12.いぶちのしょうこ
 みんながいっぺんに見つめてきたので、いぶちはびっくりしました。

「え。いやだって、地元じゃ普通に食べるし」

 慌てていぶちが言うと

「ばかな…魚が主食ですと・・・?」

 ありえない、と言った調子でリプルが言いました。

「あと、闇鍋のこと聞いてなかったし・・・」

「そうそう。それに魚よりあの爆弾・・・何入れてくれたんですか・・・」

 いぶちをフォローしつつ、やみなべが言いました。

「自虐ネタを引っ張るとは・・・なべさん、やりますな」

「純粋に正体知りたいだけだよ!うう・・・嫌いなものランキングが更新された・・・」

「祟りじゃ・・・祟りに違いない」

 そう言ったのはスィンパでした。

「因みに何入れたんですか?」

 スルーしてミズキが聞きました。

「自分はマンゴー持って来た」

「あー、私もそれと迷った。誰か持ってきそうだったから替えたんだ〜」

 鴉人と笠屋が言いました。

「で、何を入れたんです?」

「これ」

 笠屋はそう言うと、空になったパッケージをポーチから出してみんなに見せました。大きな字で「アプリコット」と書いてあります。みんな、声をそろえて言いました。

「そ れ だ」

 やみなべが休んでいる間、スィンパの発案で、元気になれる儀式を始めました。みんなはどこから取り出したのか、太陽を象った仮面を付けて、好き勝手なポーズをとり始めました。いぶちは仮面を持っていませんでしたが、親切な鎧の人が、一枚貸してくれました。みんな参加したかったのですが、太陽の仮面はすぐになくなってしまったので、ピエロや一つ目、桃色のアヒルみたいな仮面を付けた人も混ざり始めました。

「参上ッ!」

「仮面戦隊、ガリレンジャー!!」

 儀式はどこへ行ったのか、仮面が揃ったノリで誰かがそんなことを叫びました。それからみんなで「ガリレンジャー」と叫びながら、噴水の周りをぐるぐると走り始めました。仮面を付けたまま小一時間ほど走り回ったので、いぶちはすっかり息が上がってしまいました。そこで仮面を取ろうとしたのですが、形状からは考えられないほどフィットしていて、おまけに指先が汗で滑るものですから、なかなかうまく外せません。いぶちが困っているのを見て、スィンパが言いました。

「呪いじゃ、ガリ様の呪いじゃ」

 みんな、呪いじゃ呪いじゃと言って、いぶちの周りを回りました。何か変わりの装備を付ければと考えたのか、ヘアバンドやネコミミ、イヤリングや別の仮面、あと、何を間違えたのかモンスター用の餌や薬を渡す人もありましたが、どうも上手く行きません。とうとういぶちは叫びました。

「なんだこの仮面はー!」

 これと同時に、周りのブリーダーがいっぺんに飛び込んできて(一番に来たのはスィンパでした)広場の真ん中でおしくらまんじゅう状態になりました。あんまり息苦しくて蒸し暑いので、いぶちはちょっとひめいをあげて、それらをはらいのけようとして、気が付くとキーボードの上にうつ伏せで寝ていたのでした。

「・・・?」

 寝ぼけ眼でチャット画面を見ると

「bhんjふ」

 と、謎の文字列が打ち込まれて、決定待ちをしています。訳の分からない文字列を消去して、いぶちは時計を見ました。時刻は、深夜を少し回ったところでした。

 チャットの内容は、相変わらずカオスのまま、最後に「オヤスミー」と幾つかログが残っていて、表示はオフライン。その後会話がないところをみると、どうやら他の皆は眠ったようでした。

 気を取り直して、いぶちは今度こそパソコンを閉じにかかりました。ふと、添付ファイルが残っているのに気付いたいぶちはクリックして開いてみました。すると表示はオフラインでしたが、何故かダウンロードすることができました。

 オフライン表示のまま、チャットが書き込まれます。

「スィンパ:こっそり投下のはずが・・・!」

「いぶち:わーい、何だろう」

 開いてみると、カラーイラストでした。キーロッドを構えてロランに指示をだす、ブリーダーの姿のいぶちが描かれています。

「いぶち:おお・・・これは!ありがとう」

「スィンパ:思いつきでかいてみた。じゃーまたねー」

「いぶち:おやすみなさーい」

「スィンパ:オヤスミー」

 チャットは、今度こそオフラインになりました。

 いぶちは寝ようとして、ふと鏡をみたら、顔にキーボードの跡がくっきりのこっていて、それに、変な姿勢で寝ていて妙な汗をかいたので、シャワーを浴びることにしました。上がって髪を乾かしながら、いぶちはさっきみた変な夢のことを思い出して、それからもらった絵のことを考えました。

 あの深い深いタヌキの穴には、色々な絵が掛けられていました。それにどこか見覚えがあると思ったら、チャットの仲間達からもらったものでした。モンスターたちの暮らす世界は、ネットの中だけのものだけれど、そこで交わされた言葉はやはり現実の言葉でした。もしかしたら、夢で見たあの風景は、本当はどこかで現実と繫がっていて、ふとしたきっかけで、互いの世界を行き来できるのかも知れません。もちろん、そんなことは、ちょっとありそうにはないけれど、そんなことができたら楽しいだろうなと、いぶちは思いました。

 窓に顔がくっきり映るくらい、外は真っ暗です。空を見上げれば星が瞬いていて、寝静まった町を優しく照らしていました。それは、ネットの向こう側でみた、懐かしい風景にも似ていました。

 髪を整えて、いぶちはポツリと呟きます。

「一日忙しかったけど、明日も頑張れそうだな・・・あ、もう今日か」

 今、いぶちの目の前に広がっているのは、いつもと変わらない風景―幼いころから使ってきた机や本棚、新しく買ったパソコンやツールなど―です。それは、ずっと以前からそこにあるもので、それでいて、あの夢の後にはどこか懐かしさが感じられました。部屋の明かりを消すほんの少し前まで、いぶちはそんな気持ちで、しばらく家具を眺めていました。

 寝る前にいぶちは想像してみました。これからの毎日の中で、何か大変なことがあったとしても、こうやって過ごした、ちょっと不思議で、おかしな体験を楽しむ、遊び心をわすれずにいることを。いつか、自分の小さな子どもたちをまわりにあつめ、数々の不思議なお話でその子たちの目を、いきいきとかがやかせるところを。そのお話には、ずっとむかしの不思議なチャンネルの夢だって入っているかもしれません。そして素朴なかなしみをわかちあい、素朴なよろこびをいつくしみ、自分の子ども時代を、そしてこのしあわせな夏の日々も、わすれずにいるところを。

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