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(追加)「7−3」を「7−3−1」〜「7−3−3」に分割して
    7−3−2 かずさ
    を挿入
(追加)12−2−2 かずさ
    12−2−3 かずさ 






『心はいつもあなたのそばに
 〜white album 2 かずさN if(ver.手を離さない)プロトタイプ〜』


作:黒猫



【注意】
本作品は、序章(1−1 かずさ 御宿 2/22金曜日)から
エピローグ、そして、あとがきまでで約8万7千字あります。(改行、空白は除く)
ライトノベル一冊は、300ページで8万字〜10万字だそうです。
よって、この物語をお読みになるときは、時間に余裕があるときに
読むことをお勧めします。
しかし、それだけの時間があるのならば、
white album 2 codaかずさTルートをもう一度プレーすることを
強くお勧めします。
それでは、coda かずさNルート・御宿での別れのシーンから始まります。




1−1 かずさ 御宿 2/22金曜日

リポーター「こちら御宿駅前では、雪が本格的に降りだす前に帰宅しようと
      する人々が増えてきました。
      まだ雪は降り出してはおりませんが、
      今にも降り出しそうな・・・・・・・・・・・。」

TVクルーが寒い中、放送に追われている。
ふだんならば、物珍しそうに眺める人が多いだろうが、雪が降り、
交通機関に影響があるかもしれないとあって、
立ち止まって場所占領するをTVクルーを
迷惑な訪問者であると思うものも少なくない。
みんな普段よりも早足でホームに消えていく。

一方、駅改札口から少し離れ、少し人が少ないところにいる二人を
気にする人物などほとんどいなかった。
それが、今注目の美人ピアニストであっても。

春希「お前が手を引けば、すぐに解ける。
   お前は、どこへでも行ける。」

かずさ「・・・意地悪、言うなよ。
    お前から、離してもらいたかったのに。」

春希「いや・・・だ。」

春希がやっと絞り出した声を聞くだけでも、自分の決心が揺らいでしまう。
本音を言えば、今すぐにでも抱きしめて、冷え切った体を、
そして、なによりも心を春希のぬくもりであたしを温めてほしかった。
それでも、

かずさ「あたしを、ふってほしかったのに、さぁ・・・。」

自分の本心とは正反対の言葉が続く。

春希「できるか、そんなこと・・・。」

かずさ「意地悪・・・。」

春希「どっちが、だよ・・・。」

春希は、自分から手を離してはくれない。
あたしが望めは、春希はきっとあたしの望み通り動いてくれる。
でも、あたしが動かなければ、春希は動けないままか。
それじゃあ、あたしが手を離すしか、ないじゃないかよ。

あっ・・・・。

最後にからまっていた一本の指がはなれていく。
それだけなのに、泣きだしそうになり、
手を離したその勢いで背を向ける。

春希の顔をもっと見ておけばよかったな。
決心が鈍りそうで、帰りの電車ではほとんど見てられなかったけど、
もう一生見られないんだから、目に焼きつくまで見ておけばよかった。
心が折れそうだ、春希。

春希が残した最後の手の温もりを胸にそっと抱きしめようとしたが、
かずさの心が反映したかのように、空が泣きだし、
彼の最後の温もりさえも奪い去ろうとする。
冷たい風がすべての温もりを消し去る前に、
なくさないようにポケットしまいこむと
ほんの少しだけれども、ほっとしてしまった。
それと同時に、背後にいたはずの彼の気配がないことも気がつく。

かずさ「・・・春希?」

もういないか。

かずさ「春希!」

振りかえると、春希は数メートル先をゆっくりと歩いていた。

かずさ「バイバイ。・・・・春希。」

聞こえないか。
コンサート絶対聴きに来てくれよ。
心だけはいつも春希の側にいるからさ。
そして、春希がいなくても、しっかり生きていけるって、証明してみせるよ。

あぁーぁ・・・、帰りたくないな。
とういか、どこに帰ればいいんだよ。今、帰る場所を手放したばかりだしな。
・・・・そっか、ウィーンに行けばいいのか。
そうだよ。今も昔もウィーンがあたしの帰る場所じゃないか。
でもさ、春希の温もりを知ってしまった今、
どうやって眠れない夜を過ごせばいいんだよ。
どうやってさびしい気持ちを乗り越えればいいんだよ。

もう残っているはずもないポケットの中にしまいこんだ春希の温もりを探すが
見つかるはずもない。それでも、かずさには、そこに温もりがあると思い込んだ。
不安な気持ちが近づいてくるのを振りきるために、必死に温もりを握りしめた。

なあ、春希。
教えてくれよ。

儚い想いが募るほど、切ない願いが手のひらからこぼれ落ちていく。
必死に集めたポケットの春希の温もりさえも夢であったと思える。
この今の現実の方が夢であったらと、願わずにはいられない。
雪が降り始め、空が白に覆い尽くされていき
かずさの夢と現実の境界が薄れていった。

それでも、最後の意地で泣き崩れはしなかったが
春希の前で見せなかった涙を止めることはできない。
声は届かないけれど、春希ならば、きっと、あたしを感じているはずだと
かずさは手を振り続けていた。



2−1 春希 御宿 2/22金曜日 同時刻 

春希「・・・・っぁ。」

かずさは手を離すのと同時に、背を向けてしまい、
最後にもう一度顔を見たかったけど、それもかなわなかった。
かずさは、泣き顔さえも見せまいと隙をみせなかったのだから
それに従い自分もここを去るべきなんだろうな。

空を見上げると、雪がついに降り出してしまった。
ゆらゆらと歩きだしてはみたものの、どこへ向かえばいいかわからず、
急いでいる通行人には迷惑そうな顔を向けられるが、
春希にとっては、どうでもよいことだった。

かずさが去って、自分が帰る場所がなくなってしまった。
雪菜のもとには、もう戻れない。
重大な裏切り行為をしてしまったから。
5年前とは比較にならないほどの、大きな裏切り行為だ。

自分たちの大きな分岐点には、いつも雪が降る。



2−2 春希 成田空港 5年前

互いの体の感触を忘れまいと抱き合っていても、時間だけは過ぎ去る。
おそらく、今感じているかずさの感触は思い出すことなんてできないだろう。
きっと、第2音楽室に侵入しようとして落ちかけた時に支えてくれた手の感触、
初めてキスをした時の冷たい体と切ない表情、
そして、初めて抱き合った時の温もり。
今、必死にかき集めようとしている温もりなんて思い出すことなんてできないのに
それなのに、やめることなんて、できやしない。

かずさ「もう・・・時間だ」

春希「冬馬?」

かずさ「もう出発の時間。だから、行かなくちゃ」

春希「行くな!冬馬。・・・・・・いかないでくれ」

周りの見送り客に、必死に女にすがる情けない男と思われようとかまわない。
かずさを失いことに比べれば。

かずさ「そんな顔するなよ。笑って送ってくれよ。
    ううん。いつもの説教している時の顔?
    いや、まじめくさった面白くもない顔でもいいか?
    まあ、・・・今みたいに泣いている顔じゃなければいいよ」

春希「お前も泣いているじゃないか」

なんとか言葉をつむぐかずさを見ると、自分の醜さを痛感して
かずさを引きとめる権利がないことを思い知る。

かずさ「仕方ないじゃないか。
    どうしようもないじゃないか。
    もう、会えなくなるんだから。
    でも、・・・でも、最後が泣いている顔なんて、いやだ!
    いやだよぉ。はるきぃ」

春希「ごめんな。かずさ。」

本当に謝罪すべき相手は、かずさではなく、雪菜であるのに
それさえできやしない。
この数カ月積み上げてきた雪菜に向き合う自信が崩壊し
雪菜の顔を見ることさえ出来やしないだろう。

お互い、都合がいい展開がこの先待っているなんて考えられない。
二人は咎人であって、神に奇跡を求めるなんてできない。
今許されたささやかな幸福で我慢するしかないって理解している。

かずさ「いいよ。泣き顔でも。
    でもさ、時間ぎりぎりまで、その顔を見せてくれよ」

This is the final call for austrian Airlines,
flight four zero five, departing to Wien.
Please proceed to the gate 12, IMMEDIATELY

ファイナルコールが伝えられ、強制的に別れの時間を迫られてたが、
そうであっても、ほんのわずかな間でも顔を見ようと、かずさは
何度も振り返りながらゲートに消えていった。

春希「かずさ!・・・・かずさぁ!」

最後の言葉を届けたい相手には届かず、
それを聞きたいはずもない雪菜にだけは届いた。

雪菜が、今どんな顔をしているかは想像はできるけど
想像しようとさえしなかった。




2−3 春希 御宿 2/22金曜日

なんだよ、俺。
5年前見た雪と同じ雪を見てるじゃないか。
そして、なにもできないでいる。
俺は、かずさを捕まえるために行動したことなんてあったのかな?
根回し上手で、用意周到な事前準。計画的行動がモットー?
そんな評価なんて、俺の上っ面の評価でしかない。
本当に望むことに対しては、何も行動しない。
その場の雰囲気で行動。
そして、最後には、相手にすがる。

そんな俺には、本当に欲しいものなんかつかめない。

このまま全てを忘れられるように、雪で記憶を覆い尽くしてくれないかな。
立ち止まり、空を見上げる春希を通行人がいぶかしげに見るものの
誰も気にせず通り過ぎる。
それさえも、人の記憶にさえとどまらないと感じられ春希には気持ちよかった。

目の前が、白く歪んでいく。
そして、真っ白の世界にたたずむ、雪原にいるかずさを思い出す。
最後までかずさにすがる自分を憐れみながらも、それでもかずさを求めてしまう。




2−4 春希 雪原 2/22金曜日 早朝

真っ白な世界にたたずむかずさは、それだけで幻想的であった。
白を拒否するかのような黒をまとった姿は、それだけで美しい。
昨夜、自分の腕の中にいたことさえ幻であるかように思えて
不安は増していく。

かずさ「本当に、本当に・・・これからも、一緒にいてくれるのか?」

春希「・・ああ」

かずさ「あたしがいくところに、ずっと、ついてきてくれるのか・・・?」

春希「どこへ、でも」

かずさ「もっと北にでも・・・それとも、このまま海外にでも」

春希「お前が望むなら。だって俺たちは、もう...]

かずさ「このまま・・・地獄にでも?」

春希「ああ、どこまでも一緒だ」

かずさがいる世界こそが自分のいる世界だと伝えたかった。
かずさこそが自分が帰る場所であると伝えたかったが、

かずさ「なんてな・・・お断りだ。あたしはお前と一緒には行けない」

そんな夢みたいな話は、実現しない。
頭の片隅では、いつも理解はしていたけれど、遠くに追いやった現実を
かずさは付きつけてくる。
まだ陽が昇ったばかりで、温かさがない雪原が、より春希の心を凍てつかす。

かずさ「いつもの通りの・・・春希だって?」

春希「ああ、そうだよ、いつも通りの、お前だけを愛してる
   ずっとお前の側にいることを望む、いつもの俺」


かずさ「そんなのが・・・いつもの春希なものか」

春希「え・・・?」

必死ですがる俺をかずさは寄せ付けない。
雪原にたった一人でいるかずさが、雪原にできたたった一つの黒い世界に見え
それが他を寄せ付けないかずさだけの世界に思えてくる。

かずさ「あたしのために全てを捨てるって・・・?
    一緒に地獄に堕ちるのもいとわないって・・・?
    そんなのが・・・そんなぶっ壊れたお前が
    本物の、あたしの春希でなんかあるもんか」

春希「・・・え?」

かずさ「そんな・・・そんないい加減な嘘に騙されるもんか!
    あたしの気持ちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

必死の叫びが胸に突き刺さる。

かずさ「本当は、ずっとずっと、お前と一緒に二人だけの世界に
    閉じこもっていたかった。
    でも壊れていく! 
    あたしといると春希がどんどんこわれていくんだよ」

胸に突き刺さり痛いのに、かずさの優しさを感じられて温かかった。

かずさ「あたしは春希に幸せになってもらいたい」

俺がかずさとの幸せな未来なんて
なにも具体的に考えてなんてなかったことに絶望した。
かずさは俺の将来を考えていながら、かずさを守りたいと言っていた自分が
なにも行動にしていなことを後悔した。
俺は、この5年間、なにをしていたんだ?
3年間、雪菜が側にいることで罪を受け止めるふりをして、
そして、そのあとの2年間は雪菜の優しさにおぼれていただけだ。

雪の冷たさも相まって、心と体が急速に冷え、
全てが凍りつくことだけは理解できた。
それが、雪原の思い出なのか、今御宿で降っている雪なのかは
わからない。


3−1 かずさ 御宿 2/22金曜日

春希を見送るために振っていた手が鈍くなる。
頭が今何が起こったかを理解するのを拒否してしまう。
通行人が急に倒れた男性に気づき、遠巻きに様子をうかがい始める。

かずさ「・・・春希?」

さっきまで感じていた春希の温もりがポケットからこぼれ落ちていく。

あぁ・・・。
春希が、
あたしの春希が、壊れていく。
あたしの?

かずさ「あたしの春希?」

そっと自分を抱きしめ
自分の言葉をゆっくり理解するように、もう一度声に出す

かずさ「あたしの?・・・・・でも。」

駅前ということもあって、倒れた人間を気にする人も多く、人が集まってくる。
あと数分も待てば、救急車も呼ばれるだろう。
自分がかかわっていいものか決めかねて、なかなか春希に手を差し伸べる者は
いないが、それも時間の問題となっていく。

かずさ「春希!」

人だかりができ、自分の視界から春希が消えていくことで、かずさを現実に引き戻す。
それと同時に春希に駆け寄る。
雪で路面が滑りやすく、何度も転びそうになりながらも
人をかきわけ、春希を抱きしめる。

かずさ「春希? 春希! どうしたんだよお前。
    返事をしてくれよ。」

知り合いがいたと分かり、人だかりも小さくなっていく。
それでも、倒れた男が気になるのか、人はなかなか減りはしなかった。

かずさ「頭うったのか? なあ、返事をしてよ、はるきぃ。
    ・・・かずさって呼んでくれよっ。」

泣きだ、とりみだした彼女だと思ったのか、声をかけてくる人もいたが
春希には届かない。
かずさは、心配そうに春希の顔だけを見つめるだけだった。

かずさ「はる・・き・・・。ひっく、ぅぅ。」

春希「かずさ?」

うっすらと瞼を上げる春希であったが、焦点が定まっていない。
それでも、かずさを見つめようとしてくれていることだけは理解でき、
かずさの心を落ち着かせる。
愛おしそうに髪に積もった雪を払いのけ、少しでも温もりを与えようと
春希の顔をなでる。
春希に温もりを与えるためなのか
かずさが春希の感触を思い出す為の行為かは、本人でさえわからなかった。

かずさ「春希。 どうしたんだよ? なにがあったんだ?
    あたしが別れるって言ったからか?」

春希「夢か?」

かずさ「夢じゃないよ。」

春希「行かないでくれよ、かずさ。」

恋人同士の痴話喧嘩であるとわかってきた見物人は、救急車を呼ぶ必要もないと
わかると、一人また一人と駅に消えてく。

春希「俺を一人置いて、遠くに行かないでくれよ。」

弱弱しく訴える春希を見ると、もう離せない気持ちでいっぱいだった。
何があっても離すつもりがないといわんばかりに抱きつく春希を
拒むことなんてできなかった。
できないというよりは、春希の行動に心が躍ってしまった。

かずさ「いかないよ。どこにも。ずっと側にいるからさ。」

春希「だって、・・・だって、もうわかれるって。」

かずさ「それが夢だよ。悪い夢を見ていたんだ。帰ろう、春希。」

春希「早く帰ろう。寒いよ。・・・寒いよ、かずさ。」

かずさ「大丈夫。あたしが温めてあげるよ。
    あたしが、春希を守るから。」

安心したのか、そのまま春希は胸の中で意識を失っていった。
慈愛に満ちた表情で見つめるかずさだけが、その場に残っていた。
もう誰も、かずさたちを気にする人は誰もいなかった。

かずさ「さてと。」

携帯のアドレスから曜子を表示させるも、発信ボタンをなかなか押せない。

春希の為。あたしが春希を守るんだから。
そのためだったら、もう一度裏切り者にだってなれる。

かずさ「ふふっ。何言ってんだよ、あたし。
    もうずっと裏切り者じゃないか」

携帯画面とにらめっこした後、春希の顔を見て、
そのまま画面を見ずにボタンを押す。

曜子「もしもーし。どーしたのかなぁ?
   旅行は楽しかった? それとも進行形?」

かずさ「今、どこにいる?」

曜子「それは、こっちが聞きたいところなんだけど。」

かずさ「ふざけないでくれ。こっちは切羽詰まってるんだ。」

曜子「こっちもあなたがいなくて、
   コンサートどうしようか困ってるんだけどねえ。
   美代ちゃんなんて、毎日青ざめているわよ。」

はっと、息をのむかずさ。

かずさ「それは、ごめん。
    これから戻って、ちゃんと練習してコンサートやるよ。
    でも、その前に助けてほしいんだ。
    お願いだ。母さん。助けてください。
    お願いします。」

曜子「いったいどうしたの、かずさ。」

動揺しているかずさであっても曜子の気配が変わるのがわかる。
同様に、曜子もかずさの尋常ではない様子がわかってきた。

かずさ「春希が。春希が
    ・・・・・・・・・・・・。」

やっと自分を助けてくれる母親の声が聞けたことで、冷静さが消えていく。
携帯電話を握る強さが増していき、雪で寒いのに、手に汗をかき
ますます携帯が握りにくくなる。
そして、さらに強く携帯をにぎるという悪循環に陥る。

曜子「ギター君がどうしたの?
   泣いてたら、わからないわ。」

かずさ「春希が倒れた。」

春希を守る使命感だけで声を絞り出す。

曜子「今どこにいるの?」

かずさ「御宿駅前」

曜子「怪我? それとも病気かなにか?」

かずさ「わからない。わからないんだって!
    急に倒れて、それで、・・・それで。」

電話にすがるが、返ってくるのは冷静な曜子の声だけだった。
冷静に考えれば、冷静な救援者ほど頼もしいものはいないが、
今のかずさにとっては、自分を突き放す冷たい人間にしか思えない。

曜子「あたながパニクってちゃ、ギター君助からないわよ。
   あなただけが頼りなのよ。」

かずさ「母さんはいつもわかったような顔をする。
    今回の日本だって、母さんのせいじゃないか。」

曜子「私はあなたの味方よ。
   それだけは、わかって。春希君を助けてから、文句なら聞くわ。」

かずさ「ごめん。母さん。」

曜子は、かずさの声色が落ち着いていくのがわかった。
そして、ひとつずつ、かずさがパニックにならないように先を続ける。

曜子「大丈夫よ。それで、怪我はないの?」

かずさ「怪我はない。倒れた時、どこかうったかもしれないけど
    血とかは出てない。」

春希の体を探りながら質問に答える。

曜子「それじゃあ、病気? 風邪でも引いてた?」

かずさ「それも違うと思う。」

曜子「それじゃあ、なんで倒れたの?」

かずさ「・・・・・・・・・・・」

曜子「・・・・・・・・・・・・」

かずさ「・・・・・・・・・・・」

かずさが答えるのをじっくりまったが、返事がないので

曜子「いいわ。タクシーに乗せることはできる?
   それとも、迎えに行ったほうがいい?」

かずさ「タクシーに乗せることはできる。
    ちょうどタクシー乗り場の側だし。」

曜子「でも、雪降ってるからタクシーいないんじゃない?」

タクシー乗り場の方を見ると、長い行列はできているが
それに対応するタクシーの数が足りなすぎる。

かずさ「タクシーは無理みたい。」

曜子「いいわ。こっちから行くから。
   そこを動くんじゃないわよ。」

詳しい場所を教えると、すぐに電話は切れた。
それと同時に不安な気持ちがわきあがってきたが
腕の中にいる春希を見ることで勇気を奮い立たせた。

春希。
あたしがずっと側にいるから。
もう、離れるなんて言わないからさ。
だから、元気になってよ。

雪が二人の存在を世界から隠すかのように、二人を包みこんでいった。





4−1 曜子 ホテル 2/22金曜日 夜

曜子「ほんっと、びっくりしたわ。
   日本最大の駅前で雪に埋もれて、遭難しているんだもの。」

二人の存在を確認したのか、
先ほどの電話の時よりもリラックスしているのもよく自分でもわかる。

病気になってから、自分の状態を確認する習慣ができたのか
以前より自分を客観的に評価できるようになったのはプラス材料。
でも、子育てのスキルだけは上達しようもないか。
本当に、この子はピアノ以外全く駄目ね。
それだけ放置してきたんだから、しょうがないか。

ただ、まだ話せないでいる病気のことを思うと、
やっとリラックスしかけた気持ちが沈んでいく。

かずさ「遭難なんてしてない!」

慈愛に満ちてきた曜子の表情が、現実に戻される。

曜子「ご主人さまを必死に温めて、救助を待ってる忠犬みたいだったわよ。
   自分は雪で全身真っ白になりながらも、ご主人さまの雪だけは
   きれいにはらってあったしねぇ。」

かずさ「倒れている人間のケアをするのは、人として当然だろ。」

曜子「「春希くんのお世話をするのは、かずさにとって当然」
   の間違いじゃないの?」

ちょっと春希くんのことでからかうと、のってくるんだもの。
あまりにもかわいいから、からかってみたくなっちゃうわよねぇ。
でも、少しはリラックスできたかしら?

かずさ「ぅぅ・・・・・・・。」

小さく唸るだけで、言い返えそうもない。

曜子「あなたが道端で倒れている人を見かけても、
   救急車を呼ぶくらいじゃないの?
   それも、だれか他の人がいなければという条件付き。
   まあ、あなたは根は小心者なのよねぇ。」

かずさ「うるさい。」

ちょっと意地悪いいすぎちゃったかな。

曜子「さてっと、かずさもリラックスできたようだし
   春希君のこと聞かせてくれる?
   できれば、包み隠さず全部。」

かずさ「それは・・・・・。」

曜子「私はね、あなたに幸せになってほしいの。
   私のエゴだけど、そのためだったらなんだってできる。
   それが、色々な人を不幸にしてでもね。」

曜子の真剣なまなざしに、かずさはぽつぽつと今までの春希との数日間を
全て告白した。
突然、春希の密着取材が決まり、戸惑いながらも、とてもうれしかったこと。
それと同時に、切なく、どうしようもなく悲しかったこと。
その生活も、コンサートで春希に全てをぶつけて、春希を諦める決意をしていたこと。
でも、春希がコンサートに来なかったために、それができなくて悔しかったこと。
コンサート後、逃げ出したあたしを春希が見つけ出してくれ、その後、
現実を二人で忘れて過ごしていたこと。
最後には、マンションを飛び出し、旅に出たこと。
でも、春希の幸せを願って、春希に別れを告げたが、
そこで春希が倒れてしまったことを、赤裸々に、内容細かに告白していった。

もし、この告白を雑誌に載せたのならば、春希の密着取材以上の売り上げを
叩きだせるかもしれなかった。そんなきわどい内容までも
母に伝えるかずさは、全てを曜子を信頼した証ともいえた。

曜子「うーん、そっかぁ。
   春希君、壊れかけちゃったのかなぁ。
   なんでも一人で抱え込んじゃう感じだったし。」

かずさ「あたしが悪いんだ。」

曜子「だから、別れようとした?」

かずさ「・・・・・・・・・・・。」

曜子「でも、別れようとしたら、こうなっちゃったか。
   それで、あなたはどうしたいの?」

かずさの目を覗き込み、真意を見極めようとする。
かずさもそれにこたえようと、まっすぐ見返す。

かずさ「あたしは、春希が欲しい。
    一生あたしの側にいたほしい。」

曜子「結婚して、公私ともに過ごしていこうってことでいいのね?」

かずさ「そう思ってかまわない。」

曜子「春希君はなんて? って、別れようとしていたのに、そんな話してないか。
   あぁでも、そんな感じの話もしていたわね。
   どこへでも一緒に行くって言ってたか。」

かずさ「たぶん、大丈夫だと・・・・、思う。
    障害さえなくなれば」

曜子「障害ね。・・・・・・・・・それが一番のネックね。」

降り続ける雪を眺めながら、今後のことに思いをはせるしかなかった。






4−2 春希 ホテル 2/23土曜日 早朝

朝というには、まだ早い時刻。
朝日はまだ昇っていなく、うす暗い
フットランプの光が、うっすらと部屋の輪郭を形作っていた。

ここ、どこだ?
ホテルの部屋みたいだけど、それにしては高そうな部屋だな。
たしか、御宿駅でかずさと分かれて・・・・。

急に思い出したくない現実に直面し、頭が真っ白になりそうだったが、
背中から回された手と、背中からつたわるかずさの胸の温もりで
いつものかずさの存在を確認でき、春希を正気に戻させた。

かずさ。

そっとかずさを起こさないように首だけ後ろに回すと、
寝息を立てるかずさを確認でき、胸をなでおろすことができた。

服は、着ていたやつじゃないな。
かずさが着替えさせてくれたのか?
それでも、ホテルまで俺を連れてくるのは大変だっただろうに。
俺、あのときどうなったんだ?

現実をゆっくりと確認するにつれ、恐怖が忍び寄ってきて、
体を震えさせ、体温を奪っていく。
たまらず、ゆっくりとかずさを起こさないように体の向きを
かずさのほうに向け、かずさの顔を見ることによって
心を落ち着かせようとした。
かずさを失うかもしれないという恐怖が、
昨夜の出来事で、脳裏に焼き付いてしまっていた。

かずさ。
俺を置いていくなんて、言わないよな。
俺には、かずさしか。

かずさの存在を一つ一つ確認するように黒髪、頬、そして唇と触れていき、
何度見ても見あきることがない顔を目に焼き付けていく。
たとえ、昨夜の別れが本当だとしても、かずさのことを忘れないように。

かずさ「なんで泣いているんだよ。」

春希「・・・・、起きてたのか?」

かずさ「いや、まあ・・・今起きたとろ。
    おはよう春希。」

春希「おはよう、かずさ。」

かずさ「泣くなよ。
    あたしがずっと側にいてやるから。
    ううん、あたしが春希の側にいたいんだ。
    だから、だから、泣くなよ、はるきぃ。」

俺、泣いてたのか?
そうか。かずさがいなくなるかもしれないって思ってたから。

かずさがそっと、春希の涙を手でぬぐう。

春希「かずさ。かずさ!
   どこにも行かないよな?
   昨日のことは嘘だったんだよな?」

かずさ「そうだよ。昨日のことは幻だ。
    あたしがお前の前からいなくなるなんてことはない。
    これからも、ずっとずっと一緒だ。」

春希「俺の側に一生いてくれよ。
   もう、どこにも行くな。」

かずさ「どこにも行かないよ。
    春希があたしが帰る場所なんだから。」

春希の涙をたどるように、かずさはキスをしていく。
耳元、頬、目元、唇。
そっと触れるだけのキス。
大事なものを、癒すように、愛おしく。
そんなかずさの愛撫に、春希の心は癒されていった。






4−3 かずさ ホテル 2/23土曜日

春希が落ち着いたのを見計らって、
かずさは昨日の出来事をできる限る詳しく伝えていった。
自分自身昨日のことを思い出すのは苦痛であったが
春希の現状を教えるために言葉を続けた。
苦しい想いを顔に出さないようにはしていたが、
春希の顔を見ると、それはうまくいっていないことは明白であった。
もしくは、春希自身が苦痛だったのかもしれないが、
かずさにとって、春希の苦痛は自分の苦痛だと感じられた。
曜子に助けを求め、今後公私ともに春希と生活していきたいことを
伝えるあたりになると、春希の顔色は若干だが良くなってきたようだった。
最悪期と比べればとなるが、それでも少しは安心はできた。

今は、しっかり自分の気持ちを伝えないと。
できるだけ具体的に。
そうしないと・・・・・。
5年前と同じになるのだけは、いやだ。

かずさ「でさ、・・・春希はどうなのかな?」

春希「どうって?
   ああ、気分はだいぶ良くなったと思う。
   本調子というわけじゃないけど、しっかり判断はできる。」

かずさ「いや、・・さあ。そういう意味じゃなくて。」

照れくさそうに、だけど、しっかりとした口調で続ける。

かずさ「春希は、あたしと一緒にいてくれるよな?
    もう、あたしから離れていったりしないよな?
    一生あたしの側にいてほしいんだ!」

春希は、予想はしていたかずさからの告白を受け止めはしたものの
自分の手を見つめ、返事は返ってこなかった。
その反応がかずさへの拒絶と感じられ、
かずさに静かな恐怖を与え、沈黙に耐えられなくなる。

かずさ「本気なんだ。思い付きじゃない。
    母さんにも相談して、これからの道筋もしっかり考えた。
    春希さえ「うん」って言ってくれれば・・・・。」

昨日は、どこまでも一緒に行ってくれるって言ったよな。
地獄だって平気だって。
あたしを愛し続けてくれるって。
・・・・・・・・・・・
あ。
・・・・・・・・・・・
昨日あたしが春希を捨てようとしたから。
あたしが春希を見捨てようとしたから、春希はあたしを信じられないんだ。
あたしが春希から離れたいわけ、あるわけないじゃないか。
いつだって、春希の幸せを願っているのはあたしなんだ。
昨日の別れ話なんて、本心じゃないって春希ならわかってくれるだろ?

自分で作り出す恐怖で涙が止まらない。
たまらず、這いつくばって春希の足にすがりつく。
そして、恐る恐る春希の顔を見上げると、
普段より精気ははないが、いつものかずさを安心させる春希の顔があった。

春希「なんて顔をしてるんだよ。」

かずさ「だって、だって。・・・・・だってさ。」

春希を確認するかのように、春希の顔を手で触れ、その存在を確かめる。

かずさ「なにも言ってくれないじゃないか。ずっと黙って。
    だから、春希はもう嫌なのかなって。」

春希「そんなこと、そんなことあるもんか!
   たださ、俺が現実から、社会から逃げまくっていたのに
   かずさや曜子さんは現実を見て、これからのことをしっかり考えて
   くれていたんだなって思って。
   だから、このままの俺じゃいけないんだって。」

かずさ「春希。」

春希「昨日かずさ言ったよな。
   今の俺は本物の俺じゃないって。
   壊れてしまっているってさ。
   これ、本当だなって実感して。」

かずさ「昨日は、あたしも変だったし。」

春希「いや。かずさはしかっかりしてたよ。
   変だったのは俺の方」

かずさ「そんなこと・・・。」

そんなことないとは言えない。
でも、今の春希は、大丈夫って言える。
だって、いつもの、いつもの、あたしの大好きな春希の顔をしてるから。
しっかり前を見て、慎重で、リスク回避を常に考え、根回しをしっかりして、
誰よりも行動的な春希だ。
疲れている顔をしているけど、それでも、安心できるいつもの春希。

春希「心配させて、ごめんな。
   これからは、心配させないようにするから。
   だから、もう俺を置いていていかないでくれよ。」

かずさ「これからも、すっと心配するに決まってるだろ。
    どこにいたって、春希のことを考えているんだから。
    だから、いつも心配しているに決まってる。
    でも、春希を置いてなんて行かない。
    引きずってでも、春希が痛いって泣いても連れて行く。」

春希「泣き叫んでも、腕が引きちぎれそうになってもついていくよ。
   これからは、死ぬまで一緒だ。
   もう離さない。」

二人は、これが夢ではなく現実であるのを確認するよう、抱きしめ合う。
何度も何度も春希の顔を触れ、胸に顔をこすりつけ、春希の匂いを嗅ぎ、
背中に手を回し、春希の存在を、春希の温もりを思い出していく。
それと同時に、春希に自分の存在をすり付けていった。

まだ母さんが起きてくるには早いな。
もうちょっとだけ、甘えてもいいよな?
せめて朝日が昇るまでは。

日が昇り始めるころ、二人はこれからのことを話し始めた。
お互いの本心を伝え、これからどうしたいかを具体的に。
曜子がいなければ、詳細な内容はわからないことが多かったが
それでも、今後の方針と覚悟を決めなくてはならない。
曜子が起きてきても、曜子はこれといって春希を咎めたり
昨日までのことを追求したりはしなかった。
曜子はただ一つ、これからのことだけを見つめていた。






4−4 曜子 ホテル 2/23土曜日

かずさが練習に行き、曜子と春希の二人きりになると
曜子は、最後の確認とばかりに切り出す。
今は時間がない。
もともとの性格もあって、回りくどいことはしなかった。

曜子「さてと、ギター君。引き返すなら、今しかないわよ。
   もし、あなたがやっぱりやめますって言って、今から帰るんなら
   それはそれで、恨んだりはしない。
   あの子は、落ち込むと思うけど、その辺は気にしなくていいわ。」

春希「コンサートどうするんですか?」

曜子「それも気にする必要ないわ。どのような結果になろうと
   私が命削って守っていくから。
   だけどね、春希君。」

そこで言葉を切ると、じっと春希の目を覗き込み、最後の最後で判断に迷う。

春希「大丈夫ですよ。続けてください」

ほんっと、勘が鋭い子ね。
開桜社での評価も、あながち過大評価ってわけじゃないみたい。

曜子「もし、あたながここに残るっていう選択。
   かずさと一生ともにする。つまり結婚して、
   公私ともにかずさを支えていってくれるっていうなら、
   あなたが今抱えている問題、私も一緒に解決するわ。」

春希「自分が抱えている問題は、とてもプライベートなことで・・・。」

曜子「わかってるわ。婚約者がいるんでしょ。
   あの子から聞いてる。」

春希「そこまで知ってたんですね」

曜子「それも含めて、手を貸すわ。」

春希「そこまでしていただくわけには。」

曜子「これから私が話す内容っていうのはね、婚約解消なんて、っていうと
   あなたには悪いけど、私の人生の中でも、かなりやっかいな出来事なの。」

春希「自分の中では、婚約解消は最もやっかいな出来事なんですがね。」

苦笑いで顔がひきつってるわね。
春希の顔を見て、ほくそ笑む。
ここまでいえば、覚悟もできるでしょうね。

曜子「ほんとうに、婚約解消なんて、大したことじゃないって感じるわよ。」

春希「それは、かずさにも関係あるんですね?」

今度は春希が曜子の目の奥を覗き込み、真偽を確かめようとする。
だが、曜子は何もこたえず、ずっと春希を見つめるままだった。

春希「あとは、自分で判断しろってことですか。
   でも、そこまで言われると、もう結論でちゃうじゃないですか。」

曜子「そう?」

面白いものでも見つけた猫のような目で春希を見つめると、
春希はびくっと体を震わせる。
その春希の反応さえも、興味のくすぐる対象になってしまう。

春希「俺がかずさを見捨てられるわけないじゃないですか。」

曜子「でも、高校卒業後、なにも連絡してこなかったじゃない?」

春希「その件については、弁明の余地はありません。
   しかし、だからこそ、かずさの手を離すことができないんです。
   いや、かずさの手を、俺が、離したくないんです。」

挑戦的な口調で、春希は曜子に宣言した。

曜子「そこまでいうんなら、ここに残るってことでいいの?」

春希「はい。」

まっすぐな瞳で、そう答えた。
覚悟を決めたのか、曜子が春希の覚悟にこたえる。

曜子「わたしね、もうじき死ぬの。」

ちょっとそこのコンビニに行ってくることを告げるような口調で告白した。






4−5−1 かずさ ピアノレッスンスタジオ前  2/23土曜日

曜子がいつかずさが戻ってきていてもいいように、
スタジオは抑えておいてくれたのは助かった。
もともと、2回目のコンサート終了まで使える契約だったが、
スタジオに行かなくなったことを考えれば、
いつスタジオを放棄していても文句は言えない。
といっても、あの曜子がそんな小さなことを気にしてないと
わかってはいたが、それでもピアノに関して
見捨てられていないと分かったことに、かずさは安堵を覚えた。

繁華街から少し離れた場所にあるスタジオだが、それでも通行人は多い。
別に、誰かに自分の正体がばれても気にはしないが、
今、マスコミに介入されるのだけはやっかいであることだけは
かずさにも理解できていたし、
これ以上曜子に迷惑をかけたくなかった。
もちろん、出かける前に春希にも厳重注意されている。

あいつは、自分がそのマスコミだったってことを、忘れているな。
今まで自分がしてきたことを、なんだと思ってるんだろ?
って、その仕事を辞めさせるのは、あたしか・・・・。

自問自答し、その答えに悲しさを覚え、つい春希が今朝結わえてくれた髪をなで
春希の温もりを求めてしまう。





4−5−2 かずさ ホテル 2/23土曜日 朝

かずさ「やって!」

春希「やってって?」

かずさ「やって!」

春希の目の前に、変装セットとブラシを突き付けると、
それを見てようやく理解したのか、素直に受け取る。

春希「わかったって。ほら、座って。」

曜子のニヤニヤした視線を気にしつつも、
春希が優しく手ぐしをかける気持ちよさには、勝てない。
春希の手が髪を触れ、そっと髪に指を通すだけで、
自然と顔がゆるむのが自分でも判る。
鏡を見なくとも自分がどんな顔をしているかわかり、
実際それを見るのは羞恥心により拒絶される。
しかし、春希が自分の髪にブラシをかける姿を眺めるのも好きなので
自分の姿は見たくはないが春希は見たいという葛藤に悩まされる。
だから、かずさのもやもやは、違う方向へ発散され、

かずさ「こっち見るな。」

曜子「なにも言ってないじゃない。」

かずさ「そのいやらしい視線が語ってるんだ。」

結局、自分の姿を見たくないという理由で、
その不満を曜子にぶつけるしかないかずさであった。
そんなかずさの葛藤も、曜子にはお見通しなのか、やれやれといった感じで
自分の準備に戻っていった。
二人きりになると、かずさは安心したのか、さらに顔がゆるんでくる。

かずさ「ん・・・。ぅん。」

朝はこれだなぁ。
やっぱ自分でやるのとでは、大違いだ。
毎日の日課にしたいなぁ

っと、鏡を通して春希を見ると、こちらの気持ちを見すかれたような気がして
顔が赤くなり、下を向く。

春希「おい。下を向くなって。
   ほらっ、まっすぐしないと、ちゃんとできないだろ。」

かずさ「わかってるって!」

春希がそっと頭をつかみ、上に向けるだけでもドキドキしてしまう。
ますます顔が赤くなるのがわかるが、これ以上春希に注意されると
髪をとかしてもらえなくなると思ってしまい、照れ隠しもできず、
ただただ身を任せるしかできなかった。

春希「ほら。綺麗な髪が傷んじゃうだろ。
   ほんと、きれいな髪だよな。」

かずさ「邪魔なだけだって。」

春希「俺は好きなんだけどなぁ。」

かずさ「そっか。・・・・でも。手入れが大変なんだよ。」

春希「だから、こうして俺が手入れしているじゃないか?」

かずさ「一回きりの手入れじゃなくて、毎日が大変なんだって。」

春希「これから毎日だってできるさ。」

かずさ「そっか。」

春希「そうだよ。」

鏡越しに視線をからませ、微笑み合う。
今まで顔が赤くして照れたのを隠すために顔をそらしていたことが
バカげたことに思えてくる。
もっと早く素直になっていれば。
もっと早く。
もっともっと早く。
2年前一時帰国した時?
いや、高校時代?
もしもは、ないか。
今ある幸せを、しっかり手にしないと。

幸せな思いが心に積もっていくほど、過去を後悔せずにはいられない。
この幸せな時間が、5年という歳月を癒してくれるほど、
昨日のような自分から別れを告げることは2度とできないと確信してくる。

かずさ「んんぅん。・・・いい気持ちだ。」

手ぐしで髪のからまりを取り終えたのか、ブラシをかけはじめる。
そのひとつひとつの作業で触れる手が心地いい。
春希の温もりを、かずさはかき集めるので夢中であった。





4−5−3 かずさ ピアノレッスンスタジオ前  2/23土曜日

そんな物思いにふけっているかずさには、
あとはスタジオに入るだけということもあって
自分を見つめる視線には気がつかなかった。






4−6  春希 ホテル 2/23土曜日

曜子「わたしね、もうじき死ぬの。」

春希「え?」

全てが崩れさる感覚しかなかった。なにも理解できない。
脳が理解することを拒否しているような感覚だった。
そして、なによりもかずさのことを思うと、体が思うように動かず
脳にいたっては、活動を停止していく。

曜子「そんな、この世の終わりみたいな顔をしないでよ。
   死ぬのは私であって、春希君じゃないんだし。」

春希「・・・ぁ。・・・あぁ。」

うまく声が出ない。

曜子「優しいのね。そして、この後の展開、
   かずさの今後を理解してしまったってとこかな。」

曜子さんは俺のほほをなでると、ゆっくりと胸に抱きしめていく。
一瞬かずさに申し訳ないという気持ちもわいてきたけど
いやらしい感覚などなく、これが母親なのかなって、
小さい時の自分を思い出したりしていた。
優しく頭のなでられていると、自然と落ち着いてきて、ようやく声が出て、

春希「もう、大丈夫です。・・・本当に。」

そっと曜子さんから離れようとしたが、

曜子「もうちょっと、そのままでいなさい。
   かずさも、もうちょっと素直だといいんだけど。
   やっぱ、男の子と女の子の違いなのかなぁ?」

逃げてもしょうがないと思い、力をぬくと、
曜子さん逃げないように力が入っていた手も力が抜け、
柔らかく抱きしめてくれる。

これも親孝行の一つなのかな。って、自分の親は捨てたも同然だけど、
こうやって新しい家族ができ、新しい義母さんができるのもいいな。

春希「こうやってると、お母さんって感じがしますね。」

曜子「何を言ってるの? あなたは、もう私の息子なんだから。
   甘えられるときは、しっかり甘えなさい。
   そして、その後、しっかりと親孝行してくれればいいから。」

春希「って、倍返しじゃきかないきも・・・・・。」

曜子「もちろん!」

この場の雰囲気にはにつかわない明るい声が響く。

春希「ですよねぇ。」

だんだんと調子が戻ってくるのも自分でも分かり、曜子さんもそれを感じたのか

曜子「もう大丈夫そうね。」

そっと頭を離してくれ、もとの距離よりは少し近い位置に戻った。

春希「はい。話を聞いて、理解する程度には。
   それで、もうじき死ぬっていうのは?」

曜子「白血病。」

シンプルに病名だけを告げてきただけだが、
それがかえって、病気の重みを感じさせる。

春希「骨髄移植は?」

曜子「かずさにさせると思う? 絶対に安全ってわけじゃないのよ。
   もしかしたら、あの子からピアノさえも奪ってしまうかもしれない。
   そんなこと、私にはできないわ。」

そんなこと当然でしょっていう顔で言われても、返答に困ってしまう。

春希「骨髄バンクは?」

曜子「もちろん一致するのを探してはいるけど、こればっかりはなかなかね。
   それに、今すぐ死んじゃうってわけじゃないし、
   あの子が一人で生きていけるまでは、死ぬつもりはないわ」

そこで一息つき、こちらの顔を見て、何かを確認するかのように目を覗き込む。

春希「わかってます。」

曜子「よろしい。」

納得したのか、短い返事はかえってきた。

つい先日までは、かずさと現実を忘れ、かずさにおぼれていたのに。
それのしっぺ返しなのか?
いや、現実をみてなかっただけか。しっかり、自分の置かれた状況、
かずさの立場を確かめていたら、もっと早く手を打てたのに。

自分のしてきたことに腹が立ってしまう。
そんな俺をみて、なんでもお見通しの曜子さんは、
俺の自分への腹立たしささえも、許容しようとする。

曜子「いいのよ。そんなに早く一人前の大人になろうとしなくても。
   今のうちは、先輩の大人にすがりなさい。」

春希「でも。・・・でも、かずさは。」

曜子「あの子にはコンサートが終わるまで、内緒にする予定。
   今知ったら、コンサートどころじゃないでしょ。
   それにしたって、色々たてこんでるのに。」

春希「すみません。」

曜子「すみませんは、もうなし。」

母親が子に言い聞かせるような声色だったので
不謹慎だが、うれしい気持ちがわいてきてしまう。

春希「はい。でも、かずさも知っておいた方がいいんじゃないですか?
   後から知らされるのは、つらいですよ。」

曜子「それも重々承知してるわ。
   それでも、今は無理かなぁ。」

春希「それに、もし突然倒れたらフォローのしようがないですし
   それこそ事前に伝える以上のショックを与えてしまいますよ。」

曜子「それもあるのよねぇ。」

どこか他人事のような返答に、ちょっと強く言い返してしまう。

春希「わかりました。コンサートまで、俺が毎日フォローします。
   送迎に病院、食事まで全部面倒見させてください。」

曜子「よろしくね、春希くん。」

どうも曜子さんにしてやられたらしい。
あの顔は、この返答を引き出したことに満足してるって顔だ。
どうも曜子さんの思惑通り踊らされている気もするのは、
考えすぎでもないようだ。

春希「調子が悪い時の兆候とかってあるんですか?
   そうだ。一度俺も病院で話を聞いてみたいですね。
   あと、食事とかどうなのかな?」

曜子「ちょっと、ちょっと、そんなにはりきらなくても。
   まるで私が病人みたいじゃない、って、病人か。
   それでもね、・・・それでも、そんなに早く死なないってば。
   ほんと、死んでなんていられない。」

自分に言い聞かせるようにつぶやいたのを聞くと
曜子さんの悲痛な気持ちを少しだが理解できた。
いや、理解なんてできていない。
母親が大事な娘を残して死ぬことの残酷さなんて、俺にはわかりっこない。
それでも、かずさのために自分も動かないといけないことだけは理解できた。

曜子「さてと、これからのことを話していきましょうか。時間も限られてるし。」

春希「そうですね。もっと早く、曜子さんのところに来ていれば。
   今後のことだって。」

曜子「そんな後ろ向きな考えはやめましょ。
   今をしっかり生きるほうが有意義よ。」

春希「はい。」

力強く返事をしたが、曜子の提案を聞き、
さらなる混迷の海へと投げ出されてしまった。

曜子「じゃあ、春希くんは、今から冬馬春希でいいよね?」

春希「え?」

間抜けな顔でつぶやく、力の抜けた返事がホテルの客室に静かに響いた。






4−7−1 かずさ スタジオ前  2/23土曜日

それは突然だった。
予想もしていなかった声が聞こえた。
いや、東京に来ていれば、もしかしたら、偶然出会うかもしれないと思っては
いたけれど、そうであっても身構えることさえできなかった。

雪菜「かずさ?・・・・・かずさだよね! 
   この前のコンサート行けなくてごめんね。
   でも、こんなところで。・・・・あ、ここのスタジオでレッスンかな?」

かずさ「雪菜・・・。どうしてここに?」

雪菜「どうしてって、この辺でこれから打ち合わせがあるからだよ。」

かずさ「ああ。そうなんだ。」

雪菜「かずさは、ここのスタジオで練習だよね?
   今入ろうとしていたし、それにコンサートも近いしね。
   この前のコンサートは行けなかったから、今度こそはって
   チケット手に入れたんだよ。」

かずさ「そっか。コンサート来てくれるんだ」

かずさも声をかけられた時は驚いたが、
昨夜春希にさんざん言われたことを思いだすと
自然と臨戦態勢に入っていった。






4−7−2 かずさ ホテル 2/22金曜日(昨夜)

春希「いいか。雪菜に雪菜が聞きたくない話をするときは、
   一番最初に言いたいことを言うんだぞ。」

どうも委員長だったころの説明口調になってるな。
なぜか、高校の定期試験のとき勉強教えてくれたことを思い出す。
あの時は、雪菜もいたんだっけ。

春希「ちゃんと聞いてるか? 今とっても重要なことを言ってるんだぞ。」

かずさ「聞いてるって。」

どうも昔を懐かしむ時間はないらしい。
委員長の逆鱗に触れないようにしないと。

昔を思い出し、少しうれしそうな顔をするかずさをみて、
怪訝そうな顔をする春希だが、春希に余計なことを聞かれる前に先をせかす。

かずさ「それでなんだっけ?」

春希「ちゃんと聞いてないじゃないか。
   雪菜は、自分が聞きたくないことに関しては敏感なんだ。
   だから、強引にでも一番最初に言うしかない。
   それさえも、こっちの雰囲気で感じ取ってしまうから、逃げようとする。
   いっそのこと、挨拶の代りに本題を伝えてもいいくらいだ。」

かずさ「ふーん。」

春希「ふーんって?」

やっぱ春希は春希だよな。
たとえ雪菜のことであっても、他の女のことなんて聞きたくないのに。
そういうところは鈍感で、変わってない。

かずさ「挨拶の代りに言いたいことを伝えるなんて強引すぎないか?」

春希「そのくらいの意気込みじゃないと失敗するんだよ。」

かずさ「わかったよ。肝に銘じておく」。

春希「本当にわかってるのか、心配だな。」

かずさ「春希は、あたしを心配するのが仕事なんだから、仕方ないじゃないか。」

春希は、ぎょっとした顔をしたが、仕方がないとい顔を見せるが
それを見てかずさは安心した。






4−7−3 雪菜 小木曽家自室・電話 2/23土曜日 早朝

女「もしもし? 例の彼女なんだけど、今日からくるみたいよ。」

雪菜「本当ですか? ありがとうございます。」

やっとつかんだ情報に、声が弾む。

女「昨日夜遅くになって、明日から使う予定だから、準備しておいてほしいって
  事務所の人から連絡あったの。
  まあ、もともとコンサート終わるまで部屋を抑えてあっただけどね。」

雪菜「・・・やっと、やっと会える。」

女「あーでも、何時頃来るかまではわかないな。」

雪菜「大丈夫です。そこまでわかったんなら、後は自分で何とかします。
   ありがとうございました。」

女「いいよ。いつもお世話になってるし。」

電話を切ると、仕事に行くにはまだ早い時間だが、準備を始めた。
仕事のつてでかずさのレッスンスタジオを探しだしたが、
行ってみれば当の本人は一度も訪れることはなかった。
マスコミ対策に用意したフェイクのスタジオかなと諦めかけた時に
待望の連絡が来た。

ちゃんと話さないとね。
今度こそ、逃げたり、表面上の関係じゃなくて、本当の親友になれるかな。






4−7−4 かずさ スタジオ前 2/23土曜日(現在)

春希と母さんとの約束では、雪菜と話をするのは、
もっと下準備ができてからだったけど、この際いいよな。
それに、これはあたしと雪菜の問題だから。

決意を胸に雪菜に切り出す。

かずさ「ちょっと話す時間とれないかな?
    少しでいいんだ。
    雪菜はあたしなんかと話したくないかもしれないけど。」

雪菜「ごめんね、かずさ。この後、打ち合わせもうすぐなんだ。
   あっ、でも、かずさと話したくないからじゃないんだよ。」

ああ、やっぱり春希の言う通り、雪菜はあたしが放つ空気に敏感なんだな。

春希の忠告を思い出し、失敗したという顔をしないように努める。

雪菜「そんな顔しないでよ。本当に仕事なんだって。
   もしかずさが都合いいんだったら、今夜でも会えない?」

どうも雪菜は、微妙にしかめた顔を別の意味でとらえたようだった。

かずさ「今日は、夜までここで練習しているから、雪菜の仕事が終わったら
    ここに来てくれると助かるよ。
    受付には言っておくから、大丈夫だと思う。

雪菜「うん。楽しみにしてるね。」

かずさ「ああ。夜に。」

そして、両者の思惑が交差する。





4−8 春希 ホテル 2/23土曜日

ソファーに深く座り直すと、曜子はゆっくりと今後のビジョンを話はじめる。
それは、昨夜考えたのか、それとも日本に来る前に考えていたプランの一つかは
わからないが、少なくとも思い付きではないようだった。

曜子「だから、今後仕事をしていくうえでは、
   北原よりも冬馬のほうが都合がいいのよ。知名度の問題でね。
   それに、あの子だって、北原と冬馬を使い分けるのなんて
   納得しないだろうし。
   だったら、最初から冬馬で統一すれば、問題ないじゃい?」

春希「それは、かまわないですけど。とくに北原の姓にこだわってませんから。」

曜子「あの子が、自分が北原の姓を名乗るのもいいかもしれないけど、
   仕事とプライベートで使い分けることを考えると、
   やっぱ、統一した冬馬の方があの子もフラストレーション
   溜まらないだろうし。
   それに、あの子、独占欲強いじゃない? だったら自分が北原名乗るよりも
   春希君が冬馬の名札つけくれた方が、自分の所有物ってかんじがして
   よっぽど独占欲が満たされると思うのよねぇ」

なんとなく想像できるかも。
口では何でもないって言っても、独占欲強いんだよな。

このまま曜子さんの話をつづけられても苦笑いしか出来そうもないので
話を変えてみる。

春希「あぁ、・・・・・あの、婚約発表はまだなんですよね?」

曜子「そうね。婚約発表はコンサート後の予定。
   べつに日本でアイドルやらせるつもりはないから、いつ発表してもいいけど
   それでも、コンサートだけは、純粋にあの子の演奏をみんなに
   聴いてほしいの。」

それは、まぎれもない本心だと思うし、
俺もかずさのピアノを日本のファンに聴いてもらいたい。
今後の活動とかじゃなくて、純粋にかずさはすごいんだって、
わかってもらいたい。

春希「そうなると、コンサートの熱が冷めたあたりですかね?」

曜子「うーん。そこんところは微妙なのよね。
   あの子はすぐにでも発表したがるだろうけど。」

曜子は、あきれたような顔をみせ、

曜子「細かい日程は、開桜社との話し合いによるかな?」

開桜社という言葉に反応してしまったが、曜子はそれに構わず話を進める。

曜子「まずは、開桜社に春希君の引き抜き交渉ね。
   さっき電話したら、どうにかこの後時間取れたわ。
   開桜社の問題が片付いたら、雪菜さんね。
   それと、昨夜、かずさが雪菜さんと一対一で話したいって言ってたけど
   これは、私としてはどのタイミングがいいか判断しかねるわ。」

春希「やはり、俺が雪菜と一度話してから小木曽家に謝罪っていうのが
   いいのでしょうか。」

曜子「それは無理よ。だって、あなた思いっきり汗かいて、震えてるわよ。
   気づいてなかった?」

春希「・・・・・・・・・・・・・。」

自分の手をみると、手のひらには汗でびっしょりだった。
無意識で膝のあたりをつかんでいたせいか、ズボンも手の汗で湿っている。
顔や首を触ってみると、全身が汗でびっしょりわかる。
体の震えも自分でもわかるようになり、
不安で心が押しつぶされそうになっていく。

どうしたんだ、俺は。
これって、かずさに別れを告げられた時と同じ症状か。
そっか、こんなんだから、かずさは俺を捨てられなかったんだ。

自己嫌悪におちいっていると、再びやわらかい感触に包まれる。

曜子「大丈夫よ。私もかずさもいるから。」

同情や憐れみではない家族の声を聞き、
呼吸がわずかだが落ち着くのが自分でもわかる。

曜子「あなたは、一人でなんでも抱え込みすぎよ。
   今までなんでも一人でやってきたことは、かずさから聞いている。
   といっても、あの子はそんなには話してくれないから寂しいのよね。 
   大変な時は頼りなさい。頼るのも人生をうまくやっていく手段よ。
   なによりも、家族は、そういうことで頼りにされるのがうれしいもの。」

春希「ありがとうございます。」

胸に押し付けられ、うまく話すことはできないが、どうやら伝わったようだ。
こんな短期間で2度も曜子さんに抱きしめられるとは思いもしなかったが。

曜子「まあ、さんざん子育てを放棄してきた私が
   言うセリフじゃないかもしれないけど
   ウィーンであの子と生活するようになってからは、
   思うようになったかな。」

春希「そうなんで・・・。もう大丈夫ですから。」

と言って、遠慮がちに胸から離れるが、曜子は物足りなそうな顔を見せる。

こんなのかずさにみられたら、どんな反応するかわからないな。
曜子さんに対しても嫉妬するのかな?
ただ、きっつい視線を向けられることだけはたしかだ。

春希「ありがとうございました。もうだいぶ平気です。
   それは、見ていてわかりますよ。
   高校のとき、かずさから聞いた話だと、子育てを放棄した薄情な人だと
   思っていましたけど、会ってみると違いましたし。」

曜子「へえ。」

春希「高校の時会った時も、そんな冷たい人だとは思いませんでした。
   でも、今は、すっごく過保護な母親だなって思います。」

曜子「そっか。まあ、今まで子育てしてこなかった分が濃縮されたかな。
   でも、時々うざがれるのよねえ。」

春希「それはないですよ。照れ隠しですって。」

曜子「だったら、いいんだけど。」

そうさ。高校時代のあいつは、自分の気持ちを隠してきたんだ。
それが、どんな気持ちであっても。

曜子「ちょっと脱線しちゃったわね。ウィーンでのあの子のことは
   コンサートが終わってから、ゆっくりしてあげるわ。」

春希「楽しみにしています。」

曜子が渡してくれたタオルも、もう必要がないようだ。
汗が止まり、震えも止まったのを自分でも判った。

曜子「さて、話を戻すけど、春希君が雪菜さんと二人で話すのはNGね。
   私の病気のことがマスコミにばれるのと同じように
   あなたのその症状が雪菜さんに知られるのは、よろしくない。」

春希「弱みを見せることになるからですか?」

曜子「それもあるにはあるけど、
   ・・・・・どっちかというと雪菜さんが同情して、
   あなたから離れられなくなるんじゃないかって思うのよ。
   あの子から聞いた雪菜さんしか知らないけど。
   春希君はどう思う?」

春希「そうですね。その通りだと思います。
   こちらが悪くても、こちらのことを心配しますから。」

どうも雪菜のことになると歯切れが悪くなるのが自分でもわかる。

曜子「となると、いきなり小木曽家に行くしかないか。
   かずさが雪菜さんと話をするのは、その後がいいかな。」

春希「そうですね。」

曜子「じゃあ、できるだけ早く、話し合いの段取りつけてくれる?
   私はいつでもいいから。」

春希「わかりました。
   明日だったら、ご両親もいるはずですし、電話してみます。」

曜子「その辺はお任せするわ。
   それと、春希君。その格好で開桜社行くのは、
   いくらなんでもまずいから、スーツ用意しておくわ」

きっと曜子さんが用意するスーツだから、自分が持っているスーツとは
桁が違う値段なんだろうけど、反論もできず
苦笑いをするしかなかった。

自分が今まで避けていた事柄が、自分が理解するよりも早く進んでいく。
もしかしたら、自分で行動していても、こうなふうなスピードだったかも
しれないけど、今の自分にはついていくのがやっとだ。
まだまだリハビリが必要だと感じた。





5−1 曜子 開桜社 2/23土曜日

春希にとっては思い出深いビルであっても、曜子にとっては、
解決しなければならない問題がある場所にすぎない。
二人の表情は似ていても、内心は全く違っていた。

曜子「そんな渋い顔していたら、せっかく似合ってるスーツも台無しよ。」

春希「なんか普段着ないレベルのスーツを着ていると
   落ち着かなくて。」

二人の服装は釣り合いがとれていても、着ている人間そのものは
浮足立っている。
曜子の新しいヒモと紹介されても、みんな納得してしまうだろう。

曜子「ふぅ。・・・これからは見栄えも気にしないといけないんだから
   早くなれなさい。」

春希「はい。」

でも、今の春希くんには無理なことか。
こればっかりは、経験を積むしかないけど、仕事に関するコミュニケーション
の優秀さを考えれば、あっという間かな。

曜子が春希を値踏みしながら眺めているのを、
じっと耐えるしかない春希であった。
しかし、それもすぐに興味をなくし、ビルの中にある問題に意識が移っていく。

曜子「さ、行くわよ。」

春希をひきつれ、誰にも病気であるなんて感じさせない歩きで約束の部屋へ
向かっていった。

道中、春希が目だけを動かし、知り合いに会うのを警戒していたが
それに気がついてないふりをいた。
なにか励ましても効果も薄いし、
甘やかしてばかりではかずさを預けられない。
それでも、

曜子「胸を張りなさい。別にやましいことをしにきたんじゃないでしょ。
   これはビジネスよ。」

春希「・・・・はい。」

ちょっと甘やかしすぎかな。
でも、どうもこの子たちをみていると、ほっとけないっていうか。
あぁーあ、これじゃあ簡単には死ねないじゃない。

曜子は小さい子供を見つめるのと同じような顔をしていたが、
春希はそれを別の気持ちであると解釈したのか、引きしまった顔になった。




女「こちらのお部屋です。」

通された部屋には既にアンサンブル編集長、開桜グラフ編集長、
春希直属の上司浜田の3人が待ち構えていた。
開桜社の面々もこれからのことを身構えているのか
5人で使うには十分すぎる部屋だというのに、すでに息苦しい雰囲気であった。
その中でも一番つらそうな春希の様子を見て、浜田が怪訝そうな顔をしていたが
曜子もここでは何もサポートできない。
それを知ってか、いや、それさえも考えられない春希は、歯を食いしばって
前を向いてるのがやっとのようだった。

曜子「急にスケジュール開けてもらって、本当にすまないわね。」

アンサンブル編集長(以下、アン)
  「いつもこんなかんじなんで、気にしてませんよ。」

この中でも曜子一番になれているせいか、表情は硬くはない。
慣れは重要だが、慣れのせいで、曜子の変化を見落としている。
それを親切に教えるほど曜子には余裕がなかった。

曜子「開桜グラフさんも、今日はありがとうございます。」

開桜グラフ編集長(以下、グラフ)
  「いえいえ。わざわざお越しになってくれて、歓迎しています。
   それで、今回お越しになってくださった要件といますと?」

社交辞令のあいさつを進むが、浜田は春希の方が気になっている
ようだった。ただ、春希は浜田の視線に気がつかないふりをして
自分を保っていた。

曜子「色々回りくどいことをいうのは、しょうに合わないので
   ストレートにいいますね。
   ここにいる北原春希をうちの事務所に引き抜きたいの。
   もちろんタダってわけじゃなく、それ相応の対価は用意して来たわ。」

浜田「北原!」

今まで沈黙を続けていた浜田が気持ちを抑えきれず声を上げるが

グラフ「浜田。」

浜田「すみません。」

開桜グラフ編集長が、ここは抑えろと浜田を制す。
それでも、浜田の視線は春希をとらえ続け、説明を求め続けた。

曜子「いいんですよ。突然のことですし。」

アン「たしかに、私でさえ驚いていますよ。
   説明してもらっても、よろしいでしょうか?」

浜田と同じく驚いたアンサンブル編集長であったが、
曜子とのつながりがあるせいか
いち早く気持ちを戻し、場の進行をかってでてくれる。

曜子「簡単に言うと、かずさが本格的に活動を始めるにあたって
   マネージメントをする人材が必要ってことなの。
   ただ、あの子は気難しいから、誰でもってわけにはいかないから
   そこであの子とコミュニケーションがとれる北原くんが
   適任だと判断したの。
   それに、彼の仕事の処理能力や交渉能力の高さも魅力的ね。
   だから、彼をどうしても引き抜きたい。」

グラフ「といいましても、はいそうですと引き渡すことはできませんよ。」

曜子「だから、交渉に来たんじゃない?」

はたから見れば、曜子の方に圧倒的な余裕を感じられるが、
曜子自身はそうではなかった。

どうも気持ちを入れないといけない場面だと、薬のせいか気持ち悪い。
こんなことだったら、さっき薬飲まなきゃよかった。
でも、そんなことしたら、今頃床に倒れていたか。
ままならないって、本当に面倒で、嫌ね。

曜子の背中は汗で滲んでいたが、女優顔負けの演技で、顔には汗をみせず
交渉を有利に進めていく。
隣にいる春希でさえ気がつかなかったが、その春希といえば
自分のことで精一杯で、曜子の変化など感じる余裕すらなかった。

アン「交渉ですか・・・。」

曜子「2つ大きな対価を持って来たわ。
   これ二つあれば、北原君に見合う対価のはずよ。」

グラフ「うーん、たしかに魅力的な提案ではなるのですが
    わが社の社員を引き換えにというのは。」

曜子「そこは重々承知しています。だから、穏便に済ませたいんです。」

アン「編集長。ここは、冬馬さんの要求にのったほうがいいです。」

グラフ「なぜ?」

先を読む能力が優れているのか、曜子の行動に慣れているせいかは
わからないが、いち早く曜子の要求の意図を理解したのは
長年の付き合いがあるアンサンブルの編集長であった。

アン「つまりですね、このまま北原くんは自分で退職することが
   できるんですよ。
   たしかに規定にのっとて手続きをしていく必要はありますけど
   別に冬馬さんが対価を支払う必要もないんです。」

全てを理解して、これ以上の交渉は諦めたのか、開桜グラフ編集長は
曜子に話を進めるようにうながす。

グラフ「ふぅ。というと、穏便に済ませたいってことでいいのでしょうか?」

曜子「理解してくださって、大変うれしく思います。
   これからも開桜社のみなさんとは協力関係を続けたいですから。」

グラフ「それで、対価といいますと?」

すでに北原へ執着を失ったか、対価の方が気になるようだ。

曜子「まず、この情報を聞いてしまったのならば、必ず北原君を
   もらいうけます。もちろん、それ相応の情報であると確信してます。」

開桜グラフ編集長を情報の重大性を判断しきれず、アンサンブル編集長に
判断を求める視線を向ける。

アン「冬馬さんがここまでおっしゃるのならば、信用できます。」

それを聞いて安心したのか、話を続けるよう求めた。

曜子が提示したのは条件付きであったが、開桜社としてはこれ一つで
春希との取引を成立させてもよかった。
具体的内容は
まずは、曜子の白血病独占インタビュー。
そして、雑誌の発売時期はコンサート後の3/6木曜日であり
それまでお互い沈黙を守ること。
今注目の冬馬かずさの母親の白血病の独占取材だけでも
大いに賑わうだろう。
ただ、それだけでは曜子には不十分だった。

アン「これは、私でも驚いたというか・・・体の方は?」

親しい間柄ということもあって、情報の重要性よりも曜子の体の方を
気にしてくれたのがうれしかった。

曜子「今は大丈夫よ。今は死ねないから。」

浜田「それで、やめるのか? 北原!」

編集長に注意され黙っていたが、ついに我慢できなくなり、春希に答えを求める。

春希「はい。かずさを、・・・冬馬かずさを一人にはできないんです。
   自分勝手なことだとは分かっていますが、申し訳ありません。」

浜田「それなら、こうなる前に相談してくれても」

グラフ「今は、この辺にしておけ。」

浜田「すみません。」

まだ浜田は言い足りなそうではあったが、しぶしぶ引き下がる。

曜子「それから、もう一つの情報なんだけど。」

グラフ「いやぁ。冬馬さんのインタビューだけでも十分すぎますよ。」

こうまで油断してくれると助かるわね。

不敵な笑みを隠しつつ話を進める。

曜子「もうひとつの方は、順番からすると、私の記事の後にしてほしいの。
   ただ、私の記事もデリケートでしょ。だから、発表する時期を
   決めかねているから、その辺は無理をしてもらうかもしれないけど。」

グラフ「大丈夫ですよ。」

上機嫌な開桜グラフ編集長はなにも疑問に思わず、話を求めた。
ただひとりアンサンブル編集長は気が付いたようであったが、

アン「あの・・・」

その声を遮って、曜子は話をすすめる。

曜子「北原君とかずさの結婚発表についてお願いしたいの。」

ここで全てを理解したのか開桜グラフ編集長はしてやられたという顔しか
できなかった。
アンサンブル編集長も、やられたぁという顔を見せたが
すでに諦めモードであった。
ただ、春希と浜田だけは、全く理解していないようであったが。

つまりのところ、曜子は開桜社を巻き込んで、
春希とかずのの結婚を隠すようにしたのだった。
開桜社としては、こんな美味しい記事は見捨てられない。
曜子たちも結婚を今すぐ発表はできない、
ならば、信用できる相手に隠ぺいを手伝ってもらう方が好都合。
しかも、もともと結婚発表を任せるつもりの開桜社なのだから
問題もなかった。
問題があるとしたら、開桜社が隠ぺいを助けなければならなくなってしまった
ことくらいだが、曜子の策略にはまったほうが悪い。

全てが終わって満足そうな顔の曜子と微妙な顔の春希。
してやられたという開桜社の面々であった。

グラフ「それでは、北原くんは浜田と引き継ぎについて打ち合わせてくれ。
    冬馬さんは、インタビューの段取りについて。」

お互い疲れる会談で会ったが、各自の仕事へと意識を向けていった。






5-2 春希 車中 2/23土曜日

春希の発案で用意してもらったレンタカーのおかげで、
移動が容易になっただけでなく、曜子さんの病気へのケアができるように
なったのは大きなプラスだった。
ハイヤーやタクシーという手段もあったが、秘密を守るという点で危うい。
たしかに、それなりのハイヤーとなれば、顧客の情報を外部に流すとは
考えにくいが、それでも絶対とはいえない。
それに、かずさの送り迎えができる点も、春希にはうれしかった。

レンタカーといっても、このクラスだと気を使うよなぁ。
あまり目立つ車はダメだけど、この車だったら国産だし
とくに目立たないか。

レンタカーにするか、曜子好みの車を買うかでもめたことを
思い出すと、金銭感覚の違いにめまいを覚えた。

たしかに、譲歩してくれて、曜子さんが納得してくれた車が来るまでは
レンタカーになったけど、レクサスとはなぁ。
これもクラウンだし、運転する人の技量ってものを考えてほしい。

免許を取ったものの、ほとんど運転していない春希であったが
安全運転で「少し」ゆっくりな速度ではあるが、
少し運転してみれば勘をとりもどし、特に問題はなかった。
あまりにも安全運転で、曜子がたまにいらっとくることがあったくらいは
問題のうちには入れなくてもよいといえる。

曜子「だいぶ運転慣れたみたいね。」

後部座席で横になり、声色だけは元気な声がかかる。

春希「おかげさまで。」

曜子「でしょう。やっぱ、やすーい車よりは、そこそこの車の方が運転
   しやすいでしょ?」

春希「比べられるほど運転してないので、わからないですけど
   確かにブレーキの効き具合やそのときの制動がいいですね。」

曜子「気にかかるところが、いかにも春希君らしいわね。」

バックミラーには映らないが、曜子が気分がすぐれないでいるのが
なんとなくわかってしまう。

だいぶ無理させちゃったな。
早くホテルに戻って、安静にしてもらわないと。

春希「それに、座り心地がいいのも良いですね。」

曜子「寝心地もいいわよ。」

春希「それはなによりです。」

会話はそれほど続かなかった。
お互い開桜社でのことを話したいとは思えない。
必要なことは話すが、だからといって感想を交換したいだなんて
思える心境ではなかった。

ピピピピピ・ピピピピピ・ピピピピピ・・・・・・・

携帯の着信音が沈黙をやぶる。

曜子「どう、調子は?」

かずさ「ああ・・・・、うまくいってる。」

曜子「こっちも、さっき無事終わったわ。」

かずさ「そっか。」

曜子「それだけぇ?」

かずさ「いや、ありがとう。ちょっと気がぬけちゃって。」

曜子「たしかに私も疲れたかも。それと、
   小木曽家のみなさんとの話し合いは、明日になったわ。
   雪菜さんとの話し合いは、もうちょっと待ってね」

疲れて、気分がすぐれなくても、曜子は声には出さなかった。
ただ、かずさが開桜社のことで電話してきたのであれば、それなりの
うれしさが声に出るはずではあったのに、それが全くなかった。
まるで、意外なことを言われて驚いている風でもあった。
しかし、それを曜子の様態が曜子が気がつくことを妨害してしまった。

かずさ「わかってるよ。母さんにまかせるよ。
    あ、でも、まだ何も雪菜の両親には言ってないんだろ?」

曜子「さすがに電話ではね。
   明日、私と春希くんが伺う約束をしただけよ。
   話しは、向こうについてからね。」

かずさ「そっか。母さん、ありがとう。
    こっちは、調子がいいみたいだから、今夜少し遅くなるかもしれない。」

曜子「いくら調子がいいからって、飛ばしすぎてはだめよ。」

かずさ「なにいってんだよ。もうコンサート間近なんだから
    できる限りのことはやるよ。」

曜子「そっか。でも、体だけは気をつけなさいよ。」

かずさ「わかったよ。じゃあ」

曜子「じゃあね。」

曜子は、携帯を鞄にしまうのもおっくうで、そのまま座席に携帯を手放した。

曜子「かずさ、今日遅くなるかもだって。」

春希「そうですか。あまり遅くなるようだったら迎えに行きますね。」

曜子「よろしくね。」

それきり曜子はぐったりとして、ホテルに着くまでしゃべらなかった。
調子のいいときの曜子であれば、かずさが開桜社のことが気になって
電話してきたのではないことに気が付いたかもしれない。
かずさがいつもと様子が違うと気がついたかもしれない。
もし、かずさの異変に気がつくことができれば
あんな後悔なんてすることはなかったと、
のちに曜子は深く苦しむことになった。





6−1 かずさ レッスンスタジオ 2/23土曜日 夜 

夕方になるにつれ、かずさの意識は外へ向けられていく。
練習に集中できない。
気分転換にストレッチやコーヒーを飲んでみるものの
まったく改善させることはできなかった。
次第に、時計や入口を見る時間の方が、ピアノを弾く時間よりも
増えていくほどであった。

来た!

7時ちょっと前に待望の待ち人が現れる。
早く会いたい気持ちも強いが、それと同時にできれば会いたくない存在。
こればっかりは、避けては通れない。

雪菜「お待たせぇ。ごめんね、かずさ。
   出る前に少しつかまっちゃって。」

かずさ「いいさ。こっちも練習してたし。」

いかにも今まで練習していましたとう感じをみせようとしたが
うまくいったかわからない。
そして、なによりも雪菜の顔を見ることができなかった。

かずさ「あ、あのさ、雪菜。」

雪菜「もうすぐコンサートだもんね。練習大変だよね。
   ほんとうに、有名人になっちゃったんだね。」

かずさ「有名人って。」

雪菜「有名人だよ! 私、かずさが載ってる雑誌全部買っちゃったもん。
   それと、コンクールおめでとう! 
   すごく権威があるコンクールなんでしょ?」

かずさ「1位になったわけじゃないし。」

雪菜「そんなことないって。十分立派だよ。」

雪菜が自分のことのように喜ぶが、どう反応していいかわからない。

かずさ「日本人が騒ぎすぎなんだよ。」

雪菜「そんなことないよぉ。」

雪菜が喜ぶ顔を見ても、自分は喜ぶ気持ちにはなれない。
雪菜を見ていると、雪菜の隣にいた高校生の春希を思い出し、
つらい気持ちがよみがえる。。

あっ!
これか、春希。
雪菜が聞きたくない話をさせないってやつか。

かずさは下を向き、じっと靴を見ていたが、やっと決心したのか
この日初めて、いや5年ぶりに雪菜の顔をしっかり見た。

きれいになったな、雪菜。
5年で磨きがかかったというか。
これじゃあ、春希もほっとかないよな。
でも。

雪菜「ねえ、聞いてる? かずさ?
   私ばっかり、話しちゃってごめんね。」

かずさ「あたし、春希と婚約したんだ。」

雪菜「え?」

叫んだわけでもないが、よく通る声でかずさで言う。

かずさ「昨日、春希と結婚することになった。
    そして、春希はあたしの仕事を手伝うことになって
    母さんの事務所で働くことになったんだ。
    それで、今日春希の会社の上司とも話し合って了解ももらった。
    雪菜には悪いと思ってるけど、あたしは
    あいつを、・・・春希を手放すことはできない。」

かずさは、いっきに伝えた。
途中、息が苦しくなったが、それでも言いきった。
一気に言わなければ、途中くじけそうにもなったし
雪菜に話をそらされてしまうとも思った。
たったこれだけを伝えただけなのに、息がきれ、酸欠状態になりそうであった。

雪菜「なにを、・・・・なにを言ってるのか、わからないよ。」

息が苦しくても、かずさは続ける。

かずさ「明日、小木曽家に行く予定だ。
    母さんと春希が直接説明しに行く。」

雪菜「春希くんが来るの?」

かずさ「そうだ。」

雪菜「・・・・・・・・・」

かずさ「・・・・・・・・」

二人とも言葉が見つからず、かといって、お互いの顔を見るのも気まずかったが

雪菜「ぁ、・・・・・まだうちの親には話してないんだよね?」

かずさ「さすがに電話で話す内容じゃないから、話してはない」

雪菜「そっか。」

かずさ「要件はそれだけだ。
    雪菜。・・・・・ごめん。」

雪菜「かずさ。」

もう言葉を発するのも苦しくなったかずさは、これ以上雪菜を見ていると
泣き叫んでしまいそうだった。

かずさ「もう行くから。」

それだけ言い残すと、雪菜を残して、逃げるようにホテルにむかって駈け出した。
雪菜がどんな顔をしているか考えるだけでもつらい。
最後は雪菜の顔を見ることもできなかった。
だから、雪菜が泣いていないことを、かずさは知らなかった。


6−2 春希 ホテル 2/23土曜日

夕食はなにを食べるか相談していたが、たまたまホテルの部屋にキッチンスペース
があったのを思い出し、そのことを聞いてしまったのが運の尽きだった。
料理はできないことはないと告げると、今後の栄養管理とかずさへの食事
の練習も兼ねて俺が作ることになってしまった。
べつに作ることに不満もないし、曜子さんに付き合って馬鹿高い料理を
食べに行くよりは気は楽だけど、それでも、曜子さんに料理を披露するとなると
緊張してしまう。
押し問答の末、どうにかすき焼きで落ち着いてくれたのは、ありがたかった。
最初は鍋をおしたけど、そこは力が出る料理ということもあり鍋は即却下される。
鍋もすき焼きも基本鍋なんだし、同じだと思うけど、そこは肉のボリュームの
違いらしい。
ホテルに曜子さんを送ってから、御宿のデパートで材料を買いに行く予定だったが、
曜子さんが張り切ってしまい、一緒に行くことになってしまった。
開桜社を出たすぐ後は、体調を悪さを心配したが、体調が良くなたことは
うれしいが、また体調を崩すのではないかと心配だった。
しかし、気分転換も必要といいはられては、反論でできない。

買い物を初めてすぐに、さすが親子だと実感してしまう。
金銭感覚が自分とは違いすぎる豪快な買い物。
それだけでなく、やはり買うのは肉中心で、10人前はある高級牛肉。
そして、野菜はほんの気持ち程度。
この野菜さえも最初は見向きもしなかったのだから、食事の偏りは、
しっかりとかずさが小さいことから「教育」されていたのがよくわかる。

曜子「こんなものかな?」

春希「こんなのもかなって、肉ばっかじゃないですか。」

曜子「すき焼きといったらお肉でしょ?」

春希「たしかに、肉がメインですけど、しっかりと野菜も取ってください。
   健康のためにも。」

曜子「はい、はい。野菜もお肉のように美味しく料理してくれたら
   考えてもいいわよ?」

春希「ちゃんと記憶しましたからね。
   あとで食べないなんて言わせないですから。」

曜子「はーい。」

と、気のない返事をして、別の売り場が気になったのか
ふらふらと歩きだした。

手のひらで転がされてるよな、これって。
つまるところ、しっかり料理も覚えろってことだな。
やっぱ親子って似るんだな。

と、一人ニヤニヤしていると、遠くで曜子が呼ぶ声が聞こえる。

曜子「春希くーん。こっちお願い。」

春希「わかりました。今行きまーす!。」

ちょっと目を離したすきに、大量のスウィーツを買われてしまい
ため息をつくしかなかった。

春希「これ持てばいいんですね?」

曜子「そ。」

春希「一つだけ、お願いがあるんですが。」

曜子「いいわよ。でも、スウィーツ食べるなって言うのは無理だから。」

春希「いいえ、それは無理だってわかってますから。
   ただ、今度買うときは、持ち帰ることができる量にしてください。」

結局、デパートの従業員が駆けつけてきて、ホテルまで全て運んでくれたが
それさえも当然っていう顔を見せる曜子に圧倒されるだけだった。



6−3 かずさ ホテル 2/23土曜日

どうホテルに戻ったのか曖昧だったが、部屋のドアを開けると急激に
生活感を感じさせる美味しそうな匂いで現実に引き戻される。
雪菜との会話をここでは忘れ、暗い表情を見せないためには
切り替えるしかない。
食欲を刺激するこの匂いは、かずさの助け船になってくれた。

かずさ「なにやってんだよ。
    ドア開けたら、すごい匂ってきたぞ。」

春希がうどんを入れつつ返事をしてくる。

春希「お帰り、かずさ。思ってたより早かったな。
   こんなに早いんなら、待ってればよかったかな。」

曜子「おかえりー、かずさ。
   いつ帰ってくるかわからない人を待つ必要なんてないわ。
   食事は戦争よ。」

春希「大丈夫だからな。あらかじめかずさの分も用意してあるからさ。
   手を洗って来いって。」

かずさ「あたしの分もあるのか?」

春希「当たり前だろ?
   お前がお腹をすかせて帰ってきたら、すぐ食べられるようにしてたさ。」

さも当然だと言わんばかりの顔を見ると、ほっとしてしまう。

かずさ「そっか。じゃあ、手を洗ってくる。」

かずさが手を洗いに行くのを見送ると、曜子は無理して食べていた時の汗をぬぐい、
今食べていた分も春希に受け渡し、コーヒーとケーキを食べる準備を急いだ。
春希は何も言わず、曜子に合わせて素早く用意を手伝うしかなかった。
曜子は、病気のせいで痩せただなんて思われないように
今までどおりに食事量をとるものの、その姿をかずさに見せることなんてできない。
額に汗をかき、苦しい表情で食べる食事なんて、かずさにはみせられなかった。

かずさ「お待たせっと。
    なんだ、母さんはケーキ食べてるのか。
    あたしの分もある?」

曜子「いっぱい用意したから大丈夫よ。
   ケーキの前に、愛しのダーリンお手製のすき焼き食べなさい。」

と、ウインクまで送ってきたが、恥ずかしいあまり

かずさ「うるさい!」

と、素直にうれしさを伝えることができなかった。

母さんが悪いんだ。
素直になるって決めたのに、こんなふうに冷やかされたんじゃ無理だって。

春希「熱いから気をつけろよ。」

かずさ「野菜ばっか入れるなって。肉をもっと入れろって。」

春希「肉もいいけど、野菜もな。」

いつもの受け答えで少しは余裕ができ、

熱いから顔が赤かったとしてもしょうがないよな。
せっかく作ってくれたんだから、お礼を言うのが礼儀だし。

かずさ「ありがとう。」

自分のお皿から見上げるように春希に向かってつぶやいたが
どうにか感謝の気持ちは届いたようだった。

春希「料理もっと、覚えるからさ。
   かずさが肉と同じように美味しいって感じる野菜を使った料理たくさん
   つくれるようになるから、期待しておけよ。」

かずさ「そこは、肉と野菜を使った料理にしてくれよ。」

春希「考えておくよ。」

春希の笑顔がまぶしかった。

春希が食事を用意できる喜びを感じるように、
春希が喜んでくれることをしていきたいな。
あたしに何ができるかな?
まずは、雪菜と。

一瞬苦い顔をしてしまったが、春希も曜子も気がつかなかったようで、
それを忘れるために、一段と大きな声でおかわりを要求した。

かずさ「もいっこ。」






6−4−1 春希 ホテル 2/23土曜日

かずさがすき焼きを食べ終わるのを見計らって、
曜子はタンブラーに入れたコーヒーをかずさを受け渡す。
くすんだシルバーのステンレスタンブラーのだったが
どうみてもこの部屋の高級感とつりあっていない。
年季が入った代物のようで、かずさの私物なのだろうか?

かずさ「なにをじっと見てるんだよ。
    あたしが甘当なのは知ってるだろ?」

いぶかしげな表情を向けてくるので、とっさに受け答える。

春希「いや、それは知ってるけどさ。
   ただ、そのタンブラー使いこんでて、この部屋の備品にしては
   変だなって。
   もしかして、アンティークかなんかか?」

かずさ「アンティークのタンブラーなんてあるんなら見てみたいものだ。」

何を馬鹿なことをいっているという表情をみせるので、
軽くへこんでしまったが、

曜子「それ、かずさの私物よ。」

かずさ「母さん!」

思わぬ声に、かずさは急激に顔を赤くしていく。

春希「え?」

もしかしたらかずさの私物なのかとは思っていたが、
それにしては、かずさの反応が大げさすぎる。

曜子「どうせすぐにわかるんだし、いいじゃない?
   こういうのは最初に伝えておいた方が気が楽よ。
   後になるほど、どつぼにはまるんだから。」

かずさ「そんなことはない。」

顔をそらすかずさに追撃を加える。というか、とどめかもしれないが。

曜子「そうだったから、面倒なことになったんでしょ。」

かずさ「うるさい。」

自分が悪いとわかったのか、消えるような声でしか反撃はできなかった。

春希「けっこう年季が入ってますよね?」

曜子「そうよ。
   もう5年は使ってるんじゃないかしら?
   ねえ?」

曜子は、面白いものが始まるのを期待する目をかずさに向ける。

かずさ「そうだよ。」

春希「もの持ちいいんだな。
   よっぽど大切なものなのか?」

なにか癇に障ったのか、かずさが噛みついてくる。

かずさ「忘れたのか?」

春希「え? 忘れたって?」

かずさとの思い出の品だったのだろうか? 
思いだそうとしても、なにも浮かんでこない。
そうすると、やれやれといったあきれ顔で

かずさ「やっぱり忘れてたのか。」

と、がっくり肩を落とすかずさであった。

曜子「それはひどいわねぇ。春希君。乙女心ってものをわかっちゃいない。」

春希「俺に関係ある品だったんですか?」

曜子「そのタンブラーはね、かずさが長期間家を空けるときは
   必ず持ち歩いていたのよ。
   しかも、ペアとなるもう一つのタンブラーは、今もウィーンの
   かずさの自室の3種の神器として飾られているわ。」

春希「かずさ、ほんとうなのか?」

かずさ「3種の神器はともかくとして、持ち歩いてるのは本当だ。」

曜子「3種の神器も大切じゃない?
   犬のぬいぐるみに、よれよれになった参考書。
   そして、新品同様のタンブラー。」

かずさ「母さんは少し黙ってろよ。」

曜子「はい、はい。」

曜子は邪魔者は退散しますというポーズなのか、ケーキを食べ始めた。

春希「どういうことなのか、教えてくれると助かるよ。
   それと、忘れてしまったことは謝罪させてくれ。」

かずさ「いいって。春希も実際使ったのは、ほんのわずかの間だったし。」

春希「俺も使ったことあったのか?」

かずさ「完全に忘れたみたいだな。
    学園祭の時、うちでギターの特訓した時しただろ。
    そのとき、うちに行く前にコーヒーショップ寄ったんだ。
    それくらいは覚えてるだろ?」

春希「その辺は何となく。」

かずさ「はぁ・・・・。」

かずさのため息を聞くほどに、自分が悪いという気持ちが強まってきていき、
やりきれない気持ちになってしまう。


6−4−2 かずさ コーヒーショップ 5年前

かずさがコーヒーと一緒に買うケーキとドーナツを選んでいると
春希はコーヒーショップオリジナルのマグカップやタンブラーを
物珍しそうに眺めいていた。

かずさ「なにか面白いものでもあったのか?
    ないなら、とっとと注文を済ませるぞ。」

春希「これ見てみろよ。」

春希が見ていたのは、ステンレスでできている保温にすぐれたシルバーの
タンブラーであった。

かずさ「普通のくすんだシルバーのタンブラーにしか見えないが?」

春希「そりゃ、タンブラーだからな。」

なにを馬鹿なことを言ってるんだ?
そんなわかりきったことを聞いてるんじゃない。

春希「そんな人を馬鹿にするような目は、ギターの練習の時
   だけにしてくれよ。」

かずさ「そうさせるのは、お前のせいだ。」

春希「ちゃんと説明するから、せめて聞いてから、馬鹿にしてくれ。」

結局馬鹿にしていいのかよ。

かずさは、ちょっとあきれたような表情をとったが
黙ってるからとっとと話を進めというポーズをとる。

春希「このタンブラーさ、実用性重視の保温に優れたステンレス製ってところが俺に似ていないか?」

かずさ「たしかに、効率ばかり気にして、実用性重視ってところは
    北原に似ているな。」

春希「な! そう思うだろ。」

そんな笑顔を見せるなよ。
つられて笑顔になりそうになったじゃないか。
こいつ、気がついてないよな?

と、変なところを気にしているかずさのことなど気にもせず
春希は説明を続ける。

春希「でも、違う見方をするとさ、このタンブラーも、
   落ち着いたくすんだシルバーなところがかっこよくて
   クールな感じがしないか?」

かずさ「ものはいいようだが、・・・・そうともいえるな。」

かずさが共感したのがうれしかったのか、ますますうれしそうに話をする。

春希「だろ?
   このシンプルでクールなところが、なんか冬馬に似ているなって
   思ったんだよ。
   同じ商品なのに、見方によっては違う印象だけど
   それでも、なんか、・・・・・・似た者同士じゃないけど
   なんか一体感みたいなのがあっていいかなって思ってさ。」

後半、照れが入ったのか声が小さくなってきたが、かずさには
しっかり聞こえ、自分も顔が赤くなってくるのがわかった。

かずさ「それだけか。
    それじゃあ、注文済ませるぞ。」

春希「ちょっと待ってくれよ。・・・・え?」

かずさ「気にいったんだろ?
    ちょうど練習の時に使えるし、買っていって損はないだろ。」

ぶっきらぼうに伝えることで照れを無理やり隠し
うれしい気持ちも隠しつつ、
クールで実用的なタンブラーを二つ購入した。






6−4−3 春希 ホテル 2/23土曜

なるほど! あの時のタンブラーか。
でも、あの時は同じ色のを買ったから、かずさのを間違えて飲もうとして
えらい目にあったよな。

かずさ「その目は、やっと思い出したみたいだな。」

春希「思い出したよ。
   そうだな。大事な品物だな。
   大切な思い出の品を大事にしていてくれて、ありがとう。」

かずさ「そんな、あらたまって礼を言われるようなことじゃあない。」

曜子「素直に感謝の気持ちを受け取っておきなさい。
   そういうところは乙女らしくないんだから。」

やれやれといった表情の曜子を、目で「だ・ま・れ」と静まらせるかずさ。

曜子「わかったわよ。うん、もう。
   でも、ウィーンにあるもう一つのタンブラーは受け取ってもらうんでしょ?」

かずさ「それは・・・・。」

春希「もし、かずさが許してくれるんなら、俺は、そのタンブラーを使いたい。」

かずさ「春希が使ってくれるなら、いいよ。」

春希「今度は同じタンブラーでも、間違いようがないから安心だな。」

かずさのは、使いこんでいるせいもあって、あのときよりも色もよりくすんで
傷もあるし、間違いようがないよな。

かずさ「別に間違えたっていいよ。
    あたしは春希が飲む苦いコーヒーは飲めないけど
    春希があたしのコーヒーを飲む分には問題ない。」

それって、関節キスはしていいっていう許可だよな。
たしかに、それ以上のことをしまくってきたけど、
どうどうと宣言されるのは、気恥かしいな。
しかも、曜子さんがニヤニヤ笑っているし。

春希「脳がつかれて、甘いものを欲した時は
   遠慮せず飲むことにするよ。」

かずさ「口移しだっていいのに。」

聞こえてるぞ。
聞こえないくらい小さな声だけど、しっかりと聞こえてる。
たぶん、曜子さんも聞こえてるはず。
ニヤニヤ度がさらに増してるから、きっと聞こえてる・・・・。

すき焼きを片づけ、かずさがまだプリンを食べているのを
コーヒーを飲みながらくつろいでいると
曜子が話を切り出してきた。

曜子「春希君には了解とったんだけど、春希君、冬馬春希になるから。」

かずさ「え? 何言ってるんだよ。春希は北原だろ。
    もし、なるとしたら、あたしが北原かずさになるのが普通じゃないか。」

曜子「ふつうならね。
   でも、あなたの場合、北原になっても仕事では冬馬を名乗ることに
   なるわよ。」

かずさ「別に、北原でやっていっても問題ないだろ。」

曜子「問題があるから冬馬春希にするのよ。
   冬馬の名前を使わないと、日本はともかくヨーロッパじゃ
   仕事にならないじゃない。
   まったくの無名からやるなんて、馬鹿げてるわ。」

やっぱり何も分かってないという目をする。
そして、こちらの方にもアイコンタクトで、あとはよろしくって、
最後は丸投げかよ。
たしかに、かずさがこだわってるのは、俺のことだろうけど。

春希「かずさもプライベートと仕事で名前を使い分けるのは嫌だろ?
   だったら、冬馬で統一した方がいいと思うんだ。
   俺は北原にこだわりはないしさ。」

かずさ「だけどさ、北原かずさっていいだろ?
    春希も、あたしが北原かずさで演奏してほしいと思わないのか?」

理屈ではわかってるんだろうな。
でも、踏ん切りがつかないというか。
曜子さんじゃないけど、乙女心ってやつなんだろう。

春希「俺は、かずさが演奏して、世界に認められるんなら、
   冬馬でも北原でもいいんだ。
   でも、曜子さんがいうように、北原は無名だし、仕事を取ってくるのさえ
   難しくなる。だったら、名前が知られている冬馬のほうがいいじゃないか。」

かずさ「でもさ。」

やっぱ理屈じゃダメか。
だったら、

春希「俺は、北原かずさも魅力的だと思う。でもさ、冬馬春希も魅力的じゃないか?
   冬馬っていうとクールなイメージがあって、それに俺も冬馬ファミリーの
   一員になれてった思えて、うれしいし。」

かずさ「クールって。そんなの周りが作ったイメージだろ?」

もう一息。

春希「かずさも知ってると思うけど、俺は家族っていうものが希薄で
   いることにはいるけど、ちゃんとした家族はいない。
   だから、冬馬家に入ることで、家族ができるんだなって思えて
   すごくうれしいんだ。
   かずさだけじゃなく、曜子さんもお義母さんになるわけだし
   なんか心が温かくなるんだ。」

かずさ「・・・・・」

かずさの棘が抜けたようで、なにも言ってこないが、もう反論はないみたいだった。
それと、曜子さんもなんかお母さんっていう表情になっていく。

春希「それにさ、冬馬春希だと、冬馬かずさの春希って感じがするだろ。」

曜子「そうよねぇ。春希くんがかずさの所有物って感じが強く出ていて
   あなた好みじゃない?
   なにせ、あたな独占欲強いし。」

春希「曜子さん。」

ほんと最後の最後で横槍を入れてくるんだから。
たしかに、もうかずさの心はしっかり冬馬に傾いているけど
それでも、ここでちゃちゃを入れなくても。
かずさを見ると、わなわなとふるえて、顔を真っ赤にして、
今にも噛みついてきそうだ。
もし噛みつくとしても、曜子さんじゃないのは確かだろうが。

かずさ「冬馬春希でいいよ。
    仕事とプライベートで使い分けるの面倒だし。」

納得はしたけど、余計なひと言で、ちょっと、
いやおもいっきり拗ねたみたいだが、一件落着となりそうだ。
かずさは気まずそうに、照れ隠しにコーヒーを飲み、
この話を打ち切りたそうだったが、

かずさ「あたしは、春希に家族を作ってあげられるのが一番うれしいかもな。」

これが最後だという意思表示か、それだけいうと背をそむけてしまった。
曜子さんは、やれやれという目でかずさを見つめていたが、
やれやれなのは曜子さんに対してだと思っていても、
口に出せずに押しとどめるしかなかった。
これから先、ちょっとやっかいで、だけど、お互いを信じあってる
こんな家族の会話が増えていくんだと思うと
うれしさがこみ上げてきた。





7−1 春希 小木曽家前 2/24日曜

何度も訪れたとこがある雪菜の家。
今までこんなに重苦しい想いでチャイムを押すことはなかったはずだ。
大学で離れていた3年間であっても、こんなにも苦しい想いで
雪菜に向かい合わなければならないことはなかった。
それだけ覚悟がいるっていう証とも思えた。

曜子「いつまでそうしているの?
   さすがに、こればっかりは私一人でってわけにはいかないわよ。」

呼び鈴のボタンに指を置きながらも、押すことができずにいるのを心配して
声をかけてくる。
決して、せかしているわけでも、非難しているわけでもないのはわかる。
ただ、覚悟を確認しているだけ。

春希「わかってます。」

そう伝えるのと同時に、ボタンを押す。
しばらく待つと、家の中からこちらのことを確認したのか
玄関が開かれた。
だが、そこに現れたのは、思いもしない人物で現れた。

武也「春希遅かったなぁ。もう始まってるぞ。」

依緒「ささ。入って、入って。冬馬さんはもう来てるぞ。」

武也「冬馬のお母さんも外は寒いから、早く中にどうぞ。」

重苦しい想いでいた自分たちとは真逆の雰囲気で話す武也と依緒に
二人とも面をくらって、ただただ現状を理解できないでいた。

依緒「武也。テンション高すぎ。
   二人とも、ぼーぜんとしちゃってるじゃない。」

武也「だってさ。雪菜ちゃんと春希の婚約パーティだぜ。
   そりゃ、テンション高くなるでしょ。」

依緒「それもそっか。」

雪菜との婚約パーティー?
そんな予定聞いてない。
そもそも、今日は雪菜の両親と話をするために予定を空けてもらっていたんだし。
そのことは、ご両親だってわかってたはずなのに。
どうなってるんだよ?

状況がわかってきても、判断ができず、唖然とするしかできなかった。
それでも、状況を整理していると、

曜子「かずさ? かずさが来ているの?」

春希「え?」

たしか依緒が「冬馬さんも来ている」って言ってたはず。
さっきは、武也たちの登場で理解できなかったが、かずさが来てるってことか?

依緒「冬馬さん、・・・あ、かずささんも来ていますよ。
   1時間前? それよりもうちょっと前だったかな?
   ねえ、武也。」

武也「そーだな、たぶん1時間半前くらいじゃなかったかな。」

曜子「そう。」

曜子は、そうつぶやくのがやっとだった。

春希「ここにいても、状況がわかりませんし、中に入りましょう。」

曜子にそう告げると、黙って後をついてきたが、
曜子さんがなにを考えているのかは、わからなかった。
そんな春希たちを見ても、武也たちは緊張でもしてるのかと
勘違いしてくれたのだけは助けになった。
状況がわからないままであったが、
ただ、一つ分かったことは、この状況は絶望的だということだけは理解した。

武也「今日の主役の片割れがいらっしゃいましたぁ。」

陽気な声が室内に響く。
部屋にいる一人の人間以外がこちらを注目し、祝いの声をあげる。

朋「おそーい。せっちゃんが一人でさびしがってたよ。
  主役なんだから、もっと早くこなきゃ。」

孝宏「おめでとうございます。しょうもない姉ですが、よろしくお願いします。」

雪菜の父は、何も言ってこないが、祝ってくれてはいるようだ。
雪菜の母も料理やワインを用意し、忙しそうに動いている。
そんな祝いの席にいて、雪菜はうれしそうに微笑んでいるのをみると
心苦しかった。






7−2 かずさ ホテル 2/23土曜 夜

着信履歴をみると、雪菜から電話があったことが表示されている。
もう話したいことは伝えたので、これ以上会う必要もない。
会えば泥沼に、はまっていくのは明らかで、
駆け引きができないかずさであっても、それは理解でした。
それでも、言いたいことだけを言って逃げるように帰ってきたことを、
雪菜への後ろめたさが、かずさに折り返しの電話をかけさせてしまう。

ちょうど春希もお風呂だし、大丈夫だよな。
母さんは別の部屋だし。

発信音が鳴ると、すぐに通話表示に切り替わり、急いで携帯を耳に当てる。

雪菜「電話ありがとう。もう、電話も出てくれないって思ってた。」

かずさ「マナーモードになってて、今着信に気がついたんだよ。」

つい言い訳が出てしまう。
ほんとうは、もっと前に気が付いていた。
マナーモードになってたのは本当だけど、着信には気がついてても
気がつかないふりをしていただけ。
雪菜を遠ざけていたかったことが、かずさを追い詰める。

雪菜「それじゃあ、仕方ないよね。
   でも、かずさは、私を仲間外れになんかしないよね?」

かずさ「ごめん。」

雪菜「いじわる言っちゃって、ごめんなさい。
   私もわかっているの。
   でも、でもね、・・・最後に明日、もう一度だけ会えない?」

必死に訴えてくる雪菜を邪険にはできない。それでも、

かずさ「明日は、春希たちが会いに行くだろ?
    だから無理だよ。
    その後だったら、会うことができると思う。」

雪菜「それじゃ、ダメ。」

かずさ「ダメっていっても、無理なものは無理だよ。」

雪菜「たぶん明日春希君たちが来たら、もうかずさに会うことは
   できなくなると思う。
   お父さんも許してくれないだろうし、私も会う勇気がない。」

かずさ「雪菜。」

雪菜「だからね、明日春希君たちがくる前に会いたいの。」

かずさ「・・・・・・・・」

雪菜「お願い、かずさ。」

もし立場が逆だったらと思うと、雪菜の願いをかなえたいと思ってしまう。

かずさ「わかった。どこに行けばいい?」

雪菜「明日、私は家の外に出ることはできないと思うから
   悪いんだけど、うちに来てくれると助かる。ダメかな?」

かずさ「雪菜のうち? それは、ちょっと。」

雪菜「大丈夫だって。まだ、なにも春希くんたちが話をしていないんだし。
   それに、かずさときちんと別れの話をしたいだけだから
   そんなには時間とらせないから。」

かずさ「わかった。」


このとき、春希にあれほど言われた雪菜のペースに乗せられるなと
何度も言われたことを、きれいさっぱりかずさの頭からは抜け落ちていた。
かずさの雪菜への罪悪感と、春希と曜子に内緒で雪菜と話している後ろめたさが
かずさの平常心をむしばんでいた。







7−3−1 春希 小木曽家 2/24日曜

曜子「かずさ。」

春希にだけ聞こえるような小さい声だったが、その視線をただると
ただ一人、この状況に耐えているかずさを見つけることができた。

かずさ、どうして?
朝、練習に行くって言ってたのに。
どうして、かずさがここにいるんだ。

状況がつかめず、曜子に目を向けると、
曜子の目は暗く、冷たい感情があふれるのを感じられる。
表情だけはその場の雰囲気に合わせてにこやかにしているのが
頼もしくもあり、そしてなによりも、恐怖を覚えた。

春希「かずさ!」

そう声をかけると、やっと春希と曜子が来たことに気がついたのか

かずさ「・・・・・ごめん。」

そう答えただけであったが、助けを求めているのは明らかだった。
 





7−3−2 かずさ 小木曽家 2/24日曜(春希達が到着する前)

もう訪れることはないと思っていた親友の家。
すでに親友とはいえない間柄だけど、それでも懐かしい思いがこみ上げてくる。
雪菜の最後の願いを叶える為に、インターホンを押す。
待ち構えていたのか、すぐに玄関の扉が開き、雪菜が飛び出してくる。

雪菜「時間ちょうどだね。
   さ、中に入って。外は寒いでしょ。」

かずさ「いや、ここでいいよ。寒くないし。」

かずさの返事が気にいらないのか、ちょっとむくれた返事が返ってきた。

雪菜「私が寒いの。それに、家の中じゃないと話せないこともあるでしょ?」

かずさ「わたった。中に入るよ。」

玄関で靴を脱ごうとしたとき、来客でも来ているのか、
玄関のはじに並べられてある靴の多さが気になった。

かずさ「だれか来ているのか?
    それだったら、どこか別の場所でも・・・。」

雪菜「かずさ、こっちこっち。」

かずさ「雪菜・・・?」

リビングのドアを雪菜が開けると、クラッカーの音がはじける。

武也「コンサートおめでとう!
   そして、今さらだけど、コンクールおめでとう!」

依緒「おめでとう、冬馬さん。」

孝宏「おめでとうー!」

朋「冬馬さん、おめでとう。
  そして、雪菜もおめでとう!
  雪菜と北原さんの婚約おめでとう!」

武也「春希のやつは、まだ来てないけど、こうして同好会のメンバーが
   また勢揃いするなんて、部長としては、うれしいかぎりだ。」

依緒「なかなかスケジュールが合わなくて、できなかった春希と雪菜の
   婚約パーティーができて、私もうれしいよ。」

孝宏「学園祭で見た冬馬先輩と、こうして会えるなんて、感激です。
   あとでサインもらえませんか?」

雪菜「こら孝宏。かずさがびっくりしてるじゃない。」

かずさ「雪菜、これって・・・。」

雪菜「なに? かずさ。」

かずさ「いや、なんでもない。」

そうか。
これが雪菜が求めた、あたしへの罰か。

部屋を見渡すと、雪菜の両親もいる。
父親はどこか落ち着かない雰囲気だが、母親の方は料理で忙しいながら
今日という日を喜んでいるようだった。

こんなに楽しそうにしているのに、心から祝福しているのに
これをあたしに壊せっていうのか・・・・。

かずさ「あ・・・あの・・・・。」

言葉が続かない。声が出ない。

武也「どうした冬馬。 緊張してるのか?
   今日は昔のことはなしにして、楽しくやろうぜ。」

かずさ「そうじゃないんだ部長。・・・・そういうことじゃなくて。」

あたしたちの過去を知っていても、それでも仲間に加えようとする部長に、
悲しい顔なんてさせられない。

依緒「そんなところに立ってないで、こっちのソファーに座って冬馬さん。」

雪菜のことを自分のことのように喜んでいる雪菜の友達に、
雪菜が泣き崩れるところを見せることなんかできない。

雪菜「もうちょっとで春希君もくるし、ゆっくりしていってね。」

あたしには、なにも言えない。なにもできない。
やっぱり、雪菜のことは、春希や母さんの言うことを
守らなければならなかったんだ。
あたしが意気込んで行動しても、からまわりして、
結局は、春希や母さんに面倒をかけてしまう。

でもさ、こんなあたしでも、罰だけは受けさせてくれよ。
雪菜が用意した罰を、喜んで受けたいんだ。
それが雪菜が望んだことだから。
あたしが雪菜にしてあげられる最後のことだからさ。

ホテルに戻ったら、いっぱい叱ってくれよ。
何時間でも我慢して聞いててやるからさ。

だから、早く来てよ、春希!
こんな罰って、あんまりだよ、雪菜。









7−3−3 春希 小木曽家 2/24日曜

どうして、かずさがここにいるのかはわからない。
考えてきた段取りも最初から壊滅的といえる。
だから、この場を収集するには、これしかない。
初めから悪者になるつもりだったし、武也たちにも伝えなきゃいけないこと
だったんだから、それが速まって、一緒になっただけって思えば。

一度部屋を見渡し、雪菜の父である晋さんを見つけると、
そちらを向き、両膝をつき、頭を床にこすりつけ、

春希「申し訳ありません。
   雪菜さんとは結婚できません。
   婚約したのに、このような結果になってしまい
   弁解の余地はありません。」

曜子「本当に申し訳ありませんでした。」

隣を見ると、曜子さんも土下座をしていた。
曜子が土下座したことを驚いたというよりは、
やはりかずさの母親なんだなという点を感心してしまった。

かずさ「春希。母さんまで。」

春希「俺は、そこにいる冬馬かずさと結婚します。
   だから、雪菜さんとは結婚できません。
   今日は、そのことを伝えるために来ました。」

晋「どういうことか説明してくれないか?
  今日は、婚約パーティーだと聞かされていたんだが。」

雪菜の母の秋菜も困惑を隠せない。

秋菜「冬馬さんも忙しいなか来てくださるって聞いていて、
   ・・・・・どういうことなのか。」

やはり、なにか情報の行き違いがあったのか?
いや、情報をすり替えられたというべきか。
そんなことができるのは一人しかいない。

春希「雪菜。どういうことか説明してもらえないか?」

かずさを雪菜の家に呼ぶことも、婚約パーティーだといって皆を集めることも
そんなことができる人間なんて、雪菜本人しかいない。
どんな意図があったかは、わからないが。

雪菜「あーぁ。やっぱり春希君はかずさを選んじゃうんだ。
   最後の賭けだったのに。」

晋「雪菜。どういうことか説明しなさい。」

最も困惑している一人であろう雪菜の父が、冷静な言葉で雪菜に
説明を求めた。内心は、驚きと怒りで爆発しそうなはずなのに、それを
表に出さないようにしているのをみると、どうにか平静を保てているようだった。

雪菜「昨日、全部聞いていたの。
   春希君が私と結婚できないって。
   だから、婚約パーティーして、春希君の背中を押したら
   私の元にもどってくるかなって、淡い期待くらい持ったっていいじゃない。」

最後の方は、涙声になっていたが、それでも強い口調で主張する。

春希「昨日って、誰から聞いたんだよ?」

だれからって?
そんなの一人しかいない。
俺や曜子さんが知らないっていうんだから。

雪菜「昨日かずさに会ったの。
   ううん。ずっと会いたいと思って探していた。
   それで、昨日になってやっと居場所が分かって会いに行ったんだ。
   それでね、私・・・・もう気づいていたの。
   春希君の心には私がいないって。
   春希君の心にいるのはかずさだけだって。
   春希君の心には私の残像があって、それが春希君を苦しめているだけだって。
   そんなのわかってた。
   それでも、好きなの。
   大好きなの。
   しょうがないじゃない。」

一気に全てを吐露する迫力に、誰も何も言えなかった。

雪菜「もう帰っていいよ。
   かずさ、ごめんね。
   私、ひどいことしちゃった。
   もう親友だなんて言えないよね。」

かずさ「あたしの方こそ、雪菜を裏切ってるから、
    親友だなんて言ってもらう資格なんてない。」

かずさも雪菜も、言いたいことは言いきったのか、
もう言うべき言葉も吐き出すことも耐えたれないのかはわからないが
これ以上は話すことはないといった顔であった。

晋「春希君。それに、冬馬さん。
  今日のところは、お引き取りください。
  状況も状況ですし、今は話せる状態ではない。」

曜子「わかりました。後日、そちらの都合がよい日で構いません。」

晋「いえ、それはけっこうです。」

曜子「と、いいますと?」

晋「もう、どのような要件かは理解しましたから。
  これ以上会って話しても、傷つけあうだけでしょう。」

曜子「こちらとしては、小木曽さんの方針に従うまでです。」

晋「こちらもここまで素直に譲歩したんです。
  ですから、今後一切うちとは関わらないでください。
  お願いします。」

深々と頭を下げる晋。
一家の長として、家を守る姿勢がよく分かる。
雪菜と春希が一般人であったとしても、
かずさは今最も注目されているピアニストでだ。
そんなかずさともめていると世間に知られてしまっては
小木曽家もマスコミに注目されてしまう。
ましてや、雪菜のルックスもあいまって、
ゴシップの格好のネタにされることは間違いない。
そんな危険を切り離そうとするのは、親として当たり前だ。

曜子「わかりました。
   今後一切、小木曽家とは関係を持ちません。
   もし万が一、報道関係でトラブルになったときは
   全力で対処いたしますので、ご連絡ください。」

晋「それも、けっこうです。
  そのようになっても、うちの問題ですから。」

曜子「わかりました。
   それと、大変申し訳ありませんが、かずさと春希君の結婚は
   正式に発表するまで秘密ということでお願いします。」

晋「冬馬さんとは関わりを持たないといったのですから
  こちらから関わりを作ってしまうようなことはしません。」

曜子「それでけっこうです。
   では、今日はご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした。」

武也や依緒は、なにか言いたそうであったが、場の雰囲気がそれを許さない。
ただ一人、雪菜の弟の孝宏だけが、家族ということもあって
最後に言葉をかけてきた。

孝宏「本当の兄貴同然だと思ってたのに、裏切るのかよ。
   ねえちゃんだけじゃなく、ここにいる全員をうらぎるのかよ!」

晋「孝宏。黙っていなさい。」

春希「ごめん。」

裏切り者。
孝宏君が言ったこの言葉をみんな言いたいってわかってる。
言葉が違っていても、
言いたい内容は裏切りものを糾弾する言葉であることには違いがない。
この一つの意味を訴えるために、たくさんの言葉と
たくさんの時間を使いたいはずだとわかっているけど
晋さんがもうやめてくれというのならば、みんな受け入れるしかない。

俺に出来ることは、下を向き、何も言わなくなったかずさを引き連れて
この場を離れるしかなかった。
それでも、玄関を出て、車に向かおうとすると、武也がやってきた。
いつも俺を気にかけててくれて、雪菜との仲を一番心配してくれたんだから
さっきは気が気じゃなかったろうに。

武也「春希! ちょっとだけいいか?」

春希「先行っててください。かずさを頼みます。」

そう言って、抜け殻のようなかずさを曜子に預け、車のキーを渡す。

曜子「車で待ってるから。」

そういうと、かずさの肩を抱き、車へ向かっていった。

武也「本気なのかって、本気なんだろうけど。」

春希「ごめん。」

武也「ウィーン行くのか?」

春希「おそらく。」

武也「そうだよな。」

春希「でも、日本での活動もあるし、今後どうなるかは未定みたいだ。」

武也「未定か。」

春希「怒らないのか?」

武也「怒ってほしいのか?」

春希「怒ってほしいわけじゃ・・・。」

責められて、楽になりたいだけかもしれない。

武也「怒ってるよ。だけど、それと同じくらい、お前を理解してる。
   お前が冬馬のこと忘れられてないって高校の時からずっとわかってた。」

春希「そんな前からか。」

武也「女に関してはお前より上だからな。お前が雪菜ちゃんと付き合ってる時も
   迷ってるって知ってた。
   それでも、色々あって、復縁したときは、
   自分のことのようにうれしかった。」

春希「ごめん。」

武也「だから、別にいいって。
   たしかに、今回の雪菜ちゃんとのことは、納得もしてないし
   怒ってもいる。
   だけど、それで全て終わりってわけじゃないだろ?」

春希「武也。」

武也「今は、次からどんな顔でお前と顔を合わせればいいかわからねーよ。
   でもさ、半年後、一年後、いつだっていいんだ。
   俺たちの縁は切れてないってことだけは覚えていて欲しい。
   もちろん雪菜ちゃんだってそうさ。
   朋なんかは、縁が残ってたら引きちぎってしまいそうだけどな。」

春希「確かに。」

俺との縁を見つけたら、即座に切ろうとする朋の姿が目に浮かび
二人とも苦笑いするしかない。

武也「だろ?」

何度この笑顔に救われたんだろうか。
武也とこうしてくだらないことを話して、苦笑いをする日がまた来るんだろうか?
そんな日が来ればいいと願わずにはいられない。

武也「だからさ、あまり難しいこと考えるなよ。
   お前はいつも理詰めで判断しちまうところがある。
   友達とかって、理屈じゃないところがあるだろ。」

春希「・・・・・」

武也「まあ、今はいい。」

春希「ありがとう
   ・・・・・・あのさ、武也・・・・・。」

武也「なんだよ。聞きたいことあるんなら、全部ぶちまけていけよ。」

春希「かずさ、どうしてた?」

武也「どうしてたって? お前の方が知ってるんじゃないか?」

春希「そうじゃなくて、俺たちが来る前、かずさ一人でいたんだろ。」

武也「ああ。別に来た時あいさつして、あとは座ってただけだな。
   なにか話しかければ、答えてたけど。」

春希「それだけ?」

武也「そうだよ。だから、こんなことになるなんて思いもしなかった。
   たしかに、冬馬も来づらいだろうなって思ってたから
   多少よそよそしさがあっても、誰も気に留めなかったよ。」

春希「そうか。教えてくれて、ありがとう。」

武也「やっぱ気にするところは雪菜ちゃんじゃなくて、冬馬なんだんな。」

春希「ごめん。」

武也「もういいって。これで、春希の決心がはっきりわかったしさ。」

春希「そうだな。・・・・・そろそろ行くよ。
   あまり待たせるのも。」

武也は、まだ話していたいという顔を見せてはいる。
まだ親友であったと思う人間を手放したくはないが、
それでも、笑顔で春希を見送ろうとする。

武也「そうだな。
   ・・・・いつになるかわからないけど、
   また会おうな、親友。」
 
春希「まだ親友でいてくれるのか?」

武也「そうだよ。お前が絶交するっていっても、俺はしつこいんだ。」

春希「ありがとうな武也。」

武也「後のことは任せろ。」

春希「ああ、頼むよ。」

武也「じゃあ、またな。」

春希「ああ、またな、親友。」

これ以上顔を見せられなかった。
あいつのことだから、気がついてたかもしれないけど、
俺が泣いてるところなんて見せたくない。
たぶん武也以上の親友なんて今後現れることなんてないだろう。
こんなにも俺のことを思ってくれている親友の存在を
次会えるかわからない状況でわかるなんて、
人生ままならない。
それでも、武也の言葉が俺の心を慰めてくれた。






8−1 春希 ホテル 2/24日曜日

ホテルに戻ると、かずさはベッドに入ったきり何も反応しない。
俺も曜子さんも、今日のことはショックがでかかったし、
ましてや一人小木曽家で堪えていたかずさならば
想像以上のショックがあったはず。
だから、かずさをしばらく一人にしておいたが
夕食になっても、夜になっても、反応がないのが心配だった。
寝ているのならば朝までそっとしておくのだが、寝ている様子もないことが
二人にさらなる不安をつのらす。



8−2 春希 ホテル 2/25月曜日

結局、翌朝になってもかずさは起きてこなかった。
そして、一睡もしていなかった。
かずさが寝ていないことを知ってるということは、春希も寝ていないことなのだが。

曜子「少し眠りなさい。
   側についていても、あの様子じゃ。」

春希「大丈夫ですよ。
   それに、どんなときだって、かずさの側にいるって約束しましたから。」

曜子「でも、かずさに引きずられて、あなたまでも倒れたらおしまいよ。
   あの子の側で寄り添っていることだけが、
   あの子の側にいることにはならないわ。」

春希「そうですね。でも、眠くないんですよ。」

曜子「はぁ。・・・・じゃあ、ちょっと相談したいことがあるから
   来てくれる?」

春希「わかりました。」

曜子さんに呼ばれても、かずさのことが気になり続けていたが、
隣の部屋に移った。
ソファに座る曜子さんも、さほど睡眠をとっていないのか疲れが見える。
病気のこともあり、申し訳ない気でいっぱいになる。

春希「申し訳ありませんでした。」

曜子「なんで春希くんがあやまるのよ。」

春希「昨日のとこは、俺がもっとかずさを見ていれば。
   なにかしら、異変に気がついて、かずさが雪菜のうちに行くのを
   防げたかもしれないのに。」

曜子「それは、私も同じよ。
   ここ数年一緒に暮らしていた私でも、かずさが一昨日
   雪菜さんと会ってたなんて気がつかなかったわ。」

春希「・・・・・。」

曜子「思うようにはいかないわね。」

これ以上言ってもしょうがないと判断したのか、相談話を始める。

曜子「相談っていうのはね、かずさのレッスンスタジオを変更しようと思うの。
   さすがにこのまま周りに筒抜けのスタジオを使うのは危険だし。
   美代ちゃんには、昨日のうちに連絡しておいたから
   たぶん今日中には新しいスタジオが見つかるはずよ。」

春希「そうですね。
   かずさも、同じスタジオ使うのはつらいですよね。」

暗に雪菜のことを指すが、直接話した二人でなくても雪菜のことを
口にするのははばかられる。

曜子「あと、スタジオへの送り迎えをお願いね。
   もうコンサートまで時間がないし、できる限り不安要素は排除したいから。」

春希「わかりました。」

ただ、今直面している最大の不安を取り除かなければ、前に進めない。
まだ見ぬ不安よりも、今ある不安を解決できないことにいらだちを覚えた。

そのままかずさを一人きりできなく、交代で様子をうかがっていたが
なにも変化ないまま夕方を迎えた。
春希は、少しでも頭のもやもやを解消しようとシャワーを浴びたが
まったく効果はなかった。

曜子「ちょうどよかった。
   新しいスタジオ見つかったわ。」

コーヒーを飲みに来た曜子さんに出くわす。
コーヒー飲む?って問われ、お願いすると、二人分のコーヒーを用意してくれたが、
春希の分も曜子と同じ数の砂糖を入れようとしたののには、素早く遠慮した。

春希「車を置きやすいところだと助かりますね。
   せめて、近くに駐車場があればいいんですが。」

曜子「その辺は大丈夫。
   スタジオまで車で入っていけるから、ばっちりよ。」

春希「スタジオなんて、使わないからよくわからないのですが、
   駐車場完備のところが多いんですか?
   前のはなかったですよね?」

曜子「どうなのかしらね?
   日本のスタジオ事情に詳しくないし、
   今後のことで知る必要があるんなら、美代ちゃんに相談してみるといいわ。」

春希「いや、そこまでする必要は・・・。」

曜子「それに、このスタジオは春希くんも使ったことがあるわよ。」

びっくりさせようとする子供のような笑顔をしてくるので
自然と防衛反応をおこし、身構えてしまう。

春希「俺なんて、高校の時ちょっと使ったことがあるくらいで。」

高校のとき?
武也に連れられて小さなスタジオに行ったことがあるが、
そこを美代子さんが用意したとは考えられない。
そうなると、俺がもうひとつ使ったことがあるスタジオとなると
思い出が詰まったあの場所しか思いつかない。

曜子「その顔は、わかったみたいね。」

春希「まさか。」

曜子「うちよ。」

結局のところ、初めから冬馬邸の改装は予定されていた。
ただ、スタジオだけは、マスコミ対策もあって、
もしもの場合のために最優先で準備を進めていたのだった。
そもそも、冬馬邸は日本に帰国する前に買い戻す話が進められており、
改装は、最初のかずさのコンサート後の出来事で
急きょ行われることになる。
俺がかずさのコンサートに行かず、雪菜のところに逃げたせいで
最悪のコンサートになってしまい、かずさが行方不明になったのが原因だった。
さんざん探したが、最初からかずさには行くあてもなく、
自分がかつて住んでいた家に窓をやぶって侵入していた。
そして、窓が壊れたまま放置することもできず、
予定よりも早く改装工事が始まったというわけであった。
それが運よく、今の状況にぴったしのスタジオになるとは
あの時は思いもしなかったが。

曜子「まだ改装は終わってないけど、コンサートまで練習する分には
   問題ないはずよ。
   美代ちゃんが、泊りこんで練習できるように準備もしてくれたから
   外に出る必要もなし。
   最高のスタジオでしょ?」

春希「ははは・・・・。」

もう笑うしかない。
どうなってるんだ、冬馬家の財力は。
デパートの買い物やスーツを用意してもらったときに垣間見た支払いなんて
些細なことだってわかってしまう。

曜子「あとは、あの子次第ね。」

扉の向こうのかずさを心配することしかできない。
段々と今できることがなくなっていた。

春希「もう使えるんですか?」

曜子「大丈夫なはずよ。鍵もさっき報告に来た美代ちゃんから預かったから
   今すぐにでも使えるわ。」

春希「・・・・・、あとは、俺に任せてくれませんか?」

曜子「何か作戦でもできた?」

春希「そんなものありませんよ。でも、あの場所だったら、
   不可能を可能にできる気がするんです。」

曜子「そんな大層な家じゃないわよ。」

あの豪邸が大層な家じゃなかったら、他の家は犬小屋じゃないか。
俺も曜子さんもそんな意味で言ったわけじゃないけど、
あそこは、俺たちにとって特別な場所だ。
俺を学園祭でかっこよくギターを弾けるようにしてくれたかずさのように
今度はかずさをコンサートでかっこよくピアノを弾けるようにしてやりたい。

曜子「なんか自信がありそうね。」

春希「そんな大層な自信じゃないですよ。
   でも、大丈夫です。」

曜子「それなら、明日から泊まり込む?」

春希「いえ。今から行きます。」

曜子「ふふ。そっか。じゃあ、私の出番もひとまず終了かな。
   私は今夜から入院してコンサートまで体調を整えておくから。
   なにかあったら美代ちゃんに連絡して。」

春希「はい!」

自分の荷物は少なかったので、かずさの荷物を二人でまとめ、
車に積み込んだ。
ここまではスムーズに事が進むが、最大の問題が一つ残る。

春希「さて、どうしましょうか?」

曜子「どうしましょうか?って、強硬手段しかないんじゃない?」

春希「ですよねぇ。」

あらかじめわかっていたことであるが、気が進まない。
かずさを連れ出すこと自体は賛成なのだが、
ホテルから車まで連れて行く方法が気が進まないのだ。
できれば、やりたくない。
あとでかずさに何を言われるか予想できるし、
2度とこのホテルに戻ってこれなくなる気もする。
それでも、

曜子「さあ、男の子でしょ。
   こういうときは、びしっと決めなさい。」

ただ一人、曜子さんだけは、すごく乗り気であった。
見た目でも、ワクワクしていて、テンションが高いのがよくわかる。

春希「はあぁ、ちゃんとサポートしてくださいよ。」

曜子「はぁーい。」

なんとも楽しそうな声なので、調子が狂いそうになるが、
覚悟を決め、ベッドルームのドアをそっと開け、中に入っていった。

春希「かずさ?」

念のために声をかけてみるが反応はない。
仕方ないな。

春希「ごめん、かずさ。」

勢いよく布団を引き離し、そして、
強引にかずさの足と背中に腕を差しこみ抱え上げた。
一瞬の出来事であったので、なにも抵抗はなかった。
幸運にも、といっても、昨日着ていた服を着たままだったので
このまま運んでも支障がない。

曜子「さ、行くわよ。」

春希「はい。」

と、前に進もうとしたが、

かずさ「なにが「はい」だ。
    どこに誘拐するつもりだ、この変態。」

どうやら抵抗する気力はあるらしい。

春希「誘拐もなにも、曜子さんの許可をもらってるから、誘拐ではない。」

かずさ「親と共謀して誘拐だなんて、何を考えている。」

曜子「誘拐だなんて。あぁ、でも、
   ウィーンにいたころは、いつも春希君が迎えに来て、
   強引に連れ去ってほしいって思ってたじゃない?
   お姫様だっこで連れ去ってもらって、
   ようやく念願がかなってよかったんじゃない?」

かずさ「だれもそんなこと言ってない!」

春希「あんま暴れるなって。落として怪我でもさせたらどうする。」

かずさ「だったら、さっさとおろせ。」

曜子「うちの子をキズものにしたら、しっかり責任とってもらうからねぇ。
   でもでも、キズものにならなくても、しっかり責任とってもらう予定だけど。」

ニヤニヤと、楽しむのだけはやめてください。
こっちは抱えているだけでも大変なのに。

かずさ「うるさい!」

曜子「もう春希君、ちゃっちゃと運んじゃいなさい。」

といい、一人先へ進んでしまうので、黙って後を追うしかなかった。
幸運にもエレベーターに乗るまでは誰にも会わなかったのだが
それも一時の幸運でしかなく、途中一人の中年男性がエレベーターに乗り込んだ。
そして、3人の賑やかな一行と、それを気まずそうに眼をそらす一人を見て
5人の乗客予定者がエレベーターに乗るのを見送った。
一階ロビーに着くと、中年男性は素早くその場を立ち去って行くのを見て
すまない気持ちでいっぱいだった。
だが、そんな気持ちも最大の難関を前に消え去っていく。

曜子「なにしてるの? 早く行くわよ。」

先をせかすが、どうしても足が進まない。
人が多いロビーを突っ切って、車まで行くなんて考えると、
さっきまでの恥ずかしさがどうしようもなく大したことではないと思えてしまう。
俺の考えと緊張を感じ取ったのか、かずさももう暴れようとはしなかった。

ええい、ままよ!

恥を捨て、前に進むしかなかった。
ホテルの客は物珍しそうに眺めている。
従業員は教育がしっかり行われてはいるみたいだが、それでも目だけは追っている。
つまり、この場にいるすべての人間が注目しているといってもよかった。
もう何人みているとか、笑っているとかを考えると
頭がおかしくなりそうだったので、思考を止めるしかない。
ただまっすぐ車に向かって行った。

かずさ「もっと早く歩けないのか。」

耳元で囁いてくる。

春希「だったら、ここで降りて、自分で歩けよ。
   その方が、よっぽど早い。」

かずさ「いやだよ、そんなの。
    ここで降りたほうが、注目されるだろ?」

春希「それでも、降りたほうが早く注目から解放されるだろ。」

かずさ「あたしを誘拐したんなら、最後まで面倒みろ。」

そう言うとかずさは、顔を俺にうずめ、顔を隠す。

この卑怯者。
自分だけ顔を隠しやがって。

そんなピエロ状態の中、悠然と歩く曜子さんはさすがだと思えた。
ま、あの迫力のおかげで、誰も近づいてこないから感謝しないといけないが。

曜子「さ、早く乗って。」

用意しておいて車のドアを、こちらに気がついたドアマンが開けてくれる。

春希「頭ぶつけるなよ。」

かずさは、もう諦めたのか、素直に従って車に乗り込んでくれたのは助かった。
ロビーでの試練を経験した二人としては、
このホテルには二度と来たくないと思わずにはいられなく、
もし何事もなく再び来られるのは、
ただ一人、悠然と歩いていた曜子さんぐらいしかいない。
しかし、また俺たちも何事もなかったかのように強引にホテルに連れてこられ、
この小さな願いも打ち砕かれるんだろうなと思い、落胆するしかなかった。






8−3 春希 車内 2/25月曜日

車に乗り込むと、かずさは何も言わず黙り込んでいた。
それでも、冬馬邸までは、比較的近い距離であったために
かずさもどこに向かっているか、分かってきたようだ。

それにしても曜子さん、よくホテルに一人で残ったよな。
あんなに注目されている中、一人だけ残されたら
注目の視線が全て一人に集まるようなものだろうに。
しかも、あの冬馬曜子なんだから、顔も知られているだろし。
明日の新聞に載らないことだけを祈るしかないな。
俺はともかく、かずさは顔を隠していたし大丈夫だよな?
ああ、でも、もし俺があの場に残されるんだったら
たぶん立ち直れないだろうな。

かずさ「なにニヤニヤしている。気持ち悪い。」

どいやら、曜子さんのことを考えていたら、顔に出てしまったようだ。

春希「いや、悪い。
   ホテルのエントランスに残された曜子さんを思うと
   あの後どうなったのかなって考えてさ。
   そしたら、ちょっと笑えてきて。」

かずさ「それは、愉快だな。当然の報いだ。」

と、俺につられてかずさも笑みを浮かべる。
そのことが、なによりもうれしく思える。
ずっとふさぎこんでいたかずさが、元気になれるんなら、またピエロにだって
なってやるって思えた。

かずさ「どこに向かってるんだ?」

春希「この辺は、お前の方が詳しいんじゃないか?」

かずさ「まさかと思うが、うちに向かってるんじゃないだろうな。」

春希「そのまさかだよ。」

かずさ「なんで?」

春希「なんでって、これからコンサートまで、冬馬邸で合宿に決まってるだろ。」

かずさ「聞いてない。」

春希「そりゃ、俺もさっき冬馬邸が使えるって聞かされたばかりだし、
   なによりもお前、ずっとベットから出てこなかっただろ。」

かずさ「そりゃ、仕方ないじゃないか。」

春希「ごめん。いつも一緒にいるって言っておきながら
   大切な時に一人にして。」

かずさ「いや、あれは、あたしが勝手にやったことだから。
    あたしの方こそ、黙って雪菜に会ってて、ごめん。」

春希「それでも、力になれなかったことが悔しいんだ。」

かずさ「それは言いっこなしだ。
    それに、覚悟してたんだ。
    どんな目にあっても、それは自分が悪いんだって。
    それでも、覚悟していても、・・・・・やっぱつらいものだな。」

明るくなってきた空気も沈み、一転重苦しい雰囲気に様変りする。

春希「そうだな。」

これ以上言葉が出てくることはなかった。
開桜社をやめると告げた時の浜田さんの顔。
昨日久しぶりに会った雪菜の顔。
さんざん心配させてきた親友であった武也の顔。
雪菜のご両親の顔。
孝宏君、依緒、朋、そして、開桜社でお世話になった人たち。
たくさんの人を傷つけ、これからまだ傷つけないといけないことを
覚悟してきたのに、それでも、・・・つらい。
覚悟してきたから、これくらいですんでいるけど、
曜子さんの病気のことをコンサート後、かずさに伝えたら、
どうなってしまうんだ?
それは、今考えるべきことじゃない。
いや、今考えだしてしまうと、暗闇から向け出せなくなる。だから、
頭の隅に追いやることで、今目の前の問題に集中するふりを続けるしかなかった。







8−4 春希 冬馬邸 2/25月曜日

家に着くと、なにも示し合わせたわけではないのに地下スタジオに足が進む。

かずさ「美代子さんも、このピアノを用意するだけでも大変だっただろうに。」

かずさはピアノが気になるのか、ピアノに触れる。
軽く弾いてみるのかと思ったが、ただ指を置くだけで
そこで止まってしまっていた。

5年前に来た時は、雑然と高級そうな機材が並べられていたが、
今はピアノが一つあるだけだった。
この部屋も改装されているかもしれないが、
自分には違いがわからなかった。
玄関から直接ここへきたが、どこが改装済みで、どこが改装前なのかが
全く分からないところをみると、痛んだところがあれば直すというスタンス
なのだろか。
それでも、このスタジオを使えるようにしてくれた曜子さんと美代子さんに
感謝せずにはいられなかった。

春希「ピアノ以外なにもないな。」

かずさ「この前来た時は、なにもなくて、なんかさびしく思えたな。」

先日のコンサート後の失踪のことをさしているのはすぐにわかった。
あのとき自分もこの家にきていたが、真っ暗だったし、家の様子を
気にする余裕もなかったので、なんとも言えない。
でも、あの寒い中、何もないこの広い家で一人堪えていたかずさを
思うと、自分のふがいなさを責めずにはいられなくなった。

かずさ「そんな顔するなって。」

春希「ごめん。」

これ以上春希を心配させないためか、すかさず話を切り替えてくる。

かずさ「さてと、他の部屋も見ておくか。
    あと、着替えとか食糧はあるのかな?
    できれば、シャワー浴びたいんだけど。」

春希「たぶんシャワーも使えるはず。曜子さんがコンサートまで
   ここで寝泊まりできるようにしてあるっていってたしさ。
   必要なものがあれば、あとで買ってくる。
   かずさがシャワー浴びてるとき調べておくから。」

かずさ「その辺はまかせるよ。
    それにしても、完全にあたしを外に出さない気だな。」

春希「それは・・・・。」

かずさ「わかってるって。」

そう言い残すと、他の部屋を確認しにいった。
一通り部屋を確認したところ、一階はリビング、キッチン、バス、トイレ
と、きれいに掃除はされているが、まだ改装はされていないと
かずさが教えてくれた。
長年住んでいたこともあり、その辺の違いはわかるらしい。
どうやら、改装はまだ行われなく、とりあえず使えるようにしただけみたいだ。
なお、先日かずさが侵入したさいに壊した窓は、
しっかりと取り換えられてあった。
他に気が付いた点といえば、
新品の大型冷蔵庫には、めいっぱいの食糧が詰め込まれており、また、
ミネラルウォーターの段ボールやお菓子類がたくさん詰められた段ボールが
キッチンの隅に並べられている。
さすが美代子さんというべきか、お菓子類をたくさん用意しているところは
冬馬親子の嗜好をよく理解しているといえた。
ほかにも、生活必需品がリビングに積まれている。

ここまでそろえてあると、なにも買いに行く必要はなさそうだな。
もしかしたら、曜子さんは、かずさだけじゃなくって
俺も外に出したくないのかもしれない。
俺の心の揺れが直接かずさにも伝わってしまうから。

かずさ「どうだ? なにか足りなそうなものとかあったか?」

シャワーを浴びたかずさがリビングにやってきたのはいいが
その姿に目をそらすしかなかった。

春希「服を着ろ。服を。そんなかっこうをしていたらコンサート前に
   風邪をひくだろ。」

かずさ「髪を乾かさないと服がぬれるだろ?」

さも当然のことだろという顔をみせる。
そして、もちろん両手には、
俺に髪を乾かしてもらうためのドライヤーとブラシが握られていた。
バスタオルを巻いているとはいえ、直視できる状態ではない。
今までさんざんかずさの裸を見てきてはいるが、
こうもオープンな態度を取られると、恥ずかしさが噴き出してくる。

春希「ああ、もう! ちょっと待ってろ。
   エアコンの温度あげてくるから。」

ホテルから連れ出すまでとは違い、
かずさのペースでいられることが心地よかった。
もしかしたら、というか、自分でもうすうす気が付いているのだが
かずさに振り回されることに喜びを覚えてしまうらしい。

かずさが風邪をひかないよう素早く髪を乾かしていると

かずさ「お腹すいたな。なにか食べるものない?」

春希「そりゃあるけど、丸一日食べてないからな。
   髪乾かしてから用意するよ。」
   
かずさ「また鍋? 鍋でもかまわないけど、野菜は少なめにしろよ。」

春希「さすがにこれからもずっと鍋だけってわけにはいかないから
   他の料理も覚えないとな。」

いつもの調子に戻ってきたと思えても、
会話がなかなか弾まない。
俺も何を話していいか、そして、なにがダメなのかの判断が
つかないこともあり、積極的に話すことができない。
かずさもホテルでふさぎこんでいたこともあり、どう話していいか
戸惑っているようだった。

かずさ「あのさ。・・・・・あたしがピアノの練習再開できるか
    聞きたいんだろ?」

今一番聞きたいことを切り出してくれたことは助かるが
それと同時に、かずさもそのことを一番気にしているということかもしれない。

春希「大丈夫なのか?」

かずさ「ほんとうは、朝になったらベッドから出ようと思っていたんだ。
    それなのに・・・。」

春希「・・・・・・・・・。」

かずさ「それなのに、お前たちときたら、寝ずにあたしを監視してただろ。
    そんなことされたら、ベッドから出たくても、出にくい。」

腕を組み、当然の結果だと主張してきた。
たしかに、あんな対応されたら、出るに出られないかもしれない。
そう考えると、苦笑いしかできなかった。

春希「それじゃあ、ピアノ弾けるんだな?」

かずさ「それがさ。・・・・さっき弾こうとしたんだけど
    弾けなかった。」

やはり、さっきかずさがピアノに触れるだけで音を鳴らさなかったのは
ピアノを弾ける状態ではないってことを意味していた。

春希「やっぱ昨日のことが、つらいか?」

かずさ「雪菜のつらさに比べれば、大したことじゃないってわかってるんだ。
    それに、どんな罰だって受け入れるって覚悟もしていた。
    だけど、覚悟していても、頭で理解していても
    うまくいかないものなんだな。」

春希は、どうかずさを導けばいいかわからなかった。
何を言っても、今のかずさの気持ちを理解しきることはできそうにない。
だったら、自分に何ができるだろうか。

春希「俺さ。お前がウィーン行ってからの3年間は、
   詰め込めるだけ大学の講義とって、空き時間はバイトして
   何も考える力が残らないようにして、かずさを封印しようとした。」

もちろんかずさは、春希と離れていた5年間の春希を知りたかったが、
それが今なにを意味することなのかわからず、
黙って聞いているしかなかった。

春希「次の2年間は、雪菜と付き合って、かずさを胸の奥に押し込んだ。
   それでも、ちょっとした隙があると、お前のことを思い出してしまうんだ。
   雪菜とセックスしているときでさえ、お前の顔がよぎることさえあった。」

春希の最低すぎる告白さえも、かずさには心地よかった。
そして、少しずつだが、春希が何を言いたいのか分かってくる。
雪菜に対し、最低な行為をしてきたこと。
それでも、好きな人を忘れることができなかったこと。

春希「どんなにかずさのことを忘れようとしても、俺には無理なんだ。
   それで、俺は苦しむ。
   そしてそのことで、自然と俺が周りの人を傷つけてしまう。
   だったら、俺の側にかずさを置いておくしかないだろ。」

そして、その大好きな人を手に入れるためには、自分の周りの人間を
傷つけなければならないことを告げたかったのかもしれない。

かずさ「・・・ふふっ。ははは。」

春希「何笑ってるんだよ」

かずさ「いやさぁ・・・ふふっ。・・・ん。ごめん、ごめん。」

かずさの突然の変化に、春希はついていけない。

春希「だからなんなんだよ・・・・。」

かずさ「うん。それって、あたしの呪いのせいだ。」

春希「呪いって、ウィーンで魔術師でも雇ってたのかよ。」

かずさ「そんなことはしてないって。
    あたしにしかできない、最高の呪いがあるんだ。」

春希「お前が?」

かずさ「そっ。一日十時間かけて呪いをかけてやったのさ。
    ピアノを使って、毎日毎日春希に話しかけてやったんだ。
    遠いウィーンから日本に向けて。
    こんな執念深いあたしが毎日やってたんだ。
    春希があたしのことを忘れることなんて、
    できやしないんだよ。」

春希「それは、最高の呪いだな。」

かずさ「だろ? 重いだろあたし。」

いつの間にか重い空気がなくなり、
いつものふたりの空気に戻ってゆく。
二人は、そのことに気がつかず、笑っている。
そして、二人の心が重なり合う。

春希「ああ。でも、お前の呪いは俺にしか効果ないぞ。」

かずさ「当たり前だ。」

春希「それじゃあ、呪いをかけた責任とって貰おうか。」

かずさ「それは・・・。」

春希「それは?」

かずさ「これから、ゆっくり考えるよ。
    まだまだ死ぬまでは、時間がたっぷりあるだろ?
    春希が死ぬまでに、なにができるか考えておくよ。」

春希「なんだよそれ?」

かずさ「いいだろ別に。一生あたしの側にいるんだから
    今すぐ決めなくてもいいだろ。」

少し恥ずかしさがあるのか、視線をそらす。

春希「そうだな。
   俺たちには、時間があるか。」

かずさ「そうだ。
    さて、とっとと食事をすませて、練習再開するぞ。」

どうにかかずさがピアノを弾けそうになったので、一安心といったところか。
でも、かずさの言葉がひっかかる。
かずさと俺には時間がある。
でも、時間がない人はどうすればいいんだ?







9−1 春希 コンサート会場 2/29金曜日

結局俺たちは、コンサートのリハーサル直前まで冬馬邸から一歩も外に
出ることはなった。
様子を見に来た美代子さんのおかげで、
かずさリクエストの大量のケーキやプリンの差し入れが手に入ったことも一因である。
そして、なによりも二人だけの空間が心地よく
この世界から抜けだしたくないというのもあったが、
この世界に依存してはいけないことは、一度逃げ出した二人にはよくわかっていた。
これは誰にも言うことはできないことだが、とくに曜子さんには秘密にしないと
なにを言われるかわからないことだが、かずさの春希に対して
オープンすぎる行動がますます加速していた。
最初は、髪を乾かしたり、とかしたりする程度だと思っていたのだが、あまかった。
入浴後は、バスタオルさえ巻かず裸でいる。
まあ、かずさの髪を洗ったり、体を洗ったりしなくてはならなくなったので、
どこで裸でいようとも、それが当然と思うようにもなってしまっていた。
もちろん最初は拒んだが、すねるかずさを見ていると拒否することもできない。
そうやって、ひとつひとつ言い訳を作るにつれて、言い訳するのさえ面倒になり、
かずさの言われるままに尽くすことになってしまった。
数日前、二人で逃げ出した時もただれた肉欲の日々を送っていたが、
それ以上に刺激的で健全な日々を送っていたと、今なら思える。

曜子「リハーサルを聴いたところでは、調子もよさそうだし、
   今日は大丈夫そうね。」

数日ぶりに会った曜子さんは、入院して体調を整えていたかいもあって
顔色もよさそうである。
ただ、差し入れでプリンを持ってきてくれたが、
曜子さんは一つも食べなかった。

かずさ「きっとうまくいくさ。かあさんが認めてくれる演奏をするから
    安心して聴いててほしい。」

春希「大丈夫ですよ。さすがに練習時間は少なかったですが
   その分密度が濃い練習ができていたと思います。」

曜子「春希君と二人っきりの共同作業だったものね。」

と、冷やかしてくるが、

かずさ「そうだよ。春希がいたおかげで、思っていた以上のできになった。」

と、冷やかされても簡単にかわせすくらいになっていた。
なにせ、このぐらいの冷やかし程度ではびくともしない甘い生活を
送っていたと確信できる。
そのくらい俺たちの心は通じ合っていると思っていた。

曜子「そっか。」

かずさの様子をみて安心したのか、曜子は多くは語らなかった。

曜子「そろそろ戻るわね。春希君はどうする?」

春希「俺も、もう少ししたら客席に戻ります。」

曜子「楽しみにしてるわ。しっかりね。」

かずさ「まかせておけって。」

そして、コンサートは、大成功で幕を閉じた。

もしかしたら、雪菜がかずさの演奏を聴きに来ているかもしれない、
武也がこっそり会場に紛れ込んでるかもしれないと考えもしたが
俺たちは一切探してみようとしなかった。
かずさが客席にいる俺たちの方を見たとき、曜子が隣の席に座ってる主治医の
高柳先生が寝てしまったのを起こすのを見て怪訝そうな顔をしたが、
どうやら曜子の日本にいるボーイフレンドの一人か旧友の一人くらいに
思ってくれたらしい。
近いうちに曜子の病気のことをかずさに話さなければならないが
今はかずさの成功を祝っていたかった。






9−2 かずさ コンサート会場・楽屋 2/29金曜日

大量の祝いの花が飾られているが、それ以上にかずさは輝いていた。
満足のいく出来と、観客の興奮がまだかずさの中に残っていて
テンションが高いままであるのも自分でもわかった。
春希たちが楽屋に駆けつけてきても、扉が開き、春希たちだと分かると
感想を聞かずにはいられない。

かずさ「どうだった? 今までも最高の出来だと思う。
    まだ何時間も弾いていたいくらいだ。」

曜子「短い準備期間で、これだけの演奏ができるなんて、それくらい当然だと
   思っていたわ。さすが、私の自慢の娘ね。」

かずさ「なんだよ。自分自慢じゃないか。」

曜子「素直に誉めてるわよ。
   春希くんも御苦労さま。」

春希「俺はなにも。がんばったのは、かずさですから。」

曜子「ううん、そんなことない。あの子の演奏を聴いていたらよくわかるわ。
   あなたのことを心底信じて、二人でどんな困難でも突き進もうって
   いうのが伝わってきたから。」

春希「・・・・・。」

かずさ「母さん。」

曜子「これで、後のことは任せられるかな。」

かずさ「引退? 今日の演奏聴いたからって、まだ早いだろ。
    母さんには、まだあたしの目標として活躍してもらわないと。」

曜子「そうできれば、・・・・よかったんだけど。」

急激に曜子の顔色が悪くなっていく。
かずさの演奏を聴いて安心したのか、それとも、最後の力を絞って会場に
来たのかはわからない。しかし、張りつめていたものがぷっつりきれ
崩れるように曜子は床に倒れていった。

かずさ「母さん? 母さん、どうしたんだよ?」

急に倒れた曜子を見て、かずさの表情が一転する。そして、なにが起こっているのが
理解できないでいる。

春希「美代子さん、高柳先生を。廊下にいますから。」

春希と美代子が素早く対応し、曜子を介抱していく。

なにが起こってるんだよ。
なんだよ春希。なんで、そんなに落ち着いてられるんだよ。
高柳先生?
医者がなんでいるんだ?

なにもできないでいると、高柳先生がやってきて、曜子の様態を調べていく。
美代子は戻ってこないで、車の手配にいっていた。

あ、・・・母さんの隣にいたあの男が医者だったのか。
なんだよ、この医者。春希の事知っているみたいじゃないか。
春希も、母さんがなにか病気だったって、知っていたのか?
わからない。
わからないけど、あたしにだけ知らされてなかったんだ。

かずさ「春希。どういうことなんだ?」

春希も一瞬かずさの冷たい声に、聞き違いかと思い反応できないでいた。

春希「それは・・・。」

かずさ「何か言えよ春希! 黙ってたら、わからないだろ。」

春希「・・・・・・・。」

目をそらすなよ春希。
そうやって黙るほど、母さんの様態が悪いって思っちゃうじゃないか。

高柳「おかあさん、大丈夫だから。ちょっと疲れて倒れただけだから。」

気休め程度の言葉では、落ち着くことはできない。

かずさ「でも! あんな風に倒れるなんて。どこが悪いんだよ。」

曜子「ちょっとうるさいわよ。そんな大声出さなくても聞こえるわ。」

意識は戻ったが、顔色は悪いままだった。それでも、なんとか話そうとする。

曜子「また、やっちゃったか。」

かずさ「かあさん。かあさん。」

曜子「だから、あなたを一人にできないのよ」

高柳を押しのけ、曜子にすがりつこうとするが、
高柳もそれをとがめることはしない。

かずさ「どうしたんだよ。これからまだ教えてもらうことだってたくさんあるのに。
    コンサートの共演だってまだしてない。」

かずさは、曜子の様態が非常に悪いことをその場の雰囲気から、
春希たちの様子から感じ取っていた。

曜子「まだ、死なないわ。
   ただ、ちょっと頑張りすぎて疲れただけよ。」

かずさ「かあさん。」

あとは泣くしかできなかった。

美代子「車の準備できました。いつでも行けます。」

春希「高柳先生お願いします。」

少しでも早く病院へ行こうと準備を進めるが、

曜子「ダメよ。今は行けないわ。」

かずさ「どうして?」

曜子「今出ていくとマスコミに捕まってしまうじゃない。
   春希くんを引き抜くときに、私の病気の独占インタビューを取引につかったの。
   その雑誌が発売されるのが今度の木曜。
   だから、それまでは隠さないと。」

かずさ「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

曜子「そうであってもよ。」

春希「俺たちがマスコミを引きつけます。」

かずさ「春希?」

曜子「任せてもいい?」

春希「任せてください。
   そのためには、かずさの協力がいる。」

春希がちょっとした作戦を提案した。
といっても、予定通りあたしがインタビューを受けるだけだ。
それでも、マスコミの目は、今日の主役に向けられるはず。
母さんも美代子さんも、他の案が思い付かないようで、
確実そうなのはこれしかないという顔だった。
ただ一人を除いて。

かずさ「無理だよ。そんなの無理だって!
    会見中、泣きだすかもしれない。
    今だって自分が何を言ってるかさえわかったものじゃない。」

春希「俺もかずさと一緒に会見にでるから。
   かずさがインタビュー受けているとき、ずっと隣にいるからさ。
   もうちょっとだけ、がんばってくれよ。」

かずさ「春希。・・・途中で泣きだすかもしれないぞ。」

春希「コンサートで感情が高まってしまったって、フォローするさ。」

なんだよそれ。

かずさ「わけがわからないこと、口走るかもしれない。」

春希「興奮状態だって言ってやるよ」

それがフォローのつもりかよ。

かずさ「緊張に耐えきれなくなって、お前に抱きつくかもしれない。」

春希「婚約したって言ってやる。」

それは、まあ許してやる。

かずさ「はるきぃ・・・・。」

春希「二人ならうまく切り抜けられる。」

かずさ「わかった。いくよ。・・・でも、何があっても責任取れないからな。」

春希があたしをリラックスさせるために軽口をたたいのがよくわかった。
それだけ、あたしが切羽詰まった顔をしていたんだろう。
そんなあたしのリラックスさせてくれる春希は、
やっぱりあたしのかけがえのない存在だと再認識できた。

二人が会見場に行くと、ちょっとざわついた。
あたしが母さんと来るものだと、皆が思ってたはず。
皆突然あたしと一緒に現れた若い男性に興味を覚えていた。
冬馬曜子オフィスには、曜子とかずさのほかには美代子しかいなかったので
ここで今まで現れなかった若い男性が出てくれば、驚きもする。
よく見ると、春希の同業者で春希の事を知ってたものもいたようで、
どう反応すれば分からないといった感じで、微妙な顔を見せる者も数人いた。
だからといって、春希について質問する者はいなかった。
それだけかずさの演奏がすばらしく、そちらの方に関心が向かっていたのが幸いした。

会見が始まってしまえば、かずさの心配をよそに、
スムーズにインタビューを終えることができた。
途中何度か春希のフォローがあったが、これといって問題もなかった。
かずさたちが婚約したなんて爆弾発言も必要なかった。

会見終了後、婚約発言がなかったことに、春希に文句を言ってやって
けりを一発くわえたが、そんな雰囲気もすぐに消え去り、
かあさんの様態が気になった。







9−2 春希 冬馬邸 2/29金曜日

車で病院に向かっている最中、かずさは一言もしゃべらなかった。
色々と聞きたいことがあっただろうが、曜子の様態を確認するほうを
優先したのかもしれない。
病院についてみると、薬のせいか曜子は眠っていた。
苦しそうな表情をしてないのを見て、かずさも少しはほっとした様子だったが、
高柳先生が別室で病状を説明すると切り出されると一転
堅い表情に戻ってしまう。
思いのほかかずさは冷静に話を聞いてい、こっちのほうが驚いてしまう。
もっと取りみだして、大騒ぎになるかと思っていたが、
こうも静かに話を聞いている姿を見るを、返って不気味に思えてくる。
高柳先生の話では、今日倒れたのは、精神的疲労が体に負担をかけていた
ということであった。
入院後も、かずさのことを心配していて、気を休めることができなかったらしい。
高柳にさえそういう姿を見せることもなく、高柳が気が安めなかったことを
聞いたのも、コンサート会場についてからだという。
その話を聞いて、さすが曜子さんだなという思いもあったが、それ以上に
のんきにかずさと合宿をしていたことが申し訳なかった。
そして、俺たちは、今日はもう帰った方がいいと勧められ、
冬馬邸に戻ってきた。

かずさ「春希は、最初から全部知ってたのか?」

非難するわけでもなく、事実確認といった口調がかえってつらい。
かずさが怒って、泣き叫んだほうがよっぽど俺は救われたかもしれない。
そんな自分勝手なことを考えてしまう自分が憎かった。

春希「かずさが練習を再開したとき、ホテルで曜子さんから病気のことを聞いた。」

かずさ「そっか。」

春希「曜子さんも俺に話すことをとても迷っているようだった。
   それでもかずさを支えてほしいから、全て教えてもらった。
   ・・・・・でも、かずさにもコンサートが終わったら話す予定だったんだ。
   コンサートが終わるまでは、かずさにはコンサートに集中して
   もらいたかったんだ。俺もそれには賛成した。」

かずさ「わかってるよ。
    あたしが母さんの病気のことを聞いてたら、ピアノなんて弾けなかった。
    だから、母さんの判断は正しかったんだよ。
    ・・・・・・・でもさ、・・・・・でもさ、春希。」

泣いて、俺に抱きしめて欲しいはずなのに、それをすう自分を許せないのか
かずさは自分を自分を抱きしめ、涙を流しているのを気にせず話を続ける。

かずさ「こんなのって、あんまりだよ。
    母さんのことを何もわかってなかった。
    どんな思いで日本に来たなんて、少しも考えもしなかった。
    考えたのは、自分の事。春希の事。それだけだ。
    母さんがどれほどコンサートを期待していたかなんて
    わかっちゃいなかった。最初のコンサートの後、どれほどかあさんを
    落胆させてたなんて、わかっちゃいなかったんだ!」

自分自身を責める独白を聞くのがこんなにもつらいものなんて
今まで知らない。
こんなにも悲痛なかずさを見ていられなかった。

春希「もうやめろって。」

かずさ「いや、やめない。
    もう死ぬんだぞ。母さんいなくなるんだぞ。
    ・・・・そっか。だから、日本に戻ってこようとしたのか。
    だから、日本でコンサートしようと考えたのか。
    ヨーロッパじゃ、冬馬曜子の看板がなければ、あたしなんか
    やってけないよな。
    日本だったら、この前のマスコミの騒ぎようを見れば
    今回だってうまく利用して、そして、母さんの無念を晴らす
    悲劇のピアニストして、お涙ちょうだいのピアニストが出来上がるもんな。」

春希「やめろって。もうやめてくれ。」

もうこれ以上かずさに独白をさせないようにするため、抱き締めようとした。

かずさ「やめろって。触るな!」

かずさに激しく拒絶され、絶句する。

かずさ「優しくするな。あたしは、優しくされる資格なんてないんだ。」

ついに感情を抑えつけられなくなったのか、その場で泣き崩れるかずさに
なにもすることはできなかった。

どのくらいの時間泣いたのかわからない。
俺はそれをじっと見ているしかできないのが、つらかった。

かずさ「しばらく一人にしてくれ。」

そう言い残すと、何も置いていないかずさの部屋だった部屋に消えていった。
全てわかって曜子さんに助けを求めたのに、
こうなるってわかっていたはずなのに、割り切れない気持ちでいっぱいだった。







10−1 春希 冬馬邸 3/1土曜日

いつの間に寝てしまったのか、すでに朝日は昇っている。
時計を確認すると、もう午前9時を過ぎている。
どんなときでも決まった時間に起きていたのが、こんな時間に起きるなんて
想像以上の負担が精神にきていたようだ。

かずさはまだ起きてないか。
さすがにショックがでかいよな。

部屋は静寂に包まれている。
しばらく荷物の整理をしたり、部屋を片付けてみたものの、まったくはかどらず
かずさのことが気になる。

どうせ曜子さんのところへ顔を出さないといけないし、一度声をかけておくか。

どう声をかけていいかわからないが、とにかく会わなくてけいけないと思い
かずさの部屋までやってきた。そして、ここで止まっては、またノックをするのに
また躊躇してしまうので、部屋の前まで来た勢いでノックをする。
大きな決意の元、ノックをしてみたが、何も返事がない。
もう一度してみても部屋の中で動く気配が感じられなかったので
ドアを開けてみると、かずさはいなかった。

春希「かずさ!」

急いで残りの部屋も探してみるが、かずさはいない。
財布やパスポートなどの貴重品が入っているバッグと靴がなくなっていた。
携帯にかけても出ないことを確認すると、そのまま車に乗り込み、
曜子がいる病院へむかう。
もちろん近所のコンビニや駅前へ行ってるかもしれない。
しかし、春希はそんな甘い希望はすぐに消去した。
もし出かけるとしたら、声くらいかけていくし、
そもそもかずさがそんなところに出歩く精神状態だとは思えない。

曜子は起き上がる元気はないようだが、話だけはできるようだった。
春希の顔をみて、全てを理解したのか落ち着いている。

曜子「かずさ、いなくなったのね。」

春希「すみません。寝ている隙に。俺がもっと注意していれば。」

曜子「仕方ないわ。遅かれ早かれ、こうなってたと思うわ。」

春希「それでも、もっとケアができいたはずです。」

曜子「今は、そんなこと言ってもしょうがないわ。
   パスポートまで持ってるってことは、最悪ウィーンに戻ってるか。
   一応美代ちゃんに電話かけるように伝えておいて。
   いたとしても電話に出ないだろうけど。」

春希「すぐ美代子さんに連絡しておきます。
   それと俺は心当たりを探してみます。」

曜子「あの子を頼むわね。」

コンサート前のエネルギーあふれる曜子さんとは思えない声に
心細さを覚えた。

結局、朝から夜遅くまで探してみたが、美代子さんのサポートがあるにせよ
2人で探すには限界がある。
ウィーンの自宅にも連絡したが、電話を取ることはなかった。
時間とともに焦りが増すばかりで、
考えられるかずさが行きそうな場所もなくなってしまった。
もともと高校時代も引きこもりがちで、すきこのんで出歩く奴ではなかったし、
かずさがどういう場所に行ってたかなんて聞いたこともなかった。
それでも、自分とかずさを結びつけそうな場所を考え続けた。







10−2 春希 開桜社前 日曜日

日付が変わってもかずさは戻ってこなかった。
今日も美代子さんに手伝ってもらっているが、圧倒的に人手が足りない。
そして、なによりも頼れる相手がいないのが痛かった。
いまさら武也たちに頼ることもできない。
かといって、大学の友人知人やバイトで知り合った仲間にかずさのことを
話して、探してもらうことなんてできやしない。
途方に暮れる中、自然とたどり着いた先は、開桜社だった。

なにやってるんだよ、俺。
ここにきても助けを求めることなんてできやしないのに。
突然仕事を辞めて、みんなに迷惑をかけたのに、
どんな顔をして頼めばいいっていうんだ。
それに、こんな俺なんか助けてくれやしないだろうし・・・・。

ビルを見上げ、以前働いていた階の窓を覗こうとするが、
見えるわけもない。

そういや今日は日曜日か。
もしかしたら休日出勤している人もいるだろうけど。

決まった休みや就業時間があってもないようなついこの前まで働いてた仕事なのに
遠い昔のことのようで懐かしい。
ハードな仕事であった分、充実した日々といえた。
そんな中、今はニューヨークにいるはずの、自分に仕事をたたきこんでくれたかつての
上司のことを思い出してしまう。

麻理さん元気かな。
相変わらず多忙なんだろうけど、仕事には真摯な人だったな。

頼れるはずもないかつての上司を考えてしまったことの自分の弱さを打ち消すように
その場を離れようとした。
だから、この声を聞いたときは、幻かと思った。

麻理「北原! なにしてるんだ?
   入るんだろ?」

春希「麻理さん? どうしてここに?」

浜田「俺もここにいるぞ。」

麻理さんだけに意識がいっていたせいで、
隣にいた元上司の浜田さんには気がつかなかった。

春希「浜田さん。」

浜田「ついでみたいにいうなよ。」

ちょっと本気に傷ついているようだが、
そこをフォローしても泥沼にはまりそうなのでスルーした。

春希「どうして麻理さんが?」

麻理「どうしてばかりだな。少しは自分で考えろ。」

以前のように厳しい麻理さんをみて、かつての自分に戻っていく気がした。

春希「すみません。」

麻理「いや、いい。久しぶりに部下をいじめてみたくなっただけだ。
   いや元部下か。
   種明かしをすると、浜田から連絡があったんだよ。
   北原が突然冬馬曜子オフィスに引き抜かれたって。
   それは別に驚きはしなかったんだが、松岡のやつが危うい時の
   顔をしているっていうもんでな。」

浜田「俺も風岡に連絡するか迷ったんだが、松岡のやつがしつこくって。
   あれは絶対危険な時の北原だって。
   あとはまあ、鈴木にうまくのせられたっていうのもあるか。」

春希「松岡さんも鈴木さんも。」

浜田「それと木崎も心配してるぞ。もちろん俺もだが。」

かつての同僚が心配してくれていることが素直にうれしかった。
もう縁が切れているものと思っていたから、なおさらだ。

麻理「それで、北原。用があったからここに来たんだろ?」

春希「はい。」

麻理「だったらついてこい。ここでは、ゆっくり話もできない。」

そう言われば、素直についていくしかなかった。
やはり休日ということで、人は少ない。自分が使っていたデスクがどうなったか
気になり見てみると、物置場と化していた。

浜田「すまんな。松岡と鈴木が勝手に使って。
   主に松岡と鈴木が引き継いだから、資料置き場にしていても強く言えなくて。」

春希「気にしてませんよ。それに、自分には何もいう権利ないですから。」

距離をとるような発言をして、浜田に気まずそうな顔をさせてしまうが、

浜田「まあ、なんだ。一緒に仕事をした中だ。そんなにかしこまらなくてもいい。」

と、かえって気を使わせてしまった。

麻理「さてと、北原。用があるんなら、きっちり話せ。
   昔話をするんなら、それはそれでかまわんぞ。」

春希「・・・・・助けがいります。」

たとえ麻理さんがマスコミであっても信用できる。
そしてなにより、かつての縁を結び直す為に
麻理さんと浜田さんに手伝ってほしかった。

浜田さんは同席していたので知っているが、麻理さんは曜子さんの病気や
かずさのとのことを知らなかったので、一から説明した。
もちろん麻理に話していいか迷ったが、麻理も開桜社の人間であるし、なによりも
麻理さんは信用できるので、できるかぎり詳しく話した。

麻理「というと、やはりウィーンという線が一番可能性が高いんじゃないか?」

春希「そうですね。でも、気軽に行ける距離でもないので、まずは東京を
   しっかり探そうと思ってまして。」

麻理「よし。佐和子に頼んで出国してるか調べてもらおう。
   あいつなら休日でもすぐにやってくれるさ。」

そういうと、こちらの返事を聞く前に電話をし、佐和子に頼みを了承させてしまった。

麻理「あとは、それとなく同業者に聞いてみるか。」

浜田「それは、あまり期待が持てないけど、やってみるしかないか。
   あまり話が大きくならないようにしないとな。」

麻理「北原は、聞いてみなかったのか?」

春希「さすがに個人的内容でだし、聞くことなんてできませんよ。
   たとえ聞いたとしても、開桜社の人間として情報を探ってると
   思われますし、そうすると、
   開桜社に迷惑をかけてしまうかもしれませんから。」

麻理「相変わらず、そういうところは頭が固いな。」

わずかな時間しかたっていないのに、かつての上司と部下に戻れた感覚がする。
麻理や浜田もそれを感じているのか、遠慮がない言葉が飛び交う。

手分けをして同業者にそれとなく話を聞き、情報があったら連絡をくれるよう
頼んだが、まったく成果はなかった。

浜田「もともとガードが堅かったからな。
   うちも独占取材とってなかったら、まったく情報入ってこなかっただろうし。」

春希「すみません。」

浜田「お前を責めてるわけじゃ。」

自分もそのガードの一端を担っていたと思うと、申し訳なくなる。
その後も手当たり次第電話してみたが、
時間だけが過ぎていき、3人とも佐和子からの連絡をまつだけになってしまった。

ピピピピ・ピピピ・・・・・・・

麻理の携帯の着信音が鳴ると、素早く電話を取る。

麻理「どうだった?」

佐和子「昨日の午前の便で出国してたわ。行先はウィーン。」

麻理「ありがとう。お礼は今度。」

佐和子「期待しとくわ。」

用件だけ聞き、電話を切る。
それだけ、早く春希に伝えたいという気持ちがうかがえた。

麻理「やっぱりウィーンに行ってたわ。昨日の午前だって。」

浜田「それじゃ、見つからないわけだ。」

春希「・・・・・・・・・。」

麻理「どうするの?」

春希「どうするって、行きますよ。
   かずさを一人にしないって決めましたから。」

麻理「なにか、すっきりしたみたいね。2年前は色々抱えて、
   身動きできなくなったけど、今の方が断然いい。」

そう言うと、再び電話を手にし、誰かに電話をかける。

麻理「ウィーンまでのチケットお願いできる?」

佐和子「やっぱりね。もう手配の準備できてるわよ。」

麻理「さすが佐和子。」

佐和子「それで、チケットは一枚? 二枚?
    とりあえず、片道だけでいいわよね?」

麻理「片道1枚よろしく。」

物事が急に決まっていき驚くしかない。自分も仕事の早さには定評があるが
まだまだ麻理さんのペースにはついてけるレベルではないが。

麻理「さ、急いで急いで。」

浜田「また、顔を見せにこいよ。送別会さえできなかったって松岡が嘆いてたぞ。」

春希「ありがとうございました!
   必ずまた来ます。麻理さんもお元気で。」

麻理「ニューヨークの方にも来なさいよ。」

ふかぶかと頭を下げて感謝を伝えるしかできないのがはがゆい。
もちろん、かずさを探し出してくれたお礼もしたかったが、それよりも、
途切れてたと思っていた縁がこんな形で再び結ばれた喜びを精一杯示したかった。







10−3 春希 開桜社前 3/1日曜日

勢いよくビルを飛び出し、駅へ向かって走ろうとしたが
それも思いがけない人物を見つけ、足を止めるしかなかった。
こんなときに、こんな場所で会う偶然なんてありえなかった。
もし、会うことがあるとすらば、
それはむこうが会う意思で春希を待ち構えていなければ実現しない。

雪菜「春希くん。」

春希「せ・・つな。どうして、ここに?」

どう接していいかわからず、言葉が出てこない。

雪菜「どうしてって、それは、春希君に会いたいからだよ。
   会いたいから、会いにきたに決まってるじゃない。」

会いたいから、会いに来る。それは当り前のことだ。
でも、何故雪菜が俺に会いたいかが想像できない。

雪菜「そんなに警戒しないでよ。傷つくなぁ。」

春希「ごめん。」

雪菜「だからぁ、そういう態度がダメなんたって。」

いぜんとどうしてここに雪菜がいるのかが分からず、判断がにぶる。

雪菜「お父さんったら、外に出るのも許してくれなかったんだよ。
   だから家出しちゃった。」

家族を大切にする雪菜が家出をした事実に衝撃を受ける。

雪菜「あ、でも、安心してね。ちゃんとホテルに泊まってるから。」

春希「・・・・・・・。」

雪菜「まだ警戒してるなぁ。・・・仕方ないか。
   正直に言うとね、春希君たちを探していたの。
   仕事のつてを使って、お願いしてたの。
   そうしたら、春希君がかずさを探しているって。
   そして、開桜社にいるってわかったら、いてもたってもいられなく
   なっちゃって、そして現在に至るわけです。」

春希「ちゃんと話ができなくて、ごめんな。」

雪菜「そんなんじゃないんだよ。」
雪菜がどうしてここにいるかがわかったが、俺が雪菜に言えることは一つしかない。

春希「この前はすまない。突然婚約破棄して。
   できることなら、ご両親にコンサートが終わった後にもう一度ご挨拶に
   伺いたかった。
   もちろん雪菜にも謝罪したかった。」

雪菜「私は、春希君にあやまってほしいんじゃないんだよ。
   ただ、私の隣にいて欲しいだけなんだよ。」

春希「ごめん。それはできない。」

雪菜「だから、謝らないでってば!」

いつもの雪菜の口調から、突然激しい訴えに変わっていく。

雪菜「かずさのところに行かないで。
   もう、かずさのこと忘れてよ。」

春希「それはできない。」

雪菜「なにを言ってるんだろ、私。かずさは親友なのに。」

雪菜は自分の発言に戸惑っている。

雪菜「かずさは、大切な親友なのに、春希君に会わないでなんて。
   今のなし! 聞かなかったことにして、春希君。」

春希「雪菜・・・・。」

どう返事をしていいか迷う。

雪菜「そうだ。私も一緒に行くよ。私もかずさに会いたし。
   また3人でライブやってみたいなぁ」

春希「もう雪菜を傷つけたくない。」

雪菜「私は傷ついたりなんかしないよ。」

春希「俺は、どんなときでも、かずさを選んでしまう。
   3人でいても、かずさだけを見てしまうんだ。」

雪菜「それでもいいって言ってるんだけどなぁ。」

春希「それじゃ、ダメなんだよ。
   2人と1人でいたら、いつかバランスが崩壊する。
   そうしたら、雪菜が一番傷つく。」

雪菜「だから、それでいいって言ってるでしょ。
   私を仲間外れにしないで!
   私を一人にしないでよ!」

雪菜の叫びが、心に刺さる。
でも、雪菜の痛みに比べれば、こんなの痛いうちには入らない。

春希「雪菜は一人じゃないよ。依緒がいる。朋もいる。
   武也だって力になってくれるさ。」

雪菜「そんなのいらない。私は、春希君がいいの!」

春希「そんなこと言うなよ。そんなこと聞いたら、
   朋なんて、おもいっきり傷つくぞ。」

雪菜「・・・・・・・・。」

春希「ごめんな、雪菜。
   もう3人じゃいられないんだ。
   俺が、雪菜にどう接していいかわからない。
   そんな俺をみて、かずさは心配して、傷ついてしまう。
   そして、俺は、そんなかずさを傷つけたくない。
   な、俺って自己中心的だろ。ひどいエゴイストだろ。
   だから・・・・もう雪菜とは会えない。」

どんなに言葉を並べようと、伝えたい言葉は最後の言葉だけだった。
どれだけ俺がひどい人間かを伝えても、
雪菜にとっては、最後の言葉だけが全てだった。

雪菜「あぁ・・・・。どうして、そんなひどいこと言うの。
   どうして、・・・・どうし・・・。」

涙で段々と言葉にならなくなっていく。
泣き崩れる雪菜に対して、何もしてあげられない。今手をさしのばしてしまえば、
かずさに会う資格を失ってしまうから。

春希「雪菜と一緒にいた2年間、とても楽しかった。
   雪菜といられる時間は、俺にとって掛け替えのない大切な時間だった。
   でも、・・・雪菜と一緒にいた時でも、かずさを思い出すときがあったんだ。
   どんなに楽しい時間であっても、ふと振り返ると、
   いつもそこにはかずさがいたんだ。」

雪菜「やめて、・・・もうやめてよ。」

春希「そんなときは、雪菜といてうれしい気持ちと同時に、雪菜と一緒にいると
   つらい気持ちが同居していたんだ。」

雪菜「やめてって言ってるでしょ!」

雪菜がもう聞きたくないと耳をふさいでいるが、それにかまわず続ける。

春希「そして今は、雪菜のことを考えれば、雪菜ことを想えば想うほどに
   つらくなるんだ。
   そして、自分が壊れていくのがわかる。
   だから、・・・・・。」

雪菜「ひどいよ。・・・・ひどいよ、春希君。
   そんなことを言われたら私、
   私が春希君に何も言えないって、わかってるじゃない。
   ひどいよぉ、春希君。」

春希「ごめん。」

雪菜「もういいよ。わかったから。春希君を解放してあげる。
   ・・・・早くかずさのところに行ってあげて。」

春希「ありがとう、雪菜。
   ・・・じゃあ元気で。」

雪菜「うん。春希君も元気で。かずさを幸せにしてあげてね。」

重い足を無理やり持ち上げ、駅へと向かう。
振りかえることはしない。そんなことをしたら、雪菜の優しさを台無しにするって
わかっていたから。
一人残した雪菜が気にならないと言ったら、嘘になる。
それでも、かずさだけを見て、かずさがいるウィーンへ急いだ。




11−2 春希 ウィーン冬馬邸前 3/3月曜日

成田から半日をかけ、ウィーンへとやってきた。
いつウィーンへ行くことになっても大丈夫なようにパスポートは用意してあったし、
オフィスで美代子さんから家の鍵や地図なども預かり
準備だけはしていたのが功を奏した。
行く準備だけはいくらでもできたが、
いくら考えてもかずさに言うべきことだけは準備できない。
どんな慰めの言葉であっても、かずさの心には届きそうにはないと思えた。

ここか。
東京の家もすごいけど、ここはさらにすごいな。

地図をタクシーに見せ、やってきた場所なので間違いはないはずだ。
それでも、かずさに会うプレッシャーからか、中に入れない。
高級住宅街ということもあり、あまり長く門の前にとどまっていると
警察を呼ばれかねないので、もうなにも考えずにかずさに会うことにした。

一応呼び鈴を鳴らしてみたが、反応がなかったので、そのままドアのカギを
開け、中に入ると、かずさの靴が脱ぎ散らかされていた。

靴は日本スタイルなのか?
それとも、かずさが日本での習慣で靴を脱いだだけかな。

春希は靴を脱ぐかどうか迷ったが、かずさにならって脱ぐことにした。

春希「かずさ。かずさいるのか?
    いるんだったら、返事くらいしてくれよ。」

無言で入っていくと泥棒と勘違いされ、かずさを怖がらせると思い、
声をかけながら、曜子から教えられたかずさの部屋へとまっすぐに向かって行った。
部屋のドアは閉まっていて、中の様子はうかがえない。

春希「かずさ、いるか? 入るぞ。」

家の前にいた時は、かずさに会うのが怖かったが、家の中に入ってしまえば
少しでも早くかずさに会いたいという気持ちがあふれいき
なにも躊躇せず行動に移せるようになっていた。

春希「かずさ。」

一歩中に踏み込むと、かずさによってぼろぼろにされた部屋が目に入る。
楽譜や本は部屋中に投げ捨てられ、本棚は倒されている。
観葉植物や衣類なども、ひどい状態で乱れ散っていた。
そんな中、一人かずさが椅子に腰かけ、何かを見つめている。
その視線をたどっていくと、そこだけは無傷の状態であった。
そこには、曜子さんが話していたかずさの3種の神器だろうか。
犬のぬいぐるみ。英語の参考書。
そして、くすんだシルバーのタンブラーが飾られていた。

春希「怪我はないか、かずさ?
   それにしても寒いな。暖房は入ってないのか。」

足元を選んで進んでいくこともできないので、かまわず突き進む。
かずさに近づいていっても、なにも反応をしめさないことに不安を覚える。
たまらず、かずさの肩を掴んで揺さぶってみても、焦点が定まらないず
美しく、そして儚い表情の人形が飾れているのかと錯覚してしまいそうだった。

春希「かずさ。しっかりしてくれよ。何か言ってくれよ、かずさ。」

何度もかずさの名を呼び、力強く抱きしめていると、

かずさ「やめろ、春希。あたしに触れるな!」

突然かずさが春希を跳ねのけようと、腕で突き放そうとするが
それを上回る力でかずさをさらに強く抱きしめる。

春希「そんなことできない。俺はかずさを離すことなんてできない。」

かずさ「やめろよ。やめてくれよ。・・・・・・あたしには、
    あたしには、春希と幸せになる資格なんてないんだ。」

静かだったのが一転、涙を流しながら感情的に訴えてくる。

かずさ「あたしの幸せは、母さんの命と引き換えだったんだ。
    そんな幸せなんて欲しくはなかった。
    もし知ってたら、望みなんてしなかった。」

それは違う。違うんだかずさ。

春希「その幸せを望んだのは、俺なんだよ、かずさ。」

かずさ「そんなことはない。」

春希「あの日、ホテルに運ばれ、曜子さんに会ったときに言われたんだ。
   引き返すんなら今しかないって。
   それでも、俺はかずさを選んだんだ。そして、曜子さんの病気のことを
   聞いても、曜子さんに頼ったのは俺なんだよ。
   かずさのことだけじゃない。雪菜と別れることだって、
   開桜社をやめることだって、すべて曜子さんに頼り切ったのは俺なんだ。」

かずさ「それでも、それは母さんがあたしのためにしてくれたことだ。
    あたしが春希の側にいたいから、春希に力を貸してくれたにすぎない。」

いつの間にか抱きしめるのをやめ、
お互いの顔が数センチしか離れていない状況で言い合っていた。

春希「それでも、最終的に曜子さんが動く決断をしてのは俺だ。」

かずさ「そんなのは、春希お得意の詭弁だ。」

春希「詭弁で結構。でも、論理的に考えれば、俺が決断させてった言えるだろ。」

かずさ「はい、はい。こんなのは論理的に考えるんじゃなくて、感情が重要なんだ。」

二人とも譲る気がなく、何度も同じことを繰り返し主張し続けた。
どのくらい言い合ったかわからないが、気持ちよりも先に何も食べずに衰弱していた
かずさの方が根をあげた。

かずさ「ごほっ、・・・ごほっ。ぅぅん。」

と、喉も乾ききっていたためにむせる。

春希「無理をするから。ほら、ペットボトルの水があるから、飲めよ。」

気まずいのか、ぱっとペットボトルを奪い取って、こちらを見ないように
喉をうるおす。

春希「なあ、かずさ。いつまでも自分のせいだって言い合っても、きりがないだろ。」

かずさ「それは、春希が引かないからだろ。」

水分補給ができたのか、再び臨戦態勢なる。
しかし、それをなだめるように違う話をかずさになげる。

春希「そうだ。曜子さんから遺書を預かってきたんだ。」

東京でかずさを探していた時、かずさを説得するのに役立つかもしれないからと
病院で曜子から渡されていたビデオカメラがある。
これは、ちょうどホテルですき焼きを食べた日、買い物時に
家電量販店で購入したものであった。
その時は、かずさの練習をチェックする為かなと思っていたが、
こんなとこに使うだなんて思いもしなかった。

かずさ「母さん、いつ死んだんだ?
    あの後すぐにか?」

曜子が死んだと早合点したかずさは、もう涙目になっている。
そんなかずさがかわいそうになり、すぐにその思い違いを訂正する。

春希「死んでない。死んでないって。少し疲れた様子だったけど
   意識ははっきりしていたから。
   高柳先生も、しばらく安静にしておけば、
   退院できるって保障してくれたから。」

かずさ「ほんとうか?」

春希「ほんとうだって。」

かずさ「だってさ、春希はあたしに隠し事するからなぁ。」

春希「もう隠し事なんて、金輪際しない。
   なにがあってもかずさに話すから。」

かずさ「ほんとうだな。嘘ついたら、一生その腕に絡みついて、はなれな・・・。」

さっきまで俺を遠ざけようとしていたことを思い出したのか、言葉に詰まる。
俺は、それを察し、曜子さんから預かった遺書を見るために
ビデオレターを見る準備を始める。

春希「このTV映るのか?」

かずさによって倒されていたTVを起こし、TVの状態を確認する。

かずさ「どーだか。」

春希「大丈夫みたいだ。コードはこれっと。」

かずさは、自分は悪くないといったオーラを放ち、我関せずといった
スタンスをとっていた。
初めて扱う機種であったが、迷うこともなく用意はでき、

春希「はじめてもいいか?」

かずさ「どうせ見るんだろ。だったら、はじめていい。」

春希「俺もどんな内容か全く知らないからな。」

かずさ「そんなの春希の反応を見ればわかるから、
    そんなに身構えなくてもいいじゃないか。」

どうもこの遺書も自分だけ秘密にされているのではないかと疑ってるようだった。








11−3 春希 ビデオレター 3/3月曜日

映っている背景を見ると、どうやら病室らしい。
取った日付は、コンサートのために冬馬邸で合宿していたころだ。
曜子さんの表情は、晴れやかであった。

曜子「かずさ、元気にしてる?
   私は死んでるから、元気ってわけじゃないか。
   これを見ているということは、私は死んでいるはずだから。」

やはり死を覚悟しての遺書のようであり、手に力が入っていく。
かずさも画面にくぎつけであった。

曜子「あ、でも、私のことだから、あの世で新しい男でも作って
   元気にしているはずかな。」

かずさ「母さん。」

遺書だというのに、軽口をたたくあたりが曜子さんらしい。

曜子「あなたのことだから、コンサート成功させているはずね。
   そこは信頼しているから。でも、もしうまくいかなくても
   へこむことはないからね。
   あなたは、まだ成長途中なんだから、これから、たくさんのオケや
   観客に出会って、どんどん成長していけるはず。
   春希君に任せておけば、ばんばん仕事取ってきてくれるはずよ。
   プライベートも春希君に任せておけば、問題ないわ。
   かずさは、ピアノしか能がないんだから、料理や掃除なんて
   する必要はない。あなたがひがんで掃除なんてやったら
   かえって春希君の仕事が増えるだけよ。
   最後に春希君にかずさを任せられて、ほっとしてる。
   これで、心おきなく死ねるわね。
   あなた一人残して死んでたら、未練で死にきれなかったはずね。
   今、春希君は色々な物を一人で抱え込んでいて、つらい顔をするときが
   きっとあるはずだから、その時はあなたが癒してあげなさい。
   すねたり、照れたりするんじゃないわよ。
   あなたが春希君をほっといたら、雪菜さんに奪われかねないからね。
   彼女はあなたと違って、まっすぐに気持ちをぶつけてくるわ。
   だから、一回振ったくらいじゃ諦めないと思うの。
   そーいうわけだから、しっかり春希君を捕まえておきなさい。」

曜子さんの独白が続くが、ピアノのことよりは、かずさと春希の仲のほうが
よっぽど心配していることがよくわる。
ピアノに関しては、絶対的にかずさを信頼しているといえた。

曜子「あぁー、それとかずさ、覚えてるかな?
   5年前あなたをウィーンに連れてきて間もないころだったかな。
   あのとき、心ここにあらずといった感じでピアノ弾いてたでしょ。
   だから、無理やり私が割り込んで、連弾したの覚えてない?
   あなたは迷惑そうな顔をしていたけど、私はけっこう楽しかったな。
   またあんなふうに弾けたらいいのに。
   ピアノ弾いててあんあにワクワクしたの久しぶりだったんだもの。」

勘違いをしていた。
曜子が段々と話すのが苦しそうな表情になっていくが、それは、
病気のせいではないのは明らかだった。涙目になり、声がかすれてきているのは
ピアノに未練があるからだ。

かずさ「覚えてるよ。あたしも楽しかった。
    小さい頃母さんと遊んだ記憶なんてなかったけど、
    もし遊んでたとしたら、こんか気持ちになったんだろうなって。」

曜子さんは、しばらく気持ちを落ち着かせてから、独白を再開させた。

曜子「もう一度ピアノ弾きたいな。
   かずさと共演まだしてなかったから、してみたいなぁ。
   美人「姉妹」夢の共演って、世界中で話題になるわ、きっと。」

かずさ「「親子」じゃないのかよ。」

たしかに、曜子さんの化け物じみた若さもってすれば、
美人姉妹でいけるかもしれない。

曜子「最初に私が演奏して、会場を盛り上げて、そのあとかずさが弾くの。
   もちろん私の後だからといって、緊張するかずさじゃないでしょ。
   でね、アンコールであのときの曲を連弾するの。
   素敵だと思わない?」

なにか子供がまっすぐな目をして将来を語ってるようで
曜子さんが病気だなんて忘れてしまいそうだった。

曜子「ま、初回はこんなものかな。
   また機会があったら、録画していくから。」

ここで終わりなのかな思ったが、映像は止まらない。
曜子さんは下を向き、なにか考えているようで、カメラの方を向いても
言えべきか迷っている感じであった。
そして、

曜子「私、やっぱりかずさを置いて死んじゃうのはつらいなぁ。」

涙を流しながら、曜子さんが本当の話したかった事を、
死ぬまで言わないでおこうとした本音を語り出す。

曜子「だって、あたな、なーんにもできないんだもの。
   ピアノだって、まだまだだし、ほっとけない。
   マスコミだって、うまく対処できないし、オケとうまくやってけるかも
   心配でならないわ。」

かずさ「大丈夫だって、うまくやっていくから。」

かずさをみると、涙を流し、曜子の言葉をのがしまいと聞きいっている。

曜子「それに、もっともっとたくさん私もコンサートがしたい。
   かずさが越えられない目標でい続けていないと
   すぐあなたは油断して、さぼりそうだから。」

かずさ「毎日気持ちを込めて練習しているって。」

曜子「あーあ。あなたと春希君の子供も見たかったし、
   英才教育して、親子3代のコンサートなんて話題沸騰よ。
   きっと私に似て、美人でピアノも優秀なはずだし。
   歌舞伎とかだと、子供を舞台に上げてるみたいだし、
   そういうのも面白そうね。」

かずさ「あたしや春希じゃなくて、自分に似ているってなんだよ。」

曜子「そうね。私がもうやり残したことがなくて、
   この世に未練がないっていうのは大ウソ。
   でもね、かずさ。
   無理にとは言わないけど、私の未練かなえてくれるとうれしいかな。
   親子で共演なんて素敵じゃない?
   私は無理だけど、あなたが子供を産んで、そして、その子がピアノを
   やりたいっていったんなら、そのとき、もし気が向いたら
   親子共演やってほしいな。
   親子3代のコンサートは無理だろうけどね。」

かずさ「きっとやるよ。だから、死なないで見守っててくれよ。」

日本にいる曜子に届くはずのないのに、懸命に訴えかける。

曜子「でもね。

   きっと、私の心は、いつもあなたのそばにあって、

   会えない日が続いても、

   きっと、あなたの心も私をそばに感じていて

   同じ気持ちでこの世界を見ているはずよ。」


そこで録画は終わっていた。
映像が終わっても、かずさは画面を見続ける。なにも映っていないのは
わかっているのに、そこにはまだ曜子さんがいると信じてるかのように。

かずさが落ち着くまで待つことにした。かずさの心が整理できなければ
何も始まらない。だから、俺は待つしかなかった。
日が傾きかけたころ、かずさはようやく声をかけてきた。

かずさ「ありがとうな。これ持ってきてくれて。
    母さんの本音聞けてうれしかった。」

春希「俺も聞けて、よかったと思うよ。」

かずさ「あたし、母さんのこと、全然理解してなかったんだな。」

春希「これからでも遅くない。日本で曜子さんも待ってるから、帰ろう。」

かずさ「ああ、わざわざウィーンまで来てくれて、ありがとう。」

春希「そんなことないって。言っただろ。かずさとだったら、海外だって
   地獄だって、どこまでも一緒に行けるって。

かずさ「そうだったな。」

春希「でもさ、かずさ。」

かずさ「なんだよ?」

ここで、いままでのかずさを見ていて、思ってしまったことを吐露する。

春希「かずさが逃げるときって、たいてい自分の家だよな。」

かずさ「そんなことないって。」

春希「最初のコンサートで失踪した時も、日本で住んでいた実家だろ。
   そして、今回はウィーンにある家だしさ。」

かずさ「そんなのは偶然だ。」

どうも図星をつかれて顔を赤くしている。どうやら自分でも納得しているらしい。

春希「だったらさ、今度からは俺のところに帰ってきてくれるとうれしいな。
   ウィーンにある家でも、日本にある家でもなくて
   俺のところがかずさにとって一番大切な帰るべき家になりたい。」

かずさ「はるきぃ。
    ・・・・・・・ただいま、春希。」

そう言うと、かずさは俺の胸に抱きつき、ようやく帰るべき家に帰ってきた。







12−1 春希 タクシー 3/4 火曜日

半日かけて行ったウィーンから、その日のうちに飛行機に乗って
翌日には再び日本に帰ってくる強行軍となると、さすがに体が悲鳴を上げる。
それでも、早くかずさを曜子さんの元へ届けたい思いの方が強い。
かずさを見ると、今も何か考え事をしている。
ウィーンを発つ前に

かずさ「ちょっとやってみたいことがあるんだ。
    そのときは手伝ってほしい。」

春希「それは構わないけど、なにをやるんだ?」

かずさ「もう少し待ってくれ。うまくいくかもわからないし、
    考えがまとまったら、教えるから。」

そう言うと、何か言えば返事はするが、基本ずっとかずさは一人思考を続け、
今に至るわけである。

春希「かずさ、そろそろ何をするか教えてくれないか?」

今もなにか上の空であったが、今度はこちらの疑問に答えてくれるようだった。

かずさ「演奏したいんだ。」

春希「またコンサートやるってことか? 
   それだったら、曜子さんに相談して・・・。」

かずさ「そうじゃない。母さんに聴かせたいんだ。
    それも今すぐに。」

春希「今すぐって言われても、入院しているし、無理じゃないか。」

かずさ「そうだけど。だけど、後悔したくないんだ。
    今すぐ死ぬって思わないけど、もしかしたらって思うと、怖いんだ。
    だから、今すぐ聴かせたい。」

かずさの気持ちはよくわかる。
あんな曜子さんの遺書を見せられては、後悔しないよう行動したいはず。

春希「そうだなぁ。」

かずさ「うちのスタジオであたしが弾いて、それを病室で流せないかな?
    うちにあった機材は処分されていてないけど、レンタルとか。
    いや、全て買ってもかまわないから、できないか?」

必死な姿をみせるかずさの気持ちになんとしても答えたい。
でも、自分は、そういう音響設備について詳しくない。

春希「誰かそういうの詳しい人がいれば。」

かずさ「美代子さんに頼んで、誰か紹介してもらうっていうのは、どうかな?」

春希「それは無理だと思う。」

かずさ「なんで。」

せっかく見つけた光を否定され、強く反発する。

春希「美代子さんが紹介してくれる人って、クラシック関係のプロの音響の人
   だと思うんだ。
   それだと、曜子さんのこともよく知っているし、病気のことを
   知られないとしても、なにか勘づかれるかもしれない。
   そんなことになれば、せっかく曜子さんが雑誌の発売日まで隠してきた
   苦労も台無しになってしまう。」

かずさ「それは・・・。」

春希「かずさも曜子さんの気持ちわかるだろ。」

かずさ「そう・・・・だな。」

音響設備のプロか。
そういった知り合い知ればいいんだけど。
麻理さんか浜田さんに頼むか?
そうなると、ますます大がかりになってしまって、リスクも高いか。
舞台とか、そういうのやってるやつかぁ・・・・。

千晶「はーるきっ。」

なぜか大学時代、色々とお世話をした同級生の顔を思い出す。
ほっとくと授業をさぼりまくって、レポートさえ提出しない問題児であったが
どうしても憎めない奴。
女を感じさせない奴だったので、あの頃の俺はそんな千晶に救われた。
本人にそんな感謝の気持ちをいえないけど。
もし、面と向かっても、さんざんレポートの手伝いをさせられたことや
食事の面倒をしたことを、がみがみいってしまうのだろう。

たしか、舞台のチケットもらったよな。
あいつがいなくなって、もう忘れかけた時ひょっこり現れて、渡されたんだよな。
あいつが主演の舞台だったみたいだけど、観に行かなくて悪いことしたな。

春希「もしかしたら、どうにかなるかもしれない。」

かずさ「ほんとうか?」

春希「いや、大学の時の友人で、今は全く連絡取ってないから、
   どうなるかわからないけど。」

かずさ「でも、どうにかなるかもしれないんだろ。」

かすかな希望が見え、かずさの表情も明るくなる。

春希「根はいいやつなんだけど、何を考えているかわからないところもあって。
   でも、真剣に頼めば、力になってくれると思う。だけど・・・・。」

かずさ「なにか問題でもあるのか?」

いまいち煮え切れない春希にいらだちを覚える。

春希「問題は、ない・・・・・ことない、というか。」

かずさ「どっちなんだよ。」

春希「それは。」

かずさ「女なんだな。」

だから嫌だったんだ。
きっとこの後、ひと波乱あるに違いない。
しかも、千晶をかずさにあわせたら、なにを言われるかわかったものじゃない。
それと、そんな千晶を見て、かずさも機嫌を損ねて、ピアノどころじゃなくなる。

かずさ「その顔は、やっぱり女なんだな。」

春希「誤解するな。あいつは女だけど、女を感じさるような奴じゃないんだ。
   いつも研究室で寝泊りして、しかも、授業はさぼりまくるどうしようも
   ない奴なんだよ。
   だから、教授に千晶担当なんてお守りを命じられて、レポートの面倒とか
   してただけなんだ。」

後ろめたいことなんて少しもないのに、話さなくてもいいことが
どんどん口から出てしまう。

かずさ「へぇー。ずっと面倒見てたのか。
    それはそれは、寝食を共にする仲だったんだろうなぁ?」

かずさの目が据わってる。何故だか知らないけど、後ろずさってしまい
窓際に追い込まれる。

春希「うちに泊まったといっても、俺はバスタブで寝てたからな。
   しかも鍵もかけてあったし。」

かずさ「泊ったのか!」

かずさも、千晶が実際うちに泊っているとは思っていなかったのは明らかで
つい口に出てしまった言葉に過ぎかったようだ。
だから、俺の答えにひどく驚いている。

春希「だから、レポートの追い込みで、遅くまでやっていて、終電もなく
   仕方がなくってやつで。」

かずさ「そんなに親しい奴なら、助けてくれるかもな。」

春希「かずさも会ってみれば、俺とあいつがお前が疑ってるような関係じゃないって
   わかるからさ。」

かずさ「勝手にしろ。」

反対側の窓をむき、著しく機嫌を損ねたのは明白だった。
ここでうやむやにしても、忘れたころにまた何を言われるものかわかったものでは
なかったので、ここはひとまず千晶に会わせたほうが無難だと思える。

仕方ない。
このアドレスを使うのも、何年ぶりになるんだろうな。

久しぶりに呼び出した千晶のアドレスを見て、感慨深い表情なんてかずさに見せたら
かずさをまた怒られる危険があったので、素早く発信ボタンを押した。

3コール、4コール、と出る気配がない。5コール目になって、

千晶「やっほー春希。元気してたぁ?」

春希「久しぶりに電話をかけた友人に言うセリフがそれなのか?」

千晶「なによぉ。こっちもいろいろ気を使ってるっていうのにさ。
   私だって、春希からの電話出るのに勇気が必要だったんだよ。」

春希「それは、悪いことをしたな。
   だったら、最初から、そういうのに見合った対応をすべきだ。」

何年も会っていないのに、大学時代の感覚がよみがえる。
そんな感覚が心地よかった。

千晶「で、なにか用があったから、連絡くれたんでしょ?」

春希「実は、そうなんだ。」

千晶「私って、春希にとって都合がいい女なんだよねぇ。
   悔しいけど。」

春希「何言ってるんだ。こっちがさんざん面倒見てやったのを、忘れているぞ。」

大学時代のやりとりも名残惜しいが、音響設備にくわいい人と紹介してほしい
ことを伝えた。すると、以外にも、すんなり人を紹介してくれた。ただ、
千晶の返事を聞いていると、まかせるのに不安を覚える気もしたが
それでも、千晶が太鼓判をおすのだから、信頼できるのだろう。

春希「今、高速で、東京入ったばかりだから、もう少しかかる。」

千晶「だったら、座長呼んでおくから、現地集合でいい?」

春希「そうしてくれると助かる。でも、急な用事なのに、迷惑にならないか?」

千晶「だーいじょぶだから、私に任せておいて。」

どこか不安を覚えたが、千晶に任せるしかないんだろう。
横で話を断片的に聞いていたかずさも了承したし、
あとは、実際やってみるしかなかった。







12−2−1 春希 病院 3/4 火曜日 夕方

なんだかんだいっているうちに音響設備の設置は無事終了した。
俺がスタジオにいても役に立ちそうになかったので、曜子さんや
短い時間だがうるさくしてしまう病院への根回しに走っていた。

春希「すみません、帰ってきてそうそうこんなことになってしまって。」

曜子「別にかまわないわよ。ちょうど退屈していたところだし。」

春希「そう言ってくださると助かります。」

曜子「それにね、あの子が無事帰ってきてくれて、
   ピアノをまた弾いてくれることが何よりもうれしいの。」

春希「曜子さん。」

曜子「それと、なんか変わった子もいたし、なにかやってくれるんでしょ?」

春希「それは、その。なにかマイクテストの代りにやるみたいですよ。」

曜子さんは軽い口調とは裏腹に、急に厳しい顔をみせ、

曜子「でもね、春希君。浮気はダメよ。千晶さんだったかしら。
   とても綺麗な娘ね。ほんっと、あなたの周りには綺麗な娘が集まるから
   心配だわ。」

春希「あいつはそんなんじゃないですから。ただの同級生です。」

曜子「ほんとう?」

春希「本当です。」

曜子「なら、よろしい。」

いつもの曜子さんに戻ったが、どうやらからかわれているにすぎなかったらしい。

千晶「あーあー、テステス。どう春希、聞こえる?」

設置されたスピーカーから千晶の声が流れてくる。

春希「大丈夫だ。しっかり聞こえてるよ。」

こっちにはマイクがないので、携帯で千晶に返答する。

千晶「じゃあ、マイクテスト始めるから。」

春希「思うんだけどさ、これがマイクテストにならないか?」

千晶「ほんーとに春希は、頭が固いんだから。細かいことは気にしないの。
   じゃ、始めるよ。」

そう宣言すると、かずさが奏でるピアノが聞こえてきた。
そして、、千晶の透き通る歌声が重なる。

千晶「還らない日々抱きしめたまま いつか そういつか
   弱い心が つかまる前に そっとあなたを遠ざけた
 
   あぁこんな気持ちつらすぎるよ もう
   あなたは誰なの? どこに隠れてたの?


   ・・・・・・・・・・・・・・・



   離したくない離れたくない でもあきらめてた
   もうこれ以上 好きになれない 失う痛み 耐えきれないよ

   ・・・・・・・・・・・・・・・・
 
   ただそばにいて それだけでいい 素直にはなれないけれど


   ・・・・・・・・・・・・・・・

   
   あなたの心 傷つけてでも この気持ちに うそはつけない

   
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

   大好きだよと 伝えたいだけ ほんと素直じゃないけれど」


歌が終わり、胸がしめつれられる。
曜子さんも聴きいっていたのか、何か思うことがあるみたいだった。
しかし、歌っていた時のしとやかさをぶち壊す陽気な声が
室内の雰囲気を現実に戻してしまう。

千晶「どうだった? 冬馬かずさをイメージして作ったんだけど。」

春希「感動したっていうか、すごいなお前。」

千晶「でしょぉ。そ・れ・に、冬馬かずさになって歌ってみたからね。」

実際かずさが歌っているところを見たことは数回しかない。
その時のイメージと重なるというよりは、自分に中にあるかずさが歌ったとしたら
こうなるというイメージに深く重なる。
まさしく、かずさよりかずさらしいかずさといえた。
それは、俺の中にいるかずさを千晶が知っているってことになるのか?
その辺気になりはしたものの、メインはこの後のかずさの演奏だったので
千晶のことは頭の隅においやった。

かずさ「さて、本番初めていいか?」

マイクテストのおかげでテンションが高まったのか、早く始めたいようだ。

春希「OKだ。はじめてくれ。」

しばらくの静寂の後、かずさのピアノが始まる。
曲はもちろん、曜子がアンコールの時かずさと連弾をする予定のあの曲だった。





12−2−2 かずさ ウィーン自宅スタジオ 5年前 6月 

東京の梅雨は、不快な空気がまとわりつき、好きではない。
ウィーンには梅雨がなく、天候に関しては快適であったが、
気分は東京の梅雨に似ていて、不快だった。
恩師のレッスンがなければ自宅にこもり、エアコンが効いた部屋でずっと
ピアノに向かい合っていたのだから、天候など気にもしていないのだが、
それでも東京の梅雨が懐かしく思えてしまった。
ピアノの音色は正直だ。
心をこめて奏でれば、ピアノは素直に答えてくれる。
自分の心は素直にさらけ出すことなんてできないのに、
ピアノに対してだけは心を素直に開くことができた。

だから、そんな自分の心の中をのぞくみたいで、

自分が奏でるピアノの音が嫌いだ。


かずさが刻むピアノのメロディーにさらなる不快音がまざり、
一瞬眉をひそめるが、いつもの冷静な顔を作ると、不快音の元凶たる、
ドアを開け、部屋に入ってきた曜子に目を向ける。

曜子「今日もご機嫌斜めって感じね。
   天気いいわよ。少しは外に出てみたら?」

かずさ「用事もないのに、外に出る気なんかしない。」

曜子「言葉はもう大丈夫なんだし、ショッピングや食事でも行って
   気分転換でもしてみたら?」

あの冬馬曜子がかずさに気を使っている。
母親なんだから、当たり前というかもしれないが、
かずさにとっては、どう対応したらいいかわからない行動でしかなかった。
曜子が気を使うほど、愛そうとするほど、かずさは困惑していくしかなかった。

かずさ「べつに言葉がどうかとかじゃない。読み書きだって、
    もう少ししたら問題なくなる。」

曜子「ドイツ語の家庭教師クビにしたそうね。
   あなたが必要ないって判断したんなら、それで構わないけど、
   やつあたりなら、やめなさい。
   もし、何か言いたいことがあるんなら、私に直接言いなさい。」

かずさ「・・・・・・・・・・急に母親面するんじゃない。」

ピアノを強くたたきつけ、抗議する。

曜子「そうね。・・・・急に母親面されたら、私でも反発するわ。」

かずさ「ごめん。そうじゃないんだ。そんなこと言たかったんじゃないんだ。
    母さんには感謝している。
    最高の環境で、ピアノを好きなだけ弾いていられる。
    だから、母さんにはすごく感謝しているんだ。」

曜子「かずさ。」

曜子には、そうは思えなかった。たしかに感謝はされれている。
恩師のレッスンも刺激があるし、ピアノのレッスン自体は満足しているはず。
でも、かずさのピアノの音色が語っていた。
日本に残してきた罪と未練を。
かずさから具体的な話を聞いたわけではない。でも、推測ならできる。
かずさが話してくれるのなら、喜んで聞いてあげたいが、
その時が来るまではじっと待つつもりでいた。

曜子「ちょっと右にずれなさい。」

そういうと、かずさの左側に無理やり座ってきた。

かずさ「ちょっと。・・・・わかったってば。」

曜子「この曲知ってる? あなたは高音ね。」

かずさに高音パートを押しつけると、曜子は低音パートを勝手に弾き始める。
かずさも曜子に遅れまいと高音パートを弾き、メロディーを重ねる。

かずさ「ちょっと、テンポ早くないか?」

曜子「いいのよ。今はそんな気分なんだから。」

かずさ「そんなんでいいのかよ。」

荒々しく、だけど、精密に。
ますます低音パートの主張が強くなってくる。
かずさもそれに負けじと、曜子に対応していく。
曲が本来持つイメージなど、もはやそこにはない。
だけど、聴く人が聴けば、心が温かくなり、
そして、ほほえましく思えたかもしれない。
ただ、親子がじゃれあってるだけにしかみえないのだから。

演奏が終わり、一息つき、曜子をみると、満足げな顔が鼻につく。

かずさ「なんだよ。」

曜子「なーんでもなーい。」

かずさ「だったら、そんな顔するな。」

曜子「私は久々にとっても楽しい演奏できたから、満足してるの。
   だから、いいでしょ?」

かずさ「楽しい演奏か。」

ピアノを弾くのは楽しい。だけど、・・・・。

曜子「そんな難しい顔をして、脳みそが入ってない頭で難しく考えないの。
   好きなように弾けばいいだけよ。
   なにか想いをのせたいのなら、そうすればいいだけじゃない。
   ただ、自分のピアノを受け入れなさい。たとえ、どんな音であっても。」

かずさ「厳しいこと言うんだな。」

曜子「なにか未練があるのなら、まずはピアノにぶつけてみなさい。」

かずさ「なんか母親らしいこと言うんだな。」

曜子「たまにはね。」

もうすぐ夏がやってくる。
東京も梅雨が明け、夏がやってくるのだろう。 









12−2−3 かずさ 冬馬邸地下スタジオ 3/4火曜日

室内に設置されたスピーカーから、ピアノの音色が流れてくる。
臆病者がおどおどと舞台に上がってくるかのような出だしで始まる。
相手のことが知りたい。
自分のことも知ってほしい。
それができない臆病者。
誰よりも望んでいるのに、
言葉に、そして、行動に移せない小さな女の子。

だから、いつも一人ぼっちでいた。
だから、いつも孤独と仲良くしていた。
でも、いつも甘えたかった。



一息つき、今度は、弾むような陽気なリズムが奏でられる。
力強く、太陽のような眩しい存在。
身を焦がすような熱さはなく、優しく包まれたい温もり。
その温もりを届けたい相手がいるのに
素直になれず、いつも強がって、お調子者を演じてしまう娘。
誰よりも望んでいるのに、
言葉に、そして、行動に移せないおてんば娘。

だから、いつも女の子を遠ざけていた。
だから、いつも遠くから眺めていた。
でも、いつも抱きしめたかった。



そのままの勢いで、次は、激しいぶつかりあいが聴こえてくる。
相手のことをいくら求めていても、反発してしまう。
何度繰り返しても、手が届かない。
その手を握りしめたいのに、
たった一歩前に踏み出みだすことができないでいる二人の少女。
誰よりも望んでいるのに、
言葉に、そして、行動に移せない二人の少女。

だから、もう強がるのはやめた。
だから、もう自分を偽るのはやめた。
だって、怖がることなんて必要なかったから。



春希には見せたことがない荒々しくもちょっと甘えたメロディーが流れてくる。
今は、ほんの少し甘えられるから、手が届く。
今は、ほんの少し正直になれたから、抱きしめられる。
もう、この手を離さない。
もう、抱きしめた手を緩めない。

だから、いつでも甘えられる。
だから、いつでも抱きしめられる。
もう、悲しむことなんて何もない



母さん、聴いてくれたか?
直接ピアノを聴かせてあげたかったけど、今は無理だよな。
でも、今度からは、歯を食いしばってでも舞台まできやがれってんだ。
そのためだったら、あたし、何でもするよ。
今まで守ってくれていた母さんのために、あたしの命使ってよ。
母さんは、あたしの一部なんだから、
母さんが死んじゃったら、あたしも死んじゃうんだよ。
だから、なにがなんでも生きてよ。
そして、もっと甘えさせてくれよ。
今日のこの曲は、まだ半分足りないんだ。
だって、甘える相手がいないじゃないか。
抱きしめてくれる相手がいないじゃないか。
母さんが大好きなこの曲を、未完成のままにしておくのか?
だから、元気になって一緒にピアノを弾いてくれよ。


曜子「生意気なこと言ってんじゃないわよ。」

ここにはいないけれど、かずさには聞こえているのかもしれない。
たった数十キロの距離なんて問題じゃない。
たとえ、月の裏側からだって聞こえているはずだ。
だって、見えない絆で結ばれているから。

曜子「ピアノを弾く楽しさを忘れられなくなっちゃったじゃない。
   ううん。
   いつだって、忘れてなんていなかった。
   あなたのピアノを聴いていると、じっとしていられなくなるの。
   嫉妬していたのね。
   ピアノに愛されているあなたに。」
   
いつの間にかに、エネルギーあふれる顔つきで
ここではない地下スタジオをにらんでいる。

曜子「みてらっしゃい。
   私の方がピアノに愛されているんだから。
   こんな楽しい気持ちを思い出してしまったんだから、
   死んでなんかいられないじゃない。
   なにがなんでも、もう一度ピアノを弾けるようになってみせるわ。」

そして、最後に笑顔でつぶやいた。

曜子「ありがとう、かずさ。」








12−3 春希 病院 3/4 火曜日 夜

演奏終了後、曜子はしばらく席をはずしてほしいと願い出たので、
かずさを迎えに行くと伝え、病院をあとにした。
冬馬邸に着くと、いつの間に仲が良くなったのか、二人して座長と呼ばれる男性を
極限までこき使って、機材の撤収作業を行っていた。
哀愁を感じさせ、どこか自分と重なる部分もあったせいか、黙って撤収作業を
手伝った。

春希「千晶は、歌もやってるんですか?」

座長「今回のは特別だな。女優しかしてないけど、千晶曰く、
   あの歌も演技の一貫らしい。
   あいつの行動は読めんよ。」

春希「大学時代にいやというほど経験してるからわかります。」

座長「たぶん、それ以上だと思うから、もし今後もあいつと関わるなら
   300%増しで覚悟しとくんだな。」

心底そう思っているらしく、今回千晶に助けてもらったことを後悔する日が
くるのかもしれない。

座長「あいつの才能に惚れてなきゃ、俺も逃げ出してたさ。
   今日歌った『closing』の作詞はあいつが書いたし、
   曲の方も千晶作曲っていってもいいほどだ。」

春希「作曲までやるんですか、あいつ。」

これは、ひどく驚いた。音楽をやっていたなんて、大学の時聞いたこともない。

座長「曲を作ったって言うか・・・・。」

どこか遠い目で話す座長から、なんとなくこれから話すことが予想できるのは
なんでだろうか・・・。

座長「最初は、あいつは作詞だけの予定で、
   作曲は知り合いのつてでお願いしたんだよ。
   だけど、あいつに聴かせたら、ことごとくやり直しの連発。
   それで、作曲を頼んだ先生を怒らせて、3人目でようやくOKがでた。」

座長から漂っていた哀愁は、まぎれもない本物であった。
そんな座長をみると、本気で千晶と再会したことを後悔しだしていた。

春希「3人目で。
   人ができた方だったんですね。
   座長さんも気苦労が絶えないようで、大変ですね。」

座長「そーなんだよ! 俺の気持ちわかってくれるか。
   あの先生に対しても、NG出まくりだったんだけど、千晶が鼻歌歌って
   いろいろ注文つけてくるんだよ。そしたら、あの先生が
   千晶の中では既に曲が出来上がってるみたいだから、
   千晶の鼻歌から曲を完成させようってきたもんだ。
   で、完成したのを聴いたら鳥肌が立ったのを覚えているよ。」

今もその時の興奮が忘れられないといった感じが伝わってくる。
病院で聴いた千晶の歌で感動を覚えたけど、目の前で聴いた座長は
きっとそれ以上の感動を覚えたのだろう。

春希「すごいですね。」

座長「ああ。すごいっていう表現では足りないくらいだ。」

その後、千晶の舞台のことや、大学の時レポートを手伝うはめになったことを
話しながら、撤収作業を進めていった。
二人で作業したせいか、思っていた以上に早く作業が終わったのだが、
女性陣2人は最初から頭数に入っていない。
もし手伝ってもらっても、足手まといになるのは確実といえたからだ。
だから、女性二人には甘いものをぱくつきながら談笑していただいていた。
そして、きちんとしたお礼は後日にするということで、
急ぎかずさを曜子の元へ届けた。

病室に入ると、かずさを待ち構えていたのか、いつもより表情が若干厳しい
曜子さんが出迎えてくれた。

曜子「来たわね。」

かずさ「来たよ。どうだった?」

曜子「まだまだ足りないとことがあったけど、それでも心に響いたわ。」

かずさ「そっか。それはよかった。」

かずさは、ほっとしたのか、表情が軽くなる。
そんなかずさの表情をみて、自分も気持ちが軽くなったが、曜子さんの表情が
堅いままなのが気がかりだった。

曜子「この前のコンサートもよかったけど、私好みなのは、さっきの方かな。」

かずさ「ほとんど練習する時間がなくて、
    ぶっつけ本番もいいところだったんだけどな。」

どうも素直には喜べないみたいだが、心底うれしそうだ。

曜子「コンサートは、それはそれで、心を打つ演奏だったわよ。
  傷つきながらも、二人で幸せをつかみ取りに行く決意みたいなのを感じられて。
  でもね、なにか儚さを感じずにはいられなかったの。
  それがとても物悲しい思いにさせられてしまったわ。」

かずさも曜子が言いたいことがわかっていたのが、黙って話を聞く。

曜子「今の幸せもいつか散ってしまうんじゃないか、
   永遠の幸せなんかないんじゃないかっていう不安みたいなのがあって。
   あれはあれで、共感して魂がひかれる思いで聴いてた人も
   たくさんいたと思うわ。そういう点では、最高のできっていえる。
   でも、私としては、あなたのことが心配になった。」

かずさ「それは。」

それは、雪菜のことを気にしていたのかもしれない。
もし、かずさと雪菜が逆の立場だったなら、幸せだったかずさの生活から
雪菜が幸せを奪って行くことになる。
だから、この幸せもいつか終わるか知れないという恐怖。

曜子「でもね、さっきの演奏聴いて、安心しちゃった。」

ここでようやく厳しい表情をしていた曜子から、堅さが抜けていくのがわかる。

曜子「なんかね。あなたの演奏聴いていると、ピアノが弾くのが楽しいって
   いう気持ちが満ち溢れてきたの。
   へっただなぁって思うところもあったし、出来は最高とは言えなかったけど
   それでも、私にピアノを弾く活力を与えてくれたわ。」

かずさ「母さん。」

曜子「だからね、かずさ。私を助けてほしいの。
   骨髄移植だって、高くてつらい薬だってばんばん打って
   もう一度ピアノが弾きたい。」

かずさ「あたし、検査受けてみるから。適合したら、移植して
    そうしたら、ピアノだって。」

曜子「ありがとう、かずさ。私に生きる希望を与える演奏をしてくれて。
   最高のピアニストだわ。」

もちろん俺も曜子さんのためにできる限るの力を貸すが、
今はかずさと曜子さんの親子二人だけの時間を優先させるために、
静かに部屋をあとにした。
   





13 春希 エピローグ

あれからすぐ、かずさの骨髄適合検査が行われた。
もちろん俺も検査を行い不適合だったが、
驚くことに、かずさは適合検査に合格した。
血縁者は適合確率が高いというのは有名であるが、それは兄弟姉妹間に限る。
親子間となるとぐっと適合確率が低くなってしまう。
それでも、かずさが適合したのは、曜子が遺書たるビデオレターで言っていた
曜子とかずさが美人「姉妹」というのも、あながち嘘ではない気がした。
もちろん遺伝子レベルの確率で、そんな妄想は当てはまりはしないが
奇跡が起こったことに何度も神に感謝したほどだった。

今その曜子さんは、アンコールの舞台に行くために舞台そでで
かずさの息が整うのを待っている。
曜子さんの演奏はかずさの前だったので、その分しっかりと休憩が取れてるため
疲れはみえない。

曜子「もう疲れたの? もうちょっと体力つけたほうがいいんじゃない?」

かずさ「うるさい。いつもの半分しか弾いてないんだから、
    疲れてなんかいない。」

春希「ほらかずさ、水飲んでおけ。」

かずさ「ありがと。」

曜子「春希君とかずさって、息がぴったりねぇ。
   これが阿吽の呼吸ってやつかしら?」

かずさ「だから黙ってろって。」

春希「汗ふいて。」

曜子にからかわれながらも、
かずさの世話を焼くのが最近の春希の日課となってしまった。
しかし、時間がない時くらいはやめてほしいものだ。

かずさ「前から思ってたんだけどさ。」

春希「なんだ? かずさ。」

かずさ「いや、さあ。仕事とプライベートで名前を使い分けるのが嫌で
    春希が冬馬を名乗ることになったけど、実際は、皆春希の事を
    冬馬って呼ばないよな?」

春希「そりゃ、冬馬が3人もいたら名前で呼ぶだろ。冬馬じゃ、
   誰を呼んでるのかわからないし。って、これって今必要な話か?」

かずさ「あたしにとっては、重要なんだよ。
    なんか騙されたような気がしてさ。」

春希「わかったから、後でゆっくり聞くらかさ、今はアンコールに集中してくれよ。」

かずさ「わかったよ。そんなにせかせなくても大丈夫だって。」

曜子「さ、行くわよ。観客が待ってるわ。」

春希「おもいっきり甘えてこいよ。」

かずさ「わかってるって。今日だけは、おもいっきり甘えてきてやる。」

曜子「私は、いつまでも甘えてもらってもいいんだけど?」

かずさ「後5年で、いや7年くらいで追い越してやるから。」

曜子「頑張りなさい。でも、最近の私、調子がいいみたいで
   世間の評価もさらに上がっているわよ。」

たしかに、不死鳥のごとく復活した冬馬曜子として、注目は高い。
しかも、俺とかずさと曜子さんの絆を深めるきっかけとなった騒動で
ピアノへの情熱と表現力が格段に上がったのも事実であった。

春希「もう、そろそろ時間ですよ。かずさも突っかからない。」

かずさ「春希、行ってくるよ。」

曜子「世界を魅了してくるわね。」

かずさと曜子の連弾が始まる。

この広い会場を探せば、もしかしたら、雪菜が来ているかもしれない。
でも、雪菜と生きる世界は捨てた。
俺は、かずさの世界を選んだ。
だけど、2人だけの世界ではない。
曜子さんがいて、美代子さん、麻理さん、開桜社のみんな、千晶に座長、
たくさんの人が俺たちの周りにはいる。
これからも俺の世界は、かずさを中心に広がっていくと思う。
どこでだれと出会い、そして別れ、また再会するかなんてわからない。
俺たちの世界はちっぽけなのかもしれない。
それでも、まだまだ広がっていくはずだ。
ゼロではないが、雪菜の世界と再び交わるのはむずかしいだろう。
失ったものはでかいが、後悔はしていない。
一番大切な人がいつも側にいるから。





終劇








あとがき

前作『ホワイトアルバム 2 かずさN手を離さないバージョン』の土台となった
未完のストーリーがついに完成しました。
といっても、曜子さんは死んでいません。
だって、曜子さん死んだら、かずさ悲しむでしょ。
ということで、死んでません。
それと、死なないほうがうまく話がまとめられたということもあります。
力量不足ですみません。

タイトルになっている『心はいつもあなたのそばに』ですが
かずさNの歌をそのまま使ってます。はい。
冒頭を読んでいくと、かずさのことかなって思った人が多いと思いますが
終盤曜子ビデオレターのラストが目玉です。
よって、タイトルは実は曜子さんっていう、ネタばらしです。
まあ、今回でネットアップ3作品目となりましたが、今回みたいな
タイトルを終盤で用いるのは1作目の『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』
と同じ手法で、ごめんなさい。
どうもテーマをもって書いていると、つい使いたくなってしまいます。
ちなみに2作目のテーマは、打倒丸戸雪菜T大団円でした。

さて、本作品は、ちょっと長めの話になってしまったので、
最後まで読んでくれる人がいるか不安です。
全部読んでくれると、大変うれしくです。

もしかしたら、1度くらいは加筆修正するかもしませんが、
するとしても、言い回しや誤字の修正くらいだと思います。
春希とかずさの冬馬邸での合宿は書こうか迷ったのですが
甘い話は書くのが苦手だし、ストーリー全体としてのバランスが崩れると
判断したため省略しました。
いくつかの場面をあっさり書きすぎたかなと思うところもありますが
けっして力尽きたわけではない、・・・・・・はずです。

またなにか書いたらアップするかもしれませんので、
その時また読んでくださるとうれしく思います。
ただ、SSでよくあるアップしつつの連載は、
自分の書くスタイルに全く合わないのでやらないと思います。

それでは、ここまでお付き合いしてくださり、ありがとうございました。
感想をくれると、とてもうれしいです。
批判も大丈夫ですが、私が打たれ弱いことを考慮してくださると幸いです。


黒猫 with かずさ派




黒猫--アップ情報
WHITE ALBUM2

『ホワイトアルバム 2 かずさN手を離さないバージョン』長編 (かずさNのIFもの。かずさ・春希)
『心はいつもあなたのそばに』長編 (かずさNのIFもの。かずさ・曜子・春希)
『ただいま合宿中』短編 (かずさ編・雪菜編)
『麻理さんと北原』短編 (麻理ルート。麻理・春希)


『世界中に向かって叫びたい』短編
(かずさT。かずさ・春希・麻理)





やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』短編 (由比ヶ浜誕生日プレゼント後あたり。雪乃・八幡)

このページへのコメント

令和の時代にWHITEALBUM2にはまったものです。

とても面白かったです、自分は3人のままでいるのが一番いいと思いますが、どうしてもどちらか一方とは離れてしまうのがとてもつらい…。

かずさルートとしてはゲームでの終わり方よりまだ救いのあるほうかもしれませんが、どうしても周りを傷つけていくしかできないのかなと思います。こうならないためにはやっぱり大学3年のコンサートで巡り合うしか…。

また他の作品も見させていただきます!

0
Posted by めいめい 2022年01月19日(水) 18:03:03 返信

久しぶりに『心はいつもあなたのそばに』のコメントが出ていて驚いています。
何年も前に書いたような気もするのですが、アップしたのは今年の4月で
まだあれから4カ月しかたっていないとは驚愕です。
春希が頼りないのは、しょうがないですかね。なにせ裏の主人公が曜子さんですし。
改めて思うのですが、長い文章を一気に読んでくださって、ありがとうございました!

0
Posted by 黒猫 2014年08月12日(火) 04:18:54 返信

 この作品はかずさNルートのIfなせいか、春希が若干情けないですね。
春希の私事でしかない雪菜や小木曽家との関係清算に、曜子さんの力を借りないといけないとは…。
その分、曜子さんの活躍やかずさと曜子さんの親子愛の描写は素晴らしかったですけど。

本編にもこんなかずさや曜子さんに優しいENDがあっても良かったですね。

0
Posted by N 2014年08月07日(木) 23:25:22 返信

この作品に出会えた事に感謝します。
どうか2人を囲む世界が幸せであり続けますように。

0
Posted by ALLURE 2014年08月06日(水) 06:06:09 返信


感動しました。

次回作に期待してます!

0
Posted by 冬流 2014年05月22日(木) 03:57:58 返信

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