我輩はカモであるとはハイスピードアクションシューティングオンラインゲーム()CosmicBreak内で発足したクランであり。クランメンバーを多少入れ替えながらさまざまなオンラインゲームでカモっている。

沿革
2009年6月に北海道組クラン「こちら前線病棟」(クランマスター???)と関東組クラン「ぶっぱの集い」(クランマスター銀乃)が合併して発足。初代クランマスターは銀乃であった。
発足前から両クランには親交があり連携、特にマイティバイン軍団による突撃などを繰り返していた。一説によるとその突撃による轢殺には地味に定評があったりなかったりしたらしい。
クランが合併した経緯について関係者は「ノリでやった。後悔はしていない」と言葉数少なく述べており、その裏に隠された真実は決して多くないと思われる。というか全くない。
合併後は陸戦を中心とした突撃部隊として活躍、すると見せかけて実はバルテオンやレンジバースト、空戦による裏取り、砲戦のライン構築、果てはリペまでと実に手広くやっていた。
クラン員は「金かけて機体チューンしてる暇あったらガラ回しやがれ!」という筋金入りのバカばかりだったため、廃チューン機体はほとんどいなかった。
発足から1ヶ月ほど経った7月ごろはいわゆる「終末戦争」状態であったが、『ゲームのバランスを逸脱した武装は悪である』という信条のもとぶっ壊れはクラン内で規制していた。
にも関わらずなぜか私怨粘着でぶっ壊れクランと呼ばれていたこともある。

R化後も特に変わりなく陸戦と補助多めの構成で戦場を支えていた気がする。中にはR化後直後に「ブーランとかいらねぇ!普通に走って勝つる!」とか言ってた馬鹿もいた。誰とは言わないが。
その後適当に過ごしていたが2009年10月ごろにクラン「TEAM神風」に合併を申し込まれ、何も考えていない脳筋どもはとりあえずOKを出した。ちなみにそのころにはなぜかクランマスターがきゅうばんに変わっており銀乃は愛称が「クラマス」から「ヒラマス(ヒラメンバーに降格されたクランマスター)」に変更された。
その後は良く分からないがAIKAやったりCBやったりCFOやったりドラネスやったりAVAやったりで今にいたる。

2010年2011年はほとんどAVAで過ごしたが、FPSをプレイしない人もいたのであんまりそうでもなかったかもしれない。
クラン戦とかもしてたが、個々人の技量に差がありすぎてカオスだった。
2012年末、ガノタの多いわがも待望のガンダムオンラインが正式サービス開始。相変わらずの納金っぷりである。
我々はソーシャルゲーには手を出してはいけない、それを再確認させてくれるゲームだった。
スローガン
フルボッコ or フルボッコ

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