あ な た と 融 合 し た い ・ ・ ・


  

 私には、秘密がある。
 親友にも、両親にも打ち明けられない、打ち明けてはいけない秘密。
 知って欲しい、あの人にも。
 だから、私はそれを自覚した日から、ずっと心の奥底にしまい続けてきた。

 だけど、あの子はそれを、知っていた。
 私の「秘密」を知って、それを私に突きつけた。

 そして、突きつけてなお、あなたを、救ってあげると言った。

 だから、私は──
 


 「貴女は、お兄さんが、好きなんだよね?」

 彼女は少し笑って、そう言った。
 そしてそれは、知られてはいけないことだった。
 同じ両親から生まれた、実の兄への恋心。
 それは決して、世間的にも社会的にも、肉体的にも許されえぬ恋。
 叶うはずの無い、叶ってはいけない想い。

 だから──天塩 由姫(てしお ゆき)は否定しなければならなかった。

 「…もう、変なこと言わないでよアムハイトさん。わたしが、お兄ちゃんのこと好きなんて──」
 
 「でも、好きなんだよね?」

 まるですべてを見透かしているかのように、目の前の彼女は薄い笑いを浮かべたままで、由姫をじっと見つめていた。

 3ヶ月ほど前、始業式からまだそれほどの時間が過ぎていない4月のある日。
 リムア・アムハイト。外国からの転校生だという彼女は自己紹介で、そう名乗った。
 少し色素の薄い、グレーに近い長い黒髪は絹糸のよう。背丈はすらりとした長身で、女の子なら誰でも憧れるような体躯。 白くシミひとつない肌は、白磁のという表現をこれ以上ないほどに体現している。
 そして、その顔は美麗に整えられ、男子はおろか同じ女子ですら虜になってしまうような、人種の違いさえ超越した神々の──あるいは、悪魔のような美貌。
 翻って自分はどうか。
 染めたの?の言われ続けて早数年、もう否定するのも面倒なほどに栗色の強い地毛のセミロング。顔はまあ、そこまで悪くはないと思いたいけども、少なくとも彼女には到底敵わない程度の造形。というか、この転校生と比較されるとマスコミに露出している売れっ子アイドルでさえ霞んでしまうが。 手足も背もあそこまで長くないし、何より転校生の胸のラインが出にくい制服の上からでもはっきり分かる程度には豊かな膨らみは、彼女にはなかった。
…それでも由姫の名誉のために付け加えておくが、一応同年代の平均程度のサイズはあるのだが。
 こんなに美しい人がいるんだと、同じ女子にも関わらず見惚れていた自分を、由姫はしっかりと覚えていた。
 
 
 そのリムアが今日、帰りがけに由姫を呼び出し、今二人は誰もいなくなったこの逢間高校2年C組、つまり自分の教室で、対峙していた。

 
 「苦しそうって、べつに私は普通だよ?アムハイトさんの、気のせいじゃないかな」

 うまく誤魔化せている自信はあった。彼女が6つ年上の兄への恋心を自覚した小学校の終わりから、親しい友人にも、両親にも、そして兄本人にも覚られること無く、ずっと隠し通してきたのだから。いつもと変わらない口調、変わらない仕草で、由姫はリムアの言葉を否定した。

 「それで、話ってそれだけ?なら、もういいかな?今日はお父さんもお母さんもいなくて、お兄ちゃん帰ってくる前にご飯作らないと──」
 
 「駄目」

 きびすを返そうとした由姫を、リムアが薄い笑いを湛えて遮った。その一言に、普段はめったに怒ることの無い彼女も少し頭に血が上る。

 「駄目って…こっちも忙しいんだよ?だから」


 
 「だって、由姫、いつもつらそうな顔してるもの」


 その一言に、由姫は固まった。
 自分が、つらそうにしているなんて。そんなこと。


 「好きになってはいけない、って人を好きになって、それを伝えられなくて、でもその気持ちも捨てられなくて」

 由姫は叫びそうになった。
 やめて、と。それ以上言わないで、と。
 これ以上、私の心を穿らないでと。
 
 「そして大好きな人の名前を呼びながら、一人で慰めることしかできなくて本当に、つらそうに──」


 「もうやめてっ!!!」


 そして、叫んだ。
 叫んで、しまった。

 「なんで?なんでそこまでわかるの!?私は誰にも話してない!だって話せるはずもないもの!実のお兄ちゃんが好きなんて、誰にも言えるわけないっ!」

 もう隠しておけなかった。涙が溢れ、平静を装っていた顔はくしゃくしゃになった。ずっと押さえつけていた心は、すでに臨界を迎えていたのだ。そしてリムアの言葉によって、心の炉心は溶け出した。

 「だからっ!ずっと、ずっと隠してたのにっ、な、んで、ぐすっ、知って、るの…っ!!」

 もう言葉になっていなかった。由姫はぺたりと座り込み、深い緑のチェック模様のスカートに、ぽたぽたと涙の雫を零した。
 だいぶ傾いた西日が差し込む教室には、グランドで部活動に勤しむ声も、時折廊下を通る足音も、楽しそうな声も聞こえない。ただ少女の嗚咽だけが、静かに響いていた。

 「っ…すき、だよ、お兄ちゃん。わたしは、おにいちゃ、ん、っ、だい、すき…」

 誰かの前で想いを口にするのは、初めてだった。しかもその相手が、転校してまだそこまで時間の経っていない、親しい間柄かと問われれば否定も肯定もできない、そんな関係の少女。それでもその少女の言葉は、堅い由姫の心の殻をあっさりと壊してしまった。まるで、言葉に魔法がかけられているかのように。そうして泣きじゃくる由姫を、何かが包み込んだ。

 「…つらかったよね。でも、もう、大丈夫」

 それはリムアだった。いつの間にか、リムアは由姫の前に座り、そっと抱きしめていた。顔からは先ほどのどこか冷酷な笑みはすっかりと消え去って、心の底から慈しむような、そんな穏やかな笑みだった。

 「あ、アムハイト、さん…」
 「リムア、でいいよ」

 穏やかで綺麗な声は、耳から由姫の溶け出した心に染みこんでいく。すべてを委ねてもいいような、そんな心地よさが包み込む。

 「わたしが、あなたを救ってあげる。ううん、私があなたを救いたいの」

 赤く透き通る双眸が、瞳の奥底までを見通しているような不思議な錯覚を覚えさせる。目を逸らすことができず、由姫とリムアはただ、見つめあっている。

 「だから、由姫も」

 穏やかな笑みを湛えたままの美貌が、由姫へゆっくりと近づいていく。
 そして。

 「私を、受け入れて」

 リムアの唇が、由姫のそれと触れた。

 「ん、んっ…」
 「ん、ちゅっ」

 同じ女の子からのキスに、不思議と拒否感はなかった。大好きな兄とさえまだ口付けていないのに、なぜかリムアの、ついばむような口付けは自然と受け入れることができた。いや、むしろ受け入れなければいけないという、義務感にも似た何かが芽生えていたのだった。この人に逆らってはいけない、この人の全てを受け入れろと、心の中で誰かが叫んでいる、そんな気がした。その声のままに、唇を割ってリムアの舌が入り込んできたときも、由姫はそれを拒むことはなく、むしろほんの少し口を開けて、受け入れた。

 「ん、んんっ、ふ、うっ」

 リムアの舌は由姫の口腔を嬲り、犯していく。頬の裏を、舌の根元を、上顎の裏をねっとりと攻め立てる。攻め立てられるたびに、今まで感じたことのない甘い痺れが時折全身を走り、その度に由姫は身じろいだ。

 「んっ、ちゅるっ、ちゅるるっ、んく、んん…」

 攻め立てるだけでは飽き足らず、リムアは由姫の口内に満ちる体液を啜り、同じ自分の体液──唾液を送り込む。人のものとは思えないほどに長く、自由に動くリムアの舌で口の中を蹂躙され続けている由姫は、送り込まれるそれを拒むことができずに、飲み込まざるを得なかった。もっとも、彼女には拒むという選択すら思い浮かぶことは無かったが。

 (んんっ!な、に、これ、あまい…)

 嚥下したときに感じたのは強烈な甘さだった。まるで水飴をそのまま口にしているような、まとわりつく甘味。しかしそれは彼女にとって、今まで食してきたどんなスイーツよりも美味なものに感じられた。

 (もっと、もっと、ほしい、よぉ…)

 どこか霞がかかりはじめたような思考で、由姫はリムアの唾液を自ら求め始めた。嬲られるがままだった彼女の舌が、情熱的なキスを続ける美しい転校生へ、おずおずと伸ばされる。

 「ん、んふっ、くち、ちゅる…」

 伸ばされた舌に、リムアは自らのものを絡め、求められるがままちゅるちゅると自らの唾を送り込み続けた。そして由姫は、口移されるそれをただただ味わい、飲み込んでいく。

 (あ…、からだ、ぽかぽかして…あたま、なんか、ボーっとしてきた…)

 飲み干すたびにむせるような甘みを覚え、頭の中の霞は濃さを増していくようだった。同性のクラスメートにキスされていることも、密やかな想いを知られてしまったことも、大好きな兄に夕食を作らなければならないことも、すべてが薄れていく。それに比例するように、体中が熱くなっていく。

 「ちゅる、んむ、ぷはっ…」

 それから、どれだけの間、少女たちは口付けを交わしていただろうか。不意にリムアが由姫の口から舌を抜き、ゆっくりと唇を離していく。涎のアーチが名残惜しそうに二人を繋ぎ止めた後、ぷつりと消えた。

 「あ、はぁ…っ」

 由姫の瞳はとろんとして焦点が定まらず、頬は赤く染まりすっかり上気していた。蕩けた表情で自らの体も支えきれないのか、上体をすっかり相手に預けてしまっていた。そんな彼女を優しく支えながら腕の中に抱きとめて、リムアは微笑んでいる。

 「ふふ。だいぶ、いい感じになったね」

 何がいい感じなのだろうか。もちろん、そんな疑問を呼び起こせるような思考状態ではない彼女は、ぼんやりとした頭でそれを聞き流すことしか出来ない。ゆっくりとリムアが自身を床に寝かせても、そして自身の上に覆いかぶさろうとも、拒絶はおろか疑念さえ浮かべることができなかった。熱に浮かされた精神と肉体は、彼女の為すがままだ。

 すると、突然。

 「っひゃああああああああっ!?」

 深い口付けを交わしていたときとは比べ物になるほど激しい快楽の電流が駆け抜けた。ぼんやりとしていた意識は大きく揺さぶられ、大きな嬌声が口を衝く。

 「んああ!いや、あんっ、な、なにっ?はああんっ!!」

 自らの身に何が起きているのか。真っ白に飛びそうな視界と意識を何とか働かせ目をやると、すぐに理解した。
リムアの手が、自分のスカートの中に消えていることに。

 「あああああ!りぃ、むぁ、さんんっっ!!や、やめ、てぇぇっ!!!」

 由姫は初めて、リムアからの行為に明確な拒絶の意を示した。しかしそれは快感に塗れた喘ぎ声のようなものであったが。

 「ふふ。そんなに気持ちよさそうなのに、やめていいの?」

 多分に嗜虐を含んだ笑みを向けながら、リムアは指の動きを止めようとはしなかった。プリーツスカートの中に入り込んだ彼女の右手は、その下の淡い桃色のショーツ、クロッチの部分をずらし、露になったそこ──由姫自身の指以外は未だ受け入れたことのない、花開く前の秘所の蕾の中へ、指を入り込ませ、激しくかき回していたのだ。

 「だ、だって、は、げしっ!すぎ、ぃぃぃっ!!!」

 これほどまでの快楽を、由姫は感じたことはなかった。愛してしまった兄の名を叫びながら、同じように自分の手で慰めたことは何度かあったが、それが霞んでしまうほどの、圧倒的な性感だった。

 「だめだよ?このくらいも耐えられないなんて。この先もっとすごくなるんだから」

 「こ、このさき、ってっ!んあああ!!だめ、だめ、だめ、だめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 全身が大きく震える。まるで高所から身を投げたような一瞬の浮遊感。視界は白く閉ざされて、由姫は悲鳴にも似た嬌声を上げながら高みへと上りつめ、そして落ちていった。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、んああああんっ!!」

 肩と胸を大きく上下させ、荒く息を吐く。快楽の余熱を感じていた由姫がまた甘い声で啼いたのは、リムアが指を引き抜いたときに感じた強く心地よい刺激のためだ。

 「イッちゃったんだね、由姫」

 どこか満足げな口調で問いかけるリムアに、由姫は答えなかった。同性のクラスメートの前であられもない姿を晒す羽目になった羞恥心もあるが、言葉の意味だけはなんとなく理解していたものの、イく、という感覚を味わったことが無かったので、果たしてこれが絶頂というのもなのか良く分からなかったのだ。

 「こんなに、とろとろになってるよ…?」

 「…っ!?」

 先ほどまで激しくかき回していた指を、リムアは由姫へ見せ付ける。ぬめる透明な何かがべっとりと纏わりついているそれを突きつけられ、由姫の頬は快楽以外の感情でさらに赤く色づき、顔を背けてそれを見ないようにした。
そんな由姫の恥ずかしがる姿に、リムアはさらなる興奮を覚えたようだった。

 「由姫、かわいい…!もう私、我慢、でき、な…い…ああんっ!」

 今度はリムアが、びくりと全身を震わせた。自身を抱きしめるようにして両腕を抱き、何かに耐えるような、湿った吐息を吐き始める。

 「あ、あん、あはぁ…っ」

 次の瞬間、リムアの体に異変が起こった。
 腰近くまで伸びた長い髪から、その色が抜けはじめたのだ。黒色が灰色へ、そして夕闇の教室に映えるような白色へ。

 「んああ!くぅ、はぁぁ…ん」

 黒い糸が染められていくように変色していく髪の合間から、めきめきと軋む音を立てて、何かがせり出してくる。先端が尖った硬い質感のそれはいびつにゆがみながら、その長さを増していく。

 「はぁ、はぁ、あああああああんっ」

 白いワイシャツを押し上げる胸の膨らみが、さらにぷるん、と膨れ上がった。下に何も身につけていないのか、急激に大きさを増して押し付けられている先端が、ぷっくりとワイシャツの生地に浮かび上がった。

 「あんっ!あはぁ…んんんんんんんっ!」

 そのワイシャツの背中部分がもこもこと蠢く。蠢きながら少しずつ盛り上がり、背中の膨張に耐えられなくなりつつある生地が、あちこちで、ぶち、びり、と悲鳴を上げ始めた。

 「あんっ!んうぅ!もう、ちょっと、あああああああああんっ!!」

 自身の体の変貌を全く気にしていない、それどころか甘く湿った息を吐きながらその感覚に酔っているかのように、リムアは淫らな笑みを浮かべている様子を、由姫は未だ抜け切らない快楽の余熱に中てられた、焦点の定まらない瞳でぼんやりと見つめていた。目の前の少女が何かへ変異していく姿に怖がる素振りも見せないのは、本能的な恐怖さえ先ほどの快楽にすべて塗り替えられていたからだった。

 「あああああああああああああああああああああっっっっ!!!」

 そして、シャツを突き破ってリムアの背中から生まれ出たのは、黒く大きな羽。骨組みの間に張られた薄い皮膜のような羽は、さながら蝙蝠のそれを思わせる。同時にするりと、スカートの裾から伸びたのは、羽と同じ黒い光沢を湛えた、筒状の──尻尾だった。ハートを逆さにしたような緩やかな曲線と鋭角で形作られた先端が、ゆらゆらと揺れる。

 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁぁ、んっ…」

 背中から大きな羽を、腰からスカートを捲りあげる尻尾を、そして頭には同じく黒色のいびつに曲がった角を生やした、異形の姿になったリムア。彼女の背中部分がぼろぼろになったワイシャツや、スカート、学校指定のローファーや紺色のソックスが黒く染まっていくと、どろどろに溶けて液状化していく。液状化して形を変えながら腕、胸、腹、尻、腰、脚といった体の要所を覆っていくと、それらは別の衣服へと姿を変えた。もっとも、それらは衣服と呼ぶにはあまりに露出の多い、水着と呼んでも差し支えないようなものだったが。
 
 「んっ、あはぁ…」

 胸元とお腹の部分がが大きく開いて、熟れた二つの大きな果実と艶かしい臍周りをしっかり強調するようなボンテージ。足先から太股の中ほどまでをぴったりと覆うハイヒールのブーツ。指先から二の腕を隠すぴたりとした手袋。それらはすべてエナメルのような光沢を放つ漆黒に、ところどころ白金の装飾が施された、まるでその手の風俗嬢のような出で立ちだ。

 「ふふ」

 しかしそのあまりに妖艶な笑みは、性産業に携わる人間どころか人類という種ではたどり着けないようなエロチズムに満ち溢れたもので、並みの男性はおろか女性でさえ、その笑みを向けられただけで発情してしまうようだった。
そして、実際その笑みを向けられている由姫は──発情していた。

 「あ、ああ、ああああああ…っ!」

 明らかに人ではなくなったクラスメイトに見つめられているだけで、体の中が再び熱を持っていく。体中の血液が煮えわたっているのかと思うくらいに熱い。自身の秘所はとろとろと蜜を吐き出し続け、ショーツはぐっしょりと濡れて下着の用を成していない。視線も思考の感情も、すべてがリムアを求めている。この人に全てを捧げたい。私、という存在の全てを、この方に捧げてしまいたい──!完全に自らの意思を失い、蕩けた表情で由姫は人外のクラスメイトを渇望していた。

 「…もうこのままでも、生まれ変われるけど」

 リムアはそんな由姫を見ながら艶美な笑みのまま呟く。先ほどまでの絡み合う口付けの際、由姫が必死になって飲み干した自らの唾液。あれが今彼女の血に溶けて全身に回り、根本から彼女を作り変えていることをリムアは知っている。人でないものの体液をその身に取り込んだ者は、もう人間ではいられなくなることも。このまましばらく経てば、床に横たわり時折びくり、と体を跳ねさせる少女も、自分と同じ人外の存在に成り果てることも。
 だが、それではおもしろくないと思った。どうせなら一気に、人という型を壊してしまいたい。人の身のままでは決して味わえない最高の愉悦を味あわせてあげたい。そう思ったリムアは、再びゆっくりと、由姫に覆いかぶさっていく。

 「もっと気持ちよくして、ぐちゃぐちゃにしてあげる。ぐちゃぐちゃにして、人を辞めさせてあげる。」

 「あ…」

 人間を辞めさせるという残酷な宣託にも、由姫はそれを恐れる様子は微塵も無い。意識も、感覚も、身体も、すべてがただ、リムアから与えられる快楽への期待一色に塗りたくられている。目の前の悪魔のような少女に気持ちよくしてもらうこと、ただそれだけを全身が求め、由姫はリムアに体を委ねた。

 その様子を見て微笑んだリムアは、するすると自らの脚の間から、黒光りする自分の尻尾をくぐらせる。その先端が、由姫のスカートの中に入り込み、そのまま淫らな蜜を垂れ流す、彼女の秘裂を探り当てると。

 「っっっああああああああああああああああ!!!!!」

 熱い柔肉を割って、尻尾が由姫の無垢な其処を穿つように突き進んだ。途中にひっかかるものを尻尾の先から感じたが、リムアは無慈悲にそれさえ突き破った。それは紛れもない、彼女の無垢の証であった。

 「ふふ。ヒトとしての純潔を奪ってしまってごめんなさい。でも、生まれ変わったらまた元に戻るし、大好きな人にそれを捧げたら、死んじゃうくらいに気持ちイイわよ?」

 蠱惑の笑みを浮かべて、由姫が兄に捧げるためにずっと守り続けていた純潔を奪ったことに謝罪の言葉を口にする、人ではない悪魔のような出で立ちの少女。しかしその言葉を聞くものはいない。なぜなら──

 「あ、あ、ああ、あひ、ひぅぅ、ん、く、くひぃぃぃぃ…」

 あまりの快楽に、由姫は壊れかけていたからだった。黒い尻尾が突き入れられた瞬間、脳細胞を焼き切るほどの強烈で、甘すぎる悦楽の感覚。処女を失った痛みさえ快楽に変換され、彼女は気絶しかけていたのだ。しかしそれを、根底から少しずつ作り変えられていた彼女の肉体が許さない。気を失えば、これから待ち構えているさらなる甘美を味わえないのだと、本能が、細胞の一つ一つが知っているのだ。
 だらしなく口を開き、薄く開け放たれた瞳から涙を流し、蕩けた、という表現さえ生温いような、淫らに壊れかけた由姫の貌を見て、リムアは愛おしそうに目を細めた。

 「…じゃ、もっともっとキモチよくしてあげる」

 そして黒い尾が、ピストン運動を開始する。

 「っっんああああ!!?ひぐ、うぐぅぅぅっ!!あ、あひ、ひ、ひぃぃぃぃんっ!!!」

 リムアの尻尾が自身の中をかき回す度に、凄まじい性感の大電流が全身を駆け抜ける。突き入れられる度に絶頂し、引き抜かれる度に絶頂するような、滅茶苦茶な快楽は、由姫の全身をびくびくと震わせる。

 「あはぁ…由姫の中、とってもキモチイイ…あんっ!」

 一方、尻尾で由姫を蹂躙しているリムアも、頬を染めて恍惚とした表情で、主の意思とは無関係にきゅうきゅうと締め付けてくる彼女の中の感触に、悦びを覚えていた。

 「こんなにキモチ、イイなんて…すぐ、出ちゃいそう…っああああんっ!!」

 軽く身震いしながら、達してしまいそうになるのをこらえるリムア。自身が満足する前に、まずは自分の下で快楽に震える彼女をもっともっと、キモチよくしなければ。最早本能にも似た義務感で、悪魔のような少女は尻尾の動きを一層激しくさせた。

 「あああ!!ひ、いっっ!!っむふぃ、ふ、ふぁ、はぁ、んき、くああああああああ!!!」

 うっすらとにじんでいた喪失の出血は、溢れるままの秘蜜によって押し流されていた。暴力的な愉悦に、体の制御さえままならないまま、由姫はがくがくと、全身を震わせることしかできない。

 「あひ、ひぃ、いい、ひぃ、ひぐ、うぐ、んぐうぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」

 意志を手放してしまった瞳。由姫の唇から洩れる言葉は言葉に非ず。それはもう、獣の雄叫びである。兄を想い続けた一途な少女は、快楽を貪るだけの獣──いや、与えられた快楽に悦ぶだけの肉人形。思考さえ押し流されている彼女には、それがふさわしいだろう。

 「は、ぁぁぁ…!も、もう、いいかしらぁ…わ、たし、も、で、ちゃいそうっ!!!」

 そんな「肉人形」を責めたてるリムアに、限界が訪れようとしていた。激しく抽送運動を繰り返す尻尾の根本から、ぞくぞくとした快感が生まれ始めた。男性が射精する直前の、あの感覚とほぼ同じそれは、少しずつ大きくなって、耐えきれなくなっていく。
 上気した頬で、リムアは組み敷く少女を見遣ると、すぐに察した。

 「あ、ぐ、あ、ひ、い、いい…あ、あ゛、あ゛…」

 意味を成さない音を口から垂れ流し、目を剥いてただ淫らな笑みを浮かべるだけの少女。口の端から唾が垂れ、瞳から意志の光が消え失せようとしている。快楽にのみ反応する、生ける屍のような有様に成り堕ちつつある由姫。

 「はぁ、あんっ、これ以上ヤると、ホントに、こわれ、ちゃう、わね…じゃあ、ああああああああんんんっ!!!」

 由姫を本当に「壊して」しまうのは、リムアの本懐ではない。壊れた人間を、自分と同じ存在へ作り変えてしまえば、それはただ本能によって快楽を得るためだけに人の命を奪う、遠い昔の「悪魔」になってしまう。それだけは彼女にとって、絶対に避けなければいけないのだった。
 だから、リムアは最早耐えきれなくなりつつあった尻尾の「射精感」を、開放した。

 「あぅ、う……っあ、ああああああぁあアアアアああァあっっ!?」

 びくっ、びくっ、と尻尾の先が、由姫の最奥で暴れる。その先から、精子とは似ても似つかぬものが噴出した。
 その色は、漆黒。尻尾と同じかそれ以上に黒い、純粋な暗黒。どろりとした粘性も精子より高く、ヘドロのような硬さを持ったそれは、由姫の膣内にへばりつく。へばりついて、鮮烈なピンク色のぬめった内壁に、しみこんでいく。
その気味の悪い快感に、消えかけていた意識が戻る。何か異様なものが、自分の中に浸透していく得体のしれない感覚。だがしかし、由姫はそれを快感だと認識していた。

 「あん、あああんっ!!もう、ちょっとぉぉぉっ!!」

 尻尾の黒い「射精」は未だ衰えない。全身がぞくぞくとする絶頂の感覚を味わいながら、リムアは黒い精を、由姫へ注ぎ込んでいく。膣内を満たし、子宮にまで入り込み、なお行き場を無くした流体が、尻尾を銜え込む淫らな下の唇の端から、とろりと漏れ出した。
 そして、もうニ、三度吐き出して、すべてを終えると、リムアはゆっくりと尻尾を引き抜いていく。

 「ふぅ…、キモチよかったわよ、由姫」

 胸を上下させながら荒い息を吐き、全身を投げ出したまま動けない由姫に、悪魔の少女は満足したように微笑むと、人間の少女の額に軽く口づけ、そのままゆっくりと立ち上がり、傍らへとよけた。

 「うふふ、もうすぐ…」

 微笑のままの呟きが、まるで始まりの呪文のように。
 直後、由姫の全身が、びくん、と跳ねた。

 「……っあああああああ!!?」

 どくどくと、激しくなる心臓の音が耳に響く。血液が沸騰しているかのように、全身が加速度的に加熱していくような、そんな錯覚を覚える。

 「はぁっ、はぁっ、はああああ…っ!!」

 先ほどまでリムアによってかきまわされて、あの「黒い精」を注ぎ込まれていた、自身の秘めたる部分。そこは特に熱く、そして疼くようなもどかしい熱。それに混じって、そこから全身へ何かが広がって、染み渡るような感覚を由姫は感じた。

 「はぁ、はぁぁんっ!!、な、なに、これぇぇ…っ!?」

 今までに感じたことのない不思議な感覚に、由姫は戸惑いの声を上げた。最も、その顔は惚けた笑みを浮かべ、その声音は戸惑いよりも明らかに気持ち良さの方が勝っているようだったが。

 「ふふ。キモチいいでしょう?それはね──」

 微笑を崩さぬまま、傍らに立ち由姫を見下げるリムア。その艶めかしい唇が、残酷な事実を紡ぎだす。

 「貴女が、ヒトじゃなくなっていく証なの」

 その意味を、由姫は理解できなかった。

 「はぁ、はぁ、な、に、それ、っああああああああんっ!!?」

 自身の最奥から、爪先、指先、そして髪の毛一本一本の先まで、すべてに何かが浸透して、染められていく。その快感に時折激しく喘ぎながら、由姫はぼんやりとした思考をなんとか働かせ、その意味を問う。

 「貴女はこれから、生まれ変わるの。人間をやめて、もっとキモチよくなれる、サキュバスっていう魔物にね」

 魔物。
 サキュバス。
 人間を、やめる。

 それはあまりにも非現実的な言葉。普段の彼女なら一笑に付すか、訳が分からないと一蹴するだろう。
 しかし、今の由姫にはそれができない。なぜなら、彼女の本能が、それを理解していたからだ。
 全身に染みわたるこの「何か」が、細胞の一片、遺伝子に至るまでを繋ぎ変え、作り変え、存在を根底から覆そうとしていることを、本能の奥底が理解していたのだった。

 「わ、わたぁし、かわ、るのぉ…っ!?」
 「そうよ、貴女は変わるの。…心配しないで?生まれ変わるのって、とってもキモチいいから♪」

 ヒトでなくなってしまうという恐るべき宣告を受けたにも関わらず、楽しげに弾んだリムアの声が由姫の耳に届いた瞬間、不安や恐怖という感情が全て、上書きされてしまった。その後に残るのは、生まれ変わる悦びと、快楽への期待。

 「ああああんっ!かわる、かわる、のぉぉ…っ!!」

 みしみしと、何かが軋むような音。それは紛れもなく、西日が静かに差し込む教室の床に横たわり、恍惚とした表情を浮かべる由姫の体から漏れ出ていることを、由姫自身が知っていた。さらにそれは、由姫の骨格が奏でる変化への歓声であることを、リムアは知っている。彼女がヒトという種を辞める、その時が来たのだと、期待に満ちた眼差しで、銀糸の髪の悪魔が見つめる。

 「あああああ!、む、むね、へんっっ!!」

 荒い息と共に激しく上下する彼女の胸。白地に青色の襟布と、同色のネクタイ。それらが少しずつ、盛り上がっていく。
 少し目立つ程度のなだらかな小山が、徐々に隆起していく。それは明らかに、内側から押し上げられているものだった。

 「はぁ、はぁ、はああああああんっ!!!」

 ブラウンの色味が強い由姫の、背中に届く程度の黒髪。その一本一本が根本からさらに赤みを増して、鮮烈な赤色に染められていく。色素そのものの変質による染髪は、薬剤や脱色による不自然さを全く感じさせない。

 「あ、あひぃぃっ!!んあ、ああ!!せ、せな、か、ムズムズ、するぅぅぅっ!!」

 ぐぐっ、と背中を弓なりにしならせる由姫。ごき、ごき、と何か固いものが擦れ折れるような音、ぶち、びり、と薄い布を破り裂くような音。それらの不気味な二重奏とともに、背中部分の生地がぴん、と張りつめて、盛り上がりはじめる。

 「ら、らめ、らめぇぇっ!!んも゛ぢい゛い゛のぉぉ!!と、とまりゃにゃいのぉぉぉぉっ!!!」

 淫靡で、悦びに満ち溢れた笑み。ヒトでないものへ成り果てていくことへの忌避感、怖れ。そういったものは表情からも、いやらしい吐息混じりの嬌声からも、まったく感じさせない。全身が、生まれ変わる悦びに満ち溢れ、由姫はさらなる変貌を望んだ。

 「ひっ、んんっ、んう、うぁ、んふぅぅぅぅ…!」

 スカートに隠れて傍目には窺い知ることができないが、後ろ腰、ちょうど尻の割れ目の上部分の皮膚が、もぞもぞと蠢いている。皮膚の下で何かが出口を探して這いずり回っているようだった。

 「あぁぁ、はぁぁ…、はぁ、っはぁ、ふぅぅぅぅぅぅ、うううううううっ…!」

 熱に浮かされた吐息を放ちながら、時折体を大きく震わせ、跳ねさせながら横たわる少女。その髪はほぼ鮮やかな紅へ染まり、なだらかだった胸は大きくその存在を主張し、制服の白い生地、その下のショーツと同じ薄いピンクのシンプルなブラの中で、窮屈そうに揺れる。その背中もこんもりと盛り上がり、前後に膨れ上がったセーラー服がぶちぶちと悲鳴を上げ始めていた。

 「…もう少しね」

 今まさに、ヒトを辞めようとしてる少女の傍に立ち、笑みを浮かべたままのリムア。自分と同じ存在へ生まれ変わろうとしている由姫に、子を見守る母親のような、慈愛に溢れた視線を送り続ける。リムアの手で今生まれ変わろうとしている少女にとって、確かに「母」といっても間違いではないだろう。

 そして、傍らの悪魔の少女の呟きに呼応するかのように、由姫の変身は加速度的に早まった。

 「あ、ああああああああああんっ!!」

 みし、みし、と、軋む大きな音。由姫の紅く染まった髪を割って、一対の黒い鋭角が現れる。ぐにゃりと湾曲し、伸びていくそれは紛れもない、角。同時に髪に隠れている耳が、引っ張られるように伸び、その先が尖っていく。

 「はぁっ!んあっ!!んうううううううっ!!」

 快楽で体をびく、と震わせるたび、揺れる胸の果実。その大きさに耐えきれず、襟布を胸元で留めているホックが千切れ飛び、歪に膨らんでいた背中の生地が、悲鳴を上げ始める。

 「ら、らめぇっ!!わ、わら、ひ、も、もう、んああああああっ!!」

 快楽以外の感覚を感じることができない。視界がちかちかと点滅し、内側から自分を食い破ろうとする新しい自分に、由姫は悦びの声を上げる。

 そして──その時が、訪れた。

 「ああああああああ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛アあ゛あ゛!!!!!!!!!!!!」

 獣の遠吠えにも似た、淫らな絶叫。
 背中を突き破って、ばさりと大きく広がる黒い何か。
 スカートの裾からしゅるりと顔を出した、同じく黒い管。

 秘裂からぷしゅり、と粘ついた潮を吹きだして、由姫は絶頂した。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁぁぁぁぁっ…」

 深く呼吸し、最高に蕩けた笑顔で絶頂の余韻に浸る。その黒い瞳が、すうっ…とルビーのように透き通る赤に染まり──

 天塩 由姫は、完全に人ではなくなった。

 かつての栗色がかった黒髪は燃えるように紅い髪へ、絹糸のような滑らかさを持つ。その髪からちらりと覗く耳は少し長く先が尖り、まるで物語の中のエルフのようなものに。セーラー服をぐっと押し上げる胸は大きくなり、まるでグラビアアイドルのようだった。
 そして、その赤い髪の頭には、ぐにゃりと曲がりながら天を向く、黒光りする牡牛のような、一対の角。制服の背中部分をその皮膚ごと破り、大きく広がるのは、まるで蝙蝠のそれのように黒い皮膜の、羽。スカートの中からするりと伸び出て、両腕と同じようにだらんと投げ出されているのは、自分の淫らな蜜壺をかき回したリムアのものと同じような、先端が細くそこから膨れ、まるでハートを逆さにしたような先っぽの、角や羽と同じように黒い尾。

 「はぁ、はぁ、しゅ、ごぉぉい…」

 まだ呂律の回らない口で、由姫はヒトからヒトでないモノへと羽化した悦びに浸っていた。 全身を満たしていた性感の波がゆっくり引いていく。何かとても素晴らしい力が体中に溢れ、今の自分なら何でもできそうな高揚した全能感に包まれていた彼女は、自分を呼ぶ声の方を向くと、そこには先ほどまで、こちらを愛おしそうに見下ろしていたリムア──かつての由姫にとっては自分の同級生であり、今の由姫にとっては自らを生まれ変わらせてくれた、偉大で慕い従うべき存在──の顔があった。

 「どう?サキュバスに生まれ変わった気分は」

 しゃがみこみ、由姫を覗き込むリムア。わが子の誕生を喜ぶ母のような、優しさに満ちた目に見つめられ、由姫は蕩けた笑顔のままで、素直な心の内を口にする。

 「す、すごい…ですぅ…あ、あはぁ…っ」
 「ふふ。素晴らしいでしょう?今の貴女は、貴女が心の底から願うことを、想うままにできるの」

 次の言葉を聞いた瞬間、全身に甘美な痺れが奔った。

 「大好きな、愛しいお兄さんと、結ばれるのもね」

 …お兄ちゃん。
  お兄ちゃん。
  お兄ちゃん!
  お兄ちゃん!!


 お兄ちゃんっっっ!!!!!

 「…っああん!!おにい、ちゃん…おにいちゃんっ!!んあああああああああっ!!」

 血の繋がった、実の兄妹だから。想いを伝えちゃ、いけない。
 そんな感情は完全に塗り替えられ、霧散してしまった。ただ、兄の顔が思い浮かび、そして溢れ、一つの感情、一つの想いだけが、由姫の思考を満たしていく。

 お兄ちゃんと、結ばれたい。
 大好きな、愛しい人に、心も体も、捧げたい──!!

 「あん、あ、あああああああああああっ!!」

 溢れる想いと悦楽。とろとろと蜜を吐き出す、由姫の秘裂。全身に漲る力が滲み出ていく。滲み出て、身に着けているものすべてに染みて行き、それらを真っ黒に染めていく。

 「あ、ああ、あはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 背中が大きく破けたセーラーも。青いチェックのプリーツスカートも。白いソックスも、スニーカーの内履きも。すべてを黒一色に塗り変えると、それらをドロドロと溶かして、形を変えていく。

 「んああっ!!」

 先ほどのリムアと同じように、胸、両手、腰回り、両脚。由姫の体の要所により集まった黒い流体は、彼女の体にぴったりと張り付くと、わずかの間に新しいコスチュームを形作った。
 はち切れんばかりに実った胸を、チューブトップのようなものが包みこむ。とろとろと愛液を垂れ流し続ける秘所と小ぶりな尻、腰回りを、胸と同じ闇色のボーイレッグが覆う。両脚は膝下までを隠す、ヒールの高いブーツ、両の手は肘近くまでぴったりとした手袋に。いずれも黒くにぶい光沢を放ち、銀のハートに似た装飾を施されていた。それ以外の部分は、白く艶めかしい素肌を惜しげもなく晒し、生まれ変わった少女はゆっくりと上体を起こした。

 「うん、サキュバスらしくなったわね。…大丈夫?立てる?」
 「は、い、だいじょうぶ、です」

 すっと立ち上がる二人。男はおろか女でさえも惹きつける、人外の美貌と妖艶さを放つ少女達は、静かに差し込む西日の中、どちらともなく抱き合った。

 「心配しなくても大丈夫。お兄さんも貴女の想い、きっと受け入れてくれるわ」
 「…はい」

 優しさを多分に含んだリムアの言葉を聞くだけで、本当に何もかもができそうな、うまくいきそうなそんな気がしている。自身に満ちた頷きを返すと、がちり、と鍵が外れ、教室の窓がひとりでに開いた。

 「じゃあ、頑張って。いっぱい愛してもらって、ね?」
 「…はい!」

 二人がゆっくりと別たれる。由姫は開いた窓を向くと、一歩、また一歩と踏み出していく。心の想うままに。体の願うままに。歩みは速くなり、やがて床を駆けていく。
 お兄ちゃんに会いたい。お兄ちゃんに会って、それから、それから──
 はやる心のままに、由姫はそのまま窓がら飛び出し、そのまま重力に引きずられ、地面に叩き付けられることはなかった。
 なぜなら由姫は、茜色の空に浮かび上がっていたからだ。飛び方は、生まれ変わった体がはじめから知っていた。

 早く、早く、お兄ちゃんの元へ──!

 そうして由姫は風を切り、最愛の兄がいるであろう自分の家へ、一直線に飛び去っていく。


 「ふふっ。お幸せに、ね」

 教室から、空の向こうへ生まれたてのサキュバスの少女が消えるまで、じっと見守っていた銀糸の髪の少女の呟きを、窓から入り込んだ微かな風がさらっていった。

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