扉を目指す。後ろの兄ちゃんはもう少しで真美のパーカーに手が届きそう。
あと1ミリ、っていうところで、ドアを開け……ずに左右に別れ、壁沿いに90度折れ曲がった。
真美を捕まえることに夢中になってた兄ちゃんは、真美たちがドアから廊下に逃げると思い込んでてスピードを緩めたりとか考えてなかったみたい。そのまま閉じたままの鉄のドアにべしゃんとぶつかっちゃった。
「んっふっふ〜、オペレーション・トロン、大成功!」
「やったね真美!」
「いえーい」
目を回して倒れている兄ちゃんを確認して、二人でぎゅって抱き合った。
今日の現場は、スタッフさんたちは全員『双海亜美』が双子だって知ってる、安心できるスタジオだった。今日の当番の亜美がソロパートを収録するだけだから人数も少なくて、おかげでこうやって真美も一緒にはしゃいでいられる。
そしたら、亜美が耳元で大きな声を出した。
「真美、真美ー」
「うん?」
「亜美もうハラペコだよう。充電してよ、充電」
「もう、しょーがないなあ、亜美はー。んじゃ、いっくよー」
これは、いつものおねだり。真美はわざとヤレヤレって感じで大声を出して、いったん抱っこの腕を離す。
正面に向きあって、両手の指と指を絡めあって、二人で呼吸を合わせる。
「うん!じゅー・でーん……」
「ちゅー!」
唇をタコみたいにつきだして、なるべく面白い顔をして、マンガみたいに真正面から。
二人で、チューをした。
ヒョットコのお面みたいな唇の先っちょ同士がちょん、と触れて、お互いにストローでも使うみたいに息を吸っている ので、アニメのギャグシーンみたいな『ちゅううぅぅう』っていう音が聞こえる。回りで真美たちを見てるスタッフさんたちも大笑いだった。
トドメに、ぽんっ、という音をさせて唇を離した。
「っぷはーっ!んまかったぜえコネコちゅわ〜ん」
「へろへろ〜ぅ」
で、亜美が牛乳一気飲みしたあとみたいに腕でぐいっと口をぬぐって、真美は体中の空気が抜けたみたいにへなへなと崩れ落ちて、二人の『充電チュー』はおしまい。ここのスタッフさんは見慣れてるので、みんなで拍手をくれた。
「いえー♪」
「ども、どもども」
二人でギャラリーに手を振っていたら、足元で兄ちゃんが目を覚ました。
「むーん」
「あーもう、兄ちゃんのネボスケ」
「真美たちもう準備万端なんだからねー?」
「へ……あ、そか、そりゃスマン……って、なんか忘れてる気が」
「いーからっ!楽屋でスタンバってるから早く呼んでよね!真美、行こっ」
「うん。兄ちゃん、亜美いーカンジみたいだからマキでよろしくねー」
兄ちゃんをほったらかして、楽屋まで二人で走って戻る。
スタジオの廊下の反対端にあるここまで全力疾走してもまだ、真美たちのテンションは高いまんまだった。
「あっはっは!兄ちゃんおもしろかったねー」
「そーそー。『ほえ?そらすまぁん』だって!」
兄ちゃんはこの間にスタッフさんと最終調整をして、壁の時計で30分後の収録開始を10分くらい短くして亜美を呼びに来るだろう。いつもの通りなら、たぶんドアをノックするのは収録10分前、つまり、今から10分後。それまでは、真美たちは二人でこの部屋で待ってるだけでいいのだ。
「せーの、とーっ」
亜美が部屋の真ん中のソファに、全身でダイビングする。すぐ脇のお菓子山盛りのテーブルがカタカタ鳴った。
「真美も来なよ」
「うんっ。いえーい!」
「わひゃあっ?」
真美も続けてジャンプする。亜美がちょっとよけてくれたソファの空いてるトコ……じゃなく、亜美のすぐそばに。亜美は慌ててソファの肘掛につかまり、ギリで真美とぶつかるのを避けた。
「うわー、危ないよ真美ー」
「ヘーキヘーキ。あ、このチョコもーらいっ」
もともと超シンチョーに飛んで、ヒザとかは亜美から全然遠いところに着地するようにしてた。ちょっと怒る亜美に笑顔を向けて、テーブルの上の大きなチョコを手に取る。玉子の形のチョコの中におもちゃが入ってる奴。作戦通り、亜美の顔色が変わった。
「あー!それ亜美が大事にとっといたヤツ!ダメだよ真美、返してよう」
「へっへー、早いもん勝ちだもーん」
「真美さっきポックリマン食べたじゃんか、それは亜美のー!」
「ほっほっほ、なんのことかにゃ〜」
ムキになった亜美が真美のことを両手で捕まえ、ぎゅっと抱きしめる。真美はそれに対抗するように腕を亜美の体に回して、二人でソファの上でごろごろ転がる。われながらおっこちないのがすごいって思う。
……これ、実は二人の間のお約束だった。
撮影のすぐ前は、真美も亜美もいくら慣れてきたって言ってもキンチョーする。いちおうお金もらってるお仕事だし、特に最近はアイドルランクも上がって自由にやってるだけじゃダメになった。
歌もダンスもお芝居も大好きだけど、回りの見る目がキビシくなってきて、スケジュールがつまってるから何回もリテーク出してるヒマもなくなって、意外とツラい現場も多い。だから本番ではチョー頑張るし、みんなに喜んでもらえてるって思うけど、そのためには二人で力を合わせなきゃならないのだ。
だから……。
ごろごろ転がってるうち、真美が下になったところで回転が止まった。
亜美が真美に乗り上がってきて、二人黙って見つめ合う。
「……ね、真美」
「……ん」
だから。
「真美、亜美に、充電、して……よ。亜美、もうハラペコなんだから」
亜美がささやく。さっきおんなじことを言ったイントネーションとは全然違う、もっと……なんか、エッチな響き。
「もう。しょうがないなあ……亜美は」
真美のさっきと同じセリフも、亜美にはやらしく聞こえてるに違いない。
「じゃ……行くよ?」
「……ん」
「じゅー・でん……」
だから。
だから真美たちは、収録の直前にこうやって、『双子パワー』をかたいっぽに集めるのだ。
ちゅっ。
二人の唇がゆっくり、だけど強く合わさる。さっきみたいなヘン顔はしてないし、おかしな音もしない。
ちゅっ、ちゅうっ。
真美たちはお互いにぎゅって抱きしめ合ったまま、さっきのカムフラージュとは違う、本気の『充電チュー』を始めた。
初めは、二人とも口を閉じたまま。
ぷにぷにでやわらかい唇の触り心地と味と匂いを味わう。亜美の匂いは夏休みに家族で行った海の砂浜のような感じで、その中に女の子のほんのり甘い香りがふんわり漂うみたい。真美の匂いはどんなかな。ヘンな匂いとか、してないかな。
次に、どっちからともなくそっと唇を開いて、ベロを触れ合わせる。
つん。つん。ちょん。ちゅるっ。
こんにちわするみたいに先っちょで触って、よーい・どんでベロ同士を巻きつかせる。
くちゅっ。
「んふぅっ」
息継ぎの時に、ちょっと声、出ちゃった。それに気付いて、目の前の亜美の目がにんまり笑う。『んっふっふ、今日は亜美の勝ちだね』そう言ってる。
別に口に出して決めたことはないけど、なぜか先に声を出した方が負けってなってるのだ。
ぺろっ、れろれろ、ちゅるん。
ベロはだんだん動きを激しくして、相手の唇や歯や、ほっぺの裏側や、口の中のあっちこっちを這いずりまわり始める。真美はこの感じが好きでいつまでもしてたいけど、亜美はちょっと苦手でときどきオエッてなるから、真美はいろいろ気を使わなきゃならない。
「ふー、ふーっ」
「んんっ、うふうっ」
真美と亜美で『充電チュー』のときは、終わるまで唇を離さない。だって充電だもん。でも真美たちの目は普段のおしゃべりとおんなじくらいいろんなコトを喋っていて、口が急がしくってもあんまり困らない。こういうとき双子って便利だって思う。
今日は亜美が勝ったので、亜美が『攻め』の番、まあ、どっちがどっちを攻めてもそう変わらないんだけど、勝った方は自分の好きなコトができる。案の定、亜美はさっそく真美のTシャツをたくし上げ始めた。
真美が下だからやりづらそう。服をずらしやすいように首に力をいれて背中を浮かせながら、真美も亜美のシャツの下に手をいれて、背中をゆっくりなで回す。伸びない生地だけどゆったり作られてる『ラフタイムスクール』は手も動かしやすい。
「んっ」
亜美が小さく声を上げた。亜美は背中をなでなでされるのが好きなのだ。
ぴたっ。ぺたぺたっ。すりすり。
しっとり汗ばんできてる亜美の背中で手を動かし、ケンコーコツのでっぱりや、背骨のでこぼこを指でなぞる。それから、前の方にも。
ボタンと、フロントホックのブラを外して、うつ伏せになってるからふわん、って感じで揺れるおっぱいを、両手で支えてみた。たふ、たふたふ、って。
「ん、んんっ。んくくっ」
亜美はおっぱい、ちょっとくすぐったいみたい。気持ちいいっていうより笑っちゃうのを我慢してる。そのうち亜美の目が、『負けないぞー』って言って、両手で真美のおっぱいをつまんだ。先っちょの、チクビのトコ。
「んふっ」
ぞくぞくっ。背骨の中に電気が走ったみたいになる。
亜美もそれが判ったみたいで、続けていじり続ける。粘土でヒモを作るみたいに、くりくり、くりくり。
真美がこれ、好きになったのはついこないだ。それまでは亜美と一緒でくすぐったいだけだったのが、その日から急に。よくわかんないけど触られる時に、亜美がしてくれてる、って思ったら、触られてるところから体の中に向かってビリビリが走った。それからは、亜美にコレしてもらわないと物足りなくなった。
「んむぅ、うんっ、ん、んんうっ」
「ぷぁ、はぷっ、んく、んく、ん」
口はキスを続けたまま。
亜美は真美のベロを自分のベロでいじりまわして、くるって巻いたり、根元から先の方まで舐め上げたり。
真美はまるで口の中にまで亜美に入って欲しくて、大きくあーんってしては亜美の唇をはむはむくわえたりして。
亜美は真美のチクビをいじるのもやめない。親指で押しつぶしたり、おっぱいごと手のひらでさすったり。
真美は両手を、もう一度亜美の背中に移した。あばら骨の数を数えて、脇腹の薄い皮膚の弾力を確かめて。
そうこうするうちに。
「うん……んっふ、うふ、ん」
「くふ、ふん、ふんっ、ふ……ぅんんっ」
亜美の息づかいが、ちょこっとずつ変わってきた。もうちょっとかな?って思って、試しに人差し指を立てて、背中の真ん中をつーっとなぞってみる。
「んふぅっ!」
びくん、って亜美の体が跳ねて、大きな溜息をついた。
亜美は、もうすぐ満杯になるみたい。
この感じが判ってきたのも最近だった。最初は真美、次の週くらいに亜美が、お腹の中がビリビリでいっぱいになる感じが掴めた。お腹……っていうか、お尻の下の方から背骨を伝ったビリビリが、今度は体の内側に広がってくみたい。『ホントに充電かもね、こんなにビリビリなら』『でも二人とも貯まっちゃうんなら充電じゃなくって発電じゃん』って笑いあったのを憶えてる。
真美も、亜美に少し遅れて貯まってきた。まだ普通に息してるけど、ときどきやってくるビリビリの波が、ちょっと油断すると気持ちを攫って行ってしまいそう。
だんだんたまらなくなってきて、とうとう亜美の体をぎゅっと抱き締めた。
「んっ」
「ぅく」
亜美も真美の胸をいじるのをやめて、背中とソファの間に腕をもぐりこませた。お互いはだけた胸同士がぴったりくっつきあい、体の間で汗がくちゅくちゅと音を立てる。
唇と、胸、お腹。真美と亜美はいま、むき出しになった体をぴったりくっつけて、充電の仕上げにかかった。
何をするわけじゃなくて、ただ力を込めてぎゅってし合うだけ。なるべく近くにいられるように、ゼロセンチより、ゼロミリよりもっと近く。このまま力を込めていたら融け合ってひとつになっちゃう、っていうんならそれでもかまわない、っていうくらい。
胸のふくらみ越しに、皮膚越しに、骨越しに、お互いの心臓の音が相手の肺に響く。どくん、どくんどくん、どっどっどっどっ。まるでその音は互いが互いに寄り添うように、テンポも強さも合わさっていって。
やがて鼓動も、血の流れも、呼吸も一緒になり、ビリビリの大きさもひとつになって、そして。
とぷん。
満タンに、なった。
「……っく」
「ふ、……ぅ」
水道の水をペットボトルに流し込んでる最後みたいにひとしずく、ぱちゅっ、て跳ねて、真美と亜美は唇を離した。
真美の手は亜美の背中からこぼれ落ちて、ソファにくたーって横たわってる。亜美も、体が丸ごと真美の上に乗ってるだけで力は入ってなくて、まるで真美と亜美でお寿司みたい。真美がごはんで亜美がネタ……『ネタ』、ってこんなふうに寝てるからネタなのかな。ふふ。
しばらく、このままで亜美の体の重みとあったかさをタンノーする。絡み合うように投げ出された脚、はだけたままのおへそから胸、のろのろと動き出して、また指を絡め合った手のひら。真美のほっぺに、すぐそばでゆっくり繰り返される亜美の息がかかってくすぐったい。
「……真美ぃ」
やがて、亜美が目を開けてこっちを見た。
「ん」
真美も亜美に笑い返して、二人で軽くチュッてした。
「亜美、充電できた?」
「うん、バッチリ。いつもの3倍のパワーで働けるカンジ」
「収録頑張ってね、亜美」
「モッチ〜。んっふっふ♪」
真美は、たぶん亜美のこと、好きなんだと思う。双子とか姉妹とかじゃなくて、きっとアイシてるんだと思う。そーゆーのよくわかんないし、亜美にも話したことないし、だいたい亜美がどう考えてるかも知らないけど、そう思う。
だから『充電チュー』も楽しいし、噛み合ってる気がするし、亜美が充電されると真美も一緒に満タンになるんだって思う。
今もこんな会話して、だらしないカッコのまま二人でようやく動き出したところで、真美はTシャツまくり上げっぱなし、亜美はブラウスのボタン全外しでブラジャーもだらーんってしてるのに気付いて、それ見て二人で笑った。
こんな関係が、いつまで続くかわからないけど……いつか変わっちゃうんだろうなってバクゼンと思うけど……。
それでも亜美が楽しいんならいいかな、って、思った。
その日まで、亜美と二人でこうして笑っていられれば、真美はきっとマンゾクだから。
コン、コン。
二人でおっぱい放り出しっぱなしでへらへら笑ってたら、突然ドアがノックされた。
ガチャ。
「亜美、真美、入るぞ。収録開始繰り上げてきた……か、ら……?」
言葉と一緒に兄ちゃんが入ってくる。真美たちはあまりのことに、大声で叫びながらソファの影に体を隠すので精一杯だった。
「ひゃああああっ!」
「わーっ?に、兄ちゃんのえっちーっ!」
「うわ、すまんっ!え、着替え中だったのか」
「い、衣装がズレたから直してたんだよっ!」
「なんでノックと同時にドア開けるのさこのヘンタイ兄ちゃんめー!」
再び逃げ帰る兄ちゃんの後姿に、近くにあった台本やお菓子やクッションを投げつける。
「悪い、悪かった!だから早く仕度しろ、すぐにでも始められるようにしたぞ」
「むー!あんな勝手な兄ちゃんは懲らしめなきゃだよね、真美」
慌てて服を直した亜美が言う。真美もシャツをズボンに入れながら答えた。
「そうだそうだ!いくよプライザー!」
「おっけーマイティー!すいーと――」
「くろーすっ!」
「どわあああっ!」
どっかあん。真美と亜美のダブルドロップキックが、ドアとその向こうの兄ちゃんに炸裂した。
「いってええっ」
「あははは、兄ちゃんざまー。真美、行こっ」
「うん、亜美!兄ちゃん、先行ってるからねー」
亜美が手を伸ばし、真美はその手をぎゅって握って、そうして二人でスタジオへ駆け出す。
「亜美!今日は一発OKでヨロシクねっ」
「まっかせなさーい!充電した分全部使ってサイコーのエンギをお目にかけるよんっ」
「そしたら早く帰れるね!どこか寄り道しよっか」
「うん!あ、でもね。……亜美、またハラペコになっちゃうかも」
「え?」
「だから」
亜美がちょっとだけ走るスピードを落とした。真美と並んで走るカッコになって、亜美は真美の耳に顔を寄せた。
「帰る前にもいちど、充電してよ、ね」
赤い顔の亜美が笑う。楽しそうに、嬉しそうに、恥かしそうに。だから。
「……もっちろん!」
真美も顔中で笑って、そうして二人でスタジオの扉を押し開けた。
おわり
作者:百合8スレ966
「よしきた亜美!ばっろーむ――」
「くろーすっ!」
「ぐえっ!」
二人の腕がガシッと組み合わさった真ん中には、兄ちゃんの首があった。雨の日にカエルをふんづけちゃったみたいな音が聞こえ、兄ちゃんが死にそうな顔をする。
「あ、兄ちゃん」
「ありゃ、ゴメンね、だいじょぶ?」
「大丈夫なわけがあるかあっ!なんでいきなりダブルラリアット食らわにゃならんのだ」
「うわ、兄ちゃんが怒ったー」
あ、よかった、大丈夫みたい。亜美と一緒に慌てて逃げ出しながら、そう思った。亜美をチラ見すると、向こうもおんなじふうに思ったみたい。後ろからものすごい顔で追いかけてくる兄ちゃんのプレッシャーを感じながら、声をかけた。
「亜美っ」
「ん!」
二人でスタジオ出口の扉を目指す。後ろの兄ちゃんはもう少しで真美のパーカーに手が届きそう。
あと1ミリ、っていうところで、ドアを開け……ずに左右に別れ、壁沿いに90度折れ曲がった。
真美を捕まえることに夢中になってた兄ちゃんは、真美たちがドアから廊下に逃げると思い込んでてスピードを緩めたりとか考えてなかったみたい。そのまま閉じたままの鉄のドアにべしゃんとぶつかっちゃった。
「んっふっふ〜、オペレーション・トロン、大成功!」
「やったね真美!」
「いえーい」
目を回して倒れている兄ちゃんを確認して、二人でぎゅって抱き合った。
今日の現場は、スタッフさんたちは全員『双海亜美』が双子だって知ってる、安心できるスタジオだった。今日の当番の亜美がソロパートを収録するだけだから人数も少なくて、おかげでこうやって真美も一緒にはしゃいでいられる。
そしたら、亜美が耳元で大きな声を出した。
「真美、真美ー」
「うん?」
「亜美もうハラペコだよう。充電してよ、充電」
「もう、しょーがないなあ、亜美はー。んじゃ、いっくよー」
これは、いつものおねだり。真美はわざとヤレヤレって感じで大声を出して、いったん抱っこの腕を離す。
正面に向きあって、両手の指と指を絡めあって、二人で呼吸を合わせる。
「うん!じゅー・でーん……」
「ちゅー!」
唇をタコみたいにつきだして、なるべく面白い顔をして、マンガみたいに真正面から。
二人で、チューをした。
ヒョットコのお面みたいな唇の先っちょ同士がちょん、と触れて、お互いにストローでも使うみたいに息を吸っている ので、アニメのギャグシーンみたいな『ちゅううぅぅう』っていう音が聞こえる。回りで真美たちを見てるスタッフさんたちも大笑いだった。
トドメに、ぽんっ、という音をさせて唇を離した。
「っぷはーっ!んまかったぜえコネコちゅわ〜ん」
「へろへろ〜ぅ」
で、亜美が牛乳一気飲みしたあとみたいに腕でぐいっと口をぬぐって、真美は体中の空気が抜けたみたいにへなへなと崩れ落ちて、二人の『充電チュー』はおしまい。ここのスタッフさんは見慣れてるので、みんなで拍手をくれた。
「いえー♪」
「ども、どもども」
二人でギャラリーに手を振っていたら、足元で兄ちゃんが目を覚ました。
「むーん」
「あーもう、兄ちゃんのネボスケ」
「真美たちもう準備万端なんだからねー?」
「へ……あ、そか、そりゃスマン……って、なんか忘れてる気が」
「いーからっ!楽屋でスタンバってるから早く呼んでよね!真美、行こっ」
「うん。兄ちゃん、亜美いーカンジみたいだからマキでよろしくねー」
兄ちゃんをほったらかして、楽屋まで二人で走って戻る。
スタジオの廊下の反対端にあるここまで全力疾走してもまだ、真美たちのテンションは高いまんまだった。
「あっはっは!兄ちゃんおもしろかったねー」
「そーそー。『ほえ?そらすまぁん』だって!」
兄ちゃんはこの間にスタッフさんと最終調整をして、壁の時計で30分後の収録開始を10分くらい短くして亜美を呼びに来るだろう。いつもの通りなら、たぶんドアをノックするのは収録10分前、つまり、今から10分後。それまでは、真美たちは二人でこの部屋で待ってるだけでいいのだ。
「せーの、とーっ」
亜美が部屋の真ん中のソファに、全身でダイビングする。すぐ脇のお菓子山盛りのテーブルがカタカタ鳴った。
「真美も来なよ」
「うんっ。いえーい!」
「わひゃあっ?」
真美も続けてジャンプする。亜美がちょっとよけてくれたソファの空いてるトコ……じゃなく、亜美のすぐそばに。亜美は慌ててソファの肘掛につかまり、ギリで真美とぶつかるのを避けた。
「うわー、危ないよ真美ー」
「ヘーキヘーキ。あ、このチョコもーらいっ」
もともと超シンチョーに飛んで、ヒザとかは亜美から全然遠いところに着地するようにしてた。ちょっと怒る亜美に笑顔を向けて、テーブルの上の大きなチョコを手に取る。玉子の形のチョコの中におもちゃが入ってる奴。作戦通り、亜美の顔色が変わった。
「あー!それ亜美が大事にとっといたヤツ!ダメだよ真美、返してよう」
「へっへー、早いもん勝ちだもーん」
「真美さっきポックリマン食べたじゃんか、それは亜美のー!」
「ほっほっほ、なんのことかにゃ〜」
ムキになった亜美が真美のことを両手で捕まえ、ぎゅっと抱きしめる。真美はそれに対抗するように腕を亜美の体に回して、二人でソファの上でごろごろ転がる。われながらおっこちないのがすごいって思う。
……これ、実は二人の間のお約束だった。
撮影のすぐ前は、真美も亜美もいくら慣れてきたって言ってもキンチョーする。いちおうお金もらってるお仕事だし、特に最近はアイドルランクも上がって自由にやってるだけじゃダメになった。
歌もダンスもお芝居も大好きだけど、回りの見る目がキビシくなってきて、スケジュールがつまってるから何回もリテーク出してるヒマもなくなって、意外とツラい現場も多い。だから本番ではチョー頑張るし、みんなに喜んでもらえてるって思うけど、そのためには二人で力を合わせなきゃならないのだ。
だから……。
ごろごろ転がってるうち、真美が下になったところで回転が止まった。
亜美が真美に乗り上がってきて、二人黙って見つめ合う。
「……ね、真美」
「……ん」
だから。
「真美、亜美に、充電、して……よ。亜美、もうハラペコなんだから」
亜美がささやく。さっきおんなじことを言ったイントネーションとは全然違う、もっと……なんか、エッチな響き。
「もう。しょうがないなあ……亜美は」
真美のさっきと同じセリフも、亜美にはやらしく聞こえてるに違いない。
「じゃ……行くよ?」
「……ん」
「じゅー・でん……」
だから。
だから真美たちは、収録の直前にこうやって、『双子パワー』をかたいっぽに集めるのだ。
ちゅっ。
二人の唇がゆっくり、だけど強く合わさる。さっきみたいなヘン顔はしてないし、おかしな音もしない。
ちゅっ、ちゅうっ。
真美たちはお互いにぎゅって抱きしめ合ったまま、さっきのカムフラージュとは違う、本気の『充電チュー』を始めた。
初めは、二人とも口を閉じたまま。
ぷにぷにでやわらかい唇の触り心地と味と匂いを味わう。亜美の匂いは夏休みに家族で行った海の砂浜のような感じで、その中に女の子のほんのり甘い香りがふんわり漂うみたい。真美の匂いはどんなかな。ヘンな匂いとか、してないかな。
次に、どっちからともなくそっと唇を開いて、ベロを触れ合わせる。
つん。つん。ちょん。ちゅるっ。
こんにちわするみたいに先っちょで触って、よーい・どんでベロ同士を巻きつかせる。
くちゅっ。
「んふぅっ」
息継ぎの時に、ちょっと声、出ちゃった。それに気付いて、目の前の亜美の目がにんまり笑う。『んっふっふ、今日は亜美の勝ちだね』そう言ってる。
別に口に出して決めたことはないけど、なぜか先に声を出した方が負けってなってるのだ。
ぺろっ、れろれろ、ちゅるん。
ベロはだんだん動きを激しくして、相手の唇や歯や、ほっぺの裏側や、口の中のあっちこっちを這いずりまわり始める。真美はこの感じが好きでいつまでもしてたいけど、亜美はちょっと苦手でときどきオエッてなるから、真美はいろいろ気を使わなきゃならない。
「ふー、ふーっ」
「んんっ、うふうっ」
真美と亜美で『充電チュー』のときは、終わるまで唇を離さない。だって充電だもん。でも真美たちの目は普段のおしゃべりとおんなじくらいいろんなコトを喋っていて、口が急がしくってもあんまり困らない。こういうとき双子って便利だって思う。
今日は亜美が勝ったので、亜美が『攻め』の番、まあ、どっちがどっちを攻めてもそう変わらないんだけど、勝った方は自分の好きなコトができる。案の定、亜美はさっそく真美のTシャツをたくし上げ始めた。
真美が下だからやりづらそう。服をずらしやすいように首に力をいれて背中を浮かせながら、真美も亜美のシャツの下に手をいれて、背中をゆっくりなで回す。伸びない生地だけどゆったり作られてる『ラフタイムスクール』は手も動かしやすい。
「んっ」
亜美が小さく声を上げた。亜美は背中をなでなでされるのが好きなのだ。
ぴたっ。ぺたぺたっ。すりすり。
しっとり汗ばんできてる亜美の背中で手を動かし、ケンコーコツのでっぱりや、背骨のでこぼこを指でなぞる。それから、前の方にも。
ボタンと、フロントホックのブラを外して、うつ伏せになってるからふわん、って感じで揺れるおっぱいを、両手で支えてみた。たふ、たふたふ、って。
「ん、んんっ。んくくっ」
亜美はおっぱい、ちょっとくすぐったいみたい。気持ちいいっていうより笑っちゃうのを我慢してる。そのうち亜美の目が、『負けないぞー』って言って、両手で真美のおっぱいをつまんだ。先っちょの、チクビのトコ。
「んふっ」
ぞくぞくっ。背骨の中に電気が走ったみたいになる。
亜美もそれが判ったみたいで、続けていじり続ける。粘土でヒモを作るみたいに、くりくり、くりくり。
真美がこれ、好きになったのはついこないだ。それまでは亜美と一緒でくすぐったいだけだったのが、その日から急に。よくわかんないけど触られる時に、亜美がしてくれてる、って思ったら、触られてるところから体の中に向かってビリビリが走った。それからは、亜美にコレしてもらわないと物足りなくなった。
「んむぅ、うんっ、ん、んんうっ」
「ぷぁ、はぷっ、んく、んく、ん」
口はキスを続けたまま。
亜美は真美のベロを自分のベロでいじりまわして、くるって巻いたり、根元から先の方まで舐め上げたり。
真美はまるで口の中にまで亜美に入って欲しくて、大きくあーんってしては亜美の唇をはむはむくわえたりして。
亜美は真美のチクビをいじるのもやめない。親指で押しつぶしたり、おっぱいごと手のひらでさすったり。
真美は両手を、もう一度亜美の背中に移した。あばら骨の数を数えて、脇腹の薄い皮膚の弾力を確かめて。
そうこうするうちに。
「うん……んっふ、うふ、ん」
「くふ、ふん、ふんっ、ふ……ぅんんっ」
亜美の息づかいが、ちょこっとずつ変わってきた。もうちょっとかな?って思って、試しに人差し指を立てて、背中の真ん中をつーっとなぞってみる。
「んふぅっ!」
びくん、って亜美の体が跳ねて、大きな溜息をついた。
亜美は、もうすぐ満杯になるみたい。
この感じが判ってきたのも最近だった。最初は真美、次の週くらいに亜美が、お腹の中がビリビリでいっぱいになる感じが掴めた。お腹……っていうか、お尻の下の方から背骨を伝ったビリビリが、今度は体の内側に広がってくみたい。『ホントに充電かもね、こんなにビリビリなら』『でも二人とも貯まっちゃうんなら充電じゃなくって発電じゃん』って笑いあったのを憶えてる。
真美も、亜美に少し遅れて貯まってきた。まだ普通に息してるけど、ときどきやってくるビリビリの波が、ちょっと油断すると気持ちを攫って行ってしまいそう。
だんだんたまらなくなってきて、とうとう亜美の体をぎゅっと抱き締めた。
「んっ」
「ぅく」
亜美も真美の胸をいじるのをやめて、背中とソファの間に腕をもぐりこませた。お互いはだけた胸同士がぴったりくっつきあい、体の間で汗がくちゅくちゅと音を立てる。
唇と、胸、お腹。真美と亜美はいま、むき出しになった体をぴったりくっつけて、充電の仕上げにかかった。
何をするわけじゃなくて、ただ力を込めてぎゅってし合うだけ。なるべく近くにいられるように、ゼロセンチより、ゼロミリよりもっと近く。このまま力を込めていたら融け合ってひとつになっちゃう、っていうんならそれでもかまわない、っていうくらい。
胸のふくらみ越しに、皮膚越しに、骨越しに、お互いの心臓の音が相手の肺に響く。どくん、どくんどくん、どっどっどっどっ。まるでその音は互いが互いに寄り添うように、テンポも強さも合わさっていって。
やがて鼓動も、血の流れも、呼吸も一緒になり、ビリビリの大きさもひとつになって、そして。
とぷん。
満タンに、なった。
「……っく」
「ふ、……ぅ」
水道の水をペットボトルに流し込んでる最後みたいにひとしずく、ぱちゅっ、て跳ねて、真美と亜美は唇を離した。
真美の手は亜美の背中からこぼれ落ちて、ソファにくたーって横たわってる。亜美も、体が丸ごと真美の上に乗ってるだけで力は入ってなくて、まるで真美と亜美でお寿司みたい。真美がごはんで亜美がネタ……『ネタ』、ってこんなふうに寝てるからネタなのかな。ふふ。
しばらく、このままで亜美の体の重みとあったかさをタンノーする。絡み合うように投げ出された脚、はだけたままのおへそから胸、のろのろと動き出して、また指を絡め合った手のひら。真美のほっぺに、すぐそばでゆっくり繰り返される亜美の息がかかってくすぐったい。
「……真美ぃ」
やがて、亜美が目を開けてこっちを見た。
「ん」
真美も亜美に笑い返して、二人で軽くチュッてした。
「亜美、充電できた?」
「うん、バッチリ。いつもの3倍のパワーで働けるカンジ」
「収録頑張ってね、亜美」
「モッチ〜。んっふっふ♪」
真美は、たぶん亜美のこと、好きなんだと思う。双子とか姉妹とかじゃなくて、きっとアイシてるんだと思う。そーゆーのよくわかんないし、亜美にも話したことないし、だいたい亜美がどう考えてるかも知らないけど、そう思う。
だから『充電チュー』も楽しいし、噛み合ってる気がするし、亜美が充電されると真美も一緒に満タンになるんだって思う。
今もこんな会話して、だらしないカッコのまま二人でようやく動き出したところで、真美はTシャツまくり上げっぱなし、亜美はブラウスのボタン全外しでブラジャーもだらーんってしてるのに気付いて、それ見て二人で笑った。
こんな関係が、いつまで続くかわからないけど……いつか変わっちゃうんだろうなってバクゼンと思うけど……。
それでも亜美が楽しいんならいいかな、って、思った。
その日まで、亜美と二人でこうして笑っていられれば、真美はきっとマンゾクだから。
コン、コン。
二人でおっぱい放り出しっぱなしでへらへら笑ってたら、突然ドアがノックされた。
ガチャ。
「亜美、真美、入るぞ。収録開始繰り上げてきた……か、ら……?」
言葉と一緒に兄ちゃんが入ってくる。真美たちはあまりのことに、大声で叫びながらソファの影に体を隠すので精一杯だった。
「ひゃああああっ!」
「わーっ?に、兄ちゃんのえっちーっ!」
「うわ、すまんっ!え、着替え中だったのか」
「い、衣装がズレたから直してたんだよっ!」
「なんでノックと同時にドア開けるのさこのヘンタイ兄ちゃんめー!」
再び逃げ帰る兄ちゃんの後姿に、近くにあった台本やお菓子やクッションを投げつける。
「悪い、悪かった!だから早く仕度しろ、すぐにでも始められるようにしたぞ」
「むー!あんな勝手な兄ちゃんは懲らしめなきゃだよね、真美」
慌てて服を直した亜美が言う。真美もシャツをズボンに入れながら答えた。
「そうだそうだ!いくよプライザー!」
「おっけーマイティー!すいーと――」
「くろーすっ!」
「どわあああっ!」
どっかあん。真美と亜美のダブルドロップキックが、ドアとその向こうの兄ちゃんに炸裂した。
「いってええっ」
「あははは、兄ちゃんざまー。真美、行こっ」
「うん、亜美!兄ちゃん、先行ってるからねー」
亜美が手を伸ばし、真美はその手をぎゅって握って、そうして二人でスタジオへ駆け出す。
「亜美!今日は一発OKでヨロシクねっ」
「まっかせなさーい!充電した分全部使ってサイコーのエンギをお目にかけるよんっ」
「そしたら早く帰れるね!どこか寄り道しよっか」
「うん!あ、でもね。……亜美、またハラペコになっちゃうかも」
「え?」
「だから」
亜美がちょっとだけ走るスピードを落とした。真美と並んで走るカッコになって、亜美は真美の耳に顔を寄せた。
「帰る前にもいちど、充電してよ、ね」
赤い顔の亜美が笑う。楽しそうに、嬉しそうに、恥かしそうに。だから。
「……もっちろん!」
真美も顔中で笑って、そうして二人でスタジオの扉を押し開けた。
おわり
作者:百合8スレ966
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