１ 宣戦布告 ／ 2014年11月19日
最終更新：
ushigara_neko 2015年06月22日(月) 13:31:24履歴
「こんにちは。東亞テレビ、アナウンサーの柳原朋です。
今日、お話を伺いますのは、10月から、木曜夜10時に放送中のドラマ『届かない恋』で、今流れていますエンディング・テーマ『優しい嘘』を歌っていらっしゃる、歌手の小木曽雪菜さんです。こんにちは〜」
「こんにちは。小木曽雪菜です。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「今日は、ピンクタートルニットとチェックのフレヤースカートか……。よくまあ、そんな服着れるわね」
「えっ、やだ。子供っぽい？」
「そんなことないよ。かわいいよ。私には似合わないな、と思って。
はっ。え〜と、すみません。実は私と雪菜、えっと、小木曽雪菜さんは、大学時代からの悪友でして」
「遺憾ながら。柳原朋さんは一学年下なのに初対面から名前を呼び捨てにする失礼な後輩で……」
「その辺りの話はまた機会があればするということで、用意していたインタビューをしたいと思います」
「宜しくお願いしま〜す」
「雪菜さんは、クラシック・ピアニストの冬馬曜子さんの事務所に所属されているという、異色のJ-POPの歌手、ということなのですが、どうして冬馬さんの事務所に所属されることになったのですか」
「本当に偶然というか、社長の娘さんと高等部時代の同級生、……親友なんです」
「冬馬曜子さんの娘さんと言えば、今、ヨーロッパで活躍中の冬馬かずささんですね」
「そうです。その繋がりで、社長とも親しくさせてもらっていて」
「冬馬かずささんといえば、峰城大学付属高等部三年生の学園祭で、女子二人、男子一人のバンドで演奏した時に、初めて演奏する喜びに目覚めた、というお話は、コアなファンの方には有名な話です。
彼女の音楽家としてのその後に、大きな影響があったライヴだと言われていますが、実はそのバンドのボーカルが、雪菜さんだったんですよね」
「はい」
「当時の映像をちょっと観てみましょうか。この曲は『White Album』ですね。懐かし〜。
しかし、今観ても、二人とも露出度の高い衣装だよね〜」
「あの時は寝不足でちょっとハイだったから、勢いで着ちゃったけど、やっぱりちょっと恥ずかしいよね」
「あっ、こんなアングル観たことない」
「つい最近、固定カメラ以外のプライベート映像を幾つか提供してもらったの」
「ふーん。アップでよく見ると、二人とも最高にエロ可愛いですね。おっ、雪菜パンチラ」
「やだもう、ストップストップ」
「ところで、峰城大付高等部の学園祭には裏のメインイベントとしてミスコンがあるんですが、雪菜さんは三年連続で優勝してるんですよね」
「一年生の頃、クラスメイトが勝手にエントリーしちゃって、たまたま優勝しちゃって。二年生、三年生の頃は、実行委員会さんが勝手にエントリーしてて……。
本当は、そういうイベントは好きじゃないんですけど」
「相変わらずの上から目線ありがとうございます。あなたのせいで私は、一年生、二年生の時、どれだけ努力しようが、画策しようが、裏工作しようが、二位で煮え湯を飲まされたのに。
まあ、三年生の時は、ぶっちぎりで優勝しましたけどね」
「あはは……。まあ、柳原さんは本当に美人で素晴らしい女性ですから。性格以外は」
「うるさいわねっ。
えっと、進行を戻しますが、高等部の頃から、歌手を目指していたんですか？」
「いえ。大学入学後三年間、全く歌っていなかったです」
「でも、四回生になった頃から、就職活動と平行して、ライブ活動されてましたよね」
「はい。三回生の冬、大学のヴァレンタイン・デーのライブで、一曲歌わせてもらったことをきっかけに、歌うようになりました」
「それでも、その頃はプロを目指す気はなかった、と」
「はい。音楽は大好きで、プロのアーティストのお手伝いをしていきたいと思い、大学卒業後はナイツ・レコードに就職しました。プロモートをして行く中で、営業で歌う機会もあり、色々な方から、君もデビューしたらどうなの、って言っていただいたりもしていました」
「私もそう思ってた」
「ですが、自分でソング・ライティングする気が全くなかったので、プロの歌い手になろうとは、全く思っていませんでした」
「ただ、歌うだけでの歌手は、自分の想う歌手ではないと？」
「親友が……、わたしなんて全く足下にも及ばない、凄い親友がいるので。
自分で曲を作る気がない、凡人のわたしなんか、アーティストと呼ばれる存在になるのは無理、と思っていました。カラオケで歌えれば、それで良い。友達が聴いてくれればそれで良い、と。
でも、二年前に、ちょっとした、個人的な事件があって」
「ええ」
「やっぱり、自分のことを歌いたい、こんなちっぽけな自分でも、自分の想いを歌うしか無いと決心して、冬馬曜子社長に相談したところ、お情けで、雇ってもらいました」
「今は、作詞・作曲もされるんですよね」
「作曲は、まだ、見習いみたいなものです」
「ギターは何時頃から？」
「それも始めて一年半なので、お恥ずかしいです」
「でも、それなりに習得されていると」
「いえいえ、まだまだです。でも、歌もギターも、社長や、色々な方から、みっちり鍛えていただいてますので」
「一説には、冬馬曜子さんが実質的に引退状態にあるのは、全ての力を雪菜さんの音楽的教育に注いでいらっしゃるからだとか」
「否定はしません。彼女の時間の、多くをわたしに注いでもらいました。
冬馬曜子ファンの皆様には、大変申し訳ないと思っています。でも、わたしは幸せに感じています」
「来年2月にはファースト・アルバムをリリースされるんですよね」
「はい。今、録音中です」
「全曲、雪菜さんの作詞・作曲によるものになりそうですか？」
「いいえ。カヴァーが三曲あります。オリジナル曲の作詞は、全てわたしが担当しましたけど、作曲したのは二曲だけです。
作曲は難しかったですね。ホント、社長のダメ出しも厳しくて。でも後の曲は、わたしの拙い詩を乗せても良いのかと戸惑う程、良い曲ばっかりですので、期待して下さい」
「さて、ドラマのエンディング・テーマになっている、『優しい嘘』ですが、切ない歌ですね。
この曲の作詞は雪菜さんですね」
「はい」
「とっても良い曲なんですけど、実は、カップリングされている『届かない恋』、……今流れていますけど、この曲も有線放送でよくかかっているし、『優しい嘘』と同じくらいダウンロードされているんですよね。
これも切ない歌で、雪菜さんの若い声も良いし、勢いのあるアレンジも、歌詞も、これぞ青春って感じでキュンキュンしますよね。
……ちょっとギターは荒っぽいですけど」
「そう、かな」
「高等部の学園祭で演奏された、という割には、音質がプロ並みに良いですよね」
「あのテイクは、学園祭前日の通し練習を録音した音源のうち、一番出来が良い演奏を改めてミックスダウンしたものです。社長のご自宅のスタジオで、おそらく、当時プライベートとしては最高の機材で録音した音源です」
「だから音が良いんですね。それと、ピアノ、キーボードが上手いのは別にして、ドラムや、ベースも、生々しくライブ感あふれる音で、バンドっぽい、いい感じのアレンジですよね。
えっと、これは生演奏？」
「ちがうよ。かずさが実際に演奏したトラックは、薄っすらと聴こえるコーラスと、サイド・ギターだけ。後は、かずさが二、三時間で打ち込んだって言ってた」
「えっ、そうだったの？ てっきり冬馬かずささんが、生演奏重ねたんだと思ってた」
「かずさは、打ち込むの速いよ」
「何あの人、コンピューターも強いの？」
「強いよ。音楽系のソフトは、きっとプロ並みに扱えるはず」
「なによ、それ……」
「かずさは、なんでもできちゃうよ。やる気さえあれば、何だって、ね」
「才能の固まりか、冬馬かずさ、さんは」
「はい。わたしの自慢の、親友ですから」
「で、その曲をカップリングした理由は？」
「あの曲は、かずさとわたし、そしてもう一人の親友……、わたしたち三人の、峰城大付軽音学同好会の原点ですし、わたしの誇り、なんです」
「そうなんですね」
「はい。それで、わたしから社長にお願いして、ナイツ・レコードに無理を聞いてもらって、入れてもらいました。プロの音作りからしたら、荒っぽい音だけれど、ああいう音は、あの時にしか出せなかったし、こうやって皆さんに聴いていただいて、嬉しく思っています」
「あの曲は、ドラマ中盤の山場でも、流れましたね」
「第七話、『最高の、最後の日』ですね」
「ドラマ終盤に向けた、重要な鍵になっていました。
そのドラマ『届かない恋』の話に移りますけど」
「はい」
「女優、そして、新進気鋭の脚本家でもある、瀬之内晶さんの代表作を、ご本人がテレビ・ドラマ用に書き直した作品ですが、実は、雪菜さんご自身の高校時代に起こった悲喜劇を、ストーリー化したものなんですよね」
「はい。そう、です」
「如何ですか？ その……、印象は」
「最初に舞台で観た時は、正直、こんの馬鹿野郎っ、と思ったけど」
「あははは」
「でも、きれいなお話ですよね」
「ええ……、そう思います」
「実際のわたしは、ジタバタして、格好の悪い、情けない、嫉妬だらけの、すれ違っては泣いてばかりいる、痛いだけの女でした。そんなわたしの周りで起こった、取るに足らないお話を、あんなに美しいラヴ・ストーリーに昇華してくれた、瀬之内さんには、感謝しています」
「10月から、毎週木曜夜10時放送中の、ドラマ『届かない恋』。
観ていただければ、きっと甘酸っぱい気持ちになる青春ドラマだと思います」
「ドラマの最後は、どうなるか、分かりませんけど」
「そうですね。できれば、ハッピー・エンドになってほしいです。
それでは、時間が参りました。
最後に、何かアピールすることはありますか？」
「デビュー・アルバムのリリースは、年明け2月14日を予定しています」
「おおー。誕生日じゃない」
「うふふ。その翌日、レコ発記念のミニ・ライブを予定しています。現在発売中のシングル『優しい嘘』の中に、応募はがきが入っていますので、沢山の方にご応募いただけると嬉しいで〜す」
「はい。私からもお願いしま〜す。では、本日のゲストは、歌手の小木曽雪菜さんでした。
ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「はい、カットです。お疲れさまでした」
「「お疲れさまでした〜」」
二人は、同時に立ち上がり、スタッフに丁寧に頭を下げた。
「宣戦布告だね」と朋は言った。
「そうだね。この放送がウィーンで流れることは無いけどね」
「そうかしら」
「曜子さんも、映像を送る気はないって、言っていたし」
「でも、youtubeで見る可能性はないの？」
「どうかな。やっぱり、それは無いと思う。これは、もう、確信だね。二人は、お互いこと以外、目に入ってない。入れることができない、状態だろうから」
�猴忙劼気鵑�ら、話を聞く限り��
そう思って、雪菜は少し、口の端を上げた。
�犧�が純粋な、あの二人が、わたしとの間に起こったことを、自分の都合良く、消化できる訳がない。決して、直らない傷、直す努力もできない傷を、一人一人抱え込んで、お互いを慈しみ合うだけで、精一杯なはず。
その傷は、少し触れただけで、耐えられない痛みをもたらすから、手当てすることができない。恐る恐る、舐め合うくらいしか……、ね。
だから、わたしのことなんか、検索するはずがない��
「そう、なんだろうね」
そう言って、朋は小さな溜め息をついた。
「そうよ……。さて。ありがとう、朋。
ようやくわたしは、わたしの戦いを始めることができたよ」
朋は、雪菜の手を握った。
「雪菜……」
そして、真摯な目で少し涙ぐんだ。
「ねえ、今日、仕事、終わったら、電話くれる？
電話越しでいいから、一緒に乾杯してくれる？」
雪菜は、朋の背中に腕を回して、耳元でそう言った。
「うん、うん。遅くなっても良い？」
「待ってるね、朋」
「うん」
そう言って、朋はすっと振り返り、背筋を伸ばしてスタジオを出て行った。
今となっては、他愛もない馬鹿話から真剣な口論まで交わす、一番信頼する友人。
彼女の後ろ姿を見送りながら、雪菜は独り言ちた。
「かずさ、ごめん。わたし、また、あなたを利用しちゃった」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
午後3時過ぎの主婦向けワイドショー。その中の、簡単なインタビュー。
それが、雪菜のテレビ・デビューだった。
インタビューは昼の放映の反響を受けて、夜11時台のニュースでも再放送された。その夜、特に大きな事件がなかったことは幸いだった。
ドラマ『届かない恋』が、小木曽雪菜、冬馬かずさと、もう一人の親友の間に生じた、三角関係のもつれをドラマ化したものだということは、ストレートには言わないまでも、誰でも分かる仕掛けだった。
公に言わないのは、北原春希の名前だけ。それだって、すぐ分かること。四年前と二年前、クラシック音楽専門誌『アンサンブル』冬馬かずさ特集に、春希が書いた記事と絡めて想像すれば。
あの、密かなラブレターのような、愛に溢れた記事を読み返せば、登場人物は全て確定できる。
一週間後には、殆どの週刊誌に、ドラマ『届かない恋』に込められた、三人のラヴ・ストーリーを巡る、事実と憶測がないまぜになった、記事が載せられた。
ヨーロッパで活躍する天才ピアニストと、遅れてきた天才女性歌手。
二人と、もう一人の純真が、踏みしだかれ、泥と化した雪のごとく扱われるリスク。
だが、そのリスクと引き換えに、もともと静かな支持を受けていたドラマの視聴率は、ぐんぐんと伸びた。ダブル・ヒロイン役の二人の現役高校生女優の可愛らしさも手伝ったが、脚本の魅力が他のドラマを寄せ付けなかった。脚本家本人が演じる、ピアニストの女の子の母親役も、一部で人気があった。
主題歌のCDの売り上げ、ダウンロードも伸びた。
だが、それ以上に、この物語に深く関わっている、「元・峰城大付学園祭三年連続女王」「遅れてきた天才女性歌手」小木曽雪菜の歌うエンディングテーマ『優しい嘘』が、CD売り上げ、ダウンロード、有線放送の一位に躍り出て、しばらくその座に君臨した。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
雪菜は、日本の音楽界に、撃って出た。
曜子への借りも、少し返せた。
�爐任癲△泙世泙逝�りない。全然足りない��
雪菜は、照明の消えた自室で、録画しておいたインタビューを繰り返し観ながら、改めて自分に語りかけていた。
�爐錣燭靴良垓翅彭靴療┐函△錣燭靴鯤�いた唯一の男を、わたしの前に引き摺り出すまで��
目次 ／ 続き
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
今日、お話を伺いますのは、10月から、木曜夜10時に放送中のドラマ『届かない恋』で、今流れていますエンディング・テーマ『優しい嘘』を歌っていらっしゃる、歌手の小木曽雪菜さんです。こんにちは〜」
「こんにちは。小木曽雪菜です。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「今日は、ピンクタートルニットとチェックのフレヤースカートか……。よくまあ、そんな服着れるわね」
「えっ、やだ。子供っぽい？」
「そんなことないよ。かわいいよ。私には似合わないな、と思って。
はっ。え〜と、すみません。実は私と雪菜、えっと、小木曽雪菜さんは、大学時代からの悪友でして」
「遺憾ながら。柳原朋さんは一学年下なのに初対面から名前を呼び捨てにする失礼な後輩で……」
「その辺りの話はまた機会があればするということで、用意していたインタビューをしたいと思います」
「宜しくお願いしま〜す」
「雪菜さんは、クラシック・ピアニストの冬馬曜子さんの事務所に所属されているという、異色のJ-POPの歌手、ということなのですが、どうして冬馬さんの事務所に所属されることになったのですか」
「本当に偶然というか、社長の娘さんと高等部時代の同級生、……親友なんです」
「冬馬曜子さんの娘さんと言えば、今、ヨーロッパで活躍中の冬馬かずささんですね」
「そうです。その繋がりで、社長とも親しくさせてもらっていて」
「冬馬かずささんといえば、峰城大学付属高等部三年生の学園祭で、女子二人、男子一人のバンドで演奏した時に、初めて演奏する喜びに目覚めた、というお話は、コアなファンの方には有名な話です。
彼女の音楽家としてのその後に、大きな影響があったライヴだと言われていますが、実はそのバンドのボーカルが、雪菜さんだったんですよね」
「はい」
「当時の映像をちょっと観てみましょうか。この曲は『White Album』ですね。懐かし〜。
しかし、今観ても、二人とも露出度の高い衣装だよね〜」
「あの時は寝不足でちょっとハイだったから、勢いで着ちゃったけど、やっぱりちょっと恥ずかしいよね」
「あっ、こんなアングル観たことない」
「つい最近、固定カメラ以外のプライベート映像を幾つか提供してもらったの」
「ふーん。アップでよく見ると、二人とも最高にエロ可愛いですね。おっ、雪菜パンチラ」
「やだもう、ストップストップ」
「ところで、峰城大付高等部の学園祭には裏のメインイベントとしてミスコンがあるんですが、雪菜さんは三年連続で優勝してるんですよね」
「一年生の頃、クラスメイトが勝手にエントリーしちゃって、たまたま優勝しちゃって。二年生、三年生の頃は、実行委員会さんが勝手にエントリーしてて……。
本当は、そういうイベントは好きじゃないんですけど」
「相変わらずの上から目線ありがとうございます。あなたのせいで私は、一年生、二年生の時、どれだけ努力しようが、画策しようが、裏工作しようが、二位で煮え湯を飲まされたのに。
まあ、三年生の時は、ぶっちぎりで優勝しましたけどね」
「あはは……。まあ、柳原さんは本当に美人で素晴らしい女性ですから。性格以外は」
「うるさいわねっ。
えっと、進行を戻しますが、高等部の頃から、歌手を目指していたんですか？」
「いえ。大学入学後三年間、全く歌っていなかったです」
「でも、四回生になった頃から、就職活動と平行して、ライブ活動されてましたよね」
「はい。三回生の冬、大学のヴァレンタイン・デーのライブで、一曲歌わせてもらったことをきっかけに、歌うようになりました」
「それでも、その頃はプロを目指す気はなかった、と」
「はい。音楽は大好きで、プロのアーティストのお手伝いをしていきたいと思い、大学卒業後はナイツ・レコードに就職しました。プロモートをして行く中で、営業で歌う機会もあり、色々な方から、君もデビューしたらどうなの、って言っていただいたりもしていました」
「私もそう思ってた」
「ですが、自分でソング・ライティングする気が全くなかったので、プロの歌い手になろうとは、全く思っていませんでした」
「ただ、歌うだけでの歌手は、自分の想う歌手ではないと？」
「親友が……、わたしなんて全く足下にも及ばない、凄い親友がいるので。
自分で曲を作る気がない、凡人のわたしなんか、アーティストと呼ばれる存在になるのは無理、と思っていました。カラオケで歌えれば、それで良い。友達が聴いてくれればそれで良い、と。
でも、二年前に、ちょっとした、個人的な事件があって」
「ええ」
「やっぱり、自分のことを歌いたい、こんなちっぽけな自分でも、自分の想いを歌うしか無いと決心して、冬馬曜子社長に相談したところ、お情けで、雇ってもらいました」
「今は、作詞・作曲もされるんですよね」
「作曲は、まだ、見習いみたいなものです」
「ギターは何時頃から？」
「それも始めて一年半なので、お恥ずかしいです」
「でも、それなりに習得されていると」
「いえいえ、まだまだです。でも、歌もギターも、社長や、色々な方から、みっちり鍛えていただいてますので」
「一説には、冬馬曜子さんが実質的に引退状態にあるのは、全ての力を雪菜さんの音楽的教育に注いでいらっしゃるからだとか」
「否定はしません。彼女の時間の、多くをわたしに注いでもらいました。
冬馬曜子ファンの皆様には、大変申し訳ないと思っています。でも、わたしは幸せに感じています」
「来年2月にはファースト・アルバムをリリースされるんですよね」
「はい。今、録音中です」
「全曲、雪菜さんの作詞・作曲によるものになりそうですか？」
「いいえ。カヴァーが三曲あります。オリジナル曲の作詞は、全てわたしが担当しましたけど、作曲したのは二曲だけです。
作曲は難しかったですね。ホント、社長のダメ出しも厳しくて。でも後の曲は、わたしの拙い詩を乗せても良いのかと戸惑う程、良い曲ばっかりですので、期待して下さい」
「さて、ドラマのエンディング・テーマになっている、『優しい嘘』ですが、切ない歌ですね。
この曲の作詞は雪菜さんですね」
「はい」
「とっても良い曲なんですけど、実は、カップリングされている『届かない恋』、……今流れていますけど、この曲も有線放送でよくかかっているし、『優しい嘘』と同じくらいダウンロードされているんですよね。
これも切ない歌で、雪菜さんの若い声も良いし、勢いのあるアレンジも、歌詞も、これぞ青春って感じでキュンキュンしますよね。
……ちょっとギターは荒っぽいですけど」
「そう、かな」
「高等部の学園祭で演奏された、という割には、音質がプロ並みに良いですよね」
「あのテイクは、学園祭前日の通し練習を録音した音源のうち、一番出来が良い演奏を改めてミックスダウンしたものです。社長のご自宅のスタジオで、おそらく、当時プライベートとしては最高の機材で録音した音源です」
「だから音が良いんですね。それと、ピアノ、キーボードが上手いのは別にして、ドラムや、ベースも、生々しくライブ感あふれる音で、バンドっぽい、いい感じのアレンジですよね。
えっと、これは生演奏？」
「ちがうよ。かずさが実際に演奏したトラックは、薄っすらと聴こえるコーラスと、サイド・ギターだけ。後は、かずさが二、三時間で打ち込んだって言ってた」
「えっ、そうだったの？ てっきり冬馬かずささんが、生演奏重ねたんだと思ってた」
「かずさは、打ち込むの速いよ」
「何あの人、コンピューターも強いの？」
「強いよ。音楽系のソフトは、きっとプロ並みに扱えるはず」
「なによ、それ……」
「かずさは、なんでもできちゃうよ。やる気さえあれば、何だって、ね」
「才能の固まりか、冬馬かずさ、さんは」
「はい。わたしの自慢の、親友ですから」
「で、その曲をカップリングした理由は？」
「あの曲は、かずさとわたし、そしてもう一人の親友……、わたしたち三人の、峰城大付軽音学同好会の原点ですし、わたしの誇り、なんです」
「そうなんですね」
「はい。それで、わたしから社長にお願いして、ナイツ・レコードに無理を聞いてもらって、入れてもらいました。プロの音作りからしたら、荒っぽい音だけれど、ああいう音は、あの時にしか出せなかったし、こうやって皆さんに聴いていただいて、嬉しく思っています」
「あの曲は、ドラマ中盤の山場でも、流れましたね」
「第七話、『最高の、最後の日』ですね」
「ドラマ終盤に向けた、重要な鍵になっていました。
そのドラマ『届かない恋』の話に移りますけど」
「はい」
「女優、そして、新進気鋭の脚本家でもある、瀬之内晶さんの代表作を、ご本人がテレビ・ドラマ用に書き直した作品ですが、実は、雪菜さんご自身の高校時代に起こった悲喜劇を、ストーリー化したものなんですよね」
「はい。そう、です」
「如何ですか？ その……、印象は」
「最初に舞台で観た時は、正直、こんの馬鹿野郎っ、と思ったけど」
「あははは」
「でも、きれいなお話ですよね」
「ええ……、そう思います」
「実際のわたしは、ジタバタして、格好の悪い、情けない、嫉妬だらけの、すれ違っては泣いてばかりいる、痛いだけの女でした。そんなわたしの周りで起こった、取るに足らないお話を、あんなに美しいラヴ・ストーリーに昇華してくれた、瀬之内さんには、感謝しています」
「10月から、毎週木曜夜10時放送中の、ドラマ『届かない恋』。
観ていただければ、きっと甘酸っぱい気持ちになる青春ドラマだと思います」
「ドラマの最後は、どうなるか、分かりませんけど」
「そうですね。できれば、ハッピー・エンドになってほしいです。
それでは、時間が参りました。
最後に、何かアピールすることはありますか？」
「デビュー・アルバムのリリースは、年明け2月14日を予定しています」
「おおー。誕生日じゃない」
「うふふ。その翌日、レコ発記念のミニ・ライブを予定しています。現在発売中のシングル『優しい嘘』の中に、応募はがきが入っていますので、沢山の方にご応募いただけると嬉しいで〜す」
「はい。私からもお願いしま〜す。では、本日のゲストは、歌手の小木曽雪菜さんでした。
ありがとうございました」
「ありがとうございました」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「はい、カットです。お疲れさまでした」
「「お疲れさまでした〜」」
二人は、同時に立ち上がり、スタッフに丁寧に頭を下げた。
「宣戦布告だね」と朋は言った。
「そうだね。この放送がウィーンで流れることは無いけどね」
「そうかしら」
「曜子さんも、映像を送る気はないって、言っていたし」
「でも、youtubeで見る可能性はないの？」
「どうかな。やっぱり、それは無いと思う。これは、もう、確信だね。二人は、お互いこと以外、目に入ってない。入れることができない、状態だろうから」
�猴忙劼気鵑�ら、話を聞く限り��
そう思って、雪菜は少し、口の端を上げた。
�犧�が純粋な、あの二人が、わたしとの間に起こったことを、自分の都合良く、消化できる訳がない。決して、直らない傷、直す努力もできない傷を、一人一人抱え込んで、お互いを慈しみ合うだけで、精一杯なはず。
その傷は、少し触れただけで、耐えられない痛みをもたらすから、手当てすることができない。恐る恐る、舐め合うくらいしか……、ね。
だから、わたしのことなんか、検索するはずがない��
「そう、なんだろうね」
そう言って、朋は小さな溜め息をついた。
「そうよ……。さて。ありがとう、朋。
ようやくわたしは、わたしの戦いを始めることができたよ」
朋は、雪菜の手を握った。
「雪菜……」
そして、真摯な目で少し涙ぐんだ。
「ねえ、今日、仕事、終わったら、電話くれる？
電話越しでいいから、一緒に乾杯してくれる？」
雪菜は、朋の背中に腕を回して、耳元でそう言った。
「うん、うん。遅くなっても良い？」
「待ってるね、朋」
「うん」
そう言って、朋はすっと振り返り、背筋を伸ばしてスタジオを出て行った。
今となっては、他愛もない馬鹿話から真剣な口論まで交わす、一番信頼する友人。
彼女の後ろ姿を見送りながら、雪菜は独り言ちた。
「かずさ、ごめん。わたし、また、あなたを利用しちゃった」
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
午後3時過ぎの主婦向けワイドショー。その中の、簡単なインタビュー。
それが、雪菜のテレビ・デビューだった。
インタビューは昼の放映の反響を受けて、夜11時台のニュースでも再放送された。その夜、特に大きな事件がなかったことは幸いだった。
ドラマ『届かない恋』が、小木曽雪菜、冬馬かずさと、もう一人の親友の間に生じた、三角関係のもつれをドラマ化したものだということは、ストレートには言わないまでも、誰でも分かる仕掛けだった。
公に言わないのは、北原春希の名前だけ。それだって、すぐ分かること。四年前と二年前、クラシック音楽専門誌『アンサンブル』冬馬かずさ特集に、春希が書いた記事と絡めて想像すれば。
あの、密かなラブレターのような、愛に溢れた記事を読み返せば、登場人物は全て確定できる。
一週間後には、殆どの週刊誌に、ドラマ『届かない恋』に込められた、三人のラヴ・ストーリーを巡る、事実と憶測がないまぜになった、記事が載せられた。
ヨーロッパで活躍する天才ピアニストと、遅れてきた天才女性歌手。
二人と、もう一人の純真が、踏みしだかれ、泥と化した雪のごとく扱われるリスク。
だが、そのリスクと引き換えに、もともと静かな支持を受けていたドラマの視聴率は、ぐんぐんと伸びた。ダブル・ヒロイン役の二人の現役高校生女優の可愛らしさも手伝ったが、脚本の魅力が他のドラマを寄せ付けなかった。脚本家本人が演じる、ピアニストの女の子の母親役も、一部で人気があった。
主題歌のCDの売り上げ、ダウンロードも伸びた。
だが、それ以上に、この物語に深く関わっている、「元・峰城大付学園祭三年連続女王」「遅れてきた天才女性歌手」小木曽雪菜の歌うエンディングテーマ『優しい嘘』が、CD売り上げ、ダウンロード、有線放送の一位に躍り出て、しばらくその座に君臨した。
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雪菜は、日本の音楽界に、撃って出た。
曜子への借りも、少し返せた。
�爐任癲△泙世泙逝�りない。全然足りない��
雪菜は、照明の消えた自室で、録画しておいたインタビューを繰り返し観ながら、改めて自分に語りかけていた。
�爐錣燭靴良垓翅彭靴療┐函△錣燭靴鯤�いた唯一の男を、わたしの前に引き摺り出すまで��
目次 ／ 続き
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