プロバガンダとしてのAA−「ギコ猫騒動」での賞賛、「のまネコ騒動」での非難

芸術作品は、大抵プロパガンダだ

「プロパガンダ」というと何か悪い印象を受けるけど、芸術作品は大抵何がしかのプロパガンダだ。「平和」とか「戦争」は分かりやすい例だけど、「恋」とか「友情」とか「愛」だとかをテーマとしている作品も、言ってみればそれらテーマのプロパガンダだ。

「音楽」とか「絵」とか伝えることができる情報量が少ない表現方法は、プロパガンダになりやすいんじゃないかと思う。それは悪いことじゃなくて、逆にそういう伝えるものが無かったら、その作品はつまらない物になる。

AAの場合

AAの場合も同じ。それどころか、「ギコ猫騒動」の時には多くのAA描きが意識的にプロパガンダを行っている。あまり知られていないだろうけど、「のまネコ騒動」のときもそうだった。

でも、この二つは同じようなプロパガンダだったんだけど、受け止められ方はけっこう違っていた。

ギコ猫騒動

ギコ猫騒動での、AA作品は拍手喝采だった。そりゃもう、いろんなスレにリンクが貼られて、「泣けた」「泣けた」という感想が沢山寄せられた。

AA描きの多く(少なくとも、のまネコ騒動のときよりは多いと思う)もギコ猫騒動に関するAAを描いている。

内容は、ギコが2chから消えることをストーリーにしたものが多い。一番、盛り上がったのが「ギコ猫のいない風景」「ギコ猫のいない風景  その2」というスレッド。その他、「新番組【ねここといっしょ】」というスレッドにも、作品が貼られている。

のまネコ騒動

一方、のまネコ騒動ではちょっと反応が違っていた。一部の人には受けたみたいだが、一部の人にはあまり好評ではなかったようだ。

それはそうで、描かれた内容は「反のまネコ」への違和感を示したものだったから。「しぃのアトリエ 〜モナーブルグの錬金術師〜」では、作品の中で「反のまネコ」への違和感を描いている。この作品がきっかけとなり、AA長編板の議論スレッドで長い議論が展開された。

    
 
その他には、AA描きが集まっているスレッドで、のまネコ騒動をテーマにしたストーリが作られている(残念ながら、ストーリー案のみ)。案を見る限りは、「反のまネコ」を手放しでは喜べない感じが伝わってくる。(資料

なんで、違うのか。

もちろん、ここにあげたものが全てではないだろう。実際、反のまネコ側にいたAA描きもいた。

でも、一部のAA描きが「ギコ猫騒動」と「のまネコ騒動」では違う態度を取ったことは間違いない。

一体、何がこの違いを生んだのか。なぜ、AA描きと一部の2ちゃんねらーで違いが出たのか。おそらくは、AAの自由をどこまで認めるかの違いだと思う。

ともかく、これも解き明かしたい謎の一つになっている。

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