小木曽晋の受難



 日曜日深夜 小木曽家寝室にて

 「母さん、雪菜はまだ帰ってこないのか?」
 土曜日の夜、正確には日曜日の午前2時。いつものように、週末になると午前様でしか帰ってこない娘に小木曽晋は不満を隠せない。
 「何今更いってるんです。もう雪菜だって、来年は社会人じゃあありませんか。そこまで心配することありませんよ。」
 「いや、だが・・・・・・」
 理由は十分に分かっている。
 男(春希)の部屋にいるのも、そこで何をしているのかも。
 しかし、まだ大学生で社会人でもない。ましてや婚約もしていない我が娘が、毎週末になると男の家に入り浸っている。
 いずれ、我が家の一員になるかもしれないが、まだ絶対に彼を認めるわけにはいかない。
 誠実で真面目に見えるが、娘を悲しませていた時期もあるのも知っている。
 どうしてそんな男をいつまでも想い続けるのか。
 高校3年までは悪い虫もつかず、少しだけ心配していたのだが、逆に虫が付いた途端にとても不安になる。
 矛盾していると分かっていても、どうしても納得いかないのだ。
 「一応、彼とそのお友達と飲んでカラオケに行ってるから遅くなるっていってますよ。でもそんなの今更ですよねえ」
 「・・・・・・」
 少しからかう口調で返事をする妻
 「まあ4時前には帰ってくるから、その通りなのかもしれませんけども。」
 「一回雪菜のきちんと訊いたらいかかですか?」
 私が訊けないのを知っていてからかってくる。
 「そんなのはお前が訊くことだろ!」
 深夜にもかかわらず、口調が荒くなる。
 「都合の悪いことはいつも私に押し付けるんですねえ。」
 妻はもう眠いとばかりに、背中を向け寝ようとする。
 「あ、そうそう。次の土曜日、北原さんが夕食を食べに来るの。その時に詳しくきいたらいいじゃない。」
 「いつも彼が来ると逃げてばかりいないで、たまには一緒に食事をしてください。雪菜にも伝えておきますからいいですね。」
 そう言うと妻は今度こそ寝てしまい、私が何を言おうが一切返事をしなかった。




 土曜日夕方 小木曽家リビングにて

 「お邪魔します。」
 北原君が雪菜と共に我が家へ上がってきた。
 「あら、北原さんいらっしゃい。」
 「あ、北原さん。どうも」
 リビングには妻と孝宏がすでにいる。
 私は居づらくなり席を外そうとするのだが、家族3人私を睨みつける。
 「ああ・・・。北原くん、よく来たね。」
 私は気まずくならないよう、こう返事をするので精一杯だ。
 「春希君、すぐ食事の用意するから待っていてね。」
 妻と二人雪菜はキッチンへ。
 リビングには男3人居心地悪そうにソファーへ座っている。
 孝宏はよその方を向き、私と北原君が隣り合わせになる。
 北原くんも何か話したそうだが、お互い会話のきっかけがなかなかつかめない。
 すると孝宏が、仕方ないとため息をつきながら
 「なあ、北原さん。いつも家で食事したあと、姉ちゃんに送ってもらって帰るだろ。」
 「ああ、それが何か?」 
 「でもさあ夜9時くらいに二人で出かけるのに、姉ちゃんの帰りは次の日の3時すぎじゃん。北原さん家、どこの山奥にあるんだって、いつも父さんがいってるんだよ。」
 「あはははは・・・・・・」 
 北原くんは苦笑いをするので精一杯だ。
 「孝宏!お前なにいってるんだ!」
 「なんだよ、父さん。代わりにいってやったんじゃないか。」
 「・・・・・・」
 「もう、馬鹿なこといってないでそろそろ出来たわよ。孝宏、夕食運ぶの手伝って。」
 母さんが場を取り持つ。
 「あ、俺も手伝います。」
 北原君もこの場にいるのが辛いのだろう。さっと立ち上がる。
 私一人、ソファーで佇んでいた。


 

 土曜日夜 小木曽家食卓にて

 「さあ、春希くん。いっぱい食べてね。」 
 雪菜の嬉しそうに弾む声。
 北原君の隣に座り、色々と食事の世話をしている。
 私は何故か彼の正面に座ることとなり、隣に母さん、その奥に孝宏が座っている。
 これでは嫌でも彼と目線が合ってしまう。
 しかも、雪菜の嬉しそうな顔と彼の困惑した表情。これをずっと見て食事をしろというのか!
 「えっと、いただきます・・・」
 消え入りそうな声をだし、下を向いて黙々と食べる彼。
 「ねえ春希くん。これ美味しいよ。はい、あ〜ん」
 「え、いいよ雪菜。恥ずかしい。」
 「なにいってるの、いつもこうしてるじゃない。」
 「姉ちゃん、もう少し場をわきまえろよ。」
 「もう、雪菜ったら。すいませんねえ、北原さん、甘えん坊な娘で。」
 「・・・・・・」
 私は掴んだ箸を折そうになりながらも、なんとか耐え、味のしない夕食を終えたのだった。




 土曜日夜 小木曽家リビングにて

 母さんと雪菜はキッチンで夕食の洗い物をしている。
 先ほどと同じく男3人はソファーへ座り、なにをすることもなく、ただ時間を過ごしている。
 私が席を外そうとすると家族3人が厳しい視線を送り、わたしはまた仕方なくここで過ごしている。
 ふと、視線をサイドボードへ移すと、そこには私の大切にしているブランデーがある。
 (そうだ、これだ!)
 私は勇気を出し、北原くんへ話かける。
 「北原くん、君はお酒はいける口かね?よかったら私に付き合ってくれないか」
 家族3人の視線が私にあつまる。
 雪菜にいたっては少し涙ぐんでるようにも。
 「はい、お義父さん。」
 少し緊張気味に北原くんも返事をする。
 お義父さんと言われるのはすこし癪に障るが、そこは置いておこう。
 私は立ち上がると、サイドボードからブランデーとグラスを2つ取り出す。
 「さあ、どうぞ。」
 わたしも少し緊張しながらグラスを北原君に差し出す。
 「まあ、そんな緊張しないでくれ。わたしもいつも一人で飲んでいて寂しいときもあるんだ。いつかこうやって男二人で飲んでみたいと思っていたんだ。」
 私は緊張を北原君に悟られぬよう、いつもより饒舌になる。
 「孝宏はああ見えてからっきし酒が飲めなくてねえ。まったく妻に似てしまったのか。」
 そういいながら、北原君の持つグラスへブランデーを注ぐ。
 透明なグラスはみるみるうちに美しい琥珀色へと変わり、ここからでも芳醇な香りが漂ってくる。
 今気づいたが、このブランデーは私が一番大切にしていた最高級のもの。
 果たして、この味が北原君には分かるのか?
 少し、意地悪な思いがよぎる。
 北原君は私が注いだグラスを緊張した面持ちで見つめている。
 どういった感想を言うだろうか、お手並み拝見といこう。
 私も少し余裕が出てきたようだ。
 北原君はなぜか覚悟を決めたように、きっと目を見開いたかと思うと、ぐっと飲み干した。
 (え?飲み干す?)
 「ぼふ・・・ ゴホゴホ・・・・・・・」
 北原君は涙目になりながら、激しくむせる。
 「春希君!」
 雪菜の悲鳴にも似た声が響く。
 「父さん、あんまりじゃないか。それじゃあパワハラだぞ。会社でもそうやってるのかよ。」
 孝宏の激しい非難の声
 私は激しく混乱する。
 「あなた、いくらなんでもあんまりですよ。」
 (母さんまで・・・。)
 北原くんのグラスを見ると、グラスいっぱいに注がれたブランデーが残っている。
 (あっ!わたしは何をやってるんだ)
 その時、私は自分の過ちに気付いた。
 普通、ブランデーはグラス半分くらい注ぎ、自分の体温で少し温めながら、軽くグラスを回し風味を味わいじっくり飲むもの。
 しかし、淵いっぱいまで注がれてしまっては、ある程度飲み干す以外にはない。
 わたしは緊張のあまり、間違えて注ぎ過ぎてしまったのだ。
 これでは大学生のサークルで一気飲みをさせるようなもの。
 ましでや、度数50度を超える酒だ。
 だが、時既に遅し。
 「春希君、大丈夫?」
 北原君に駆け寄り、背中をさすり必死の介護をする雪菜。
 涙目になりながら私を睨み、
 「お父さんなんか大っ嫌い。いくらなんでもあんまりだよ・・・」
 (違う、違うんだ雪菜)
 「今度ばっかはさすがにがっかりだよ、ここまで嫌っていたなんてな」
 (何をいってるんだ、孝宏)
 「さあ、北原さん。お水です、落ち着いて飲んで下さい。まったく、もう少し素直な人だと思っていたのに、残念ねえ・・・」
 (母さん、誤解だ。分かってくれ)
 私は声なき声で必死に叫んだ。
 「いえ、すいませんでした。お義父さん。大変失礼しました。」
 涙目になりながら健気に謝る北原君。
 しかしその言葉は、私をより一層追い詰めることとなる。
 「春希君は悪くない!お父さんが悪いのよ!」
 激昂した雪菜の声が鳴り響く。
 私はもう、この場にいることができなくなり、
 「失礼する」
 私はブランデーとグラスを持ち、書斎へ逃げ込むように入った。 





 土曜日夜 小木曽家書斎にて

 北原君と飲み交わすはずだったのブランデー。
 自分で注ぎゆっくりと飲み干す。
 芳醇で甘いその味わいは、なぜか大きく変わり、ビールのような苦味となっていた。 
 
 
 

 






 あとがき

 SSを書くのに少し慣れてきたので、一番書きたかった話を書いてみました。
 不器用な小木曽晋を上手く書けているか不安ですが,よかったら感想お願いします。





 written by tototo
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このページへのコメント

クッソワロタ

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Posted by 名無し(ID:unWIoXKNBg) 2018年11月25日(日) 23:57:43 返信

 誤字の指摘ありがとうございます。丁寧に読んでいただけている事が伺えます。私は雪菜とかずさ、どちら派といえば、付き合うならかずさ、家庭を持つなら雪菜の鬼畜派です(笑)

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Posted by tototo 2014年05月24日(土) 14:53:51 返信

以外な人物が主役とは小木曽 晋氏の事だったのですね。確かに彼を主役にしたSSは無かったと思います。無愛想で口下手だけど家族思いで雪菜に対しては特に親バカというのが個人的なこの人物に対する印象ですね。どうやって妻である秋菜を口説いたのか興味が湧きます。話の時間軸としてはCCの雪菜edの後ですね。かずさTedの場合、この話のようなほのぼのとした時間が壊れて行くのでそう考えるとちょっと切なく思ってしまいます。かずさと雪菜を単体で比べると私はかずさ贔屓なのでかずさですが、家族とその家庭の様子を加味すると雪菜の方が春希にとっては良かったのではないかと思ってしまいます。
追記
土曜日夕方 小木曽家リビングにての雪菜の台詞で春希が春樹になっています。

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Posted by tune 2014年05月23日(金) 20:18:04 返信

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