第1話 いつか空に届いて


・地球滅亡までは何マイル?

どこかの暗い、無機質な会議室。硬いテーブルに置かれたプロジェクタから、ある映像が大きなスクリーンに映し出されている。
「隕石の落下による衝撃。津波のような熱波。巻き上げられた砂塵の影響」
それは暗黒の宇宙に浮かぶ美しい水色の星が、赤黒い炎に包まれ行く光景。
SF映画の地球滅亡シーンのようなものを見せながら、プロジェクタの脇に立つスーツの男性がはっきりと断言した。
「と、いうことで。地球が滅亡するまで、残り92日です」
人類の危機が、すぐそこまで迫っている。
「へぇ」
その言葉を冗談と思ったのか、まともに受け止めていないようなもう一人の男性がいる。
椅子の背もたれに片腕を乗せ、体を崩して座っていた彼はからからと笑った。
「事実と理解していただけるよう、出来るだけ準備してご説明しているつもりなんですが」
「いや、嘘だとは思ってないよ?」
笑つつも彼は暗闇の中でスマートフォンを取り出し、カレンダーを起動する。
「ちょうど3か月か。時間がなさそうで、わりと色々出来そうというか。何して過ごそうかね」
「そのとおり時間もないので、手短にお伝えしますが」
言葉とは違って、世界の滅亡を本気と思っているとは思えない彼の態度を気にすることなく、スーツの男性は話を続けた。
「貴方がお持ちの、アレをお貸しいただきたい」
画面を弄る彼の手が止まる。
「なるほど、ね」
追加でいくつかのボタンを押してから立ち上がり、室内にもかかわらず着たままだった漆黒のコートを翻した。
「いつかそんな話が来るだろうとは思ってたし、まぁぶっちゃけ、だいたい予想はついてたけどさ」
一呼吸置いて、強く強く否定する。
「絶対に、ヤだね」
口元はにこやかだが、視線は鋭かった。
「アイツじゃないといけない、ってこともないんじゃないかな」
「宇宙空間で運用可能、かつ状況に応じた臨機応変な行動が可能なものが必要なんですよ」
「なるほど、言うことはわかる」
彼はこつこつとブーツの音を立てて歩きながら、それじゃあと問う。
「じゃあもし今回貸したとして、ちゃんと『用事が済んだから返しますー』ってなるのかな」
「それはつまり」
問われた男性は、眼鏡を中指で押し上げ顔を伏せる。
「ついでに色々、ということですか」
「アイツ自身も、データも。一切兵器転用されないって保障はあるのかい?リプルさん」
パチリと室内の電気をつけ、彼はスーツの男性をそう呼んだ。
緊張感のあった場にそぐわない、まるでネット上のハンドルネームのような名前。
「一応、公的な場にお連れしているのですがね。鴉人(からと)さん」
リプルと呼ばれた男性の無機質だった声に、少し呆れた声が混ざる。
「よく言うよ。がっつり友人関係を利用しといてさ」
「そうでもしないといけない事態である、ということです。あらためて言いますが、今お話ししたことは全て本当のことで」
「多分そうなんだろうさ。でもどんなことがあろうと、アイツが誰かを不幸にする目的で使われるのが絶対にイヤだし」
「お借り出来ない場合、その誰かを含めた人類も、地球も滅びてしまうのですが」
「それが地球の寿命ってことだったんじゃないかな。人類もさ」
一度言ったことはひっくり返さない、そんな鴉人の性格を知ってはいたのだが。
やりたくはなかったが仕方なしに、リプルは鴉人から目を逸らして呟いた。
「今回は、強制も出来るんですがね」
その言葉と同時、全員が黒いサングラスを付けたスーツの男達が会議室に駆け込み、鴉人を包囲した。
「おいおいリプルさん、俺を捕まえたところでアイツが付いてくるワケじゃないぜ。
 ていうかマトリックスじゃなくて、アルマゲドンをしたいんじゃないのかよ」
「映画はあまり知らないので」
男達に片手で指示を出し、鴉人を窓際に追い詰めるリプル。
「今貴方がお持ちであろう端末で、アレを呼び出していただけますか」
「なるほど。さすがはリプルさんだ、よく調べてある。なら!」
そのとき突然、施設内にサイレンがけたたましく鳴り響いた。
「何があったんですか?え、何かが高速で飛来している?」
リプルがどこかに携帯で状況を確認しようとしたと同時、どしん、と地響きが起こり、会議室の窓から眩しい光が差し込む。
鴉人が叫んだ。
「ケガしたくないヤツは下がれ!!マトモに受ければ吹っ飛ぶぞぉおおおおお!!」
そして、ばりいぃぃぃん、と全てのガラスは割れて飛び散り、何かが窓際の壁を突き破った。
「な!?」
腕で顔を覆っていたリプルが見たのは、無くなった壁から出てきた大きな手のひらに乗る鴉人の笑顔だった。
「地球滅亡とか、そういうロマンある話は、なべさんトコで飲みながらするのがちょうどいいと思うよ。リプルさん」
「鴉人さん!」
「あと3か月しかないなら、人生後悔しないように楽しまないとさ!」
そう言って手元のスマートフォンを操作し、壁をぶち破った銀色の何かに乗って逃げ行く鴉人。
その光景を見つめながら、リプルは会議室の惨状を見ながら一つ指摘する。
「…なべさんの所は喫茶店であって、飲み屋ではないんですがね」
リプルは鴉人を追うよう携帯で指示を出し、先ほど地球が熱波に包まれ行くシーンを映していたスクリーンを見ながら独り言を言った。
「そう、ですね。後悔しないよう、出来ることをしますよ」

・星をみること

「暑くないし、寒くないし…」
1年の中で、今日みたいな8月の夜が星をみるのにちょうどいい。
出来るだけ綺麗な星空を写真に撮りたいというなら、空気の澄んだ冬の方がいいかもしれない。
けど寒いのは苦手だし。
いつものように星の観察のため、家の裏にある山で望遠鏡を用意している少女、さてらはそう思っている。
手元のスマートフォンの画面には「よくこんな時間から山に登れるよね」とSNSで友人が呆れているメッセージが、先ほどやっていたドラマの感想に混ざって表示されている。
しかしドラマやバラエティにさして興味がなく、他にしたいこともないので返信はしない。
今日見る方角はやや高めの空。へび座より上のあたり。
さてらの住む香南(こうなん)の町は大きな港町のベッドタウン。北側の山に登って、南側の海を見るととても綺麗な夜景と夜空が見える。
夜景が綺麗ということは夜でも明るいということなので、ベストな地形というわけではないのだが。
「あ」
観察すると以前より、1つの星が少し明るくなっているような気がする。
望遠鏡にデジカメを当てて接写。保存されている数週間前の写真と比べると、なんとなく明るさが違うような。
さてらは友人からのメッセージをスワイプで消して、星についてのサイトを検索する。
そこに変光星があったか、もしかして銀河の誕生のようなイベントがあったのか。
そんなことにワクワクして、日々を過ごしているのかさてらという少女だ。
しかし検索していた画面に、今度は「1年C組」という別のグループからの通知が表示される。
「明日の物理の補講、小テストあるって!」
物理は寒いのより苦手だ。
何より先生が怖い。何から考えていいかわからないからノートを白紙で提出しているのに、何も考えていないと怒られる。
別に物理だけじゃなくて、国語も英語も体育も、苦手なものは他にもいっぱいあるが。
星のようにきらきらとしていた気分が、一気にブラックホールに吸われて消えた。
昔は天文学者とか、宇宙関係の仕事に就きたいと夢見ていたが、現実的に自分の能力じゃ無理っぽいとわかってきた。
このメッセージもスワイプして溜息。
「はぁ…」
昔は夢中で見ていた星空が、現実逃避のためのものになってきている。最近はそれが憂鬱だ。
ふと考える。

今流れ星が見えたなら、一体何を願うだろう。
何か欲しいとか、そういうものじゃないと思う。
勉強が出来るように、みたいな他力本願なものだけど。
黙って我慢しているばかりの、明日と私じゃないように…

今日はもう星への熱意が帰ってきそうにないので、この方角だけ見たら帰ろう。
落ち込んださてらがそう思って望遠鏡を覗くと、
「あれ?」
夜なのに、真っ白だった。
鳥の羽でもレンズに乗っているのか。いや、だったら真っ黒で見えなくなるはずだし。
と考えて、さてらが顔を上げて望遠鏡の先を見ると。
何か光り輝く物体が、轟音と共に、こちらへ高速で飛んできていた。
こちらへ、飛んできている。
「えっ…えぇええええええええええええええええええええ!!!!」
こんな夜中の、こんな場所に向かって一体何が。いや、そんなこと考えている場合じゃない。
急いで望遠鏡を片付け、ている場合でもない。本体部の筒を抱えて、さてらは逃げ出した。
振り返って見る。やっぱり近づいている。
どこに着地するか予測もできず、とりあえずその場から離れるしかない。
大きさもよくわからない。ボールのように小さいものではなさそうだが、飛行機のように巨大なものでもないような。
「あたっ」
後ろを振り返っていたせいで、何かに躓いた。そのまま地面に倒れ込む。
地面が芝生だから痛くはないが、迫りくる頭上の何かが直撃するとそもそも助からない。
光が、ぶつかる。
「きゃぁああああああああああ!!」
ばごおおおん、という衝突音。それに続き土が滑り落ちる音。
普段聞かない色んな音が聞こえたあと、最後にぱららという石の転がる音が止むと周囲は静かになった。
胸にあるのは、望遠鏡の硬い感触。天国まで望遠鏡を持って行った、ということは、自分ならありそうだけれど。。
小さく縮こまっていたさてらは体を起こす。良かった、無事らしい。
立ち込めていた煙か砂塵かがうっすらと消えていくと、すぐそばの斜面が抉れているのがわかった。
そして盛り上がった土の中で、「カシュ」という何かの機械が開くような音がした。
「な、なに…?」
エイリアンだったらどうしよう。でも気になってしまうから、その正体を確認しようとさてらがゆっくりと近づくと。
「ったく!本当に撃ってくるとか!要るつったのはそっちじゃないのかよ!?」
突然、悪態をつく声が聞こえてびくりとした。
けど聞いてわかる言葉ということは、未知との遭遇ではないと思う。多分。
生命の危機を感じておいて何だが、怖いけど、少しワクワクする。やっぱり自分は、ちょっとおかしいかもしれない。
穴の底にぼんやりと広がる明かり。収縮していくが、その銀色に輝いているものは。
「ろ、ロボット…!?」
「うわお!」
「きゃっ!」
向こうが驚いた声に、さてらも驚く。
「人、か?こんな場所に?しまったな、誰もいないと思って着地したつもりだったんだが」
手持ちの端末をライトモードにし、人型機械の胸部から出てきたのは、黒いコートを着た青年だった。
「悪い!ケガは?」
尖った髪が少しぼさっとしていて、黒縁の眼鏡をかけた、背の高い男性。
「あ、その、えっと。ない、ですけど」
つまりさてらには、見知らぬ男の人。女子高通いなこともあり、縮こまって警戒する。
「おっと悪い、怪しい者じゃないんだ。危害も加えない」
一歩下がり両手を上げるという、おおげさなジェスチャーをする青年。
言葉をそのまま信じる前に、危害どころか危うくぷちっと潰されるところだったのだが。
「とりあえず、何もないようで良かった。すまない、緊急事態でさ。ひとつ教えて欲しいんだが、ここは何処かな?」
「え?こ、香南の、山側、ですけど」
「コーナン?悪い、地名には疎くてね。もう少しわかりやすそうな感じで言うと?」
「えっと。港戸(こうべ)の近くにあって」
「あー港戸か!しまった、逆に逃げるべきだったな…」
自分の墜落した場所を把握したらしく、頭に手を当てて天を仰ぐ青年。
「でも時間さえ稼げば。まずは連絡か、いや連絡すると逆にマズいか」
「あ、あの」
ミスを取り戻すべく計画を練っていた青年に対して、状況についていけないさてらは尋ねる。
「ん?どうしたんだい?」
「えっと、一体何があったのかよくわかってなくて。そこにあるロボットは一体…?」
さてらは青年の向こうに横たわっている、輝きを消した機械を指差す。
顔は2つ目。割と角ばったデザインをしているが、羽のようなオプション的なものがないシンプルな人型。
男の子が好きそうなSFロボットと似ている。ちなみにさてらも、そういうのは割と好き。
「見ちゃった?」
「見えてますけど」
「うん。じゃあ君は何も見ていない、ということにしておいてくれないか」
かなりの無茶を言われた。
「な、何でですか」
空から光と共に降ってくる、なんてさてらの一生に一度しかないことをしておいて。
「機密だから、としか言えない。それもハイレベルな」
両手でくるりと反対側を向かされ、肩を押されて場を離れるよう促される。
「いや、何があってそんなものが」
「知らない方がいい。知ったら君が面倒ごとばっかになっちゃうからなぁ」
また、さてらの心の輝きが小さくなっていく。
今何か、すごいものを目撃した。黙ってばかりの明日が変わるかもしれない、特別な場所に居合わせた。
なのに機密とかいう、大人の都合らしい言葉が邪魔をする。
さてらは背中を押されながらも、振り返って男性を非難の目で見つめた。
「そんな顔を向けられても困るんだが…ん?」
そこで男性は気付く。
「その両手で持っているものは…いや、言われなくても知っているが」
男性は目を見開いて、それから困ったように笑った。
「なるほど。鏡筒は大丈夫っぽいな、他に反射鏡とか、レンズは大丈夫だったかい?」
急にさてらが持っていた望遠鏡の、具体的な部品について心配された。
「え?えっと、わからない、ですけど」
「ちょっと良い望遠鏡なんじゃないか?それ」
どうして見ただけで、望遠鏡のことなんてわかるのだろう。
「いいかい?今日のことは何もなかった。君はいつもの天体観測をしていただけだ。
 けど、もし望遠鏡が壊れたりしていたら」
青年はそこは譲らないようだが、懐から一枚の紙を取り出してさてらに渡した。
「ここに電話してくれ。星が好きなもの同士、弁償させてもらうよ」
それは「宇宙技術開発推進機構 空間作業機開発部主任 鴉人」と書かれた名刺だった。

・我慢という日常を

何の変哲もない朝。
朝見たテレビのニュースでは政治がどうだ、アイドルがどうだと自分はあまり惹かれないものが流れていて、
通学で乗る電車は、無表情な通勤の人たちと、手元の画面を見続ける学生の人たちでぎゅうぎゅう詰め。
何か特別なものも、雪も、雨すらも降らない晴れ渡った大空の下でさてらは、前情報どおり教室で物理の小テストを受けている。
昨日、これまでの世界が変わりそうな何かを体験したというのに。
さてらが特に勉強が出来ないから、というわけではない。進学に力を入れているさてらの高校は、全生徒に夏休みの補講を課している。
何が夏休みか、と思うが、入学した以上逆らっても仕方がない。家の近くという理由で選んだとはいえ。
山側に建つ校舎の窓からは、深い青色の海と夏の大きな雲がよく見える。風景的には綺麗だが、家からも見ているので日常の景色だ。
さてらは名前の都合でいつも窓側。テストや授業はわからないから、そこからぼんやり海と空を見ているのもいつものこと。
そういう普段の日常と違うことといえば、テスト中なのに後ろの方で誰かが、
「昨日の夜、雷みたいなすごい音してなかった?」
と周りに訊いているくらいである。
しかし訊かれている子たちも「さぁ?」とか「怒られる夢でも見たんじゃないの?」とか言うように知らないと答えているし、
飛行機や隕石の落下なら、それこそニュースにもなるだろう。
あれは夢だったのだろうか。
いや、そんなことはない。何故なら今さてらの鞄の中には、彼から貰った名刺があるから。
しかしそこに書かれていることも現実のことか、というのはわからなかった。
「宇宙技術開発推進機構」なんて名前の組織は、ネット検索でヒットしない。
宇宙に憧れる人でなくても知っているような、この国の宇宙開発を担っているあの組織とは名前が違う。
組織名の前に「独立行政法人」なんて書かれているくらいなので、公式ホームページくらいあっても良いと思うのだが。
けれど書かれている内容が嘘であったとしても、黒いコートの彼が正体不明の物体と一緒に空から落ちてきた、という出来事は変わらない。
誰かにそのことを言っても、自分がおかしいと思われるだけだから言わないけれど。
あの光り輝いていたものは、一体何だったんだろうか…。
「雨宮(あまみや)」
はっと我に返る。
「お前はまた…」
とても苦手な物理の男性教師が隣に立ち、教科書を丸めて握りしめ、声を震わせていた。
あ、今日は爆発するっぽい。
「宿題は出さない、テストはやらない。いい加減にしろ雨宮!」
出さないやらないと言われても、そもそもわからないから出来ないのだが、
「…」
言い返すとお叱りの時間が長くなるだけなので何も言わない。
「高校までと違って、大学進学はエスカレーターじゃないぞ雨宮!2年後に後悔するのは自分自身だからな!」
「…」
大学。進学。そしてその先の就職。それもテレビのニュースのように、関係あるとはわかっていても、自分のことのように感じられない言葉。
天文学者とは、夢とは結びつかないような言葉で、そして自分の力では結び付けられないような気がしている。
さてらは教師に怒鳴られ続けながら、現実を直視しなければならず気分を深い海の底に沈んでいく。
それでも。何も言わないことしかしなかったから、我慢して黙ることしかできないのだった。

その後、学校のチャイムが鳴るまで張り詰めた空気は続いた。
「テスト用紙を後ろから前に回したら帰っていいぞ!あと宿題は必ず!やって来いよ!」
教師はさてらを睨みながら言ったが、さてらは俯いて先生と視線は合わさないでおいた。
物理の授業が終われば、今日の補講は終わり。ようやく帰れると、クラス内が賑やかになる。
「あーもううっさいな、堀田のヤツ」
「てか声でか過ぎでしょ。声録音して耳元で流してやりたいし」
「けど雨宮さんばっか怒られるよね、かわいそー」
そんな声と一緒に前後から、言葉とは違って哀れみではなく非難の視線が刺さる。さてらがそちらを向くと彼女たちはそれぞれの談笑に戻るが。
別にこちらが悪くはないと…いや悪いのか。けれど賢くなるとかしない限り、防ぎようのないことだし。
溜息をついて、立ち上がり鞄に荷物を詰め込んだ。
部活はやってないし、一緒に帰る友達もいないから一人で教室を出る。
しかし帰っても、次の日には別の補講があるのだけれど。

今日も嫌な一日で、きっと明日も嫌な日。
そんな今日が、昨日変わると思ったのに。

ふるふる、とさてらは首を振った。そんな上手い話はないのだ。
昨日も、今日も、明日も。変わらない我慢の日々が続いていくことを、受け入れるしかなくて。
諦めの意志と共に帰宅しようとしたそのとき。さてらの携帯が震え、誰かからの着信を知らせた。

・星と鴉と欠けた月

「悪い悪い!アイツから離れられないから、助かったよ」
電話で頼まれた通り、さてらは天体観測の用意と一緒に持ってきたファーストフードの袋を鴉人というらしい彼に渡す。
星を見るには早い夕暮れ時。昨日降ってきた場所にいたままの彼は照れ笑いをして、さてらが立て替えた代金を支払った。
「そんなに大事なものなんですか?」
腹が減ってたまらないといった様子でハンバーガーにかぶり付いた鴉人に、さてらは尋ねてみる。
「そうだなぁ、君にとっての望遠鏡くらいのものじゃないかな。雨宮さてらちゃん」
「え。私、名前を言いましたっけ…」
突然名前を言われて驚いたが、鴉人がそういいながら手渡してくれたものを見て理解した。
さてらが持ち帰り損なった望遠鏡の三脚に、さてらの名前が書かれたシールを張っていたのだった。
ありがとうございます、と言いながらふと気づく。
「でも、電話番号なんてどこにも書いてませんけど」
「あぁ。んー、まぁ、調べればわかるもんだよ」
個人情報の流出について不安になったが、特別権限で調べただけで、ネット上に落ちてるわけじゃないから大丈夫と教えられた。
特別権限とは一体。
「えっと、じゃあ鴉人さん。あのロボットも、星に関係のあるものなんですか?」
「おいおい、君は何も見ていないって」
昨日と変わらず答えようとしなかった鴉人だが、ひとつ気になっていることがあるらしく、
「しかし君は昨日からロボットロボットというが、アイツは…」
考えるようなそぶりを見せながら、ホットコーヒーを口に流し込み、カップを握りしめてビニール袋に戻した。
「まぁ、命の恩人だし。少しくらいいいか」
自分に言い訳をしてからさてらを穴の中が見える位置に進ませる。
昨日と同じ恰好で、沈み行く真っ赤な太陽の光を反射する、人型の機械が見える。
「クレセントって言うんだ。別に感情AIが搭載されているわけでもないが、大事な相棒だからさ」
水晶のように透明な継ぎ目で繋がれた銀色の装甲が、ほんのり紅く色付く風景はとても美しかった。
「きれい…」
「そう思ってもらえると、コイツも喜ぶよ」
子供が寝ているのを見つめる父親のように、鴉人は笑った。
「この子は、何をするために生まれたんですか?」
「もうすぐやってくる宇宙時代に、宙(そら)で人が活動するため。活きるための媒体さ」
「宙、ですか」
フィクションであったはずの世界が、もうそこまで来ているらしい。
「現代ではもう、こんなすごい子まで普通に出来ちゃってたんですね」
「いや、普通ではないよ。本当に秘密裏、極秘にやってる。探してもわからなかっただろ?俺らの機関は」
「出来ちゃうのに、何で秘密なんですか?」
「コイツを、ただ人を不幸にするだけの道具に。特に戦争とかに使おうとする輩がいるからだよ」
鴉人は呆れたように、寂しそうに。そしてどこか怒りを滲ませて、さてらに言った。
「ロボットアニメみたいなのは嫌なんですね」
「アニメは好きだけどね」
「やっぱりリアル系が好きですか?」
「91って言ったらわかるかい?」
「えっと、00なら」
「なるほど」
わかる人だけがわかる暗号のようなやり取りで、お互いの好きなアニメ作品を知って和む2人だった。
「ここまで天体観測に来ていたり、俺とコイツを気にしたり。さてらちゃんも、本当に宙が好きなんだな」
「そう、ですね。好きです、星をみるのは」
「君も将来、こういう宙に関わる道に行きたいのかい?」
「それは…。行けるなら…」
鴉人の質問に、今度はさてらが暗くなる。
「本当に頭のいい人しか出来ないことだと思うから、私じゃ無理だろうなって」
「確かに頭がいいヤツはいっぱいいるが、君ぐらいの熱意があればどうとでもなると思うよ?」
「最近は宿題も出せないくらいわからないですし。星は好きですけど、最近は好きかどうかもわからなくなりそうというか」
そんなさてらの呟きを聞いて、鴉人は失礼にも、
「なるほど」
と楽しげにしていた。
会話が止まり、少しの静寂が訪れる。話している間に夕日は落ち、夜になり、星が輝き始めようとしていた。
俯いたままのさてらとは逆に、鴉人は悩むように「うーん」と唸って空を見上げ、
「まぁ、あと3か月しかないしなぁ」
と独り言をしてからさてらに提案した。
「さてらちゃん。アイツに乗ってみないか?」
えっ、と驚いてさてらは顔を上げる。
「アイツって、クレセントにですか?」
「あぁ。君なら乗っていいというか、君が乗るべきな気がしてきた」
「いや、でも機密だって」
「そりゃもう超重要機密さ。けどそれより今は、君の気持ちの方が重要だと思うよ」
別にバレたって俺が怒られるだけで終わるし、と鴉人が付け足す。
「折角の巡り合わせだし、確かめて来ればいいんじゃないかな」
そう言って鴉人が空を見つめるので、さてらも合わせて見つめた。
「自分が星が好きかどうか。星に近い場所で」

「さて。ひとつだけ、君に答えてもらおう」
足元のオレンジの照明だけの、暗い操縦室。
ロケットで打ち上げられる宇宙飛行士のような状態で椅子にちょこんと座っているさてらに、どこからか鴉人の声だけが聞こえる。
「とても大事な質問さ」
さてらの正面の真っ黒だった壁面に、白い文字が打ち込まれるように並んで行く。

あなたの 好きなものは 何ですか?

「ほ、星をみること!ですっ!」

閉じた空間が、ぶぅんという起動音と共に、一気に開けた。
操縦室内の壁全面がスクリーンだったようで、左右の土やその先の木々、星空が綺麗に映る。
まるで座っている椅子が宙に浮いているような印象。アニメで見た通りだ。
「わ…!」
遊園地のアトラクションでも味わえないリアルな宇宙科学に、とてもワクワクする。
「え、えっと。でも、これからどうすれば」
「俺が操作するから、君は何も触らなくていいよ」
鴉人の顔は、前面スクリーンの右上に映る小さなウィンドウに表示されている。とても、SFのそれっぽい。
「じゃ、起こすよ」
鴉人がスマートフォンに入力すると、クレセントはゆっくりと上体を起こした。
さてらにも動きが伝わり、背中から押されて起き上がったあと、地面からより高い位置で椅子が浮く。
そのまま2本脚で、クレセントが大地に立つ。
「どうだい、大したものだろ?」
「すごい…!すごいです!!」
興奮しっぱなしのさてらだった。
「怖くないかい、さてらちゃん」
「怖いですけど、でもすごい!すごいです!」
「けど次は飛ぶからなぁ。ジェットコースターとかの比じゃないぜ?」
「すっごい怖いですけど!でも、ぜひ!」
「うし、じゃあ行ってみるか」
その言葉と同時に、背中や足のブースターに火が入り、熱波が放出される。
「しっかり椅子に座ってなよ!」
足を折り曲げるときに少し沈んで、そして大きくジャンプ。
さてらは宙へと飛ぶ。
「くぅっ!」
急な動作による加速と重力に目を閉じてしまう。
前面から全身にかかる強い圧迫。宇宙飛行士が空へ打ち上げられる瞬間はこんなにきついのだろうかと、さてらは歯を食いしばって耐える。
一瞬のはずなのに、長い時間圧力に耐えていたような気がしたあと。
「ほら。さてらちゃん」
鴉人の声がして、恐る恐る目を開いたら。
「わぁあ…!!」
さてらは星空の中にいた。
いつもなら天体観測を遮る雲の海は、今はさてらの足より下。
大気の層が遥か向こうにうっすらと、地球の蒼い輪郭を描いている。
その外側。何の色も映らず、大地の光が届かない無限の闇に、さてらがこれまで見たことのない数万、数億の星が頭上に輝いていた。
綺麗としか言いようがなく、他に表現できる言葉のないさてらはただただ感動していた。
そして思う。
あぁ。やっぱり私は、星をみるのが好きなんだ。

突然、けたたましく鳴る警告音。
赤い「Warning」の文字がさてらと星空の間に入って点滅する。
「え」
夢の世界から引き戻されたさてらは呆然としていたが、次の瞬間。
どごおん。
火薬の炸裂音と共に、椅子の背に体を叩きつけられた。
急な衝撃にさてらの意識が飛ぶ。
「やめろ!乗ってるのは民間人だぞ!聞けよッ!」
ぼんやりと、鴉人が誰かに叫んでいるのが聞こえた。
「大丈夫かさてらちゃん!さてらちゃん?さてらちゃんッ!」
浮いていた体が、大地に引き戻される感覚。
何が起こっているかわからないままに、さてらの意識と心も地面に墜ちて行く―

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