最終更新:ID:I/el9ZdvCg 2014年01月14日(火) 18:00:37履歴
「北原、今度はあれだ」
「あれって……また甘いものかよ」
学園祭は三日間とも爽やかな秋晴れだった。来場者は例年よりも多いらしい。少なくとも親志はそう自慢げに頷いていた。
その理由は誰あろう小木曽雪菜。二年連続ミス峰城付属で、知名度は年々増す一方。内輪だけなら知らぬ人なしという人気の女生徒だ。
「なんだよ北原、文句でもあるのか」
「そりゃあるよ。お前の胃はどれだけ糖分を摂取すれば気が済むんだ。そろそろ溶け始めるんじゃないのか?」
そして小木曽雪菜の所属するA組が今年開催したのは”大正浪漫女給喫茶”という、いかにも狙い澄ましたコスプレ喫茶店。その御姿を一目見ようと全校生徒ひいては大学の男連中はこぞってA組に並び、一時は三時間待ちになったとかならないとかで、某遊園地のアトラクション並の行列ができていたらしい。
その奥で営業する俺と冬馬の所属するE組も、なんだかんだで人気を博していた。なにせウチはA組とは対照的な”カップル限定”お化け屋敷。造りも本格的にしたし、反響もよかった。口コミで徐々に客は増え、A組とはいかないまでも行列ができた。
……嫉妬で迫真の演技をするフランケンシュタインや、死者のくせに私情むき出しで襲ってくるゾンビはどうかと思ったけど。
「安心しろ。グッディーズのなめらかプリンなら五個は食べたことがある」
「……今度はお前の食生活が心配になってきたんだけど」
冬馬は俺の予感通りちゃんと来てくれた。けれど四六時中ずっとそわそわ落ち着かないサダコは全然怖くなかった。来なくてもよく、しかし来てくれたら絶対にハマる役を斡旋した俺の配慮はあえなく無駄となった。
「……どうした。疲れたのか?」
「いや全然。まだまだ」
……まあ、その原因を作ったのが俺自身だってのは、今の冬馬のはしゃぎっぷりを目の当たりにすれば明白な事実なんだけれど。
しかし……それにしても。
「……」
りんご飴にあんず飴にべっこう飴、綿菓子にクレープにチョコバナナにみたらし団子。甘いもの以外で食べたのは唯一たこやきだけ。
そして今度は……ベビーカステラか。
うっ、甘い匂いを嗅いだだけで早くも吐き気が……。
「……ん。うまい」
冬馬は苦もなく砂糖まみれの洋菓子を平らげていく。ひょいひょい口に放られていく黄色い菓子はまるで玉入れ競争の玉だ。女子は体重を気にするとよく言うけれど、このブラックホールには縁のない話みたいだ。身長は高いけど太っているわけじゃないし、むしろモデルのような体型だし、摂取した栄養はどこに吸収されてるんだろう。やっぱり……
「なんだよ、人のことジロジロ見て」
「いいいいや、すまん。美味しそうに食べるなと思って」
と目を移しかけたところで咎められた。
「これ欲しいのか、北原。でもお前さっき腹一杯だって」
「冬馬の食いっぷりに驚いてるだけだよ。でも、そうだな。じゃあひとつだけ」
「ふふん。誰がお前なんかにやるもんか」
俺の手は空を切り、冬馬が見せつけるようにしてパクっと一口。そして至福の笑み。
「……」
怒れるはずが、ない。こんなに幸せそうな顔をされたら、俺はそれだけで腹一杯に満たされるから。
だから欲深い俺は、もっと冬馬のことを知りたくなる。もっと冬馬の表情を見たくなる。もっと冬馬の素顔を引き出したくなる。
「そろそろ食うだけじゃなくて何か見物しようぜ。二日目に体育館でやってた演劇部がかなりレベル高かったらしいし、休憩も兼ねて少し――」
「お、あれは何だ、北原。……甘い匂いがする。行ってみよう」
犬のように鼻の利く冬馬が次に指差した先は、体育館でも俺のプランがメモされたパンフレットでもなく、チュロスの屋台だった。
「ま、待てよ冬馬!」
子供のように目先のことしか見えていない冬馬がぐんぐん歩き出す。その黒髪が人混みに紛れる前に俺はパンフレットをポケットにしまい、呆れつつ、安心しつつ、慌てて大きな女の子を追う。
――少なくとも解散宣言をする必要は、全然ないみたいだ。
…………
日が落ちる。秋の夕暮れは早い。夜の帳が下りたグラウンドの中央では恒例のキャンプファイヤーを囲い、後夜祭が執り行われていた。
俺と冬馬でフォークダンスを踊るわけもなく、誘う度胸もなく、冷ややかで生暖かい目で見守る傍観者の一員となっていた。
「北原、寒い」
「ごめん、すぐ閉めるよ」
――ただし、グラウンドからではなく、第二音楽室から。
「学園祭も終わりだな」
窓から感慨深く思い出の炎を見る。冬馬はいつも通りピアノを弾いていた。静かな旋律だった。
「結局、食ってばっかの一日になっちまったな」
「ふん」
「大学の方にも足を伸ばしたし」
「……」
「満足したか?」
「うるさい」
返事は素っ気ないけれど、奏でる優しいピアノが全てを物語っていた。
「ウチのお化け屋敷も大盛況だそうだ。……まあ、A組には負けるけど」
「あれに並ぶなんて非効率の極みだ。ただでさえ学園祭で自由に行動できる時間は短いってのに」
「冬馬はそう思うかもしれないけど、男連中にとってはそれだけの価値があるんだよ。なんたって”あの”小木曽雪菜の女給さん姿だもんな」
「……あっそ」
「そうそう、親志に聞いたんだけど、小木曽ミスコン三連覇だって。五割に迫る投票率だったらしい。すごいよな、あの人気っぷり。テレビとかに出ても下手なアイドルより人気でるんじゃないかな」
「………………」
あれ、静かな曲だと思ってたのに力強いスタッカートがつくんだな……。
「冬馬もエントリーしてれば小木曽と渡り合えたかもしれないのに」
「絶っっ対にやだね。誰があんな羞恥プレイみたいなことやるもんか」
「あ、そうか。俺が冬馬を推薦すればよかったのか。そしたらみんなに冬馬のこと知ってもらえる、またとない機会になったかもしれない」
「そんなことしたら、あたしはお前のこと本気で嫌いになってやる」
「大丈夫だって。俺が責任をもってプロデュースするから。表の仕事も裏工作も任せろ」
「不登校になってやる」
「そうしたら毎日お前の家まで行く」
「…………悪質なストーカープロデューサーめ」
「それで本気で謝る」
「……」
「まあ、俺も本人が本気で嫌がることはしないよ。そもそもミスコンの推薦は本人の同意が必要だし。冗談だ」
「………………冗談が過ぎるんだ、お前は。いつもいつも」
「でも俺は、小木曽と冬馬どっちに投票するかって言われたら、即決で冬馬にするよ」
「…………」
考えていた台詞を口に出すことは、思った以上に恥ずかしい。それが口説き文句なら猶のこと。
羞恥心でまともに冬馬の方を向けない。だからと言って止めるわけにもいかないし、そっぽを向くわけにもいかない。振り向きはしないけれど、冬馬はピアノの手を止めていた。
「何で……だ。何で、あたしに?」
「お前のことが好きだから」
……言った。
……言えた。
俺の長きに亘る作戦の最後にして最大の山場が、ようやく始まった。
「…………それも北原の冗談、か?」
「いいや、違う。本気だ。今更言うのもなんだけど、学園祭に誘う前から告白するつもりだった。……交際を申し込むつもりだった」
「……」
全てはこの時のため、この台詞を言うために仕組んだこと。
「な、冬馬……」
俺はありったけの勇気を振り絞って前に出る。ピアノの横に立ち、斜めから冬馬の顔を見る。
冬馬は目を丸くして俺のことを見ていた。ずっと見つめていたいくらい、まっすぐに。
「俺……初めて会ったときから、ずっとお前のことが好きだったよ」
この世に生を受けてからの、俺の初めての告白。恋愛に疎かった俺が、武也から馬鹿にされてた俺が、堅物と呼ばれる俺が、初めて好きになった人へ想いを伝える。
もっと冬馬と話したい。
もっと冬馬と楽しみたい。
もっと冬馬のピアノを近くで聞いていたい。
もっと冬馬のことを近くで見ていたい。
そんな自分の欲望を、今、冬馬に伝えた。
冬馬はしばらく吸い込まれそうなくらいに綺麗な目をぱちくりさせていたが、やがて目を伏せて鍵盤に手を乗せた。
そのままピアノを弾くのかと思ったが、しかしそれだけで冬馬の白い指は動かなかった。何か言おうとして口許が少し開いたり、すぐに閉じたりを何度も繰り返していた。
それでも俺は、冬馬の返事を辛抱強く待つ。いつものようにせかせかと催促せずに。
冬馬の意志でちゃんと応えて欲しいから。
冬馬の正直な答えが欲しいから。
それが肯定でも否定でも、うんでもいいえでも、イエスでもノーでも、ウィでもノンでも、ヤーでもナインでもいいから……。
「お前の気持ちなんか知るか」
けれど、冬馬の口からようやく出た言葉は……
「あたしが信じるのは、あたしの気持ちだけだ」
俺が予想していたものとは異なっていて……
「……………………………………お前が好きだ」
俺が期待した通りの答えだった。
「あれって……また甘いものかよ」
学園祭は三日間とも爽やかな秋晴れだった。来場者は例年よりも多いらしい。少なくとも親志はそう自慢げに頷いていた。
その理由は誰あろう小木曽雪菜。二年連続ミス峰城付属で、知名度は年々増す一方。内輪だけなら知らぬ人なしという人気の女生徒だ。
「なんだよ北原、文句でもあるのか」
「そりゃあるよ。お前の胃はどれだけ糖分を摂取すれば気が済むんだ。そろそろ溶け始めるんじゃないのか?」
そして小木曽雪菜の所属するA組が今年開催したのは”大正浪漫女給喫茶”という、いかにも狙い澄ましたコスプレ喫茶店。その御姿を一目見ようと全校生徒ひいては大学の男連中はこぞってA組に並び、一時は三時間待ちになったとかならないとかで、某遊園地のアトラクション並の行列ができていたらしい。
その奥で営業する俺と冬馬の所属するE組も、なんだかんだで人気を博していた。なにせウチはA組とは対照的な”カップル限定”お化け屋敷。造りも本格的にしたし、反響もよかった。口コミで徐々に客は増え、A組とはいかないまでも行列ができた。
……嫉妬で迫真の演技をするフランケンシュタインや、死者のくせに私情むき出しで襲ってくるゾンビはどうかと思ったけど。
「安心しろ。グッディーズのなめらかプリンなら五個は食べたことがある」
「……今度はお前の食生活が心配になってきたんだけど」
冬馬は俺の予感通りちゃんと来てくれた。けれど四六時中ずっとそわそわ落ち着かないサダコは全然怖くなかった。来なくてもよく、しかし来てくれたら絶対にハマる役を斡旋した俺の配慮はあえなく無駄となった。
「……どうした。疲れたのか?」
「いや全然。まだまだ」
……まあ、その原因を作ったのが俺自身だってのは、今の冬馬のはしゃぎっぷりを目の当たりにすれば明白な事実なんだけれど。
しかし……それにしても。
「……」
りんご飴にあんず飴にべっこう飴、綿菓子にクレープにチョコバナナにみたらし団子。甘いもの以外で食べたのは唯一たこやきだけ。
そして今度は……ベビーカステラか。
うっ、甘い匂いを嗅いだだけで早くも吐き気が……。
「……ん。うまい」
冬馬は苦もなく砂糖まみれの洋菓子を平らげていく。ひょいひょい口に放られていく黄色い菓子はまるで玉入れ競争の玉だ。女子は体重を気にするとよく言うけれど、このブラックホールには縁のない話みたいだ。身長は高いけど太っているわけじゃないし、むしろモデルのような体型だし、摂取した栄養はどこに吸収されてるんだろう。やっぱり……
「なんだよ、人のことジロジロ見て」
「いいいいや、すまん。美味しそうに食べるなと思って」
と目を移しかけたところで咎められた。
「これ欲しいのか、北原。でもお前さっき腹一杯だって」
「冬馬の食いっぷりに驚いてるだけだよ。でも、そうだな。じゃあひとつだけ」
「ふふん。誰がお前なんかにやるもんか」
俺の手は空を切り、冬馬が見せつけるようにしてパクっと一口。そして至福の笑み。
「……」
怒れるはずが、ない。こんなに幸せそうな顔をされたら、俺はそれだけで腹一杯に満たされるから。
だから欲深い俺は、もっと冬馬のことを知りたくなる。もっと冬馬の表情を見たくなる。もっと冬馬の素顔を引き出したくなる。
「そろそろ食うだけじゃなくて何か見物しようぜ。二日目に体育館でやってた演劇部がかなりレベル高かったらしいし、休憩も兼ねて少し――」
「お、あれは何だ、北原。……甘い匂いがする。行ってみよう」
犬のように鼻の利く冬馬が次に指差した先は、体育館でも俺のプランがメモされたパンフレットでもなく、チュロスの屋台だった。
「ま、待てよ冬馬!」
子供のように目先のことしか見えていない冬馬がぐんぐん歩き出す。その黒髪が人混みに紛れる前に俺はパンフレットをポケットにしまい、呆れつつ、安心しつつ、慌てて大きな女の子を追う。
――少なくとも解散宣言をする必要は、全然ないみたいだ。
…………
日が落ちる。秋の夕暮れは早い。夜の帳が下りたグラウンドの中央では恒例のキャンプファイヤーを囲い、後夜祭が執り行われていた。
俺と冬馬でフォークダンスを踊るわけもなく、誘う度胸もなく、冷ややかで生暖かい目で見守る傍観者の一員となっていた。
「北原、寒い」
「ごめん、すぐ閉めるよ」
――ただし、グラウンドからではなく、第二音楽室から。
「学園祭も終わりだな」
窓から感慨深く思い出の炎を見る。冬馬はいつも通りピアノを弾いていた。静かな旋律だった。
「結局、食ってばっかの一日になっちまったな」
「ふん」
「大学の方にも足を伸ばしたし」
「……」
「満足したか?」
「うるさい」
返事は素っ気ないけれど、奏でる優しいピアノが全てを物語っていた。
「ウチのお化け屋敷も大盛況だそうだ。……まあ、A組には負けるけど」
「あれに並ぶなんて非効率の極みだ。ただでさえ学園祭で自由に行動できる時間は短いってのに」
「冬馬はそう思うかもしれないけど、男連中にとってはそれだけの価値があるんだよ。なんたって”あの”小木曽雪菜の女給さん姿だもんな」
「……あっそ」
「そうそう、親志に聞いたんだけど、小木曽ミスコン三連覇だって。五割に迫る投票率だったらしい。すごいよな、あの人気っぷり。テレビとかに出ても下手なアイドルより人気でるんじゃないかな」
「………………」
あれ、静かな曲だと思ってたのに力強いスタッカートがつくんだな……。
「冬馬もエントリーしてれば小木曽と渡り合えたかもしれないのに」
「絶っっ対にやだね。誰があんな羞恥プレイみたいなことやるもんか」
「あ、そうか。俺が冬馬を推薦すればよかったのか。そしたらみんなに冬馬のこと知ってもらえる、またとない機会になったかもしれない」
「そんなことしたら、あたしはお前のこと本気で嫌いになってやる」
「大丈夫だって。俺が責任をもってプロデュースするから。表の仕事も裏工作も任せろ」
「不登校になってやる」
「そうしたら毎日お前の家まで行く」
「…………悪質なストーカープロデューサーめ」
「それで本気で謝る」
「……」
「まあ、俺も本人が本気で嫌がることはしないよ。そもそもミスコンの推薦は本人の同意が必要だし。冗談だ」
「………………冗談が過ぎるんだ、お前は。いつもいつも」
「でも俺は、小木曽と冬馬どっちに投票するかって言われたら、即決で冬馬にするよ」
「…………」
考えていた台詞を口に出すことは、思った以上に恥ずかしい。それが口説き文句なら猶のこと。
羞恥心でまともに冬馬の方を向けない。だからと言って止めるわけにもいかないし、そっぽを向くわけにもいかない。振り向きはしないけれど、冬馬はピアノの手を止めていた。
「何で……だ。何で、あたしに?」
「お前のことが好きだから」
……言った。
……言えた。
俺の長きに亘る作戦の最後にして最大の山場が、ようやく始まった。
「…………それも北原の冗談、か?」
「いいや、違う。本気だ。今更言うのもなんだけど、学園祭に誘う前から告白するつもりだった。……交際を申し込むつもりだった」
「……」
全てはこの時のため、この台詞を言うために仕組んだこと。
「な、冬馬……」
俺はありったけの勇気を振り絞って前に出る。ピアノの横に立ち、斜めから冬馬の顔を見る。
冬馬は目を丸くして俺のことを見ていた。ずっと見つめていたいくらい、まっすぐに。
「俺……初めて会ったときから、ずっとお前のことが好きだったよ」
この世に生を受けてからの、俺の初めての告白。恋愛に疎かった俺が、武也から馬鹿にされてた俺が、堅物と呼ばれる俺が、初めて好きになった人へ想いを伝える。
もっと冬馬と話したい。
もっと冬馬と楽しみたい。
もっと冬馬のピアノを近くで聞いていたい。
もっと冬馬のことを近くで見ていたい。
そんな自分の欲望を、今、冬馬に伝えた。
冬馬はしばらく吸い込まれそうなくらいに綺麗な目をぱちくりさせていたが、やがて目を伏せて鍵盤に手を乗せた。
そのままピアノを弾くのかと思ったが、しかしそれだけで冬馬の白い指は動かなかった。何か言おうとして口許が少し開いたり、すぐに閉じたりを何度も繰り返していた。
それでも俺は、冬馬の返事を辛抱強く待つ。いつものようにせかせかと催促せずに。
冬馬の意志でちゃんと応えて欲しいから。
冬馬の正直な答えが欲しいから。
それが肯定でも否定でも、うんでもいいえでも、イエスでもノーでも、ウィでもノンでも、ヤーでもナインでもいいから……。
「お前の気持ちなんか知るか」
けれど、冬馬の口からようやく出た言葉は……
「あたしが信じるのは、あたしの気持ちだけだ」
俺が予想していたものとは異なっていて……
「……………………………………お前が好きだ」
俺が期待した通りの答えだった。
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