第4話 Re:collect
最終更新：ID:02phnw5vRQ 2011年05月25日(水) 21:31:43履歴
『魔砲少女まじかる☆りぷるんR』
オープニングテーマ『リターン・リ・ターン』
第4話 Re:collect
「それじゃ、これは貰っていくわね」
雨のように降り注ぐ幾本ものミサイルをくぐり抜け、パイロットのいない武装ヘリをどうにか撃墜したナミコとソーダの上からそんな声が聞こえてくる。
モノリスを想像させる漆黒のビル群と、その隙間から見える赤く光る満月。
ヘリの爆発から飛び出した、ナミコではないもう一人の魔法少女は鉄塔の先に軽やかに降り立つ。
闇を背にして、手にした銀色の石の輝きに満足し月にも石にも負けぬほどに妖艶に微笑んだ。
「あんたは…あんたは一体なんなのさ！」
ナミコと暴走した機械との戦いに必ず現れ、事件の引き金であろう銀の石を奪い去っていく女性。
戦闘時は援護してくれるから今まで深く考えなかったが、こうも石だけを持って行かれるとナミコも『謎の美女』というだけでは済ませられない。
「そうねぇ、何と言われると…」
問い詰めるナミコの視線などまったく気にせず、女性は顎に指を当てのほほんと考える仕草を見せる。
「魔砲少女りりかる♪おねーさま、とかかしらね？」
「ふざけないで！」
話を逸らされたナミコが強く言い放つと、女性は子供のように体をびくりと震わし縮こまった。
「え、いや別にふざけてはないわよ？本当に昔はこの名前だったんだから…」
女性の隣で羽をはばたかせていた人形ほどの大きさの緑の使い魔が腹を抱えて爆笑し、手が羽なものだからはばたけず落下していくのが目の端に映る。
睨み続けるナミコに観念したのかどうか。女性は「そうねー…」と、どこかで聞いた気がする間延びした独り言を挟んでから語る。
「いつだったかに言ったわね。この石は、人の心を形にする不思議な石」
そして月光に当て輝かせた石を一回転して軽やかに頭上へ放り投げ、それを急上昇した使い魔が背負ったカバンで受け止めた。
「あなたには必要のないもの。私には必要なもの。あなたと同じで、私にも守りたいものがあるという事よ」
「勝手に言って！そんな危険なものここで砕いちゃわないといけないんじゃ」
言い分が不明瞭。隠し事をしているような人間に石を渡せないとナミコは彼女に飛びかかるが、
「ものは使いよう。大丈夫、悪いようにはしないわ」
「それをお前が知る必要はないがな！けけけ！」
必要最低限の動作で彼女は華麗に突進を受け流し、慣性のまま投げ飛ばされたナミコが振り返った時にはその言葉を残し2人はいなくなっていた。
「魔法、少女…」
彼女もそう言った。同じ服を着て同じ肩書きを持つ、しかし相容れない二人。
次に会った時は必ず彼女の真意を知らなければと、ナミコは目下に広がる街という名の黒い海を眺め拳を握りしめる。
「ふぅ…」
魔砲少女の後輩は、これまでに何度も口にした名前だが別人。
リプルとの対峙を終え、水無月はビル間の人がいない路地に着地する。
服をこの世界に合った白いブレザーへと戻し、脇につけたオレンジのポーチから縁の細い眼鏡を取り出してかけた。
「ぷは、ぷははは…！」
先ほどの事を思い出し、エアコンの外部装置の上で笑い転げる緑のローブを着た使い魔。
水無月はその顔面をガシィと片手でつかみ、目の前まで持ち上げた。
「何が面白いのよ。コノハ」
「そりゃなぁ、あんな名前で名乗りゃあふざけてるようにしか聞こえねぇわなぁ…ぷはは…！」
「魔王になりたい貴方に言われるとは思わなかったわ」
と言いつつも水無月は、先ほど自分が名乗ったシーンを第三者視点で思い返し、そして赤面する。
「お前、もうちょっと年相応って言葉を学んだ方が」
「うるさいわねコノハ。私の10倍以上の年なのに、精神年齢がガキな貴方に言われたくはないわよ」
わざわざ一番痛い所を指摘され、指の圧力を上げる。
「痛いいたい！俺痛いの好きだけど、この陰険な痛みはイヤだ！やるならもっと一発ビシッと刺激的な」
その時ポーチから、携帯端末にセットしていたアラーム音が鳴った。水無月はコノハと呼んだ使い魔を後ろへ投げ捨て、端末に書き込んでおいた予定を確認する。
「あ、もうこんな時間じゃない！行くわよコノハ！」
「こういう扱いはいいんだけどな…っておい！ちょっと待てよ！」
壁に張り付いた己の体を引きはがし、コノハは急いで彼女の後を追った。
「議員！どうなんですか議員！」
いつもは街外れの静かな場所である、高級料理亭の前は人が密集し騒がしく物々しい状況になっていた。
瞬きする間もなく焚かれるカメラのフラッシュ。料亭から出てきた、険しい顔の男性に向けていくつもの手とレコーダーが差し出される。
「爆破事件に観覧車破損事件に！市の強行的な都市開発に対する報復だという噂もありますが！」
「今後もこのような事は継続するとお考えですか！」
「事件への対応の遅れも指摘されていますが！何かしらの措置は、議員！」
何を質問をされても口すら開かず、議員と呼ばれた男性は黒服のガードマンに護衛され見るからに高そうな車へと移動した。
「ちょっ、ちょっとすいませ…」
その中に水無月の姿もあった。だが彼女は完全に外野の位置、他の記者達による壁に阻まれ仕事対象である議員を目視可能な範囲にすら行けない。
一部の記者は窓ガラスに張り付いて、車内にいる議員の表情を撮影しようとしている。一方水無月はというと、壁に潜り込もうとしたが反発力で跳ね飛ばされ道端で尻餅をついていた。
「あいたー…まったくもう…」
「車が出ます！危ないので下がってください！」
ガードマンの大声と共に車が発進する。収穫が得られず無駄足になった記者達は、それぞれ悪態をつきながら散って行った。
「これはこれは。三流新聞の記者さんじゃないですか」
騒ぎが収束へ向かう中水無月が地面に打った場所をさすっていると、妙に嫌味ったらしい声がした。
他者を見下すのに慣れた目で、場違いな黄色いスーツを着た男がこちらへ手を差し伸ばしている。記憶が正しいなら、市の役員である男だ。
水無月はその手を借りずに立ち上がり、服についた汚れを払う。
「面と向かって人の新聞を三流呼ばわりとは、いい根性をしていらっしゃいますわね」
「いえ、新聞の名前を思い出せなかったものでね。思い出す必要もないですが」
男はいやらしく口元を吊り上げた。その動作は人に嫌悪感しか抱かせない。
「相変わらず、顔を覚えてしまう程にのろまと言いますか、要領が悪いと言いますか」
「大きなお世話ですわ」
「そんな貴方が、記者なんて他者の出した残飯にたかるカラスのような仕事をしているとは。世知辛く、かつ甘い世の中ですねぇ」
「私達がそうせざるを得ない基盤を作ってるのはあなた達でしょう。しかもお偉い方のお下がりを喜ぶハイエナさんが、よく言えたものですわね」
男は顔色を変えずただ笑っているだけ、立場を揶揄されることに慣れているのだろう。自分だけ腹を立てるのも悔しいので、水無月は話題を変える。
「あなたも市の関係者でしょう。この一連の騒動に関してどうお思いなんですか」
「どう、とは？」
「えーっと…例えば、そう。どうして事件が勝手に解決されるのか、とか」
適当に質問をすると、男は何が面白いのか声まで出して笑った。
「やはり変わった人ですね貴方は。普通、事件の内容から尋ねるのではないのですか？」
水無月にとってそれはどうでも良かった。イダルが暴走しているだけだと知っているから。
「まぁいいでしょう。けど想像もつきませんね。炎が燃え尽きるように、燃料が切れるかして収束しているだけなんじゃないですか？」
「もし誰かが、本来あなた達がすべき『街を守る』ために動いているとしたら？」
「あぁ…貴方ですか。あの魔法使いか何かが事件を解決している、とかいう記事を書いた人は」
三流と罵りつつも関連記事は読んでいたらしい。仕事熱心な事だ。
「オカルトどころかメルヘンまで持ち出されるとは思っていませんでしたよ。貴方が少し心配にすらなります」
事実はこの世界で自分しか理解できないとわかっている。だから水無月は彼に向かって言っておく。
「魔法はただのキャッチフレーズですけど。でも実際に誰かが必死に街を救ってくれていたなら、あなた達が何をしてくれるか見ものですわ」
「そうですねぇ。感謝状をお渡しして、街のシンボルにでもなって頂くでしょうねぇ」
「…えぇ、あなた達はそういう人間でしたわね」
水無月は男の顔を鷲掴みしたい気持ちを抑え、くるりと周り男に背を向け立ち去った。
水無月葉奈は、本当は水月華という。
ここではないどこか。ユタトラ諸島と呼ばれる幾つもの島が集まった自然豊かな地方の、1人のモンスターブリーダーだった。
そして同時に、イダルという平和を脅かす危険因子を回収するための、魔砲少女だった。
人の願いに反応する石、イダル。多くのイダルを集めた最後、魔王として降臨しようとしたコノハズクを阻止するため、水月華は己を犠牲にして彼と時空の隙間へ落ちた。
それで全てが終わった、はずだった。
目を覚ました水月華が居た場所は、まさに別次元のものだった。
そこでは太古にしか存在しなかったはずの機械、それも遥かに発展した道具を人は取り入れ生活していた。
モンスターなど必要でなくそもそもそんなものが居ない世界。文明も文化も違う未知の世界に、少女は何の前置きもなく投げ込まれたのだ。
ブリーダーであったのは言うまでもなく、魔砲少女をやっていた時のお供だったモンスターもいないので彼女は何の力も持たない。
奇跡的に言葉が通じる事だけが救いだった。もちろんこちらの世界特有の用語は数多く勉強しなければならなかったが。
ユタトラとは違って、誰もがやたら急ぎ足だった。文明が発達している故か、人の間のコミュニケーションが廃れているようだった。
冷ややかで無慈悲な社会。でもその中にも、戸惑うばかりだった水月華の力になってくれた暖かく優しい人達もいた。
彼らを尊敬し同じように生きるために、またこちらの世界をより詳しく知るために、水月華は記者という職業を選択した。
イダルのような、ユタトラへ帰る事の出来る何かを探す事が出来るかもしれないとも思って。
新しい名を名乗り、数年の時と涙と、人とのふれあいを経て。
少女は大人になった。
「ボツだな」
灰色の編集局内は、人と紙と電話の音が今起きたばかりのニュースを乗せて飛び交う。
その中で編集長と書かれたプレートのあるデスクに座る男。彼はそう言い捨てて水無月の書いた原稿を投げた。
「はぁ」
他のシュレッダー行きの紙達と同じ場所に置かれた原稿を見つめて、彼女は軽く嘆息する。彼の心無い行動にも段々慣れてきた。
「何だコレは、誰が妄言書けっつった」
局内は禁煙なのだが、イラつかせている原因である自分にそれを咎める勇気はなかった。
「ったく。前は俺がいない間に勝手しやがるし…何が魔法だ、馬鹿かお前は」
「…でもあの日の新聞は、売れ行き良かったみたいですけど」
ぼそっと噛み付いた水無月の言葉に、編集長は「あぁ？」と唸ってさらに目つきを鋭くする。
「その手の雑誌でもねぇのに。1日の売り上げのために、俺らの前の奴らが築いた信用ってやつを落とすのか」
言われてから気がついた。確かに自分はあの記事を取材事実から書いたし、読めるものだと自負していた。
だが先ほどの言い方では、そういうつもりがなくてもまるで「売れれば何をしてもいい」という意味に聞こえる。
「そうは考えていません、けど言葉を間違えました。…すいません」
短いやり取りの間に、デスクの灰皿にはもうタバコ2本目の灰が積もり始めていた。
「もういい、こっち方面にはお前が使えないのはわかった。おい！誰か手空いてる奴に観覧車の話書かせろ！」
副編集長であるショートカットの女性が呼ばれ、彼女に分厚い資料の入った封筒が手渡される。
「…えっと。それじゃ、すいませんでした…」
いたたまれなくなった水無月は肩を落として立ち去ろうとしたが、
「話は終ってねぇぞ。お前はこっち行ってこい」
その前に数単語だけ文字の書かれた紙切れを手渡された。
戻りがけに副編集長が「気にしない気にしない」と小声で励ましてくれたが、返答の笑顔に疲れを隠し切れない。
内容を確認せず紙だけ持って一番遠くにある自分の机に崩れ落ち、周りの活気に隠れて大きくため息をついた。
「なによーもー！」
その夜水無月は、白や黄色の小物で可愛く飾った自室にて、ビール片手にコノハに愚痴っていた。
「いや何って言われてもなぁ」
「皆なーにも知らないくせしてさ！ほらコノハも飲みなさいよー」
「いつもガキだガキだっつっといて、酒の相手はさせるのな…」
ちょこんとテーブルに座ったコノハ。彼が羽で抱えるコップに缶ビールを注ぎ、既に空になった数本の缶の横に並べる。
「あーもう、はやくイダル集めてユタトラに帰りたいー…」
「集めたら集めたで、俺が使うけどな！ケケケ！」
「いいわよー。そのあと私とリプルでまた封印するからー」
水無月が酔ったまま頬をひねろうとしてくるので、避けるのも面倒だとコノハはそのまま軽くつままれた。
長年付き添った結果、力はともかくコノハの悪意は小物程度だと結論付けている。
「リプルは元気にやってるかしら、心配だわー」
「あれは見た感じ、なんとかなっちゃうタイプだろ。問題ないんじゃねーの」
「というかこむぎの方が心配ねー。リプルも天然だし、ストレス溜まってるんじゃないかしら」
「そっちは知らねぇ。あと段々力入ってきた痛ぇ」
明日もあるのでもう寝る事にしたが、その前に寝室でPCの電源を入れた。見るのは毎日寝る前にチェックするサイト。
『〜
一息ついて
外を眺めるアストンさん。
少しの雨はものともせずに
走り回る子供たち
彼らの逞しさは
周りの大人を明るくしてくれます。』
インターネットのリンクを巡っているうちに出会った、素直な言葉と間の使い方が好きな最近お気に入りのブログだ。
こういった、日々に楽しみを発見し明るく生きていく人達から元気を分けてもらって、水無月はまた明日を始める。
これまでの殺伐とした現場とは違い、今回の仕事場は晴れた青空に活発な声が響いていた。
編集長から受け取った紙に書いてあったのは市内のとある保育園。長く続いている施設だそうで、開園時からのシンボルだった時計塔が今日新しいものに取り換えられるのだった。
地域に根差した新聞であるので、地元の小さなイベントも取材して記事にする。取材陣が水無月1人だけなのは言うまでもない。
同業者がいないとやっぱり覇気がないし、もっと広い視野でユタトラに帰る事の出来る何かを探す目的で記者になったのだが…これも大事な仕事だと、園庭の隅で背を向けぐっと手を握りやる気を出す。
「おはようございます。新聞の方ですか？」
原稿の参考にと早めに来て事前の準備を写真に撮っていると、誰かから声を掛けられる。
「あ、はい！おはようございます」
保育士の人だろう、大きなメガネと顔の横から下げた長い三つ編みが可愛らしい女性だった。
慌てて水無月は彼女に名刺を渡す。「あらあら、ご丁寧にどうも」と深くお辞儀してからそれを受け取った彼女は名前を確認し、エプロンの前ポケットにしまった。
「今から子供達を庭で遊ばせたいので…お邪魔になると思うのですが、大丈夫ですか？」
「邪魔だなんてそんな。私の事は気にせず遊んじゃってください」
見れば教室から水色のスモックを着た子供達が「わーい！」と歩幅いっぱいの駆け足で出てくるところだった。
「元気いっぱいですねー」
「うふふ。そうですね」
子供達への感想を自分の事のように嬉しがる保育士の姿が眩しい。
自由時間なのだろうか。各々好きな遊具に飛びつき、全身を使ってはしゃぐ園児達。
そのうち1人の男の子が、もの珍しそうに水無月のもとにてててっと寄って来た。
「おばちゃん、誰？」
そしてざっくり切られた。
「お、おば…」
幼い彼の言葉に飾りはない。確かにちょっと体の衰えを感じなくはないが、正直まだ行けると思っていた。全然大丈夫だと思っていた。
「あらあら。お姉ちゃん、って呼んであげた方がお姉ちゃんも嬉しいんじゃないかな？」
顔が引きつったのを気にしてくれた保育士の彼女は、彼と同じ目線になるよう座って提案するように修正しようとしてくれる。
「でもママとおなじねんれーでしょ？」
本当に、全く飾りない言葉だった。年齢という単語を知っているあたり、彼の母親も気になりだしているんだろうなという勘ぐりはともかく。
どうでもいいが。いつものポーチの中で何かが震えて笑っていたので、手を突っ込んで長めに握り潰しておいた。
「ねぇねぇ！だれだれー！？」
そうしてきっかけを作ると周りの園児達も集まり出す。
「あぅ…えっとね？そのねー…」
体は小さくてもパワフルな子供達に囲まれ、すぐに質問攻めにされる。
「お姉ちゃんは、この時計さんがさよならしちゃうから、新聞に残してくれるの」
面倒見が良かった昔とは違って彼らに対応できない水無月は、保育士の彼女に助け舟を出してもらった。
「もったいないよー」
「なおせないのー？」
「かわいそうだよー。このままのこしてあげようよー」
そんな健気な同情を受け、子供たちは皆で時計塔を見上げる。
自分以外に興味の対象が移り、ほっとして同じように見上げた分解途中の時計塔。その時水無月の瞳に。
光る銀色の石が露出しているのが映った。
突如耳鳴りがした。魔砲が使えなくても、彼女の魔砲少女としての感覚は残ったままだった。
何度も感じてきた別次元の何か。来る。
「いけない！皆離れ―！」
水無月が警告を言い終わる前に、不気味な空間が園庭を包んだ。
次の瞬間も、水無月は確かに園庭に立っていた。
だが空は、絵具が混ざる時のように、暗褐色と紫で不安を掻き立てる渦を描いていた。
「これは…」
「あんなところにイダルがあるなんてなぁ。全然気づかなかったぜ」
隠れる事もなく声を出してきたので、水無月はポーチから手のひら大のぬいぐるみを取り出し宙に放る。
それはぽんっと音を立て、緑のローブと羽を持つ通常状態のコノハへと戻った。
「どうなってるのかしらね」
このような事態は何度も直面しているので水無月自身は慣れたものなので、落ち着いてあたりを見回す。園の建物は元よりくすんだ色で、そのぬくもりを失っていた。
子供達を見る。今唯一頼れる保育士の先生へ誰もが必死にしがみ付き顔を埋めていた。
「大丈夫、大丈夫だからね…」
その彼女も怖いだろうに。震える体をどうにか誤魔化し、大事な生徒たちをしっかりと抱きかかえていた。
「…まぁすぐに、リプルが助けに来てくれるかしらね」
イダル絡みなら現代の魔砲少女、新しいリプルも気づいてくれるだろう。
「こっちにとっちゃ、すぐでもなさそうだけどな」
だが場の空気を気にせず、肩に止まったコノハが状況を分析する。
「時計とセットのイダルだったろ。これは空間ってより、時間が切り取られてるんじゃね」
「つまり？」
「元居た世界と時間の流れが違うって事さ。もう一人のリプルが1時間でイダル付き時計をぶっ壊したとしても、俺らは1日とか1年とか、あるいはもっと長い時間ここに閉じ込められてるかも知れねぇってな」
イダルは強い人の心を映す。このまま残したいと言った子供らの願いが通ったのかどうか。
「…」
だがこうじゃないだろう。
「まぁ俺はどうでもいいけどな。ユタトラだろうが日本だろうが異次元だろうが、自由気ままに過ごすだけさ」
助けられたとしても、子供達の純朴で貴重な時間を、自分もそうだった幸せな時間が奪われるわけにはいかない。
まだ幼かった時の、妹のように大切な2人の顔を思い出し。また思い出してしまう、そのうちの1人と殴り合った紫と銀の景色を振り切り。
「行くわよコノハ」
「何だよ自分で動くのかよ。魔砲もねぇくせに」
「仕事溜まってるのよ。時間が惜しいわ」
水無月は濁った園舎に向かって歩き出した。
「水無月さん！」
先ほどから、突如出てきた緑の小人とのやりとりを唖然として見ていた保育士の彼女が話を察しそれを止める。
「どこに行くんですか、危ないから、ここに居てください…」
「大丈夫。ちょっと原因を探ってくるだけですわ」
「そ、それなら、私も一緒に…」
水無月は微笑み、片手を小さく広げる。顕現した彼女の杖は色褪せてはいなかった。
「ありがとう、でもあなたはこの子達と一緒に居てあげて。必ずリプルが、魔砲少女が助けてくれるわ」
瞳を閉じて願う。色は青と黒のまま、けれど成長に合わせて変化した魔砲服。
「それに私も一応、その先輩だしね」
「魔砲…あっ！じゃあ貴方が、最近の事件を解決してくれてるっていう、あの…？」
「それはあの子なんですけどねー」
この世界に来て初めて、魔砲少女が存在する事をあっさりと受け入れられた。
「私の友達がお世話になったらしくて…」
急にヒーローショーのように現れた魔砲服の女性に、子供達も恐怖を忘れてはしゃいでいる。
彼らの心を安らげてあげられるのなら。杖を軽く回し、きっちりポーズを取って叫ぶ。
「魔砲少女りりかる♪おねーさま、只今参上です！」
わぁと歓声があがる。自分が魔砲少女で良かった。
どうでもいいが。隣でげらげら笑い出した空気を読まない使い魔には、ポーズを決めたまま裏拳を顔にめり込ませておいた。
「まだ名前を聞いてなかったわね。あなた名前は？」
水月華は保育士の彼女に尋ねる。
「あ、えっと…じゃあアストン。アストンって呼んでください」
「そう。それじゃアス…」
年上の魔砲少女に合う優雅な振る舞いでその場から立ち去ろうとした水月華だったが、
「�堯�
知ってる名前を言われ驚く姿は、やっぱり普通の女の子。
「え？」
「い、いや何でもないわよ？それじゃアストンさん、皆をよろしくね」
人の出逢いはわからないものだが、それも今更な話だ。水月華はにやけた顔を隠すように地面を蹴って駆け出した。
経験上、魔砲少女としての感覚は新しいリプルよりも鋭い。原因はすぐに見つかった。
「他愛ないわねー」
教室のうちの一つ。確か今園庭にいる彼らが出てきた部屋の中で、幼い子の手のひらに収まるくらい縮小された時計塔がふわふわ浮いていた。
「捻り潰せば終わるかしらね？」
「そりゃお前の馬鹿力ならなぁ」
顔が赤くなったコノハが呆れ声で同意する。魔砲を持たない今、変身して意味をなすのは服の防御壁と、身体能力だけだ。
「魔砲少女としては邪道だけど。この際仕方ないとしましょう」
「いや魔砲関係なく、お前の握力はおかしいと言いたかったんだが…いいか。やるならさっさとやれよ」
水月華とコノハズクが時計塔へ向かって歩き出すのだが、
「…あれ？」
時計と水月華の間の距離は、並べられていた椅子に換算して6つ分の距離。まったく遠くない。
しかし一つ歩を進めても、その距離は何故か6つのまま。
「くっ！この！」
走る。残る取り得だと言った身体能力を生かして、全力で走る。何十何百という椅子が映画のフィルムのように後ろへ流れていくが、やはり時計との距離は縮まない。
「なーにが「空間は切り取ってない」よコノハ！思いっきり空間制御されてるじゃないの！」
「ぜー…はー…。時間と空間は密接に関係してるもんなのさ…。ぜー…はー…」
羽ばたいて飛ぶコノハズクは魔砲少女の足に追いつくので必死だ。
前方はそのまま、ただ後方にのみ伸びていく不思議の教室。
「魔砲が撃てれば、伸ばされる距離より速く狙撃できるのに」
「無いものねだりしても解決しねぇぞ」
「せめて飛び道具があればねー…」
ここにあるものは、モンスターへの支持具の意味を成さない杖のみ。おまけで無駄口しか叩かない使い魔。
「…あ、そうだ」
「な、何だよ。何俺を見て思いついてんだよ」
気づいて逃げ出す前に、水月華はガシィとコノハズクを掴んだ。
「！ちょ、お前まさか」
メインアタッカーには有無を言わさず、再び前方へダッシュ。走って走って、風のように走って。
「必殺！おねーさまフィンガーよ！」
「待てこの野郎！誰がそんな粗い作戦ていうか何だその厨二にもなりきれないダサい必殺わ」
「いっっっけえええええぇ！！」
適当な技名と駿足の勢いを乗せて、水月華はコノハズクをぶん投げた。
走る速度と、剛腕で投げる速度が加算された弾は音速をも超える。
「おまべなにとうてぎでまっばごべであばばばばば」
コノハズクがその状態でまともに話せるはずも、まともな顔でいられるはずもない。
弾は時計が生み出す距離よりも速く、確実にターゲットへ近づいて行った。
そして勢いは衰える事なく、時計と爆速のコノハズクの顔面が衝突。
「あぁ…。最強の魔砲を食らった時以来だなぁ、この痛みはさ…」
痛みというレベルじゃないはずなのだが、どこか満足そうにコノハズクは反対側のガラスをぶち破ってどこかへ飛んで行った。
地面に落ちた時計塔。それが再び空中に浮く前に、
「随分とまぁ、原始的な事をやらせてくれたわね」
敵を握り締め、黒く嗜虐的に微笑む。この際誰もがサディスティックな一面を持っている、という事にしておく。
時計塔が冷や汗をかいているように見えた。
「今の私じゃこうするしかないから。仕方ないわよね？」
その送り言葉と共に、めきゃりと時計塔を宣言どおり捻り潰した。
「あ！おねーさまだ！」
時計塔の記事を載せた新聞が刷りあがったので、お礼にと保育園に持って行けばそんな声で迎えられた。
「おねーさま！へんしんしてよへんしんー！」
懐いてくれるのは嬉しいのだが、そんな呼び名を定着させてしまった事を若干反省した。
「こんにちは水無月さん。あの時はお世話になりました」
園児と手を繋いだ保育士の彼女も出迎えてくれる。
「コノハさんも。ありがとうございました」
ポーチに向かって挨拶をされると、中から「ふんっ」という照れを隠せていない声が聞こえた。
異空間を壊したその後、他の先生に尋ねても自分達がいなくなった事など知らないと言う。つまり全く時間が経っていなかったという事だ。
新しいリプルもその後確認のために園を訪れたようだが、来る前にさっさと退散したのでイダルはしっかり回収した。
だが一番の収穫は、子供達があの出来事を魔法モノの演技として記憶してくれているようで、彼らに恐怖を微塵のかけらも残さず終われた事だろう。
「いえー、こちらこそお世話になりました。その時の記事があがったのでお渡ししようと思って」
教室の窓から水無月を見つけた彼女のクラスの園児全員は、元気一杯に飛び出して水無月の周りに集まった。
「あそぼうぜおねーさま！おにごっこしよう！」
「あー！わたしがつえのまわしかたおしえてもらうのー！」
その時はっきりと思い出された子供の時の記憶と、穏やかな感覚。
「人気者ですね水無月さん。保育士に向いてるかもしれませんよ？」
「そうですかねー…」
笑われる前に、ポーチからぬいぐるみ状態のコノハを取り出し子供達に渡す。
同時刻。水無月が所属する編集部では、水無月の上司がタバコを吹かしていた。
「嬉しそうですね、編集長」
山積みの書類の上にさらに紙を重ね、副編集長はにこやかに言った。
「どこからそう見えるか言ってみろ」
「窓の外を見ながらタバコを吸われてる時は大抵そうです」
バレている癖を指摘され、バツが悪そうに居直る編集長。
「水無月さんの事でしょう？今回は素直に原稿を通しましたね」
「珍しく見るに耐えるものだったからな」
「ふふ。やっぱり水無月さんにだけは厳しいんですね」
自分では普段、他の新米達に説教するのと同じつもりでいるのだが。
たまには認める事も必要か、と彼はタバコを灰皿に押し付けて言う。
「事実、あいつの感性は他にないもんだよ。どういう環境だったのか知らねぇが、いい目をしてやがる」
「そうですね。毎回、面白い事書いてきますもんね」
「だが常識ってもんがなっちゃいない。どこで生きていくにしろルールっつう前提がある」
今もどこかで、自分の心で世界を見ている彼女の未来を彼は評価した。
「ようやくものの書き方ってのを理解してきたし、これからだ。アイツはよ」
「今の言葉を、そのまま水無月さん本人に言ってあげればいいんですよ」
「馬鹿野郎。上の人間は怒鳴ってこそなんだよ」
ただ褒めるのが苦手なだけなのに。副編集長は、彼の立ち去れという手を振ったジェスチャーに面白おかしく笑った。
水無月はコノハが子供達に高く空へ放り投げられるのを眺める。
こうして大事な思い出を取り戻せるのは、自分が魔砲少女であり、また記者だったから。
大変な事もあるけれど。遠いあの場所と、時と場所を超えて繋がっている気のする青い空の下で、水無月は言い切った。
「でも私。今の仕事、結構好きですから」
『〜
澄んだ目で子供達を見つめる
記者さんのきれいな笑顔。
彼女の魔砲は
アストンさんや子供達に
輝きを運んでくれたようです。』
ナミコ：…あれ。私らの出番アレだけ？
ソーダ：♪
エンディングテーマ『船着き場の裏で会いましょうＲ』
オープニングテーマ『リターン・リ・ターン』
第4話 Re:collect
「それじゃ、これは貰っていくわね」
雨のように降り注ぐ幾本ものミサイルをくぐり抜け、パイロットのいない武装ヘリをどうにか撃墜したナミコとソーダの上からそんな声が聞こえてくる。
モノリスを想像させる漆黒のビル群と、その隙間から見える赤く光る満月。
ヘリの爆発から飛び出した、ナミコではないもう一人の魔法少女は鉄塔の先に軽やかに降り立つ。
闇を背にして、手にした銀色の石の輝きに満足し月にも石にも負けぬほどに妖艶に微笑んだ。
「あんたは…あんたは一体なんなのさ！」
ナミコと暴走した機械との戦いに必ず現れ、事件の引き金であろう銀の石を奪い去っていく女性。
戦闘時は援護してくれるから今まで深く考えなかったが、こうも石だけを持って行かれるとナミコも『謎の美女』というだけでは済ませられない。
「そうねぇ、何と言われると…」
問い詰めるナミコの視線などまったく気にせず、女性は顎に指を当てのほほんと考える仕草を見せる。
「魔砲少女りりかる♪おねーさま、とかかしらね？」
「ふざけないで！」
話を逸らされたナミコが強く言い放つと、女性は子供のように体をびくりと震わし縮こまった。
「え、いや別にふざけてはないわよ？本当に昔はこの名前だったんだから…」
女性の隣で羽をはばたかせていた人形ほどの大きさの緑の使い魔が腹を抱えて爆笑し、手が羽なものだからはばたけず落下していくのが目の端に映る。
睨み続けるナミコに観念したのかどうか。女性は「そうねー…」と、どこかで聞いた気がする間延びした独り言を挟んでから語る。
「いつだったかに言ったわね。この石は、人の心を形にする不思議な石」
そして月光に当て輝かせた石を一回転して軽やかに頭上へ放り投げ、それを急上昇した使い魔が背負ったカバンで受け止めた。
「あなたには必要のないもの。私には必要なもの。あなたと同じで、私にも守りたいものがあるという事よ」
「勝手に言って！そんな危険なものここで砕いちゃわないといけないんじゃ」
言い分が不明瞭。隠し事をしているような人間に石を渡せないとナミコは彼女に飛びかかるが、
「ものは使いよう。大丈夫、悪いようにはしないわ」
「それをお前が知る必要はないがな！けけけ！」
必要最低限の動作で彼女は華麗に突進を受け流し、慣性のまま投げ飛ばされたナミコが振り返った時にはその言葉を残し2人はいなくなっていた。
「魔法、少女…」
彼女もそう言った。同じ服を着て同じ肩書きを持つ、しかし相容れない二人。
次に会った時は必ず彼女の真意を知らなければと、ナミコは目下に広がる街という名の黒い海を眺め拳を握りしめる。
「ふぅ…」
魔砲少女の後輩は、これまでに何度も口にした名前だが別人。
リプルとの対峙を終え、水無月はビル間の人がいない路地に着地する。
服をこの世界に合った白いブレザーへと戻し、脇につけたオレンジのポーチから縁の細い眼鏡を取り出してかけた。
「ぷは、ぷははは…！」
先ほどの事を思い出し、エアコンの外部装置の上で笑い転げる緑のローブを着た使い魔。
水無月はその顔面をガシィと片手でつかみ、目の前まで持ち上げた。
「何が面白いのよ。コノハ」
「そりゃなぁ、あんな名前で名乗りゃあふざけてるようにしか聞こえねぇわなぁ…ぷはは…！」
「魔王になりたい貴方に言われるとは思わなかったわ」
と言いつつも水無月は、先ほど自分が名乗ったシーンを第三者視点で思い返し、そして赤面する。
「お前、もうちょっと年相応って言葉を学んだ方が」
「うるさいわねコノハ。私の10倍以上の年なのに、精神年齢がガキな貴方に言われたくはないわよ」
わざわざ一番痛い所を指摘され、指の圧力を上げる。
「痛いいたい！俺痛いの好きだけど、この陰険な痛みはイヤだ！やるならもっと一発ビシッと刺激的な」
その時ポーチから、携帯端末にセットしていたアラーム音が鳴った。水無月はコノハと呼んだ使い魔を後ろへ投げ捨て、端末に書き込んでおいた予定を確認する。
「あ、もうこんな時間じゃない！行くわよコノハ！」
「こういう扱いはいいんだけどな…っておい！ちょっと待てよ！」
壁に張り付いた己の体を引きはがし、コノハは急いで彼女の後を追った。
「議員！どうなんですか議員！」
いつもは街外れの静かな場所である、高級料理亭の前は人が密集し騒がしく物々しい状況になっていた。
瞬きする間もなく焚かれるカメラのフラッシュ。料亭から出てきた、険しい顔の男性に向けていくつもの手とレコーダーが差し出される。
「爆破事件に観覧車破損事件に！市の強行的な都市開発に対する報復だという噂もありますが！」
「今後もこのような事は継続するとお考えですか！」
「事件への対応の遅れも指摘されていますが！何かしらの措置は、議員！」
何を質問をされても口すら開かず、議員と呼ばれた男性は黒服のガードマンに護衛され見るからに高そうな車へと移動した。
「ちょっ、ちょっとすいませ…」
その中に水無月の姿もあった。だが彼女は完全に外野の位置、他の記者達による壁に阻まれ仕事対象である議員を目視可能な範囲にすら行けない。
一部の記者は窓ガラスに張り付いて、車内にいる議員の表情を撮影しようとしている。一方水無月はというと、壁に潜り込もうとしたが反発力で跳ね飛ばされ道端で尻餅をついていた。
「あいたー…まったくもう…」
「車が出ます！危ないので下がってください！」
ガードマンの大声と共に車が発進する。収穫が得られず無駄足になった記者達は、それぞれ悪態をつきながら散って行った。
「これはこれは。三流新聞の記者さんじゃないですか」
騒ぎが収束へ向かう中水無月が地面に打った場所をさすっていると、妙に嫌味ったらしい声がした。
他者を見下すのに慣れた目で、場違いな黄色いスーツを着た男がこちらへ手を差し伸ばしている。記憶が正しいなら、市の役員である男だ。
水無月はその手を借りずに立ち上がり、服についた汚れを払う。
「面と向かって人の新聞を三流呼ばわりとは、いい根性をしていらっしゃいますわね」
「いえ、新聞の名前を思い出せなかったものでね。思い出す必要もないですが」
男はいやらしく口元を吊り上げた。その動作は人に嫌悪感しか抱かせない。
「相変わらず、顔を覚えてしまう程にのろまと言いますか、要領が悪いと言いますか」
「大きなお世話ですわ」
「そんな貴方が、記者なんて他者の出した残飯にたかるカラスのような仕事をしているとは。世知辛く、かつ甘い世の中ですねぇ」
「私達がそうせざるを得ない基盤を作ってるのはあなた達でしょう。しかもお偉い方のお下がりを喜ぶハイエナさんが、よく言えたものですわね」
男は顔色を変えずただ笑っているだけ、立場を揶揄されることに慣れているのだろう。自分だけ腹を立てるのも悔しいので、水無月は話題を変える。
「あなたも市の関係者でしょう。この一連の騒動に関してどうお思いなんですか」
「どう、とは？」
「えーっと…例えば、そう。どうして事件が勝手に解決されるのか、とか」
適当に質問をすると、男は何が面白いのか声まで出して笑った。
「やはり変わった人ですね貴方は。普通、事件の内容から尋ねるのではないのですか？」
水無月にとってそれはどうでも良かった。イダルが暴走しているだけだと知っているから。
「まぁいいでしょう。けど想像もつきませんね。炎が燃え尽きるように、燃料が切れるかして収束しているだけなんじゃないですか？」
「もし誰かが、本来あなた達がすべき『街を守る』ために動いているとしたら？」
「あぁ…貴方ですか。あの魔法使いか何かが事件を解決している、とかいう記事を書いた人は」
三流と罵りつつも関連記事は読んでいたらしい。仕事熱心な事だ。
「オカルトどころかメルヘンまで持ち出されるとは思っていませんでしたよ。貴方が少し心配にすらなります」
事実はこの世界で自分しか理解できないとわかっている。だから水無月は彼に向かって言っておく。
「魔法はただのキャッチフレーズですけど。でも実際に誰かが必死に街を救ってくれていたなら、あなた達が何をしてくれるか見ものですわ」
「そうですねぇ。感謝状をお渡しして、街のシンボルにでもなって頂くでしょうねぇ」
「…えぇ、あなた達はそういう人間でしたわね」
水無月は男の顔を鷲掴みしたい気持ちを抑え、くるりと周り男に背を向け立ち去った。
水無月葉奈は、本当は水月華という。
ここではないどこか。ユタトラ諸島と呼ばれる幾つもの島が集まった自然豊かな地方の、1人のモンスターブリーダーだった。
そして同時に、イダルという平和を脅かす危険因子を回収するための、魔砲少女だった。
人の願いに反応する石、イダル。多くのイダルを集めた最後、魔王として降臨しようとしたコノハズクを阻止するため、水月華は己を犠牲にして彼と時空の隙間へ落ちた。
それで全てが終わった、はずだった。
目を覚ました水月華が居た場所は、まさに別次元のものだった。
そこでは太古にしか存在しなかったはずの機械、それも遥かに発展した道具を人は取り入れ生活していた。
モンスターなど必要でなくそもそもそんなものが居ない世界。文明も文化も違う未知の世界に、少女は何の前置きもなく投げ込まれたのだ。
ブリーダーであったのは言うまでもなく、魔砲少女をやっていた時のお供だったモンスターもいないので彼女は何の力も持たない。
奇跡的に言葉が通じる事だけが救いだった。もちろんこちらの世界特有の用語は数多く勉強しなければならなかったが。
ユタトラとは違って、誰もがやたら急ぎ足だった。文明が発達している故か、人の間のコミュニケーションが廃れているようだった。
冷ややかで無慈悲な社会。でもその中にも、戸惑うばかりだった水月華の力になってくれた暖かく優しい人達もいた。
彼らを尊敬し同じように生きるために、またこちらの世界をより詳しく知るために、水月華は記者という職業を選択した。
イダルのような、ユタトラへ帰る事の出来る何かを探す事が出来るかもしれないとも思って。
新しい名を名乗り、数年の時と涙と、人とのふれあいを経て。
少女は大人になった。
「ボツだな」
灰色の編集局内は、人と紙と電話の音が今起きたばかりのニュースを乗せて飛び交う。
その中で編集長と書かれたプレートのあるデスクに座る男。彼はそう言い捨てて水無月の書いた原稿を投げた。
「はぁ」
他のシュレッダー行きの紙達と同じ場所に置かれた原稿を見つめて、彼女は軽く嘆息する。彼の心無い行動にも段々慣れてきた。
「何だコレは、誰が妄言書けっつった」
局内は禁煙なのだが、イラつかせている原因である自分にそれを咎める勇気はなかった。
「ったく。前は俺がいない間に勝手しやがるし…何が魔法だ、馬鹿かお前は」
「…でもあの日の新聞は、売れ行き良かったみたいですけど」
ぼそっと噛み付いた水無月の言葉に、編集長は「あぁ？」と唸ってさらに目つきを鋭くする。
「その手の雑誌でもねぇのに。1日の売り上げのために、俺らの前の奴らが築いた信用ってやつを落とすのか」
言われてから気がついた。確かに自分はあの記事を取材事実から書いたし、読めるものだと自負していた。
だが先ほどの言い方では、そういうつもりがなくてもまるで「売れれば何をしてもいい」という意味に聞こえる。
「そうは考えていません、けど言葉を間違えました。…すいません」
短いやり取りの間に、デスクの灰皿にはもうタバコ2本目の灰が積もり始めていた。
「もういい、こっち方面にはお前が使えないのはわかった。おい！誰か手空いてる奴に観覧車の話書かせろ！」
副編集長であるショートカットの女性が呼ばれ、彼女に分厚い資料の入った封筒が手渡される。
「…えっと。それじゃ、すいませんでした…」
いたたまれなくなった水無月は肩を落として立ち去ろうとしたが、
「話は終ってねぇぞ。お前はこっち行ってこい」
その前に数単語だけ文字の書かれた紙切れを手渡された。
戻りがけに副編集長が「気にしない気にしない」と小声で励ましてくれたが、返答の笑顔に疲れを隠し切れない。
内容を確認せず紙だけ持って一番遠くにある自分の机に崩れ落ち、周りの活気に隠れて大きくため息をついた。
「なによーもー！」
その夜水無月は、白や黄色の小物で可愛く飾った自室にて、ビール片手にコノハに愚痴っていた。
「いや何って言われてもなぁ」
「皆なーにも知らないくせしてさ！ほらコノハも飲みなさいよー」
「いつもガキだガキだっつっといて、酒の相手はさせるのな…」
ちょこんとテーブルに座ったコノハ。彼が羽で抱えるコップに缶ビールを注ぎ、既に空になった数本の缶の横に並べる。
「あーもう、はやくイダル集めてユタトラに帰りたいー…」
「集めたら集めたで、俺が使うけどな！ケケケ！」
「いいわよー。そのあと私とリプルでまた封印するからー」
水無月が酔ったまま頬をひねろうとしてくるので、避けるのも面倒だとコノハはそのまま軽くつままれた。
長年付き添った結果、力はともかくコノハの悪意は小物程度だと結論付けている。
「リプルは元気にやってるかしら、心配だわー」
「あれは見た感じ、なんとかなっちゃうタイプだろ。問題ないんじゃねーの」
「というかこむぎの方が心配ねー。リプルも天然だし、ストレス溜まってるんじゃないかしら」
「そっちは知らねぇ。あと段々力入ってきた痛ぇ」
明日もあるのでもう寝る事にしたが、その前に寝室でPCの電源を入れた。見るのは毎日寝る前にチェックするサイト。
『〜
一息ついて
外を眺めるアストンさん。
少しの雨はものともせずに
走り回る子供たち
彼らの逞しさは
周りの大人を明るくしてくれます。』
インターネットのリンクを巡っているうちに出会った、素直な言葉と間の使い方が好きな最近お気に入りのブログだ。
こういった、日々に楽しみを発見し明るく生きていく人達から元気を分けてもらって、水無月はまた明日を始める。
これまでの殺伐とした現場とは違い、今回の仕事場は晴れた青空に活発な声が響いていた。
編集長から受け取った紙に書いてあったのは市内のとある保育園。長く続いている施設だそうで、開園時からのシンボルだった時計塔が今日新しいものに取り換えられるのだった。
地域に根差した新聞であるので、地元の小さなイベントも取材して記事にする。取材陣が水無月1人だけなのは言うまでもない。
同業者がいないとやっぱり覇気がないし、もっと広い視野でユタトラに帰る事の出来る何かを探す目的で記者になったのだが…これも大事な仕事だと、園庭の隅で背を向けぐっと手を握りやる気を出す。
「おはようございます。新聞の方ですか？」
原稿の参考にと早めに来て事前の準備を写真に撮っていると、誰かから声を掛けられる。
「あ、はい！おはようございます」
保育士の人だろう、大きなメガネと顔の横から下げた長い三つ編みが可愛らしい女性だった。
慌てて水無月は彼女に名刺を渡す。「あらあら、ご丁寧にどうも」と深くお辞儀してからそれを受け取った彼女は名前を確認し、エプロンの前ポケットにしまった。
「今から子供達を庭で遊ばせたいので…お邪魔になると思うのですが、大丈夫ですか？」
「邪魔だなんてそんな。私の事は気にせず遊んじゃってください」
見れば教室から水色のスモックを着た子供達が「わーい！」と歩幅いっぱいの駆け足で出てくるところだった。
「元気いっぱいですねー」
「うふふ。そうですね」
子供達への感想を自分の事のように嬉しがる保育士の姿が眩しい。
自由時間なのだろうか。各々好きな遊具に飛びつき、全身を使ってはしゃぐ園児達。
そのうち1人の男の子が、もの珍しそうに水無月のもとにてててっと寄って来た。
「おばちゃん、誰？」
そしてざっくり切られた。
「お、おば…」
幼い彼の言葉に飾りはない。確かにちょっと体の衰えを感じなくはないが、正直まだ行けると思っていた。全然大丈夫だと思っていた。
「あらあら。お姉ちゃん、って呼んであげた方がお姉ちゃんも嬉しいんじゃないかな？」
顔が引きつったのを気にしてくれた保育士の彼女は、彼と同じ目線になるよう座って提案するように修正しようとしてくれる。
「でもママとおなじねんれーでしょ？」
本当に、全く飾りない言葉だった。年齢という単語を知っているあたり、彼の母親も気になりだしているんだろうなという勘ぐりはともかく。
どうでもいいが。いつものポーチの中で何かが震えて笑っていたので、手を突っ込んで長めに握り潰しておいた。
「ねぇねぇ！だれだれー！？」
そうしてきっかけを作ると周りの園児達も集まり出す。
「あぅ…えっとね？そのねー…」
体は小さくてもパワフルな子供達に囲まれ、すぐに質問攻めにされる。
「お姉ちゃんは、この時計さんがさよならしちゃうから、新聞に残してくれるの」
面倒見が良かった昔とは違って彼らに対応できない水無月は、保育士の彼女に助け舟を出してもらった。
「もったいないよー」
「なおせないのー？」
「かわいそうだよー。このままのこしてあげようよー」
そんな健気な同情を受け、子供たちは皆で時計塔を見上げる。
自分以外に興味の対象が移り、ほっとして同じように見上げた分解途中の時計塔。その時水無月の瞳に。
光る銀色の石が露出しているのが映った。
突如耳鳴りがした。魔砲が使えなくても、彼女の魔砲少女としての感覚は残ったままだった。
何度も感じてきた別次元の何か。来る。
「いけない！皆離れ―！」
水無月が警告を言い終わる前に、不気味な空間が園庭を包んだ。
次の瞬間も、水無月は確かに園庭に立っていた。
だが空は、絵具が混ざる時のように、暗褐色と紫で不安を掻き立てる渦を描いていた。
「これは…」
「あんなところにイダルがあるなんてなぁ。全然気づかなかったぜ」
隠れる事もなく声を出してきたので、水無月はポーチから手のひら大のぬいぐるみを取り出し宙に放る。
それはぽんっと音を立て、緑のローブと羽を持つ通常状態のコノハへと戻った。
「どうなってるのかしらね」
このような事態は何度も直面しているので水無月自身は慣れたものなので、落ち着いてあたりを見回す。園の建物は元よりくすんだ色で、そのぬくもりを失っていた。
子供達を見る。今唯一頼れる保育士の先生へ誰もが必死にしがみ付き顔を埋めていた。
「大丈夫、大丈夫だからね…」
その彼女も怖いだろうに。震える体をどうにか誤魔化し、大事な生徒たちをしっかりと抱きかかえていた。
「…まぁすぐに、リプルが助けに来てくれるかしらね」
イダル絡みなら現代の魔砲少女、新しいリプルも気づいてくれるだろう。
「こっちにとっちゃ、すぐでもなさそうだけどな」
だが場の空気を気にせず、肩に止まったコノハが状況を分析する。
「時計とセットのイダルだったろ。これは空間ってより、時間が切り取られてるんじゃね」
「つまり？」
「元居た世界と時間の流れが違うって事さ。もう一人のリプルが1時間でイダル付き時計をぶっ壊したとしても、俺らは1日とか1年とか、あるいはもっと長い時間ここに閉じ込められてるかも知れねぇってな」
イダルは強い人の心を映す。このまま残したいと言った子供らの願いが通ったのかどうか。
「…」
だがこうじゃないだろう。
「まぁ俺はどうでもいいけどな。ユタトラだろうが日本だろうが異次元だろうが、自由気ままに過ごすだけさ」
助けられたとしても、子供達の純朴で貴重な時間を、自分もそうだった幸せな時間が奪われるわけにはいかない。
まだ幼かった時の、妹のように大切な2人の顔を思い出し。また思い出してしまう、そのうちの1人と殴り合った紫と銀の景色を振り切り。
「行くわよコノハ」
「何だよ自分で動くのかよ。魔砲もねぇくせに」
「仕事溜まってるのよ。時間が惜しいわ」
水無月は濁った園舎に向かって歩き出した。
「水無月さん！」
先ほどから、突如出てきた緑の小人とのやりとりを唖然として見ていた保育士の彼女が話を察しそれを止める。
「どこに行くんですか、危ないから、ここに居てください…」
「大丈夫。ちょっと原因を探ってくるだけですわ」
「そ、それなら、私も一緒に…」
水無月は微笑み、片手を小さく広げる。顕現した彼女の杖は色褪せてはいなかった。
「ありがとう、でもあなたはこの子達と一緒に居てあげて。必ずリプルが、魔砲少女が助けてくれるわ」
瞳を閉じて願う。色は青と黒のまま、けれど成長に合わせて変化した魔砲服。
「それに私も一応、その先輩だしね」
「魔砲…あっ！じゃあ貴方が、最近の事件を解決してくれてるっていう、あの…？」
「それはあの子なんですけどねー」
この世界に来て初めて、魔砲少女が存在する事をあっさりと受け入れられた。
「私の友達がお世話になったらしくて…」
急にヒーローショーのように現れた魔砲服の女性に、子供達も恐怖を忘れてはしゃいでいる。
彼らの心を安らげてあげられるのなら。杖を軽く回し、きっちりポーズを取って叫ぶ。
「魔砲少女りりかる♪おねーさま、只今参上です！」
わぁと歓声があがる。自分が魔砲少女で良かった。
どうでもいいが。隣でげらげら笑い出した空気を読まない使い魔には、ポーズを決めたまま裏拳を顔にめり込ませておいた。
「まだ名前を聞いてなかったわね。あなた名前は？」
水月華は保育士の彼女に尋ねる。
「あ、えっと…じゃあアストン。アストンって呼んでください」
「そう。それじゃアス…」
年上の魔砲少女に合う優雅な振る舞いでその場から立ち去ろうとした水月華だったが、
「�堯�
知ってる名前を言われ驚く姿は、やっぱり普通の女の子。
「え？」
「い、いや何でもないわよ？それじゃアストンさん、皆をよろしくね」
人の出逢いはわからないものだが、それも今更な話だ。水月華はにやけた顔を隠すように地面を蹴って駆け出した。
経験上、魔砲少女としての感覚は新しいリプルよりも鋭い。原因はすぐに見つかった。
「他愛ないわねー」
教室のうちの一つ。確か今園庭にいる彼らが出てきた部屋の中で、幼い子の手のひらに収まるくらい縮小された時計塔がふわふわ浮いていた。
「捻り潰せば終わるかしらね？」
「そりゃお前の馬鹿力ならなぁ」
顔が赤くなったコノハが呆れ声で同意する。魔砲を持たない今、変身して意味をなすのは服の防御壁と、身体能力だけだ。
「魔砲少女としては邪道だけど。この際仕方ないとしましょう」
「いや魔砲関係なく、お前の握力はおかしいと言いたかったんだが…いいか。やるならさっさとやれよ」
水月華とコノハズクが時計塔へ向かって歩き出すのだが、
「…あれ？」
時計と水月華の間の距離は、並べられていた椅子に換算して6つ分の距離。まったく遠くない。
しかし一つ歩を進めても、その距離は何故か6つのまま。
「くっ！この！」
走る。残る取り得だと言った身体能力を生かして、全力で走る。何十何百という椅子が映画のフィルムのように後ろへ流れていくが、やはり時計との距離は縮まない。
「なーにが「空間は切り取ってない」よコノハ！思いっきり空間制御されてるじゃないの！」
「ぜー…はー…。時間と空間は密接に関係してるもんなのさ…。ぜー…はー…」
羽ばたいて飛ぶコノハズクは魔砲少女の足に追いつくので必死だ。
前方はそのまま、ただ後方にのみ伸びていく不思議の教室。
「魔砲が撃てれば、伸ばされる距離より速く狙撃できるのに」
「無いものねだりしても解決しねぇぞ」
「せめて飛び道具があればねー…」
ここにあるものは、モンスターへの支持具の意味を成さない杖のみ。おまけで無駄口しか叩かない使い魔。
「…あ、そうだ」
「な、何だよ。何俺を見て思いついてんだよ」
気づいて逃げ出す前に、水月華はガシィとコノハズクを掴んだ。
「！ちょ、お前まさか」
メインアタッカーには有無を言わさず、再び前方へダッシュ。走って走って、風のように走って。
「必殺！おねーさまフィンガーよ！」
「待てこの野郎！誰がそんな粗い作戦ていうか何だその厨二にもなりきれないダサい必殺わ」
「いっっっけえええええぇ！！」
適当な技名と駿足の勢いを乗せて、水月華はコノハズクをぶん投げた。
走る速度と、剛腕で投げる速度が加算された弾は音速をも超える。
「おまべなにとうてぎでまっばごべであばばばばば」
コノハズクがその状態でまともに話せるはずも、まともな顔でいられるはずもない。
弾は時計が生み出す距離よりも速く、確実にターゲットへ近づいて行った。
そして勢いは衰える事なく、時計と爆速のコノハズクの顔面が衝突。
「あぁ…。最強の魔砲を食らった時以来だなぁ、この痛みはさ…」
痛みというレベルじゃないはずなのだが、どこか満足そうにコノハズクは反対側のガラスをぶち破ってどこかへ飛んで行った。
地面に落ちた時計塔。それが再び空中に浮く前に、
「随分とまぁ、原始的な事をやらせてくれたわね」
敵を握り締め、黒く嗜虐的に微笑む。この際誰もがサディスティックな一面を持っている、という事にしておく。
時計塔が冷や汗をかいているように見えた。
「今の私じゃこうするしかないから。仕方ないわよね？」
その送り言葉と共に、めきゃりと時計塔を宣言どおり捻り潰した。
「あ！おねーさまだ！」
時計塔の記事を載せた新聞が刷りあがったので、お礼にと保育園に持って行けばそんな声で迎えられた。
「おねーさま！へんしんしてよへんしんー！」
懐いてくれるのは嬉しいのだが、そんな呼び名を定着させてしまった事を若干反省した。
「こんにちは水無月さん。あの時はお世話になりました」
園児と手を繋いだ保育士の彼女も出迎えてくれる。
「コノハさんも。ありがとうございました」
ポーチに向かって挨拶をされると、中から「ふんっ」という照れを隠せていない声が聞こえた。
異空間を壊したその後、他の先生に尋ねても自分達がいなくなった事など知らないと言う。つまり全く時間が経っていなかったという事だ。
新しいリプルもその後確認のために園を訪れたようだが、来る前にさっさと退散したのでイダルはしっかり回収した。
だが一番の収穫は、子供達があの出来事を魔法モノの演技として記憶してくれているようで、彼らに恐怖を微塵のかけらも残さず終われた事だろう。
「いえー、こちらこそお世話になりました。その時の記事があがったのでお渡ししようと思って」
教室の窓から水無月を見つけた彼女のクラスの園児全員は、元気一杯に飛び出して水無月の周りに集まった。
「あそぼうぜおねーさま！おにごっこしよう！」
「あー！わたしがつえのまわしかたおしえてもらうのー！」
その時はっきりと思い出された子供の時の記憶と、穏やかな感覚。
「人気者ですね水無月さん。保育士に向いてるかもしれませんよ？」
「そうですかねー…」
笑われる前に、ポーチからぬいぐるみ状態のコノハを取り出し子供達に渡す。
同時刻。水無月が所属する編集部では、水無月の上司がタバコを吹かしていた。
「嬉しそうですね、編集長」
山積みの書類の上にさらに紙を重ね、副編集長はにこやかに言った。
「どこからそう見えるか言ってみろ」
「窓の外を見ながらタバコを吸われてる時は大抵そうです」
バレている癖を指摘され、バツが悪そうに居直る編集長。
「水無月さんの事でしょう？今回は素直に原稿を通しましたね」
「珍しく見るに耐えるものだったからな」
「ふふ。やっぱり水無月さんにだけは厳しいんですね」
自分では普段、他の新米達に説教するのと同じつもりでいるのだが。
たまには認める事も必要か、と彼はタバコを灰皿に押し付けて言う。
「事実、あいつの感性は他にないもんだよ。どういう環境だったのか知らねぇが、いい目をしてやがる」
「そうですね。毎回、面白い事書いてきますもんね」
「だが常識ってもんがなっちゃいない。どこで生きていくにしろルールっつう前提がある」
今もどこかで、自分の心で世界を見ている彼女の未来を彼は評価した。
「ようやくものの書き方ってのを理解してきたし、これからだ。アイツはよ」
「今の言葉を、そのまま水無月さん本人に言ってあげればいいんですよ」
「馬鹿野郎。上の人間は怒鳴ってこそなんだよ」
ただ褒めるのが苦手なだけなのに。副編集長は、彼の立ち去れという手を振ったジェスチャーに面白おかしく笑った。
水無月はコノハが子供達に高く空へ放り投げられるのを眺める。
こうして大事な思い出を取り戻せるのは、自分が魔砲少女であり、また記者だったから。
大変な事もあるけれど。遠いあの場所と、時と場所を超えて繋がっている気のする青い空の下で、水無月は言い切った。
「でも私。今の仕事、結構好きですから」
『〜
澄んだ目で子供達を見つめる
記者さんのきれいな笑顔。
彼女の魔砲は
アストンさんや子供達に
輝きを運んでくれたようです。』
ナミコ：…あれ。私らの出番アレだけ？
ソーダ：♪
エンディングテーマ『船着き場の裏で会いましょうＲ』
コメントをかく