第47話



4月13日 水曜日



 ニューヨークでの時差を体験しようと、そして寝起きする場所が独りを謳歌したマンション
から実家に戻ってこようと、朝起きる時間に狂いはない。今日も目ざましが鳴る数秒前に
目が覚め、アラームもその機能を発揮した直後に今日の役目を終えた。
 そして実家に戻って来ても料理の練習は続けられている。今も昼食用の弁当を作っている
ところだ。まあ、朝食のメニューと重なる部分は御愛嬌だ。弁当に入れた卵焼きと
ほうれん草の胡麻和えは、朝食では目玉焼きなり、ほうれん草はほうれん草とハムの炒め物に
なっている。
 同じ材料でもちょっと手の加え方を変えれば見栄えも味もかわるわけで、忙しい朝には
もってこいのアイディアである。ただこのアイディア。昨夜さっそく千晶に教わったあたり、
なんだか癪に障るのはどうしてだろうか。たしかに料理に関しては千晶が先生であり、
俺が生徒だ。でも、いつもはその逆であるわけで、その思い込みが心が狭い俺に変な優越感を
植え込んでいるようであった。
 これではいけないとわかってはいるわけで、やはりできないことはできないと受け入れ、
素直に千晶の指示に従うのが最善なのだろう。ましてや演劇の分野では当然ながらその差は
歴然であり、俺が優れているなんて思いあがりはもつべきではない。
 おそらく昨夜の千晶の態度が、ほんのちょっと、いや、思いっきり癪に障っただけ
なのだろうけど・・・・・・。
 あいつったら、人に教えることに慣れていないんだろうな。なんでも自分基準で考えて
いそうだ。これもこれからの検討課題として、今は料理に集中しますか。

千晶「おはよぉ春希ぃ・・・。やっぱ起きるの早すぎない?」

 やっと起きてきたな寝ぼすけめ。
 料理の臭いに釣られてきたのか、ふらふらっと現れた千晶は、俺の断りも得ずにパクリと
テーブルに置かれていた卵焼きを頬張る。

春希「おい、こら。つまみ食いするなって。・・・余分に作ってあるからいいか。
   それと、おはよう千晶」

千晶「朝っぱらからお小言はいらないって。でも、余分に作ってあるんなら最初から
   怒らなくてもいいじゃない」

春希「そういう理屈じゃないだろ」

千晶「おっ、これってわたしのお弁当?」

 目ざといやつだな。さっそく見つけたか。もともと隠す気はないからいいんだけど、
でも、なんだかこそばゆい気がして頬が緩んでしまう。
 俺の弁当箱の隣に鎮座している透明のタッパ。よくある保存用容器を利用しての弁当箱だ。
本来なら弁当箱を用意したほうがいいのだが、自宅に弁当箱を何個も用意してある方が
マイノリティーってものだろう。
 そして、さらにもう一つ用意されている弁当箱。俺のより小さなその弁当箱は、
綺麗に保たれているが年季を感じさせる一品である。これは今では使われなくなった
弁当箱ではあるが、昔母親が仕事の時に用いていたものだと記憶している。

春希「そうだよ。約束したからな」

千晶「えらい、えらい。で、こっちのもう一つの方は?」

 お前、わかってて聞いてるだろ。でもこれが千晶なりの優しさか。

春希「母親の分だよ。俺達のだけ作って、一緒に暮らしているのに一人分だけ作らないって
   いうのは、作る方もつくって貰う方も嫌なものだろ。だから、まあ、いらないって言われれば
   千晶が夕食のときにでも食べてもいいぞ」

千晶「ううん、大丈夫。きっと食べてくれる思うよ」

春希「そうか、な」

千晶「うん、そう」

春希「だと、いいな」

 どこの家でもありそうな一日の始まりは北原家でも同じように繰り広げられる。
そこにはちょっとばかし歪な人間関係がうごめいていても、はたから見れば些細な出来事で
あり、大したことではないと笑われてしまう。
 あの時も、かずさの母子関係について話した時も、俺がそんなこと言ったっけな。
 ほんと、大したことないな。作った弁当を食べてもらえるだろうか、とか、なんで弁当を
作っているんだろうか、とか、嫌がらないだろうか、とか、捨てられないだろうか、
なんて、被害妄想じみたものまで思い浮かべてしまう。
 でも、それも含めて終わってしまえば、明日になってしまえば大したことではなくなって
しまうのだろう。
 まあ、いいか。とりあえず千晶が美味いって思ってくれる弁当を作り上げるかな。





 久しぶりの大学は俺が3年間通っていた風景のまま俺を出迎えてくれる。
 一つ違うところがあるとしたら、それは一緒に登校する相棒がいることだろうか。
今では自他ともに認める千晶の管理責任者であり、教授にまで念を押されて頼まれて
いるわけで、朝から一緒に登校してこようと冷やかす輩など皆無だ。
 これが高校時代であったなら75日経とうが噂が消えうせる事はなかったはずだから、
恋愛関係の話題に飢えている年頃にうってつけの話題だろう。

千晶「ねえ、春希」

春希「ん? なんだよ」

千晶「あのさぁ、なんで春希って大学で講義がない日にも大学に来るの? 
   今日は朝一の講義があるけどさ」

春希「ああ、その事な。俺も本来ならば自宅で勉強していようと思っていたんだけどな。
   でも大学での仕事に和泉千晶の監視っていう項目が付け加えられたんだよ。
   だから来なくてもいい時間に大学にきてんの」

千晶「まじめだねぇ春希って」

 あくびをかみ殺す事もなく大きな口を開け、男性諸君の目の毒な大きな胸をそりかえらせて
体を伸ばす。気ままなネコのようにマイペースで朝の準備を進めていく千晶に、俺は既に
お小言をいう気力を失っていた。
 あまり言いすぎるのもよくはないっていういいわけも、こいつに限っては無意味だ。
意味があるとしたら、お小言を言う監視役の体力を考えるべきということだろうか。

春希「真面目だけが取り柄だからな」

千晶「で、真面目すぎる北原春希君は、あんたの友人が顔に青あざつくっているみたい
   だけど、どうすんの? あの彼って、春希の友達でしょ? ついでに隣にいる
   口うるさい女も一応春希の友達って事であってるよね?」

 おい千晶。お前名前わかってて言ってるだろ。
 俺は千晶を一睨みしてから大学の正門の先にいる武也と依緒に目を向ける。
当然ながら俺の一睨みなど頬を撫でる程度の効果さえなかったようだけど。
 そして俺の視線の先には千晶の言う通り武也と依緒がいた。
 ヴァレンタインコンサート後は、顔を合わせれば挨拶はするし、ちょっとばかりの会話も
したりはしている。しかし、じっくりと時間をかけての会話をする機会はなかった。
それは俺の方がバイトで忙しかった事と、春休みはまあ千晶がらみで手いっぱいであった事が
主なる要因。
 ・・・・・・千晶のせいにしては駄目だな。どうしても俺が身構えてしまう。
それは武也も同じだろうけど、依緒においてはなおさらだ。
 でもいつまでも逃げてばかりもいられないかもな。俺は後期日程からニューヨークに
行くわけで、このこともしっかりと自分の口から伝えなければないらないのだから。

千晶「おっ、どうしたのそのあざぁ。もしかして女に殴られた?」

 おい千晶。いきなりすぎるだろ。俺の方にも心の準備ってものが・・・・・・。

武也「朝の挨拶もなしにいきなりだな。それにけが人相手なんだから、
   怪我の容態聞く前に怪我の原因聞くなよ」

 依緒は千晶の呼びかけに顔をしかめたが、武也の方はいたって普通に返事を返してくれる。
これが武也ってやつのいいところであり、ときには俺を甘えさせてしまう根源でもある。
といっても、いつもいつも甘えさせてくれないところが武也なりの優しさだろうか。

千晶「うわっ、ちょっとさわってもいい?」

武也「って、いてっ。おい、痛いって。さっきできたばかりの打ち身なんだから、
   ちょっとは手加減しろって」

千晶「そんなこといわれたって、そんな事実初めて聞いたんだからしょうがないじゃない。
   で、痛いの?」

武也「だから、さっきから痛いって言ってるだろ?」

千晶「たしかに・・・・・・」

 武也の右目のすぐそばには、大きな青あざが見事にできている。どう見ても殴られたように
しか見えないが、拳で殴られた感じからすると、これが本当に女性関係だとすれば、
腕っ節が強い彼女だったということか。
 そもそも殴られるようなことをしなければいいのにって思ってしまうのに、
まあ武也だしなとも思ってしまうあたりは、俺はすでに武也の女性関係を諦めかけている
証拠かもしれないと思ってしまった。

千晶「じゃあ、もう怪我の容態聞いたいからいいよね。で、さ、どうして殴られたの?」

武也「和泉・・・、お前も大概だな。もうちっとはけが人をいたわれ」

春希「なら俺がいたわってやるよ。どうだ武也、痛みはまだひかないのか? 氷が必要なら
   俺が買ってきてやるから、そこのベンチで座って待っててくれ。それと、
   おはよう武也。依緒もおはよう」

武也「おう、春希はやさしいよな。ここにいる自称女性陣とは大違いだ」

依緒「なにをぉ・・・って、ごめん武也」

 ここでいつもながらの夫婦漫才に入ると思いきや、依緒のトーンはすぐに下がっていって
しまう。だからなのか、武也がすぐに依緒にフォローをいれた。

武也「気にするな」

依緒「そだね。・・・春希おはよう」

春希「あぁ久しぶりだな。でも、久しぶりなのにどうしてこうも何度も見ていそうな光景を
   みているんだろうな。いや、今まで流血沙汰になっていないほうが不思議なくらいで、
   今回みたいに青あざですんでよかったんじゃないか?」

依緒「いや、そのね春希。武也が怪我したのはね・・・、まあその」

春希「依緒?」

武也「そのなんだ、春希。この怪我は女がらみだけど、やったのは女じゃない」

春希「おい武也。今度は彼氏がいる相手にちょっかいだしたのか? 
   それは人としてどうかと思うぞ」

 って、俺が言えるべき立場ではないんだけど、まあいいか。武也だし。

依緒「ちょっと武也。たしかに結果としては私があんたのことをぶん殴っちゃったけど、
   私を女にカウントしないのは許せないんだけど」

春希「おい、依緒」

依緒「ちょっと春希。それ回文になるからやめてくれない?」

春希「すまない」

 おい、依緒。こんなときにまで気にする事か? 今はもうちょっと別のことのほうが
優先順位が高いと思うぞ。

春希「で、もしかして、この青あざって依緒がやったのか?」

依緒「うん、まあ、成り行き上の事故っていうかな。私もやっぱ若いね」

武也「おい、依緒」

依緒「だからやめてよ。武也の場合はわざとでしょ」

武也「んなわけあるか」

春希「もういいから。どういうわけか説明してくれ」

 二人の一方的な主張を俺の偏見と経験によってまとめ上げると、以下の通りらしい。

春希「まずは、武也のあざの原因は依緒が殴ったことによる。これは間違いないな」

武也「ああ、そうだ」

依緒「うん、残念ながら事故で私が殴りました」

春希「よろしい。じゃあ次だ。朝大学に登校しようと電車に乗っているときに二人は
   偶然会った。それで一緒にいたんだよな」

武也「ああそうだ。でも、最近っていうか今年の初めあたりからは朝の電車が同じって事が
   多いかもな」

春希「まあその辺の事情は別にいいよ。それで駅について、今武也が付き合っている彼女
  のうちの一人とはち合わせたと」

武也「その言い方は酷いな。愛を配っている相手と言ってほしい」

春希「ふざけるな」

依緒「そうよ武也。あんたのところ構わずだらしない愛を振りまきすぎた結果が
  これじゃない」

武也「いや、青あざできたのはお前のせいだ」

依緒「なにをぉ」

春希「だから依緒。やめろって。一応これでも武也はけが人なんだからな」

依緒「まあ、そうね。ごめんね春希」

春希「いいって」

武也「謝る相手が違うぞ。それと春希。お前もやっぱり大概だな」

春希「そうか?」

武也「いいよ、もう」

春希「だったら、話を続けるぞ」

武也「はいはい、どうぞ」

春希「その彼女が依緒のことを武也の浮気相手だと思ったという事であってるな」

依緒「不本意だけどその通りよ。どこをどうみれば可憐な私が鬼畜な武也と
   付き合わないといけないのよ」

春希「その辺の事情も今回は考慮しないでおこうな」

 お互いの正直な気持ちを出さないから話がこじれてるんだよな・・・・・・とは言えないか。

依緒「わかったわよ」

春希「それで、その彼女と依緒が武也をめぐって修羅場になったと」

依緒「ほんとはた迷惑な話よね。しかも駅前でうちの大学の生徒が
   ひしめく通学時間帯だったのよ」

春希「それはご愁傷様。武也とつるんでるんだから、それくらいは覚悟しておけって」

依緒「言われてみればそうね。ごめん、武也。この事については私の覚悟は甘かったわ」

武也「・・・・・・もういいよ。俺のことは勝手にいってくれ・・・・・・」

 肩を落とす武也に俺も依緒も慰めの視線さえ向けない。ついでも千晶も興味がなさそうに
あくびをしていたけど、まあいいか。

春希「そして修羅場は加速して、さらにもう一人武也の彼女がやって来て修羅場が地獄へと
   変遷していったと」

依緒「だいたいそんなかんじね。だけど私の事は後から来た彼女が知っていたらしくて、
   ようやく武也の彼女ではないって最初の女も納得してくれたのよ。その点に関して
   のみは後から来た女に感謝しちゃうかな」

武也「よくいうよ。さっきも散々文句言いまくっていたくせによ」

依緒「武也何か言った?」

武也「いいえ、滅相もありません」

 お前ら、ほんといいコンビだよ。

春希「ここまでは俺も理解できたんだけど、どうしてここから依緒が殴る事になるんだ? 
   だって依緒は当事者から外れたじゃないか。それなのにどうして興奮して殴ったり
   なんかするんだ?」

依緒「それは、その。まあ、成り行きってやつで」

武也「んな生易しい雰囲気じゃなかったぞ。もう鬼がいるって思ったからな」

依緒「言ったなぁ」

武也「事実だろ?」

依緒「そうかもしれないけど、さぁ」

春希「ほら依緒。俺にわかるように説明してくれよ。どうしてもなんで依緒が殴る事に
   なったかだけはわからないんだよ」

依緒「それはぁ・・・・・・」

 どうもこのことについては歯切れが悪い。それは武也の方も同じで、だんまりを決め込んで
いる。もしかしたら言い訳をしないってスタンスかもしれないが、
ようは依緒の主張を受け入れるって事かもしれない。

千晶「そんなの簡単じゃない」

春希「千晶?」

千晶「だから簡単だって言ってるのよ。そこの女はね、ほかの彼女たちに恨みを
   買っただけだって」

春希「はぁ? だって依緒は彼女じゃないんだぞ」

千晶「だからこそじゃない? 彼女でもない女が四六時中自分の彼氏に付きまとっていたら、
   彼女としては嫌な気分でしょうね」

 たしかに千晶の言い分は筋道がきっちりと通っている。理屈の面でも感情の面でも論理的な
飛躍は見当たらない。だとすれば、千晶の推理が正しいという事なのだろうか。

千晶「概ね彼女二人の言い争いが、いつしか彼女でもないそこの女への恨みへと変わって
   いったんでしょうね。そしてそこの女が切れちゃって、怒りのはけ口として飯塚君を
   なぐっちゃったってところじゃないかな。で、結果としては見た通りに大きな青あざが
   できたと。これであってるよね?」

 依緒に視線を向けると、逃げるように顔を背けてしまう。仕方がないので武也を見ると、
覚悟を決めたようで、一つため息をついてから語りだした。

武也「まあ、まず最初に言っておきたい事は、依緒は悪くない。俺が彼女たちのケアを
   しっかりとしていなかったせいで依緒が巻き込まれてしまっただけだ。だから、
   このあざも俺は気にしちゃいない。依緒が言う通り事故だった。事故だったんだよ」

春希「武也が事故だって言うんなら、俺はとやかく言わないさ。
   でも、よく修羅場がお開きになったな」

武也「そこは依緒の気迫っていうか、並々ならぬ殺気を感じ取って二人とも逃げていったよ」

春希「そりゃ彼女たちも災難だったな」

武也「だな」

春希「これでだいたいのいきさつもわかったし、当事者たちも納得しているみたいだから俺は
   これ以上追及しない」

武也「サンキュな春希」

春希「俺は何もしてないって。そうだ、氷はどうする?」

武也「いや、大丈夫だと思う。もうすぐ講義だしな。講義が終わっても痛みが引かなければ、
   そのときまた考えるよ」

春希「そうか」

武也「悪いけど、もういくな。今度ゆっくり食事でもしような」

春希「ああ、わかった。そのときな」

武也「ああ、じゃあな」

依緒「悪かったわね、春希」

春希「いや俺は何も。災難だったのは依緒のほうだろ?」

依緒「それでもさ。・・・・・・・あと、雪菜の事だけど」

 不意打ち過ぎる話題に俺の体は硬直する。武也に、そして依緒に出会ったら、きっと話題に
出てくる事予想はできていた。でも、ヴァレンタインコンサート以降まったく話題に
あげてくる事がなかったので油断していたといえるのかもしれない。もしかしたら武也たちの
思いやりに甘えていたのかもしれない。
 でも、今話題にして来たという事は、雪菜になにかあったか、それとも俺に変化を
求めてか、なのだろうか。

春希「雪菜に、・・・なにかあったのか?」

依緒「いやさ、雪菜に何かあったわけじゃないのよ。春希の内定決まったのを武也経由で
   聞いたのだって、あの子自分の事のように喜んじゃってね」

春希「雪菜らしいな」

依緒「だね。・・・・・・でも本当は、春希が直接伝えるのがいいんだろうけど」

 二人の感情が複雑に絡み合った視線に今までは逃げていた。怒りも含んだその感情は、
角度を変えてみれば心配であるとさえ判断することができる。こんなどうしようもない俺を
見捨てないでくれている二人に、俺は後ろめたい気持ちでいっぱいで、
今までは押しつぶされそうで逃げ回っていた。

春希「すまない」

依緒「なら、今までと同じようにってわけにはいかないけど、
   今度雪菜も誘って食事にでも・・・・・・」

春希「ごめん」

依緒「ごめんってなんだよ。ごめんって」

武也「依緒、やめろって」

依緒「だって、だってさ・・・・・・」

武也「俺達が無理やり引きあわせてもぎくしゃくするだけだ。こういうのはタイミングや
   めぐりあわせってものが必要なんだよ。うまくいくときは馬鹿みたいに思い悩んで
   いたのがアホらしく思えるものだ。だから今は気が済むまで悩むべきだ」

依緒「わかったわよ。でもね、春希」

 強い意志を秘めたその瞳は、俺を捉えて離さない。これだけは俺に届けと切に願っていた。

依緒「雪菜、あんたが大学に来ないだけで、すっごく気にしてたんだよ。たった二日あんたが
   大学に来ないだけであの心配具合はちょっと異常かもしれないけど、それくらい今でも
   あんたのことが好きなんだ。それが恋愛関係に発展しないとわかっていても、
   人として好きでいることくらいは許してあげてね」

春希「俺が許す許さないもない。それは雪菜だけの感情だから、俺がそれを否定なんてできない」

依緒「そっか。それを聞いて安心した」

武也「でも、あの春希が大学こないなんて、これも異常だよな。今までは取らなくても
   いい授業も律儀に全部出ていたのに、それが4年になったらぱったりとだなんて、
   雪菜ちゃんじゃなくても気になるってもんだ」

依緒「まあ雪菜が春希のことをこっそり見ているのも異常行動なんだろうけど。・・・・・・
   それを言っちゃうと、その雪菜についていってる私も変なのかな?」

春希「そのことについてはノーコメントで」

依緒「ありがと」

武也「でも春希。どうしたんだ?」

春希「ああ、4年は3年までとは違って開桜社の方をメインにしようと思ってるんだ。
   だから必要最小限の講義しかでない」

武也「そっか。内定でたんだもんな。それでか・・・・・・」

 嘘は言っていない。嘘は言っていけど、肝心の理由を言っていない。俺の誤魔化しに
嬉しそうに喜ぶ二人を俺はどう見ているのだろうか?
 俺はずっと黙ったままの千晶のことが急に気になり視線をずらす。
 そこには無表情なまでの観察者がそこにはいた。俺の心臓を直接鷲掴みにして俺の行動を
把握している千晶は、俺にしか気づかれないかすかな笑みをうかべたまま事を見守っている。
ぞくりと背中を冷やす感触が、まるで鏡を見ているような錯覚さえ覚えてしまった。

武也「春希?」

春希「あ、ごめん。なんだっけ?」

武也「あぁ、これからは大学に来る機会が少なくなるのかって事だよ」

春希「おそらくそうなると思う。でも教授に頼まれている仕事もあるから、一応は毎日顔を
   見せる予定だ。昨日一昨日は開桜社の方の用事で休んでいただけでさ」

 教授に頼まれた仕事って言っても千晶の監督だけど。

武也「そっか。あ、やば。そろそろ時間だな。またな春希。今度はゆっくり話そうな」

春希「ああ、わかったよ」

依緒「じゃね」

春希「依緒もまたな」

 最後まで俺の嘘に気がつかないままの友達思いの二人。その二人の背中を見つめていても
罪悪感があまりわかなくなってしまっている。おそらく感情がマヒしているんだろうけど、
でも、となりにいる千晶だけは見ることができなかった。
今は俺の姿を映し出す千晶を見る勇気が、自分を受け入れる自信がまだ備わっていなかった。
 そういえば実家への引っ越しの事も、そしてニューヨーク行きの事も、
肝心のことは何一つ話していない事に、今になってようやく思いだす。
 そして俺は、その事に気がついて、安心してしまった。




第47話 終劇
次週は、冬馬かずさ誕生日記念(2015)『やはり冬馬母娘の常識はまちがっている。』
を掲載いたします


第47話 あとがき


次週は予告通り冬馬かずさ誕生日記念小説を掲載いたします。
久しぶりにかずさを書きましたが、これといって違和感がなかったのが救いですかね。
最近では書く量が増えてしまい、ちょっと前に書いた内容さえ忘れる始末・・・。
それでも今年も無事書き終えてほっとしております。


来週も月曜日に掲載できると思いますので、
また読んでくださると大変嬉しく思います。

黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

千晶は春希の家での生活にすっかり馴染んでますね。
しかし春希は雪菜アフターでも触れられていましたが、他人にはお節介なくせに自分がお節介されるのは嫌がる、丸戸さん曰く自己中心的な人間です。
彼は特に他人に「家族」というプライベートな問題に踏み込まれるのはすごく嫌がりそうな気もしますが、よく普通に千晶を受け入れてますね。
このSSの春希は他人のお節介を受け入れられる、雪菜アフターの春希に近いのでしょうか。

 そしてイオタケも相変わらずのようで…。9話で千晶に痛い所を突かれたのに学習してませんね。
武也も12話で俺のほうも考えるところもあった、と殊勝なことを言っていたくせに、未だ複数の彼女と付き合って関係清算してなかったとは救いようがない。
依緒の方もまだ友人のふりをしてるようですし、もうこの二人は一生関係進展しなくてもいいような気もします。
では次回の展開も楽しみにしています。

0
Posted by N 2015年05月20日(水) 05:18:12 返信

今回も誤字報告ありがとうございます。
千晶は誰よりも春希を見ていて、だれよりも理解していたのかなと
思う部分もあったりします。
動機は不純でしたけど。
それに千晶であれば武也とは違ったタイプでの最高の親友にも
なれそうな気もしてしまいます。
それこそ恋人がいればヤキモチを妬くくらいの仲の良さでしょうね。

0
Posted by 黒猫 2015年05月19日(火) 03:01:38 返信

更新お疲れ様です。
私はかずさ~ちあき~麻里さんの順に好きですがちあきが今回は非常に可愛いです。次週の誕生日記念も楽しみにしています

0
Posted by バーグ三世の 2015年05月19日(火) 01:50:47 返信

更新お疲れ様です。
朝の春希と千晶の場面はこの2人が結ばれていたのならこんな日常なのかと思ってしまいますね。かずさと麻里さんが見たらたちまち黒いオーラが噴き出そうですが。
イオタケはお互い腹を決めた感じですね、この2人はある意味春希達よりも複雑な思いの中過ごしてきたと思いますし、このssで良い結末が迎えられることを期待します。
次回も楽しみにしています。
追記
前回に続いて誤字がありました。朝の場面でおそらく玉子焼きと書こうとしたのだと思いますが、弾が焼きになっています。

0
Posted by tune 2015年05月18日(月) 21:40:41 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

SSまとめ

フリーエリア

このwikiのRSSフィード:
This wiki's RSS Feed

どなたでも編集できます