……翌日。

「おはよう曜子ちゃん。気分はどうだい?」
「あらノリ君。珍しいわね、週末に顔だすなんて」

 曜子とあいさつを交わしたのは、高柳憲正医師。
 普段は水曜日にいるのだが、今日は珍しく曜子の様子を見に出てきたようだ。

「こんにちは高柳先生。母さんがいつもお世話になってます」
「やあかずさちゃん。いつも曜子ちゃんのお見舞いご苦労さん」

 かずさも、高柳に対しては態度が多少柔らかくなる。
 かつての母との経緯は少しは知っているのだが、それでも彼に頼らざるを得ない今の母の病状はそれよりも深く理解しているのだ。

「で、どうなんだい曜子ちゃん、具合は?」
「まあ、今までと変わらないわね。良くも悪くも進んでいないって感じかな?」
「そうかい。まあ、もう少し様子を見て、それからまた退院については考えよう」
「あら残念。出られるかと思ってたのに」

 曜子も、かつてのような無茶はできないことは充分に分かっている。
 それでもかずさのために、かずさの帰る場所であるために生きると決めたのだ。
 今まで奔放に生きてきた彼女なりの、娘に対するけじめなのかもしれない。

「あ、そうそうかずさちゃん。友達が来てるよ」
「え?友達?」
「へえ、このバカ娘に見舞いに来る友達がいたなんてね」
「母さん。で、先生。その人たちは今どこに?」
「ああ、今はロビーで待ってもらってる。何しろ曜子ちゃんのことがあるからね。面倒なことが起こるとも限らないし」
「分かった。じゃあ行ってくるよ。もしあたしがいいと思ったら連れてきても構わない?」
「ああ、君の判断に任せるよ」

 高柳の判断を仰ぎ、かずさは病室を出て行った。

「でも、こんなところにあたしに会いに来るなんて、誰なんだ……?」

 曜子がここにたびたび入院していることを知っているのはごく一部の人間だけだ。
 その中でさらにかずさと面識がある人間となると、春希か、それとも雪菜か……。
 しかし、ロビーに来た時に、そのどちらでもないことが分かった。





「あらあら、これはまたずいぶんと大勢で」

 病室に通された一同を見て、曜子は軽く目を見開いた。

「で、かずさ、この子たちは?」
「あたしの……友達だ」

 少し返事に詰まりながらも、かずさはそう答えた。

「悪りぃな冬馬。冬馬曜子オフィスに行って工藤さんに聞いたんだ」
「ああ、美代子さんに聞いたのか。だからここが」
「あんたのお母さんが病気だったなんてさ。
 正直、工藤さんもためらってたけど、春希と雪菜の非常事態だからあたしたちも何とか冬馬さんの行き先聞き出すしかなくて」
「え?あの二人の?」
「とぼけないでよ。今さらごまかそうったってそうはいかないわよ」
「落ち着けって朋」
「そうだよ。いきなりケンカ腰じゃあ」

 朋の剣幕に、武也と依緒が必死でなだめる。その様子にかずさには、二人の間に起きたことがただ事ではないということが伝わった。

「あの二人に何があったんだ?まさか、事故、とか……」
「まだそんなこと言うの?いい加減しらばっくれるのも」
「だから待ちなさいって」
「孝宏、お前が聞け。朋がいたんじゃ先に進まねえ」

 二人で朋を抑え、孝宏に先を促した。

「あの、実は……」

 孝宏が事情の説明を始めた。
 春希とかずさがホテルから出てきたこと。
 その現場を雪菜と朋が目撃していたこと。
 それ以来春希が妙に慌てていること。
 雪菜がすっかり塞ぎ込んでいること。
 全て包み隠さずに、かずさに打ち明けた。

「そ、そんな……」
「どうなんですか?姉ちゃん、仕事の時以外すっかり閉じこもっちゃって」
「雪菜が……」
「どうなんだ冬馬?今日はそれを確かめに来たんだ」
「……見られてたのか」
「やっぱり!わたしの言った通り!」
「そんな、冬馬さん、どうして……」
「冬馬さん、どういうことなんだよ?」
「どうもこうもないって!やっぱりこの女、北原さんのことまだ」
「違う!春希はもう雪菜のものだ!あたしだってもう、いくら何でもそんなことは」
「じゃあどういうことよ!あんなところから二人で出てくるなんて」
「だから、それは……」
「ほら、言えないじゃない!ごまかすのもいい加減に」
「だから!今はそれだけはもう絶対にない!
 あたしはもう、雪菜を悲しませることだけは……」
「なら言いなさいよ!何であんなところに二人っきりで」
「いい加減にしたまえ」

 ヒートアップしていく言い争いに、高柳が水を差した。

「熱くなるのは結構だが、ここは病室なんだ。病人がいることを忘れてもらっては困る」
「「「「「あ……」」」」」

 今の状況をようやく思い出し、一同は一遍に黙り込んでしまう。

「いいのよノリ君。わたしのことは気にしないで」
「曜子ちゃん……」
「だって、あれだけ人付き合いの苦手だったウチのバカ娘が、友達とこれだけ熱く語り合ってるんだもの。
 親としては嬉しい限りじゃない」
「母さん……」
「ギター君はね、指輪を探してるのよ」
「母さんっ!」
「いいじゃない。黙ったままよりも言うべきことは言った方が誤解は早く解けるものよ」

 親子の会話に、武也達は一瞬キョトンとする。

「ギター君……?」
「ああ、春希のことだ。
 母さん、付属の頃の学園祭のライブを聴いてから春希のことをそう呼んでるんだ」
「ああ、なるほど」
「で、でもさ。それよりも……」
「指輪って……?」
「ギター君、雪菜さんにあげる指輪をなくしちゃったらしくてね」

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