□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇
11月31日――――
 
千晶  「……………………………」
春希  「?おい、千晶、どうしたんだよ」

春希が怪訝そうに見つめてくる。…こいつは、今の発言を自分で理解しないのかなあ。…してないんだろうなあ、春希だし。

春希  「?なんかよくわからん反応だなあ。とにかく、12月17日からヨーロッパに出張することになったから。ちゃんと、自分の世話は自分でみろよ?」
千晶  「……………………………そう。」
春希  「…なんだよ。急にテンション落として。…イブに一緒にいられないのは、本当に悪かったよ。でも、それにこだわるお前でもないだろ?
     滞在も一週間くらいだし」
千晶  「…その認識も、すっっごく間違えてるけど…。…いいや。これから、少なくとも数時間は話しかけないで。もう寝てていいから」
春希  「…なんだよ…。…いや、ま、いいけど。お前のきまぐれには慣れてるし、今回は俺が悪いしな。…帰ってきたら、どっか旅行にでも、いこうな」

あたしは、ベッドの上で、春希に背を向ける。
春樹の昼行灯ぶりに、本気でイライラしたけど。
今はそんな感情は不要だった。

―さあ、「入ろう」か。普段は「切り替える」だけだけど、今回は、それじゃ足りない。

プロのオーディションなんか目じゃないくらいの、今生の舞台をやるくらいの心境で。

…考えすぎと思わないでもないけど。
でも、「運命の綾」がもしあれば。
しかも、多分そんなたいした「運命の綾」でなくていい。




きっと、ただ出会うだけで、あんたは―――




―――まずは冬馬かずさ。
材料を収集。教室の外からみた横顔、舞台の上のしぐさ、舞台を降りた後の会話、その後の関係者のいい様、…
人格を構築。純粋、無垢、熱情、一途、視野狭窄、…想いは深淵。

その後の5年を想定――――――――――――――――ああ、春希を愛してる。ずっと、変わらず。いや、会えないことがさらに想いを精錬し―――


―――そして北原春希。
材料は不要。
人格は既にあたしの内にあった。―――その想いは、既に人格の一部。

その後の5年を追跡――――――――――――――――ああ、雪菜を愛してる。でも、かずさを、愛してる。そして。―――ああ、千晶を…あたし…を、愛してる―――



…不純物は今はいらない。要らない!



「運命の綾」の後、春希は、かずさは――――――――そして、あの子の、雪菜の行動は―。

―――――――――――――ああ、千晶を愛してる。でも、かずさを、愛してる。雪菜も、愛してる。今も、変わらず。

――――――――苦しい、苦しい、な。
――――――――でも、選ばないと。
――――――――ああ、俺は想いを捨てることはできない、けど、けど。

――――――――千晶を世界で一番愛してる。


………………………くはっ…………。
かはっ、は、あは、はぁ…。


……………あは、あはは。ふふっ。
………酷い男だなあ、春希。



□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇
12月1日―――

日差しが、部屋に降り注ぐ。
…あれからもあたしはシュミレーションを続けた。悪戦苦闘し続けた。
…結果、こいつが、あたしのことなんてなーんにもわかってない、それどころか自分のことだってこれっぽっちも理解してない、さらに融通も利かない、救いようの無い馬鹿だってことをいやというほど認識しただけだったけど。

馬鹿の寝顔を見つめることで、鬱憤が溜まって、解けていく。
…なんだかなあ。なんか、どうしようなもないなあ、あたし。
…と、馬鹿が目を覚ましたみたい。

春希 「…おはよう、千晶」
千晶 「…おはよ、馬鹿」
春希 「…いきなり馬鹿よばわりとは、どういう了見だよ」
千晶 「だってその通りじゃん。反論できんの?」
春希 「…いや、その通りなんだけどさ。だからって、心外な気分にならないってわけじゃ…」
千晶 「うるさい。馬鹿が口答えしないの」
春希 「…ったく。まだ機嫌、悪いのか?」
千晶 「なんのことやら。なーに春希、あたしの機嫌が悪くなることに心当たりでもあるの?」
春希 「…さあ。わからないよ、お前のことなんか。お前みたいなやつのことなんか、どうやってわかれっていうんだよ」

…なによその言い草。いくらなんでも、ひどいんじゃない?

春希 「…でも、自分のことならわかるから。おまえが、その一週間をどう思ってるかなんてわからないけど、俺がどう思うかならわかるから。
    …きっと、お前に会いたいって思う。一刻も早く会いたいって。会って、抱きしめたい、って。…だから、帰ってきたらさ、どっか出かけよう?
    数日休暇とって、二人きりで」
千晶 「……………………………馬鹿」

…馬鹿。
…愛してる。
…でも。
…その提案には乗ってあげない。
…あんたなんかに、騙されてあげない。
…無意識で女を騙そうとする、あんたなんか。

千晶 「…でも、だめ」
春希 「…なんで?」
千晶 「…だってあたし、ついてくから」
春希 「…へ?」
千晶 「ヨーロッパ一週間の旅。いいじゃん。海外なんて久しぶり。ねえねえ、何着てけばいいと思う?」
春希 「!おいおい!ちょっと待てって!ついてく、って…え?お前ついてくんの?」
千晶 「そ。だからあたしの分のチケットとかよろしくね?確か美人上司の知り合いにいんでしょ?有能な旅行代理店さんが」
春希 「もう元上司…。ってそんなことじゃなくて。え、ほんとについてくんの?マジで?」
千晶 「だからついてくっていってんでしょ。それに、あんたをヨーロッパに行かせてあげる条件、それだけじゃないから」
春希 「え?え?何?何なの?っていうか、何がどうなってんの?」
千晶 「月曜から休暇とって。少なくとも3日間。絶対。それがあんたをヨーロッパに行かせてあげる条件」
春希 「え」
千晶 「一、月曜から3日間休暇をとること。二、あたしをヨーロッパにつれてくこと」
春希 「え?」
千晶 「…わかった?わかったなら、返事!」
春希 「え〜〜!!???」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

その後も馬鹿は、ぐちぐちと疑問をぶつけてきた。もう、馬鹿。この、馬鹿。

なんでついてくかって?
そんなの、あんたを、ひとりでヨーロッパに行かせるのが不安だからに決まってんじゃん。

口と体と「あたしの中の女優」は、一週間も離れたくない、イブを一緒に過ごしたい、って、演技してたけど。


なら休暇はなくていいだろ?って?休みなんかとれないって?
馬鹿。必要不可欠なんだよ。その日じゃないと駄目なんだ。その日がジャストなんだ。
後、あんたの仕事の都合なんか知るか。適当に間に合わせろ。

口と体と「あたしの中の女優」は、あたしの気持ちを見抜けなかった罰だって、悲しくさせたんだから一緒にいてって、後、仕事は、休んでる間も少しならメールみてもいいから、って、演技してたけど。

もう、ほんとに、この馬鹿は。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



春希 「…はあ。もう、いいや。わかった。わかりました。本当にすいませんでした。…はあ、浜田さんにどやされる。みんなにいじめられる…」
千晶 「ちーーっとも反省してるように聞こえないんだけど?」
春希 「…ごめんなさい」
千晶 「うんうん。それでよし」
春希 「…はあ。やっぱり、お前には勝てないよなあ。まあ、わかってんだけどさ」

千晶 「…なにいってんのよ。あたしがあんたに勝てるわけ、ないじゃない」

春希 「…また悪いくせがでたな。小声で愚痴っぽくいうなよ。気になるだろ?」
千晶 「うるさいうるさい」
春希 「はいはい。…で、今日はこの後どうする?久しぶりにどっか出かけるか?ああ、でも、遠出は駄目だぞ、マジでほんとに。
    予定外の連休になっちゃったけど、家でないと少しの仕事もしづらいし。何かあるかもしんないし」
千晶 「…やっぱり反省の色が見られないなあ。…でも、いいよ。別にどっか出かける予定はないし。というか
    これから5日間、春希が仕事にでるまで最低限の外出しか認めないし。…だから、さ、春希…」
春希 「…ん、ち、あき…」
千晶 「…抱いてよ、春希…」



ねえ、春希。

あたしのなかの春希は、9割はあたしを選んでくれたよ?9割は、ね。
………1割もね、可能性があるんだよ。
………しかも、「ただ出会うだけ」の1割だよ?
………もし、それ以上に運命が偏りだしたら………

………あんたはほんとに最低だよ。
あたしをこんなに不安にさせてさ。

そんなんで、勝負できるわけないじゃん。
万が一にも出会う可能性のあるところに、行かせられるわけないじゃん。

だから、ほんとは行かせたくないんだよ。
でも、あんたは、理由を伏せたままじゃ、絶対首を縦に振らないから。
いっそ監禁してやろうかとも思ったくらいに。

でも、だから、しょうがないから。
ヨーロッパに行くまでに。
その可能性をもっと少なくしてあげる。
1割から、1%に。

身を立ててからでないと駄目だっていう馬鹿の配慮とあたしのキャリアのために
あたしに似合わず基礎体温なんかちゃんと測ってたことが実を結んだね、別の意味で。
いや、本来の用途でもあるんだけど。
大当たりできる日が、割り出せるんだから。

それに、最悪、大当たりがでなくてもいい。
出会ってしまったら、言ってやる。
最高で最低のタイミングで、言ってやる。
あの5日間、避妊してないって。
子供、できてるかもしれないって。

…それだけで、1割から5%くらいにはなる。

…それでも、たとえ大当たりしても、可能性が残るところに、あんたのどうしようもなさがあるんだけど。

だから、まず祈ることは。
出会わないように。
出会わないように。

――準備が整った後なら、勝負してあげないこともない。
他の女への想いを宿してる男を、いつまでも許してやるのも癪だしね。

………あんたはほんとに最低だよ。
あんたのせいで、もしかしたらあたしの人生設計ガタガタだよ?
ま、挽回する自信は十二分にあるんだけどさ。

だから、今は思いっきり抱いてよ。
その後でなら。
何もかも準備が整った後でなら、会わせてあげないこともない。


―――あたしとあんたの愛の結晶と一緒に、会うのなら―――


□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇
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