第55話



曜子「それだけじゃあ春希君がわからないでしょ」

かずさ「だって……」

曜子「まあいいわ。春希君も少しくらいは気がついたみたいだし」

 かずさも曜子さんも深くは追求してはこないけど、きっと知りたいはずなのに
どうして聞いてこないんだよ。しかもかずさは泣いていたって…………。
俺がかずさを泣かせたのか。いくら不可抗力といっても……、そうでもないな。俺が麻理さんを
罠にかけて抱き締めてもらったわけだ。だったら俺のせいでかずさを泣かせたんだ。
 ……最低だな、俺って。

春希「……ええ、まあそうですね。ヴァレンタインコンサートですよね。曜子さんがギターの
  練習をみてくれた時がそうだと思うのですが、あのときもかずさは日本に?」

曜子「ええそうよ。でもね、春希君を見にコンサートにも行ったけど、
  春希君を見ていたのはその時だけじゃないのよ?」

春希「編集部の方にも来ていたのでしょうか?」

 それとも大学の方にも来ていたのか? いや、大学だとどの講義に出ているか
わからないから、やはり曜子さんのつてで編集部に来ていた可能性の方が高いか?

曜子「ううん、もっと身近な場所よ」

春希「もっと身近? …………俺がギターの練習見てもらっていた時、
  ひょっとしてかずさも見に来ていた、とかですか?」

曜子「だいぶ近くなったけど、正解というには不十分かな」

 重く停滞していた会議室の雰囲気は、
いつの間にかに曜子さんが作り出す新たなイメージに塗り替えられていっていた。
 狭い会議室は曜子さんのステージへと変貌し、
ありがたいことに曜子さんの指揮に俺は頼らざるを得なかった。

かずさ「今話す事じゃないだろっ」

曜子「そうかしら? かずさがどのくらい春希君のことを愛しているかを
  知ってもらうチャンスじゃないかしら」

かずさ「あたしの愛は変わらないからいいんだよ」

曜子「ふぅ〜ん……」

かずさ「な、なんだよ……?」

 かずさに肩を寄せる曜子さんは、意地が悪い顔全開で詰め寄る。
そして、しっかりとかずさが脅えるのを確認すると、姿勢を正してから俺を見つめてきた。
 あっ、今度は俺の反応をみようとしているような……。
 となると、それだけでかい爆弾ってことだろうか?

曜子「かずさったら、ほんとうに美味しそうにお弁当を食べていたのよ。しかも春希君が
  帰るまで待つのが我慢できなくて、こっそりお弁当を冷蔵庫まで取りに行ってたのよ」

かずさ「最初の一回だけだ。一回だけ。
  次からは春希が帰るのを待ってからお弁当を食べてたって」

曜子「そぉお? でも、春希君に見つかりたい気持ちもあったんじゃないかしらね?」

かずさ「見てたのか? ……あっ、監視カメラ。レッスンスタジオ以外にもつけて
  いたんだな。そうだな、そうだったんだな。白状しろよ。娘が頑張って春希の練習を
  みているっていうのに、それなのに母さんは面白がってあたしを監視していたんだな」

 監視カメラ? たしかにスタジオにも俺の練習風景が見られるようにとカメラが
ついてたけど、それをかずさが? 
 それと、俺の練習をみてくれたのは曜子さんだったんじゃなかったのか?
 でもかずさは、かずさが俺の練習をみてくれたっていっているし、どうなっているんだ?

曜子「監視カメラなんてつけてはいないし、覗きに行った事さえないわよ。これでも私、
  仕事があるのよ。…………美代ちゃんがこれ見よがしに仕事を詰めちゃって。
  ほんと身動きができなかったのよ」

かずさ「ほんとうかよ?」

曜子「本当よ。信じられないというのなら美代ちゃんに確認してみなさい」

かずさ「うっ」

曜子「それに、あなたの行動パターンなんて見なくてもわかるもの。ちがう?」

かずさ「うぅ……。そうかもしれないけど、だけど母さんのことだから、
  あたしを監視する為にカメラ付けそうじゃないかっ」

曜子「あら? それは心外だわ」

かずさ「日頃の行いが悪いからだろっ」

曜子「そっくりそのままお返ししてもいいのよ? 春希君にかずさがウィーンで
  どういうふうに生活していたかを、すっごく詳細に話してもいいのよ?」

 曜子さんのまさしく核弾頭級の爆弾発言に、かずさの態度は急変する。
今までも曜子さんに押され気味ではあったが、今回はまさしく地雷を踏んでしまったのだろう。
 でも、そんなにも俺に聞かせられない内容なのか? 話の流れからすると、
俺の方にも被害が出そうな予感がするんだけど……。
 曜子さんの事だから、俺への被害なんてまったく考えてくれないんだろうなぁ……。

かずさ「ごめん。悪かったよ母さん。あたしが言いすぎた。だから、お願いだからやめてくれ」

曜子「やめてくれ? ずいぶん上からのお願いなのね」

 あのかずさが脅えるって、どういうカードをもっているんだよ? 
ちょっとばかし聞きたい気もするけど、聞いたらかずさが怒るだろうし。

かずさ「お願いします。やめてください」

曜子「まあいいわ。でも、ほんとうに監視カメラなんてつけてなかったのよ?」

かずさ「わかったよ。わかったからそれ以上いわないでよ」

曜子「でも、ギターの練習見てあげたことは教えてあげないと」

かずさ「わかったよ」

 相手が悪いかったな…………。
 かずさは観念したのか、曜子さんから顔を背けると、肘をついて不貞腐れる。
 それでも俺の反応が気になるのか、ちらちらと俺の伺う姿は、相変わらず微笑ましくて、
かずさらしくて、ようやくかずさが目の前にいるって実感していった。

曜子「もう気が付いていると思うけど、春希君にギターを教えたのは私ではないの。
  実はこの子が教えていたのよ。しかも、家の二階でモニターを見ながらね」

春希「えっ……。俺のすぐ側にいたんですか?」

曜子「そうよ。だから数メートルも離れてはいなかったのではないかしらね」

春希「そんなに近くに、ですか」

曜子「ごめんなさいね。でも、一度機会を逸してしまうと、なかなか出ていけないもの
  なのよ。この子のせめてもの償いだと思ってくれないかしら」

春希「いえ。ギターの練習をみてもらったのですから、感謝しかしていませんよ。
  それに俺がスタジオにいたって事は、かずさもずっと練習につきあっていたってこと
  ですよね? 俺がスタジオにいたら家から出て行きにくいでしょうし」

曜子「まあ、そうね。でも、春希君のお弁当が冷蔵庫にあるとわかって、
  どうしようか気が気じゃないっていう姿。ほんとうに目に浮かぶわねね」

 あっ、……かずさには悪いけど、俺も微笑ましい光景が浮かんでしまうっていうか。

かずさ「母さん」

曜子「はい、はい」

春希「かずさ。今さらだけど、ありがとな」

かずさ「いいんだ。あたしがやりたくてやったんだからな」

春希「でも、とても感謝しているんだ。あの曲だけはしっかりと弾きたかったからさ」

かずさ「春希……」

 楽しい事も辛い事も詰まった曲だけど、俺とかずさと、そして彼女が作った最後の曲。
 この曲にだけは胸を張って演奏したい。

曜子「でも、それだけじゃあないわよ」

春希「どういうことでしょうか?」

 かずさもコンサートに来てくれたってことかな? ピアノパートの映像もくれたわけだし、
かずさがコンサートの事を知っていてもおかしくはないか。
 そもそも曜子さんが俺のギターの面倒見てくれているのも知っているはずだから、
コンサートの事も知っていて当然か。となると、やっぱりコンサートかな。

春希「……ヴァレンタインコンサートに来てくれたのか?」

かずさ「うん、見に行った。すごかった。ヴォーカルは期待してなかったんだけど、
  おもいのほかよくて驚いたよ」

春希「あいつが聞いたら喜ぶと思うぞ。千晶ったらかずさの大ファンだからな」

かずさ「そっか……。まあどうでもいいよ」

春希「ファンは大事にしろよ」

かずさ「春希がそういんなら」

春希「でも、千晶はなんていうか、悪い奴じゃないけど最初はどう接していいか困るかな。
  まあ、かずさも最初は戸惑うと思うけど我慢してくれると助かる」

かずさ「春希の友達なら我慢するって。……でも、女の友達か」

春希「あいつはかずさが心配するような奴じゃないから。
  どうみても性別を突き抜けた存在っていうか、な」

かずさ「でも女なんだろ?」

春希「かずさ……」

かずさ「いいよ。信じるから。…………でも、
   正直に話せばすべて許されるわけじゃあないんだからな」

春希「わかってる」

 そう、俺と麻理さんの関係のように。
麻理さんがかずさと曜子さんに正直に全てを打ち明けようと、それで許されるわけではない。
キスした事実は消えないし、麻理さんと一緒に住むことはやめることはできない。

曜子「春希君の現在の状況は今すぐ判断できないわけだし、これからしっかりと見て判断
  すればいいのよ。風岡さんが語ってくれた事を信じていないわけではないのよ? 
  でも、人の話って主観が混ざるじゃない? 
  げんにキスしたことについては、春希君と風岡さんの見解は違うわけだし」

春希「はい、そうですね」

曜子「かずさもそれでいい?」

かずさ「あたしは……、どうすればいいのかわからない」

春希「……かずさ」

かずさ「あたしは、あたしは今すぐ春希を連れ帰ってあたしだけを見ていてほしいっていう
   気持ちもある。裏切られてたってさえ思ってしまう所もあるんだ。でもさ、春希が
   風岡さんの為に頑張っているっていう事だけは理解できたんだ。春希はさ、ほっとか
   ないよ。ましてや春希の為に頑張ってくれた人を見捨てることなんてないんだ。
   だから、どういうのかな……。春希が、春希のままでいてくれて、ほっとしてる、
   のかな。たぶんだけど。……そりゃああたし以外の女を優しくするなって
   言いたいけど、今は、我慢する、ように頑張るよ」

春希「かずさ、ありがとう」

かずさ「いいんだ」

曜子「さてと、かずさのほうはこれでいいとして、……風岡さん」

 俺達が思い出話をしているときも硬い表情のまま口を結んでいた麻理さんは、
曜子さんの呼びかけで自分がこの場にいる事を思い出す。
 きっと俺達が作り上げてしまった雰囲気に入ってこれなかったのだろう。
 俺と麻理さんだけの歴史があるように、俺とかずさだけの歴史がある。
 それは不可侵であり、どうしても外にいる人間には疎外感を感じてしまう。
つまり、かずさも曜子さんも同じような不安を俺が与えてしまっているというわけで、
俺は自分がしている残酷さに、自分を呪い殺したくなってしまっていた。

麻理「はい」

曜子「今回の取材ですけど、おそらくだけど春希君がメインで書く予定なのかしら?
  前回のも春希君が書いたみたいだし」

麻理「はい、その予定です」

曜子「その事だけど、今回は風岡さん、あなたがメインで書いてくれないかしら? 
  もちろん春希君にも頑張ってもらいたいけど、今回は風岡さん。
  あなたに書いてもらいたいの」

麻理「私がですか?」

曜子「そう、お願いできないかしら? もちろん密着取材でかまわないわ。
  最初からその予定だったのだし。できれば、そうね、
  この子をあなた方の家で預かってもらえないかしら?」

かずさ「母さんっ」

曜子「あなたは黙っていなさい」

かずさ「…………わかったよ」

俺もかずさ同様に異議を申し入れたかったが、曜子さんからのプレッシャーが俺を押し戻す。
曜子さんが見つめているのは麻理さんだというのに、俺もかずさも手が出せないでいた。

曜子「どうかしら? もちろん風岡さんの編集部の立場は尊重するわ。
  風岡さんが無理なときは春希君がかずさの面倒をみてくれればいいのだし」

 それって、ていのいい丸投げっていうやつでは……。
 かずさはウィーンにいたからドイツ語はできるだろうけど、
日本にいた時は英語まったく駄目だったんだよな。
 となると、ニューヨークでどうやって生活する予定だったんだ? 
それこそ曜子さんの側にいないと、かずさは生活できないんじゃないか?
…………曜子さんの事だから、最初から今回の取材相手に、密着取材とは名ばかりの世話係を
押し付ける気だったんじゃないかって邪推しそうだ……、いや、本当にそう考えていそうだよな。

麻理「それでかまいません。さすがに私も編集部で上に立つ立場ですのでかずささんに
  つきっきりにはなれませんが、それでもよろしいのでしたら自宅も提供いたします」

曜子「ありがとね。ほんと助かったわ。だってこの子。ウィーンで何人もハウスキーパーを
  やめさせているのよ。今回の密着取材でこの子の世話も任せようって虎視眈々と
  作戦を練っていたんだけど、春希君がいて本当によかったわ」

 俺としたら喜んでいいのか? まあ、かずさを他のやつに任せるなんて許せないけど。

かずさ「波長が合わなかったけだ。あたしの生活に踏み込んでくる方が悪い」

曜子「ほとんどレッスンスタジオにこもっているくせに、
  どうやったら追い出すことになるのかしらね? ほんのわずかの時間でよくやるわ」

かずさ「たまたまだ」

曜子「そのたまたまが何回も続くと、わざとやっているとしか思えなくなるのよ」

かずさ「そんな暇あったらピアノを弾いてるって」

曜子「……たしかにそうね」

 認めちゃうんですかっ。
 それ認めてしまうと、かずさのほうに決定的な欠陥があるって認めるようなもの
じゃないですかとはいえないけど。
 ……だとすると、日本で家事を任されていた柴田さんって奇跡の人だったんだな。
 俺とかずさがこうやっていられるのも奇跡なのかもしれない。
 人との出会いは限られている。だからこそ、この人っていう人は手放してはいけない。
 だけど、二人同時に掴めるかは別問題であり……。

曜子「まあいいわ。さて、風岡さん、もう一つだけお願いがあるのだけど。お願いと
  いっても、このお願いはかずさを押し付けるという意味合いよりも
  取材の意味合いが強いと思うけど」

 あっ、曜子さん。認めたんですね。
 かずさを押し付けるって…………。
 麻理さんもその事実に気がついたみたいで唖然としている。
俺は日本での曜子さんを知っているからある程度の抗体はあるけど、麻理さんは初対面だしな。
 しかも、かずさと曜子さんに会わなくてはならないというプレッシャーがあったわけだし。

麻理「出来る限りのご要望は聞くつもりです」

曜子「そんなに身構えなくても大丈夫よ。ただかずさの練習を毎日ちょこっとだけ
  聴いて欲しいってだけだから」

麻理「それならばこちらとしても歓迎しますが」

曜子「そう? ならお願いね。だいたいコンクールの演奏時間と同じくらいでいいわ。
  この子はあなたの事など気にせずに弾き続けているでしょうから、勝手に来て、
  勝手に帰って構わないわ。たぶん挨拶しても無視すると思うから、気にしないでいいわよ」

麻理「練習の邪魔をしないように致します」

曜子「よろしくね」

麻理「はい」

かずさ「………………ちょっと待ってよ」

曜子「なにかしら?」

かずさ「勝手に決めるなって事だ。取材なら諦めはつく。
   でも、練習を邪魔されるのだけは許せない」

曜子「これも練習のうちよ」

かずさ「どういう意味だよ? どう考えても邪魔しているようにしか見えないぞ」

曜子「だってねぇ」

 曜子さんは人差し指で細い顎をなぞるように首を傾げると、
有無を言わせる視線をかずさに浴びせた。

かずさ「なんだよ……」

曜子「だってあなた、このままだとコンクール失敗するわよ」

かずさ「やってみないとわからないだろ。そもそも準備はウィーンでしてきたんだ。
   ここでの練習は調整にすぎない」

曜子「そうかしら? 考えてみなさい。風岡さんは取材で本番にも来るのよ。となると、
  練習でさえ風岡さんを意識するあなたが、本番で意識しないで本来の演奏ができる
  かしら? といっても、風岡さんにコンクールには来ないでほしいと頼む事は出来る
  けど、それでも風岡さんを気にすることをやめる事は出来ないでしょ?」

かずさ「それは……」

曜子「でしょう? だったら私の指示通り毎日本番だと思って演奏しなさい。
  ウィーンで宣言したわよね。勝ちに行くって。だったら勝つ為の練習をしなさい」

かずさ「……………………わかったよ」

曜子「じゃあ風岡さん。本人の了解もとれたしよろしくね」

麻理「はい。……あの、かずささん」

かずさ「なに?」

麻理「ごめんなさい」

かずさ「別にいいって。ピアノに集中できないのはあたしの問題だ」

麻理「それもありますが…………、北原に頼ってごめんなさい」

かずさ「それは……」

 曜子さんでさえかずさの言葉を待ったが、結局はかずさの答えは聞く事は出来なかった。
 色々ありすぎた。
 俺の事。ピアノの事。そして麻理さんの事。
 それらを一気に処理することなどかずさにできるはずもない。
俺でもできないし、曜子さんであっても無理なはずだ。
 曜子さんも表面上は次に向かっての行動をみせはするが、内心では俺の事をどう思っている
かなんて考えたくもない。どう考えても裏切られた、と思っているはずだから。
 その裏切り者を前にしても、曜子さんはかずさを守るべく行動を続ける。いくら数年間
かずさと離れて暮らしていたからといっても、曜子さんはかずさを愛している。
 愛しているからこそ曜子さんはかずさの前では迷わない。

曜子「さてと、打ち合わせの前にかずさの引き渡しをしておこうかしらね」

かずさ「あたしをペットみたいに言うな」

曜子「あら? 犬みたいなものじゃない」

かずさ「ちがうって」

曜子「そう? まあいいわ。それで風岡さん。かずさが泊まる部屋はあるかしら? 
  もしなければ近くに部屋を借りるのだけど」

麻理「部屋ならありますが……」

春希「俺の部屋を使って下さい」

麻理「北原?」

春希「俺は物置として使われている部屋を使います」

麻理「あの部屋は狭すぎるでしょ。だから私がその部屋を使って……」

春希「麻理さんは自分の身を大事にしてください。今環境を変えるのは体に良くないですよ。
  それに、そもそも俺は自分の部屋があっても寝ることくらいでしか使っていませんから、
  部屋が小さくても問題ありません」

 一カ月前の再来だけは避けなくてはならない。
ようやく麻理さんの調子が戻ってきたというのに、さらに大きな変化を与えるのは逆効果だ。
今目の前にしているかずさだけでなく、プライベートスペースまで提供することになるんだ。
その最後の砦とも寝室まで渡すのは、麻理さんにとって負担が大きすぎる。
 ただ、最大の影響を与える原因たるかずさがこれから一緒に暮らすことと比べれば、
寝室の変更など取るに足りない変化かもしれないが。

麻理「……わかったわ」

かずさ「あたしは、……あたしは春希と同じ部屋でもかまわないけど」

春希「かずさ? ごめん。それは無理なんだ」

かずさ「どうしてだよ?」

 理由を言うべきか。それとも隠すべきか。
 …………今まで隠し事をしてきたのに、ここで隠して何になるっていうんだよっ。
 ふっきれたとか、やけになったとかじゃない。
 今さらだけど、かずさには誠実でありたい。それしかないだろ。

春希「かずさと同じ部屋だと、麻理さんが潰れてしまう。俺は麻理さんを救いたいんだ。
  恩返しでもあるけど、それだけじゃない。幸せになってほしいんだ。だから、ごめん」

かずさ「あっ……、そうだな。ごめん春希。それと風岡さん。配慮がなくてすみませんでした」

麻理「いいのよ。ほら、私が悪いのだし……」

 再度重苦しい雰囲気が俺達にのしかかる。
 ほんとうに大丈夫なのかって不安になってしまう。だって三人で暮らすってことは、
必然的に曜子さんがいないというわけになる。
 今回何度も場の雰囲気を修正してくれた曜子さんがいないとなると、
俺がその役割を演じなければならないわけで。
 その大役をかずさはもちろん麻理さんに任せることなどできやしない。
 ……でも、俺に出来るのか?
 俺は眉間にしわを寄せるだけで、かずさと麻理さんを見つめるだけしかできないでいると、
前方から俺に向けてため息を見せつけられる。

曜子「はぁ……」

 俺への不安とも、助けるのは今回だけとも捉える事は出来るが、どちらにせよ、
今日からの共同生活に曜子さんがいない事は確かであった。

曜子「春希君は今までの部屋をそのままつかいなさい。どうせこの子は一日中スタジオに
  こもっているんだし、この子も寝室を貰っても寝るだけしか使わないわ。
  だから、わざわざ部屋を移動するなんて手間をかける必要はなし。これでいいかしら?」

春希「かずさがいいのでしたら……。かずさ?」

かずさ「あたしはそれでいいよ」

春希「でも、ベッドはどうします?」

 冬馬家の財力なら簡単に買えそうだけど。

曜子「レンタルでいいんじゃないかしら?」

春希「なるほど……」

 いくらお金持ちといっても、無駄遣いをするわけではないですよね。






第55話 終劇
第56話につづく







第55話 あとがき


今週は一身上の都合により、いつもよりも早い時間の更新となります。

物語には影響ありませんが、麻理さんの収入と家。どうなっているんでしょうか?
それと、かずさのドイツ語。ピアノばっかり弾いているでしょうし、いつ覚えたのでしょうか?

タイトルの章を表す数字が3桁である意味ですが、意味はないですw
ファイルに数字を付けるときは頭にゼロを付ける癖があるだけで、申し訳ないです。
それでももう少し物語は続く予定ですので、あるいは・・・・・・。


来週も月曜日に掲載できると思いますので、
また読んでくださると大変嬉しく思います。

黒猫 with かずさ派

このページへのコメント

今回かずさはやけに大人しかったですね。
かずさの性格上、飼い主以外の他人に引き取られることにはもっと激しく抵抗するかと思ったのですが。
かずさと麻理さんの間に絆もない中3人の同居生活と密着取材が今後どう転がって春希は最後どんな決断を下すか楽しみです。

0
Posted by N 2015年07月25日(土) 01:23:12 返信

更新お疲れ様です。
曜子さんがいきなり爆弾の様な提案をしたのには驚きました。一緒に生活する事はバラバラになるよりも特に精神的にキツイ気がしますね。三人がそれぞれどの様に互いへの関わるのか次回も楽しみにしています。

0
Posted by tune 2015年07月20日(月) 09:48:47 返信

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